ノリウツギの安定供給に向けての調査

樹皮からネリが採取される。下部の白くなった箇所が樹皮を採取した部位。
東文研内での関係者会議

 文化財修復や伝統工芸等で使用されている和紙は、楮(こうぞ)や雁皮(がんぴ)と言った植物から取り出した繊維を原料としていることはよく知られています。一方で、「ネリ」と呼ばれる物質も必要であることはあまり知られていないかもしれません。ネリを添加しないと繊維がうまく分散せず、漉きあがった紙はムラの多い、地合いの悪いものとなってしまいます。ネリを添加することで繊維が水中で均一に分散し、美しい漉きあがりとなるのです。
 工業的に大量生産される紙の場合はポリエチレンオキサイドなどの合成品がネリとして用いられることがほとんどですが、伝統的にはトロロアオイやノリウツギなどの植物から採取される粘液がネリとして用いられてきました。今でも、特に薄手の和紙においてはトロロアオイやノリウツギ由来のネリが最適とされており、文化財修復に用いられる和紙でも幅広く用いられています。しかし、特にノリウツギについては、野生株の採取に頼っていることや、採取を行う後継者が不足していることなどの問題から、安定した供給が困難になりつつあり、このままでは文化財修復等に用いる和紙を漉くことができなくなりかねません。例えば、掛軸の総裏紙として用いられる宇陀紙はノリウツギから得られたネリを用いて漉かれるため、将来的には掛軸の修復が困難になるような事態も想定されます。
 保存科学研究センターでは文化庁からの受託研究「美術工芸品の保存修理に用いられる用具・原材料の調査」を文化財情報資料部、無形文化遺産部とともに遂行していますが、その中の主要な調査としてノリウツギの安定供給に向けて活動しています。この研究は、北海道および標津町などと連携して行われており、標津町のノリウツギ産地の視察を行ったり、定期的に検討会を開催したりしています。今後もノリウツギの安定供給に向けた支援を行うとともに、ノリウツギから得られるネリがなぜ優れた性能を示すのか科学的に評価していく予定です。

to page top