研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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ライプツィヒ民族学博物館での調査風景
日本の古美術品は欧米を中心に海外でも数多く所有されていますが、これらの保存修復の専門家は海外には少なく、適切な処置が行えないため公開に支障を来している作品も多くあります。そこで当研究所では作品の適切な保存・活用を目的として、在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。2017年2月28日から3日の日程で、文化遺産国際協力センターの加藤雅人、江村知子、元喜載の3名がライプツィヒ民族学博物館を訪問し、日本絵画作品9件11点の調査を行いました。
同館にはヨーロッパ以外の世界中の美術工芸品、民俗資料葯20万点が所蔵されており、その中には日本の絵画作品も含まれていました。明治のお雇い外国人として来日していた医師・ショイベの旧蔵品や、1878年の第3回パリ万博に日本から出陳されたという履歴のある絵画作品など、歴史的価値の高い日本絵画作品と言えます。同館の日本絵画作品はその存在があまり知られていませんでしたが、美術史観点から重要な作品も含まれていました。今回の調査で得られた情報を同館の担当者に提供して、作品の保存管理に活用して頂く予定です。そしてこの調査結果をもとに作品の美術史的評価や修復の緊急性などを考慮し、修復の候補作品を選定、協議し、事業を進めていきます。
説明を受ける公益財団法人文化財建造物保存技術協会の方々
公益財団法人文化財建造物保存技術協会 10名
文化財建造物修理技術者の養成研修事業において、修理技術者の将来の保存修理技術の向上に役立てるため来訪。実演記録室、文化財情報資料部、X線撮影室、生物実験室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
准胝観音像の画像撮影
文化財情報資料部では、東京国立博物館とともに、東博所蔵の平安仏画の共同調査を継続して行っています。東京文化財研究所の持つ高精細のデジタル画像技術で撮影し、細部の技法を知ることのできるデータを集積しつつあります。このデータからは、目視では気づかれることのなかった意外な技法を認識することができ、それらが平安仏画の高度な絵画的表現性といかに関連しているかを両機関の研究員が共同で探っています。2月23日、重要文化財・准胝観音像と国宝本年度分の全図の高精細でのカラー分割写真の撮影を行いました。今後は博物館と共同で他の光学調査手法も取り入れ、より多面的にデータを取得し、博物館の研究員と共有したうえ、将来の公開も視野に入れながら、その美術史的意義について検討してまいります。
第10回部研究会風景
滋賀県甲賀市水口に所在する藤栄神社は、同地を治めた水口藩加藤家の藩祖で戦国武将の加藤嘉明公を祀るため、19世紀前半に創建された嘉明霊社を前身とする神社であり、その所蔵品には加藤嘉明所蔵と伝えられるさまざまな宝物が含まれています。豊臣秀吉下賜とされる黒漆塗鞘付の十字形洋剣一振もそうしたものの一つで、16世紀から17世紀にかけてヨーロッパで造られた細形長剣(レイピア)とまったく遜色のない出来栄えのほぼ完存品であり、国内唯一の伝世西洋式剣と見られますが、これまでさほど注目されることなく長らく甲賀市水口歴史民俗資料館に保管されて来ました。
平成28(2016)年9月、筆者のほか、永井晃子氏(甲賀市教育委員会)、末兼俊彦氏(東京国立博物館)、池田素子氏(京都国立博物館)、原田一敏氏(東京芸術大学)の5名が共同でこの剣の美術史および理化学的な調査を実施しましたので、その概要と検討結果を平成29(2017)年2月24日に開催した本年度第10回文化財情報資料部研究会で報告したものです。
各氏の発表題名は、永井氏「藤栄神社蔵十字形洋剣をめぐる歴史的経緯」、小林「藤栄神社に伝わる十字形洋剣(レイピア)の実在性と年代の検討―博物館コレクション・出土資料・絵画資料による予察―」、末兼氏「藤栄神社所蔵の洋剣について」、池田氏「藤栄神社蔵十字形洋剣 X線CTスキャンおよび蛍光X線分析について」、原田氏「藤栄神社蔵十字形洋剣について―海外資料との比較―」となりますが、藤栄神社や加藤嘉明、また剣や関連遺物に関する歴史・時代背景への検討、金工史的視点による柄文様や制作技術の考察、CTスキャニングや蛍光X線分析結果の報告、そして海外に所蔵されているレイピアとの比較検討、といった多角的な視点による第一次検討結果が報告されました。
またさらに、この洋剣の制作地が日本国内であるのか、あるいは海外であるのかという問題は、桃山時代工芸技術のあり方やその歴史評価を考える上で重要な課題であり、発表後の討論でも様々な意見が議論されましたが、統一的な見解を得るには至らず、本洋剣の重要性と更なる研究の必要性が改めて認識されました。
漆工品の調査実習
クロスセクションサンプルの顕微鏡観察実習
文化遺産国際協力センターは、ミャンマー連邦共和国における文化遺産保護事業の一環として、バガン漆芸技術大学において漆工品ワークショップを開催しました。バガンは漆工品の一大産地として知られています。同大学はその伝統と技術を継承するため若い技術者の育成に力を入れており、また付属の漆工品博物館を備え、数多くの文化財を所蔵しています。その一方で、文化財の保存修復や材料の科学調査および研究に関する知識と技術を必要としています。
平成29(2017)年2月6日~8日に実施したワークショップには同大学の教授と付属博物館の学芸員合計12名が参加し、漆工品の保存修復の基礎として不可欠である調査と科学分析について実習と講義を行いました。調査の実習では、各受講者が日本の漆工品3点と付属博物館の所蔵品1点を目視で観察・記録し、それぞれの用途や材料、技法、損傷状態についての意見交換後、講師が解説を行いました。また、科学分析の実習ではクロスセクションのサンプル作製と観察を行いました。実際の作品から剥離した断片を樹脂で封入し、研磨して仕上げたサンプルを顕微鏡で観察することにより、漆塗りの構造について理解することを目的としています。実習の内容を補完するため、講義では保存修復の事例と主な科学分析方法を紹介しました。
本ワークショップでの経験が、ミャンマーにおける文化財保護の一助となればと考えています。
防水シートの設置
ラッシングベルトの設置
平成29年(2017)2月5日~28日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Mae-taw-yat寺院(No.1205)において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復方針策定に向けた施工実験を行いました。前回までの調査を通じて課題となっていた修復材料の選定と外観美に配慮した修復方法について、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員と協議を重ねることで、具体的な方針案に関する有意義な意見交換を行うことができました。また、本事業の主軸テーマである壁画について、現地専門家の方に解説をいただきながら、技法の変遷や図像学について情報収集を行いました。
現場作業を進める中では、昨年8月24日にミャンマー中部を震源とするM6.8の地震による被害が寺院構造体に発生していることが明らかとなり、当初の予定を一部変更して被災箇所に対する応急処置を行いました。バガン遺跡群において、煉瓦造寺院および内部に描かれた壁画に傷みをもたらす主な原因が雨漏りであることは明白です。構造体を補強するラッシングベルトと並行して、間近に迫った雨季に配慮した崩落防止ネットおよび防水シートの設置を行いました。
今後は寺院建造時に使用された各種材料の化学分析を進め、これまで使われてきた修復方法を客観的に見直すとともに、新旧材料の適合性について研究を進めていきます。また、現在のバガン遺跡群に適した保存修復方法について、現地専門家とともに方針を組み立ててゆく予定です。
研究会の様子
平成29(2017)年2月13日に研究会「考古学的知見から読み取る大陸部東南アジアの古代木造建築」を開催しました。本研究会では、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナム及び日本の専門家が各国におけるこの分野での調査研究の状況に関して報告し、情報共有と意見交換を行いました。
報告では、考古学的調査によって得られた知見を通して既に失われた木造建築の実像に迫るための各国の試みが紹介されました。ミャンマーからは、煉瓦で組まれた井戸状の掘立柱穴の列が出土したバガン王宮遺跡の調査について報告されました。カンボジアからは、アンコール地域で広範囲にわたって碁盤目状に配置されていた居住址の解明を目的として近年実施されてきた調査の成果が説明されました。タイからは、スコータイ遺跡群及びピッサヌロークのチャン宮殿遺跡において調査された礎石や出土瓦、煉瓦造の壁や柱に残る痕跡等から、それらの建造物にかつて存在したことが推定できる木造の柱・小屋組・壁の特徴に関して報告されました。中部ベトナムに関しては、林邑の遺跡から発掘された礎石・瓦当・燃損木部材、及びチャンパのミーソン遺跡に残る柱穴を手掛かりとした木造建造物の復原考察についての発表が行われました。さらに、北部ベトナムに関しては、タンロン皇城遺跡等の基礎地業や出土瓦の特徴、及び建築型土製品と現存古建築遺構の比較検討から得られる知見についての報告が行われました。
各報告に続いては会場からの質疑が行われ、最後に日本におけるこの分野での調査研究状況に関する話題提供も交えて報告者全員での討論が行われました。
多くの有意義な意見交換がなされた今回の研究会の成果も踏まえ、今後も情報共有の場を設けることなどを通じて、東南アジアの木造建築遺産に対する理解と研究協力を深めていきたいと思います。
説明を受ける牧園大學校学生
牧園大學校微生物ナノ素材学科大学3年生 8名
文化財保存のための微生物管理技術習得ため来訪。生物科学実験室、実演記録室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
「〝千円札裁判〟へ ブツ・法廷・行為 第一回公判」(千円札事件懇談会事務局、1966年)東京文化財研究所所蔵
研究会の様子
1月31日、文化財情報資料部研究会にて、「赤瀬川原平による《模型千円札》理論の形成に関する予備的研究」と題し、客員研究員の河合大介氏による発表が行われました。
赤瀬川原平(1937-2014)は、前衛美術、漫画・イラスト、小説・エッセイ、写真といった多彩な活動を展開した芸術家です。河合氏の発表では、1963年に千円札の図様を印刷した作品を制作したことに端を発する一連の「千円札裁判」が結審するまでの期間に発表された、赤瀬川自身による著述の分析を中心に、赤瀬川の「模型」という概念がどのように形成されていったかに迫るものでした。河合氏は、起訴容疑の「通貨及証券模造取締法」違反にみられる「模造」に対して、「模型」という概念を赤瀬川が持ち出すことで、自らの制作物を芸術作品として歴史的・理論的に正当化しようとする試みがなされたことを示し、後年の執筆・制作活動においても「模型」概念に含意されている特徴を見て取れると指摘しました。
研究会にはコメンテーターとして、水沼啓和氏(千葉市美術館)にご参加いただき、「千円札裁判」に関わる作家などの「芸術」という概念の相違、あるいはリレーショナル・アートとしてみる「千円札裁判」などの観点から所見をいただき、活発な意見交換が行われました。
1月12日に文化財情報資料部月例の研究会が、下記の発表者とタイトルにより開催されました。
- 小山田智寛(当部研究補佐員)「WordPressを利用した動的ウェブサイトの構築と効果:ウェブ版「物故者記事」および「美術界年史(彙報)」を事例として」
- 田所泰(当部アソシエイトフェロー)「栗原玉葉の画業におけるキリスト教画題作品の意義」
小山田の発表は、当研究所ウェブサイトの改良実績に関する報告でした。当研究所では日本での美術界の動向をまとめたデータブックである『日本美術年鑑』を昭和11(1936)年より刊行してきましたが、一方で編集にあたり蓄積された展覧会や文献等のデータをウェブ上でも利用できるよう公開しています。なかでも、その年の美術界の出来事をまとめた「美術界年史(彙報)」と、亡くなった美術関係者の略歴を記した「物故者記事」について、平成26(2014)年4月よりソフトウェアWordPressを利用したデータベースとしてリニューアル公開することで、アクセス件数が大幅に増加しました。本発表では、そのリニューアル前後の公開形式を比較しつつ、新たな機能がもたらした効果について具体的な解析結果に基づき報告されました。
田所は、大正期に東京で女性画家として活躍した栗原玉葉(1883~1922年)の画業に関する発表を行ないました。玉葉は大正7(1918)年から9年にかけて、集中的にキリスト教画題の作品を描いています。なかでも大正7年の第12回文展へ出品し、玉葉の代表作とされる《朝妻桜》は、禁教令下の江戸時代、吉原の遊女・朝妻がキリスト教を信仰した廉で捕らえられ、その最期の願いにより満開の桜花の下で刑に処されたという話を絵画化した作品です。発表では、《朝妻桜》の制作意図や玉葉の画業における位置づけについて検討し、さらに玉葉にとってキリスト教画題がどのような意義をもつものであったのか考察を深めました。なお栗原玉葉の画業全体については、すでに田所による論考「栗原玉葉に関する基礎研究」が『美術研究』420号(2016年12月刊)に掲載されていますので、そちらをご参照ください。
公開学術講座の様子
平成29(2017)年1月18日(水)に文化学園服飾博物館との共催で第11回東京文化財研究所無形文化遺産部公開学術講座「麻のきもの・絹のきもの」を開催しました。本講座では、我が国の染織を語る上では欠くことのできない「麻」と「絹」に焦点を当て、現在における麻と絹を取り巻く社会的環境の変化や技術伝承の試み、そして、受け継ぐ意義について、各産地で活動をされている方などから報告いただきました。
麻については、昭和村からむし生産技術保存協会の舟木由貴子氏より「からむしの技術伝承―昭和村での取り組み―」、そして東吾妻町教育委員会の吉田智哉より「大麻の技術伝承 ―岩島での取り組み―」を報告いただき、植物としての麻を栽培する技術や植物から繊維を取り出す技術の重要性と伝承の難しさについて産地からの声を届けました。一方、絹に関しては岡谷蚕糸博物館の林久美子氏より近代化を支えた絹の技術革新と、その活動を残す意義についてご報告いただきました。
その後、無形文化遺産部の客員研究員である菊池健策氏による講演「民俗における 麻のきもの・絹のきもの」、文化学園服飾博物館の吉村紅花学芸員による展覧会解説「展覧会 『麻のきもの・絹のきもの』の企画を通じてみた麻と絹の現状」の後、文化学園服飾博物館で開催されている「麻のきもの・絹のきもの」の見学会を行いました。
麻のきものや絹のきものを取り巻く文化の継承には、その原材料である麻や絹そのものの技術が欠かせません。本講座を通じて、現在、麻も絹も伝承に多くの課題を持っていることを知っていただき、着物を作る技術だけでなく、その原材料である糸を作る技術の保護の重要性についての関心が高まればと思います。
今後も無形文化遺産部では伝統技術を取り巻くさまざまな問題について議論できる場を設けていきます。
ワークショップの様子
東京文化財研究所ではこれまで15年以上にわたり、アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)との間で、共同研究や人材育成研修の実施等、様々な協力活動を行ってきました。この間、一貫してそのフィールドとなってきたのがアンコール遺跡群のタネイ寺院遺跡です。平成29(2017)年1月26‐28日の3日間にわたり、同遺跡に関する保存管理整備計画作りを支援するため、現地ワークショップを開催しました。
本ワークショップには、APSARA機構のRos Borath副総裁をはじめ、遺跡保存、観光、森林、水利の各課から計約20名のスタッフが参加しました。初日はAPSARA本部にて遺跡保存管理の基本的な考え方や計画策定の手順等に関するレクチャーを行い、2日目はタネイ遺跡および周辺における現況確認調査、3日目は再び室内に戻って計画の基本方針と保存整備事業の方向性に関する検討作業を行いました。
タネイ遺跡は、観光客で賑わう世界遺産アンコールのコアゾーン内にある主要遺跡の一つでありながら、鬱蒼とした密林に囲まれた廃墟の様相を今日も色濃く留めています。ワークショップでの議論の結果、このような景観をできるだけ維持しながら安全に遺跡を見学できるようにすること、遺跡へのアクセスを本来の経路に復するとともに来訪者が周辺遺跡との関係性を体感的に理解できるようにすること、など大きな方針について合意し、今後も関係各課が連携しながら、考古発掘等の調査も含めた具体的な事業内容の検討を着実に進めていくことで一致しました。本事業はカンボジア側主体で行われる遺跡保存整備のパイロットモデルとしても位置付けられており、このような作業が適切かつ円滑に進められるよう、本研究所としても必要な技術的支援を継続していきます。
㈱東京美術倶楽部淺木会長(中央)と亀井所長(右)
㈱東京美術倶楽部三谷社長(左)と亀井所長(中央)
東京美術商協同組合(中村純理事長)より東京文化財研究所における研究成果の公表(出版事業)の助成を、また、株式会社東京美術倶楽部(三谷忠彦代表取締役社長)より東京文化財研究所における研究事業の助成を目的として、それぞれ寄附金のお申し出があり、11月30日に東京文化財研究所の口座にお振込みいただきました。
ご寄附をいただいたことに対して、株式会社東京美術倶楽部淺木正勝代表取締役会長及び三谷忠彦代表取締役社長にそれぞれ、亀井所長から感謝状を贈呈しました。東京美術商協同組合中村純理事長は、御都合により同席できなかったため淺木会長に中村理事長に代わって宛感謝状をお受け取りいただいております。
当研究所の事業にご理解を賜りご寄附をいただいたことは、当研究所にとって大変ありがたいことであり、今後の研究所の事業に役立てたいと思っております。
説明を受ける共立女子大学および、Metropolitan Museum of Artの方々
共立女子大学家政学部 2名
共立女子大学において染織品保存修復論・博物館実習などを教えており、見学が今後の学生教育にとって、非常に参考になるため、また、Kristine Kamiyama氏は、Metropolitan Museum of Artにおいて染織品の修復に携わっており、見学が今後の仕事に非常に参考になるため来訪。資料閲覧室、実演記録室、分析科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
明治28年4月5日付、黒田清輝宛山本芳翠書簡より
清国から犬一匹と水仙一鉢を持ち帰った芳翠自身の姿が描かれています。
当研究所はその創設に深く関わった洋画家、黒田清輝(1866~1924年)宛の書簡を多数所蔵しています。黒田をめぐる人的ネットワークをうかがう重要な資料として、文化財情報資料部では所外の研究者のご協力をあおぎながら、その翻刻と研究を進めていますが、その一環として12月8日の部内研究会では、福井県立美術館の椎野晃史氏に「黒田清輝宛山本芳翠書簡―翻刻と解題」と題して研究発表をしていただきました。
明治前期を代表する洋画家の山本芳翠(1850~1906年)は、フランス留学中、法律家を志していた黒田に洋画家になることを薦めた人物として知られています。帰国後も自分の経営していた画塾生巧館を黒田に譲り、また黒田の主宰する白馬会に参加するなど、その親交は続きました。当研究所にはそうした日本での交遊のあとを示す、14通の黒田宛芳翠の書簡が残されています。うち9通は明治28(1895)年の消印があり、ともに画家として従軍した日清戦争から帰国した直後の制作活動や、黒田が第4回内国勧業博覧会に出品して裸体画論争を引き起こした《朝妝》についての所感が記されています。なかには清国から帰国したばかりの芳翠自らの姿を描きとめるなど、ほほ笑ましいものもあります。在仏中にパリの社交界を沸かせるほどの快活な性格で知られる芳翠の、帰国後の心性がうかがえる、注目すべき一次資料といえるでしょう。研究会では、ひと回り以上年下ながら洋画界のトップに登り詰めた黒田清輝と芳翠の画壇での立ち位置にも話が及び、その胸中に思いを致すこととなりました。
12月9日に第11回無形民俗文化財研究協議会が開催され、「無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート」をテーマに、4名の発表者と2名のコメンテーターによる報告・討議が行われました。
2011年の東日本大震災をはじめ、近年多発する自然災害により多くの無形文化遺産が被災し、消滅の危機に晒されています。地震や津波、異常気象による豪雨、土砂災害など、大きな災害はいまや全国どこでも起こり得ます。文化財に対する防災意識が高まりつつも、無形文化遺産に関してはほとんど取り上げられていないのが現状です。そこで本協議会では、災害から無形文化遺産を守るためにどのような備えが必要になるのか、また、被災してしまった後にどのようなサポートができるのかについて、課題や取り組みを共有し、協議を行いました。
第一の事例として岩手から東日本大震災における無形文化遺産の被災状況と復興過程について、第二の事例として愛媛から南海トラフ地震に関する地域災害史の調査や防災・減災体制のためのネットワークの構築についての発表がありました。続いて具体的な事例として、和歌山から仏像の盗難対策として行われた文化財の複製について、最後の事例には祭礼具の補修・復元のために必要な記録の取り方についての報告がありました。その後の総合討議では、阪神淡路大震災を経験した関西地域での取り組みについて、また海外の事例なども踏まえコメントがあり、それらをもとに、ネットワーク形成の必要性やリスクマネジメントに携わる行政的課題について議論されました。
なお、本協議会の内容は2017年3月に報告書として刊行し、刊行後は無形文化遺産部のwebサイトでも公開する予定です。
応用編における素材見本帖作製実習
応用編における琉球加飾技法実習
文化遺産国際協力センターは、国際研修事業の一環として本ワークショップを毎年開催しています。海外の美術館や博物館に所蔵されている漆工品はコレクションの重要な一部を構成しており、これらの作品を取扱うための知識や技術が必要とされています。本ワークショップでは、素材や技法の理解を通じて文化財の保存修復に寄与することを目指しています。
今年度は平成28(2016)年11月30日~12月3日に応用編「漆工品の調査と保存・展示環境」を、12月6日~10日に応用編「呂色上げと加飾技法」をケルン市博物館東洋美術館にて実施しました。いずれも専門性をより追求した内容としてリニューアルし、世界各国より修復技術者が参加しました。前者のワークショップでは漆工品の保存と展示環境に関する講義、そして東洋美術館館長による収蔵庫見学に続き、実習では所蔵作品の調査を行いました。また、木地、漆、下地等の様々な素材に触れながら見本帖を製作しました。後者のワークショップでは沖縄県立芸術大学より琉球漆芸の専門家を講師に迎え、その歴史や技法についての講義のほか、実習では代表的な加飾技法を体験しました。また、漆塗りの最終段階である「呂色上げ」の実習を通じ、漆工品の塗り工程が理解できるように努めました。
今後も受講生や関係者の意見・要望を採用しつつ、漆工品の保存修復に貢献し得るプログラムを構成し、ワークショップの開催を継続していく予定です。
説明を受ける乃村工藝社社員の方々
株式会社乃村工藝社 20名
11月7日、「文化財資料」に対する正しい知識を習得し、美術館・博物館施設に於ける文化財資料の環境保全展示に貢献するために来訪。セミナー室で説明を受けた後に資料閲覧室、分析科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
説明を受ける文化庁美術工芸品修理技術者講習会受講生の方々
文化庁美術工芸品修理技術者講習会 34名
11月17日、わが国における文化財研究のナショナルセンターである東京文化財研究所を見学することはきわめて有益であると考えるために来訪。地下会議室で説明を受けた後に実演記録室、物理実験室等を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
講演会の様子
文化財情報資料部では、11月4、5日の二日間にかけて、オープンレクチャーを東京文化財研究所セミナー室において開催しました。今年は第50回目の節目を迎えました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、外部講師を交えながら、当所研究員がその日頃の研究成果を講演の形をとって発表するものです。この行事は、台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の「講演会シリーズ」一環でもあり、同時に11月1日の「古典の日」にも関連させた行事でもあります。
本年は4日に、「ドキュメンテーション活動とアーカイブズ―『日本美術年鑑』をめぐる資料群とその発信につて」(文化財情報資料部研究員・橘川英規)、「よみがえるオオカミ―飯舘村山津見神社・天井絵の復元をめぐって」(福島県立美術館学芸員・増渕鏡子)、5日に「かたちを伝える技術―展覧会の裏側へようこそ」(文化財情報資料部長・佐野千絵)、「記憶するかたち、見つけるかたち―“文化財”の意味と価値」(保存科学研究センター長・岡田健)の4題の講演が行われました。両日合わせて一般159名の参加を見、好評を博しました。