研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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「〝千円札裁判〟へ ブツ・法廷・行為 第一回公判」(千円札事件懇談会事務局、1966年)東京文化財研究所所蔵
研究会の様子
1月31日、文化財情報資料部研究会にて、「赤瀬川原平による《模型千円札》理論の形成に関する予備的研究」と題し、客員研究員の河合大介氏による発表が行われました。
赤瀬川原平(1937-2014)は、前衛美術、漫画・イラスト、小説・エッセイ、写真といった多彩な活動を展開した芸術家です。河合氏の発表では、1963年に千円札の図様を印刷した作品を制作したことに端を発する一連の「千円札裁判」が結審するまでの期間に発表された、赤瀬川自身による著述の分析を中心に、赤瀬川の「模型」という概念がどのように形成されていったかに迫るものでした。河合氏は、起訴容疑の「通貨及証券模造取締法」違反にみられる「模造」に対して、「模型」という概念を赤瀬川が持ち出すことで、自らの制作物を芸術作品として歴史的・理論的に正当化しようとする試みがなされたことを示し、後年の執筆・制作活動においても「模型」概念に含意されている特徴を見て取れると指摘しました。
研究会にはコメンテーターとして、水沼啓和氏(千葉市美術館)にご参加いただき、「千円札裁判」に関わる作家などの「芸術」という概念の相違、あるいはリレーショナル・アートとしてみる「千円札裁判」などの観点から所見をいただき、活発な意見交換が行われました。
1月12日に文化財情報資料部月例の研究会が、下記の発表者とタイトルにより開催されました。
- 小山田智寛(当部研究補佐員)「WordPressを利用した動的ウェブサイトの構築と効果:ウェブ版「物故者記事」および「美術界年史(彙報)」を事例として」
- 田所泰(当部アソシエイトフェロー)「栗原玉葉の画業におけるキリスト教画題作品の意義」
小山田の発表は、当研究所ウェブサイトの改良実績に関する報告でした。当研究所では日本での美術界の動向をまとめたデータブックである『日本美術年鑑』を昭和11(1936)年より刊行してきましたが、一方で編集にあたり蓄積された展覧会や文献等のデータをウェブ上でも利用できるよう公開しています。なかでも、その年の美術界の出来事をまとめた「美術界年史(彙報)」と、亡くなった美術関係者の略歴を記した「物故者記事」について、平成26(2014)年4月よりソフトウェアWordPressを利用したデータベースとしてリニューアル公開することで、アクセス件数が大幅に増加しました。本発表では、そのリニューアル前後の公開形式を比較しつつ、新たな機能がもたらした効果について具体的な解析結果に基づき報告されました。
田所は、大正期に東京で女性画家として活躍した栗原玉葉(1883~1922年)の画業に関する発表を行ないました。玉葉は大正7(1918)年から9年にかけて、集中的にキリスト教画題の作品を描いています。なかでも大正7年の第12回文展へ出品し、玉葉の代表作とされる《朝妻桜》は、禁教令下の江戸時代、吉原の遊女・朝妻がキリスト教を信仰した廉で捕らえられ、その最期の願いにより満開の桜花の下で刑に処されたという話を絵画化した作品です。発表では、《朝妻桜》の制作意図や玉葉の画業における位置づけについて検討し、さらに玉葉にとってキリスト教画題がどのような意義をもつものであったのか考察を深めました。なお栗原玉葉の画業全体については、すでに田所による論考「栗原玉葉に関する基礎研究」が『美術研究』420号(2016年12月刊)に掲載されていますので、そちらをご参照ください。
公開学術講座の様子
平成29(2017)年1月18日(水)に文化学園服飾博物館との共催で第11回東京文化財研究所無形文化遺産部公開学術講座「麻のきもの・絹のきもの」を開催しました。本講座では、我が国の染織を語る上では欠くことのできない「麻」と「絹」に焦点を当て、現在における麻と絹を取り巻く社会的環境の変化や技術伝承の試み、そして、受け継ぐ意義について、各産地で活動をされている方などから報告いただきました。
麻については、昭和村からむし生産技術保存協会の舟木由貴子氏より「からむしの技術伝承―昭和村での取り組み―」、そして東吾妻町教育委員会の吉田智哉より「大麻の技術伝承 ―岩島での取り組み―」を報告いただき、植物としての麻を栽培する技術や植物から繊維を取り出す技術の重要性と伝承の難しさについて産地からの声を届けました。一方、絹に関しては岡谷蚕糸博物館の林久美子氏より近代化を支えた絹の技術革新と、その活動を残す意義についてご報告いただきました。
その後、無形文化遺産部の客員研究員である菊池健策氏による講演「民俗における 麻のきもの・絹のきもの」、文化学園服飾博物館の吉村紅花学芸員による展覧会解説「展覧会 『麻のきもの・絹のきもの』の企画を通じてみた麻と絹の現状」の後、文化学園服飾博物館で開催されている「麻のきもの・絹のきもの」の見学会を行いました。
麻のきものや絹のきものを取り巻く文化の継承には、その原材料である麻や絹そのものの技術が欠かせません。本講座を通じて、現在、麻も絹も伝承に多くの課題を持っていることを知っていただき、着物を作る技術だけでなく、その原材料である糸を作る技術の保護の重要性についての関心が高まればと思います。
今後も無形文化遺産部では伝統技術を取り巻くさまざまな問題について議論できる場を設けていきます。
ワークショップの様子
東京文化財研究所ではこれまで15年以上にわたり、アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)との間で、共同研究や人材育成研修の実施等、様々な協力活動を行ってきました。この間、一貫してそのフィールドとなってきたのがアンコール遺跡群のタネイ寺院遺跡です。平成29(2017)年1月26‐28日の3日間にわたり、同遺跡に関する保存管理整備計画作りを支援するため、現地ワークショップを開催しました。
本ワークショップには、APSARA機構のRos Borath副総裁をはじめ、遺跡保存、観光、森林、水利の各課から計約20名のスタッフが参加しました。初日はAPSARA本部にて遺跡保存管理の基本的な考え方や計画策定の手順等に関するレクチャーを行い、2日目はタネイ遺跡および周辺における現況確認調査、3日目は再び室内に戻って計画の基本方針と保存整備事業の方向性に関する検討作業を行いました。
タネイ遺跡は、観光客で賑わう世界遺産アンコールのコアゾーン内にある主要遺跡の一つでありながら、鬱蒼とした密林に囲まれた廃墟の様相を今日も色濃く留めています。ワークショップでの議論の結果、このような景観をできるだけ維持しながら安全に遺跡を見学できるようにすること、遺跡へのアクセスを本来の経路に復するとともに来訪者が周辺遺跡との関係性を体感的に理解できるようにすること、など大きな方針について合意し、今後も関係各課が連携しながら、考古発掘等の調査も含めた具体的な事業内容の検討を着実に進めていくことで一致しました。本事業はカンボジア側主体で行われる遺跡保存整備のパイロットモデルとしても位置付けられており、このような作業が適切かつ円滑に進められるよう、本研究所としても必要な技術的支援を継続していきます。
㈱東京美術倶楽部淺木会長(中央)と亀井所長(右)
㈱東京美術倶楽部三谷社長(左)と亀井所長(中央)
東京美術商協同組合(中村純理事長)より東京文化財研究所における研究成果の公表(出版事業)の助成を、また、株式会社東京美術倶楽部(三谷忠彦代表取締役社長)より東京文化財研究所における研究事業の助成を目的として、それぞれ寄附金のお申し出があり、11月30日に東京文化財研究所の口座にお振込みいただきました。
ご寄附をいただいたことに対して、株式会社東京美術倶楽部淺木正勝代表取締役会長及び三谷忠彦代表取締役社長にそれぞれ、亀井所長から感謝状を贈呈しました。東京美術商協同組合中村純理事長は、御都合により同席できなかったため淺木会長に中村理事長に代わって宛感謝状をお受け取りいただいております。
当研究所の事業にご理解を賜りご寄附をいただいたことは、当研究所にとって大変ありがたいことであり、今後の研究所の事業に役立てたいと思っております。
説明を受ける共立女子大学および、Metropolitan Museum of Artの方々
共立女子大学家政学部 2名
共立女子大学において染織品保存修復論・博物館実習などを教えており、見学が今後の学生教育にとって、非常に参考になるため、また、Kristine Kamiyama氏は、Metropolitan Museum of Artにおいて染織品の修復に携わっており、見学が今後の仕事に非常に参考になるため来訪。資料閲覧室、実演記録室、分析科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
明治28年4月5日付、黒田清輝宛山本芳翠書簡より
清国から犬一匹と水仙一鉢を持ち帰った芳翠自身の姿が描かれています。
当研究所はその創設に深く関わった洋画家、黒田清輝(1866~1924年)宛の書簡を多数所蔵しています。黒田をめぐる人的ネットワークをうかがう重要な資料として、文化財情報資料部では所外の研究者のご協力をあおぎながら、その翻刻と研究を進めていますが、その一環として12月8日の部内研究会では、福井県立美術館の椎野晃史氏に「黒田清輝宛山本芳翠書簡―翻刻と解題」と題して研究発表をしていただきました。
明治前期を代表する洋画家の山本芳翠(1850~1906年)は、フランス留学中、法律家を志していた黒田に洋画家になることを薦めた人物として知られています。帰国後も自分の経営していた画塾生巧館を黒田に譲り、また黒田の主宰する白馬会に参加するなど、その親交は続きました。当研究所にはそうした日本での交遊のあとを示す、14通の黒田宛芳翠の書簡が残されています。うち9通は明治28(1895)年の消印があり、ともに画家として従軍した日清戦争から帰国した直後の制作活動や、黒田が第4回内国勧業博覧会に出品して裸体画論争を引き起こした《朝妝》についての所感が記されています。なかには清国から帰国したばかりの芳翠自らの姿を描きとめるなど、ほほ笑ましいものもあります。在仏中にパリの社交界を沸かせるほどの快活な性格で知られる芳翠の、帰国後の心性がうかがえる、注目すべき一次資料といえるでしょう。研究会では、ひと回り以上年下ながら洋画界のトップに登り詰めた黒田清輝と芳翠の画壇での立ち位置にも話が及び、その胸中に思いを致すこととなりました。
12月9日に第11回無形民俗文化財研究協議会が開催され、「無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート」をテーマに、4名の発表者と2名のコメンテーターによる報告・討議が行われました。
2011年の東日本大震災をはじめ、近年多発する自然災害により多くの無形文化遺産が被災し、消滅の危機に晒されています。地震や津波、異常気象による豪雨、土砂災害など、大きな災害はいまや全国どこでも起こり得ます。文化財に対する防災意識が高まりつつも、無形文化遺産に関してはほとんど取り上げられていないのが現状です。そこで本協議会では、災害から無形文化遺産を守るためにどのような備えが必要になるのか、また、被災してしまった後にどのようなサポートができるのかについて、課題や取り組みを共有し、協議を行いました。
第一の事例として岩手から東日本大震災における無形文化遺産の被災状況と復興過程について、第二の事例として愛媛から南海トラフ地震に関する地域災害史の調査や防災・減災体制のためのネットワークの構築についての発表がありました。続いて具体的な事例として、和歌山から仏像の盗難対策として行われた文化財の複製について、最後の事例には祭礼具の補修・復元のために必要な記録の取り方についての報告がありました。その後の総合討議では、阪神淡路大震災を経験した関西地域での取り組みについて、また海外の事例なども踏まえコメントがあり、それらをもとに、ネットワーク形成の必要性やリスクマネジメントに携わる行政的課題について議論されました。
なお、本協議会の内容は2017年3月に報告書として刊行し、刊行後は無形文化遺産部のwebサイトでも公開する予定です。
応用編における素材見本帖作製実習
応用編における琉球加飾技法実習
文化遺産国際協力センターは、国際研修事業の一環として本ワークショップを毎年開催しています。海外の美術館や博物館に所蔵されている漆工品はコレクションの重要な一部を構成しており、これらの作品を取扱うための知識や技術が必要とされています。本ワークショップでは、素材や技法の理解を通じて文化財の保存修復に寄与することを目指しています。
今年度は平成28(2016)年11月30日~12月3日に応用編「漆工品の調査と保存・展示環境」を、12月6日~10日に応用編「呂色上げと加飾技法」をケルン市博物館東洋美術館にて実施しました。いずれも専門性をより追求した内容としてリニューアルし、世界各国より修復技術者が参加しました。前者のワークショップでは漆工品の保存と展示環境に関する講義、そして東洋美術館館長による収蔵庫見学に続き、実習では所蔵作品の調査を行いました。また、木地、漆、下地等の様々な素材に触れながら見本帖を製作しました。後者のワークショップでは沖縄県立芸術大学より琉球漆芸の専門家を講師に迎え、その歴史や技法についての講義のほか、実習では代表的な加飾技法を体験しました。また、漆塗りの最終段階である「呂色上げ」の実習を通じ、漆工品の塗り工程が理解できるように努めました。
今後も受講生や関係者の意見・要望を採用しつつ、漆工品の保存修復に貢献し得るプログラムを構成し、ワークショップの開催を継続していく予定です。
説明を受ける乃村工藝社社員の方々
株式会社乃村工藝社 20名
11月7日、「文化財資料」に対する正しい知識を習得し、美術館・博物館施設に於ける文化財資料の環境保全展示に貢献するために来訪。セミナー室で説明を受けた後に資料閲覧室、分析科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
説明を受ける文化庁美術工芸品修理技術者講習会受講生の方々
文化庁美術工芸品修理技術者講習会 34名
11月17日、わが国における文化財研究のナショナルセンターである東京文化財研究所を見学することはきわめて有益であると考えるために来訪。地下会議室で説明を受けた後に実演記録室、物理実験室等を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
講演会の様子
文化財情報資料部では、11月4、5日の二日間にかけて、オープンレクチャーを東京文化財研究所セミナー室において開催しました。今年は第50回目の節目を迎えました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、外部講師を交えながら、当所研究員がその日頃の研究成果を講演の形をとって発表するものです。この行事は、台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の「講演会シリーズ」一環でもあり、同時に11月1日の「古典の日」にも関連させた行事でもあります。
本年は4日に、「ドキュメンテーション活動とアーカイブズ―『日本美術年鑑』をめぐる資料群とその発信につて」(文化財情報資料部研究員・橘川英規)、「よみがえるオオカミ―飯舘村山津見神社・天井絵の復元をめぐって」(福島県立美術館学芸員・増渕鏡子)、5日に「かたちを伝える技術―展覧会の裏側へようこそ」(文化財情報資料部長・佐野千絵)、「記憶するかたち、見つけるかたち―“文化財”の意味と価値」(保存科学研究センター長・岡田健)の4題の講演が行われました。両日合わせて一般159名の参加を見、好評を博しました。
JAL(Japanese Art Librarian) プロジェクトは、東京国立近代美術館が中心となって文化庁から補助金を得、海外で日本美術資料を扱う専門家(図書館員、アーキビストなど)を日本に招へいして、日本の美術情報資料や関連情報提供サービスのあり方を再考することなどを目的とし、一昨年度からスタートした事業です。
日本に招へいした資料専門家9名は、平成28(2016)年11月27日から12月10日まで、東京、京都、奈良にある関連機関で視察をしていただきました。当研究所の視察は11月30日に実施し、資料閲覧室などで図書資料、作品調査写真、近現代美術家ファイル、売立目録に関する資料・プロジェクトを紹介し、インターネットでの情報提供の説明を行いました。さらに、当研究所研究員、国内関連機関関係者との情報交換、研究交流を行いました。研修最終日となった12月9日に、東京国立近代美術館講堂で公開ワークショップを開催し、招へい者から日本美術情報発信に対する提言が行われました。文化財情報の国際的な発信のあり方について再検討するよい契機となりました。
当研究所からは副所長・山梨絵美子が実行委員を委嘱され、招へいを前に、アメリカ・ピッツバーグ大学で大学院生向けの日本美術情報に関するセミナーを行いました。また、今年度をもって3年間のプロジェクトが終了することもあり、これまでに挙げられた提言に対する応答として、平成29(2017)年2月3日に「アンサー・シンポジウム」(http://www.momat.go.jp/am/visit/library/jal2016/)が行われる予定です。
会場の様子
11月13日に国立民族学博物館主催「文化遺産の継承と発展 郷土芸能復興支援メッセ――みんなで語り、みんなで継なごう」が大船渡市立三陸公民館大ホールで開催されました。
被災した芸能団体や支援者・行政・研究者が一堂に会し、これまでの歩みや事前対策、支援を受けるノウハウ、道具・衣装の保全について情報交換が行われました。
無形文化遺産部では、東日本大震災以後、複数の協働団体と共に運営してきた「311復興支援・無形文化遺産情報ネットワーク」および無形文化遺産の防災に関するポスター展示を行いました。
支援が減少するなかで、被災した郷土芸能の活動は厳しい状況が続いております。被災した芸能団体や支援者・行政・研究者を横断し、被災した芸能の実情や支援の課題を、現地で顔を合わせて共有するこうした催しはこれまで開催の機会がありませんでした。こうした「緩やかなネットワーク」を形成する機会を重ねていくことが、まさに今後求められる無形文化遺産の防災ではないでしょうか。
FIT
設置作業風景
保存科学研究センターでは、歴史的木造建築物の新たな殺虫処理方法のひとつとして、木材や彩色に影響を与えないように含水率を一定に保ったまま加温し、建物内部や柱、梁など部材の内部を穿孔食害する害虫を駆除するという「温風処理法」についての基礎研究を進めています。
このような研究においては、殺虫処理の効果を評価するために実際に加害している害虫を用いることが理想です。しかし、安定して害虫を用意するには、効率良く生きた害虫を集める方法を見出すか、人工飼育を確立することが必要です。本研究はそのための害虫捕獲の方法を検討するものです。
一般的な飛翔性昆虫捕獲用粘着トラップは、捕獲された害虫には粘着物質が付着するため生きたまま捕獲することは困難です。そこで私達はフライト・インターセプション・トラップ(FIT)という方法を応用して害虫の捕獲調査を行いました。FITは、飛翔してくる昆虫が障害物にぶつかると、翅や脚を縮めて落下する性質を利用したもので、透明な衝突板とその下部に捕獲容器を設けた構造をしています。
今年度、日光山内の社寺において、FITによって害虫捕獲調査を行ったところ、目的とした害虫(主にシバンムシ類)を生きたまま捕獲することに成功しました。生きたまま害虫を捕獲できることは、生態や生活史の解明の糸口となり、人工飼育に繋がる可能性もあります。
こうした基礎研究を積み重ねることは、歴史的木造建築物の新たな殺虫処理方法の開発を支える基盤として重要であると考えています。
意見交換会の様子
教会壁画の視察調査
文化遺産国際協力センターでは10月29日から11月14日にかけて、トルコ共和国における壁画の保存管理体制に関する意見交換会と視察調査を行いました。意見交換会は、トルコ国内の壁画保存に係わる行政担当者、保存修復専門家、教育関係者、大学生を対象に、アンカラの文化観光省およびガーズィ大学芸術学部、カッパドキアのアルゴスホテルの3つの会場で実施しました。本センターが計画中のカッパドキア岩窟教会群壁画の保存管理に関する研修事業についてのプレゼンテーションを通じ、参加者の皆さんのニーズを直接伺うことで、今後の事業構築のために役立つ貴重な情報を得ることができました。
また、視察調査としては、ネヴシェヒル保存修復センターおよびガーズィ大学芸術学部保存修復学科のご協力の下、カッパドキアのギョレメ地区周辺に点在する岩窟教会のほか、ウフララ渓谷の岩窟教会、チャタルホユック、アンタルヤ考古学博物館、デムレの聖ニコラス教会、エフェソス遺跡等をまわり、トルコ共和国における様々な壁画に対する維持管理の現状について理解を深めることができました。今後も同様の調査を継続的に実施し、改善点や新たな課題を見出しながら、今後の事業につなげていく予定です。
水嚢を用いた糊漉しの実演
2016年11月9日から25日に、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)のLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環である『Paper Conservation in Latin America Meeting with the East』が、メキシコ文化省に属するCNCPC(国立文化遺産保存修復機関、メキシコシティ)において開催され、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、エルサルバドル、グアテマラ、メキシコ、パラグアイ、ペルーの8カ国から11名の文化財修復の専門家が参加しました。
当研究所はCNCPC、ICCROMと共催で研修前半(9日-17日)を担当し、当研究所の研究員と国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に、講義と実習を実施しました。日本の修復技術を海外の文化財へ応用することを目標に、日本の保護制度や修復の為の道具や材料を講義し、その文化や特性に対する理解を深める実習を行いました。実習は当研究所で数ヶ月間装こう修理技術を学んだCNCPCの職員と共に遂行しました。
研修後半(18日-25日)は西洋の保存修復への和紙の応用を主題に、メキシコとスペイン、アルゼンチンの文化財修復の専門家が講師を担当しました。中南米での紙文化財の保存修復が欧米に及んでいないことから、材料の選定方法や洋紙修復分野への応用について講義と実習を行いました。研修担当の専門家らは過去の当研究所の国際研修へ参加しており、国際研修を通じた技術交流が海外の文化財保護に貢献していることを改めて確認することができました。
文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業では、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。今回(11月20日〜12月6日)は、外部専門家や東京大学、香川大学、首都大学東京の学生も含めて16名の派遣を行ないました。
本派遣による現地調査実施分野は、建築史、構造学、都市計画等多岐にわたりますが、ここでは特に、11月30日に開催した「カトマンズ盆地における歴史的集落の保全に関する会議」について報告します。
カトマンズ盆地内に点在する歴史的集落の多くが2015年4月のゴルカ地震により被災し、その復興は現在も様々な困難に直面しています。その一つとして、そもそも歴史的集落を文化遺産として保全するための体制が十分に整っていないために歴史的集落の文化的価値を保ち、活かす方向には必ずしも進んでいないという状況があります。これを受けて復興庁や考古局をはじめとするネパール政府関係機関も歴史的集落保全制度の創設に向けて取り組んでいますが、保全の実現には歴史的集落を所管する地方行政の果たすべき役割が大きい一方で、予算や人材の不足等から有効な政策立案を行えていないことがわかってきました。
そこで今回、世界遺産暫定リストに記載されたカトマンズ盆地内の歴史的集落を管轄する4市に世界遺産に既に登録された歴史的市街を有するバクタプルとラリトプルの2市を加えた6市に呼びかけて、各々の取り組み状況や課題について共有するとともに、日本の歴史的町並み保全制度についても情報提供する場としての会議を共催しました。
中央政府・地方行政・地元住民の各者が協調して取り組む必要性等をめぐって活発な議論が行われ、参加した各市の担当者は本会議の意義に強く賛同して、今後も継続的に連携していくことが合意されました。本会議が相互協力関係構築の大きな足がかりとなったことを喜ぶとともに、引き続き効果的な支援を行っていきたいと考えています。
8月24日にミャンマー中部を震源とするM6.8の地震が発生し、同国を代表する文化遺産であるバガン遺跡群に甚大な被害が生じました。バガン遺跡群には主に11~13世紀に建立された煉瓦造の仏塔や祠堂が3000件以上残存していますが、ミャンマー宗教・文化省考古・国立博物館局によると、そのうち389件に損傷が認められます(10月末時点)。
当研究所では9月に先遣調査団を派遣したのに続き、文化庁から緊急支援のための事業委託を受けて、貴重な文化遺産の被災状況を把握することを目的に10月26日から11月10日にかけて計8名(文化財保存、建造物修理、建築構造、測量)の専門家を現地に派遣しました。今回は主に、歴史的建造物の被災状況、被災建造物の構造学的分析、緊急的保護対策の状況、被災状況の記録分析の四つの観点から調査を行いました。
バガン遺跡群は1975年にも震災を受けており、その後多くの建造物が修復・再建されましたが、本調査の結果、今回の地震による破損の多くが、建造物上部の塔などその時に再建された部分、あるいは新補部分と旧来部分の境界付近に集中していることが確認されました。また、経年によってヴォールトや壁体、基壇などに生じた変形や亀裂も、今回の地震により深刻化したと考えられます。一方、現地当局の指導下に地元住民やボランティアの活動が活発であったこともあり、緊急的な保護対策はかなり迅速に進行している模様です。
今後の復旧に向けて、破損の原因とメカニズムを明らかにするためにさらなる調査を行うとともに、構造補強の方法、伝統技術と近代技術の調和、崩壊した部分を再建することの妥当性など、地震多発域における煉瓦造建築遺産の保存に共通する技術的・理念的な諸課題についても検討する必要があります。
ISによって破壊されたパルミラ博物館の収蔵品(ロバート・ズコウスキー氏提供)
中東のシリアでは、2011年3月に起きた大規模な民衆化要求運動を契機に内線状態へと突入し、すでに5年の月日が経過しています。シリア国内での死者は25万人を超え、480万人以上が難民となり国外へ逃れています。
シリア内戦下では、貴重な文化遺産も被災し、国際的に大きなニュースとして報道されています。とくに昨年8月から10月にかけて起きたIS(自称『イスラム国』)による世界遺産パルミラ遺跡の破壊は、日本国内でも大々的に報道され注目を集めました。
東京文化財研究所は、文化庁、奈良文化財研究所、公益財団法人アジア文化センター文化遺産保護協力事務所と共催で、11月20日と11月23日に東京国立博物館および東大寺金鐘ホールにて、シンポジウム『シリア内戦と文化遺産―世界遺産パルミラ遺跡の現状と復興に向けた国際支援―』を開催しました。
パルミラ遺跡は2015年5月からISによって実効支配されていましたが、2016年3月にシリア政府軍が奪還、4月にポーランド人研究者やシリア人研究者がパルミラ遺跡に入り現地調査を行いました。彼らは、パルミラ遺跡とパルミラ博物館の被災状況を記録したほか、被災した博物館の収蔵品に対し応急処置を施し、ダマスカスまで緊急移送を行いました。
今回のシンポジウムでは、現地で生々しい状況を目にしたポーランド人研究者やシリア人研究者のほか、国内外の専門家やユネスコ職員が一同に会し、パルミラ遺跡を含む被災したシリアの文化遺産の復興に向けてどのような支援が効果的なのか、討議を行いました。