研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


郷土芸能プロジェクト検討会への参加 ―無形文化遺産情報ネットワークの活動―

仮設住宅をまわる獅子舞(宮城県女川町小乗地区)

 無形文化遺産部では複数の協働団体と共に「311復興支援・無形文化遺産情報ネットワーク」を運営し、東日本大震災の被災地における無形文化遺産の情報収集やそれに関わる復興支援に携わっています。そうした活動の一環として、文化庁をはじめ芸術団体や企業等で組織される「文化芸術による復興推進コンソーシアム」とも連携を図っています。
 2014年1月29日に、このコンソーシアムによる「郷土芸能プロジェクト検討会」が仙台市において開催され、無形文化遺産部から久保田裕道が参加しました。この検討会は、文化芸術が復興に果たす役割の中で郷土芸能(民俗芸能)の占める割合が大きいことから、郷土芸能に関わる今後の活動を検討すべく開催されたものです。全日本郷土芸能協会や企業メセナ協議会、大槌町教育委員会など関係機関からの参加があり、各々の企画案をもとに協議が進められました。
 震災から3年を迎えようとしているこの時期、郷土芸能の復興を取り巻く状況も変わりつつあり、そうした現状を踏まえつつ、新たな試みを展開させる方向性が確認されました。


「文化財の保存環境に関する研究会」の開催

保存環境研究会

 保存修復科学センターの研究プロジェクト「文化財の保存環境の研究」は3年目をむかえ、平成26年1月27日(月)にこれまでの研究成果をもとに研究会を開催しました。研究会では、「濃度予測と空気環境清浄化技術の評価」をテーマとした文化財収蔵空間で使用可能な材料を選択するための試験法の試案、内装材料における放散ガス試験データを元に実施した濃度予測による空気環境制御の事例、そして博物館の省エネ化で温度設定を上げた時の汚染ガス濃度の上昇と濃度低減のためのさまざまな低減化手法について解説しました。新築・改修・増築、展示台の新造、ディスプレイ材料の選択など、実際の課題や問題意識を持った参加者が多く、換気の方法、材料の選定、具体的な対処方法、汚染ガスの計測方法や汚染源の特定方法などについて、活発な質問が寄せられました。また製品を選定するための規格の設定や、空気清浄化マニュアルの制作に取り組んだらどうか、などの提案もありました(外部からの参加者 93名)。


アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

国際セミナーにおける日本人専門家の発表

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、アルメニア歴史博物館にて、1月15日~21日に第3回国際ワークショップを、1月24日~25日に第5回国内ワークショップを開催しました。
 国際ワークショップでは、15日と16日の2日間、国際セミナーを開催し、アルメニア国内専門家のほか、日本、グルジア、イラク、カザフスタン、キルギズスタン、ロシアの6カ国から7名の金属資料保存に関する専門家をアルメニアに招聘し、さらに、アルメニアの考古金属資料の調査研究を行っているアルメニア人考古学者らを招き、「予防保存」をテーマに議論しました。アルメニアの金属文化財に関する研究や、自国の博物館や予防保存の状況を発表しあうことで、情報交換と広域ネットワーク構築に貢献しました。引き続き21日までの3日間、アルメニア国内専門家7名、グルジア、イラク、カザフスタン、キルギズスタン、ロシアの5カ国からの6名の専門家を対象に、日本人専門家が講義と実習を実施し、博物館における環境制御、IPM(総合的有害生物管理)、展示収蔵のための材料試験法について学びました。
 また、アルメニア国内専門家を対象とした国内ワークショップには7名が参加し、これまでのワークショップにおいて保存修復処置を終えた金属資料について、展示計画を策定し、展示の準備を開始しました。
 次回は博物館における展示をテーマとしたワークショップを開催し、実際に展示を行うことで、これまでの成果を発表する予定です。


アルメニア国立美術館所蔵「名区小景」の調査

「名区小景」(アルメニア国立美術館)
『名区小景』部分(名古屋市博物館)

 東京文化財研究所では、海外に渡った日本美術作品の調査を継続的に行っていますが、黒海とカスピ海の間にひろがるコーカサス地方に日本美術作品が所蔵されていることは、最近までほとんど知られていませんでした。文化遺産国際協力センターでは2012年11月にアルメニアとグルジアにおいて調査を実施し、日本美術作品の所在を確認しました。さらに詳細な調査が必要であると判断されたため、文化財保護・芸術研究助成財団の助成を得て、2014年1月15日から3日間の日程で名古屋市博物館学芸員の津田卓子氏に浮世絵についての協力を仰ぎ、調査を行いました。アルメニア国立美術館の「名区小景」(以下アルメニア本)は、各縦8.1㎝、横11.8㎝の画面で、29枚が所蔵されています。津田卓子氏のご教示により、アルメニア本は弘化4年(1847)に刊行された版本『名区小景』初編の挿図が元になっていることが明らかになっています。『名区小景』は尾張藩士で絵をよくした小田切春江(おだぎりしゅんこう)によるもので、企画から作画、出版まで手がけたものです。内容は名古屋近郊の景勝地にまつわる漢詩・和歌・俳諧を各地から募って自らの絵とともに編集されたもので、巻末には掲載された歌の作者の人名録を載せています。名古屋市博物館所蔵の『名区小景』と比較すると、アルメニア本は画面の上部に各名所の解説を加えて版を改めた改刻版と考えられます。アルメニア本は、1937年に個人の所有者から国立美術館が購入したと伝えられていますが、その作品名・作者・年代など作品に関する情報がわからないままに所蔵されていました。どのような経緯でこうした名所絵版画がアルメニアの地に渡ったのか、日本美術作品の海外における受容という点でも興味深い問題と言えます。この調査の内容は報告書にまとめ、今後の研究の進展に寄与したいと思います。


カンボジア・タネイ遺跡での第4回建築測量研修

写真測量標定点のTS計測
ソフトウェアを用いた3Dモデルの作成

 1月17日から24日までのおよそ1週間にわたり、カンボジア・アンコール遺跡群内のタネイ遺跡を対象とした第4回の建築測量研修を実施しました。昨年度から始めた本研修は、今回で最終回となり、アプサラ機構、プレア・ヴィヒア機構、及びJASA(日本国政府アンコール遺跡救済チームJSAとアプサラ機構との合同チーム)から、建築学・考古学を専門とする若手スタッフが計9名、研修生として参加しました。
 今回のテーマは、境内の主要樹木の計測、及び写真測量であり、第1回からの研修を通して作成してきた遺跡平面図の完成と同時に、今後のリスクマップ作成や保存管理計画策定に向けた準備として、遺跡を構成する様々な要素の記録と管理のための新たな手法を学びました。トータルステーションと写真測量専用のソフトウェアを用いて、彫刻を伴う壁面や散乱石材の3次元記録を行うとともに、これらを今後、どのように遺跡管理に応用していくかという課題を全員で議論しました。最終日には各人がそれぞれの成果を発表し、2年間にわたる研修の修了証が手渡され、研修生たちに笑顔が溢れました。
 数あるアンコールの遺跡群内の中で、タネイ遺跡は、これまでほぼ手つかずの状態で残されてきた貴重な場所であると同時に、その保存管理のためには、多くの課題が未だ残されています。本研修は、カンボジア人遺跡管理スタッフに基本的な測量技術を移転すると同時に、彼ら自身の手で、遺跡を後世に護り伝えていくことを支援するための、最初のステップと位置付けています。建築測量研修はこれで終了となりますが、さらに今後も技術的支援・研究交流を継続していく予定です。


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