研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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考古局スタッフによる挙動測定
修復専門家への聞き取り調査
標記の文化庁委託事業(奈良文化財研究所からの再委託)により、今年度第4回目の現地派遣を実施しました。本所員2名による構造挙動モニタリングおよび伝統建築技法・生産体制に関する調査(11月25日~12月3日)と外部専門家1名による煉瓦の材料試験(12月9日~12月12日)が行われました。
バガンの煉瓦造歴史的建造物3棟を対象に試行している構造挙動モニタリングでは、4回目の測定となる今回も特に変形が進行している徴候はありませんでした。しかし、建造物の屋外面に設置した樹脂製クラックゲージの多くが鳥獣の加害により脱落していたため、金属製ディスクを用いた計測に切り替えました。これらの作業では、今後自主的な測定ができるように現地の考古局スタッフに対する研修も実施しました。
文化遺産の修復に長年携わってきた現地専門家への聞き取り調査では、本事業で調査してきた伝統建築技法と生産技術の内容について意見交換するとともに、古い時代に用いられたとされるモルタルの製法や材料の詳細を確認しました。得られた情報をもとにこのモルタルの再現に必要な材料をすべて入手することができたので、既往調査でバガン時代の建造物から採取したモルタルとの比較分析を行っていく予定です。また、煉瓦積み職人には、現在の修復工事の実施体制や伝統建築技法・生産技術に対する意識等について聞き取りを行いました。
ヤンゴン市内のYangon Technological University施設を借りて行った材料試験では、前回(9月)の派遣時に製作したプリズム(4段積の煉瓦試験体)とモルタル試験体に対する曲げ・せん断・圧縮強度試験を実施しました。
今後もこのような調査を通じて、バガン地域の文化遺産建造物のより良い保存・修復のために有益なデータを蓄積していきたいと思います。
検出されたテラス状構造物
支保工の現状調査
東京文化財研究所は、カンボジアでアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成29(2017)年11月28日から12月8日にかけて、2回目の考古学調査と建造物の危険個所調査を同遺跡にて実施しました。
今回の発掘調査は、7月の第一次調査で発見した寺院東正面の参道および東バライ貯水池土手上の構造物の遺構確認を主目的として、奈良文化財研究所の協力を得ながら、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。
まず東門の東方約50mの位置に東西2m×南北5mのトレンチを設定して発掘を実施したところ、現地表下70cmで参道と思われる硬化面が確認されました。この硬化面は、コブシ大の砂岩礫を敷いた上に5mmほどの細かい砂岩礫を撒き、その上を黄色土で覆ったものでした。
また、この参道の延長線上にあたる東バライ貯水池土手の上面に東西11m×南北1mのトレンチを設定して発掘を実施したところ、現地表下30cmでラテライトの石敷面が確認されました(図1)。周辺の地形や露出しているラテライトの分布などから、この遺構は東西20m×南北15m程度の規模を持つテラス状の構造物の一部と推定されました。
一方、建造物の危険個所調査(risk mapping)に関しては、既存支保工の更新方法を検討しました。本遺跡では、中心祠堂、東祠堂、内回廊などの主要建造物において、崩壊のおそれなど安全上の懸念がある計16ヵ所に木製の支保工が施されています。しかし、これらの仮設物が遺跡の観賞を妨げており、また設置から20年程経過して木材の腐朽や接合部の緩みなどが進行して更新の時期を迎えています。そこで、支保工の現状を観察記録するとともに、より耐久性のある材質や微調整が可能な設計に変更するなど、改良案の検討を行いました。
市長フォーラム参加者集合写真
市長フォーラムにおける文化庁熊本文化戦略官の講演
文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの技術支援を行っています。2017年12月23日〜29日に5名をカトマンズに派遣しました。
本派遣の主な目的は、「カトマンズ盆地内の歴史的集落保全に関する市長フォーラム」への協力です。世界遺産暫定リスト記載の歴史的集落を有するパナウティ市がホストとなり同市役所で開催された本フォーラムには、カトマンズ盆地内とパナウティ市周辺に所在する16市から13市の市長または副市長をはじめ約100名の参加がありました。東京文化財研究所は2016年より、世界遺産および同暫定リスト記載の歴史的街区や集落を所管する各市の専門官(技術者)達に対するワークショップや研修等の支援を続けており、彼らのレベルでは既に市を跨いだ連携が生まれていました。今回のフォーラムでは対象をさらに拡げてカトマンズ盆地全体の歴史的集落を管轄する市のネットワーク(連携協議体)づくりの必要性が市長レベルで共有されました。また、本協力事業の枠組みで実施中のカトマンズ盆地の歴史的集落の調査について東京大学の西村幸夫教授より、日本の伝統的建造物群保存地区制度について文化庁の熊本達哉文化戦略官よりそれぞれ講演いただき、現状における課題点や行政相互の連携のあり方も含めた歴史的集落保全の手法を参加者へ伝えることができました。
カトマンズ盆地の歴史的集落保全体制を確立するためには様々な関係者による多大な努力が必要ですが、今後は上記ネットワークを通じて私たちの調査成果の反映や技術支援をより広く、効果的に行うことができるようになるものと期待しています。
総会の様子
2017年12月11日から15日にかけて、インド・デリーで開催されたICOMOSの第19回総会に参加し、これに合わせて開催された学術シンポジウムで発表を行いました。
今回の総会では3年に一度の執行委員会選挙が行われ、会長に河野俊行教授(九州大学)が選出されました。ICOMOSが1965年に設立して以降アジアで2人目、日本初の会長となります。河野教授は、無形文化遺産保護条約、奈良ドキュメント20周年記念会議、文化遺産リコンストラクション研究プロジェクトなど、文化遺産が直面している課題を多岐にわたる視点から考える取り組みに携われてきました。今後3年の任期での活躍が期待されます。
また、本総会ではICOMOS木の国際学術委員会(IIWC)が作成した「Principles for the Conservation of Wooden Built Heritage」が採択されました。この文書は同委員会が1999年に作成した憲章を更新したもので、今回その内容がより具体的になるとともに、木造建築遺産の無形的な要素がより強調されるようになりました。
さらに、若手専門家作業部会(EPWG)が若手専門家のICOMOSの活動への関与を活性化することを目的として作成した提案書が総会の決議として採択されました。
一方、総会と同時に開催された学術シンポジウム「Heritage and Democracy」では、文化遺産の保護・管理・活用に関わっている地域コミュニティをはじめとする関係者・組織を保存のプロセスに積極的に参画させることを目指した取り組みについて、各国から紹介されました。日本におけるこのような取り組みの事例として、ヘリテージマネージャー制度について発表を行いました。
黒田記念館での説明の様子
九州大学文学部学生及び引率者計13名
11月1日に図書や資料がどのように蓄積され活用されているかを知るなどのために所内を見学。資料閲覧室、黒田記念館などで担当者による説明を受けました。
紙アトリエでの説明の様子
韓国伝統文化大学文化財修復技術学科の方々9名
11月7日に日本の文化財保存研究に対する基本的な知識を得るため所内を見学。第二化学実験室、紙アトリエなどで担当者による説明を受けました。
資料閲覧室での説明の様子
日中経済文化振興機構及び北京市人民政府天安門エリア管理委員会の方々計4名
11月20日に日本の文化財の修復、文化財データ管理などを知るため所内を見学。資料閲覧室などで担当者による説明を受けました。
生物科学研究室での説明の様子
サウジアラビア観光国家遺産委員会及びJICAの方々計3名
11月22日に東京文化財研究所の施設と研究事業の説明を受けるため所内を見学。文化財資料情報部などで担当者による説明を受けました。
講演会の様子
文化財情報資料部では、11月2、3日の2日間にかけて、オープンレクチャーをセミナー室において開催しました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、外部講師を交えながら、当所研究員が日頃の研究成果を講演の形をとって発表するもので、今回第51回目を迎えました。この行事は、台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の「講演会シリーズ」一環でもあり、同時に11月1日の「古典の日」にも関連させた行事でもあります。
本年は11月2日に、「海を渡った日本絵画―ライプチッヒ民俗学博物館所蔵「四条河原遊楽図屏風」の紹介をかねて」(東京文化財研究所文化財アーカイブズ研究室長・江村知子)、「穢土としての身体―日本中世絵画に描かれた病と死体」(共立女子大学教授・山本聡美)、3日に「写された枇杷図―狩野探幽と江戸の再生」(東京文化財研究所主任研究員・小野真由美)、「田楽を作る歌仙―伊藤若冲の歌仙図について」(神戸市外国語大学準教授・馬渕美帆)の4題の講演が行われました。両日合わせて聴講者225名の参加を見、アンケートの結果、ほぼ9割の聴衆から、「満足した」「おおむね満足した」との回答があり、好評を博しました。
文化財情報資料部研究会風景
タイの首都、バンコクの王宮や巨大なリクライニング・ブッダで有名なワット・ポーなどを訪れた方はご存知かも知れませんが、タイでは18世紀以降、膨大な数の細かな貝片を組み合わせる精緻な螺鈿工芸が発達します。この螺鈿制作は現在でも細々ながら続いていますが、タイの螺鈿史についての研究はきわめて少なく、それがどう変遷しどのような社会的な意味を持っていたのか、といった研究は、日本国内ではもとより、タイにおいても行われることがありませんでした。11月21日に開催した第9回文化財情報資料部研究会では、タイの仏教美術史を専門とするサイアム大学の高田知仁氏から、こうしたタイの近世近代螺鈿史についてのご発表をいただきました。
高田氏は、まずタイの螺鈿が仏教寺院の扉や窓、また高坏、僧への供物を入れる鉢、経箱や厨子といったものに認められ仏教と密接な関係を持って寄進されたものであること、またそれらがタイ王室と強い関係を持ってかなり限定的に制作されていたことを示します。そして分析対象を制作や建立の年代が確実な寺院扉に代表させ、主題となっているそのモチーフや文様、また使われている技法などの違いから、18世紀から20世紀初めまでの螺鈿を第1期(18世紀中葉から19世紀初めまで)、第2期(19世紀前半から中葉まで)、第3期(19世紀後半から20世紀初めまで)の三つの画期に区分されました。その上で文様やモチーフが伝統的な唐草文や神像などで構成され外来的な影響を見出しがたい第1期は、仏教における三界観といった価値観を木造彫刻や絵画から螺鈿に置き換えて表現されたものであること。これとは対照的にラーマヤナ物語や中国的な装飾文様が現れる第2期は、この時代に行われた中国や東アジアとの外交的な関係を反映していること。さらに勲章の形態を螺鈿で表現した文様などが造られる第3期は、この時代に起きたタイと西洋との関係や王室権威の高まりなどが螺鈿制作に影響を与えたことなどが指摘されました。
この研究会では、タイ美術史がご専門の九州国立博物館原田あゆみ氏にもご参加いただき専門的な見地によるタイ螺鈿の起源や対外関係等ついてのコメントを、また東京藝術大学美術学部工芸科(漆芸)の小椋範彦氏からは制作者の立場からのご発言をいただいたほか、近年バンコクで発見が相次いでいる19世紀の日本製螺鈿との影響関係について盛んな議論が交わされるなど、これまで学術的に取り上げられることの少なかったタイ螺鈿の重要性について刮目するよい機会ともなりました。
箕製作技術の実演とそれに見入る参加者
オイダラ箕
木積の箕
論田・熊無の箕
11月13日に東京文化財研究所で「箕サミット―編み組み細工を語る」が開催され、全国から80名以上の関係者が参加しました。
箕は穀物の選別や運搬に使われる農具です。高度経済成長期以前には生業の現場に欠かせない必需品でしたが、生活の現代化によって需要は激減し、その製作技術も継承の危機にあります。そこで技術の継承を考えるために、国指定重要無形民俗文化財(民俗技術)に指定された箕づくり技術のうち、秋田県秋田市の太平(おいだら)箕、千葉県匝瑳市の木積の箕、富山県氷見市の論田・熊無の箕の伝承者のみなさんをお招きし、実演とパネルディスカッションを行いました。
今回のサミットは、箕の作り手同士はもちろん、売り手、使い手、愛好家、研究者など箕に関わるさまざまな分野の方々がお互いの現状を知ること、またその交流を促すことが目的でした。民俗技術の継承には、調査・記録などの研究的アプローチももちろん重要ですが、そうした研究が実際の技術継承に貢献できることはごくわずかです。技術を人から人へ伝えていくためには時代の需要が不可欠であり、そのためには、技術をより柔軟に、現代にあったかたちに変えていくことが必要だからです。その模索には、箕に関わるできるだけ多くの関係者の知恵を結集させて取り組む必要があります。
パネルディスカッションでは技術継承の厳しい現状を知るとともに、売り手がどのような工夫をし、課題を抱えているのか、使い手が箕の何に魅力を感じているのかなどについても、多くの方に発言をいただきました。このサミットをきっかけに新しく築かれた関係者間のネットワークを大切に温め育てながら、今後も箕づくり技術の継承について考え、実践していきたいと考えています。
(サミットの内容は年度末に報告書として刊行し、ホームページ上でも公開する予定です。)
研究所に運び込まれたジェットエンジンの排気ノズル2点。右側の部品はカバー付き
カバー分離作業の様子
保存科学研究センターでは、国際基督教大学の依頼を受け、同大学構内から昭和25(1950)年頃出土したとされ、ジェットエンジン部品の可能性がある資料2点の調査を日本航空協会とともに実施しました。平成29(2017)年5月20日に同大学で実施した調査で第2次世界大戦中に日本が製造したジェットエンジンの排気ノズルの可能性が高いことが判明し、このことを受け7月6日から10月26日にかけて当研究所にてより詳細な調査を行いました。
文献および目視による調査に加え、主要寸法・重量の測定、材質の調査を実施し、合せて記録撮影を行いました。また、部材構成および内部構造の調査のために東京国立博物館の協力を得てエックス線CT撮影を行いました。調査資料2点のうち1点は2つの部品から構成されていたため研究所に搬入の後、分離作業を行い、資料の表面に付着した土埃や枯葉などの異物を取り除き、合せて防錆処理を行いました。
調査の結果、戦時中に生産された他の日本の航空機においても確認されている製造時の刻印と類似の刻印が確認されたこと、全ての部品がステンレスを用いた耐熱性の高いものであること、形状・構造が戦時中に日本が開発していたジェットエンジン「ネ130」「ネ330」の排気ノズルに類似していることなどから、日本製ジェットエンジンの排気ノズルであり、国際基督教大学の敷地に第2次世界大戦中に存在した中島飛行機が日立製作所とともに開発していた「ネ230」である可能性が極めて高いと判断しました。排気ノズルにはボルトを使ってジェットエンジン本体に取付けられた形跡がないことから、未使用のものと思われます。
当時日本で開発されたジェットエンジンのうち、国内に現存するものは2点しか確認されておらず、今回の資料は1940年代当時の日本の技術の先進性を示すと共に、わが国航空機開発の過程を示す貴重な資料です。
10月26日、国際基督教大学を訪問し、日比谷潤子学長に対して調査の中間報告を行いました。今後、文化財的な価値の調査結果などを含めた最終報告書の編集を予定しています。
会場概観
審議の様子
平成29(2017)年11月29日から12月1日にかけてイタリア・ローマで開催されたICCROM(International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Properties)の第30回総会に、当研究所の職員が参加しました。ICCROMは、昭和31(1956)年のUNESCO第9回総会で創設が決議され、昭和34(1959)年以降ローマに本部を置いている政府間組織で、動産、不動産を問わず、広く文化遺産を対象としているのが特徴です。世界遺産委員会の諮問機関としても知られていますが、当研究所とは特に紙や漆を用いた文化財の保存修復研修を通じて長年の協力関係にあります。
ICCROMの総会は2年に1度開催されています。今回の総会では、理事会から推薦された所長候補ウェバー・ンドロ博士が、総会で信任され、平成31(2019)年1月1日から新しい所長を務めることが決まりました。ンドロ博士がアフリカ出身の初めての所長ということもあり、今後6年間の任期中に、ICCROMのアフリカにおける事業が活性化することが期待されています。
また、例年通り、約半数の理事の任期が満了するのに伴い選挙が行われました。選挙の結果、ベルギー、エジプト、スーダン、スイス、ドイツの理事が再任され、中国、ドミニカ、レバノン、ポーランド、スワジランド、アメリカ、ポルトガル、ロシアからは新たな理事が選出されました。
その他、テーマ別討論では、「Post-conflict reconstruction – Recovery and Community Involvement」というテーマの下、様々な事例が紹介されました。日本からは九州大学の河野俊行教授より、第二次大戦後日本で行われた建造物の再建について報告されました。
当研究所では、今後も文化財保護に関する国際的動向について情報を収集するとともに、日本の活動について広く発信していきたいと考えています。
特別講義の様子
11月24日、東京文化財研究所のアソシエイトフェロー3名は、金沢大学国際文化資源学研究センター文化資源学フォーラムにて特別講義を行いました。平成26(2014)年より、東京文化財研究所と金沢大学は文化資源学分野における研究協力協定を締結しており、これまでも当研究所職員により、文化財保護の専門家を育成する金沢大学のリーディング大学院「文化資源マネージャー養成プログラム」の研修や現地調査等への協力をしてきました。
当日の特別講義の内容はアソシエイトフェローの専門分野や当研究所での活動や関するもので、発表順に「文化財科学入門」(増渕麻里耶)、「地震によって被災したネパール文化遺産の復興へ向けた取り組み」(山田大樹)、「文化財保護法の成り立ちとその特徴」(境野飛鳥)の3講義を行いました。講義への学生の関心は高く、講義後には受講した学生から活発な質問を受けました。
本講義を通して、文化財保護の専門家を目指す学生の教育プログラムに寄与できたことを嬉しく思うとともに、学生への講義の機会が少ない当研究所職員にとっても貴重な機会となりました。今後も職員個々の専門分野を活かして、金沢大学等の学術機関とのさらなる交流を続けていく予定です。
審議の様子
平成29(2017)年11月14日から15日にかけて、フランス・パリのUNESCO本部で第21回世界遺産締約国会議および第12回世界遺産委員会特別会合が開催されました。当研究所からは2名の職員を派遣しました。
世界遺産締約国会議は、2年に一度開催されるUNESCO総会の通常会期の間に開催され、世界遺産委員会の委員国が選出されます。世界遺産条約では、委員国の在任期間を6年と定めていますが、より多くの国に委員国に選出される機会を与えるために、作業指針では自発的に任期を4年に短縮することや、任期後に連続して委員国を務めることを自粛するよう推奨されています。今回の締約国会議では、12カ国が4年間委員国を務めて退任し、会議に参加した締約国による秘密投票の結果、オーストラリア、バーレーン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブラジル、中国、グアテマラ、ハンガリー、キルギス、ノルウェー、セントクリストファー・ネーヴィス、スペイン、ウガンダが新たに選出されました。
また、通常、世界遺産委員会では世界遺産一覧表が更新されるほか、次回の世界遺産委員会の開催地や開催日が決定されますが、今年ポーランド・クラクフで開催された第41回世界遺産委員会では、来年の世界遺産委員会の招聘を公式に表明した委員国がありませんでした。そこで、第21回世界遺産締約国会議で委員国が改選される際に再度希望を募り、併せて開催地や委員会の議長などを決めるため、第12回世界遺産委員会特別会合を開催することになりました。特別会合での調整の結果、第42回世界遺産委員会は、平成30(2018)年6月24日から7月4日にかけてバーレーン・マナーマで開催されることが決まりました。
当研究所では、今後も世界遺産の動向についての最新情報を収集し、国内の関係者に広く周知していきたいと考えています。
セミナー終了後、発表者を囲んでの集合写真
在外の漆工芸品の保存と活用に必要な知識や技術を伝えることを目的として、平成18(2006)年よりワークショップ「漆工芸品の保存と修復」をドイツ、ケルン市のケルン市博物館東洋美術館の協力のもと実施してきました。過去10年間で17カ国延べ179名の学生及び専門家が受講しています。本年はこれまでのワークショップの成果を計るため、平成29(2017)年11月8~9日に東京文化財研究所において評価セミナーを行いました。
過去の受講生に対して行ったアンケート調査に合わせて発表希望者を募り、4か国(アメリカ、ギリシャ、ドイツ、ベルギー)4名の文化財保存修復技術者や大学教員を招きました。2日間のセミナーのうち、1日目は招待した発表者が本ワークショップ受講後に行った修復プロジェクトや教育活動において、得た知識や技術等を個々の職においてどのように活用しているのか、その実態と課題を共有しました。2日目には当研究所からのアンケート結果に関する発表の後、参加者全員によるディスカッションを行いました。在外の漆工芸品の保存修復に関する問題点やワークショップを提供することでそれらがどのように改善できるのかといったことなど、活発な議論が交わされました。
現地職員に3Dスキャナーの使用法を指導
変異計測のため建物外壁に設置したターゲット
文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの派遣を行っています。10月29日〜11月10日に6名が、11月20日〜26日に2名がそれぞれ現地調査を実施しました。
まず、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物群の現状記録および修復計画作成のための詳細実測作業を6月調査に続いて行い、これと並行して東京大学生産技術研究所を中心とする構造班が3Dスキャンによる測量も行いました。同王宮内には宗教的理由から外国人の立ち入りが禁止されているエリアもあるため、測量機器の使用法を現地考古局職員に指導し、彼らと協力しながら作業を実施しました。立入制限は調査実施上の制約ではありますが、その反面で技術移転を促進する契機ともなっているように感じます。
次に、既に調査を終えた内壁面仕上げの塗膜を剥がし、下地の煉瓦壁の仕様や状態を確認する作業を開始しました。この調査は煉瓦壁の破損状況を的確に把握するために必要なだけでなく、建物の変遷を解明する上でも大きな手がかりとなります。特に損傷が激しい等の理由から今後の修復の中で解体が想定される箇所については、歴史的証拠を調査記録する最後の機会となるかもしれないため、慎重の上にも慎重な観察が求められます。
さらに、修復工事の過程で対象範囲に隣接する建物への影響がないかを継続的にモニタリングするため、変位計測用のターゲットおよび壁面傾斜の定点観測用ガラスプレートを各所に設置し、その初期値を計測しました。
一方、6月に同王宮内シヴァ寺周辺で行った発掘調査で出土した遺物の整理作業も実施し、併せて考古局職員に整理手法について指導助言を行いました。
文化遺産にも甚大な被害をもたらした震災から2年半が過ぎ、現地では各国チームによる修復事業もようやく活発化しています。私たちも、日本の修復専門家が参加して行われる上記修復事業を、今後も現地職員への技術移転を図りつつ、支援していきたいと思います。
第二化学実験室での説明の様子
イラン国立博物館研究員1名、イラン文化遺産観光研究所研究員1名
10月30日に博物館収蔵品を守るための日本の博物館における環境管理の事例などを視察するために所内を見学。第二化学実験室等で担当者による説明を受けました。
現地調査をおこなったビチレブ島東部N村の様子
現地住民への聞き取り調査の様子
大阪府堺市にあるユネスコのカテゴリー2センターであるアジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)は、平成28(2016)年度よりアジア太平洋地域における無形文化遺産の防災に関する調査研究を実施しており、本研究所の無形文化遺産部もその事業に継続的に協力してきました。このたびIRCIが実施するフィジーでの現地調査に、IRCIの連携研究員である石村智・無形文化遺産部音声映像記録研究室長が参加しました。
フィジーは大洋州地域の島しょ国で、平成28(2016)年3月に熱帯サイクロン「ウィンストン」が直撃したことにより、多くの地域が甚大な被害に見舞われました。今回の現地調査では、首都のあるビチレブ島東部の、特に被害が大きかった2村落で調査をおこない、現地住民から無形文化遺産と災害に関する聞き取り調査を実施しました。調査には、IRCIの野嶋洋子アソシエイトフェロー、フィジー博物館のエリザベス・エドワード氏、フィジー先住民省のイライティア・セニクラジリ・ロロマ氏、石村室長の4名が参加しました。調査期間は平成29(2017)年9月23日から10月3日です。
いずれの村も、建物のほとんどがサイクロンによって破壊されたそうですが、フィジー政府や海外のNPOなどからの支援によって住宅の再建が進んでいました。しかし新しく建てられた住宅のほとんどは、トタン板やコンクリートブロックなどの近代的な素材を多用した建築であり、ブレと呼ばれる木造で茅葺の伝統的なスタイルの建築は完全に姿を消していました。
地域住民への聞き取りでは、伝統的な知識の中に、サイクロンの到来を予知するような、防災に関連したものが多く含まれていることが明らかになりました。例えば、果物が多く実ったとき、特にパンノキのひとつの枝に複数の実が出来たときは、それがサイクロンの前兆とみなされてきたといいます。しかし近年ではこうした知識は軽んじられ、十分に活かされなくなったといいます。
また聞き取りによって明らかになったことは、伝統的なブレの住宅は1960年代以降、その数は徐々に減り、昭和47(1972)年の熱帯サイクロン「べべ」の被害によってほとんど姿を消し、平成5(1993)年の熱帯サイクロン「キナ」の被災後には完全に姿を消してしまったとのことでした。しかし一方でブレの建物は、暑さや寒さをしのぐのに適しており、住み心地が良かったという意見も聞かれました。しかしブレの建物を作れる技術を持った人はほとんどいなくなってしまったとも聞きました。
今回の現地調査で、災害が伝統的な生活様式を変化させ、それにともなう無形の技術も失われていく傾向にあることがわかりました。しかしそれは単に災害だけに原因があるのではなく、グローバル化や現代化の影響も大きいことがわかりました。
こうした現地調査で得られた知見をもとに、私たちは「復興」と「文化の保護」をどのように両立させることができるかを、考えていきたいと思います。
実演記録室における臨地研修
公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター文化遺産保護協力事務所(奈良市)は、平成29(2017)年10月10日から11月3日にかけて「文化遺産の保護に資する研修2017:博物館等における文化財の記録と保存活用」を実施しましたが、本研究所の無形文化遺産部もこの事業に協力し、平成29(2017)年10月30日午後に本研究所にて「臨地研修:無形文化遺産の記録法」の講義を担当しました。講師は石村智・無形文化遺産部音声映像記録研究室長です。
本研修には、大洋州地域から6名(フィジーから3名、パプアニューギニアから2名、ソロモン諸島から1名)の研修生が参加していました。いずれも博物館などで実務に携わる専門家です。講義では、まず前半で日本における無形の文化財の保護制度について解説し、後半では具体的な無形文化遺産の記録法について解説しました。後半では特に映像による記録法について説明し、実際に無形文化遺産部が作成している映像記録(講談の記録作成、木積の藤箕製作技術の記録作成など)を教材として使用しました。
今回の研修生の出身地域である大洋州地域には、多様な無形文化遺産が存在するものの、その記録作成についてはまだまだ十分ではないとのことでした。特に無形の技術は動きをともなうものが多く、文字などによる記録では十分でないことが多いため、映像による記録法の重要性については大いに認識してもらったようでした。また質疑応答においても、「日本では口承伝承の記録はどのようにおこなっているのか」など、具体的な内容に及ぶものも多く、彼らの関心の高さを感じることが出来ました。
これまで無形文化遺産部が培ってきた研究成果を、日本国内のみならず国外の文化遺産の保護にも貢献することができれば意義深いことであると実感しました。