研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
■文化財情報資料部 |
■文化遺産国際協力センター |
■無形文化遺産部 |
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作品搬送の様子
東京文化財研究所では、平成16(2004)年2月のキトラ古墳の発掘調査以降、一貫して壁画の保存と修復に関わってきました。
キトラ古墳壁画は平成16(2004)年の2月から行われた発掘調査で全容が明らかになり、同時に、すでに壁から浮き上がり、剥落が懸念される部分が多数あることも確認されました。その状況を踏まえて壁画全体を取り外して石室外で保存修復処置を行うことが決定されました。
以来12年間が経過しましたが、その間に行われた保存修復処置は、石室内における壁画の維持管理、壁画の取り外し作業、取り外した壁画の再構成の三点の作業に分けられます。壁画の取り外しは6年以上にわたり、壁画の描かれている漆喰は1143片に分割されて取り出されました。その後、これらを壁面一枚ずつに再構成してきました。これらの作業は、東文研があらたな技術や手法を開発し、実際の適用は国宝装潢師連盟の技術者が担うという分担で行われてきています。
今回、天文図の描かれた天井、朱雀のある南壁、白虎の描かれた西壁の3枚の再構成が終了し、修復処置が行われていた高松塚古墳壁画修理施設から、同じ明日香村村内「四神の館」の中の保存展示施設である「キトラ古墳壁画保存管理施設」に搬送されました。作業は8月24日と25日の二日間にわたり、梱包と搬送に1日、開梱に1日かけて行われました。新しい環境における作品の状況を搬送後も注意深く定期的に点検しています。「四神の館」は9月24日に開館し通年でオープンしており、この三点の壁画は10月23日まで公開されています。
OCLC WorldCat 検索結果画面
東京文化財研究所は、2016年6月27日、国立西洋美術館と「美術工芸品を中心とする文化財情報の国内外への発信にかかる基盤形成事業」の実施に関する協定を締結しました。国立西洋美術館は実業家松方幸次郎のコレクションを基に1959年に設立され、その所蔵品データベースは、美術史研究で求められる要件を兼ね備えたものとして、国内外の専門家にその規範となるものと高く評価されています。このたびの協定の目的は、国立西洋美術館がもつ情報発信の手法と経験を活用して、当研究所がインターネット上で公開している日本国内の文化財情報の発信を強化することにあります。協定締結に基づく最初の事業として、当研究所が編集発行する『日本美術年鑑』に収録されてきた「日本国内で刊行された展覧会カタログに掲載された文献の情報」を、世界的な図書館サービス機関OCLC (Online Computer Library Center, Inc.) に提供することを計画しています。このような事業により、海外における日本美術に関する研究情報へのアクセ ス環境の改善に取り組んでいきます。
会場となったイスタンブール・コングレス・センター
審議の様子
第40回世界遺産委員会は2016年7月10日からトルコのイスタンブールで開催され、当研究所からは2名の職員が参加しました。
国立西洋美術館を構成資産に含む「ル・コルビュジエの建築作品」は2009年以来3回目の審議で、今回は諮問機関が世界遺産一覧表への記載を勧告していたため、翌日の審議がほぼ確実となった7月15日夕方には、関係者の間でも記載への期待が高まりました。しかし、15日夜から16日未明にかけての軍によるクーデター未遂の影響で、16日の審議は中止、1日遅れて17日に記載が決議されました。審議時間短縮のため記載勧告案件では委員国の発言が認められず、この推薦に対する各国の意見を聞けなかったのは残念です。
ところで、今回の世界遺産委員会での審議対象の推薦から、諮問機関による中間評価が関係締約国へ通知されるようになりました。評価を受けて締約国は推薦書を改訂し、最終評価に臨むことが可能です。締約国の対応は分かれました。推薦を取り下げる締約国がある一方、推薦書を大幅に改訂して審議に臨み、諮問機関の勧告を覆して記載が決議された例もあり、今後も推薦とその評価のあり方を巡っての議論が続くと思われます。
なお、委員会の会期は7月20日までの予定でしたが、17日でいったん中断されました。委員会は2016年10月24日~26日にパリのユネスコ本部で再開され「紀伊山地の霊場と参詣道」を含む世界遺産一覧表記載資産の軽微な範囲の変更や、作業指針の改訂などに関する審議が行われる予定です。
巨石で構築されたナン・マドール遺跡の人工島
ミクロネシア連邦政府の担当官と共に、遺跡の保存管理計画を議論する
7月10月から17日まで開催された第40回ユネスコ世界遺産委員会において、ミクロネシア連邦のナン・マドール遺跡が世界文化遺産(同時に危機遺産)に登録されました。この遺跡は、玄武岩などの巨石で構築された大小95の人工島によって構成される、太平洋地域において最も規模の大きな巨石文化の遺跡のひとつで、同国にとって世界遺産への登録は長年の夢でした。
2010年に同国は、ユネスコ太平洋州事務所を通じて我が国に対し、この遺跡の保護に関する国際協力を要請しました。それを受けて文化遺産国際協力コンソーシアム(以下、コンソーシアム)が2011年2月に協力相手国調査として現地調査をおこない、その成果を『ミクロネシア連邦ナン・マドール遺跡現状調査報告書』として上梓しました。以後、コンソーシアムおよび東京文化財研究所・奈良文化財研究所が中心となり、国際交流基金などの助成のもと、同遺跡の保護のための人材育成・技術移転の事業をおこなってきました。そのなかで、長年にわたって同遺跡を研究してきた片岡修・関西外国語大学教授をはじめ、東京大学生産技術研究所、国立研究開発法人森林総合研究所、NPO法人パシフィカ・ルネサンス、(株)ウインディー・ネットワークなど、産学官にわたる様々な機関および個人の参加・協力を得ることができました。
コンソーシアムの理念のひとつは、日本が一丸となって国際協力に取り組むことができるように、文化遺産保護に関わる幅広い国内関係者が連携協力するための共通基盤を構築することです。このナン・マドール遺跡の保護への協力事業は、まさにこの理念のショーケース(好見本)としてふさわしいものでしょう。そしてその成果が、同遺跡の世界遺産登録までつながっていったのだと思います。
しかしこの遺跡は同時に「危機遺産」としても登録されました。それは、遺跡の多くの部分で崩壊が進行していることに加え、それを保護していくための計画や体制がまだまだ十分とは言えないからです。この遺跡は、今後もまだ多くの専門家の協力を必要としているということを示しているのです。
中国美術館 胡偉副館長による発表
平成28年7月6日~7日に中国美術館(北京)で開催された国際シンポジウム「国家美術蔵品保存修復国際検討会」に保存科学研究センター・早川泰弘が参加し、研究発表を行いました。中国美術館は近現代美術作品を中心に10万点近くの収蔵品を有する中国最大の美術館で、数年前には保存修復センターも併設されています。このセンターで「国家美術蔵品(National Art Collection)」の保存修復を行うにあたり、海外の保存修復機関との連携も進められています。
今回の国際シンポジウムには、日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、香港、台湾から14名の保存修復の研究者や技術者が招聘され、2日間にわたって計19件の発表が行われました。保存修復の理念に関する内容から、絵画を中心とした美術品の修復例や最先端の科学調査結果まで幅広い内容の発表があり、活発な討議が行われました。東京文化財研究所からは、最先端の科学技術を活用した日本絵画の材質調査に関する発表を行いました。聴講のために中国国内の30以上の公立美術館の館長らも参加しており、中国が美術品の保存修復に関する理念の確立や技術の習得を積極的に進めていることがよくわかります。
現地専門家との現場検討
文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業の一環として、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。
カトマンズ・ハヌマンドカ王宮における主な調査対象建物であるアガンチェン寺(17世紀中頃建立)は、その損傷状況からみて応急的な保護対策を速やかに講じることが必要と判断されました。具体的には、「屋根頂部の雨漏り対策」「建物内部軸組の構造補強」「崩落しかけた外壁面の支持」「落下物からの参拝者や観光客の安全確保」につき、本事業チームの日本人専門家が現地専門家の協力も得ながら計画を作成し、考古局に提案しました。これに基づいて応急補強作業が実施の運びとなり、設計の詳細な検討や作業中の技術的助言のため、平成28年(2016)5月28日~6月4日、6月13日~19日、7月3日~9日の3次にわたり、当研究所から専門家を派遣しました。
今回はあくまで応急措置ではありますが、現地専門家や職人と直接意見を交わしながらこのような作業を行うことは、目に見える形での貢献にとどまらず、本事業が目的とする現地への技術移転という意味でも有意義なものとの手応えを感じました。今後もさらに、歴史的建造物の本格修復に向けた調査等を進めていきます。
Mae-taw-yat寺院外観
水硬性石灰による充填実験
平成28年(2016)7月18日~29日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Mae-taw-yat寺院(No.1205)において、煉瓦造寺院外壁における損傷傾向の調査および修復材料の検討と施工実験を行いました。これは、前年度まで行っていた同寺院内壁に描かれた壁画の保存状態調査を通じ、漆喰層の剥離・剥落の主な原因が雨漏りにあるとの検証結果を受けて実施したものです。
現場作業には、欧州より煉瓦材保存修復の専門家にも加わっていただき、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員とともに、様々な角度からパガン王朝期に製造された焼成煉瓦の特性について検証を行いました。その結果を踏まえ、ミャンマーの熱帯雨林気候にも配慮した修復材料の選定と、雨漏り対策を目的とする応急処置方法の施工実験を行いました。今後は経過観察をしながら、遺跡における外観美にも配慮した材料の改良を続けてゆく予定です。また、寺院内壁に含まれる水分の分布状況を把握するために、デジタル水分計を用いた多点測定や、外壁の応急処置前の状態を記録するためデジタル4Kビデオカメラによる記録撮影を行いました。
本事業は暫定的な処置に留まらず、恒久的な処置方法の確立を目指しています。バガンの将来を見据え、かつ現在のミャンマーにおける文化財保護情勢に見合った無理のない方法を検討するとともに、若手専門家の育成にも取り組んでゆきます。
基礎編における掛軸の取扱い実習
応用編における掛軸の修復実習
本ワークショップは、海外に所在する書画等の日本の文化財の保存活用と理解の促進を目的に毎年開催しています。今年度は、平成28(2016)年7月6~8日に基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」、7月11~15日に応用編「Restoration of Japanese Hanging Scrolls」を、ドイツ技術博物館の協力のもと、ベルリン博物館群アジア美術館を会場に実施しました。
基礎編には9カ国より15名の修復技術者及び学生が参加しました。参加者は、糊、膠、岩絵具、紙等の文化財に使用される材料についての基礎講義を受け、書画制作技法の実技実習及び掛軸の取り扱い実習等を行いました。応用編では国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、7カ国より9名の修復技術者に対し、掛軸の保存修復に関して、実技を中心に実施しました。参加者は、掛軸の上下軸の取り外しや取り付け等の実習と、講師による裏打ち等の実演を通して、掛軸修復に関する知識とそれに裏付けられた技術に触れました。両編ではディスカッションを行い、内容の質疑に加えて日本の修復技術や材料の応用例等の技術的な意見交換も見られました。
海外の保存修復の専門家に日本の修復材料と技術を伝えることにより、海外所在の日本の有形文化財と無形文化財の保存と活用に貢献することを目指し、今後も同様の事業を実施していきます。
中村徹様(前列左)亀井所長(前列右)
本年4月の当活動報告にもありますように、当研究所名誉研究員中村傳三郎(1916-1994)の旧蔵資料を、ご遺族の中村徹様から4月30日付でご寄附いただきました。ご寄附をいただいたことに対して、中村徹様に、亀井所長から6月2日に当研究所役員室にて感謝状を贈呈しました。当研究所の事業にご理解を賜り近現代彫塑史研究上重要な資料の寄附をいただいたことは、当研究所にとって有意義であり、今後の研究所の事業に役立てたいと思っております。
分析装置について説明を受ける様子
一般社団法人 日本分析機器工業会 12名
6月20日、当研究所の文化財の先端研究開発・現場の状況を深く理解するために来訪。文化財情報資料部の写真室、保存科学研究センターの実験室、文化遺産国際協力センターの実験室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
説明を受ける招へい者
国際交流基金 平成28年度中央アジアシンポジウム招へい者 約15名
6月24日、東京文化財研究所の活動を参考にするためシンポジウムの参加に併せて見学。無形文化遺産部、保存科学研究センター、文化遺産国際協力センターを見学し、担当研究員による説明を受けました。
栗原玉葉《噂のぬし》大正3年、『第八回文部省美術展覧会出品絵葉書』より
栗原玉葉《清姫物語 女》、大正10年、『第三回帝国美術院展覧会出品絵葉書』より
6月28日、文化財情報資料部では、「栗原玉葉に関する基礎研究―その生涯と作品について―」と題して、田所泰(文化財情報資料部)による発表が行われました。
大正期に文部省美術展覧会(文展)などを中心に活躍した日本画家・栗原玉葉は、幼い少女や芝居に取材した女性像などを描いた作品を多く残しています。生前は東京一の女性画家と目され、京都の上村松園に対して東京の栗原玉葉とまで呼ばれる存在でしたが、現在では知名度も低く、研究もほとんどされていません。田所の発表では、図版の残っている展覧会出品作品を中心に玉葉の画業を概観し、その上で作品に見られる表現の変遷や、当時の画壇における玉葉の位置づけについて考察しました。美術雑誌や展覧会図録等のほかに、女性向け雑誌に掲載された作品の写真図版から、多くの現存作品の制作年や展覧会出品歴が明らかとなり、それらを踏まえて画業を概観したことで、玉葉が大正5(1916)年頃を境に画題を幼い少女像から芝居などに取材した女性像へと変化させていったことがわかりました。また、晩年の玉葉作品には、師である松岡映丘からの影響が、とくに色彩面に強く現れていることを示し、とりわけ金泥の使い方では、それまでには見られない独特の表現が試みられていることを指摘しました。こうした自身の制作のほかに、玉葉は多くの弟子を抱え、他の女性画家とともに女性日本画家団体・月耀会を結成するなど、当時の画壇、とりわけ女性画壇において大きな役割を果たしていたことが明らかとなりました。
なお、今回の研究会には、コメンテーターとして、玉葉に詳しい長崎歴史文化博物館の五味俊晶氏をお招きしました。五味氏からは玉葉研究の現状や、長崎に現存する作品、また玉葉のご遺族などについて、貴重なご教示をいただきました。そのほか、実践女子大学の児島薫氏、佐倉市立美術館の山本由梨氏を交え、「女性画家」や「美人画」といった問題に関して、活発な意見交換が行われました。
苅宿鹿舞保存会と原馬室獅子舞・棒術保存会の皆さん
福島県浪江町苅宿地区には、「鹿舞」が伝承されています。関東地方に数多い「三匹獅子舞」と、東北地方に多い「鹿踊り」双方の特色を併せ持つ珍しい民俗芸能です。しかし原子力発電所の事故によって、この区域は居住制限区域となり、住民は各地に分散避難を余儀なくされました。そのため、この鹿舞も震災後5年間で2回しか演じられていません。鹿舞保存会のメンバーも中には関東地方に移り住んでいる方もおり、集まることすら難しい状況にあるのが現状です。
それでも何とか維持していく方策を考えたいと、保存会長からの発案でこのたび保存会員の研修旅行が企画され、無形文化遺産部が協力しました。6月18日、最初に埼玉県白岡市の獅子博物館を訪れ、日本各地及び世界の獅子頭を見学し、館長の高橋裕一氏に詳細な展示解説とレクチャーをいただきました。続いて鴻巣市の原馬室獅子舞・棒術保存会会長宅に伺い、保存会同士の交流を図りました。原馬室の獅子舞は関東地方に典型的な三匹獅子舞で、鹿舞との共通点もあります。両者の映像を見た後に、獅子舞を継承するための取り組みや課題について話を伺いました。
原発事故の避難地域において無形文化遺産が継承されるか否かという問題は、地域コミュニティの存続にも関わる大きな問題です。これからどうなるのか不透明な部分が多い状況ですが、少しでも継承に貢献できるサポートを行っていくことも重要だと考えています。
可搬型X線回折分析装置を用いた飛鳥大仏の材質調査
奈良県飛鳥地方の中心にある飛鳥寺には、像高約3メートルの銅造釈迦如来坐像、いわゆる飛鳥大仏が本尊として安置されています。史料によりこの丈六の大きさの飛鳥大仏が推古14年(606年)に鋳造されたことや、その作者が止利仏師であったことが知られます。日本で最初の丈六像として重要な作品ですが、鎌倉時代初期に火災にあったため、当初の部分がどこに相当するかについては諸説提示されているのが現状です。
平成28年(2016)6月16日・17日の拝観時間後、大阪大学藤岡穣教授の「5~9世紀の東アジア金銅仏に関する日韓共同研究」(科学研究費補助金基盤研究(A))の一環として、美術史学、保存科学、修理技術者、3D計測の専門家等により、飛鳥大仏の保存状態や製作技法に関する大規模な調査が実施されました。東京文化財研究所からは、早川泰弘、犬塚将英、皿井舞の3名が参加し、昨年度に当所が導入した可搬型X線回折分析装置(理研計器 XRDF)を用いて飛鳥大仏表面の材質調査を行いました。
今回の調査では飛鳥大仏の周りに堅牢な足場が組み上げられたことにより、頭部の螺髪や面部、手や腹部など飛鳥大仏本体で10カ所の箇所を測定することができ、またそのほか飛鳥大仏に付随していたとされる銅造断片3カ所の合計13カ所を分析することができました。
可搬型X線回折分析装置では物質の結晶構造に関する情報が得られます。今回、この結晶構造に関する情報と、大阪大学や韓国国立中央博物館が行った蛍光X線分析による物質の構成元素の種類に関する情報とを組み合わせることによって、化合物の種類を特定することができるようになります。これらの分析によって、飛鳥大仏の表面に存在している化合物の種類を同定し、測定対象箇所の化合物を比較することが可能になります。
現在はこれらのデータの詳細な解析を行っており、今年度中に分析結果の報告を行う予定です。
トルコ共和国文化観光省での面談の様子
教会壁画の視察調査(ウフララ渓谷)
文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国における壁画の保存管理体制を把握すべく、6月18日から24日までの日程で現地調査を実施しました。アンカラでは、これまで同国内で数々の壁画修復事業を行ってきたガーズィ大学芸術学部文化財保存修復学科を訪問し、各事業で実際に行われた保存修復方法について説明を受けました。また、文化観光省では、トルコ共和国における壁画維持管理のさらなる充実を目指した当センターとの協力体制の構築について、文化遺産博物館局次長らとの合意が形成されました。さらに、岡浩駐トルコ共和国日本国特命全権大使への表敬訪問では、昨今の国際情勢を踏まえ、現地の最新の治安情勢・文化政策等についての意見交換が行われました。
視察調査としては、(公財)中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所所長大村幸弘氏の解説で、日本のODAにより建設されたカマン・カレホユック考古学博物館等の見学、カッパドキアギョレメ地区、ウフララ渓谷に点在する教会壁画の保存状況に関する調査を行いました。
今後は、トルコ共和国各地の教会壁画の視察調査を継続するとともに、現時点における同国の壁画維持管理への理解を深め、改善点や課題を見出しながら、未来を担う壁画保存修復士および保存管理従事者の育成を目指した活動を実施する予定です。
アシ・ケサン王女と所長
ブータン王国アシ・ケサン王女が平成28年5月10日に当研究所に御来訪されました。
文化財の修復・模写等に関して当研究所の活動を視察し今後の同国の文化財の保存活動の参考にされたいと御来訪いただいたもので、 所長挨拶の後、概要説明を研究支援推進部より行いました。その後文化遺産国際協力センターの友田保存計画研究室長より当研究所の東南アジア・南アジア関係の協力事業概要とブータンでの協力の御説明、加藤国際情報研究室長より在外日本古美術品保存修復協力事業について御説明しました。また保存科学研究センターからは、早川副センター長より文化財の材料の分析機器に関する御説明をし、森井主任研究員、貴田特別研究員より染織文化財の調査方法、日本画の緑青焼け劣化等について御説明しました。
アシ・ケサン王女は当研究所職員の説明を真剣にお聞きになり、当研究所としても同国の文化財修復等に関して一定の役割を果たせたのではと思います。
展覧会会場―黒田清輝のアトリエ再現と《昔語り》下絵類の展示
展覧会会場―東京駅帝室用玄関壁画再現のコーナーから《智・感・情》を望む
日本美術の近代化のために力を尽くし、また当研究所の設立に大きく寄与した洋画家、黒田清輝(1866-1924)が生まれてから今年は150年目にあたります。これを記念して3月23日から5月15日まで「特別展 生誕150年 黒田清輝 日本近代絵画の巨匠」が東京国立博物館平成館で開催されました。開所以来、黒田の調査研究を継続して行なってきた当研究所も主催者としてその企画構成にたずさわり、これまでの研究成果を反映した展覧会となりました。
本展では《読書》や《湖畔》といったなじみ深い代表作はもちろん、フランス留学中の作品にはじまり、黒田が主導した白馬会や文展の出品作、晩年の小品に至るまで200点余の黒田作品が一同に集結しました。また本展ならではの試みとして、黒田が留学中に影響を受けたフランスの画家の作品や、黒田と関わりのあった日本の洋画家の作品もあわせた展示を行ないました。とくにフランス絵画については、ゲストキュレーターにフランス近代美術を専門とする三浦篤氏(東京大学)をむかえ、黒田が私淑したジャン・フランソワ・ミレーの《羊飼いの少女》(オルセー美術館蔵)や黒田の師であるラファエル・コランの《フロレアル(花月)》(同館蔵、アラス美術館寄託)などフランスからの出品もあり、黒田をはじめとする日本の洋画家の作と比較することで、黒田が西洋美術の本流から何を学び、日本へもたらそうとしたのかをうかがう、よい機会となりました。
本展では黒田のオリジナル作品をご覧いただく一方で、《朝妝》や《昔語り》といった戦災により焼失した作品については原寸大の画像を展示しました。とくに黒田の構想のもとに大正3年に完成した東京駅帝室用玄関の壁画は、昭和20年の空襲により焼失しましたが、残された写真をもとに当時の東京駅の映像も交えて、その雰囲気を体感するコーナーを設けました。
お花見の季節からゴールデンウィークにかけての会期で、また各メディアでご好評をいただいたこともあり、本展は約18万2千人もの方々にご来場いただきました。本展を機に、日本近代美術における黒田の存在の大きさをあらためて実感していただけたのではないかと思います。本展は黒田の画業と生涯を総覧する機会となりましたが、その一方で当研究所が所蔵する黒田宛書簡など、黒田清輝についてはこれから解明すべき資料も残されています。当研究所では今後とも黒田に関する調査研究を進め、その成果を『美術研究』誌上やウェブサイトを通じて公開してまいりたいと思います。
研究会の発表の様子
文化財情報資料部では所員だけでなく、他機関の研究者を発表者に向かえ、毎月1回、美術工芸品を中心とした文化財を考察対象する研究会を開催しています。5月は31日(火曜日)に開催いたしました。発表は東京国立博物館アソシエイトフェローの西木統政(にしきまさのり)氏を迎え、標記のタイトルでのご発表をいただきました。
今回取り上げた滋賀・鶏足寺(けいそくじ)伝来の木造七仏薬師如来立像は、現存する七仏薬師如来像の稀有な作例として存在は早くから知られていましたが、これらを考察の対象として本格的に取り上げることはほとんどありませんでした。
発表では、七尊各像の現地における実査による知見を踏まえ、本七尊像が天台系の七仏薬師如来立像の遺例であるとの認識のもと、漆箔を用いない素木(しらき)像であることに留意して、その規範を比叡山延暦寺一乗止観院根本中堂内に安置されていた木造の七仏薬師如来立像(逸亡)に求めるとともに、その当地での再現であるとの認識のもと考えるところを披瀝していただきました。
発表後は研究会に参加者との活発な質疑応答・意見交換をあわせて行いました。
研究会の様子
研究会「アート・アーカイヴのいま」を5月14日に開催しました。この研究会は、現代ドイツのアート・アーカイヴ活動を主導するアーキヴィストで美術史学者ビルギト・ヨース氏(カッセル・ドクメンタ・アーカイヴ次期所長、ニュルンベルク・ドイツ民族博物館・ドイツ芸術アーカイヴ前所長、ベルリン・学術アカデミー・アーカイヴ前所長)をお迎きして、「アーカイヴ」の意義と課題を問うことを趣旨とするものでした。
当日は、まず前田富士男氏(中部大学客員教授、慶應義塾大学名誉教授)から「芸術図書館とアーティスト・アーカイヴ―ドイツの伝統と〈アイコニック・ターン〉」と題してドイツにおけるアーカイヴの歴史などを紹介いただき、ヨース氏のご講演「ドイツにおけるアート・アーカイヴ―その概要」ではドイツの代表的なアート・アーカイヴを「Archives of Artists‘ Personal Papers」「Regional Art Archives」「Art Archives Focused on Particular Subjects」「Museum Archives」「Archives for Individual Artists」「Documentation Centers」に分類し、それぞれの特徴、設立背景などをご紹介いただきました。全体討議では、聴講者との活発な質疑応答が交わされ、ドイツと日本で共通する課題も挙がり、盛況裡に閉会いたしました。また研究会に先立って、ヨース氏ら関係者に、当研究所の資料閲覧室、書庫の視察をしていただき情報交換を行いました。
なお、この研究会はアート・ドキュメンテーション学会美術館図書室SIGと当研究所との共催で、神奈川県立近代美術館と吉野石膏美術振興財団の後援をいただき、またJSPS科学研究費補助金「ミュージアムと研究機関の協働による制作者情報の統合」(研究代表者丸川雄二氏(国立民族学博物館))の一環の催事でもありました。研究会全体のモデレータは、川口雅子氏(国立西洋美術館)、皿井舞(当研究所文化財情報資料部)が務めました。
カヌーサミットの様子
カヌーの実演航海
東京文化財研究所は文化庁委託事業「文化遺産国際拠点交流事業」の一環として、グアムでおこなわれた第12回太平洋芸術祭において、第1回「カヌーサミット」を2016年(平成28年)5月26日に開催しました。
太平洋芸術祭は、太平洋地域の文化に関わる芸術家や専門家、コミュニティーの代表者を招いて4年に1度おこなわれるイベントで、今年は27の国・地域が参加し、約2週間の開催期間中には、太平洋地域の文化が抱える様々な課題についての会議、各地域の伝統舞踊や民族技術の実演が催されました。
その中で「カヌーサミット」は、UNESCOと太平洋芸術祭事務局の協力の元、南山大学、Traditional Arts Committee, Guam、Tatasi Subcommittee, Guam、東京文化財研究所との共同で開催され、メラネシア・ポリネシア・ミクロネシアの各地域においてカヌー文化の保存と活用に携わる専門家や航海士らが一堂に会し、伝統的な航海術や、文化復興への取り組みについての紹介や議論が行われました。参加者は100余名におよびました。
カヌー文化は、大洋州島しょ国の文化的象徴であり、無形文化遺産としても重要な価値を持っています。また近年では、二酸化炭素の排出が少ない「持続的な移動手段」としての再評価もおこなわれています。しかしながら、気候変動による災害やグローバリゼーションの影響から、こうした伝統文化をいかに保護し、若い世代へ継承していくかということが課題となっています。
参加者からは、今回のサミットの開催は、各地で行われているカヌー文化の復興運動についての情報共有をおこなう大変貴重な機会であり、カヌー文化の次世代への継承のための歴史的に非常に有意義な次へのステップとなったとの感想を聞くことができました。