研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


デジタルデータの長期保存について―令和5年度第3回文化財情報資料部研究会の開催

OAIS参照モデル(PDFファイル)

 令和5(2023)年6月27日に、「デジタルデータの長期保存について」と題して文化財情報資料部主任研究員・小山田智寛が発表を行いました。社会や産業の多くの領域でデジタル化が止まらない現在、生みだされるデジタルデータの長期的な保存が重要であることは言うまでもありません。デジタルデータの保存については技術的な検証が様々にされており、長期保存用の記録メディアなども販売されています。しかしデジタルの領域で、私たちは多くの記録メディアや、その再生機器が市場から姿を消していったのを目の当たりにしています。デジタルデータの保存に関しては、技術面の不安定さを運用で補う状況がいまだに続いている状況と言えます。
 本発表では、デジタルデータの長期保存について技術面、運用面から検証を行いました。技術面については代表的な記録メディアとしてBlu-ray Disc、磁気テープ、HDD、SSDを取り上げて比較し、運用面についてはデジタルデータの長期保存に関する国際規格であるOAIS参照モデルの内容を確認いたしました。最後に技術面、運用面の負担の少ない長期保存システムの私案を報告し、検討いたしました。
 東京文化財研究所では、貴重な文化材についてのデジタルデータを作成し、ホームページ等で公開しています。これらのデジタルデータをいつまでも利用できるよう、デジタルデータの保存についても調査を続けてまいります。


古郡家資料の受入

古郡良雄氏による直筆資料

 薩摩藩出身で明治政府の要職を務め、画家・黒田清輝(1866~1924)の養父でもあった黒田清綱(1830~1917)とゆかりのあった古郡家より、黒田家に関連する資料を令和5(2023)年5月9日付で東京文化財研究所へご寄贈頂き、6月15日に感謝状贈呈式を行いました。
 当研究所の前身は、画家、教育者などとして日本の近代絵画史に大きな足跡を残した黒田清輝の遺言執行の一環として、美術の研究を行うために設立された帝国美術院附属美術研究所でした。そのため設立当初から多様な使命を担うようになった現在まで、黒田清輝の絵画作品や彼の活動に関する調査研究を行っており、そのことが、この度の資料ご寄贈へとつながりました。
 古郡静子氏は、黒田清綱の麻布区笄町(現在の港区西麻布)の別邸で彼の身辺の世話をしており、そのご遺族である現在の古郡家では、黒田清輝本人から贈られた、彼の描いた絵画作品を所蔵しておられました。文化財情報資料部上席研究員・塩谷純、文化財情報資料部研究員・吉田暁子とでその調査に伺った折にご遺族からお示し頂いたのが、今回の古郡家資料です。
 和綴じ冊子、書籍、書類・印刷物の計23件から成る古郡家資料の核となるのは、古郡静子氏の養子であった古郡良雄氏による、直筆の和綴じ冊子10冊です。著者本人が個人的に接した黒田清綱及び黒田清輝の記憶と、同時代資料を博捜して得られた情報とを根拠とする『黒田清綱記事集』『黒田清輝記事集』、また黒田清輝の絵画作品にも登場する笄町の邸宅周辺をめぐる回想録と資料集の2冊組による『彼の頃の麻布』を含むこれらの資料は、当時の黒田家や周辺の環境について独自の視点から緻密に記録した、貴重な一次資料です。
 今回ご寄贈頂いた古郡家資料は、資料閲覧室にて保存・公開します。また今後、重要資料の翻刻・デジタル化などを通じてより広くアクセス可能な資料とし、多様な研究に寄与する資料として後世に伝えていければ幸いです。


美術雑誌『國華』掲載作品図版の追加公開

扇面法華経(419号掲載)
配架の様子

 『國華』は、明治22(1889)年に創刊され、現在まで継続して刊行されている美術雑誌で、日本・東洋美術史分野の重要な学術刊行物として知られています。創刊以来、豪華な図版とともに優れた美術作品を紹介しており、そのひとつひとつが美術史研究における重要な基礎資料となっています。現在に至るまで130年以上、研究者たちによって営々と積み重ねられた基礎資料の量は膨大なものです。
 資料閲覧室では、平成26(2014)年に『國華』に掲載された作品の紙焼き図版を國華社よりご寄贈いただきました。この紙焼き図版は台紙に貼りつけて整理されており、その量は段ボール箱45箱分に及ぶものでした。資料の整理に取り組みながら、このうち800号[昭和33(1958)年]から1200号[平成8(1996)年]にかけて掲載された図版を先行公開しましたが、このたびこれに先立つ400号[大正13(1924)年]以降の掲載図版を追加公開いたしました。大正から昭和初期にかけての貴重な資料です。
 これらの作品図版は、先行公開された作品図版とともに資料閲覧室のキャビネットに号数順に配架されています。追加公開にあたって『國華』掲載作品図版全てを再度並べ直しましたので、以前より更にご覧になりやすくなったのではないかと思います。資料閲覧室にお越しの皆様には自由にご覧いただくことができますので、貴重な資料をぜひご活用ください。


シンポジウム「踊れ、魂よ!―風流踊の楽しみ方―」の開催

参加者が盆踊りを体験する様子
西馬内の盆踊りの実演

 令和5(2023)年6月24日に東京国立博物館平成館大講堂で、「踊れ、魂よ!―風流ふりゅうおどりの楽しみ方―」と題したシンポジウムが開催されました。主催は東京文化財研究所と公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団、特別協力として西馬音内(にしもない)盆踊保存会にもご出演いただきました。
 最初に風流踊の楽しみ方について、①歴史編を無形文化遺産部無形民俗文化財研究室長・久保田裕道が、次いで②音楽編を川崎瑞穂氏(聖心女子大学ほか非常勤講師)、③装い編を俵木悟氏(成城大学教授)、④関西地方の事例を森本仙介氏(奈良県文化財保護課)が、それぞれに講じました。その後4人揃っての登壇者クロストークとなり、風流踊の魅力をさまざまな面から語る場となりました。
 その後休憩を挟んで、ポーラ伝統文化振興財団が作成した記録映画「端縫いの夢~西馬音内盆踊り~」を上映。続いて西馬音内盆踊保存会から佐藤幾子氏・和賀靖子氏にご登壇いただき、踊りを解説。そして、保存会の皆さんによる西馬音内盆踊の実演となりました。実演の後半は、佐藤氏の指導で、参加者が踊りを体験。最後は多くの参加者が立ち上がって踊り、保存会の皆さんと一緒に盛り上がりました。
 なお、ポーラ伝統文化振興財団では、これまでに西馬音内を始めとする、さまざまな無形の文化財の映像記録作品を製作しています。今回、その多くの作品を東京文化財研究所にご寄贈頂きました。今後当研究所では、それらの閲覧ができるようにしていく予定です。


エントランスロビーパネル展示「文化財の修復に用いる用具・原材料の現在」の開始

展示解説の様子
エントランスロビー展示風景

 東京文化財研究所では、調査研究の成果を公開するため、1階エントランスロビーでパネルを用いた展示を行っており、令和5(2023)年6月5日からは「文化財の修復に用いる用具・原材料の現在」の展示が新たに始まりました。
 文化財を後世に伝えていくために、保存・修復の技術は欠かせないものですが、そこに使われる材料や道具の確保が困難なものが増えてきています。後継者不足や社会的な環境の変化によるものですが、緊急性の高い事案のため、現在文化庁と連携しつつ調査研究を遂行しています。使用されている材料の科学的な解明や問題点に関する科学的解決方法の提案、文化財修復の現場でのそれらの使用方法の把握、材料・道具の製作技術の記録などを行い、これらと過去の修理報告書のアーカイブ化を包括的に進めています。この事業は、このように多様な業務が関わるため、研究所内で横断的に連携を取りつつ遂行されており、まさに東文研の強みを活かした研究となっています。
 今回の展示では、掛軸の装丁に欠かせない宇陀紙の原材料と、彫刻修理に欠かせない彫刻刃物を中心的に取り上げています。どちらも代替のないものですが、途絶の危機にあり、研究対象としています。また、東京文化財研究所では保存科学研究センターを中心に日本の伝統材料についての科学的な解明を以前から遂行していたため、本事業と関連する成果についても今回、併せて展示しています。文化財修復に関連する材料・用具の奥深さと、研究の成果の幅広さをこの展示を通じて感じて頂ければ幸いです。(入場無料、公開は月曜日~木曜日(金曜〜日曜日・祝日をのぞく) の午前9時~午後5時30分)。
https://www.tobunken.go.jp/info/panel/230605/


聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)での保存修復研究計画立案に向けた調査の実施

聖ミカエル教会外観
煤汚れのクリーニングテスト

 中央アナトリアに位置するカッパドキア(トルコ共和国)は、凝灰岩の台地が長い時間をかけて侵食された結果、変化に富んだ奇岩群を生み出し、昭和60(1985)年には「ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群」としてユネスコの世界遺産リストに加えられました。紀元2世紀以降、この地にキリスト教徒が移住を始めると、彼らの手によって1000箇所以上とも言われる岩窟教会や修道院が築かれ、その内壁に壁画が描かれるようになりました。
 前年度にアンカラ・ハジ・バイラム・ヴェリ大学とともに実施した事前調査の結果、聖ミカエル教会(ケシュリク修道院内)に描かれた壁画を対象として文化財保存修復に係る共同研究事業を開始することが決定しました。これを受けて、令和5(2023)年6月15日~22日にかけて現地を訪問し、具体的な研究計画を立案するための調査を行いました。そして、壁画表面を覆う煤汚れの除去や、岩盤支持体から剥離してしまった漆喰層の保存処置を研究テーマとして位置づけることが合意されました。
 今後は現地専門家と研究課題を共有しながら、トルコ共和国における文化財の保存修復に広く貢献できるよう、活動を進めていきます。


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