研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


沖縄県立博物館・美術館における調査

沖縄県立博物館・美術館における調査の様子

 文化財に使用された繊維には、大麻、からむし、葛、芭蕉などさまざまな種類のものがあります。活動報告平成29(2017)年5月(安永拓世、呉春筆「白梅図屛風」の史的位置―文化財情報資料部研究会の開催)でも紹介したとおり、近年では絵画の基底材としても、絹や紙以外の繊維が用いられていることがわかっています。しかし、織物になった状態では各繊維の特徴を見出すのが難しいこともあり、現段階では、明確な同定の方法が確立されてはいません。このような問題を解明するため、東京文化財研究所では、文化財情報資料部、保存科学研究センター、無形文化遺産部の各所員が連携して繊維の同定に関する調査研究を実施しています。
 そうした調査の一環として、平成31(2019)年1月22~23日、沖縄県立博物館において芭蕉布を素材に用いた書跡と染織品に関して、デジタルマイクロスコープによる繊維の三次元形状の測定を含む調査を行いました。
 芭蕉布は沖縄や奄美諸島由来の繊維であり、現在では重要無形文化財の指定を受けており、各個保持者として平良敏子氏が、保持団体として喜如嘉の芭蕉布保存会が認定されています。今回、調査した作品のうち、書跡は制作年が明らかな作品であり、染織品も着用者を推測できる作品です。調査をしてみると、すべて芭蕉布と考えられる作品にも関わらず、織密度や糸の加工方法が異なるため、生地の印象も質感も異なることが確認できました。
 この差異の理由が、沖縄、奄美群島内の地域差によるものであるか、用途の違いによるものであるかは判断が難しいですが、加工の違いにより、さまざまな芭蕉布が作られていたことが理解できました。
 繊維の正確な同定は、作品の最も基本的な情報であり、制作背景を考える上でも重要な要素です。また、現在の修理の検討や無形文化遺産の伝承のための基礎情報としても整理が必要な喫緊の課題と考えられます。
 今後も、生産地での技術調査と、美術館・博物館での作品調査を連動させながら繊維の同定にむけての調査を進めていきたいと思います。

「文化財修復の現状と諸問題に関する研究会」開催報告

総合討議中の様子

 近年、文化財に対する注目が増しており、活用も積極的に推進されています。それに伴い、修復対象とされる文化財も増加しており、その中で、従来の修復方法や修復に対する概念では対応できなくなってきている事例も多くなってきました。このような現状を踏まえ、平成30年(2018年)11月22日に、「文化財修復の現状と諸問題に関する研究会」を開催しました。今までの修理の概況に関して共有した上で、現在の修復の際に認識される問題点を文化財各分野の専門の先生方からご紹介頂きました。
 歴史資料のご専門の佐々木利和北海道大学客員教授からは、東京国立博物館、文化庁、国立民族学博物館と歴任されてきたご経験から「美術工芸品修理への思い」と題された、歴史資料の保存について、また民俗資料保存の問題点などについてご講演頂きました。文化庁地主智彦調査官からは、「近年の歴史資料修理の成果と課題」について、詳細な事例報告を含んだ現状のご報告を頂きました。東京国立近代美術館の北村仁美工芸室長からは、「文化財修復の現状と近年の問題点 〜「十二の鷹」を中心に〜」とのタイトルで、近年のご所蔵品の修復の詳細とその中における問題をご提起頂きました。京都府の中野慎之主任からは、修理にあたり、実際にどのような協議が行われ、どのような意思決定が必要かについてご報告頂きました。総合討議においてもたくさんのご質問を頂き、活発な質疑応答が行われました。総勢104名の方がご参加下さり、終了後のアンケートでも、文化財修復に関する大きな情報交流の場が今後も継続することを期待されていることが実感されました。本研究会の内容は、来年度報告書として刊行予定です。

「膠と修理 ー《序の舞》を守るー 展」開催報告

展示風景

 保存科学研究センターでは、修復に必要な材料の開発を行ってきています。そのような研究対象の一つとして膠があります。膠は古代から接着剤として用いられている材料で、動物のコラーゲンの分解物です。使用された動物の種類は文献に残る限り多岐にわたり、さらにその製造方法も様々な工夫が凝らされてきました。その一方で、材料・製造方法による膠の物性の差異については科学的にはほとんど明らかになっておらず、近年、ようやく研究が行われるようになりました。修復材料研究室では、これらのデータをもとに、修復材料としての膠の性質について研究を行ってきています。
 重要文化財「序の舞」を修復するにあたり、これらの成果をもとに膠の選定が行われ、特に胡粉の発色を妨げない膠を用いることにより、修復による変化をできる限り生じないような修復が可能となりました。
 この成果を平成30(2018)年10月14日〜19日の会期で東京藝術大学陳列館において「膠と修理 ー《序の舞》を守るー 展」として、東京藝術大学大学院保存科学研究室と共に主催展示いたしました。共催の膠文化研究会のご協力も得て、使用された膠の実資料、科学的データ、及び修復中に撮影された拡大画像を含む多数の画像を用いた展示となり、宇髙健太郎客員研究員によるギャラリートークも行われ、研究成果と文化財修復現場との関連について、広く理解を得られる貴重な機会となりました。

『科学的な材料とその使用方法の講習会』の開催

分子模型を用いた有機溶媒に関する講義
汚れ除去の実習風景

 装潢文化財(日本画・書跡等)の修理にあたっては、近年、自然科学的な知識が必要とされるようになってきています。平成30(2018)年7月31日-8月1日に修復技術者を対象に基礎知識の講義から実習形式までを含めた講習会を国宝修理装潢師連盟と共催で開催しました。基本的な実験器具・薬品の取り扱い方法のほか、有機溶剤や酵素等の特質を正しく理解し、より適切で安全な修復に活かすことを念頭にカリキュラムを組み、受講者が講義の内容を修復現場で実践できるよう、実用的な知識の習得を目的としました。今年度で3回目になります。
 参加者は、国宝修理装潢師連盟に加盟している技術者の方の計11名でした。
 保存科学研究センター長・佐野より「有機溶媒等の安全講習」について、生物化学研究室長・佐藤より「修理工房における文化財IPM」について、修復材料研究室長・早川から「接着剤や汚れ等の除去」についてそれぞれ講義を行いました。特に今年度は、適切な溶媒の選択のために、分子模型を使用した有機化学の講義を行い、二日目にその講義を踏まえて、実際に各種の汚損物質で汚された紙資料を用意し、適切な溶媒や酵素を使用して除去する実習を行いました。また、水で移動しやすい色材の上を一時的な保護材料としてシクロドデカンで保護する方法についても併せて実習で扱いました。実習には国宝修理装潢師連盟技師長・君島隆幸氏が講師として実技的な指導を行いました。
 議論や質疑応答も活発にあり、このような形の講習を今後も引き続き開催していく予定です。

『科学的な材料とその使用方法の講習会』の開催

佐野センター長による有機溶媒についての安全講習
君島技師長による汚れ除去の実習風景

 装潢文化財(日本画・書跡等)の修理にあたっては、近年、自然科学的な知識が必要とされるようになってきています。特に近年の修理現場で一般的となってきた薬品等の取り扱い方法と修理への応用について修復現場からのニーズが高く、平成29年8月8日-9日に修復技術者を対象に基礎知識の講義から実習形式までを含めた講習会を国宝修理装潢師連盟と共催で開催しました。基本的な実験器具・薬品の取り扱い方法のほか、有機溶剤や酵素等の特質を正しく理解し、より適切で安全な修復に活かすことを念頭にカリキュラムを組み、受講者が講義の内容を修復現場で実践できるよう、実用的な知識の習得を目的としました。
 参加者は、国宝修理装潢師連盟に加盟している各社より各1名の計11名でした。
 佐野センター長より「有機溶媒等の安全講習」について、佐藤室長より「修理工房における文化財IPM」について、早川から「接着剤や汚れ等の除去」についてそれぞれ講義し、その上で、実際に各種の汚損物質で汚された紙資料を用意し、適切な溶媒や酵素を使用して除去する実習を行いました。また、水で移動しやすい色材の上を一時的な保護材料としてシクロドデカンで保護する方法などについても併せて実習で扱いました。実習には国宝修理装潢師連盟の君島技師長が講師として、実技的な指導を行いました。
 議論や質疑応答も活発にあり、このような形の講習を今後も引き続き開催していく予定です。

キトラ古墳壁画展示のための作品搬送

作品搬送の様子

 東京文化財研究所では、平成16(2004)年2月のキトラ古墳の発掘調査以降、一貫して壁画の保存と修復に関わってきました。
 キトラ古墳壁画は平成16(2004)年の2月から行われた発掘調査で全容が明らかになり、同時に、すでに壁から浮き上がり、剥落が懸念される部分が多数あることも確認されました。その状況を踏まえて壁画全体を取り外して石室外で保存修復処置を行うことが決定されました。
 以来12年間が経過しましたが、その間に行われた保存修復処置は、石室内における壁画の維持管理、壁画の取り外し作業、取り外した壁画の再構成の三点の作業に分けられます。壁画の取り外しは6年以上にわたり、壁画の描かれている漆喰は1143片に分割されて取り出されました。その後、これらを壁面一枚ずつに再構成してきました。これらの作業は、東文研があらたな技術や手法を開発し、実際の適用は国宝装潢師連盟の技術者が担うという分担で行われてきています。
 今回、天文図の描かれた天井、朱雀のある南壁、白虎の描かれた西壁の3枚の再構成が終了し、修復処置が行われていた高松塚古墳壁画修理施設から、同じ明日香村村内「四神の館」の中の保存展示施設である「キトラ古墳壁画保存管理施設」に搬送されました。作業は8月24日と25日の二日間にわたり、梱包と搬送に1日、開梱に1日かけて行われました。新しい環境における作品の状況を搬送後も注意深く定期的に点検しています。「四神の館」は9月24日に開館し通年でオープンしており、この三点の壁画は10月23日まで公開されています。

英国文化財保存修復学会(ICON, The Institute of Conservation)での発表

講演風景
ポストワークショップ風景

 2015年4月8日から10日に、The Institute of Conservation(英国保存修復学会。通称ICON)のBook and Paper Groupにより学会「Adapt & Evolve: East Asian Materials and Techniques in Western Conservation(適合と発展: 西洋の文化財修復における東アジアの材料と技術)」が、ロンドン大学ブルネイギャラリーを主会場として開催されました。
 学会は、ロンドン市内にある関係諸機関の視察、会議(発表およびパネル質疑)、各種ワークショップからなる充実したものでした。増田勝彦名誉研究員(現、昭和女子大学教授)、早川典子主任研究員、加藤雅人国際情報研究室長が、国際研修「紙の保存と修復」(JPC)、在外日本古美術品保存修復協力事業、文化財修復材料の適用に関する調査研究などのプロジェクト成果に関連して報告を行いました。また、翌日に行われたポストワークショップでは、早川典子主任研究員と楠京子アソシエイトフェローが、日本の修復分野における伝統的な接着材について解説し、特にデンプン糊に関しては製法の実演と実技指導を行いました。
 主催者によれば世界各国から300名ほどの参加者があったとのことですが、質疑応答中の座長から会場への質問で30名以上がJPC修了者であることが判明し、さらにその他にも当研究所主催のワークショップ修了者も確認できたことから、当該分野における当研究所が担ってきた役割の大きさが伺えました。また、今後も日本から情報発信を続けるよう、多くの参加者から要望がありました。

修復材料の適用に関する調査研究

厳島神社における試験施工

 保存修復科学センターでは、文化財の修復材料に関する調査研究を行っています。修復材料は、建造物や美術工芸品など多岐にわたる分野で様々なものが必要とされており、それぞれに対応する材料の開発や評価をします。
 厳島神社でも、大鳥居の修復材料について調査研究を継続してきています。厳島神社は、海上にあるため、苛酷な温湿度環境に置かれ、かつ風雨に直接曝され、塩類の影響も勘案しなくてはならないなど、修復材料の選定には厳しい条件が必要となります。また、潮の満ち引きなどもあるため、施工時間も限定されます。修復材料の選定は、実験室における様々な条件の劣化促進試験と、現地における曝露試験との平行で行われています。
 昨年度までの研究調査において、充填材の仕様が確定し、その表面仕上げ材について現在検討中です。10月22日と23日に今までの成果をもとに、一部の材料の試験施工を行いました。今後は、経過観察を行いつつ、適切な材料選択が可能になるよう調査を継続する予定です。

厳島神社における修理材料の選定試験

平舞台下に曝露中の試験体

 保存修復科学センターでは、厳島神社大鳥居の修復材料について研究を行っています。高温・高湿、水への浸漬、塩類の存在など過酷な条件のそろう臨海環境下で用いることのできる材料を選定し、現在、室内での強制劣化試験と現地での曝露試験を行っています。2010年の6月に現地曝露を開始し、現在、2ヶ月おきに試験体の含水率測定と劣化状態観察を行っています。今後も同じように試験を続行し、2011年度には強度試験等により劣化状況の確認を行う予定です。併せて、室内での強制劣化試験では紫外線照射試験と冷熱繰り返し試験を行っており、2011年度には塩水噴霧試験も行う予定です。

キトラ古墳の壁面取り外し作業終了

すべての漆喰壁が取り外された石室内

 保存修復科学センターでは文化庁からの受託事業「特別史跡キトラ古墳保存対策等調査業務」の一環としてキトラ古墳壁画の取外しを行ってきました。昨年度より春と秋に集中的な取り外し作業を行っており、来年度の春期取り外しでの終了を目標にしてきましたが、予定より早く今期(2010年度秋)に石室内のすべての漆喰を取り外すことができました。東文研における機械・道具・材料の開発や改良と技術者の方達の作業への熟練により、迅速な作業を行うことができました。2004年の青龍の取り外しから始まった一連のキトラ古墳壁画保存事業は、これにて石室内の作業は終了し、以降、保存施設における壁画の修復処置に移行します。

保存修復科学センター

キクイムシやフナクイムシによる被害状況

 保存修復科学センターでは、「周辺環境が文化財に及ぼす影響評価とその対策に関する研究」プロジェクトの中で、木造建造物の劣化状況についても調査を行っています。屋外の環境にさらされる木造建造物の中でも、特に広島県廿日市市宮島町にある厳島神社は、厳しい気候や海水の影響など過酷な条件のもとに存在しています。強い紫外線や風や雨の影響、海水の存在や波による影響、また、海中のキクイムシやフナクイムシなどの被害も甚大です。現在、このような状況で木材の劣化を軽減する方法や、劣化した木材の修復方法や修復材料などについて、研究中です。そのために、強度試験や硬化試験などの物性試験や、現地での様々な形態での曝露試験を行って最適な手法を検討中です。このような調査によって得られた成果は、他の木造建造物にも活用することが期待されています。

キトラ古墳の漆喰集中取り外し作業終了

側壁における取り外し作業
取り外した漆喰片

 保存修復科学センターでは文化庁からの受託事業「特別史跡キトラ古墳保存対策等調査業務」の一環としてキトラ古墳壁画の取外しを行っています。5月に行った今年度第一回の集中取り外しをふまえ、秋の集中取り外しは10月19日〜11月6日までと11月16日〜12月4日の日程で、間に1週間をはさみ、3週間ずつ二度に分けて行いました。前回よりも長期にわたったものの、3週間ずつ行ったことで、取り外しを効率よく進捗させることができました。今回の作業で天井のすべての漆喰が取り外され、2年ぶりに周囲の側壁の漆喰取り外し作業を再開することができました。今後は、紫外線照射による微生物の制御を行いつつ、定期的に点検を行い、来年度に再び集中取り外しを行う予定です。

第5回国際研修「漆の保存と修復」の開催

参加者の発表
漆掻きや漆に関する民俗資料の調査

 9月10日より1週間にわたり第5回国際研修「漆の保存と修復」を開催しました。この国際研修はローマに本部のあるICCROMと共同事業であり、隔年で漆と紙を取り上げています。今年度は漆の第5回目にあたるため、例年の研修とは異なり、過去の参加者による評価セミナーとして開催しました。最初の2日間で11名の参加者全員に本研修で学んだことを現在どのように活用しているかについて発表してもらい、後半の3日間で漆への理解をさらに深めるためのスタディーツアーを行いました。過去の研修で3週間にわたり学んだ実技や講習を各国での漆文化財の保存修復に様々な形で活かしている事例が発表され、多様な情報の交換が行われたことは、参加者だけでなく今後の研修を行っていく上でも非常に有意義であったと考えられます。

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