研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


令和5(2023)年度保存科学研究センター新規導入機器

 保存科学研究センターでは令和5(2023)年度に「ミクロトーム」「生物顕微鏡(偏光・位相差・微分干渉観察付)」「赤外線顕微鏡」を導入しました(図1)。これら新規導入機器についてご紹介します。
ミクロトーム
 試料を正確に切断する装置です。例えば、紙や布がどのような素材でできているか分析する時、試料を切断して断面を顕微鏡観察することがあります。従来は、剃刀など鋭い刃物で切断したり、樹脂に埋め込んで研磨したりしていました。しかしこれらの方法では、試料が変形する・樹脂に埋もれてしまい試料が観察しづらい・操作に熟練を要する、などの問題がありました。ミクロトームによりこれらの問題が解消し、紙や布の素材判別が容易になりました。実際の断面観察結果例を図2に示します。木材や漆器など有機物からなる文化財全般に適用できます。
生物顕微鏡
 偏光観察は結晶構造の観察に、位相差顕微鏡は微小構造の観察に、微分干渉顕微鏡は細胞や生体組織の観察に、それぞれ有効な観察法で、普通の顕微鏡観察では見えなかったものが見えるようになります。例えば、文化財に付着したカビや細菌の観察、紙や織物の繊維観察、文化財に用いているでんぷん糊や膠などの観察などに威力を発揮します。
赤外線顕微鏡
 赤外線カメラは文化財観察によく用いられますが、その顕微鏡版です。書画等で用いられる墨線やある種の染料がはっきり視認できるようになるため、素材の判別や、絵画の下地の観察などに利用することができます。
 これらの装置を用いて文化財分析を今後も進めていきます。

【図1】新規導入機器の写真

ミクロトーム
生物顕微鏡
赤外線顕微鏡

【図2】名塩雁皮紙の断面

メスで断面出し
ミクロトームで断面出し

メスで断面を出すと、大量に含まれる粘土鉱物が刃物で押されて雁皮繊維を覆い隠し、本来の姿が失われてしまう。ミクロトームで断面を出すと繊維間の隙間が確認され、繊維の中空構造なども損なわれていない。

標津町との文化財修復材料の連携・協力に関する協定書の締結

標津町長と当研究所長記念撮影
ノリウツギに関するパネル展示と当研究所玄関ロビーの動画上映

 東京文化財研究所と北海道標津郡標津町の間で連携・協力に関する協定書が結ばれ、令和5年(2023)11月2日、協定記念式が開催されました。標津町は途絶えかけていたノリウツギの採取を町の事業として行なって下さっていますが、その過程で必要となるノリウツギの保存方法に関する検討やネリの性質の解明など科学的な交流、情報の交換・提供について協定を締結しました。ノリウツギは、掛軸の修復には欠かせない宇陀紙の材料で、標津町の事業が確立することで、安定的な材料の供給が可能となります。
 記念式には所長・齊藤孝正をはじめ4名が赴き、標津町長・山口氏、齊藤からご挨拶いただいた上で、記念の署名が行われました。
 その後、講演会が開催され、保存科学研究センター長・建石徹から「わが国の文化財保護における標津町の役割」として伊茶仁カリカリウス遺跡の整備など標津町と文化財保護との深い関連をお話しいただいた後、保存科学研究センター修復材料研究室長・早川典子から「文化財の修復とノリウツギ」と題し、ノリウツギ採取における標津町の重要性をお伝えしました。
 講演会場では、ノリウツギや宇陀紙に関するパネルや資料の展示、当研究所が作成して玄関ロビー展示で使用している動画の上映も行われ、町内から多くの参加者が出席しました。
式の前後では実際のノリウツギの視察もでき、今後の研究と現場との交流により、文化財修復に資する成果が期待されます。

「文化財修復処置に関するワークショップ-モジュラー・クリーニング・プログラムの利用について-」開催報告

開講式後の集合写真

 保存科学研究センターでは、令和元(2019)年10月の「文化財修復処置に関するワークショップ-ゲルやエマルションを使用したクリーニング法-」開催を端緒に、海外の最先端の保存修復専門家による研修を開催しています。
 今年度はアメリカ人絵画保存修復専門家クリス・スタヴロウディス(Chris Stavroudis)氏を招聘し、アートリサーチセンターと共催で令和5年(2023)10月25日~27日に開催しました。モジュラー・クリーニング・プログラムは文化財のクリーニングに要する要素を独自のシステムで算出するプログラムで、その有用性から欧米では広く使用されているプログラムになります。今回、アジアで初めての開催であり、多くの受講者が参加しました。
 なお、詳細については下記のアートリサーチセンターのHPに掲載されておりますのでご参照ください。
https://ncar.artmuseums.go.jp/reports/collections/conservation/workshop/post2023-532.html

令和5年度「文化財修復技術者のための科学知識基礎研修」の開催

開講式後の集合写真
講義風景

 保存科学研究センターでは、文化財の修復に関して科学的な研究を継続してきています。令和3(2021)年度より、これらの研究で得た知見を含めて、文化財修復に必要な科学的な情報を提供する研修を開催しています。対象は文化財・博物館資料・図書館資料等の修復の経験のある専門家で、実際の現場経験の豊富な方を念頭に企画されています。
 令和5(2023)年8月22日~8月24日までの3日間で開催し、文化財修復に必須と考えられる基礎的な科学知識について、実習を含めて講義を行いました。文化財修復に必要な基礎化学、接着と接着剤、紙の化学、生物被害、薬品の使用上の注意や廃棄の方法などについて東京文化財研究所の研究員がそれぞれの専門性を活かして講義を担当しました。
 定員15名のところ、全国より32名のご応募を頂きましたが、実習を含むため全員お越し頂くことは叶わず、その中から21名の方にご参加いただきました。昨年度のご要望を踏まえ、より実践に役立つ内容を企画しましたが、開催後のアンケートでは、参加者の方達から、非常に有益であったとの評価をいただきました。今後修復現場に活用されたい科学的な情報の具体的なご要望もいただき、これらのご意見を踏まえながら次年度も同様の研修を継続する予定です。

エントランスロビーパネル展示「文化財の修復に用いる用具・原材料の現在」の開始

展示解説の様子
エントランスロビー展示風景

 東京文化財研究所では、調査研究の成果を公開するため、1階エントランスロビーでパネルを用いた展示を行っており、令和5(2023)年6月5日からは「文化財の修復に用いる用具・原材料の現在」の展示が新たに始まりました。
 文化財を後世に伝えていくために、保存・修復の技術は欠かせないものですが、そこに使われる材料や道具の確保が困難なものが増えてきています。後継者不足や社会的な環境の変化によるものですが、緊急性の高い事案のため、現在文化庁と連携しつつ調査研究を遂行しています。使用されている材料の科学的な解明や問題点に関する科学的解決方法の提案、文化財修復の現場でのそれらの使用方法の把握、材料・道具の製作技術の記録などを行い、これらと過去の修理報告書のアーカイブ化を包括的に進めています。この事業は、このように多様な業務が関わるため、研究所内で横断的に連携を取りつつ遂行されており、まさに東文研の強みを活かした研究となっています。
 今回の展示では、掛軸の装丁に欠かせない宇陀紙の原材料と、彫刻修理に欠かせない彫刻刃物を中心的に取り上げています。どちらも代替のないものですが、途絶の危機にあり、研究対象としています。また、東京文化財研究所では保存科学研究センターを中心に日本の伝統材料についての科学的な解明を以前から遂行していたため、本事業と関連する成果についても今回、併せて展示しています。文化財修復に関連する材料・用具の奥深さと、研究の成果の幅広さをこの展示を通じて感じて頂ければ幸いです。(入場無料、公開は月曜日~木曜日(金曜〜日曜日・祝日をのぞく) の午前9時~午後5時30分)。
https://www.tobunken.go.jp/info/panel/230605/

「文化財修復技術者のための科学知識基礎研修」の開催

開講式後の集合写真
分子模型を使用した基礎科学の講義
有機溶剤の選択方法の実習

 保存科学研究センターでは、文化財の修復に関して科学的な研究を継続してきています。令和3(2021)年度より、これらの研究で得た知見を含めて、文化財修復に必要な科学的な情報を提供する研修を開催しています。対象は文化財・博物館資料・図書館資料等の修復の経験のある専門家で、実際の現場経験の豊富な方を念頭に企画されています。
 令和4(2022)年10月31日より11月2日までの3日間で開催し、文化財修復に必須と考えられる基礎的な科学知識について、実習を含めて講義を行いました。文化財修復に必要な基礎化学、接着と接着剤、紙の化学、生物被害、薬品の使用上の注意や廃棄の方法などについて東京文化財研究所の研究員がそれぞれの専門性を活かして講義を担当しました。
 定員15名のところ、全国より45名のご応募を頂きました。昨年度は新型コロナ感染拡大の状況を考慮し、対象を東京都内に在住・通勤の方のみと限定しましたが、今年度は地域の制限は撤廃し、広い分野の方がお越しになれるよう検討し19名の方にご参加いただきました。昨年度のご要望を踏まえて調整した内容でしたが、開催後のアンケートでは、参加者の方達から、非常に有益であったとの評価をいただきました。今後修復現場に活用されたい具科学的な情報の具体的なご要望もいただき、これらのご意見を踏まえながら次年度も同様の研修を継続する予定です。

文化財修復処置に関するワークショップ-ナノセルロースの利用についてー開催報告

開講式集合写真
実習風景

 近年、文化財保存修復に関する調査研究対象は伝統的な文化財分野のみならず、多様な材料で作成された作品や資料へ広がっており、それに伴い、保存科学研究センター修復材料研究室では、海外の講師を招聘しての研修を開催しています。今年度は、フランスよりナノセルロースの利用について研究と実践を行うRemy Dreyfuss-Deseigne氏を招聘し令和4年(2022)10月5日より3日間のワークショップを行いました。ナノセルロース材料は天然材料に由来する透明で安全な材料であることから、特にトレーシングペーパーや写真フィルムなど透明な材料への適用が着目されています。
 定員15人に対し2倍以上のご応募があり、午前の座学へは全員ご参加いただけましたが、午後の実技のためには定員を広げつつも選考を行わざるを得なかったのですが、この研修に対する期待を強く感じられました。初日は齊藤孝正所長の挨拶と講師紹介の開講式から開始され、午前の座学と午後の実技実習を行いつつ、また、最終日には東文研が保有する機器のうち研修に関連するものの見学も行いました。
 海外から講師を招聘してのワークショップは3年ぶりとなりましたが、対面での研修となったため、非常に活発な質問や討議が行われ、さらに、研修生同士の連携も強く形成されたとの声も多く、オンラインでは得られない研修効果を再認識した次第です。このような熱意の中で行われた本研修の成果は、実際の文化財修復や公文書保存に役立てられていくと考えております。

高徳院観月堂で用いられている彩色材料の調査

高徳院観月堂での調査風景

 鎌倉大仏殿高徳院の境内には、朝鮮王朝王宮「景福宮」から移築された「観月堂」と称されるお堂があります。観月堂では瓦や壁面の経年劣化や野生生物の被害など、建造物の保存・活用に関する課題を抱えています。また、観月堂に施されている丹青(彩色材料)は、景福宮建立当時に用いられたものが現存している非常に希少なものですが、その材質等についてはまだ明らかになっておらず、現在の状態を把握しておくことが重要です。このような検討を進める上で、観月堂に用いられている彩色材料に関する基礎情報を収集することになりました。
 そこで、鎌倉大仏殿高徳院(佐藤孝雄住職)からの依頼を受けて、令和4(2022)年7月6日、7日に、保存科学研究センター・犬塚将英、早川典子、芳賀文絵、紀芝蓮が観月堂に可搬型分析装置を持ち込んで、建築部材に施されている彩色材料の現地調査を実施しました。
 調査の第一段階として、観月堂が建造された当初に彩色されたと推測される箇所を中心に、色に関する情報を2次元的に把握するために、ハイパースペクトルカメラを用いた反射分光分析を行いました。このようにして得られた反射分光スペクトルのデータを参考にして、学術的に興味深いと考えられる箇所を選定し、蛍光X線分析による詳細な分析も行いました。以上の2種類の分析手法によって得られたデータを詳細に解析することにより、朝鮮王朝時代に用いられた特徴的な彩色材料に関する理解を深め、今後の保存・活用に役立てていく予定です。

Symposium—Conservation Thinking in Japan における研究発表

講演の様子

 令和4(2022)年5月6、7日にアメリカのニューヨークにあるBard Hall で開催されたシンポジウムConservation Thinking in Japan and Indiaにおいて、“The Relationship Between Traditional Painting Materials and Techniques in Japan from a Scientific Perspective”と題して、日本の文化財修復における技術と材料の関連性について発表しました。このシンポジウムはThe Andrew W. Mellon Foundationの助成を受けてBard Graduate Center が対面・オンライン併用開催したもので、内外の日本の文化財修復や美術史の専門家が最新の研究内容を紹介しました。
 修復材料研究室で行なってきた研究のうち、絵画の修復に用いる古糊が周辺材料や周辺技術と相関し合っていること、絵画の支持体である絹の生産工程上の変化が糸形状や保存性に変化を与え、ひいては絵画表現に影響を与えていると推定されることなどを紹介しています。シンポジウムの前後には関連の施設の見学やミーティングも行われ、修復の実情などを踏まえて活発な議論となりました。材料や技術の科学的な解明は、実際の修復の現場や材料の生産現場でも必要とされていますが、専門家との意見交換によりさらに研究を深める契機となり、また、広くこのような成果を知って頂く貴重な機会となりました。

「文化財修復技術者のための科学知識基礎研修」の開催

実験器具の取り扱いに関する講義

 保存科学研究センターでは、文化財の修復に関して科学的な研究を継続してきています。令和3(2021)年度より、これらの研究で得た知見を含めて、文化財修復に必要な科学的な情報を提供する研修を開催することになりました。対象は文化財・博物館資料・図書館資料等の修復の経験のある専門家で、実際の現場経験の豊富な方を念頭に企画されました。
 令和3(2021)年9月29日より10月1日までの三日間で開催し、文化財修復に必須と考えられる基礎的な科学知識について、実習を含めて講義を行いました。文化財修復に必要な基礎化学、接着と接着剤、紙の化学、生物被害への対応などの内容であり、東京文化財研究所の研究員がそれぞれの専門性を活かして講義を担当しました。
定員15名のところ、全国より44名のご応募を頂きましたが、新型コロナ感染拡大の状況を考慮し、対象を東京都内に在住・通勤の方のみと限定し、その中から専門性などを考慮して15名の方にご参加頂きました。
 開催後のアンケートでは、参加者の方達から、非常に有益であったとの評価をいただきました。今後さらに発展的な修復現場に関する科学的情報のご要望もいただき、これらのご意見を踏まえながら今後も同様の研修を継続する予定です。

キトラ古墳壁画の泥に覆われた部分の調査

蛍光X線分析による調査風景

 主に東京文化財研究所と奈良文化財研究所の研究員で構成される古墳壁画保存対策プロジェクトチームでは、高松塚古墳壁画・キトラ古墳壁画の保存や修復のための調査研究を行っています。高松塚古墳壁画と比べると、キトラ古墳壁画では四神や天文図等に加えて、各側壁に三体ずつ獣頭人身の十二支像が描かれている特徴があります。十二支のうち、子・丑・寅・午・戌・亥の六体の像は存在を確認することができますが、卯・未・酉に該当する箇所は漆喰ごと完全に失われています。そして、残りの辰・巳・申に関しては、該当する箇所の表面が泥に覆われており、これまでのところ、図像の有無は確認できていませんでした。これらの像が描かれている可能性のある3つの壁画片は再構成されておらず、現在は高松塚古墳壁画仮設修理施設にて保管されています。
 辰・巳・申の図像の存在を確認するために、プロジェクトチームの材料調査班と修復班の協働により、平成30(2018)年にX線透過撮影による調査を行ったところ、辰に関しては何らかの図像が描かれているようなX線透過画像が得られたものの、多くの課題が残されました。そこで、令和2(2020)年12月に、辰と申が残存している可能性のある壁画片に対して蛍光X線分析を実施したところ、水銀が検出されたことから、図像の存在の可能性を示すことができました。
 そして、令和3(2021)年8月11日に、巳が残存している可能性のある壁画片に対して蛍光X線分析を実施しました。この調査には、東京文化財研究所・保存科学研究センターの犬塚将英、早川典子、紀芝蓮の3名が参加しました。巳が描かれていると予め予測しておいた位置を中心に縦横2cmの間隔で蛍光X線分析を行いました。その結果、予測した箇所から水銀が検出されたため、巳についても図像の存在の可能性を示すことができました。
 この調査で得られた結果については、令和3(2021)年8月31日に文化庁によって開催された「古墳壁画の保存活用に関する検討会(第29回)」にて報告を行いました。

巳が描かれている可能性のある壁画片のX線透過画像(左)と
検出された水銀の信号強度の分布(右)

美術工芸品の保存修理に用いられる用具・原材料の調査

楮の生産状況調査(茨城・大子町)
稲藁で編んだ表皮台(楮の皮剝ぎに用いる台)
楮の皮を剝ぐ小包丁

 美術工芸品の修理は、伝統的な材料や用具によって支えられています。近年、それらの用具・材料の確保が困難になってきています。天然材料であるため、気候変動や環境の変化により以前と同じようには資源が確保できないこと、また、材料が確保できても高齢化や社会の変化により後継者が途絶えてしまうことなど様々な問題が起きています。例えば手漉き和紙のネリ剤(分散剤・増粘剤)のノリウツギ・トロロアオイ、漉き簀を編む絹糸、木工品などに用いられる砥の粉・地の粉、在来技法で作製した絹などが確保の難しいものとして挙げられます。
 このような状況を危惧して、文化庁では令和2(2020)年度から「美術工芸品保存修理用具・原材料管理等支援事業」を開始しています。美術工芸品の保存修理に必要な用具・原材料を製作・生産する方への経済的な支援事業です。その一方で、その用具・材料がなぜ必要不可欠であるのかを科学的に明らかにすることや、製作工程に関する映像記録、文化財修理における使用記録などが求められます。東京文化財研究所では、平成30(2018)年度から文化庁の依頼により、このような観点から、今後の生産が危惧される用具・材料について調査と協力を行ってきました。令和2年度は茨城のトロロアオイと楮(9月)、長野の在来技法絹(9月)、高知の楮と和紙製作用具(10月)、京都の砥の粉(11月)、をそれぞれ生産されている方々のもとで調査しています。調査の過程で科学的な裏付けが必要とされる場合には適宜、分析などを行い、伝統的な用具・材料の合理性と貴重性を明らかにして、今後の文化財に関する施策に協力しています。

「文化財修復処置に関するワークショップ -ゲルを使用した修復処置-」「文化財修復処置に関する研究会 -クリーニングとゲルの利用についてー」開催報告

 近年は文化財への注目が広がる中、多様な材料から成る作品に保存修復処置を行う必要が出てきており、従来の処置技術では対処困難な事例が多く見受けられます。特に、作品の価値を損なわずに作品上の汚れ除去を考える必要性が高まっています。
 これらのニーズを受けて保存科学研究センターでは、イタリアの保存科学者パオロ・クレモネージ氏をお招きし、令和元(2019)年10月8日から10日にクリーニングの基礎的な科学知識とゲル利用に関するワークショップを開催しました。また翌10月11日には、日本及び西洋における文化財のクリーニングについて、現場問題提起と最新の研究紹介を目的に、文化財修復処置に関する研究会も開催いたしました。
 ワークショップにおいては、午前は座学をセミナー室で行いました(参加者56名)。午後からは会議室に場所を移し、参加者を21名に絞らせていただき、実際に文化財修復で使用するクリーニング溶液の調製方法や、クリーニングの実作業に関する研修を行いました。
 研究会においては、クレモネージ氏による「欧米におけるクリーニング方法 ―ゲルの適用と最新の事例―」のほか、国宝修理装潢師連盟理事長の山本記子氏より「東洋絵画のクリーニング」、写真修復家の白岩洋子氏より「紙及び写真作品の処置におけるゲル利用の可能性」をお話しいただき、実際の東西の修復現場における状況をご紹介いただきました。保存科学研究センターからは「西洋絵画におけるクリーニング方法発展の歴史的背景」を鳥海秀実、「文化財クリーニング手法の開発 ―近年の研究紹介―」を早川典子から報告しました。

沖縄県立博物館・美術館における調査

沖縄県立博物館・美術館における調査の様子

 文化財に使用された繊維には、大麻、からむし、葛、芭蕉などさまざまな種類のものがあります。活動報告平成29(2017)年5月(安永拓世、呉春筆「白梅図屛風」の史的位置―文化財情報資料部研究会の開催)でも紹介したとおり、近年では絵画の基底材としても、絹や紙以外の繊維が用いられていることがわかっています。しかし、織物になった状態では各繊維の特徴を見出すのが難しいこともあり、現段階では、明確な同定の方法が確立されてはいません。このような問題を解明するため、東京文化財研究所では、文化財情報資料部、保存科学研究センター、無形文化遺産部の各所員が連携して繊維の同定に関する調査研究を実施しています。
 そうした調査の一環として、平成31(2019)年1月22~23日、沖縄県立博物館において芭蕉布を素材に用いた書跡と染織品に関して、デジタルマイクロスコープによる繊維の三次元形状の測定を含む調査を行いました。
 芭蕉布は沖縄や奄美諸島由来の繊維であり、現在では重要無形文化財の指定を受けており、各個保持者として平良敏子氏が、保持団体として喜如嘉の芭蕉布保存会が認定されています。今回、調査した作品のうち、書跡は制作年が明らかな作品であり、染織品も着用者を推測できる作品です。調査をしてみると、すべて芭蕉布と考えられる作品にも関わらず、織密度や糸の加工方法が異なるため、生地の印象も質感も異なることが確認できました。
 この差異の理由が、沖縄、奄美群島内の地域差によるものであるか、用途の違いによるものであるかは判断が難しいですが、加工の違いにより、さまざまな芭蕉布が作られていたことが理解できました。
 繊維の正確な同定は、作品の最も基本的な情報であり、制作背景を考える上でも重要な要素です。また、現在の修理の検討や無形文化遺産の伝承のための基礎情報としても整理が必要な喫緊の課題と考えられます。
 今後も、生産地での技術調査と、美術館・博物館での作品調査を連動させながら繊維の同定にむけての調査を進めていきたいと思います。

「文化財修復の現状と諸問題に関する研究会」開催報告

総合討議中の様子

 近年、文化財に対する注目が増しており、活用も積極的に推進されています。それに伴い、修復対象とされる文化財も増加しており、その中で、従来の修復方法や修復に対する概念では対応できなくなってきている事例も多くなってきました。このような現状を踏まえ、平成30年(2018年)11月22日に、「文化財修復の現状と諸問題に関する研究会」を開催しました。今までの修理の概況に関して共有した上で、現在の修復の際に認識される問題点を文化財各分野の専門の先生方からご紹介頂きました。
 歴史資料のご専門の佐々木利和北海道大学客員教授からは、東京国立博物館、文化庁、国立民族学博物館と歴任されてきたご経験から「美術工芸品修理への思い」と題された、歴史資料の保存について、また民俗資料保存の問題点などについてご講演頂きました。文化庁地主智彦調査官からは、「近年の歴史資料修理の成果と課題」について、詳細な事例報告を含んだ現状のご報告を頂きました。東京国立近代美術館の北村仁美工芸室長からは、「文化財修復の現状と近年の問題点 〜「十二の鷹」を中心に〜」とのタイトルで、近年のご所蔵品の修復の詳細とその中における問題をご提起頂きました。京都府の中野慎之主任からは、修理にあたり、実際にどのような協議が行われ、どのような意思決定が必要かについてご報告頂きました。総合討議においてもたくさんのご質問を頂き、活発な質疑応答が行われました。総勢104名の方がご参加下さり、終了後のアンケートでも、文化財修復に関する大きな情報交流の場が今後も継続することを期待されていることが実感されました。本研究会の内容は、来年度報告書として刊行予定です。

「膠と修理 ー《序の舞》を守るー 展」開催報告

展示風景

 保存科学研究センターでは、修復に必要な材料の開発を行ってきています。そのような研究対象の一つとして膠があります。膠は古代から接着剤として用いられている材料で、動物のコラーゲンの分解物です。使用された動物の種類は文献に残る限り多岐にわたり、さらにその製造方法も様々な工夫が凝らされてきました。その一方で、材料・製造方法による膠の物性の差異については科学的にはほとんど明らかになっておらず、近年、ようやく研究が行われるようになりました。修復材料研究室では、これらのデータをもとに、修復材料としての膠の性質について研究を行ってきています。
 重要文化財「序の舞」を修復するにあたり、これらの成果をもとに膠の選定が行われ、特に胡粉の発色を妨げない膠を用いることにより、修復による変化をできる限り生じないような修復が可能となりました。
 この成果を平成30(2018)年10月14日〜19日の会期で東京藝術大学陳列館において「膠と修理 ー《序の舞》を守るー 展」として、東京藝術大学大学院保存科学研究室と共に主催展示いたしました。共催の膠文化研究会のご協力も得て、使用された膠の実資料、科学的データ、及び修復中に撮影された拡大画像を含む多数の画像を用いた展示となり、宇髙健太郎客員研究員によるギャラリートークも行われ、研究成果と文化財修復現場との関連について、広く理解を得られる貴重な機会となりました。

『科学的な材料とその使用方法の講習会』の開催

分子模型を用いた有機溶媒に関する講義
汚れ除去の実習風景

 装潢文化財(日本画・書跡等)の修理にあたっては、近年、自然科学的な知識が必要とされるようになってきています。平成30(2018)年7月31日-8月1日に修復技術者を対象に基礎知識の講義から実習形式までを含めた講習会を国宝修理装潢師連盟と共催で開催しました。基本的な実験器具・薬品の取り扱い方法のほか、有機溶剤や酵素等の特質を正しく理解し、より適切で安全な修復に活かすことを念頭にカリキュラムを組み、受講者が講義の内容を修復現場で実践できるよう、実用的な知識の習得を目的としました。今年度で3回目になります。
 参加者は、国宝修理装潢師連盟に加盟している技術者の方の計11名でした。
 保存科学研究センター長・佐野より「有機溶媒等の安全講習」について、生物化学研究室長・佐藤より「修理工房における文化財IPM」について、修復材料研究室長・早川から「接着剤や汚れ等の除去」についてそれぞれ講義を行いました。特に今年度は、適切な溶媒の選択のために、分子模型を使用した有機化学の講義を行い、二日目にその講義を踏まえて、実際に各種の汚損物質で汚された紙資料を用意し、適切な溶媒や酵素を使用して除去する実習を行いました。また、水で移動しやすい色材の上を一時的な保護材料としてシクロドデカンで保護する方法についても併せて実習で扱いました。実習には国宝修理装潢師連盟技師長・君島隆幸氏が講師として実技的な指導を行いました。
 議論や質疑応答も活発にあり、このような形の講習を今後も引き続き開催していく予定です。

『科学的な材料とその使用方法の講習会』の開催

佐野センター長による有機溶媒についての安全講習
君島技師長による汚れ除去の実習風景

 装潢文化財(日本画・書跡等)の修理にあたっては、近年、自然科学的な知識が必要とされるようになってきています。特に近年の修理現場で一般的となってきた薬品等の取り扱い方法と修理への応用について修復現場からのニーズが高く、平成29年8月8日-9日に修復技術者を対象に基礎知識の講義から実習形式までを含めた講習会を国宝修理装潢師連盟と共催で開催しました。基本的な実験器具・薬品の取り扱い方法のほか、有機溶剤や酵素等の特質を正しく理解し、より適切で安全な修復に活かすことを念頭にカリキュラムを組み、受講者が講義の内容を修復現場で実践できるよう、実用的な知識の習得を目的としました。
 参加者は、国宝修理装潢師連盟に加盟している各社より各1名の計11名でした。
 佐野センター長より「有機溶媒等の安全講習」について、佐藤室長より「修理工房における文化財IPM」について、早川から「接着剤や汚れ等の除去」についてそれぞれ講義し、その上で、実際に各種の汚損物質で汚された紙資料を用意し、適切な溶媒や酵素を使用して除去する実習を行いました。また、水で移動しやすい色材の上を一時的な保護材料としてシクロドデカンで保護する方法などについても併せて実習で扱いました。実習には国宝修理装潢師連盟の君島技師長が講師として、実技的な指導を行いました。
 議論や質疑応答も活発にあり、このような形の講習を今後も引き続き開催していく予定です。

キトラ古墳壁画展示のための作品搬送

作品搬送の様子

 東京文化財研究所では、平成16(2004)年2月のキトラ古墳の発掘調査以降、一貫して壁画の保存と修復に関わってきました。
 キトラ古墳壁画は平成16(2004)年の2月から行われた発掘調査で全容が明らかになり、同時に、すでに壁から浮き上がり、剥落が懸念される部分が多数あることも確認されました。その状況を踏まえて壁画全体を取り外して石室外で保存修復処置を行うことが決定されました。
 以来12年間が経過しましたが、その間に行われた保存修復処置は、石室内における壁画の維持管理、壁画の取り外し作業、取り外した壁画の再構成の三点の作業に分けられます。壁画の取り外しは6年以上にわたり、壁画の描かれている漆喰は1143片に分割されて取り出されました。その後、これらを壁面一枚ずつに再構成してきました。これらの作業は、東文研があらたな技術や手法を開発し、実際の適用は国宝装潢師連盟の技術者が担うという分担で行われてきています。
 今回、天文図の描かれた天井、朱雀のある南壁、白虎の描かれた西壁の3枚の再構成が終了し、修復処置が行われていた高松塚古墳壁画修理施設から、同じ明日香村村内「四神の館」の中の保存展示施設である「キトラ古墳壁画保存管理施設」に搬送されました。作業は8月24日と25日の二日間にわたり、梱包と搬送に1日、開梱に1日かけて行われました。新しい環境における作品の状況を搬送後も注意深く定期的に点検しています。「四神の館」は9月24日に開館し通年でオープンしており、この三点の壁画は10月23日まで公開されています。

英国文化財保存修復学会(ICON, The Institute of Conservation)での発表

講演風景
ポストワークショップ風景

 2015年4月8日から10日に、The Institute of Conservation(英国保存修復学会。通称ICON)のBook and Paper Groupにより学会「Adapt & Evolve: East Asian Materials and Techniques in Western Conservation(適合と発展: 西洋の文化財修復における東アジアの材料と技術)」が、ロンドン大学ブルネイギャラリーを主会場として開催されました。
 学会は、ロンドン市内にある関係諸機関の視察、会議(発表およびパネル質疑)、各種ワークショップからなる充実したものでした。増田勝彦名誉研究員(現、昭和女子大学教授)、早川典子主任研究員、加藤雅人国際情報研究室長が、国際研修「紙の保存と修復」(JPC)、在外日本古美術品保存修復協力事業、文化財修復材料の適用に関する調査研究などのプロジェクト成果に関連して報告を行いました。また、翌日に行われたポストワークショップでは、早川典子主任研究員と楠京子アソシエイトフェローが、日本の修復分野における伝統的な接着材について解説し、特にデンプン糊に関しては製法の実演と実技指導を行いました。
 主催者によれば世界各国から300名ほどの参加者があったとのことですが、質疑応答中の座長から会場への質問で30名以上がJPC修了者であることが判明し、さらにその他にも当研究所主催のワークショップ修了者も確認できたことから、当該分野における当研究所が担ってきた役割の大きさが伺えました。また、今後も日本から情報発信を続けるよう、多くの参加者から要望がありました。

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