福島県の「会津桐」の調査
無形文化遺産部では、無形文化遺産を支える原材料の調査を継続して行っています。令和4年度からは三菱財団の人文科学研究助成(「無形文化遺産における木材の伝統的な利用技術および民俗知に関する調査研究」)を受け、特に原材料としての樹木の採取・加工の技術に着目し、失われつつあるこれらの技や民俗知を調査・記録し、再評価する研究を行なっています。その一環として7月14日に福島県三島町を訪ね、「会津桐」の生産実態や課題等についての調査を実施しました。
キリは軽くて狂いにくく、調湿性に優れ、さらに熱伝導率が低いという優れた材です。一般には箪笥や下駄の材として知られていますが、楽器の箏の材料としても古くから用いられてきたほか、美術工芸品などの保管に最適の容器として、桐箱なども重宝されてきました。しかし消費者の箪笥離れなどが影響して、国内でのキリ材需要はピーク時の昭和34(1959)年に比べて8分の1程度に縮小しています。さらには輸入材の流通により、ピーク時には供給量に占める国産材の割合が約95%であったのに対し、平成30(2018)年時点では3%程度まで落ち込んでいます(以上、三島町調べ)。会津桐と並び称された南部桐(岩手県)もすでに生産を止め、全国唯一であった秋田県湯沢市の「桐市場」も現在は休止するなど、キリの国産材は、会津桐や津南桐(新潟県)などを数少ない産地で生産しているにすぎません。
このうち会津地方はキリ栽培発祥の地と言われ、明治期に大規模なキリ苗栽培に成功して以来、農家の副業としてキリの原木出荷が盛んに行なわれてきました。こうした歴史を受け、三島町ではキリ材需要が下火になった昭和50年代終わり頃から、町と民間の共同出資による「会津桐タンス株式会社」を設立し、以降、職人の育成や商品開発、販路の開拓、そして近年では町に「桐専門員」を配置して桐苗栽培や植栽の管理、桐栽培マニュアルの作成など、様々な活動を行なってきました。
キリは成長が早く、約30年程度で出荷できる材に成長しますが、下草刈りや施肥、消毒など管理に非常に手がかかることから、かつては家の近くに植栽してこまめに手入れをしたものと言います。現在では約900本のキリが町によって植栽・管理されていますが、スギなどの植林に比べて樹間を大きくとらなければならないことや、病虫害やネズミの害が多いなど、通常の林業とは異なるノウハウが必要とされます。こうした原木の安定供給の試みに加え、現代生活に合った箪笥の提案や、椅子やバターケースなどまったく新しいキリ商品の開発努力も重ねられています。
キリに限らず、国産木材の市場は縮小傾向にあります。無形文化遺産というさらにニッチな用途に供される木材については、需要と供給の双方が著しく縮小しており、いざ材が必要になった時に適材が入手できない可能性が高まっています。研究所としては、栽培管理・加工に要する「手間ひま」を一般に広く知ってもらい、価格に見合った価値があることを理解してもらう取り組みや、産地と技術者・利用者を繋ぐための取り組み、また、原材料の質的な特長を科学的に裏付ける試みなどに、引き続き取り組んでいきたいと考えています。