楮栽培と木灰の使用状況の調査


文化財や美術工芸品の保存修理に用いられる用具や原材料は多岐にわたりますが、その多くが担い手の後継者不足や原材料の入手困難といった課題に直面し、将来的な継続使用が危ぶまれています。こうした状況に対応するため、文化庁は令和2(2020)年度より「美術工芸品保存修理用具・原材料管理等支援事業」を開始しました。これを受け、東京文化財研究所では保存科学研究センター、文化財情報資料部、無形文化遺産部が連携し、受託研究「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に取り組んでいます。本報告では、文化財修理に欠かせない和紙の原料である楮(こうぞ)の栽培地および、楮繊維を得る際の煮熟(しゃじゅく)工程に用いる木灰使用の現地調査について紹介します。
令和7(2025)年6月9日~10日に奈良県吉野町と五條市の楮畑4か所を訪問しました。芽掻き(次々とでてくる脇芽を取り除きます。残した梢に栄養を集中させるなどの効果があります)という作業や、下草刈りなど手間のかかる作業が丁寧に行われている様子や、栽培における工夫や課題についてお話を伺いました。こうした栽培管理を担う人々は年々減少しており、原材料の安定供給の観点からも重要な課題です。
内皮に赤褐色の筋が生じる原因の解明(繊維に色がつかないようにこの赤筋を取り除く必要があり、その結果、使用可能な原料が減少してしまいます)や、以前は見かけなかった虫への対策など課題はつきません。
また、和紙にチリや着色があると文化財修理には適しませんが、今回訪れた福西正行氏、上窪良二氏の紙漉き工房では、楮や木灰を厳選するだけでなく、異物を一つひとつ刃物で切り取る繊細な工程(チリ切り)が重ねられていました。木灰から得られるアルカリ性溶液は楮の繊維を抽出するうえで不可欠ですが、良質な繊維を得るための灰の調達も難しくなりつつあります。今後は、和紙原材料間の相互作用や、様々な品種から得た木灰の特性を科学的に解明し、具体的な課題解決に向けた分析等を進めていきます。あわせて、専門家や関連分野の知見をつなぐネットワークのハブとしての機能を強化し、製作技術や工程の記録にも引き続き取り組んでいきます。