研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


博物館の環境管理に関するイラン人専門家研修

東京文化財研究所で実施した座学の様子

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年3月に、イラン文化遺産手工芸観光庁およびイラン文化遺産観光研究所と趣意書を取りかわし、今後5年間にわたり、イランの文化遺産を保護するため様々な学術分野において協力することを約束しました。
 平成28(2016)年10月に実施した相手国調査の際、イラン人専門家から、現在、首都テヘラン市では大気汚染が深刻な問題となっており、その被害が文化財にもおよび、イラン国立博物館に展示・収蔵されている金属製品の腐食が進行していると相談されました。
 そこで、今回、10月29日から11月5日にかけて、イランにおける博物館の展示・収蔵環境の改善を目指し、イラン国立博物館とイラン文化遺産観光研究所から各1名の専門家を招聘し、研修とスタディー・ツアーを実施しました。
 研究所において、博物館環境と大気汚染に関する座学を実施したほか、東京国立博物館の展示・収蔵環境や鎌倉大仏などの視察を行いました。
 来年度も、イランの博物館の展示・収蔵環境の改善を目指し、協力を実施していく予定です。

「トルコ共和国における壁画の保存管理体制改善に向けた人材育成事業」における研修「壁画保存に向けた課題と問題」の開催

研修参加者との集合写真
Tagar Church (St. Theodore Church)での調査

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成29年(2017)10月30日~11月2日にかけて、研修「壁画保存に向けた課題と問題」を開催しました。Nevşehir Hacı Bektaş Veli Universityを会場に開かれた本コースには、トルコ共和国内10箇所の国立保存修復センターより30名の保存修復士に参加いただきました。
 本研修は、トルコ共和国の壁画を保存していくうえで重要となる応急処置のあり方を見直し、そのプロトコルを確立させていくことを目標にしています。第1回目となる今回の研修では、イントロダクションとして「壁画の技法や劣化の原因」、「保存修復における原則」などをテーマに講義を行いました。それぞれの講義内容について発表者と受講者との間で意見交換の場を設けることで、課題について全員で取り組んでいこうとする姿勢が生まれ、結束力が高まりました。
 また、研修の最終日には来年度より開催を予定している現場実地研修の対象となるタガール教会(聖セオドア教会)を訪れ、前日までの講義内容に順じて教会内部に描かれた壁画の保存状態を観察しました。一般的な保存修復事業とは異なり、壁画を保存・管理していくうえで重要と考えられる応急処置方法とはどうあるべきかを議論し、様々な意見が飛び交いました。
 現時点においてトルコ共和国には、壁画の保存管理システムというものが十分に確立されていません。この事業は、トルコ共和国との歩みを揃えながら進めていくことが重要です。今回も研修事業が始まる直前には、内容の充実に向けた意見交換を目的にトルコ共和国文化観光省ならびにガーズィ大学芸術学部保存修復学科を訪問しました。研修は平成31年度までに計4回の開催を予定しています。その中で文化財の保存活動に従事する専門家が現実的に実施可能な仕組みを参加者全員で作り上げていきたいと思います。

9月施設見学(1)

生物科学研究室での説明の様子

山形県鮭川村文化財保護審議会の方々 4名
 鮭川村の文化財管理者の高齢化が進み、年々文化財の保存・管理が難しくなってきているため、今後の文化財保護事業の参考にする目的で9月13日に来所。
 生物科学研究室等を見学し担当者による説明を受けました。

9月施設見学(2)

文化遺産国際協力センターでの概要説明

インドデカン大学副学長他 5名
 9月26日に「インド文化遺産セミナー」での講演に併せて見学。
 文化遺産国際協力センターの担当者の概要説明の後、実演記録室等を見学しました。

9月施設見学(3)

実演記録室での説明の様子

ハムロホン・ザリフィ駐日タジキスタン共和国特命全権大使、アジーズ・ナザロフ2等書記官、キリール通訳の 3名
 9月27日に当所への表敬訪問に併せて所内を見学。生物科学研究室、資料閲覧室、実演記録室を見学し担当者による説明を受けました。

フランスの美術アーカイブをうかがう―文化財情報資料部研究会の開催

フランス、国立美術史研究所図書館の内部

 東京文化財研究所は、その前身である美術研究所が1930(昭和5)年に創設された当初から美術に関する資料の収集、整理、そして公開に努めていますが、これはヨーロッパの美術アーカイブを模範としたものでした。それから80年以上を経て、ヨーロッパの美術アーカイブはどのような発展を遂げたのか――9月5日に行なわれた文化財情報資料部研究会での齋藤達也氏(客員研究員)による発表「フランスにおける近代美術資料 美術館・図書館・アーカイブ・インターネットリソースの紹介と活用例」は、フランスを例にその現状をうかがう格好の機会となりました。
 現在、パリのソルボンヌ大学博士課程でフランス近代美術を研究する齋藤氏は、フランスのアーカイブに日々接しています。その利用者としての目線から、発表では主な公的機関として、フランス国立図書館、国立美術史研究所、国立公文書館、オルセー美術館の例を紹介されました。日本と比較すると、総じて各機関の運営するデジタルアーカイブが質量ともに充実しているようです。とりわけ芸術家の書簡をはじめとする手稿資料のデジタル化が進んでいるのは、同様の資料を多数所蔵する当研究所のスタッフにとって大変刺激になりました。その一方で、資料の一部始終がデジタル化されているわけではなく、万全を期すには原資料に当たる必要もあるという話も、一研究者としてうなずけるものがありました。
 この研究会にはコメンテーターとして一橋大学の小泉順也氏にご発言いただき、また国立西洋美術館の川口雅子氏、陳岡めぐみ氏、山梨県立美術館の小坂井玲氏にもご参加いただきました。日ごろは日本美術を対象とすることの多い文化財情報資料部ですが、この研究会では、西洋美術の研究者と美術アーカイブのあり方をめぐって活発な意見が交わされました。

甲賀市水口藤栄神社所蔵十字形洋剣に対するメトロポリタン美術館専門家の調査と第7回文化財情報資料部研究会での発表

テルジャニアン博士による調査
文化財情報資料部研究会での発表

 滋賀県甲賀市水口の藤栄神社が所蔵する十字形洋剣は、水口藩の祖で豊臣秀吉や徳川家康に仕えた戦国大名加藤嘉明(1563-1631)が所持したと伝えられる西洋式の細形長剣です。優れた出来栄えのこの剣は、日本やアジアで使われた刀剣とはまったく異なる形であり、2016年度に実施した国内専門家による調査検討の結果、16世紀から17世紀前半にかけてヨーロッパで造られた西洋式長剣レイピア(Rapier)が、国内で唯一伝世した作例であることが明らかになりました(東文研ニュース65号既報)。しかしながらこの時点の研究では、この剣が果たして日本製であるのか、それともヨーロッパからの渡来品が国内で伝世したものなのか、またその正確な年代はいつなのか、といった大きな疑問が解決されないままに残されました。
 そこでこうした謎を解明するため、この度、世界でも有数のレイピアコレクションを誇るニューヨークのメトロポリタン美術館武器武具部門長、ピエール・テルジャニアン博士にご来日いただき、現地での調査を実施のうえ、この洋剣に対する見解について第7回文化財情報資料部研究会にて、「ヨーロッパのルネッサンス期レイピアと水口レイピア」と題したご発表をいただきました。
 博士の見解は、銅製の柄部分は明らかに日本製であること、また剣身も日本製あるいはアジア製であってヨーロッパ製ではないこと、そして水口レイピアのモデルとされたヨーロッパ製レイピアは1600年から1630年の間に位置づけられ、その間でもより1630年に近い時期であるが、この剣自体には実用性に欠ける面がある、というものでした。
 この見解は、17世紀前半の日本において、ヨーロッパからもたらされた洋剣を日本人が詳細に調べ上げ、その模作までも行っていたという、これまでまったく知られていなかった新たな事実を意味するものです。またその一方で、この剣には高度なネジ構造によって柄と剣身とを接続するなど、ヨーロッパのレイピアには認められない独自の技術が使われていることも明らかとなりました。こうした独自の特徴は、当時の日本の職人が見慣れぬ西洋の剣を自身の持つ技術で正確に再現しようと努力苦心し、工夫を重ねた結果であると理解できるでしょう。
 このように、水口に伝わった一振りの洋式剣の研究から、17世紀前半の金属工芸技術や外来文化の受容に関するさまざまな事実が明らかになりつつあります。この剣がどこで誰がどのように造ったのかといった問題など、さらに詳しい調査や研究を進め、今後もこの剣の実態やそれをめぐる歴史的な背景などについての検討を行っていく計画です。

EAJRS(日本資料専門家欧州協会)第28回年次大会「日本学支援のデジタル対策」への参加

EAJRS第28回年次大会 オスロ大学Professorboligenでのセッション
EAJRS第28回年次大会 リソース・プロバイダー・ワークショップ

 EAJRS(European Association of Japanese Resource Specialists:日本資料専門家欧州協会)第28回年次大会がノルウェーのオスロ大学において、9月13日から16日の日程で開催され、当研究所からは文化財情報資料部の橘川が参加しました。EAJRSは、ヨーロッパで日本研究資料を取り扱う図書館員、大学教員、博物館・美術館職員などの専門家で構成されているグループで、今年の年次大会は「日本学支援のデジタル対策」と題して催され、90名あまりの関係者が参加しました。14にわたるセッションで構成されたこの大会では、チェスタ ー・ビーティー・ライブラリー、コロンビア大学C.V.スター東亜図書館などの在外日本資料コレクションに関する研究、国文学研究資料館、国立歴史民俗博物館、国際日本文化研究センター、アジア歴史資料センター、渋沢栄一記念財団などによるデジタル・アーカイブ事業、国立国会図書館によるインターネット上のツールを活用したレファレンスのノウハウ、EAJRS在欧和古書保存ワーキンググループの取り組みなど、30件の発表が行われました。
 本大会において、当研究所の研究事業とアーカイブを紹介するため、リソース・プロバイダー・ワークショップ、ブース出展を行い、当研究所の刊行物、デジタル・アーカイブについて展示、解説しました。大会期間中の談話でも、当研究所刊行物への評価、機関リポジトリを介した情報発信のあり方など、海外の専門家らならではの具体的な助言をいただくよい機会となりました。今大会の模様をEAJRSサイト(http://eajrs.net/)で視聴できますのでご参照ください。なお、来年2018年の大会は、リトアニアのヴィータウタス・マグヌス大学で開催することが決定しました。

文化財防災ネットワーク構築のためのヒアリング調査

資料処置現場でのヒアリング調査
水損資料を乾燥させている真空凍結乾燥器

 昨今、地震や台風などによる文化財の被災件数が増加しています。国立文化財機構では、地域にとって貴重な文化遺産を守り伝えていくための文化財防災ネットワークの構築を目指し、文化財防災に関するヒアリング調査を全国の文化財関係組織を対象に行っています。東京文化財研究所は北海道・東北ブロックを担当しており、9月15日には山形県山形市にある東北芸術工科大学にてヒアリング調査を行いました。
 東北芸術工科大学では、東日本大震災で水損してしまった文書資料の真空凍結乾燥処理を現在も継続して行っていました。災害発生時から現在に至るまでの文化財レスキューの流れについて貴重なお話を伺えたことに加え、実際に処置を行っている現場の様子を見せていただけたことで、現場でなければ分からない問題や課題についても知ることができました。
 こうした北海道・東北地方での調査を進めていく中で、地域によって異なる文化財防災の特徴が明らかになってきました。引き続き各地域における現状調査を継続し、災害の規模に関わらず何か問題が起こってしまった時の助けとなるような、文化財防災ネットワークの構築に繋げていければと考えています。

アルメニア共和国における染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」の開催

研修の様子
修了式の様子

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年9月11日~20日の間、アルメニア共和国にて、同国文化省と共同で染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」を開催しました。本研修は、両者が平成26(2014)年に締結した、文化遺産保護分野における協力に関する合意に基づいて実施したものです。
 アルメニア共和国では、遺跡から繊維などの有機物も多く出土する一方、そのような遺物の保存方法などに関するノウハウは十分に有していません。また、世界文化遺産にも登録されているエチミアジン大聖堂には、古来より受け継がれてきた典礼服飾品など、宗教的・歴史的に価値のある品々が多数保管されています。しかし、それらの中には損傷が激しいものもあり、文化遺産を後世に伝えていくためにも、適切な手法で修復を行う必要があります。
 今回の研修は、文化遺産国際協力センター客員研究員の石井美恵氏とNHK文化センターさいたまの横山翠氏を講師として、前半をアルメニア共和国歴史文化遺産科学研究センター、後半をエチミアジン大聖堂付属博物館で行い、博物館など文化遺産を扱っている7機関から13名が研修生として参加しました。第一回目にあたる今年度は、染色文化遺産に関する基礎的な知識や技術の習得を目指しました。最終的には彼ら自身の手で文化遺産の保存修復を手掛けられるよう、今後も協力関係を継続していく予定です。

セミナー「インドにおける文化遺産保護と最新のインダス文明研究」の開催

セミナー終了後、シンデ博士を囲んでの集合写真

 東京文化財研究所およびNPO法人南アジア文化遺産センターは、インド・デカン大学学長のヴァサント・シンデ博士をお招きし、9月26日にセミナー「インドにおける文化遺産保護と最新のインダス文明研究」を開催しました。
 ヴァサント・シンデ博士は、インドを代表する考古学者で、インド国内で数多くの発掘調査を行ってきました。現在は、モヘンジョ・ダロ遺跡を凌ぐインダス文明最大の都市遺跡ラキー・ガリー遺跡の発掘調査を行っています。
  今回のセミナーでは、「インドにおける文化遺産保護の現状」と「ラキー・ガリー遺跡の最新の発掘調査成果」に関して、ご報告いただきました。
 また、発表前の時間を利用して、東京文化財研究所を見学していただきました。シンデ博士の所属するデカン大学は文化遺産に特化した大学院大学ですが、来年度、新たに「保存修復」と「文化遺産マネージメント」の学部を新設するとのことです。そのような理由もあり、とくに保存科学研究センターの朽津室長の説明に熱心に耳を傾けていました。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その7)

カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内における壁面仕上げ状態調査
キルティプルで開催された歴史的集落保全ワークショップの様子

 文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの派遣を行っています。9月6日〜14日にかけて、当研究所アソシエイトフェロー の山田が現地調査を実施しました。
 今回はおもに、日本の専門技術者の指導のもとでの修復が予定されているカトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物群について、内壁面仕上げの仕様調査および写真記録を行いました。建物の壁面は、建設後も度々塗り重ねられ、その材料も変化してきています。そのため、地震で損傷した塗膜層を作業用メスで一枚一枚丁寧に剥がし、各室内壁仕様の変遷を調査しました。これからの修復に向けては、旧塗装面の保存の要否や塗り直しの仕様等を検討していく必要があります。調査結果はその判断材料となるほか、繰り返し改築されてきた建物の歴史を解明する上でも重要な手がかりを得ることができました。
 一方、9月10日には、世界遺産暫定リストに記載された歴史的集落をもつキルティプル市がホスト役となって開催された、カトマンズ盆地内歴史的集落の保全に関するワークショップに参加し、歴史的集落保全のために緊急的に取り組むべき項目についての提言を行いました。この提言を受けて、同市長や各歴史的集落を管轄する地元行政職員、政府考古局職員など参加者の間で熱心な議論が交わされました。歴史的集落保全のための適切な体制を確立するまでには依然として多くの課題があるものの、その実現に向けて大いに期待を感じさせるワークショップでした。

国際研修「紙の保存と修復」2017の開催

実習の様子

 平成29年(2017)年8月28日~9月15日に国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は1992年より東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)の共催で、海外からの参加者へ日本の紙本文化財の保存と修復に関する知識や技術を伝えることにより、外国の文化財の保護へ貢献することを目指しています。本年は38カ国79名の応募の中から9カ国(アルゼンチン、オーストラリア、中国、チェコ、ギリシャ、イスラエル、ラトビア、フィリピン、アメリカ)10名の文化財保存修復の専門家を招きました。
 研修は講義、実習、視察で構成されます。講義では日本における有形および無形の文化財保護制度や和紙の基礎的な知識、伝統的な修復材料や道具について取り上げました。実習は国の選定保存技術「装潢修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、紙本文化財の洗浄から巻子仕立てまでの修理作業を中心に、和綴じ冊子の作製や屏風と掛軸の取り扱いも行いました。研修中盤には名古屋、美濃、京都を訪問し、歴史的建造物の室内における屏風や襖、国の重要無形文化財である本美濃紙の製造工程、伝統的な修復現場などを視察しました。また、最終日の討論会では紙本文化財の修復材料や保存環境といった各国の現状や課題について活発に議論がなされました。
 参加者が本研修を通じ、日本の修復材料や道具だけでなく、和紙を使用した修復方法や技術についても理解を深め、それらが諸外国の文化財保存修復に応用されることが期待されます。

「ミャンマーにおける考古・建築遺産の調査・保護に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」(建築分野)による第三次現地派遣

リスによるクラックゲージの破損とクラックディスクの設置
技法調査
煉瓦試験体の製作
レクチャーの様子
現地職人による煉瓦積み実演

 文化庁より受託した標記事業(奈良文化財研究所からの再委託)の一環として、今年度第3回目(9月17日~10月2日)の現地調査を実施しました。今回は外部専門家3名を含む計6名を派遣し、構造挙動モニタリングや、伝統建築技法と生産技術に関する調査、材料実験等を行いました。
 3回目の測定となる構造挙動モニタリングでは、対象建物3棟ともに変形の進行は特に認められませんでした。ただ、クラックゲージの一部が鳥獣の加害により脱落し、継続的な計測ができなかった測点もありました。このため、クラックゲージの被覆やクラックディスクへの交換など、現場の状況に応じた対策を講じました。
 文化遺産建造物が持つ価値には、外形だけではなく建造に用いられた技術も含まれています。ところが、バガンにおける従来の修復作業では当初技法の保存・再現への意識が乏しく、これに関する既往研究も極めて限られています。そこで、今回の調査では建築構造および保存修理分野の専門家とともに20物件を対象に煉瓦積みの技法を確認し、あわせて現地で修理に携わってきた職人へのインタビューや実演を通じて生産技術に関する情報収集も行いました。
 また、技術支援の一環として9月20日にミャンマー宗教文化省考古国立博物館局バガン支局にて講義を行い、副支局長をはじめ13名の同局スタッフが参加しました。「アジア諸国の組積造文化遺産の地震被害」(東京文化財研究所、友田正彦室長)、「レンガ造文化遺産建造物の構造解析のための調査と事例」(東京大学、腰原幹雄教授)、「シャトーカミヤ旧醸造場施設の保存修理工事」(文化財建造物保存技術協会、中内康雄参事)の3題をオムニバス形式で行い、特に補強に関する材料や工法等については強い関心が示されました。
 一方、ヤンゴンではMyanmar Engineering Society (MES)とYangon Technological University (YTU)の協力を得て9月23日~10月1日に煉瓦単体(14点)の圧縮強度試験を行いました。また、バガンでの生産技術調査から得た情報に基づいて材料と配合比が異なる3種類のモルタルを使ったプリズム(4段積の煉瓦試験体)各9体、円筒のモルタル試験体各3体、正方形のモルタル試験体各3体を作製しました。これらについての強度試験は約2か月後に行う予定です。
 引き続きこのような調査や実験を通じて、バガン地域の文化遺産建造物の保存・修復に有益なデータをさらに蓄積していきたいと思います。

雪舟研究の最前線-文化財情報資料部研究会の開催

雪舟筆《山水図》(部分)東京国立博物館所蔵(提供:東京国立博物館)

 雪舟等楊は、中国(明)に渡り水墨画を大成しました。この雪舟入明に関する史料に、呆夫良心『天開図画楼記』と雪舟筆「山水図」自賛(「破墨山水図」東京国立博物館蔵)があります。橋本雄氏(北海道大学)は、「雪舟入明再考」(『美術史論叢』33、2017年3月)において、日明関係史研究の立場から、雪舟の入明は積極的に試みられたものであるとする説を提示されました。また氏は、『天開図画楼記』の「向者、大明国北京礼部院、於中堂之壁、尚書姚公、命公令画之」の「之」は北京の礼部院に雪舟が描いた画題を指し、それは鍾馗像だったのではないかと仮定し、傍証として鍾馗と科挙、礼部院との関係を論じました。さらに、「山水図」自賛の「於茲長有声并李在二人得時名、相随伝設色之旨兼破墨之法兮」部分は、従来の解釈のような「雪舟が長有声や李在に師事した」ことを意味するのではなく、長有声・李在が相随(あいしたが)って伝統的筆法を学び取ってきたことを意味すると読み取りました。
 この論考をうけて、8月7日文化財情報資料部研究会にて綿田稔氏(文化庁)は、「橋本雄「雪舟入明再考」に寄せて」と題し、『天開図画楼記』および「山水図」自賛についての橋本説に厳しい検討を加えました。司会に島尾新氏(学習院大学)、コメンテーターに伊藤幸司氏(九州大学)、米谷均氏(早稲田大学)、須田牧子氏、岡本真氏(東京大学史料編纂所)をお招きし、美術史のみならず、歴史学、文献史学からの意見をふまえた研究会となりました。
 綿田氏は、かつて『漢画師 ―雪舟の仕事』(ブリュッケ、2013年)にて『天開図画楼記』の「命公令画之」を「之に画く」と読みましたが、従来の「之を画く」であるとしても「之」が直前の「墨鬼鍾馗」であるとする橋本説に疑問を呈しました。研究会の出席者からは、「之」が何を指すかは、文法による解釈だけでは断定できないとの意見が多く、画題を鍾馗像とすることについては再検討の余地があることが指摘されました。なお橋本氏が示した傍証などから、鍾馗像であった可能性も否定できないという意見もみられました。研究会では、解釈の可能性とともに礼部院にふさわしい画題の探求が今後の課題とされました。
 また綿田氏は、自賛に記された「相随伝」の主語は、「余曽入大宋国」以下の主語が「余」すなわち雪舟であるべきことから、従来どおり雪舟が相随伝えたと読む立場をとりましたが、研究会出席者からは、従来説では文章の構造上矛盾があるという見解が多く、橋本氏の解釈を支持する結論となりました。雪舟が「長有声」「李在」という二人の画家を例示した意図はわかりませんが、「数年而帰本邦地、熟知吾祖如拙周文両翁製作楷模」に着目すると「長有声并李在」と「如拙周文」が対をなすことから、雪舟の意図は「如拙周文」を際立たせることにあったといえそうです。綿田氏は「相随伝」したのを雪舟にしなければ、「至于洛求師」、すなわち雪舟が中国で師を求めたという記述に合わないことを指摘されました。司会の島尾氏からはテキストにおけるクリシェ(常套句)の峻別が示唆され、史料読解や解釈にとどまらない幅広い視野からの研究が必要であるという認識を共有する機会となりました。
 綿田氏からの問題提起によって、史料の解釈の可能性と振幅を改めて共有することができました。今後の雪舟研究の展開が期待されるでしょう。

IFLAヴロツワフ大会への参加

IFLA世界大会メイン会場となった百周年ホール
キャスリーン・サロモン氏による発表

 国際図書館連盟(IFLA:The International Federation of Library Associations and Institutions)第83回世界大会がポーランド西部の都市・ヴロツワフにおいて、8月19日~25日の日程で開催されました。IFLAは1927年にスコットランドのエディンバラで設立された図書館の国際組織で、ブルーシールド国際委員会の一部でもあります。本部はオランダのデン・ハーグに置かれ、約140か国・1400団体が加盟しており、毎年1回世界大会が開催されています。国立図書館、大学図書館、公共図書館など様々な種類の図書館やテーマによって、248件のセッション(会合・会議・研究会)が行われました。今回は初めて文化財情報資料部から江村知子が参加し、美術図書館など当所のアーカイブに関連の深い研究会や会議などに出席して、各国の参加者との情報交換、研究交流を行いました。
 8月22日にヴロツワフ建築博物館で開催された美術図書館分科会「美術・建築の探索:美術史研究のオープン・アクセス・ツール」では、オランダ、イタリア、アメリカ、ハンガリーから4人の発表が行われ、美術に関する文献・研究資料をより広く情報共有し、発展的な研究に広げていくための様々な取り組みが報告されました。ゲッティ研究所のキャスリーン・サロモン氏の「美術史のバーチャル図書館:ゲッティ・リサーチ・ポータル」では、今年5月から当研究所がゲッティ・リサーチ・ポータルの情報提供元となり、当研究所所蔵の明治期の雑誌や展覧会目録が搭載されたこと、英語以外の稀観書も広く利用できる仕組みとなっていることが紹介されました。今回の美術図書館分科会や常任委員会には日本やアジアからの参加者は他におられず、美術資料の国際的活動は欧米の関係者によって推進されている印象を受けましたが、世界各国で日本の美術作品や図書資料なども多く所蔵されている現状も知ることができました。あわせて当研究所のアーカイブ機能と国際的な情報発信を強化することによって、より広く研究支援や日本文化の理解促進に貢献できる可能性を認識致しました。専門性を十分に確保しながら、国際的な連携を推進することを今後の課題としたいと思います。

国宝孔雀明王像及び普賢菩薩像(東京国立博物館蔵)の蛍光X線分析の実施

国宝孔雀明王像の蛍光X線分析の様子(東京国立博物館)

 東京文化財研究所は東京国立博物館と共同で、同館所蔵の仏教美術作品に関する光学的調査研究を行っています。この共同研究の一環として、平成29(2017)年8月2日~3日の2日間、孔雀明王像及び普賢菩薩像を対象に、蛍光X線分析による彩色材料調査を行いました。両作品は平安時代(12世紀)に描かれた絹本の絵画で、いずれも国宝に指定されています。
 蛍光X線分析では、物質を構成する元素の種類と量を非破壊・非接触で知ることができます。特に近年は、高性能な可搬型機器が広く普及したことで、安全に精度の良い情報が得られるようになりました。今回のような絵画作品の調査では、顔料の種類や、金・銀などの金属組成を特定することができます。
 本共同研究ではこれまでに、今回の調査作品を含む平安時代の仏画5点の高精細カラー、蛍光、赤外画像を取得しています。今回の蛍光X線分析では、これらの画像を詳細に検討し、作品の中に使われている色や描写を網羅的に調査しました。
 孔雀明王像及び普賢菩薩像については、これまでに数多くの美術史的研究がなされていますが、今回の分析によりこれまで知られていなかった新たな事実が明らかになることが期待されます。また、本共同研究には、美術史、分析化学、画像形成など複数の分野の研究者が参画しており、分野横断的な調査研究を通じて、平安時代の仏画に対する新たな研究展開が図れる可能性があります。そこで、研究者間の連携を図りながら引き続き検討を行うとともに、他の平安時代の仏画についても調査を進めていきます。

8月施設見学

東文研正門前にて

 ミクロネシア連邦よりMarcelo K. Petersonポーンペイ州知事、Esmond B. Moses連邦議会議員の2名が、一般財団法人国際協力推進協会(APIC)の佐藤昭治常務理事(元駐ミクロネシア日本国特命全権大使)の案内で無形文化遺産部を訪問し、文化遺産・伝統文化の保護等に関する意見交換をおこないました。意見交換では片岡修氏(関西外国語大学国際文化研究所研究員)・益田兼房氏(立命館大学歴史都市防災研究所上席研究員)も同席し、2016年にユネスコ世界遺産に登録された同国のナンマトル(ナン・マドール)遺跡の保存と活用についても意見交換をおこないました。

博物館・美術館等保存担当学芸員研修の開催

実習の様子

 本研修は、文化財保存施設において資料保存を担う学芸員に、そのための基本知識や技術を伝える目的で昭和59年以来行っているものです。今年度は、7月10日より2週間の日程で行い、全国から31名が参加しました。
 本研修のカリキュラムは、温湿度や空気環境、生物被害防止などの施設環境管理、および資料の種類ごとの劣化要因と様態、その防止の2本の大きな柱より成り立っており、研究所内外の専門家が講義や実習を担当しました。博物館の環境調査を現場で体験する「ケーススタディ」は埼玉県立歴史と民俗の博物館をお借りして行い、参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定したテーマに沿って調査し、後日その結果を発表しました。
 大規模改修を控えた施設も多く、またLED照明への転換など、資料保存に係る大きな動きが起こる中で、適切な管理について的確に伝えられるよう、今後もカリキュラムを精査していきたいと考えております。

台湾における鉄構造物の保存修復に関する現地調査

意見交換の様子

 保存科学研究センター近代文化遺産研究室では、平成29年8月19日から27日の9日間で台湾に現存する日本統治時代(1895-1945)に建造された鉄構造物の保存修復状況に関する調査を実施しました。今回の調査では、大空間を有する工場建築や橋梁など大規模建造物の調査が中心となりました。
 統治時代の建造物の保護は、1987年の戒厳令解除以降に本格的に始まり、指定・登録文化財のおよそ半数が統治時代の建造物です。
 今回の調査では、製糖工場を中心に調査しましたが、煙草や酒の製造工場は1990年代まで国の専売品として管理・製造されていたため、建物や製造機械類が操業停止時の状態で残されていました。こうした工場は、立地環境に大きく左右されますが、台北市などの大都市部に現存する工場の多くは、商業・文化施設へと活用され、まちづくりの拠点として新たな役割を担っていました。
 22日には、文化部文化資産局を訪問し、施國隆局長らと台湾での文化財保存の取り組みについてディスカッションを行いました。台湾では、2000年以降から生産・流通・加工などを含めた産業システムの保存に取り組まれるようになり、日本国内で取り組まれている産業遺産の保存について関心を寄せられ、活発な意見交換が行われました。

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