岸田劉生による油彩画の光学調査

調査風景(東京文化財研究所)
調査風景(福島県立美術館)

 大正期を中心に活動した画家の岸田劉生(1891-1929)は、油彩画を主な媒体とし、《道路と土手と(切通之写生)》(大正4〈1915〉年、東京国立近代美術館蔵)、《麗子微笑》(大正10〈1921〉年、東京国立博物館蔵)という2点の重要文化財指定品を含む、数々の名作によって知られています。彼の描いた静物画は、厳密な画面構成、机のひび割れや果物のしみまで描く密度の高い描写などを特徴とし、洋画家のみならず日本画家や写真家などにも、広く影響を与えました。しかしその中には、画中に描きこまれた人間の手が「不気味だ」と言われ展覧会に落選した《静物(手を描き入れし静物)》(大正7〈1918〉年、個人蔵)という評価を二分する作品があり、その評価は画家像をも左右します。そしてこの作品は、問題視された「手」が何者かによって消されてしまうという謎めいた経緯を経て現存します。「手」がどのような経緯で消されたのか、またこの作品は岸田による他の静物画とどのような関係を持つのかという問いのもとに、令和4年度を通じ、国内の様々な機関や個人のご協力を得ながら、静物画4点の光学調査を行いました。本調査は「第56回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」における口頭発表、吉田暁子「岸田劉生による静物画 ー『見る』ことの主題化」の準備調査として行ったものです。
 調査内容は、文化財情報資料部専門職員・城野誠治による近赤外線撮影(反射・透過)、蛍光撮影、紫外線撮影を中心とし、《静物(手を描き入れし静物)》については保存科学研究センター分析化学研究室長・犬塚将英によるX線撮影をも行いました。その結果、《静物(手を描き入れし静物)》については画中に隠された「手」を含む画面全体の画像を得た他、それ以外の作品においても、モティーフを動かして描き直した痕跡を持つものが複数存在することが分かりました。このことは、岸田劉生による絵画制作の工程について、新たな情報をもたらす発見だと言えます。詳細な内容は、上記オープンレクチャーにおいて報告します。

to page top