研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
■文化財情報資料部 |
■文化遺産国際協力センター |
■無形文化遺産部 |
|
レクチャーの様子:会議室でのプレゼンテーション
レクチャーの様子:書庫での資料紹介
令和5(2023)年10月16日、学習院大学の学生約40名(担当:学習院大学教授・京谷啓徳氏、皿井舞氏)が東京文化財研究所を来訪し、同大学の「博物館情報・メディア論」の授業の一環で、当研究所の文化財アーカイブズに関する活動を紹介しました。
最初に、当研究所会議室で、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室長・橘川英規が当研究所の概要・沿革を説明し、将来美術館博物館で学芸員として活動をおこなう上で役立つ資料、あるいは博物館活動の中で作り出された資料の収集・公開について紹介しました。また、当研究所の資料閲覧室を例に、専門図書館での研究活動の支援のあり方についても解説しました。その後、資料閲覧室と書庫に移動し、2つのグループに分かれて、橘川と文化財情報資料部研究員・田代裕一朗が、それぞれデジタルアーカイブや文化財調査写真を実際に見せながら、その意義や活用方法について紹介しました。
今回のレクチャーには、美術史専攻のみならず他学部の学生も数多く参加しており、当研究所の活動の一端を知ってもらうよい機会となりました。
文化財アーカイブズ研究室は、研究プロジェクト「専門的アーカイブと総合的レファレンスの拡充」において、今後も学生や専門家を対象とした利用ガイダンスを、積極的に実施していきます。受講を希望する方は、「利用ガイダンス」(対象:大学・大学院生、博物館・美術館職員、https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/guidance.html)をご参照の上、お申込みください。
見学会の様子:当研究所資料閲覧室の活動の説明(撮影/アート・ドキュメンテーション学会・寺師太郎氏)
見学会の様子:資料閲覧室での文化財写真についての解説(撮影/アート・ドキュメンテーション学会・寺師太郎氏)
令和5(2023)年10月28日、アート・ドキュメンテーション学会第16回秋季研究集会が東京文化財研究所を会場として開催され、併せて資料閲覧室の見学会が行われました。
同学会は、ひろく芸術一般に関する資料を記録・管理・情報化する方法論の研究と、その実践的運用の追究に携わっている団体で、図書館司書、学芸員、アーキヴィスト、情報科学研究者、美術史研究者など、約350名の会員が所属していて、今回の見学会には、13名の会員が参加しました。
見学会では、まず当研究所2階の研究会室で、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室長・橘川英規が当研究所の概要と資料閲覧室の活動や蔵書構成について紹介し、資料閲覧室と書庫に移動して、デジタルアーカイブや文化財調査写真などの意義や活用の実際を解説しました。文化財資料の専門家も参加しており、資料の収集・整理・公開・保存に関する実務者の視点からの質問や、ユーザーとしての視点からの要望などもあり、充実した意見交換の場ともなりました。
文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。今後も、このような専門家に向けた見学や利用ガイダンスを行い、ひろく当研究所の所蔵資料を知っていただく機会をふやしていきたいと考えております。
受講を希望する方は、「利用ガイダンス」(対象:大学・大学院生、博物館・美術館職員、https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/guidance.html)をご参照の上、お申込みください。
ヴィクトリア&アルバート美術館National Art Libraryの視察
セインズベリー・センターでのギャラリートーク
東京文化財研究所とイギリス・ノリッチ(Norwich)に所在するセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)は平成25(2013)年に共同事業の覚書を交わしました。SISJACの職員から日本国外における日本美術の研究に関する文献や展覧会情報を定期的に提供してもらうほか、例年は文化財情報資料部の研究員が渡英し現地での研究協議や講演会を行ってきました。令和2(2020)年から昨年までは現地への訪問が叶わずオンラインでの協議を実施してきましたが、この度、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室長・橘川英規と文化財情報資料部主任研究員・米沢玲の2名が3年ぶりに渡英し現地の視察や協議、講演会を行いました。
11月14日、15日、17日にはロンドンで美術図書や資料の専門施設を視察しました。ナショナル・ギャラリー、ナショナル・ポートレート・ギャラリー、ロンドン大学コート―ルド美術研究所、ヴィクトリア&アルバート美術館の各施設に付設する美術専門図書室や写真アーカイブ、さらに大英図書館、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)といった充実した日本資料のコレクションを所蔵する図書館を訪れ、担当者から施設の案内や資料を紹介してもらい、一部の機関とは共同プロジェクトの可能性について協議しました。この一連の視察は、SISJACの平野明氏にご調整いただき、同氏と林美和子氏にもご同行いただきました。
11月16日にはSISJACにおいて研究協議を実施したのち、午後からは米沢がセインズベリー視覚芸術センター(Sainsbury Center for Visual Arts)においてギャラリー・トークと講演会を行いました。イーストアングリア大学に付属しているセインズベリー・センターには、SISJACの創設者であるロバート・セインズベリーとリサ・セインズベリー夫妻のコレクションが収蔵されており、日本の古美術作品も含まれています。展示室では仏像と神像に関するギャラリー・トークを行い、続いて地下の会議室で「東京文化財研究所の活動と羅漢図の調査研究」と題した講演会を行いました。現地の一般聴衆のほか、SISJACを来訪していた日本の関係者も参加し熱心に耳を傾けていました。米沢は10月から客員研究員としてSISJACに滞在しており、令和6(2024)年2月まで現地での調査研究に取り組む予定です。
コロキアム当日の様子
文化財アーカイブズ研究室では現在、韓国絵画調査資料(戦前期のガラス乾板・台紙貼写真)の整理を進めています(※)。資料整理にあたって、日本国内の研究者だけでなく、韓国の研究者とも意見交換をおこなっており、令和5(2023)年11月には韓国の代表的な絵画史研究者であるソウル大学校人文大学考古美術史学科教授・張辰城氏(ジャン・ジンソン)を研究所に招へいしました。資料に関する検討会議と合わせて、11月18日には来日を記念した「韓国美術史コロキアム」を当研究所地下セミナー室にて開催しました。これは日本国内の研究者・学生が、韓国美術史研究の動向と現状に触れる機会として企画したものです。今回は「安堅筆《夢遊桃源図》をよむ」という題で朝鮮時代前期の絵画に関するお話をしていただき、司会通訳を企画者の文化財情報資料部研究員・田代裕一朗が務めました。コロキアムには、東京大学教授・板倉聖哲氏、筑波大学教授・菅野智明氏をはじめ、関連分野の研究者・大学院生が参加し、小規模な集まりならではの忌憚のない学術的議論が行われました。今後も当研究所が蓄積してきた資料の整理を進めつつ、同時に海外と日本の研究者を繋ぐ架け橋としての役割を果たしていければ幸いです。
(※) 国外所在文化財財団助成「韓国絵画調査写真(東京文化財研究所所蔵)の研究」(2023年9月~2024年8月、研究代表者:田代裕一朗)
森岡柳蔵資料の一部(カルロ・クリヴェッリ《聖母子》1482年、バチカン絵画館所蔵の複製写真)
画家・黒田清輝(1866~1924)に師事した画家である森岡柳蔵(1878~1961)による旧蔵資料を、令和5(2023)年11月8日付でご遺族よりご寄贈頂き、感謝状をお送りしました。資料は、森岡柳蔵が海外で収集したアリナーリ兄弟社(イタリア)による西洋絵画の複製写真85点です。
森岡柳蔵は鳥取県出身の画家で、20歳で上京し、黒田清輝の率いる画塾の天心道場に学んだ後、明治34(1901)年に東京美術学校に入学し、更に黒田家の書生となるなど黒田の知遇を得ました。大正11(1922)年より3年間にわたりパリに留学してアメリカ経由で帰国しますが、その折に今回寄贈頂いた資料を収集したと考えられています。平成23(2011)年に鳥取県立博物館で開催された展覧会「没後50年 森岡柳蔵展:大正の抒情、パリの夢」の図録には、当時東京文化財研究所に在籍されていた山梨絵美子氏(千葉市美術館館長、客員研究員)が寄稿され、ご遺族から資料寄贈について相談を受けた山梨氏の仲介により、この度のご寄贈へと至りました。
資料はジョット(1267頃~1337)、ラファエッロ(1483~1520)などルネッサンス期の画家による宗教絵画を中心とする複製写真で、嘉永5(1852)年に創業した世界最古の写真企業であり、現在までイタリア国内の美術館や博物館の所蔵する美術品の写真を数多く取り扱うアリナーリ兄弟社の手掛けたものです。森岡は帰国後にそれらを画友などに貸し出すこともあったといいますが、ほぼ全ての裏面に紛失を防ぐための所蔵印が捺されており、貴重な資料として珍重されていたことが窺えます。
今回ご寄贈頂いた資料は当研究所資料閲覧室に保存し、デジタル画像として、資料に負担を掛けず、多くの研究者の目に触れる形で公開していく予定です。
研究会の様子
奈良・薬師寺金堂に安置される薬師三尊像の制作年代は、7世紀末とする説と、8世紀初頭とする説とで意見が分かれ、いまだ定説をみていません。また、本像のような優れた造形性を示す作例が、当時の日本においてどのように実現されたかという、制作背景をめぐる問題も十分に検討されたとは言えない状況です。
令和5(2023)年11月28日に開催された文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部アソシエイトフェロー・黒﨑夏央が「薬師寺金堂薬師三尊像について―中尊台座異形像に見る薬師寺と韓国・慶州四天王寺の関係から―」と題して発表を行いました。
薬師寺像は、写実的な身体表現と同様に、その中尊が座す箱型の台座に施された様々な文様も注目を集めてきました。本発表ではこれらの文様のうち、巻髪で牙を表した異形人物像を取り上げ、韓国・慶州四天王寺址から出土した緑釉神将壁塼に付随する邪鬼像との共通性に改めて着目しました。慶州四天王寺が7世紀末に創建されていることから、薬師寺像の制作年代も7世紀末と想定し、同時代の新羅の寺院と薬師寺との関係性を検討することで薬師寺像の制作背景について考察しました、
研究会は会場とオンラインでのハイブリッド形式で開催されました。所外からも仏教美術史を専門とする方々にご参加いただき、同時代の他作例との更なる比較検討が必要であることなどをご指摘いただきました。今後はより広い視野を持って、台座がどのような構想のもとに制作されたのかについて考察を深めたいと思います。
宮薗千碌氏(座談会)
宮薗千佳寿弥氏(座談会)
竹内康雄氏による三味線ミニ解説
見台や三味線、資料の展示
令和5(2023)年11月22日、東京文化財研究所地下セミナー室・地下ロビーで第17回無形文化遺産部公開学術講座「宮薗節の魅力を探る」を開催しました。
まず前半では、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美より趣旨説明を行い、その後、古川諒太氏(東京大学大学院博士後期課程)、半戸文氏(しょうけい館戦傷病者資料館)、無形文化遺産部特任研究員・飯島満、無形文化遺産部研究員・鎌田紗弓、前原より、音声・映像記録も用いながら発表を行いました。
後半は、座談会「宮薗千碌さん・千佳寿弥さんに聞く」と題し、 宮薗千碌氏と宮薗千佳寿弥 氏(以上、国の重要無形文化財「宮薗節」保持者[各個認定])に、宮薗節の特徴や習得のエピソード、周辺の邦楽ジャンルとの関係についてお話を伺ったほか、事前に提出された参加者からの質問にもお答えいただきました。その後、当研究所で継続的に実施している実演記録「宮薗節」より『夕霧』(抜粋)を上映しました。
また今回の講座では、宮薗三味線の体験や三味線製作者・竹内康雄氏によるミニ解説、一般財団法人古曲会や宮薗千碌氏・千佳寿弥氏に拝借した資料や楽器等に当研究所の関連資料を加えた展示、当研究所で取り組んでいる実演記録「宮薗節」のポスター展示等も行い、宮薗節をより立体的に知っていただく工夫を試みました。当日のアンケートでは、今回初めて当研究所を知った、宮薗節に初めて触れた、などの回答が複数寄せられ、本講座が伝統芸能との出会いの場になったという実感を得ることができました。
今後も無形文化遺産部では、無形文化財の魅力を、最新の研究成果とともにわかりやすく伝えられる取り組みを継続していきます。なお、本講座の様子を記録した映像は編集後に期間限定配信、報告書は各発表や資料紹介を充実させて次年度刊行・PDF公開予定です。
資料閲覧室の視聴ブース
寄贈いただいた公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団「伝統文化記録映画」
このたび公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団より財団制作の「伝統文化記録映画」の寄贈を受け、令和5(2023)年12月より東京文化財研究所閲覧室で視聴ができるようになりました。ポーラ伝統文化振興財団では「伝統工芸の名匠」、「伝統芸能の粋」、「民俗芸能の心」の3つのシリーズの映画を制作しています
(https://www.polaculture.or.jp/movie/index.html)。
本年度寄贈を受けた作品は以下の26点です。
1「-うるしを現代にいかす- 曲輪造・赤地友哉」
2「芭蕉布を織る女たち -連帯の手わざ-」
3「新野の雪祭り -神々と里人たちの宴-」
4「国東の修正鬼会 -鬼さまが訪れる夜-」
5「-筬打ちに生きる- 小川善三郎・献上博多織」
6「鍛金・関谷四郎 -あしたをはぐくむ-」
7「呉須三昧 -近藤悠三の世界-」
8「芹沢銈介の美の世界」
9「狂言師・三宅藤九郎」
10「-琵琶湖・長浜- 曳山まつり」
11「ふるさとからくり風土記 -八女福島の燈篭人形-」
12「月と大綱引き」
13「秩父の夜祭り -山波の音が聞こえる-」
14「重要無形文化財 輪島塗に生きる」
15「世阿弥の能」
16「飛騨 古川祭 -起し太鼓が響く夜-」
17「舞うがごとく 翔ぶがごとく -奥三河の花祭り-」
18「変幻自在 -田口善国・蒔絵の美-」
19「ねぶた祭り -津軽びとの夏-」
20「みちのくの鬼たち -鬼剣舞の里-」
21「木の生命よみがえる -川北良造の木工芸-」
22「志野に生きる 鈴木藏」
23「神と生きる -日本の祭りを支える頭屋制度-」
24「鬼来迎 鬼と仏が生きる里」
25「蒔絵 室瀬和美 -時を超える美ー」
26「野村万作から 萬斎、裕基へ」
視聴をご希望の方は東京文化財研究所資料閲覧室(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html)の開室時間に受付にてお申し込みください。今後も視聴できる作品を増やしていく予定ですので、最新の情報はこちらのHPよりご確認ください(https://www.tobunken.go.jp/ich/video/ich-dvd/)。
みなさまのご来室をお待ちしております。
収録時の様子(左から「東会」代表・九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏)
令和5(2023)年11月29日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室(録音スタジオ)で、東流二絃琴の調査録音(第1回)を行いました。
東流二絃琴は、細長い板に張った二本の絃を弾じつつ唄う楽器・二絃琴の流派の一つです。神事に使われる八雲琴をもとに、明治の初めごろ、初代藤舎蘆船が東京で創始しました。夏目漱石『吾輩は猫である』に三毛子の飼い主として二絃琴の師匠が登場するように、明治中期にはかなりの流行を見せたといいます。昭和48(1973)年3月には、藤舎蘆翠(のちの六代目蘆船)・藤舎蘆雪(のちの七代目蘆船)が国の「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」に選択され、平成14(2002)年3月には八代目蘆船が台東区無形文化財に指定されました。しかし今では伝承者が極めて少なく、一般に参照できる視聴覚資料の曲目も限られていることから、調査録音を実施することとしました。
第1回では、『窓の月』『ほととぎす』『初秋』『砧』『四季の艶』『隅田川』の6曲を収録しました。いずれも初代蘆船の作品で、明治18(1885)年刊『東流二絃琴唱歌集』に詞章が掲載されています。東流二絃琴「東会」代表の九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏による演奏です。
無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない芸能や、貴重な全曲演奏の記録作成を継続していく予定です。
研究発表の様子
会場となった公州大学校百済教育文化館
令和5(2023)年11月10日〜11日、韓国・公州市の国立公州大学校を会場に、韓国文化財保存科学会第58回秋季学術大会が開催され、保存科学研究センター修復技術研究室研究員・千葉毅が参加しました。
近年、韓国において近現代の文化遺産保護への関心がますます高まっています。この度の学会では、特別セッション「国家登録文化財(動産)保存処理標準仕様書制定研究(1次)」(主催:文化財庁、座長:国立公州大学校教授・金奎虎氏)として、近現代の文化遺産を、どのような制度・保存の方法で保護していくかが議論されました。
千葉は「日本における近代文化遺産保護の概要と事例」と題し、日本の文化財保護制度における近代文化遺産保護の現状、近代文化遺産の特性や保存における技術的、理論・制度的課題の概要を報告しました。
近代は世界各地で国際化が進んだ時代であり、日本においても当該期に製作された文化遺産の中には、海外からもたらされた新しい素材や技術が取り入れられていることが多くあります。素材や技法の多様化に加え、〈膨大な数〉〈工業生産品が多い〉〈現在でも使用されているものも多い〉等といった近代特有の側面を持つ文化遺産について、〈何を〉〈どれだけ〉〈どうやって〉残すのかといった課題は、日韓の両国で共通する点も少なくありません。
地域ごとの特性を背景とした伝統的な材料・技法とは異なり、国境を超えて共通する素材も多く用いられた近代文化遺産を保存していくためには、国内での研究の蓄積に加え、国際的な交流も重要です。今後も両国での取り組みを学び合い、より研究、交流を深めていきたく思っています。
標津町長と当研究所長記念撮影
ノリウツギに関するパネル展示と当研究所玄関ロビーの動画上映
東京文化財研究所と北海道標津郡標津町の間で連携・協力に関する協定書が結ばれ、令和5年(2023)11月2日、協定記念式が開催されました。標津町は途絶えかけていたノリウツギの採取を町の事業として行なって下さっていますが、その過程で必要となるノリウツギの保存方法に関する検討やネリの性質の解明など科学的な交流、情報の交換・提供について協定を締結しました。ノリウツギは、掛軸の修復には欠かせない宇陀紙の材料で、標津町の事業が確立することで、安定的な材料の供給が可能となります。
記念式には所長・齊藤孝正をはじめ4名が赴き、標津町長・山口氏、齊藤からご挨拶いただいた上で、記念の署名が行われました。
その後、講演会が開催され、保存科学研究センター長・建石徹から「わが国の文化財保護における標津町の役割」として伊茶仁カリカリウス遺跡の整備など標津町と文化財保護との深い関連をお話しいただいた後、保存科学研究センター修復材料研究室長・早川典子から「文化財の修復とノリウツギ」と題し、ノリウツギ採取における標津町の重要性をお伝えしました。
講演会場では、ノリウツギや宇陀紙に関するパネルや資料の展示、当研究所が作成して玄関ロビー展示で使用している動画の上映も行われ、町内から多くの参加者が出席しました。
式の前後では実際のノリウツギの視察もでき、今後の研究と現場との交流により、文化財修復に資する成果が期待されます。
古民家における調査の様子
版築造と石造が混在する民家の一例
東京文化財研究所では、平成24(2012)年以来、内務省文化・国語振興局(DCDD)との協働事業としてブータンの伝統的民家建築に関する調査研究を継続しています。同局では、従来は法的保護の枠外に置かれてきた伝統的民家を文化遺産として位置づけ、適切な保存と活用を図るための施策を進めており、当研究所はこれを研究・技術面から支援しています。
令和5(2023)年4~5月の東部地域での調査に続き、今年度第2回目の現地調査を10月29日~11月4日にかけて行いました。当研究所職員4名と奈良文化財研究所職員1名に外部専門家2名を加えた7名を日本から派遣し、DCDD職員2名と共同でブムタン・ワンデュポダンの中部2県において調査を実施しました。
調査対象とした物件の多くは、昨年度行った予備調査で存在を把握していた古民家で、今回新たに発見した物件も含む計11棟について実測や家人への聞き取りを含む詳細な調査を行いました。このうち2棟は西部地域で一般的な版築造、6棟は東部地域に一般的な石造で、3棟は両者の構法が一つの建物に混在しているものです。特にワンデュポダン県東部では古くは版築造が専ら用いられていたところに、時代が下ると次第に石造が卓越していく傾向が見受けられますが、個々の建物における増改築の過程を考察すると必ずしもそのように単純に割り切れない複雑な様相も見えてきました。
一方、これまでは建築形式や構築技法、改造変遷などを中心に調査してきましたが、今回からはそれに加えて、建物にまつわる伝承や各室内の使われ方といった民俗学的側面にもより留意しながら聞き取り等を行うこととしました。民家形式の発展や地域性の背景にある生活様式をあわせて考察することで、ブータンの伝統的民家がもつ文化遺産としての価値の多様な側面が明らかになることを期待しています。
なお今回の調査は、科学研究費補助金基盤研究(B)「ブータンにおける伝統的石造民家の建築的特徴の解明と文化遺産保護手法への応用」(研究代表者 文化遺産国際協力センター長・友田正彦)により実施しました。
東バライ西土手上テラスの発掘風景
中央伽藍東塔内部の既存の支保工(写真右)と今回新たに施工した支保工(写真左)
カンボジアのタネイ寺院は王都アンコールの水利を支えた巨大溜池の一つである、東バライに面して立地しています。タネイ寺院の東端に位置するテラスはその東バライの西土手上に造成され、土手を介して他寺院ともつながり、寺院への玄関口と位置付けられる重要な遺構です。しかし、残存状況が極めて悪く、その建設時期や構造物の詳細はこれまで明らかになっていませんでした。
東京文化財研究所では、同テラスの形状や建設意図を考察することを目的として、平成29(2017)年11月、平成30(2018)年3月と8~10月の3期にわたって発掘調査を実施し、テラスのうち特に西翼部分の構造が明らかになりました。その後継調査として、今期はテラスの南北翼の形状把握ならびに造成過程について明らかにすることを目的に、令和5(2023)年11月5日~30日にかけて当研究所職員4名を派遣し、アンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA)と協力して発掘を伴う考古学・建築学調査を実施しました。
発掘調査の結果、当初目的としたテラスの南北形状を復元できるような石造構造物の残存遺構を確認することはできませんでしたが、その基礎構造を成していた土盛りの層位的検討からテラスの造成過程を考察する手がかりが得られました。また、テラス上面からは新たに石やレンガを組み合わせた木造柱の基礎(柱穴)を発見しました。堆積土中からは、テラスの周囲を囲むように面的に広がる屋根瓦を多量に含む層を確認し、その直下の層位がテラス上に構造物が建設された当時の地表面にあたると推定されました。ただし、テラス上の構造物の詳細についてはいまだ不明瞭な点が多く、今後のさらなる調査が求められます。上記の東バライ西土手上テラスの調査以外にも、昨年に修復を完了した東門の一部再補修や図面記録の継続、中央伽藍東塔の危険個所への支保工の設置、今後の寺院保全に向けた調査や打ち合わせなどを実施しました。
カンボジア王国国王陛下ノロドム・シハモニ氏のスピーチ
東京文化財研究所によるタネイ寺院保全に関する報告
令和5(2023)年11月15日にフランス・パリのUNESCO本部にて開催された「第4回アンコール遺跡救済・持続的開発に関する政府間会議」に文化遺産国際協力センターアソシエイトフェロー・黒岩千尋が出席しました。
平成4(1992)年、カンボジア内戦後のアンコール遺跡群は世界遺産に登録されましたが、同時に危機遺産リストへと記載されました。翌平成5(1993)年に東京で開催された第1回目の政府間会議では、日本とフランスが共同議長国となり、30か国、7国際機関が参加するなかで、国際協力によって遺跡の救済と周辺地域の持続的発展を目指すことを示した「東京宣言」が採択されました。同年、そのための技術的指針策定や各国チームの取り組みについての評価を担う国際調整委員会(ICC-Angkor)が設立され、以来30年にわたり、アンコール遺跡群では国際的な遺跡修復プロジェクトが推進されてきました。
ICC-Angkorを振り返って評価するとともに今後の方針等を検討するための政府間会議は、10年ごとに開催されています。平成15(2003)年に第2回(フランス)、平成25(2013)年に第3回(カンボジア)、そして今回は第4回目の開催となりました。
会議には、ノロドム・シハモニ氏(カンボジア王国国王陛下)、オドレー・アズレー氏(ユネスコ事務局長)、リマ・アブドゥル=マラック氏(フランス文化大臣)、高村正大氏(日本国外務大臣政務官)らが出席されました。技術セッションでは、アンコール遺跡群およびサンボー・プレイ・クック遺跡の修復に携わる各国チームによるプレゼンテーションが行われ、東京文化財研究所とAPSARAの共同によるタネイ寺院の保存修復事業についても黒岩より報告しました。
実習風景
近年、文化遺産の世界では、Agisoft社のMetashapeやiPhoneのScaniverseなどを用いた3次元計測が急速に普及しています。これらの技術の導入によって、作業時間が大幅に短縮されただけではなく、これまでと比べようのない高精度で文化遺産のドキュメンテーションが可能になってきています。
今回は、7月に実施した「海外調査のための3次元計測実習 初級編」に引き続き、3次元計測の第1人者である公立小松大学の野口淳氏を講師にお招きし、海外で文化遺産保護に携わる日本の専門家を対象に、11月26日に「海外調査のための3次元計測実習 中・上級編」を開催しました。まずは日本の専門家に3次元計測の手法を学んでいただき、各々のフィールドで海外の専門家に普及していただく、これが本実習の目的です。
考古学や保存科学、建築の分野から18名の専門家の方々に参加いただきました。受講生は、Cloud Compareを用いて3次元モデルから展開図や断面図、等高線図、段彩図などを作成する方法を学びました。
付着物のクリーニング
剥離した仕上げ層の処置
東京文化財研究所では、令和3(2021)年度より、「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾に関する研究調査を行なっています。
令和5(2023)年10月25日~11月16日にかけて、新潟県長岡市にある機那サフラン酒製造本舗土蔵にて、扉や軒下に配された鏝絵の保存修復に関する研究調査を実施しました。この業務は、長岡市から受託した「旧機那サフラン酒製造本舗土蔵鏝絵保存修復調査業務」として実施したもので、国内の鏝絵について文化財保存学の観点から捉えた保存修復方法の確立を目的とするものです。
国内における鏝絵は、近年、文化財としての価値評価が高まり、傷んだ箇所を処置する際に用いられる材料の選択にも、既存の材料に適合する明確な根拠を示しながら進められる「保存修復」という介入方法の重要性が高まっています。今回の研究調査では、欧州よりスタッコ装飾に係る保存修復の専門家を招聘し、協議を重ねながら鏝絵にみられる様々な傷みへの対処法を検討しました。その結果、埃などの付着物の除去や、剥離・剥落といった損傷箇所に対する適切な保存修復方法を確立させるに至り、一定の成果を挙げることができました。
今後は保存修復後の状態について経過観察を行うとともに、経年により劣化した漆喰の補強方法について検討を重ねていきます。