研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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セインズベリー日本藝術研究所での協議
SOASでの講演
イギリス・ノリッチに所在するセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures、以下SISJAC)は、ヨーロッパにおける日本芸術文化研究の主要拠点の一つです。東京文化財研究所では、平成25(2013)年より、同研究所との共同事業を継続的に実施しています。
文化財情報資料部では、この共同事業の一環として、毎年研究員をイギリスに派遣し、関係者との協議や講演を行っています。令和7(2025)年度は、田代裕一朗および吉田暁子の2名が訪英しました。
今回の訪英では、まず12月4日、イースト・アングリア大学のアーラム・ホールにて、田代が「Japanese Residents of Colonial Korea and Their Relationship with Ceramics(植民地朝鮮の日本人と陶磁器)」と題した講演を行いました。本講演は、SISJAC所長のサイモン・ケイナー氏、ならびにイースト・アングリア大学教授のラー・メイソン氏による講演とあわせて開催され、講演後には三氏によるディスカッションも行われました。
講演後、田代と吉田は、准教授ユージニア・ボグダノヴァ=クマー氏をはじめとするSISJACのメンバーと、今後の共同事業について協議を行いました。ここでは、次年度に講演を予定している吉田がプレゼンテーションを行い、意見交換を通じて、次年度以降のより建設的な研究交流の在り方について話し合いました。
翌12月5日には、ノリッチからロンドンへ移動し、ユージニア氏の司会のもと、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)にて、田代が「Japanese “Kottō” Culture and Korean Ceramics(日本の骨董文化と韓国の陶磁器)」と題した講演を行いました。講演後には、同学院で学ぶ学生たちとのディスカッションも行われました。
文化財情報資料部では、このような研究交流に加え、欧米圏で開催された日本美術展覧会に関する情報を集積するデータベース事業も、SISJACと共同で進めています(※)。今後も「研究」と「アーカイブ」という二つの柱を軸に、SISJACとの連携を一層強化し、日英両国の学術研究に寄与していければ幸いです。
(※) 美術展覧会・映画祭開催情報(日本国外)
令和7(2025)年12月18日、韓国の国立現代美術館の一行が、東京文化財研究所を来訪しました。同館は昭和44(1969)年に開館した文化体育観光部傘下の国立美術館で、現在、果川館、ソウル館、徳寿宮館、清州館の4館を運営しています。日本の多くの現代美術館とは異なり、近代美術も収集・研究の対象に含めている点に特色があり、韓国の近現代美術を代表する美術館として知られています。
文化財情報資料部では、6月にプロジェクト「文化財に関する調査研究成果および研究情報の共有に関する総合的研究」(シ01)の一環として、「韓国における美術アーカイブの現況調査」(※)を実施し、その際に国立現代美術館のアーカイブを見学調査しました。今回はその逆に、韓国から日本を訪問する形となり、アーキビストのイ・ジヒ学芸研究士をはじめ、パク・ヘソン学芸士、パク・スジン所蔵品管理課長の計3名が東文研を来訪しました。
今回の来訪に先立ち、6月に韓国を訪問した橘川英規(近現代視覚芸術研究室長)と田代裕一朗(文化財アーカイブズ研究室 研究員)は、10月15日に国立現代美術館のアーカイブ関係者とオンラインミーティングを行い、東京文化財研究所の沿革や、コレクション(所蔵資料)の形成過程およびその特質についてプレゼンテーションを行いました。こうした事前の交流を踏まえ、今回は「実際に資料を見る」ことに主眼を置いた案内が行われました。
一行は、橘川および田代の案内のもと、資料閲覧室から書庫へと順に見学を行い、数多くの資料の中から、とくに「日本に居住した韓国人(朝鮮人)美術作家」に関する画廊資料や展覧会資料を中心に閲覧しました。昭和5(1930)年に創設された帝国美術院附属美術研究所以来、東京文化財研究所では同時代的に資料を蓄積してきた経緯があり、コレクションの中でも近現代美術に関する資料がとくに充実しています。これらには、韓国の美術史研究においても重要な意義を持つ資料が数多く含まれています。一方、国立現代美術館も近現代美術を中心に資料収集を行っており、両機関のコレクションには共通点が多いといえます。
見学後の協議では、東京文化財研究所と国立現代美術館のコレクションが相互に補完し合う関係にあること、また、今後研究協力を進めていくことで、日韓両国の美術史学に寄与し得る可能性が確認されました。一過性の交流にとどまることなく、継続的に情報を共有し、交流を重ねていくことで、より実りある協力関係へと発展させていければと考えています。
※令和7(2025)年6月活動報告「韓国における美術アーカイブの現況調査」(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2396756.html)
【写真1】インドが提案した「ディーパヴァリ」の代表一覧表記載の瞬間
【写真2】武力紛争下における文化遺産の状況についてスピーチを行うスーダンの代表団
【写真3】政府間委員会会合の閉会後の様子
令和7(2025)年12月8日から13日にかけて、ユネスコの無形文化遺産保護条約第20回政府間委員会会合がインドのニューデリーで開催されました。会場はユネスコ世界文化遺産でもある「赤い城(ラール・キラー)」でした。東京文化財研究所からは3名の研究員がオブザーバーとして会合の様子を傍聴しました。
今回、日本から新しい案件の提案はありませんでしたが、3件の案件(「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」「和紙:日本の手漉和紙技術」「山・鉾・屋台行事」)について要素の拡張が認められました。これは既存の案件に新しい要素を加えるというもので、令和6(2024)年のサイクルから新しく始まった手続きです。例えば「和紙:日本の手漉和紙技術」はこれまで「石州半紙」「本美濃紙」「細川紙」の3つの要素によって構成されていましたが、今回新たに「越前鳥の子紙(えちぜんとりのこし)」が加わりました。
日本は現在、新しい案件の提案をするタイミングは事実上2年に一度と限られていますが、要素の拡張はその制限を受けることがありません。無形文化遺産の代表一覧表に記載された日本の案件の数は23件と変わりませんが、複数の無形文化財、無形民俗文化財、選定保存技術がその要素として加えられることとなりました。
なおこの要素の拡張は多国籍提案による案件にも適用されてきました。今回は例えば、「キルギスとカザフのユルト(チュルク民族の移動住居)製作の伝統的な知識と技能」にウズベキスタンの要素が追加され、その名称も「キルギスとカザフとカラカルパクのユルト(チュルク民族の移動住居)製作の伝統的な知識と技能」に変更されました。ユネスコは国と国との対話や相互理解を深めるという観点から多国籍提案を行うことを推奨していますので、今後こうした動きはより広がっていく可能性があります。
今回の会合では武力紛争下にあるウクライナやスーダンといった国の代表から、無形文化遺産が危機にさらされている状況への懸念とともに、文化遺産が平和構築に果たす役割の意義についても意見が表明されたのは印象的なことでした。
今回の開催国であるインドは多様な文化を有する国であることから、会合の節目やサイドイベントで伝統芸能をはじめとする様々な文化的パフォーマンスが披露されました。会合の閉会直後には会場内に楽団が現れ、参加者も事務局スタッフも分け隔てなく、その場はダンスフロアのような様相となりました。
なお次回の政府間委員会会合は中国の厦門(アモイ)で令和8(2026)年11月30日から12月5日までの日程で開催される予定です。
総合討議の様子
令和7(2025)年12月5日、東京文化財研究所において、第20回無形民俗文化財研究協議会「民俗文化財をネットワークで守り、活かす」を開催しました。
平成31年(2019)の文化財保護法改正により、文化財の「活用」が謳われるようになってすでに6年が経過しました。しかし、予算や人手が恒常的に削減されるなか、文化財を実際どのように活用していけばよいのか、暗中模索している自治体も多いのではないでしょうか。とりわけ民俗文化財の分野では、活用以前に、保存・継承そのものが大きな課題となっているのが現状です。
今回の協議会では、こうした状況に対処するひとつの方法として「ネットワーク化」に焦点を当て、民俗芸能や民俗技術といった無形民俗文化財に加え、これらと不可分の関係にある有形の民俗文化財も含めたネットワークの実践事例を取り上げ、各地の取り組みを報告いただきました。
発表と議論を通じ、ネットワークの意義や果たすべき役割が、具体的な事例をもとに再確認されました。例えば、他者の視点や比較の視点が加わることで文化財の価値が再発見されたり、前向きな意識が醸成されたりすること、あるいは課題や解決策を共有することで、岐路に立った際の検討材料や選択肢が広がること、さらには、「仲間」の存在が日常的な相談や相互の励みに繋がり、保存・継承を支える重要な要素となりうる点なども共有されました。あわせて、ネットワークを持続させるための体制づくりや、人材・財源の確保といった具体的な方策についても意見交換が行われました。
参加者からは「この協議会自体がひとつのネットワークである」という声も寄せられました。無形文化遺産部では、今後も協議会等を通じて情報の集約や発信を行い、ネットワークのハブとしての役割を果たしていきたいと考えています。
協議会の全内容は、年度内に報告書にまとめ、PDF版を無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。ぜひご参照ください。
案内チラシ(表面)
研究協議会風景
文化遺産国際協力センターでは例年、世界遺産を有する国内の自治体関係者を主な対象とした情報発信や意見交換を目的とした「世界遺産研究協議会」を開催しています。令和7(2025)年度は「越境する〈遺産〉-世界遺産とつながる人々の生活、信仰、環境-」と題して、私たちが文化財保護を通じて守り伝えようとしている「遺産」とはいったい何か、という根本的な問いをテーマに掲げました。12月22日に東京文化財研究所で対面開催し、全国から111名の参加を得た盛会となりました。
冒頭、鈴木地平氏(文化庁)から「世界遺産の最新動向」と題して、昨年7月にパリのユネスコ本部で開催された第47回世界遺産委員会における議論や決議等の概略を報告いただいた後、当センター国際情報研究室長・金井健が趣旨説明を行い、本会の幕を開けました。その後、伊藤文彦氏(三重県斎宮歴史博物館)が、有形・無形・景観・史跡といった様々な価値が集合した遺産の代表格である「道」をテーマに「複雑な文化遺産における〈遺産〉の捉え方」、続いて文化遺産国際協力センターアソシエイトフェロー・松浦一之介が景観との関係における遺跡保護の観点から海外先進地の比較事例として「世界遺産〈アグリジェントの考古地区〉とシチリア州考古公園システム」と題した講演を行いました。また、胡光氏(愛媛大学)が四国4県の合同で世界遺産登録を目指している「四国遍路」、土屋みづほ氏(大阪府教育庁)が皇室ゆかりの現役の墓地(陵墓)であり、かつ近年は熱心な古墳ファンも多い世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」を取り上げ、遺産としての価値づけや保存活用の具体的な取り組みについて、それぞれ事例報告を行いました。後半は、登壇者の全員参加によるパネルディスカッションを行い、遺産の価値の源泉は何か、その価値を守り、強化するための方法、そして世界遺産における「遺産」の意味づけについて活発な議論が交わされました。
これらの講演、事例報告、パネルディスカッションの内容は、年度末に報告書にまとめて公開する予定です。また、過年に開催した世界遺産研究協議会についても報告書として刊行し、一部は既に当センターのウェブサイトで公開しています。ぜひご覧ください。
ナーガ欄干材の移動の様子
移動後のナーガ欄干材仮置き場の様子
アンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA国立機構)とのタネイ遺跡における協力事業では、中央伽藍の正面に位置して寺院景観上も重要な構成要素である、十字テラスの保存修復に向けた予備調査を令和6(2024)年より継続しています。このテラスは、樹木の生育やテラス内部を構成する盛土の流失等により、多くの箇所で変形・崩壊が進行した状態にあります。さらに、テラス側壁の中間層を中心に、構成材の一部が人為的に持ち去られていることがここまでの調査で判明しており、このことも荒廃の一因と考えられます。
テラス周辺に散乱していた石材の発掘調査では、これまでに計152材を発見してきました。形状や装飾を手掛かりに材の種別を同定したところ、テラス上面の外周を縁取るナーガ(蛇)を象った欄干の構成材がその約半数を占めていました。令和7(2025)年11月16日~12月4日に職員2名を派遣し、これらのナーガ欄干材を回収して一時保管場所に移動、整理する作業をAPSARA国立機構のスタッフとともに行いました。各部材の記録と並行して、材同士の接合関係や技法に関する調査を行った結果、計4材の欄干材を複数の破片から再構成できたほか、材同士を接続する技術などの発見にもつながりました。
これまでの調査経過は以下の活動報告からご覧いただけます。
– 予備調査(1) https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2385236.html
– 予備調査(2) https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2398781.html