研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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名古屋城見学の様子
講義「紙の基礎」にて紙サンプルを観察する様子
令和6年(2024)年8月26日~9月13日にかけて、国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は平成4(1992)年よりICCROM(文化財保存修復研究国際センター)と東京文化財研究所が共催しています。参加者はこの3週間の研修で、紙文化財が日本においてどのように保存されてきたかを体系的に学びます。日本の修復技術やその文化的背景を伝えることで、さまざまな地域の文化財保存へと役立ててもらうことが、本研修の目的です。本年は60カ国165名の応募者のうちから、アルメニア、カナダ、ドイツ、イタリア、マルタ、メキシコ、オランダ、スイス、英国、アメリカ合衆国の各国、計10名の専門家を招きました。
研修は講義、実習、スタディツアーから成ります。講義では、日本の文化財保護制度や、和紙の特性、そして小麦でんぷん糊や刷毛といった伝統的な道具材料について扱いました。
実習では、国の選定保存技術「装潢修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、巻子を仕立てる作業を通じて、日本で行われている修復作業を学びました。
第2週目は中部・近畿地方を巡るスタディツアーを行いました。まず名古屋城を訪れ、伝統的な建物内における屏風や襖の使われ方を学びました。続いて美濃市では、国の重要無形文化財である本美濃紙の製造工程を見学しました。さらに京都市では、江戸時代から続く伝統的な修復工房を見学しました。
最終週には、巻子だけでなく、屏風や掛け軸の構造や取り扱い方法についても実習しました。
研修後のアンケート結果によれば、参加者の多くが、修復材料として和紙を使用する方法への理解をさらに深めたようです。各自が帰国後、本研修で得た技術や知識が周囲にも広まり、応用され、それによって諸外国の文化財がよりよく保護されていくことを願っています。
掲示されたポスター資料
会場に設置されたパネル
令和6(2024)年8月6日~8月9日にかけてジョージ・メイソン大学(アメリカ)で開催されたDigital Humanities 2024(DH2024)に参加して来ました。DH2024は人文情報学という学問分野では最大規模の年次国際大会です。そして人文情報学というのは、人文学と情報学とを融合させることで新たな発見の獲得を目的とした分野です。
東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」事業の一環として「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっており、文化財情報資料部では「文化財(美術工芸品)修理記録のアーカイブ化」を担当しております。この事業は、文化財の修理記録という大切な情報を適切な形で後世に残していくことを主眼としている重要なものであり、そのプレゼンスを国際的にも主張してゆくことが求められます。こうした背景から、文化財情報資料部客員研究員・片倉峻平が発表者としてDH2024に赴き、昨年度時点でのアーカイブ化の作業過程をポスター発表(題目:” Constructing a Database of Cultural Property Restoration Records”)にて紹介しました。発表内容は田良島哲・片倉峻平「美術工芸品修理記録のデータベース化」(『月刊文化財』722号、2023年)に則ったものですので、よろしければこちらをご覧下さい。
聴衆の皆様には、日本の文化財修理でどのような記録が取られて来たのか、そしてこれまでどのように蓄積・保存されてきたのか、という点に特に興味を持って頂けました。データベースを作成しているというお話もしたので、実際にそのデータベースを見てみたいという希望も多く聞くことが出来ました。データベースは残念ながらまだ未公開ですがいずれ公開するのでぜひ期待して下さいとお伝えしておきました。
本プロジェクトはこれから佳境を迎えます。これからも国際的な情報発信に努めますので、皆様にもぜひ引き続き注目頂ければと思います。
「没後100年・黒田清輝と近代絵画の冒険者たち」展示作業風景、東京国立博物館
研究会風景、東京文化財研究所
令和6(2024)年は、画家であり、東京文化財研究所の前身である美術研究所の設立資金を遺した黒田清輝(1866-1924)の没後100年にあたります。これを記念し、東京国立博物館での特集展示を企画しました。展示は黒田の作品と、東京国立博物館の所蔵する近代絵画とによって構成し、西洋絵画に学んだ「洋画」が「美術」としての地位を獲得していく工程を「冒険」として紹介しました。
まずは黒田清輝の代表作、《智・感・情》(1899、明治32年)において、人間の裸体によって抽象的な観念を描くという西洋の寓意画に端を発した試みを紹介しました。人間の裸体を美的なものとして描き、見る習慣のなかった日本では、裸体画は不道徳なものとして批判されましたが、黒田は《智・感・情》において日本人のモデルを用いた裸体画を世に問いました。《智・感・情》は明治33(1900)年のパリ万国博覧会では、“Etude de Femme”(女性習作)として紹介されました。日本の観衆に対しては裸体によって理想を表現する手法を示し、西洋の観衆に対しては日本人による日本人を描いた裸体画の存在を示すという二面性をもつ試みであったことがわかります。
また本展では、当時の「美術」の境界を示す作品を展示しました。織田東禹《コロポックルの村》(1907、明治40年)は、アイヌの伝承に「蕗の葉の下に住む人」として登場する「コロポックル」を日本の石器時代の先住民とする、人類学者の坪井正五郎による学説に基づいて描かれました。織田はこの作品を明治40(1907)年の東京勧業博覧会に出品し、美術館での展示を希望しましたが、美術部門の審査員は類例のない表現に戸惑って同作の審査を拒否し、結局同作は「教育、学芸」の資料として展示されました。当時、「美術」という概念は形成途上にあり、《コロポックルの村》の扱いには出品者側と審査員側の認識の違いが表れたといえます。同作をめぐり、文化史的な視点からの考察と、考古学や文化人類学側からの考察をまじえた学際的な研究会を9月6日に当研究所で行いました。
最後に、同展では黒田清輝の遺産によって昭和5(1930)年に創立した「美術研究所」を前身とする当研究所の所蔵資料を展示しました。黒田は遺産の一部を「美術奨励事業」に充てるようにという遺言を残しましたが、その内容を具体化したのは美術史家の矢代幸雄でした。イギリスとイタリアに留学してルネッサンス美術を研究した矢代が大正14(1925)年に刊行した“Sandro Botticelli”(Medici Society)は、新鮮な視点を示した著作として高い評価を受けました。中でも、部分図に独自の美観を認める視点は当時の西洋美術史に新たな視点をもたらしました。「美術研究所」の構想において重視された美術写真の収集という方針は、現在の当研究所の資料収集にも継承されています。同展では“Sandro Botticelli”や『黒田清輝日記』など、当研究所の所蔵資料を展示し、美術研究における拠点としての同所の意義を紹介しました。
実演の様子
展示の様子
令和6(2024)年8月9日、東京文化財研究所にてシンポジウム「森と支える「知恵とわざ」―無形文化遺産の未来のために」が開催されました。
昨今、無形のわざや、有形の文化財の修理技術を支える原材料が入手困難になっていることが大きな問題となっています。山を手入れしなくなったことによって適材が入手できなくなった、需要減少によって材の産地が撤退してしまった、流通システムが崩壊してしまった、など背景は様々ですが、いずれも、人と自然との関わりのあり方が変わってしまったことが要因としてあります。
本シンポジウムは、こうした現状を広く知ってもらい、課題解決について共に考えていくネットワークを構築することを目的に開催されました。まず第一部では5名の方をお招きして、自然素材を用いた様々なわざを実演いただきました。荒井恵梨子氏にはイタヤカエデやヤマモミジのヘギ材で編む「小原かご」、延原有紀氏にはサルナシやバッコヤナギ樹皮で編む「面岸箕」、中村仁美氏にはヨシで作る「篳篥の蘆舌(リード)」、小島秀介氏にはキリで作る「文化財保存桐箱」、関田徹也氏には里山の木で作る祭具「削りかけ」について実演や解説をいただき、参加者とも自由に交流していただきました。その後、第二部では秋田県立大学副学長の蒔田明史氏による講演「文化の基盤としての自然」と、当研究所職員3名による報告がありました。
先述したように、原材料の不足の背景には、人と自然との関係性が変化したことが大きな要因としてあります。それは社会全体の変化と直結しており、一朝一夕で解決できる問題ではありません。しかしだからこそ、この現状を広く社会に知っていただき、様々な地域、立場からこの問題について考え、行動していただくことが重要になってきます。無形文化遺産部では課題解決に少しでも寄与できるよう、今後も引き続き、関連する調査研究やネットワークの構築、発信をしていきたいと考えています。
なお、シンポジウムの全内容は近日中に報告書として刊行し、PDF版を無形文化遺産部HPで公開する予定です。
修復前後の中央塔西入口周辺(フォトグラメトリにより作成した3Dモデル)
石材修復中の様子
カンボジアの世界遺産・アンコール遺跡群の北東部に位置するタネイ遺跡は、12世紀末から13世紀初頭に建立されたと考えられている仏教寺院で、高さ約15mの中央塔は、一部が崩壊しているものの、仏教モチーフの装飾が刻まれたペディメントが四方に配され、内部には本尊の仏像が据えられていたと思われる台座も残っています。
その各面の入口枠は上下左右の4辺がそれぞれ大きな砂岩材で構成されていますが、東西面ではともに上枠が折れているなど破損・変形が進行して危険なため、ながらく木製のサポートで支持されていました。今回、この中央塔の東西入口まわりを構造的に安定させるとともに、木製のサポートを撤去することで、訪問された方々により本来に近い寺院の姿を眺めながら伽藍中軸線上を安全に歩いていただけるよう、入口枠とこれに隣接する範囲を対象に部分的な修復作業を実施しました。
修復に先立って、令和6(2024)年3月開催の国際調整委員会会合にて計画が提案、承認されました(前稿を参照)。その後、6月からアンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA)の主導のもと、現場作業が開始されました。東京文化財研究所は、本修復事業への技術協力の一環として、令和6(2024)年6月15日~7月2日に2名(XVI次現地調査)、8月7日~11日に1名(XVII次現地調査)を派遣し、APSARA職員と協力して作業を行いました。具体的には、①中央塔入口の構成石材および周辺散乱石材の解体・移動前記録、②部分解体、③石材修復、④再構築、⑤修復後記録、の手順で進行し、8月派遣時に無事に修復が完了しました。
両国の大工棟梁ならびにスタッフによる部材調査の様子
現場全景
東京文化財研究所では、平成24(2012)年以来、ブータン内務省文化・国語振興局(DCDD)と協働して、同国の伝統的民家建築に関する調査研究を継続しています。同局では、従来は法的保護の枠外に置かれてきた伝統的民家を文化遺産として位置づけ、適切な保存と活用を図るための施策を進めており、当研究所はこれを研究・技術面から支援しています。
これまでに全国で80棟ほどの古民家を調査してきた中でも最古級と目されるのが、首都ティンプー市近郊のカベサ集落に所在するラム・ペルゾム邸です。土を版築して造られた外壁にほとんど開口部がないきわめて閉鎖的な建物で、今日一般的なブータンの民家とは大きく異なる特徴などから、建設時期は少なくとも18世紀代まで遡るものと考えています。
平成25(2013)年に調査した時点で既に荒廃が進んでいましたが、上階床や屋根などの木造部分が平成29(2017)年に全崩壊するに至り、これを受けて、建物内部に散乱した部材の回収ならびに格納作業を実施し、残った外壁の構造体を保護するための仮屋根の設置も行われました。コロナ禍により現地活動が中断する間に本物件を文化遺産として保護するための手続きが進められ、令和5年(2023)年に民家建築としては初の遺産指定が実現しました。
このたび、令和6(2024)年8月12日~23日にかけて、当研究所職員2名に外部専門家2名を加えた4名を日本から派遣し、DCDD職員らとともに、本建物の修復に向けた部材調査を実施しました。以前の格納作業にも携わったマルティネス・アレハンドロ氏(京都工芸繊維大学助教)が各部材の使用部位を同定する作業に加わる一方、日本の木造文化財建造物修理に豊富な実績を有する鳥羽瀬公二氏(日本伝統建築技術保存会会長)が部材ごとに再使用の可否と修理方法の検討を行い、この作業には歴史的建造物修理に従事するブータンの大工棟梁9名が参加しました。調査中にはツェリン内務大臣が現場視察に訪れたほか、国営テレビや新聞の取材を受けるなど、この取り組みには強い関心が寄せられています。得られたデータをもとに引き続き、オーセンティシティの保存に最大限配慮した全体修復計画の検討を進めるとともに、DCDD側での実施予算確保に向けた工費積算等の作業を支援していきます。
本調査は、科学研究費助成金基盤研究(B)「ブータンにおける伝統的石造民家の建築的特徴の解明と文化遺産保護手法への応用」(研究代表者 友田正彦)により実施しました。
1920、30年代は日本と中国の美術交流を考えるうえで、きわめて重要な時代です。この少し前、日本では大村西崖(1868~1927)や中村不折(1866~1943)などによって中国絵画史学が形成されつつありました。近年、東京美術学校教授であった西崖が遺した『中国旅行日記』等の史料によって、日中の美術交流の諸相が明らかにされつつありますが、日中双方の社会情勢および美術界の動向をふまえた研究がもとめられています。
令和6(2024)年7月23日に開催された文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部客員研究員の後藤亮子氏が「余紹宋と近代中国の書画史学」と題した研究発表を行いました。後藤氏は西崖の『中国旅行日記』の研究に長年従事し、その調査の過程で、この時期が中国美術史学の展開においても重要な時代であったことに着目しました。そこで、日本への留学経験があり『書画書録解題』(1931年刊)の著者である余紹宋(1883-1949)に焦点をあて、余紹宋と日本との関わりと近代中国の書画史学の形成について論じました。
余紹宋は1920~30年代前後に活躍した史学家です。その著書『書画書録解題』は、中国の書画関係文献に関する初の専門解説書かつ必須参考文献として今日も高く評価される一方、余紹宋その人についての情報は極めて限られる状況が長く続きましたが、近年『余紹宋日記』その他の資料が公開され、中国の近代化におけるその役割が研究対象となりつつあります。余紹宋は明治38 (1905)年に日本に留学し、法学を修め、帰国後は官僚となりました。大正10(1921)年には政府の司法次長となります。いっぽうで湯貽汾(1778~1853)の孫に絵を学び、画史や画伝を博捜して徐々に美術界にも足跡を残すようになりました。昭和2(1927)年には官職を退き、学者、書画家、美術家として生きました。
後藤氏は、余紹宋の生涯とかれの画学研究、さらに書画の実践をたどりながら、先述の『書画書録解題』のみならず、『画法要録』(1926年刊)、美術報『金石書画』(1934-37年刊)などの著作を読み解き、中国美術史学における位置づけを検討しました。日本を通して西洋的知見を習得した余紹宋が国故整理運動と呼ばれる復古的なアプローチで伝統的な中国書画文化にクリティカルな目を向け、それが中国美術研究の近代化の礎石のひとつとなったと論じました。研究会は所外の専門家の方々にもご参会いただき、近代中国および日本における中国美術史学、東洋美術史学の成立過程に関する有意義な意見交換が行われました。
文化財の科学調査に関する講義の様子
空調に関する講義の様子
大量文書の保存・対策の講義の様子
所内見学の様子
令和6(2024)年7月8日~12日に「令和6年度博物館・美術館等保存担当学芸員研修(上級コース)」を開催しました。
昭和59(1984)年以来、東京文化財研究所で開催してきた「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」は、令和3(2021)年度より「基礎コース」「上級コース」として再編され、博物館・美術館等で資料保存を担当する学芸員等が、業務に必要となる知識や技術について、基礎から応用まで、幅広く習得できることを目的として実施しています。「基礎コース」は保存環境を中心とした内容で文化財活用センターが担当し、「上級コース」は保存環境だけでなく文化財保存全般を当研究所保存科学研究センターが担当し実施しています。
令和6年度の上級コースでは、保存科学研究センターで行っている各研究分野での研究成果をもとにした講義・実習や外部講師による様々な文化財の保存と修復に関する講義を実施しました。特に今年度は能登半島地震の発災に関連して、文化財レスキューについての講義が行われました。
・文化財修理原論
・文化財の科学調査
・空気質(空気質について/空気汚染の文化財への影響/空気質の換気の考え方)
・保管環境に関する理論と実践(空調)
・文化財IPM概論・実習
・修復材料の種類と特性
・屋外資料の劣化と保存
・近代化遺産の保護
・多様な文化財の保存と修復
・博物館の防災
・民具の保存と修復
・大量文書の保存・対策
・紙本作品等の保存と修復
・写真の保存・管理
受講生からは、本研修が今後の活動の大きな支えになった、直面している課題に対して知見を深めることができた、さまざまな内容に触れることで所属館の環境管理や防災を総合的に考えるための視点を得られた等の意見をいただきました。今年度は初日の終了後、意見交換会を開催しました。自己紹介を通じてこの研修に対する意気込みやそれぞれの館の課題が共有されました。受講生はこの研修によって近県の施設以外の学芸員の方と交流することができ、充実した研修となった様子が伺えました。
石材片の接合実験
石造彫刻保存修復現場の視察調査
文化遺産国際協力センターでは、石造文化財のより良い保存修復手法の確立を目指し、欧州専門家との共同研究を進めていいます。
令和6(2024)年7月1日~6日にかけてイタリアのフィレンツェを訪問し、国立修復研究所や国家認定文化財修復士の方々の協力を得ながら、日本国内には流通していない修復材料を用いた石材表層面の補強や石材片の接合について実験研究を行いました。
また、16世紀にメディチ家によって造園されたボーボリ庭園に設置された石造彫刻を対象に行われている保存修復作業の現場を訪問し、亀裂や層状剥離、欠損箇所への充填といった様々な傷みへの対処法について見学し、知見を深めました。なかでも、屋外環境下で発生しやすい生物劣化を抑制するための対処法は大変興味深く、保存管理の負担軽減にも繋がるものです。わが国においても効果が期待できることから、大きな収穫となりました。
今後も、実験研究や事例調査を継続するとともに、当該分野に係る専門家と繋がりを深めながら、日本国内の石造文化財の保存修復への応用も視野に入れつつ研究を続けていきます。
ノルマン王宮パラティーナ礼拝堂
ジャコモ・セルポッタのスタッコ装飾(サンタ・チータ礼拝堂)
文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査に取り組んでいます。当初の研究計画では、建材としてのスタッコが装飾や塑像を制作するための材料として活用されはじめた地中海沿岸地域を対象に調査研究を始める予定でした。これまでは、コロナウイルス感染症の蔓延に伴い国内調査に切り替えるなど研究計画の変更を余儀なくされてきましたが、状況の改善を受けて当初の計画に立ち返り、現在は欧州での活動を再開しています。
令和6(2024)年7月5日~7日にかけてイタリアのパレルモを訪問し、ギリシア人の植民都市が築かれた時代の遺跡を対象とした調査研究への協力について、現地の文化財監督局と協議しました。また、先方の取り計らいにより世界遺産にもなっているモンレアーレ大聖堂をはじめとするアラブ・ノルマン様式建造物群や、16〜17世紀を中心に活躍した彫刻家ジャコモ・セルポッタのスタッコ装飾が残る教会を訪問し、現地専門家より保存修復への取り組みについて話を伺いました。
今後は、シチリア島の考古遺跡を対象にスタッコ装飾の技法・材料に係る調査を通じて構造や特性についての理解を深めるとともに、それらの保存修復方法やサイトマネジメントのあり方について研究を続けていきます。
キルティプル旧市街に残る歴史的民家を対象とした簡易悉皆調査の様子
ネパール・キルティプル市は、首都カトマンズから約4km南西に位置し、ネワール民族による中世集落の遺構をよく残す都市として、世界遺産暫定一覧表に記載されています。しかし、急速な都市化や2015年に発生したゴルカ地震後の被災建物の建替え等によって、歴史的な街並みは大きく変化し続けています。そこには、寺院や王宮など公共的な建築が文化財として国の法的保護の下に位置付けられているのに対し、個人所有の住宅には実効的な保護の枠組みが存在しないという大きな課題が横たわっています。
こうした背景のもと、キルティプル市と東京文化財研究所は、令和5(2023)年秋より、キルティプル旧市街内の歴史的建造物、特に個人所有の歴史的民家の保存と活用に向けた共同調査を開始しました。
令和6(2024)年7月16日~23日にかけて行った職員2名の派遣では、キルティプル市のエンジニアや現地協力者らとの協働のもと、パイロットケースとして位置づけた一棟の歴史的建造物の実測調査やデジタル3次元計測、建物の変遷に関わる痕跡調査等を行いました。また、立命館大学プロジェクト研究員Lata Shakya氏の協力を得て、対象建物の所有者や郷土史家への聞取り調査を実施し、さらに、現地専門家Bijaya Shrestha氏の協力を得て、キルティプル旧市街に現存する個人所有の歴史的建造物の分布について簡易な悉皆調査を行いました。
これらの調査によって、対象建物が、ある時期にはキルティプルの王宮に付随する行政施設であった可能性や、また旧市街の街並みを構成する民家の中でも当初の外観をよく残す、特に重要な建物であることが明らかとなってきました。
対象建物は、雨漏りや蟻害などの破損が進行しており、一刻も早い修理を必要としています。建物の歴史的価値を明らかにし、広い意味で文化遺産としての位置付けを与えることは、建物の維持費用の確保や所有権の問題など様々な現実的課題に直面する歴史的建造物にとって、保存に向けた重要なステップを踏み出すきっかけとなり得ます。
地域の文化的な豊かさを守るだけでなく、持続的な発展にも結びつけられるような保全の在り方を探りながら、建物の所有者、行政機関、現地専門家らと共に今後も対話と試行を重ねたいと思います。
ワークシートに取り組む子供たち
記号の法則をたよりに立体パズルを組み立てる様子
東京文化財研究所では、文化遺産に対する次世代の興味関心の拡大を目的に、昨年度より小学生を対象とした文化遺産ワークショップを開催しています。第2回目となった7月27日(土)の会には25名の小学生とその家族、総勢70名以上が参加しました。
前回に引き続き古代エジプトの文化遺産をテーマとし、今年度は新たに、ピラミッドの建造順を並べ替えるワークシート、発掘調査の紹介、古代エジプトの船に関する研究成果を反映させた立体パズルといったプログラムを実施しました。それぞれのプログラムは、考古学の編年の仕組みに触れることや、遺跡の発見から調査研究・保存修復の実際の手順を学ぶこと、古代エジプトで使用された文字の意味や、船を造る際の工夫を知ることなどをねらいとしており、学術的な研究の一端に遊びながら触れ、学ぶことができます。立体パズルでは、実際に木造船の組み立てに使用された番付システムを簡易化し、ヒエログリフや数字に込められた法則を考えながらパズルの前後左右や並び順を判断するという仕組みにしました。
このようなワークショップは、文化的・歴史的遺産のミステリアスな側面に対する子供たちの関心の向上や、新たな気付きや学びの機会の提供だけでなく、親世代にも文化遺産研究の成果とその背景や意義を理解していただく好機となります。今後も調査研究成果をもとにした研究機関ならではのワークショップを開催して参ります。
委員会メイン会場「バーラト・マンダパム」
「佐渡島の金山」の審議を見まもる日本代表団
令和6(2024)年7月21日~31日、第46回世界遺産委員会がインドのニューデリーで開催され、東京文化財研究所から文化遺産国際協力センター3名、文化財情報資料部1名の計4名がオブザーバーとして参加しました。
委員会では、世界遺産条約の締約国や諮問機関の代表らが一堂に会し、世界遺産の新規登録や保全状況などの審議が行われます。新規登録では、今回24件が新たに登録され、世界遺産の総数は1223件となりました。わが国で大きく報道された「佐渡島の金山」については、イコモスが登録には情報が不十分として範囲の修正などを求める勧告を出していましたが、勧告に対する日本政府の対応を受けて、全会一致で世界遺産への登録が決まりました。保全状況の審議では、高速道路の建設が計画されるイギリスの「ストーンヘンジ」など危機遺産入りを勧告された4資産の記載がいずれも回避された一方、戦禍による破壊が危惧されるパレスチナの「聖ヒラリオン修道院」は、世界遺産登録と同時に危機遺産リストへの記載が決議されました。
会期中に開催されたサイドイベントでは、様々な加盟国や関係団体から世界遺産を取り巻く最新の動きが紹介されました。また、サイトマネージャーや若手専門家を対象としたフォーラムも同時期に開催され、本会議の外でも、持続可能な遺産管理などの喫緊の課題をテーマとした活発な議論が行われました。
世界遺産委員会への現地参加は、オンラインでは得難い最新の国際動向を知り得るまたとない機会です。当研究所では来たる11月に「世界遺産研究協議会」を開催するなど、今回の内容を含む情報発信に引き続き取り組んでいきます。
第46回世界遺産委員会での声明発表(撮影:インド考古調査局)
世界遺産タージ・マハルへの訪問(撮影:インド考古調査局)
令和6(2024)年7月14日~23日にかけて、インドの首都ニューデリーにて第46回世界遺産委員会の一環として開催された、「世界遺産ヤングプロフェッショナルフォーラム2024」に文化遺産国際協力センターアソシエイトフェロー・金子雄太郎が参加しました。
同フォーラムは、ユネスコ世界遺産教育プログラムの代表的な取り組みとして、世界中の若者と文化遺産・自然遺産の専門家の交流を通じた異文化理解や交流の促進、遺産保護における若者の新たな役割の模索を目的としています。今年度のフォーラムでは、3,500名を超える応募者の中から選出された、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、中南米、太平洋諸島の計31か国、50名(インドより20名、他30か国より30名)の参加者が、世界遺産に係る課題や機会についてそれぞれの国や専門の視点から意見を出し合いながら議論を行いました。「21世紀における世界遺産-若者のための能力向上と機会の探求-」のメインテーマのもと、気候変動、革新的技術、コミュニティ、持続可能な観光という4つのキーワードに関連したプログラムとして、博物館やタージ・マハル等の世界遺産への訪問、専門家による講義、参加者間での議論と発表等、世界遺産を様々な角度から学ぶ大変充実した内容でした。プログラムの最後には、本フォーラムで得られた知識と経験を基に、世界遺産に係る若手専門家からの提言をまとめた声明文を作成し、世界遺産委員会の場にて発表しました。
アフリカや中南米の国々では、若手という立場であっても世界遺産登録や保護・管理の現場の責任者として、遺産が直面している様々な問題の解決に向けて積極的な役割を担っていることを知り、同じ世代の一人として大変刺激を受けました。一方で、それらの国々からの参加者の多くが、世界遺産に登録された文化遺産や自然遺産においても資金や人材の不足による脆弱な保護体制が常態化していることを指摘しており、日本による文化遺産分野での国際協力もこのような国々にさらなる支援を差し伸べていくことが求められていると感じました。今後の世界遺産保護を担うべき若手専門家の一人として、これら世界遺産に係る現状を周知していくとともに、自身も国内外の遺産保護の一助になれるよう努めていきたいと思います。
世界遺産ヤングプロフェッショナルフォーラムに関するユネスコのウェブサイト
https://whc.unesco.org/en/youth-forum/
NHK(Eテレ)で毎週水曜日、午後10時より放送されている「ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪」という番組をご存じでしょうか。普段見ることができない博物館や図書館、動物園、鉄道会社などの裏側に潜入するというコンセプトの番組で、この4月からは放送時間も繰り上がるなど、徐々にその人気は高まってきているそうです。
そんな「ザ・バックヤード」で、この度、東京文化財研究所が取り上げられました。もともとは当研究所のことを色々な方に知っていただきたいとの思いから、昨年秋頃から準備を進めてきたのですが、今年の3月頃から話が具体化し、実際の撮影は6月初めに行われました。
約30分という放送時間の制約もあり、今回の撮影では文化財情報資料部(文化財アーカイブズ研究室)、保存科学研究センター(分析科学研究室・修復材料研究室・生物科学研究室・修復技術研究室)しか紹介できませんでしたが、番組をご覧いただいた方には、文化財を守る重要なバックヤードとしての当研究所の取り組みをご理解いただけたのではないかと思います。
それぞれの部署でご案内した内容は、以下に簡単にまとめました。関連する過去の活動報告等も一部掲載していますので、あわせてご覧ください。
【文化財情報資料部】
●文化財アーカイブズ研究室
文化財情報資料部では資料閲覧室や写真原板庫にて、当研究所の所蔵する図書と写真の資料を中心にご案内しました。昭和初期に調査撮影した名古屋城障壁画のガラス乾板写真や、昭和40年代に不慮の事故により損傷を受けてしまった、与謝蕪村筆「寒山拾得図襖絵」(丸亀市・妙法寺)について、昭和30年代に研究所で撮影していたモノクロ写真の輪郭線のデータと現在のデジタル画像を合成して、事故前の状態に襖を復原したプロジェクトを紹介しました。当研究所が100年近くもの間、継続してきた調査研究の蓄積と最新の技術を応用した事例をご覧いただきました。
資料閲覧室 https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html
古写真 名古屋城本丸御殿 https://www.tobunken.go.jp/image-gallery/nagoya/index.html
活動報告 香川・妙法寺への与謝蕪村筆「寒山拾得図」復原襖の奉安 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp)
妙法寺(香川県丸亀市)所蔵 与謝蕪村作品デジタルアーカイブ
https://www.tobunken.go.jp/myohoji/
【保存科学研究センター】
●分析科学研究室
分析科学研究室では、2次元的な元素マッピングを行うことができる蛍光X線分析装置をご覧いただきました。このような最先端の技術を適用することにより、キトラ古墳壁画のうち泥に覆われていて目視では確認をすることができない十二支像を鮮明に確認することができた成果につながったことを紹介しました。
活動報告 キトラ古墳壁画の泥に覆われた部分の調査 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp)
●修復材料研究室
修復材料研究室では、キトラ古墳壁画の漆喰取り外しに関する技術開発のご説明をしました。脆弱な壁画表面を取り外しの際には安定化させ、取り外し後には絵画に影響なく除去が可能な手法を用いたことについて、実際に使用した材料を用いて作成したモデルで示しつつ紹介しました。当研究所が開発した技術ではありますが、実際に施工に当たられた関係者の皆様のご協力によって安全に取り外し、再構成、展示ができたことを改めて感謝する機会となりました。
活動報告 キトラ古墳壁画展示のための作品搬送 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp)
●生物科学研究室
生物科学研究室では、文化財の生物被害に関する研究について紹介しました。東日本大震災に伴う津波で水損した資料で見られた赤色のカビについては、カビの性状調査を行う意義についてご説明しました。また、近年問題となっている新たな文化財害虫「ニュウハクシミ」についても生体をご覧いただきながら、防除対策に関する研究成果の一端を紹介しました。
活動報告 文化財害虫検索サイトの公開 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp)
活動報告 文化財害虫の検出に役立つ新しい技術開発に向けた基礎研究 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp)
●修復技術研究室
修復技術研究室では、近代の科学技術に関する文化財および災害等で被災した文化財の修復に関する調査研究を行っています。番組では、前者の例としてアジア・太平洋戦争期の機銃(報国515資料館所蔵)の保存について、後者の例として東日本大震災で被災した紙製文化財の保存処置について紹介しました。特に紙製文化財の処置については、実験用に作成した冊子を用いて水損状態を再現し、風乾(自然乾燥)と真空凍結乾燥での処置による違いをお伝えしました。
活動報告 20世紀初頭の航空機保存修復のための調査 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp)
活動報告 南九州市における近代文化遺産の調査 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp)
TOBUNKEN NEWS No.78 巻頭記事「災害により被災した文化財を検証するために」 TOBUNKEN NEWS(東文研ニュース)
なお、番組は6月26日に放送され、SNSを中心に予想以上の反響をいただきました。これを一つのきっかけにして、今後もより多くの皆様に、当研究所の活動に対する興味関心を持っていただければ幸いです。
ストライプハウス美術館 / ストライプハウスギャラリー旧蔵資料の一部:アパルトヘイト否!国際美術展(1990年)、世紀末大学(1993-2000年)に関する資料(請求記号ス162、ス261)
ストライプハウスビル
このたび、研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」の一環で、「ストライプハウス美術館 / ストライプハウスギャラリー旧蔵資料」の目録をウェブサイトに公開しました。
ストライプハウス美術館は、昭和56(1981)年5月、写真家塚原琢哉と塚原操が、東京都港区六本木5丁目に設立した私設美術館で、現代美術を中心とする物故作家の全貌展や若手作家の個展を多く開催しました。また、作家の発掘に定評があり、美術作品の展覧会だけでなく、ミニライブ、一人芝居、落語会、朗読会などを定期的に開催したことでも知られています。平成12(2000)年に美術館が閉鎖したのち、平成13(2001)年12月からは、ストライプハウスビル3階でギャラリーを運営しています。今回、目録を公開した資料群は、平成22(2010)年ころに笹木繁男(1931-2024)の仲介で同ギャラリーから東京文化財研究所に寄贈されたもので、各イベントごと、あるいは各作家ごとにまとめた、およそ300通の封筒で構成されています。そのなかには記録写真やプレスリリースなども納められており、当時の新聞・雑誌などのメディアによる報道には記録されない、重要な事実を見出すこともできるでしょう。
研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」では、日本の近・現代美術の作品や資料の調査研究を行い、これに基づき研究交流を推進し、併せて、現代美術に関する資料の効率的な収集と公開体制の構築も目指しております。この資料群は資料閲覧室で閲覧できますので、現代美術をはじめとする幅広い分野の研究課題の解決の糸口として、また新たな研究を創出する契機として、ご活用いただければ幸いです。
◆資料閲覧室利用案内
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html
アーカイブズ(文書)情報は、このページの下方に掲載されています。実際の資料は資料閲覧室でご覧いただけます(事前予約制)。
◆ストライプハウス美術館 / ストライプハウスギャラリー旧蔵資料
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/pdf/archives_StripedHouseMuseumofArt.pdf
ネヴシェヒル保存修復研究センターでの打合せ
ネヴシェヒル県副知事表敬訪問
文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国のカッパドキアに位置する聖ミカエル教会(ケシュリク修道院内)を対象に、現地専門機関や大学と協力しながら内壁に描かれた壁画の保存修復に関する共同研究事業を進めています。昨年度は、現地調査を通じて研究計画書を作成し、その内容についてトルコ共和国文化・観光省ならびに専門委員会で審議された結果、実施に関して正式な認可を受けました。(聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)での保存修復研究計画立案に向けた調査の実施 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp))
これを受けて、令和6(2024)年6月25日~29日にかけて現地を訪問し、今後、安全に研究活動を進めるうえで大切となる環境整備について協議しました。協議は、ネヴシェヒル保存修復研究センター長のHatice Temur YILDIZ氏やウルギュップ市議会議員でカッパドキア観光地域インフラサービス協会理事を務めるLevent Ak氏協力のもと進められ、ネヴシェヒル県副知事やユルギュップ市長とも意見交換を行う機会を設けていただくなど、大変有意義なものとなりました。その結果、教会内に建設予定の足場や水道・電気の設置工事等についてご協力いただけることとなり、カッパドキア地域における公共団体との連携体制を築くことができました。
今後は、現地の方々の期待に応えるためにも研究活動に取り組み、トルコ共和国における文化財の保存修復に広く貢献できるよう、活動を続けていきます。
拓本資料を閲覧する一行
令和6(2024)年5月11日、早稲田大学文学部アジア史コースの一行が、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。柳澤明氏(教授、清朝史)、柿沼陽平氏(教授、中国古代史)、植田喜兵成智氏(講師、朝鮮古代史)が引率する大学院生・学部生の一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室研究員・田代裕一朗による案内説明を受けながら、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書、そして所蔵拓本を興味深く見学しました。
文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、美術史研究だけでなく、アジア史研究、ひいては歴史学研究全般で広く活用され、人類共通の遺産である文化財の研究発展に寄与することを願っております。
※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(資料閲覧室_利用ガイダンス (tobunken.go.jp)) をご参照のうえ、お申込みください。
研究会の様子
米国ワシントンD.C.にある国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration)は、歴史的価値を有する国の記録史料の保存と管理を担うナショナル・アーカイブズです。昭和9(1934)年に設立された同館は、「独立宣言」「合衆国憲法」「権利章典」という、いわゆる「自由の憲章」のほか、外交文書、戦争関係文書、移民記録、従軍記録など、国の「記憶」となる史料を保管しています。収蔵資料は、135億枚の文書、4億5千万フィート以上のフィルム、4千100万枚の写真、4千万枚の空中写真、1千万枚の地図や建築技術図面、837テラバイトに及ぶ電子記録など、非常に多様である点に特徴があります(令和5〔2023〕年10月時点)。
同館では、映像資料それ自体(映画フィルムやビデオ等)とともに、長年にわたり、これらの制作過程が記録された関連資料の移管も受入れてきました。令和6(2024)年5月14日に開催された文化財情報資料部研究会では、令和4(2022)年8月に実施したこれら関連資料の現地調査成果について、文化財情報資料部アソシエイトフェロー・山永尚美が「行政機関で作成された映像資料とその関連資料の管理と利用可能性について」と題して報告を行いました。
同館アーキビストへの照会を通じて得られた文書記録シリーズ登録簿(Textual records series register, 1990)の情報によると、特殊メディア(Special Media)を扱う新館(ArchivesⅡ)にはシリーズ単位で約300に及ぶ関連資料の所蔵があり、近年はそのデジタル化も進められていました。プロダクション・ファイル、台本、書簡、索引カード、インタビューの文字起こしなど、多岐にわたる関連資料の内容について撮影写真も交えて報告し、その後の質疑応答では、制作活動に伴って生みだされる記録の保存や管理の必要性について様々に意見が交わされました。この議論をもとに、作品や文化財の文脈を保証する記録の保存に貢献すべく、引きつづき検討を重ねてまいります。
版画を教える島﨑清海(2011年撮影)
島﨑清海旧蔵資料の一部(2024年撮影)
この度、「島﨑清海旧蔵資料」の目録を東京文化財研究所のウェブサイトに公開し、資料閲覧室で当該資料の閲覧提供を開始しました(事前予約制)。美術教育者の島﨑清海(1923~2015)が保管していた創造美育協会関係資料は、ご遺族の意向で令和5(2023)年3月当研究所に寄贈されました。
創造美育協会(以後「創美」)は、昭和27(1952)年に設立された民間による美術教育団体で、島﨑は昭和32(1957)年から昭和47(1972)年まで創美の本部事務局長を務めていました。彼は、退任後も根気強く同協会の活動を見守り、後世に残す努力を続け、創美の初期から2000年代にかけて資料を保管していました。そのことを伝える資料として、初期の創美会員・浅部宏をはじめ数名の談話がまとめられた島﨑私製の冊子(島﨑資料A-531)には、「創美創立当時のことを知る人が少なくなり、今、記録を残しておかなくては、それを後世に伝えることができなくなる」と記し、関係者に冊子を配布していました。創美の活動を後世に伝えることを誰よりも島﨑が望んでいました。
「島﨑清海旧蔵資料」の受贈後、資料の閲覧提供に向けた準備が、文化財情報資料部近・現代視覚芸術研究室長・橘川英規と元研究補佐員・田村彩子の助言で進められ、アシスタント・鎌田かりん氏と神尾雛希氏、元アシスタント・田口ことの氏が資料整理を担当しました。資料は、「A.創造美育協会発行資料類」「B.書簡」「C.スケジュール帳・日記」に分類し、計19個の保存器材で保管しています。
ご遺族並びに関係者皆様のご尽力を賜わり、このようなかたちで後世につなぐことが出来たことを心より感謝申上げます。島﨑の熱意のこもった資料が、少しでも多くの人の目に触れ、国内外の美術教育等の研究がより盛んになることを切に願っています。
◆資料閲覧室利用案内
(東文研_資料閲覧室利用案内 (tobunken.go.jp) )
アーカイブズ(文書)情報は、このページの下方に掲載されています。実際の資料は資料閲覧室でご覧いただけます(事前予約制)。
◆島﨑清海旧蔵資料
(archives_Shimazaki_Kiyomiö w.xlsx (tobunken.go.jp) )