研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


公開研究会「航空資料の保存と活用」の開催

講演の様子
パネルディスカッションの様子
展示の様子

 保存科学研究センターでは、令和6(2024)年1月23日に日本航空協会との共催で公開研究会「航空資料の保存と活用」を東京文化財研究所地下セミナー室にて開催致しました。
 航空機そのものに加え、図面や写真等も含めた航空資料は、我が国の近現代史におけるかけがえのない文化財ですが、従来の文化財とは資料の材質や規模などにおいて異なる点も多く、文化財としての保存と活用には新たな手法が求められる場面が多々あります。この度の公開研究会は、文化財、文化遺産としての航空資料の現状と課題について改めて考えることを目的として開催致しました。
 初めに、当研究所長・齊藤孝正および日本航空協会副会長・清水信三氏の開会挨拶と保存科学研究センター特任研究員・中山俊介の趣旨説明がありました。講演では、日本航空協会・苅田重賀氏、中山、保存科学研究センターアソシエイトフェロー・中村舞が「航空史資料の保存と課題」と題し、日本航空協会と当研究所が平成16(2004)年度より実施している共同研究「航空資料保存の研究」の成果や課題を報告致しました。元日本航空協会・長島宏行氏からは「三式戦闘機「飛燕」の羽布の修復」のタイトルで、長島氏が携わった三式戦闘機「飛燕」(日本航空協会所蔵、岐阜かかみがはら航空宇宙博物館にて展示)の羽布の修理について、詳細な事例のご報告を頂きました。南九州市の知覧特攻平和会館・八巻聡氏からは「四式戦闘機「疾風(1446号機)」の来歴と保存の取り組み」と題し、四式戦闘機「疾風(1446号機)」(同館所蔵)について、ご所蔵に至るまでの経緯と、取組まれている調査活動についてご報告を頂きました。併せまして、保存科学研究センター研究員・千葉毅、同研究員芳賀文絵より「南九州市近代文化遺産に関する東京文化財研究所の取り組み」として、日本における航空機の文化財としての指定状況と、南九州市と当研究所が共同で実施している調査研究の紹介を致しました。その後、これらの講演を受け、保存科学研究センター長・建石徹をファシリテーターとして、苅田氏、長島氏、八巻氏、中山を交えて行ったパネルディスカッションでは、文化財、文化遺産としての航空資料を取り巻く現状や課題について活発な意見交換がなされました。最後に建石が閉会挨拶を行い、盛会のうちに終了しました。
 また、当日は会場のホワイエにて、日本航空協会と当研究所との共同研究に関連する資料として、同協会所有の山崎式第一型グライダー「わかもと号」の水平尾翼、伊藤式A2型グライダーの垂直尾翼、山路真護作「朝風」号油絵、ジーメンス・シュッケルト D.IV 胴体パネル等を展示致しました。
 総勢77名の方にご参加頂き、終了後のアンケートにおいても、航空機を含めた近代文化遺産の保存と活用に関する調査研究が期待されていることが実感されました。本研究会の内容は、来年度報告書として刊行予定です。

令和5(2023)年地震で被災した博物館・文化遺産救援に向けたトルコ現地調査

被災、倒壊し仮囲いが設置された歴史的建造物(ハタイ)
倒壊した城壁等の修復工事が進められているガズィアンテプ城
専門家会議の様子

 東京文化財研究所では、令和5(2023)年度緊急的文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)「トルコにおける文化遺産防災体制構築を見据えた被災文化遺産復興支援事業」を文化庁から受託している文化財防災センターとともに、本事業に参加しています。本事業は、令和5(2023)年2月6日に発生したトルコ・シリア地震により被災した博物館や文化遺産の救援支援を第一の目的とするものです。それに加え、日本における被災文化財救援の経験や文化財防災の蓄積をトルコと共有することで、トルコにおける文化遺産防災体制の構築、充実化に向けた支援にもつなげてゆくことを見据えています。
 2023年11月28日〜12月7日、当研究所と文化財防災センターとの合同チームがトルコを訪問し、被災地視察、両国の文化財防災に関する情報交換(専門家会議の開催)、今後の連携に向けた意見交換を行いました。
 被災地視察では、ハタイ、ガズィアンテプ、シャンルウルファの博物館、文化遺産等を巡り、被災後の対応及び現状、課題について各博物館職員らからの聞き取り、今後の支援のニーズ調査を行いました。現在、被災した博物館では応急的な対応が進められており、今後、被災した収蔵品や建物の本格的な修理等が進められる見込みということです。なお、シャンルウルファでは地震翌月の3月上旬に大雨による洪水が発生しており、同地の博物館では地震被害は比較的軽微だったものの、浸水による大きな被害が生じています。
 専門家会議は、アンカラのトルコ共和国文化観光省において同省との共催にて実施しました。日本側からは、日本国内における文化財防災の概要を紹介した上で、東日本大地震をはじめとした被災文化財救援の取り組みや博物館における災害予防の取り組みを報告しました。トルコ側からは、この度の地震による文化財被害や対応の概要、博物館における災害予防の取り組み等をご報告いただきました。今後、両国間での協議を重ね、具体的な支援内容を検討していくとともに、文化財防災にかかる共同研究を進めていく予定です。

南九州市における近代文化遺産の調査

「疾風」調査の様子
空気質調査の様子
旧知覧飛行場給水塔撮影の様子
旧青戸飛行場トーチカ調査の様子

 令和4(2022)年7月、東京文化財研究所は南九州市と「南九州市指定文化財等の保存修復に関する覚書」を締結し、共同研究に着手していたところですが(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/995996.html)、令和5(2023)年2月に南九州市にて以下の調査、記録を行いました。

旧日本陸軍四式戦闘機「疾風(はやて)」の保存、修復に関する調査・助言
 知覧特攻平和会館にて保管、展示されている「疾風」(南九州市指定文化財)は、戦時中にフィリピンにて米軍に鹵獲(ろかく)された機体で、現存する唯一の機体と考えられています。米軍によるテスト飛行の後、払い下げとなり、複数の所有者の手を経たのち、昭和48(1973)年に日本へ帰国、日本国内で複数の所有者を経て、平成7(1995)年に知覧町(現・南九州市)の所有となり平成9(1997)年から知覧特攻平和会館にて展示公開されています。
 平成29(2017)年から南九州市による保存状態調査が行われ、平成30(2018)年からは当研究所も調査に加わっています。全体として機体の保存状態は良好ですが、戦後の試験飛行、展示飛行等に伴うと考えられるパーツの消耗や交換も認められることから、オリジナル部材の残存状況の確認、修復方針の検討等を継続して行っています。今回の調査では、主にエンジンを対象とし、オリジナル部材の確認、エンジン内部やオイルタンク内の状況確認等を実施しました。機体から取り外した部材の一部は当研究所でお預かりし、クリーニングや成分分析等を行っています。
 なお、調査は展示室内で行っていますが、調査期間中も当該展示室は閉鎖せず、来館者にも調査風景を見学いただけるようになっています。また、令和4(2022)年3月には保存状態調査の報告書も刊行されています(知覧特攻平和会館編2022『陸軍四式戦闘機「疾風(1446号機)」保存状態調査報告書Ⅰ』 https://www.chiran-tokkou.jp/informations/2022/04/4.html)。

知覧特攻平和会館展示室、収蔵庫の空気質調査
 今回、「疾風」の調査にあわせて、展示室および収蔵庫の空気質調査(有機酸、アルデヒド、揮発性有機化合物[VOC]の調査)を行いました。今後、調査結果をもとに、より安定した展示・収蔵環境を検討する予定です。

南九州市内所在のアジア・太平洋戦争期コンクリート構造物の現状記録
 南九州市内には旧知覧飛行場に関する文化財をはじめ、アジア・太平洋戦争期に作られた多くの遺構〈戦争遺跡〉が残っています。それらの多くはコンクリート製の構造物ですが、終戦から80年近くが経過した現在、劣化が進み、破片の剥落が認められるものも少なくありません。今回、市内の当該期コンクリート構造物として旧知覧飛行場給水塔(市指定文化財)、旧青戸飛行場のトーチカ(防御陣地)2基について、実測、フォトグラメトリ(複数の写真から三次元モデルを作成する技法)による現状記録を行いました。今後、定期的な記録により劣化の進行を分析するとともに、コンクリート強度の測定等も検討いたします。

高徳院観月堂で用いられている彩色材料の調査

高徳院観月堂での調査風景

 鎌倉大仏殿高徳院の境内には、朝鮮王朝王宮「景福宮」から移築された「観月堂」と称されるお堂があります。観月堂では瓦や壁面の経年劣化や野生生物の被害など、建造物の保存・活用に関する課題を抱えています。また、観月堂に施されている丹青(彩色材料)は、景福宮建立当時に用いられたものが現存している非常に希少なものですが、その材質等についてはまだ明らかになっておらず、現在の状態を把握しておくことが重要です。このような検討を進める上で、観月堂に用いられている彩色材料に関する基礎情報を収集することになりました。
 そこで、鎌倉大仏殿高徳院(佐藤孝雄住職)からの依頼を受けて、令和4(2022)年7月6日、7日に、保存科学研究センター・犬塚将英、早川典子、芳賀文絵、紀芝蓮が観月堂に可搬型分析装置を持ち込んで、建築部材に施されている彩色材料の現地調査を実施しました。
 調査の第一段階として、観月堂が建造された当初に彩色されたと推測される箇所を中心に、色に関する情報を2次元的に把握するために、ハイパースペクトルカメラを用いた反射分光分析を行いました。このようにして得られた反射分光スペクトルのデータを参考にして、学術的に興味深いと考えられる箇所を選定し、蛍光X線分析による詳細な分析も行いました。以上の2種類の分析手法によって得られたデータを詳細に解析することにより、朝鮮王朝時代に用いられた特徴的な彩色材料に関する理解を深め、今後の保存・活用に役立てていく予定です。

南九州市の文化財保存修復に係る調査研究に関する覚書締結

署名された協定書を掲げる齊藤所長(右)と塗木市長
このたび「旧知覧飛行場給水塔」(市指定文化財)近くに設置された気象観測ステーション(柵内右側)

 東京文化財研究所と鹿児島県南九州市は、平成20(2008)年頃より市域に所在する個々の文化財の保存修復に関する調査研究を共同で実施してきましたが、このたび「南九州市指定文化財等の保存修復に関する覚書」を締結し、連携を一層深めて共同研究を進めることとしました。それにあたり、令和4(2022)年7月20日に南九州市役所で覚書の締結式を執り行いました。締結式では、事業概要が説明されたのち、齊藤孝正所長と塗木弘幸南九州市長が協定書に署名いたしました。
 南九州市は、指定文化財だけでも計191件もの文化財を有する土地柄ですが、中でも国登録文化財である旧陸軍知覧飛行場関連の建造物や市指定文化財である陸軍四式戦闘機「疾風(はやて)」をはじめとした近代の文化遺産は、わが国の近代史におけるかけがえのない資料群としてよく知られています。一方で、これら近代の文化遺産は、たとえ指定または登録されても、従来の文化財と規模、材料、機能等において異なる点が多く、保存と活用の新たな手法が求められる場面が多々あります。この度の共同研究は、当研究所と南九州市とが連携することで、これらの文化財がはらむ保存活用のための技術的課題の解決や、新たな保存手法の開拓、研究活動の活性化などを図り、地域の文化財の普及啓発の促進に寄与することを目的とするものです。あわせてこれらの成果を全国に発信し、同様あるいは類似の課題を持つ地方公共団体等にも資する情報を提供できることも目指していきます。

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