研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(落語)
―林家正雀師の正本芝居噺―」の実施

林家正雀師の実演の様子(「水門前」より)
林家正雀師と宮信明氏の対談の様子

 令和7(2025)年5月23日、東京文化財研究所地下セミナー室で研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(落語)―林家正雀師の正本芝居噺―」を開催しました。
 無形文化遺産部では、古典芸能を中心とする無形文化財のうち、一般に披露される機会の少ないジャンル、演目を選んで実演記録事業を実施しています。この事業の一環として2013 年より実施してきた林家正雀師の正本芝居噺の実演記録が、このたび60演目に及ぶのを機に、当研究会で芝居噺の実演記録を総括することになりました。
 当日は、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美による開会のあいさつ・趣旨説明ののち、無形文化遺産部客員研究員・飯島満氏による発表 「東京文化財研究所における正本芝居噺の実演記録事業」、京都芸術大学准教授・宮信明氏による発表「正本芝居噺の世界」をお聞きいただきました。
 続けて、林家正雀師による「将門」(素噺)と『真景累ヶ淵』より「水門前」(道具入り)の実演記録の撮影を、参加者の見守る中で実施しました。
 また、林家正雀師と宮信明氏による対談では、正雀師が芝居噺に惹かれ、習得されるに至ったエピソードや、芝居噺の今後についての思いを語っていただき、最後は無形文化遺産部部長・石村智の閉会のあいさつで締め括りました。
 正雀師氏による実演記録(落語 正本芝居噺)の公開可能な記録映像は、近日中に当研究所資料閲覧室で視聴可能となる見込みです(視聴開始の際には当研究所ウェブサイトでお知らせします)。
 今後も無形文化遺産部では、披露の機会が稀少な古典芸能等の記録を継続し、可能なものについては適切な方法で公開して、無形文化財の継承に資するべく努めてまいります。

文化遺産の研究と保存のための分析技術に関する国際会議(TECHNART2025)での発表と参加報告

会場の様子
研究発表の様子 ポスターセッション
研究発表の様子 オーラルセッション

 令和7(2025)年5月6日~9日、イタリア・ペルージャで開催された「TECHNART 2025」に、保存科学研究センターから保存環境研究室室長・秋山純子、分析科学研究室アソシエイトフェロー・紀芝蓮、研究補佐員・寺島海の3名が参加しました。
 TECHNARTは文化遺産に対する科学的アプローチを主題とする国際学会で、今回の会期では、蛍光X線マッピング分析(MA-XRF)や粉末X線回折マッピング分析(MA-XRPD)、ハイパースペクトルイメージング(RIS)などの非接触・面的分析の応用例に加え、機械学習を用いた画像解析、環境に配慮した修復材料の開発など、最新の研究動向が紹介されました(TECHNART2025プログラムprogram.pdfを参照)。
 紀はポスターセッションにて、香川県指定有形文化財『高松松平家所蔵博物図譜』に用いられた緑色色材を対象に、ハイパースペクトルカメラによる反射スペクトルと主成分分析(PCA)を用いた材料分類・推定を試みた研究成果を発表しました。大量の分光データに統計的手法を組み合わせた本手法は、絵画材料や技法の理解に有用であることを示しました。発表を通じて得られた議論や意見交換においても、色材データベースの整備や多次元データ解析の高度化が国際的な共通課題であることも改めて確認されました。
 寺島はオーラルセッションにて、江戸期の絵画に対して実施した二次元的な分光分析の事例を発表しました。発表では、欧米で油彩画などに用いられたスマルト(コバルトガラスを砕いた青色顔料)が日本絵画でも使用されていたこと、その用法や彩色効果について新たな知見を報告しました。今回の学会では、アメリカやポルトガルからもスマルトに着目した発表があり、国際的関心の高さがうかがえるとともに、多面的な議論を通じて理解を深める有意義な機会となりました。
 なお、海外の研究チームには保存科学や文化財科学の専門家のみならず、分析装置のハードウェアやソフトウェアの開発者なども参画して学際的なアプローチが取られています。日本でも分野横断型の研究が進展しており、今後はこうした発表の場をさらに充実させることが研究の深化に繋がると感じました。本学会参加を通じて得た知見を、今後の研究活動の一層の充実に活かしてまいります。

フノリの安定供給に向けての現地調査・現地協議

採取場でのフノリ生育の様子
上対馬漁協との協議

 保存科学研究センターでは、文化庁から「美術工芸品に用いられる用具・原材料の調査」研究委託を受け、文化財情報資料部・無形文化遺産部とともに事業を遂行しています。令和7(2025)年5月13日-14日にフノリと呼ばれる材料の調査のため、長崎県対馬市を訪れました。
 フノリは紅藻類フノリ科フノリ属をまとめた呼び名でマフノリとフクロフノリが主に活用されています。フノリを脱色し天日干しして板のような状態にしたものを板(いた)布(ふ)海苔(のり)といいます。板布海苔の状態・あるいは海藻の状態のまま煮溶かして作った糊は、美術工芸品の製作(織物・漆喰・筆など)や文化財修復の現場で多く使われます。特に文化財修復では、洗い流せば水に溶けてきれいに取り除けるというフノリの特性が大変重宝され、作品の表面保護の「表打ち」に用いられています。表面の汚れも同時に取り除く効果があるため、文化財修復においてなくてはならない材料のひとつです。
 しかしその一方で人材不足や環境変化による収穫量の減少により、フノリを入手するのが難しくなってきています。
 糊として使われるフノリのほとんどは対馬や五島列島で採取されています。この度の調査では、文化庁の岡村一幸氏と、板布海苔製造の貴重な担い手となっている株式会社大脇満蔵商店の大脇豊弘氏とともに、長崎漁業協同組合連合会の担当者同行の上で漁業協同組合のある上対馬町と美津島町を訪問しました。フノリの用途とその重要性について漁民の方へ東文研からお話しし、長崎県対馬振興局農林水産部対馬水産業普及指導センターの才津真子氏からは安定供給のための手法のご紹介をして頂きました。これらを元に検討協議も行いましたが、長崎県からご教示のあった増殖の取り組みに非常に関心をもって下さり、大変貴重な話し合いの場となりました。その後、採取場の視察も行い、生育状況の調査も行いました。
 用具・原材料の調達が困難になっている今、様々な分野の機関が連携・協力しながら進めていくことの重要性を改めて認識する貴重な機会となりました。

ネパール・キルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査 その4

キルティプルの歴史的民家のファサード構成要素の調査

 ネパール・キルティプル市の旧市街は、「キルティプルの中世集落」として世界遺産暫定リストに記載されています。しかし、急速な都市化や2015年のゴルカ地震後の被害などを受けて、その街並みは大きな変化に晒され続けています。特に、旧市街内に残る個人所有の歴史的民家は地震後も年々数を減らしており、その全容は明らかではありません。
 東京文化財研究所とキルティプル市は、歴史的民家保存のためのパイロットケーススタディ(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2385246.html)と並行して、旧市街内に残る歴史的民家のインベントリー作成に向けた悉皆的調査を行っています。2025年5月23日~31日に行った職員1名の派遣では、キルティプル市職員および現地専門家と共に、歴史的民家のインベントリー作成に向けた調査を継続しました。前回、2024年7月に行った現地調査では、137件の民家をインベントリー掲載の候補物件として抽出しましたが、今回の補足調査により、その数は全164件となりました。また、これらの民家の保護の優先度やその基準を議論するための材料として、全ての候補物件を対象にファサードの構成要素に関する調査も行いました。これらの調査から、キルティプルの旧市街を構成する歴史的民家の特徴や、街並みに重ねられた時代の層が徐々にみえてきました。
 今後、調査で収集した歴史的民家の構成要素を分析し、キルティプル市の歴史的民家を特徴づける外観基準について現地専門家らと議論していく予定です。本共同調査によるインベントリーが、市内に残る歴史的民家の記録としてだけでなく、その保存に向けた法的支援の枠組みを整備するための基礎資料となることを期待しています。

シンポジウム「考古学と国際貢献:エジプト考古学と国際協力の軌跡」の開催

ヒシャーム・エルレイシー博士
ミロスラフ・バールタ博士

 東京文化財研究所では、2025年5月10日(土)に、「考古学と国際貢献:エジプト考古学と国際協力の軌跡(Archaeology and International Cooperation in Egypt)」と題したシンポジウムを開催しました。2021年以降、毎年テーマとする地域を変えて継続しているこの連続シンポジウムでは、文化遺産の考古学的な調査研究の成果報告を中心に、史跡整備や人材育成といった国際協力事業についても情報を共有し、文化遺産保護の推進を目的としています。今回はエジプトを取り上げ、当事国であるエジプトと調査研究を主導する国の一つであるチェコ共和国からそれぞれ招聘した研究者による基調講演と、日本人研究者による国際協力の各現場からの報告の2部構成で行いました。
 はじめに、日本のエジプト考古学の先駆者である東日本国際大学総長の吉村作治先生よりご挨拶をいただきました。
 第1部では、まずエジプト観光考古省・考古最高評議会のヒシャーム・エルレイシー博士より、”Recent and Ongoing International Joint Projects for the Egyptian antiquities.”というタイトルで、ヌビア遺跡救済キャンペーンのアーカイブ紹介と、フランス・韓国・ドイツとの共同による遺跡整備事業、そして近年の発掘調査成果についてご講演いただきました。続いて、チェコ共和国カレル大学チェコ・エジプト学研究所のミロスラフ・バールタ博士からは、”Cooperation on the pyramid fields: Abusir and Saqqara”と題して、これまでのチェコ隊によるアブシール遺跡の発掘調査の歴史や、19世紀末にフランス人考古局長が発掘を実施したものの断片的な報告しかなされていない北サッカラの通称Mariette Cemeteryの再発掘プロジェクトについてご報告いただきました。
 第2部では、エジプトにおいて発掘調査や保存修復、人材育成を行っている日本の8つのプロジェクト:クフ王第2の船保存修復・復元プロジェクト(黒河内宏昌・山田綾乃)、イドゥートのマスタバ墓壁画保存修復(吹田真里子)、北サッカラ遺跡発掘調査(河合望)、ルクソール西岸アル=コーカ地区発掘調査(近藤二郎)、アメンヘテプ3世王墓壁画保存修復(西坂朗子)、GEM-CC (Conservation Center), GEM-JC (Joint Conservation) プロジェクト(谷口陽子)、アコリス遺跡発掘調査(花坂哲)、コーム・アル=ディバーゥ遺跡発掘調査(長谷川奏)について、それぞれの取り組みと成果が発表されました。
 本シンポジウムには多数の研究者や大学院生も参加し、考古学的知見の深化と国際的連携の重要性を改めて確認するとともに、文化遺産保護における学術的貢献の新たな展望を期待させる貴重な機会となりました。
 また調査隊や大学の別を超えて活動の軌跡を紹介できたことは意義深く、招聘した海外専門家からも日本の研究者による成果を俯瞰する好機であったとの評価を得ました。

在外日本古美術保存修復協力事業の進捗状況について

ハンブルク工芸美術館にて調査風景

 日本でつくられた美術作品等は欧米を中心に海外の多くの機関にも所蔵されていますが、海外ではそれらの保存修復に精通した専門家はごく限られるため、作品の劣化や損傷が進んでいても適切な時期に適切な手法で修復を行うことが困難な場合があります。その結果、展示や活用ができなくなるだけでなく、損傷がさらに進行してしまうおそれもあります。
 こうした状況に鑑み、本事業では、海外の博物館・美術館・図書館が所蔵する日本古美術品のうち保存修復を要する作品を対象に、保存修復の支援を行っています。
 2025年5月26日から29日にかけて、ドイツのハンブルク工芸美術館(Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg)が所蔵する池田孤村筆《月に秋草図屏風》(二曲一隻)について、詳細な現状調査を実施しました。同館では、本作品の状態を危ぶんでおり、近年は展示されていない状況にあります。今回の調査では、絵具の剥離・剥落、下貼りや裏打ち紙の脆弱化などの損傷や劣化が認められ、早急に修復が必要であることを確認しました。さらに、過去に行われた解体修復によって、唐紙や縁木の位置と向きがオリジナルと異なっていることが判明しました。
 一方、昨年度は、バウアー財団東洋美術館(スイス)、リートベルク美術館(スイス)、ポズナン国立博物館(ポーランド)の各館において、作品調査および現地での保存修復に関する助言を実施しました。これらの調査の結果を受け、目下、リートベルク美術館所蔵《御幸図屏風》(八曲一隻)の修復を日本国内で開始するための準備作業を進めています。

ブータン中部・南部・北西部地域の伝統的民家に関する建築学的調査

南部シェムガン県での民家調査の様子
北西部ガサの石造民家

 東京文化財研究所では、平成24(2012)年以来、ブータン内務省文化・国語振興局(DCDD)と協働して、同国の伝統的民家建築に関する調査研究を継続しています。同局では、従来は法的保護の枠外に置かれてきた伝統的民家を文化遺産として位置づけ、適切な保存と活用を図るための施策を進めており、当研究所はこれを研究・技術面から支援しています。5月13日~23日にかけて行った現地派遣では、当研究所職員2名と外部専門家1名が渡航し、DCDD職員2名と共に、主にブータン中部・南部・北西部地域の民家を踏査しました。
 DCDD側が事前に収集した所在情報等を基に、南部シェムガン県では、石造民家3棟、版築造民家1棟および竹や木を使った木造軸組構造の民家1棟を調査し、中部トンサ県では、版築造民家3棟、石造民家6棟を、北西部ガサ県では石造民家2棟を調査しました。このうち、旧家とされる上層民家の中には、非常に分厚い堅牢な石積壁をもつものも確認されました。
 ブータンの伝統的民家は、首都ティンプーが位置する西部地域では版築造、東部や標高の高い北部では石造が支配的で、東西の境界は中部ブムタン県付近にあることがこれまでの調査で明らかになっています。今回の調査では、南部および北西部における石造民家の建築的特徴を確認し、西部主体の版築造との分布域の境界の一端を把握しました。こうした構法の違いは、地形や自然資源、あるいは材料調達や技術者の問題、各家の家格や社会的地位など、さまざまな条件によって規定されると考えられ、今後、ふたつの構法の所在範囲や併存のあり方を詳しく調査することで、民家の建築構法の変遷や伝播について更なる手がかりが得られることを期待しています。
 本調査は、科学研究費助成金基盤研究(B)「ブータンにおける伝統的石造民家の建築的特徴の解明と文化遺産保護手法への応用」(研究代表者 友田正彦)により実施しました。

文化財(美術工芸品)の修理記録および修理記録データベースの公開について―令和7年度第1回文化財情報資料部研究会の開催

データベース間のリレーションシップ

 東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっております。本事業で行っている文化財の修理記録データベースの公開については既にご報告している通りですが(https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/2391276.html
)、公開に引き続いて、令和7(2025)年4月17日に本データベースに関する研究会を行いました。
 研究会では、データベース構築の実務にあたった小山田智寛(東京文化財研究所 主任研究員)、山永尚美(東京文化財研究所 アソシエイトフェロー)、田良島哲(東京文化財研究所 客員研究員)より、本データベースの作業フローや構成、典拠となる資料の現状や国指定文化財の修理記録の公文書としての位置づけ、そして今後の運用について報告いたしました。続けて行われたディスカッションでは、従来の博物館や美術館等の収蔵品のデータベースと修理記録の関係や情報を取集する範囲等、報告内容に関する質疑にとどまらず様々な問題提起が行われました。
 文化財の修理という行為に対して、経年劣化や何らかの理由による損傷に対してやむを得ず行う行為という印象が持たれていることは否定できません。そのため、修理の仔細を伝える修理記録それ自体が表立って注目されることはありませんでした。しかしながら元来、文化財は適切な周期で修理しないと保存できないということや、過去の修理記録が未来の修理や文化財の保存のための大きな助けとなることは近年認識がひろがってきました。本データベースの公開をきっかけとして、文化財の修理記録についての議論や整理が進むことを期待いたします。

講演会・体験型イベント「バーレーンの歴史と文化」の開催

体験型イベントを視察するシェイク・ハリーファ文化古物局総裁
講演者

 令和7年(2025)年4月に大阪・関西万博が開幕しました。中東のバーレーンも、万博にパビリオンを出展しています。これにあわせパビリオンの総責任者であるバーレーン文化古物局総裁シェイク・ハリーファ王子が来日されました。
 東京文化財研究所は、長年、バーレーンにおいて文化遺産保護のための国際協力事業を行っています。シェイク・ハリーファ王子からの依頼もあり、この機会を生かして、より多くの方にバーレーンの文化遺産の魅力を知っていただくため、4月20日にバーレーン文化古物局と共催という形で、東京文化財研究所において講演会・体験型イベント「バーレーンの歴史と文化」を開催しました。
 バーレーンや日本の専門家、古墳の伝道師まりこふんさんらが講演を行ったほか、来場者にはVRゴーグルを着用して遺跡の内部を探索していただくなど、各種のXRコンテンツを通じてバーレーンの歴史と文化を楽しんでいただきました。

皇居三の丸尚蔵館との共同研究の成果公開

「動植綵絵」デジタルコンテンツ
「春日権現験記絵」巻17・18報告書
「世界図」報告書

 東京文化財研究所では先人が守り伝えてきた貴重な文化財について先端的な科学技術を用いて調査・記録を行い、その成果を一般に公開しています。このたび皇居三の丸尚蔵館収蔵作品・東京文化財研究所光学調査デジタルコンテンツとして伊藤若冲筆「動植綵絵」(全30幅)をウェブ公開しました。https://www.tobunken.go.jp/doshokusaie/このウェブサイトでは、宮内庁三の丸尚蔵館(当時)と東京文化財研究所が平成13~20年(2001〜2008)度に共同研究として実施した光学調査によって撮影された伊藤若冲筆「動植綵絵」の高精細写真、蛍光X線による彩色材料分析のデータ等を公開しています。また鎌倉時代の代表的な絵巻作品としてしられる「春日権現験記絵」(全20巻)については、平成29年(2017)年度から2巻ずつ収載した報告書を発行してまいりましたが、このたび10冊目の報告書を刊行し、シリーズ最終巻となりました。また「萬国絵図屏風」については、関連作品である「世界図・四都図屏風」(神戸市立博物館)、「チュニス戦闘図・世界地図屏風」(香雪美術館)、「泰西王侯騎馬図屏風」(サントリー美術館、神戸市立博物館)、「泰西王侯図」(長崎歴史文化博物館)などの画像も掲載した総合的な報告書として刊行しました。今後の研究に活用していただけたら幸いです。

日本製漆工品と日本人専門家-タイ所在日本製漆工品に関する調査研究(2)英語版-の刊行

『日本製漆工品と日本人専門家-タイ所在日本製漆工品に関する調査研究(2)英語版-』表紙
図版の例(三木栄旧蔵蒔絵道具箱の内容物)
ワット・ラーチャプラディットの日本製漆扉

 東京文化財研究所は、平成4(1992)年以来タイ王国文化省芸術局と共同で、タイに所在する文化財の調査研究を実施してきました。平成23(2011)年からは、バンコクの王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディットの日本製漆扉部材に関する調査研究や、芸術局が行う漆扉部材の本格修理への技術的な支援を行っています。
 この漆扉部材のほか、タイには図書館、博物館、寺院、宮殿など様々な場所に日本製漆工品があります。また、漆工に関する日タイ両国の交流は物品にとどまらず、ラーマ5世王(1853-1910)は蒔絵に魅せられ、その技術を学ぶために留学生を日本に派遣し、王室第一級寺院ワット・ベンチャマボピットの本尊に金箔を貼るため、鶴原善三郎を明治43(1910)年にタイに招きました。三木栄は明治44(1911)年から30年あまりタイに滞在、現在の芸術局の職員として漆工品制作や修理に携わりました。
 令和7(2025)年3月に刊行した標記の報告書では、タイにある日本製漆工品や、漆工品が写ったタイの古写真、上記の日本人漆工専門家について、日タイの研究者によるこれまでの研究成果をまとめました。これらの成果は、漆工分野での両国の交流に関する新たな知見で、ワット・ラーチャプラディットの漆扉部材の漆工史や日タイ交流史上の位置づけを知る上でも有益です。
 本報告書には令和6(2024)年3月刊行の日本語版もありますが、英語版には新たな知見や写真が含まれます。公共図書館などでぜひ両方をご覧ください。本報告書で紹介した日本製漆工品は一部に過ぎず、日本人漆工専門家に関する文献資料も続々と発見されていますので、引き続き成果を発表する予定です。

言葉を紡ぐ版画家、清宮質文―令和6年度第13回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 清宮質文(1917~1991)は、静謐で詩的な心象世界を木版画やガラス絵で表現した作家として知られています。昨年、当研究所は清宮が遺した手記・日記および写真等の資料をご遺族より受贈いたしました。
清宮質文資料の受贈 :: 東文研アーカイブデータベース
そして3月6日の文化財情報資料部研究会では、長年にわたり清宮を研究対象とし、資料の受贈にあたって仲介の労をとられた住田常生氏(高崎市美術館主任学芸員)に、「「清宮質文資料」について」の題でご発表いただきました。清宮は、作品制作に深く関わる多くの言葉を、「雑感録」「雑記帖」と題する手記の内に残しています。みずから「表現形式に「絵」という方法をとっている詩人」(「雑記帖」1971-72年)と記した清宮にとって、絵と言葉が分かちがたく結びついていることを示した住田氏の発表は、受贈した資料の重要性をあらためて認識させるものでした。
 発表後のディスカッションでは、住田氏とともに清宮質文資料の整理に当たられた井野功一氏(茨城県近代美術館美術課長)に、コメンテーターとしてご参加いただきました。当研究所が受贈したのは手記・日記や写真等の紙資料に限られますが、他に遺された資料として版木の類があり、井野氏はその保存・活用に向けての課題についてご報告いただきました。ディスカッションでは、原版も含めた版画家特有の資料群のあり方をめぐって、当研究所のスタッフも交え、意見が交わされました。

久野健ノートの公開

資料の一部

 東京文化財研究所には文化財に関わる写真や調査記録など膨大な数の資料を収蔵していますが、その中には研究者が自ら作成・蒐集した資料も多く含まれています。仏教彫刻史の泰斗で東京文化財研究所の職員でもあった久野健氏(1920〜2007)が残した貴重な資料群もそのような研究資料の一つで、久野氏の死後、ご遺族によって当研究所に寄贈されました(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/203583.html)。
写真資料を中心とした一部の資料は、すでに資料閲覧室で公開されていますが、このたび久野氏が終生愛用していた手書きのノートの目録(312冊、13422件)の整理が終わり、公開の運びとなりました。これらのノートには国内外の仏像彫刻の調査記録や、展覧会の鑑賞記、聴講した研究会のメモなどが書き込まれており、まさに久野氏の研究者としての軌跡が記録されたものと言えます。ウェブサイトでは目録を公開し、資料閲覧室では実際のノートを閲覧することが可能です(https://www.tobunken.go.jp/materials/kuno_note)。ぜひご活用ください。

ウェブサイト「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」での「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」の公開

文化財(美術工芸品)の修理記録データベース
本データベースの典拠資料および資料ごとの修理記録の年幅

 東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっています。このたび令和7(2025)年4月に本事業のウェブサイトを開設し、美術工芸品修理のために必要とされる用具・原材料についての記録映像、科学調査成果、修理記録データベースを公開しています(https://www.tobunken.go.jp/conservation-arts-crafts/)。

 近年、文化財の修理記録という大切な情報を適切な形で後世に残していくことが広く求められています。修理記録は、作品の状態、材料、構造などにかかわる情報の次世代への継承を可能にするのみならず、文化財の管理や保護にとっても重要な情報源となります。しかし、国指定文化財のうち、美術工芸品分野に関しては、明治30(1897)年に制定された古社寺保存法以来の修理記録を全体的に包括する報告書やデータベースなどは存在していませんでした。また、各所で作成された修理報告書についても、記述の内容や方式が統一されておらず、情報共有に課題がありました。そのため、現在、美術工芸品分野の文化財修理にかかわる情報を集約し、一元的に管理するためのプラットフォーム構築の必要性が高まっています。

 本事業の成果のひとつが、「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」の試作版(https://www.tobunken.go.jp/conservation-arts-crafts/records-archives)の作成と公開です。本データベースには、文化庁、修理施設のある国立博物館、全国の修理工房、その他の関連組織によって刊行された修理報告書に所収の修理情報を順次追加していく予定です。本データベースを文化財の修理や管理、修理情報の継承、研究利用等の幅広い目的でご活用いただけましたら幸いです。また、調査にあたって得られた成果は、報告会や研究会等を通じて随時発信してまいります。

「及川尊雄旧蔵 紙媒体資料」の一部画像公開を開始

公開画像「鑑定書下書き一式」(佐竹藤三郎)より

 当研究所は令和3(2021)年、日本の伝統楽器や関連資料の蒐集家として知られる及川おいかわ尊雄たかお(1942-2018)氏旧蔵紙媒体資料の寄附を受けました(全2,235件)。無形文化遺産部ではこれらの紙媒体資料の整理を進め、令和4(2022)年より当研究所ウェブサイトでデータベースを公開しています(及川尊雄旧蔵 紙媒体資料目録データベース :: 東文研アーカイブデータベース)。及川尊雄旧蔵紙媒体資料は、日本の伝統楽器を軸にしながらも広く国内外の資料に及び、その体裁も成立時期もさまざまで、まさに多彩な紙媒体資料群です。
 現在これらの紙媒体資料は、予約の上、当研究所閲覧室で閲覧することができますが、このたび無形文化遺産部では、及川尊雄旧蔵紙媒体資料をより幅広く利用してもらうため、取り扱いが難しい状態の資料や稀少性が高いと思われる資料のデジタル化に着手しました。そして、デジタル化が完了した資料はデータベース内の「pdf」欄からご覧いただけるようになりました。今後も順次デジタル化を進めてまいりますが、現在デジタル化が完了している資料の一覧は、こちらからご覧いただけます。
 「及川鳴り物博物館」(2003-2015)館長として自ら蒐集した楽器を展示し、来館者を直接案内していた及川尊雄氏は、実際に楽器に触れて音を響かせてその魅力を知ってもらいたいという考えの持ち主でした。紙媒体資料も、より多くの方にご覧いただくことが及川氏の志に適っていると考えています。ぜひご活用ください。

日本航空協会から科学雑誌資料等の寄贈と公開

寄贈に対する感謝状贈呈

 このたび、一般財団法人日本航空協会(以下、日本航空協会)から、山崎好雄氏が収集した科学雑誌等、19,517冊をご寄贈いただきました。
 山崎好雄氏(1903~1981年)は、戦前に東京帝国大学航空研究所に入所、その後文部省体育官をしながらグライダー設計・製作および普及・振興に携さわり、戦後は文部省事務官をする傍ら、模型飛行機の分野で活躍しました。
 山崎氏は、航空機開発に関する資料を多岐にわたって収集されました。書類、図面、写真、模型飛行機の材料、そして主に大正・昭和初期の科学雑誌(航空雑誌も含む)などです。このたびご寄贈いただいた資料はこのうちの科学雑誌です。これらは保存状態も良く近代の文化遺産を調査・研究する上で貴重な資料です。
 東京文化財研究所は2007年より日本航空協会と共同研究を行ってきました。このたびご寄贈いただいた資料を活用しながら、今後も近代の文化遺産の調査研究を進めていきます。
 ご寄贈いただいた雑誌は、当研究所ウェブサイトから検索することができます(https://www.tobunken.go.jp/archives/)。資料閲覧室で実際に閲覧することも可能ですので、ぜひ多くの方にご活用いただければと思います。

イストリア地方における壁画保存に向けた共同研究(その2)

教会でのチェックシートを活用した壁画の状態調査
調査対象にした壁画の一例

 文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、壁画の維持管理および保存修復に係る共同研究に取り組んでいます。

 その一環として、クロアチア文化メディア省美術監督局、イストリア歴史海事博物館、ザグレブ大学と共同で、クロアチアの北西部に位置するイストリア地方の教会壁画を対象にした維持管理システムの開発を進めています。この地域では、中世からルネサンス期にかけて数多くの壁画が制作され、その数は、現在確認されているだけでも150件にものぼります。その保存状態を調査・記録し、収集したデータを専門家の間で共有することで、維持管理に役立てていこうというのがこの研究のねらいです。

 令和7(2025)年3月10日から14日にかけて、現地を訪問し、先行調査(リンク:https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2065796.html)で作成した保存状態に関するチェックシートを用いて、12ヶ所の教会で導入テストを実施しました。このチェックシートは、壁画が描かれた建物、壁画の技法・材料、そして保存状態という3つの主要な焦点に基づいて構成されています。テストを通じて、チェックシートに記載された確認項目の見直しを行い、より実用的で効果的なものへと進化させることができました。今後は、デジタルアーカイブの構築を目指し、導入テストを引き続き実施していく予定です。

韓国書画の作品評価と制度を振り返って―令和6年度第10回文化財情報資料部研究会の開催

 文化財情報資料部では、外部の研究者にも研究発表を行っていただき、研究交流をおこなっています。

 2月17日の第10回研究会では、韓国・明知大学校教授の徐胤晶(ソ・ユンジョン)氏に「安堅と東アジアの華北系山水画―伝称作、偽作、そして唐絵のなかの朝鮮絵画」、そして国立ハンセン病資料館主任学芸員の金貴粉氏に「近代朝鮮における書の専業化過程とその特徴 ―官僚出身書人の動向を中心に―」と題したご発表をしていただき、最後に文化財情報資料部研究員・田代裕一朗が「関野貞の朝鮮絵画調査と朝鮮人蒐集家-東京文化財研究所所蔵の調査資料をもとに―」と題した発表を行いました。

 各発表は、いずれも韓国書画をめぐって、作品評価と制度を振り返るもので、まず徐胤晶氏は、現在安堅の画とされている様々な作品について、江戸時代の日本、そして朝鮮時代の朝鮮における事例をもとに伝称の過程を分析するとともに、安堅の画を東アジア華北系山水画の系譜にどのように位置づけられるか、考察をおこないました。つづく金貴粉氏は、朝鮮時代末期から植民地期にかけて、官僚出身者を中心とする書人が、専業化を遂げ、職業書家に近しい存在に変貌する過程を考察しました。最後に田代裕一朗は、東京文化財研究所が所蔵する朝鮮絵画調査メモを手掛かりとして、関野貞の朝鮮絵画調査と朝鮮人蒐集家について考察する発表をおこないました。

 研究会は、オンライン同時配信(ハイブリッド・ハイフレックス型)で行われ、日本国内の学生と関連研究者だけでなく、米国・中国などの外国からも関連研究者が参加し、長時間にわたる研究会ながら、盛況のうちに終了しました。

酒呑童子絵巻の研究―令和6年度第11回文化財情報資料部研究会の開催

研究会風景
展覧会のチラシ

 令和7(2025)年2月25日に酒呑童子絵巻の研究会を開催しました。この研究は、住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(6巻、ライプツィヒ・グラッシー民族博物館蔵、以下ライプツィヒ本)を中心に科学研究費助成事業基盤研究Bの課題として令和4(2022)年から実施しているもので、このテーマで過去に2回研究会を開催しています。(2021年5月 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/892626.html 2023年4月 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2035746.html)今回は科研費による研究の最終年度にあたり、下記の発表を行いました。
江村知子(東京文化財研究所 文化財情報資料部長)「酒呑童子の魔力」
並木誠士 (京都工芸繊維大学 特定教授)「狩野派と酒呑童子絵巻」
小林健二 (国文学研究資料館 名誉教授)「響き合う能と絵巻」
 3つの発表の後、上野友愛氏(サントリー美術館副学芸部長)にコメンテーターとしてご発言いただき、その後会場やオンライン参加の方々も交えて質疑応答を行いました。この研究プロジェクトは、令和7(2025)年4月29日~6月15日の会期でサントリー美術館で開催される「酒呑童子ビギンズ」展にも協力しています。ライプツィヒ本は第10代将軍徳川家治の養女として紀州家第10代徳川治宝に入輿した種姫の婚礼調度として特別に作られた作品で、今回の展覧会はライプツィヒ本の日本での初公開となります。ぜひ多くの方々に展覧会場でご覧いただきたいと思います。展覧会の情報はこちらをご参照ください。
https://www.suntory.co.jp/sma/

漁村小雪図巻を読み解く―令和6年度第12回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 東京文化財研究所文化財情報資料部では、国内外の研究者を招き、学術交流の場として研究会を開催しています。今年度は、中国美術学院教授であり藝術文化院副院長を務める万木春氏をお迎えし、「王詵《漁村小雪図》巻について」と題した研究発表を行いました。
 本発表では、王詵の画業を文献資料に基づいて探究するとともに、《漁村小雪図》を構成する要素―水辺、雪景、漁村―を丹念に観察し、それらが 画面全体の空間構成にどのように寄与しているかを考察しました。また、自然描写、特に大気表現に注目し、画家の視覚的アプローチを読み解く試みがなされました。さらに、《漁村小雪図》にとどまらず、複数の作例を比較し、異なる視覚表現の方法についても詳細な検討がなされました。
 質疑応答では、研究者や大学院生から活発な質問や意見が寄せられ、それに対して万氏が明快かつ大胆な視点から応答されたことが印象的でした。今回の海外研究者による発表を通じて、日本の研究者にとっても新たな視座を得る機会となりました。
 今後も、海外の研究者を積極的に招き、より広い知見を共有する場として、定期的に研究会を開催していく予定です。

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