研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


フォーラム「ポスト・エキヒュームSの資料保存を考える」の開催報告

総合討議の様子
関係組織による研究紹介の様子

 保存科学研究センターは、令和7(2025)年2月21日にフォーラム「ポスト・エキヒュームSの資料保存を考える」を文化庁、文化財保存修復学会、日本文化財科学会の共催で開催しました。資料保存における生物被害対策では、大規模な虫菌害が発生した際にガス燻蒸処理によって一旦被害を初期化する対策が図られています。あるいは、受入資料からの虫やカビの持ち込みを防ぐために、資料を対象にしたガス燻蒸処理が行われる場合もあります。また災害等で被災した資料を対象にしたガス燻蒸処理も行われてきました。このようにガス燻蒸処理は、現在の日本では資料保存における生物被害対策に欠かすことのできない技術ですが、令和7(2025)年3月末に主要な燻蒸ガス剤の一つである「エキヒュームS」の販売が停止することとなりました。その背景には燻蒸ガスが人や地球環境に及ぼす負の影響が無視できなくなってきたことがあります。そこでフォーラムではこの分野の専門家と組織をお呼びして、持続可能な社会の構築という現代の社会要請のもとで新しい資料保存の在り方について議論を行うことを目的としました。基調講演では米村祥央氏(文化庁文化資源活用課)と木川りか氏(九州国立博物館)から文化財IPMを主軸とする今後の資料保存の在り方について講演を頂きました。また、渡辺祐基氏(九州国立博物館)と保存科学研究センターアソシエイトフェロー・島田潤より海外における文化財IPMの研究事例をランチタイムに報告いただき、続いて日髙真吾氏(国立民族学博物館)、岩田泰幸氏(文化財虫菌害研究所)、間渕創氏(文化財活用センター)より、文化財IPMの実践や文化財IPMに関する資格の活用、カビ対策の実践などを講演頂きました。総合討議では建石徹氏(皇居三の丸尚蔵館)にモデレーターを務めていただき、各講演者と小谷竜介氏(文化財防災センター)、和田浩氏(東京国立博物館)、降幡順子氏(京都国立博物館)、脇谷草一郎氏(奈良文化財研究所)、髙畑誠氏(宮内庁正倉院事務所)にご登壇頂き、それぞれの立場からポスト・エキヒュームSの資料保存の在り方について議論いただきました。会場は地下1Fセミナー室と会議室(サテライト会場)でホワイエでは文化財IPMに関わる組織によるブースでの研究紹介も行いました。会場参加者は約170名、WEB同時配信の登録は約750アカウントと大変多くの方にご参加いただきました。フォーラムを機にさらに活発な議論が進み、課題解決へ一歩ずつ歩みが進められていくことに期待しています。

日光東照宮御仮殿鐘楼での湿度制御温風殺虫処理の視察

視察の様子
日光東照宮御仮殿鐘楼(処理空間内部)

 令和6(2024)年5月15日に、日光東照宮御仮殿鐘楼で開始した「湿度制御温風殺虫処理」の現地視察を行いました。湿度制御温風殺虫処理とは、木造建造物の柱、梁など木材を食害する害虫を高温(60℃程度)によって駆除する方法です。昇降温時に、木材の含水率が一定に保たれるように処理空間内の湿度を制御することで、木材の物性にほとんど影響を与えずに木材の内部まで温度を上げていくことが可能になります。従来のガス燻蒸による殺虫処理は、安全性や環境配慮の観点から継続が困難な状況にあるため、湿度制御温風殺虫処理はガス燻蒸に代わる新しい方法として期待されています。
 これまでに、日光社寺文化財保存会、京都大学、トータルシステム研究所、関西電力、KANSOテクノス、東京文化財研究所などからなる研究チームで実際の建造物を対象とした3度の検証処理を実施しました。殺虫効果や建造物への影響の評価に加え、騒音などの環境への影響や消費電力量などについても検討が行われ、湿度制御温風殺虫処理は実用可能な新しい木造建造物の殺虫処理法として確立されました。そして昨年、指定文化財として初めて輪王寺護法天堂にて殺虫処理が実施され、今回、指定文化財では2例目となる東照宮御仮殿鐘楼での処理が実施されました。今後は、本法が木造建造物の殺虫処理の新たなスタンダードとなるよう普及を進めていきたいと考えています。

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