「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その10)


昨年度より引き続き、標記事業を文化庁より受託してネパールへの技術支援を実施しています。本年は既に2・3・4・5月にそれぞれ現地調査ミッションを派遣しました。
カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建造物群の修復に関しては、これまでに仕上げ塗層を剥離し終えた内壁の煉瓦積み面を対象に、詳細な仕様や改造痕跡等の調査を行いました。一見同じような煉瓦積みでも年代によって材質や寸法、工法等が異なり、壁体や開口部を改変した箇所にはその痕跡が遺されています。上部から崩落した瓦礫等で塞がれていた亀裂部も清掃して観察を行った結果、17世紀の創建以来度々加えられてきた各種の増改築の履歴を辿る手掛かりを数多く得ることができました。また、この過程で未知の壁画の存在が明らかになるなど、今後の調査でさらに解明すべきテーマも増えつつあります。王宮内でも特に重要な建物として後世の改築部でも非常に手の込んだ仕事がされていることや、過去の歴史を知るための物的証拠としての価値の高さについてもさらに認識を深めているところです。
JICA派遣専門家のもとで修復工事に向けた準備が進められており、そのための具体的な工法検討やネパール側関係機関との協議等にも協力しています。手続き面での様々な困難からまだ着工に至っていない現状ですが、上記のような文化遺産としての価値を最大限に保存できるようにチーム一丸となって努力していきたいと思います。
他方、カトマンズ盆地内の歴史的集落保全に関する協力も継続しています。平成30(2018)年5月には、歴史的街区や集落を所管する各市行政の担当者が集まるワークショップを世界遺産暫定リスト記載ながら地震で甚大な被害を受けたサンクー集落で開催しました。歴史的水路網の保全をテーマに、6市からの参加者が都市計画の専門家を交えて各市における現状や課題を議論し、6項目の提言をまとめました。この成果は今回参加が叶わなかった市の関係者にも共有される予定で、各歴史的集落の保全にとっての一助となることが期待されます。
「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その9)


文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの技術支援を行っています。2017年12月23日〜29日に5名をカトマンズに派遣しました。
本派遣の主な目的は、「カトマンズ盆地内の歴史的集落保全に関する市長フォーラム」への協力です。世界遺産暫定リスト記載の歴史的集落を有するパナウティ市がホストとなり同市役所で開催された本フォーラムには、カトマンズ盆地内とパナウティ市周辺に所在する16市から13市の市長または副市長をはじめ約100名の参加がありました。東京文化財研究所は2016年より、世界遺産および同暫定リスト記載の歴史的街区や集落を所管する各市の専門官(技術者)達に対するワークショップや研修等の支援を続けており、彼らのレベルでは既に市を跨いだ連携が生まれていました。今回のフォーラムでは対象をさらに拡げてカトマンズ盆地全体の歴史的集落を管轄する市のネットワーク(連携協議体)づくりの必要性が市長レベルで共有されました。また、本協力事業の枠組みで実施中のカトマンズ盆地の歴史的集落の調査について東京大学の西村幸夫教授より、日本の伝統的建造物群保存地区制度について文化庁の熊本達哉文化戦略官よりそれぞれ講演いただき、現状における課題点や行政相互の連携のあり方も含めた歴史的集落保全の手法を参加者へ伝えることができました。
カトマンズ盆地の歴史的集落保全体制を確立するためには様々な関係者による多大な努力が必要ですが、今後は上記ネットワークを通じて私たちの調査成果の反映や技術支援をより広く、効果的に行うことができるようになるものと期待しています。
金沢大学における特別講義の実施

11月24日、東京文化財研究所のアソシエイトフェロー3名は、金沢大学国際文化資源学研究センター文化資源学フォーラムにて特別講義を行いました。平成26(2014)年より、東京文化財研究所と金沢大学は文化資源学分野における研究協力協定を締結しており、これまでも当研究所職員により、文化財保護の専門家を育成する金沢大学のリーディング大学院「文化資源マネージャー養成プログラム」の研修や現地調査等への協力をしてきました。
当日の特別講義の内容はアソシエイトフェローの専門分野や当研究所での活動や関するもので、発表順に「文化財科学入門」(増渕麻里耶)、「地震によって被災したネパール文化遺産の復興へ向けた取り組み」(山田大樹)、「文化財保護法の成り立ちとその特徴」(境野飛鳥)の3講義を行いました。講義への学生の関心は高く、講義後には受講した学生から活発な質問を受けました。
本講義を通して、文化財保護の専門家を目指す学生の教育プログラムに寄与できたことを嬉しく思うとともに、学生への講義の機会が少ない当研究所職員にとっても貴重な機会となりました。今後も職員個々の専門分野を活かして、金沢大学等の学術機関とのさらなる交流を続けていく予定です。
「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その8)


文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの派遣を行っています。10月29日〜11月10日に6名が、11月20日〜26日に2名がそれぞれ現地調査を実施しました。
まず、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物群の現状記録および修復計画作成のための詳細実測作業を6月調査に続いて行い、これと並行して東京大学生産技術研究所を中心とする構造班が3Dスキャンによる測量も行いました。同王宮内には宗教的理由から外国人の立ち入りが禁止されているエリアもあるため、測量機器の使用法を現地考古局職員に指導し、彼らと協力しながら作業を実施しました。立入制限は調査実施上の制約ではありますが、その反面で技術移転を促進する契機ともなっているように感じます。
次に、既に調査を終えた内壁面仕上げの塗膜を剥がし、下地の煉瓦壁の仕様や状態を確認する作業を開始しました。この調査は煉瓦壁の破損状況を的確に把握するために必要なだけでなく、建物の変遷を解明する上でも大きな手がかりとなります。特に損傷が激しい等の理由から今後の修復の中で解体が想定される箇所については、歴史的証拠を調査記録する最後の機会となるかもしれないため、慎重の上にも慎重な観察が求められます。
さらに、修復工事の過程で対象範囲に隣接する建物への影響がないかを継続的にモニタリングするため、変位計測用のターゲットおよび壁面傾斜の定点観測用ガラスプレートを各所に設置し、その初期値を計測しました。
一方、6月に同王宮内シヴァ寺周辺で行った発掘調査で出土した遺物の整理作業も実施し、併せて考古局職員に整理手法について指導助言を行いました。
文化遺産にも甚大な被害をもたらした震災から2年半が過ぎ、現地では各国チームによる修復事業もようやく活発化しています。私たちも、日本の修復専門家が参加して行われる上記修復事業を、今後も現地職員への技術移転を図りつつ、支援していきたいと思います。
「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その7)


文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの派遣を行っています。9月6日〜14日にかけて、当研究所アソシエイトフェロー の山田が現地調査を実施しました。
今回はおもに、日本の専門技術者の指導のもとでの修復が予定されているカトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物群について、内壁面仕上げの仕様調査および写真記録を行いました。建物の壁面は、建設後も度々塗り重ねられ、その材料も変化してきています。そのため、地震で損傷した塗膜層を作業用メスで一枚一枚丁寧に剥がし、各室内壁仕様の変遷を調査しました。これからの修復に向けては、旧塗装面の保存の要否や塗り直しの仕様等を検討していく必要があります。調査結果はその判断材料となるほか、繰り返し改築されてきた建物の歴史を解明する上でも重要な手がかりを得ることができました。
一方、9月10日には、世界遺産暫定リストに記載された歴史的集落をもつキルティプル市がホスト役となって開催された、カトマンズ盆地内歴史的集落の保全に関するワークショップに参加し、歴史的集落保全のために緊急的に取り組むべき項目についての提言を行いました。この提言を受けて、同市長や各歴史的集落を管轄する地元行政職員、政府考古局職員など参加者の間で熱心な議論が交わされました。歴史的集落保全のための適切な体制を確立するまでには依然として多くの課題があるものの、その実現に向けて大いに期待を感じさせるワークショップでした。
「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その5)


文化庁より受託した標記事業のもと、引き続きネパール現地への派遣を実施しています。今回(5月29日〜6月27日)は、外部専門家および別予算によるアシスタントも含めて14名の派遣を行ないました。
現地調査における中心的な作業としては、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺周辺での発掘調査(別項にて報告)、同アガンチェン寺周辺建物の実測調査および写真記録、両寺周辺の地盤構成および地耐力確認のためのボーリング調査、ユネスコ技術職員と共同でレンガ壁試験体の強度実験なども行いました。
このほか、ネパール考古局およびユネスコ・カトマンズ事務所等の技術スタッフ約20名を対象に昨年度の調査成果報告会を開催し、考古局長に事業報告書を贈呈しました。さらに、カトマンズ盆地内の歴史的集落を管轄する行政官らによる連携協議会を開催し、昨年11月に開催したキックオフ会議の報告書を関係者に配布すると共に今後の歴史的集落の保全と協議会の運営について議論を交わしました。なお、上記報告書(日英語版)は本研究所のウェブサイトにも掲載していますので、どうぞご参照ください。
(昨年度事業報告書http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Nepal_TNRICP_2017_j.pdf)
(歴史的集落保全会議報告書[英語版のみ]http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Conference_%20Kathmandu_2016.pdf)
エスファハーン(イラン)における木製文化財の虫害に関するワークショップ開催


イランの歴史的建造物の多くにおいて主要建材はレンガや土壁ですが、屋根裏や梁、窓枠などには木材も使用されています。昨年度に実施した事前調査では、エスファハーンを含むイラン中央部から南東部にかけて「シロアリ」の被害が多く、歴史的建造物を保存する上での大きな課題となっていることがわかりました。「シロアリ」は木材の害虫として有名で、日本でも過去には多くの被害が見られましたが、徐々に防除対策が確立されてきました。その知見を活かして、イランにおける歴史的建造物や木製文化財の適切な保存対策の検討に資するため、4月17日から19日にかけてエスファハーンにて「木製文化財の虫害に関するワークショップ」を開催しました。
本ワークショップには日本側からは文化遺産国際協力センターの友田正彦、山田大樹、保存科学研究センターの小峰幸夫(以上、東文研)、および外部専門家として環境文化創造研究所の川越和四上席研究員が参加しました。イラン側からはエスファハーンのみならず、ヤズド、テヘラン、ギーラーンなどの各地から20余名の専門家が集まりました。1日目および3日目には双方から、両国の歴史的建造物の材質や構造、虫害事例やモニタリング調査に関する発表が行われました。また2日目には、具体的な対策等について議論するため、シロアリに加害されている歴史的建造物を参加者全員で訪れ、被害状況の調査や、環境に悪影響をおよぼさないIGR剤(Insect Growth Regulator:昆虫成長制御剤)の設置試験等を実施しました。
本ワークショップ終了後、イラン文化遺産・手工芸・観光庁は、エスファハーンにシロアリ防除に関する研究室を新たに設置する検討を始めていると伺いました。今回のワークショップがイランの貴重な文化遺産の保存に少しでも貢献できたことと思います。
ネパールの歴史的集落保全に関する招聘研修


2015年4月に発生したネパール・ゴルカ地震によって被災したカトマンズ盆地内の歴史的集落の多くで、現在も復興に向けた取り組みが続けられています。しかし、その過程で伝統的な建物が取り壊されて現代的な建物が新築されてしまうなど、必ずしも文化的価値の保全と復興とが両立しているとは言えないのが現状です。その背景には、たとえ住民を含む関係者が望もうとも、そもそも歴史的集落を文化遺産として保全するための体制が十分に整っていないという問題があります。
保全制度の確立に向けては、ネパール政府の関係当局も決して手をこまぬいている訳ではありませんが、保全を実施するのは最終的には対象の集落を所管する地元行政による部分が大きく、保全のためのガイドラインを作成する主体についても同様です。そこで前報の通り、昨年11月末、カトマンズ盆地内の世界遺産に含まれる歴史的街区や同暫定リスト記載の歴史的集落を管轄する6市に呼びかけて、それぞれの現状と課題を共有するとともに、わが国の保全制度についても情報提供するための会議をネパール現地で共催しました。
これに続いて今回、3月4日から12日にかけて、上記会議でも中心的な役割を担った各行政の担当者ら8名を日本に招聘し、歴史的集落の保全制度(伝建制度)に関する実地研修を実施しました。輪島市黒島地区や南砺市五箇山相倉集落など北陸・中部地方の重要伝統的建造物群保存地区等を訪問して地元の行政担当者や関係者から説明を受けるとともに、参加者それぞれが所管する歴史的集落または街区が抱える課題や現状と比較しながら活発な意見交換が行われました。
ネパールの歴史的集落の復興において、本研修の参加者が核となって適切な保全体制を構築していくことを目指しながら、今後も技術的支援を継続していきたいと考えています。
「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その4)-「カトマンズ盆地における歴史的集落の保全に関する会議」の開催-
文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業では、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。今回(11月20日〜12月6日)は、外部専門家や東京大学、香川大学、首都大学東京の学生も含めて16名の派遣を行ないました。
本派遣による現地調査実施分野は、建築史、構造学、都市計画等多岐にわたりますが、ここでは特に、11月30日に開催した「カトマンズ盆地における歴史的集落の保全に関する会議」について報告します。
カトマンズ盆地内に点在する歴史的集落の多くが2015年4月のゴルカ地震により被災し、その復興は現在も様々な困難に直面しています。その一つとして、そもそも歴史的集落を文化遺産として保全するための体制が十分に整っていないために歴史的集落の文化的価値を保ち、活かす方向には必ずしも進んでいないという状況があります。これを受けて復興庁や考古局をはじめとするネパール政府関係機関も歴史的集落保全制度の創設に向けて取り組んでいますが、保全の実現には歴史的集落を所管する地方行政の果たすべき役割が大きい一方で、予算や人材の不足等から有効な政策立案を行えていないことがわかってきました。
そこで今回、世界遺産暫定リストに記載されたカトマンズ盆地内の歴史的集落を管轄する4市に世界遺産に既に登録された歴史的市街を有するバクタプルとラリトプルの2市を加えた6市に呼びかけて、各々の取り組み状況や課題について共有するとともに、日本の歴史的町並み保全制度についても情報提供する場としての会議を共催しました。
中央政府・地方行政・地元住民の各者が協調して取り組む必要性等をめぐって活発な議論が行われ、参加した各市の担当者は本会議の意義に強く賛同して、今後も継続的に連携していくことが合意されました。本会議が相互協力関係構築の大きな足がかりとなったことを喜ぶとともに、引き続き効果的な支援を行っていきたいと考えています。
「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その3)


文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業では、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。今回(8月31日〜9月11日)は、外部専門家も含めて4名の派遣を行ないました。
本事業の一環として、被災歴史的集落における復興のあり方を検討すべく、世界遺産暫定リストに記載されているコカナ集落にて調査活動を実施しています。コカナでは多くの住民が今も仮住まいを強いられており、早期再建と歴史的町並みの保全とのバランスをいかに考えるかが、復興における大きな課題となっています。
今回派遣中の主な活動として、昨年度のコカナでの調査成果を地元住民に説明するための現地報告会を開催しました。住民の関心は非常に高く、報告会には100名以上の参加をいただき、発表に対しても多くの質問や意見が寄せられました。それらは私たちにとっても、今後の調査や現地への貢献のあり方を考える上で、非常に示唆に富むものでした。
調査を進める中で、コカナに限らずネパール全土において歴史的集落の保全制度が十分に整っておらず、住民の思いだけでは町並み保全が進まない現状が徐々に明らかになってきました。かつて、わが国においても、歴史的集落の保全は不十分でしたが、そこから、伝統的建造物群保存地区制度をはじめとした歴史的集落および景観保護のための法制度を、試行錯誤を経つつ整えてきた経緯があります。このような日本の経験も参考にしながら、ネパールの歴史的集落の保全に寄与すべく、今後とも現地の諸機関への技術支援を進めていきたいと思います。
「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その2)

文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業の一環として、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。
カトマンズ・ハヌマンドカ王宮における主な調査対象建物であるアガンチェン寺(17世紀中頃建立)は、その損傷状況からみて応急的な保護対策を速やかに講じることが必要と判断されました。具体的には、「屋根頂部の雨漏り対策」「建物内部軸組の構造補強」「崩落しかけた外壁面の支持」「落下物からの参拝者や観光客の安全確保」につき、本事業チームの日本人専門家が現地専門家の協力も得ながら計画を作成し、考古局に提案しました。これに基づいて応急補強作業が実施の運びとなり、設計の詳細な検討や作業中の技術的助言のため、平成28年(2016)5月28日~6月4日、6月13日~19日、7月3日~9日の3次にわたり、当研究所から専門家を派遣しました。
今回はあくまで応急措置ではありますが、現地専門家や職人と直接意見を交わしながらこのような作業を行うことは、目に見える形での貢献にとどまらず、本事業が目的とする現地への技術移転という意味でも有意義なものとの手応えを感じました。今後もさらに、歴史的建造物の本格修復に向けた調査等を進めていきます。
「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣


東京文化財研究所は、2015年のネパール・ゴルカ地震によって被災した文化遺産の保護に関する調査・支援を昨年度より行なっています。本年度は、文化庁より文化遺産国際協力拠点交流事業(ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業)の委託を受け、4月28日から5月8日まで現地派遣を実施しました。
今回はまず、ネパール考古局およびユネスコ・カトマンズ事務所の技術スタッフ約30名を対象に、昨年度の調査成果報告会を開催すると共に、考古局長に英文報告書を贈呈しました。参加者からは熱心な質問が出され、今後の技術支援への強い期待を感じました。
次に、現地調査における中心的な作業としては、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内で倒壊したシヴァ寺院の回収部材について原位置の同定および番付を行なうと共に、写真撮影による各部材のドキュメンテーションを実施しました。この部材調査を通じて、同寺院は少なくとも3期にわたる修復を経ていることが分かってきました。過去の修復に関する記録が乏しいネパールでは、このような部材から得られる情報が、今後の再建に向けた復原設計のための有用な資料になるものと期待しています。
引き続き各分野の外部専門家にも参加いただいて、「建築構法」「構造」「都市計画」「無形文化遺産」等の多岐にわたる調査を予定しています。現地での活動をネパールの方々と共に実施しながら、様々な技術の移転も図っていきたいと思います。
なお、上記報告書(日本語版とも)は本研究所のウェブサイトにも掲載していますので、どうぞご参照ください。
(http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Nepal_NRICPT_2016_J_s.pdf)
ネパール人専門家の招聘及び地震被災文化遺産に関するセミナーの開催


2015年4月25日に発生したネパール・ゴルカ大震災によって被災した文化遺産の状況と、それに関連するこれまでと今後の活動についての情報をネパール・日本両国の関係者間で共有することを目的として、2月5日に「2015年ネパール・ゴルカ地震による被災文化遺産に関するセミナー」を東文研地下会議室にて開催しました。
本セミナーは、文化庁から東文研が受託した文化遺産保護国際貢献事業「ネパールの被災文化遺産調査事業」の一環として開催したもので、これに伴い、同国の文化遺産保護行政を代表して文化・観光・民間航空省考古局長(べシュ・ナラヤン・ダハル)、カトマンズ王宮を管理する同王宮博物館発展委員会事務局長(サラスワティ・シン)、UNESCOカトマンズ事務所文化担当官(ナバ・バスニャット・タパ)の3氏をお招きしました。セミナーでは、まず各氏から地震後の状況や復興対応等についての発表があり、これに続いて本事業に参加いただいている日本人専門家から各専門分野における調査結果の中間報告が行われました。現地ではなお困難な状況が続く中、双方が最新の情報を共有し、討議を通じて被災文化遺産への対応等に関する意見を交換することができました。
翌日には、日本の歴史的建造物修理技術についてネパール人専門家に理解を深めてもらうため、日光輪王寺三仏堂および東照宮陽明門の保存修理工事現場を見学しました。輪王寺の現場で取り組まれている「虫損木材の保存修理」など、ネパールの文化遺産にも共通する課題については特に関心が高く、現場監理を担当されている修理技術者や同行した日本人専門家からの説明をもとに、積極的な質問や意見が交わされました。
これから本格化するネパールの被災文化遺産修復活動に向けて、さらに継続的な調査等を通じて適切な技術支援を行っていきたいと考えています。
ネパールにおける文化遺産被災状況調査(その2)



文化庁委託による標記「文化遺産保護国際貢献事業」の一環として、11月21日から12月8日まで、ネパールでの現地調査を実施しました。
今回の調査では、9月におこなった世界遺産「カトマンズ盆地」周辺における被災文化遺産の概況調査の結果を踏まえて、構成資産であるカトマンズ・ダルバール広場と、暫定リスト記載で古い街並が残るコカナ集落を対象としました。
カトマンズ・ダルバール広場では、建築班による「被災状況調査」、構造班による「3D計測」「常時微動計測」を実施しました。また、緊急的保護対策として、倒壊した建造物から回収された部材の適切な管理と記録について、部材の整理・格納を試行するとともに、記録手法の検討をおこない、この課題に取り組む現地の職員へのワークショップを通じてタイミングよく参考例を示すことができました。
一方、コカナでは、沿道の建造物の「被災状況」「形態変容」「構造」のほか、「無形文化遺産」「水質」等の多角的な調査を実施しました。被災した歴史的都市における「迅速な住居の再建」と「歴史的な街並の継承」という二つの課題は、被災住民からは相反するものとして捉えられがちです。しかし、この難題に立ち向かって歴史継承に意欲的な現地住民組織『コカナ再生・再建委員会』と連携し、文化遺産の視点からの情報を的確に収集することで、再建計画の立案に寄与すべく調査をおこないました。
今後も継続的な調査を予定しており、その成果を現地側へ迅速に還元できるよう努めていきたいと思います。
ネパールにおける文化遺産被災状況調査



2015年4月25日、ネパール中部を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生し、首都カトマンズを含む広範な地域で文化遺産にも大きな被害が生じました。
東京文化財研究所は文化庁より「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の委託を受け、9月14日から28日にかけて、第1回の現地派遣調査を実施しました。
本調査では、文化省やUNESCOカトマンズ事務所など歴史遺産の保護に関わる主要な機関との打ち合わせを行うとともに、世界遺産の構成資産であるカトマンズ、パタン、バクタプルの旧王宮や、同暫定リストに記載されている郊外の集落であるサンクー、キルティプル、コカナ等を調査し、今後の本格調査のための対象物件・地域や調査手法等を検討しました。また、生き神「クマリ」が山車に乗って巡行するカトマンズ最大の祭礼、インドラジャトラ祭や、震災で中断されていた12年に1度の祭りであるブンガドヤジャトラ祭を見る機会を得、祭りが復興のなかで人々の絆を取り戻す原動力となっていることを感じました。
この事業では、日本の他機関・他大学とも協力し、「伝統的建築技法」「構造計画」「都市計画」「無形文化遺産」といった多面的な調査を通じて、被災した文化遺産の適切な修復・保全方法を検討します。その上で、今後急速に進められることが予想される復興プロセスの中で文化遺産としての価値が失われないように、ネパールの関係当局への技術的な支援を行なっていく予定です。
平成26年度協力相手国調査の実施―マレーシア・ネパール―


文化遺産国際協力コンソーシアムは、2月にマレーシア及びネパールにおいて協力相手国調査を実施しました。本調査は、文化遺産保護に関し、現状や課題等の情報を収集し、ニーズを把握するとともに、国際協力の可能性を探ることを目的としています。
マレーシアでは、まず観光文化省国家遺産局局長らと面会し、国レベルでの文化遺産保護体制の概況情報を得ました。その後、世界遺産「マラッカとジョージタウンの歴史都市」、ケダ−州のルンバ•ブジャン考古遺跡群等を視察し、保護の実情を調査しました。また少数民族が今も伝統を守りつつ暮らすボルネオ島のクチンも訪問し、マレー半島と異なる有形・無形の文化遺産保護の体制や取り組みについて情報を収集しました。
ネパールでは、世界遺産である「ルンビニ遺跡」で実施中のユネスコ文化遺産保存日本信託基金事業、及び「カトマンズ盆地」の伝統建築の保存管理状況等を視察しました。無形遺産では、ヒンドゥー教祭礼のシバラトリーと、チベット正月の行事ギャルポ・ロサールを視察し、聞き取り調査を行いました。その他ユネスコ・カトマンズ事務所、文化省、考古局、NPOカトマンズ盆地保存トラストを訪問し、情報を収集しました。
報告書は関係機関に配布するとともに、コンソーシアムのウェブサイトでも公開予定です。
イランにおける文化遺産の保護に関する現地調査


文化遺産国際協力センターでは、1月7日から1月23日まで、イランにおける文化遺産保護の現況と、今後の国際協力の可能性を探るため、イラン国内の9か所の世界遺産を含む文化遺産の保護に関する現地調査を実施しました。
イランは2015年現在、17件の世界文化遺産を持つ文化大国です。ペルセポリスやイスファハーンのイマーム広場などの文化遺産の視察においては、ICHHTO(イラン文化遺産・工芸・観光庁)の協力の下、現場の保存・修復活動の経緯、現在の文化遺産保護に関する問題、現場でのニーズ等について遺跡管理者から直接話を伺う事ができました。
テヘランではICHHTOの副長官であるM.タレビアン氏と面談し、当研究所における事業の紹介、イラン各地の文化財視察を通じて見えてきた今後の文化遺産保護の在り方について意見交換を行いました。併せて、イランを代表する研究機関であるRICHT(イラン文化遺産・観光研究所)の訪問を行い、その研究所の視察と意見交換を行いました。
日本はこれまでユネスコ日本信託基金を通じて、イランの代表的文化遺産であるチョガ・ザンビール遺跡や2003年の地震で崩壊したアルゲ・バム遺跡の修復に対して支援を行ってきました。このように既に日本との文化的な交流があったイランは、今後日本との一層の協力関係をつくり、広く共同研究や保存修復を行いたいとの希望が寄せられました。
イラン•イスラム共和国の文化財建造物の専門家招致


文部科学省「新世紀国際教育交流プロジェクト」の一環として、イラン・イスラム共和国(以下、イラン)のイスファハーン大学准教授であり、2003年に起きた地震で多大な被害を受けたバム遺跡の修復に深く携わっているメフルダード・ヘジャーズィー氏を8月26日から9月5日までの日程で日本へ招聘しました。招聘にあわせてイランを対象とする国内研究者に、考古学、言語学など多様な分野から集まっていただき、イランの文化財建造物に関する研究会を開催しました。この研究会ではヘジャーズィー氏にイランの文化財における保存修復の課題と展望について発表して頂き、参加研究者を交えてイランの文化財について多くの議論を交わす事が出来ました。
わが国は地震や津波など多くの天災がありますが、脆い日干し煉瓦で出来た文化財のあるイランでも、地震は文化財へ深刻な被害を与えています。招聘期間中、ヘジャーズィー氏には日本の文化財建造物の保存修復の考え方や事業への理解を深めてもらうとともに、兵庫耐震工学研究センターにある世界最大の耐震実験施設の視察や、東日本大震災によって被災した宮城県大崎市にある旧有備館や気仙沼市内湾地区の文化財の視察を通じて、イランと日本における文化財の修復手法や防災対策についても深い議論を交わす事が出来ました。
本招聘事業は、今後のイランと日本間の一層の文化交流を推進するための手がかり となる、実りの多いものとなりました。
タジキスタン共和国フルブック遺跡出土の壁画の保存修復および展示


9月11日から10月2日までタジキスタン国立古代博物館において、フルブック遺跡出土の壁画断片の保存修復および展示作業を実施しました。この壁画断片は10世紀から11世紀頃に製作されたと推定されるもので、類例が少ないため、同国及び中央アジアの美術史に関わる貴重な学術資料のひとつです。当研究所では2010年度よりタジキスタン共和国科学アカデミー歴史•考古•民族研究所と協力して、この壁画断片の本格的な保存修復を実施し、昨年度までに小断片の接合、強化や安定化処置を行いました。
今年度は安全な展示に向けたマウント処置を目的として、まず、壁画断片の裏面のサポート作製とその取り付けを行いました。次に17片の壁画断片を1つの連続した図像として鑑賞できるよう、発掘当時に作成された線画を元に幅91×高さ182cmのマウントボードに配置して取り付けました。壁画断片の周囲は質感を合わせた化粧モルタルを施しています。また、固定にはボルトとナットを使用し、他博物館での展示のための移動など、将来マウントボードから取り外す必要が生じた際には、安全に取り外しができる構造になっています。
展示後には修復された壁画のオープニングセレモニーが開催され、東文研からの出席者の他、国立古代博物館のボボムロエフ館長、歴史•考古•民族科学アカデミーのマソフ所長、在タジキスタン鎌田日本大使が出席されました。この壁画はフルブック遺跡の出土品を集めた国立古代博物館の一室に、今後も展示され続ける予定です。
なお、本修復事業の一部は、住友財団「海外の文化財維持・修復事業」の助成により実施しています。
ユネスコ/日本信託基金プロジェクト「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」―タジキスタン共和国における人材育成―


文化遺産国際協力センターは中央アジアのシルクロード沿い世界遺産登録に向けた支援を目的にUNESCOの受託を受け、2012年度より中央アジア・タジキスタン共和国において、文化遺産のドキュメンテーションをテーマに一連の人材育成ワークショップを実施しています。
2012年度に引き続き、今年度も11月7日から11月14日までの8日間、タジキスタン共和国文化情報省と共同で第2回目の人材育成ワークショップを実施しました。今回の研修では世界遺産にノミネートしている中世の都城址「フルブック遺跡」を対象に実習を行いました。実習の内容として、講師として日本から専門家を招聘し、機材(トータルステーション)を使用した測量、CADを使ったドキュメンテーション、GPSとGISを用いた分析に関する研修を行っています。
今回のワークショップには国立古代博物館から2名、歴史・考古・民族学研究所から2名、歴史文化遺産保護活用局から1名、現地フルブック博物館から3名、クローブ博物館から1名、計9名の若手専門家が研修生として参加しました。参加者は約1週間にわたる集中講義・実習を経て、ドキュメンテーションのための測量計画と実施、その分析に関わる専門的プロセスを学習し、また、本事業に伴って寄贈された測量機材やGPS機材などの使い方を習得することが出来ました。研修修了者はこの経験と提供機材を当該国における文化財の調査や保護、そのドキュメンテーションに役立てることになります。文化遺産国際協力センターは今後も引き続き、中央アジアの文化遺産の保護を目的とした様々な人材育成ワークショップを実施していく予定です。