研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


11月施設見学(2)

保存修復科学センター副センター長による講演を聴講する様子

 日本空気清浄協会 21名
 11月16日、文化財全般について幅広く知見を習得し、空気環境と関係の深文化財の保存修復科学について学ぶために来訪。保存修復科学センター佐野副センター長による講演を聴講した後、企画情報部の資料閲覧室及び無形文化遺産部の実演記録室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。

11月施設見学(3)

 韓国伝統文化大学校4名
 11月17日、韓国伝統文化大学校が行っている日本製の屏風の状態調査及び修復方針決定の参考とするため、東京文化財研究所の日本絵画修復専門家に屏風絵の技法等について話を聞くことを目的に来訪。文化遺産国際協力センターを見学し、研究員による説明を受けました。

海外日本美術資料専門家(司書)の招へい・研修・交流事業2015(通称JALプロジェクト)への視察受入など

JALプロジェクト 当研究所視察の様子

 JALプロジェクト(実行委員長:加茂川幸夫東京国立近代美術館館長)は、海外で日本美術資料を扱う専門家(図書館員、アーキビストなど)を日本に招へいして、日本の美術情報資料や関連情報提供サービスのあり方を再考することなどを目的とし、昨年度からスタートした事業です。本プロジェクトに、当研究所から山梨企画情報部長、橘川研究員が実行委員を委嘱され、橘川は招へい者への事前現地ヒアリング、研修ガイダンス、国内関連機関視察への随行を行いました。
 事前ヒアリングは、水谷長志氏(本プロジェクト実行委員、東京国立近代美術館)とともにベルリン国立アジア美術館図書館のコルデゥラ・トライマ氏、プラハ国立美術館のヤナ・リンドヴァー氏を担当し、10月3日、5日に現地での日本美術情報の状況に関してヒアリング、視察を実施しました。
 日本にお越しいただいた資料専門家9名は、11月16日から23日まで、東京・京都・奈良・福岡にある関連機関を視察いただきました。当研究所には同月18日にご訪問いただき、資料閲覧室などで図書資料、作品調査写真、近現代美術家ファイル、売立目録に関する資料・プロジェクトを紹介したのち、当研究所研究員らとディスカッションを行いました。さらに、今年度は「海外における日本美術関係資料担当者との交流会」を実施し、国内関連機関関係者との面会の機会を提供いたしました。これは昨年の招へい者からの要望に応えたもので、28名の参加を得て、和やかな雰囲気のなか、専門家ならではの活発な情報交換が行われました。
 研修最終日となった同月27日に、東京国立近代美術館講堂で公開ワークショップが開催され、昨年度に引き続き、招へい者から日本美術情報発信に対する提言が行われ、文化財情報の国際的な発信のあり方について再検討する良い契機となりました。

企画情報部研究会の開催―徳川吉宗が先導した視覚と図像の更新について―

『古画備考』巻二十六 岡本善悦肖像 (東京藝術大学附属図書館所蔵)

 11月24日(火)、企画情報部では、加藤弘子氏(日本学術振興会特別研究員)を招いて「徳川吉宗が先導した視覚と図像の更新について―岡本善悦豊久の役割を中心に―」と題した研究発表がおこなわれました。
 江戸幕府の第8代将軍である徳川吉宗(1684~1751)は、革新と復古の両面を兼ね備えた政治家として著名ですが、美術の分野でも、中国の宋・元・明の名画の模写やオランダ絵画を輸入させ、また、諸大名が所蔵する古画の模写や珍獣の写生を命じたことが確認されます。そうした古画の模写や写生をおこなった画家として挙げられるのが、同朋格として吉宗に仕えた岡本善悦豊久(1689~1767)です。加藤氏は、東京国立博物館が所蔵する「板谷家絵画資料」の中に、善悦の末裔にあたる彦根家旧蔵の約270点の粉本類が含まれることを紹介し、それらの存在から、善悦が吉宗の意向を狩野家や住吉家に伝え、視覚と図像を指導していく役割を果たした可能性を指摘されました。こうした問題は、吉宗の絵画観を解明するとともに、善悦を通して吉宗の絵画観が粉本として蓄積され、その後の狩野派の画風などに影響を与えたことを示唆するものでもあります。発表後は、善悦の役割とともに、善悦と同じく吉宗の側近であった成島道筑との関係などについても活発な意見が交わされました。今後は、実際の絵画作品が少ない善悦の、さらなる作品紹介などが待たれます。

レスキューされた文化財、その後――仙台、昭忠碑修復の現状レポート

東京、ブロンズスタジオでの昭忠碑修復の様子(平成27年11月7日)翼をひろげたブロンズの鵄が、背を下にして置かれています。後方のボードに留めた被災前の写真を参考にしながら、破砕した断片を繋ぎ合わせていきます。

 この活動報告でもたびたびお伝えしたように、平成23年(2011)3月の東日本大震災で被害を受けた多くの文化財に対し、当研究所に事務局を置く東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会はレスキュー活動を各所で行なってきました。仙台城(青葉城)本丸跡に建つ昭忠碑もそのひとつで、明治35年(1902)、仙台にある第二師団関係の戦没者を弔慰する目的で建立された同碑は、震災により高さおよそ15メートルの石塔上部に設置されたブロンズ製の鵄が落下する被害を蒙り、救援委員会による文化財レスキュー事業の対象として、ブロンズ破片の回収や鵄本体の移設作業が行なわれました。平成26年の同事業終了後は宮城県被災ミュージアム再興事業として修復が実施され、今年度は破損した鵄の部分を東京、箱根ヶ崎にあるブロンズスタジオへ移動して接合する作業が進められています。ここでは、11月7日に同スタジオで行なった見学にもとづき、その修復の様子をレポートしたいと思います。
 破損した鵄は今年の6月3日と7月10日の二度に分けて、東京へ搬送されました。まず行われたのは、ブロンズ接合の前段階として、破損した鵄の最も大きな部分(約5.1トン)の内側に充填されていたコンクリートや鉛を取り除く作業でした。それらは鵄と石塔をつなぐ鉄心として入れられたレールを固定し、また鵄部分の重量のバランスを取るために満たされていたものです。これを約3カ月かけて取り除いた後、破砕したブロンズの本格的な接合作業に入ることになりました。震災前の調査で撮影された画像をもとに元の形を復元していくのですが、鵄の頭部や羽先などは粉砕した状態にあり、ジグソーパズルのような作業が進められています。
 高さ15メートルの塔の上に総重量5トン以上もある巨大な鵄の彫刻を据え付けた昭忠碑の建設は文字通り力技というべきものでしたが、ブロンズスタジオの高橋裕二氏によれば、修復作業を進めていく中で、現在は機械で製造されるような細かな部品を手技でひとつひとつ加工し作り出すなど、当時の丹念な仕事の様子がうかがえるとのことです。修復を通して、同碑の建設に携わった明治の人々のいとなみが改めて浮かび上がってきたといえましょう。この接合作業は次年度にかけて進められ、完了後は再び仙台に戻ることになりますが、一方で石塔部分について雨水の侵入による劣化が問題となっています。震災から5年が経とうとしていますが、同碑の保存修復をめぐって未だ課題は多く、長期的な取り組みが必要とされています。

畑正吉フランス留学期の写真資料受贈

畑正吉のセルフ・ポートレート。明治43(1910)年撮影。鏡にカメラのレンズを向け、シャッターを押す自分の姿を撮影したもの。原板中の書き込みから、日本の文化人がよく滞在したパリのホテル・スフローで撮影したことがわかります。

 彫刻家の畑正吉(1882‐1966)は、東京美術学校(現、東京芸術大学)や東京高等工芸学校(現、千葉大学)の教授を務め、造幣局賞勲局の嘱託として記念メダルやレリーフなどを制作した人物です。明治40(1907)年から43年にかけて農商務省海外実業練習生として渡仏、パリのエコール・デ・ボザールに日本人彫刻家として初めて合格し、彫刻を学びました。その留学の折の原板12点が畑正吉のご遺族のもとに伝えられており、このたび正吉の孫にあたる畑文夫氏よりご寄贈いただくことになりました。原板には畑正吉のセルフ・ポートレートをはじめ、安井曾太郎や藤川勇造といった、当時パリに滞在していた日本人美術家と撮影した写真が残され、異国での交友のあとをしのばせる大変貴重な資料といえましょう。これらの原板資料についてはあらためてデジタル撮影を行ない、ウェブ上にて画像を公開する予定です。(「畑正吉フランス留学期写真資料」として2017年4月21日公開)

無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会Ⅱ「染織技術の伝承と地域の関わり」の開催

熊谷伝統産業伝承室(くまぴあ)での見学の様子

 無形文化遺産部では平成27年11月11日、12日にかけて熊谷市と共催で無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会Ⅱ「染織技術の伝承と地域の関わり」を開催しました。本研究会では第1回目の同研究会(平成27年2月3日開催)のテーマ「染織技術をささえる人と道具」を引き継ぎ、染織技術に必要な「道具」の保存と活用について積極的な支援を行っている埼玉県熊谷市と京都府京都市の担当者を招き、染織技術に欠かせない要素である「道具」の保存と活用に関して行政がどのように関わっていく事ができるのかについて考えました。
 11日は当研究所保存修復科学センターの中山俊介近代文化遺産研究室長より文化財という視点から「道具保護と活用」について報告があった後、熊谷市立熊谷図書館の大井教寛氏に「熊谷染関連道具の保護と行政の関わり」、京都市伝統産業課の小谷直子氏に「京都市における染織技術を支える事業について」を報告いただきました。その後の総合討議では、行政でできることや、様々な立場の人々の連携の重要性等について活発に議論が交わされました。フロアからは、技術を伝承するためにはその技術の根ざす「地域」を大切にしながら他の「地域」と連携していくことも視野に入れていくことが必要との意見もでました。
 12日は遠山記念館の水上嘉代子氏による講演「埼玉県の染織の近代化小史―熊谷染を中心に―」の後、熊谷伝統産業伝承室(熊谷スポーツ・文化村「くまぴあ」内)の見学を実施しました。同室内に展示されている長板回転台や水洗機、蒸し箱はポーラ伝統文化振興財団の助成により移設されたものです。
 今回の研究会は、染織技術やそれをささえる道具との関わりについて具体的な事例をもとに議論を展開し、染織技術の伝承を考えていく上で、道具を保存していく大切さを改めて認識することができる機会となりました。
 今後も無形文化遺産部では伝統技術を取り巻くさまざまな問題について議論できる場を設けていきます。

サントリー美術館での重要文化財「四季花鳥図屏風」の調査

イメージングプレート現像装置を用いた調査風景

 2015年8月の調査に引き続き、11月10日から12日までの期間にサントリー美術館にて、重要文化財「四季花鳥図屏風」の調査を実施しました。「四季花鳥図屏風」の制作技法や材料について調べるために、光学調査、蛍光X線分析、可視分光分析、エックス線透過撮影等の手法を用いた調査を行いました。
 エックス線透過撮影では、イメージングプレートを用いてX線透過画像を得ます。今回の調査では、11月に東京文化財研究所に導入したイメージングプレート現像装置をサントリー美術館に持ち込んで実施しました。このため、それぞれの撮影後にX線透過画像をその場で確認しながら調査を進めることができました。このようにして得られたエックス線透過画像から、彩色材料の種類や厚さや製作技法に関する様々な情報を得ることができました。
 これらの調査結果を整理し、今年度中に調査報告書を刊行する予定です。

研究会「東南アジアの遺跡保存をめぐる技術的課題と展望」の開催

総合討議の様子

 東南アジア5カ国より考古・建築遺産の保存修復に携わる専門家をお招きして、11月13日に東文研セミナー室にて標記研究会を開催しました。各国における遺跡保存をめぐる様々な技術的課題について発表いただくとともに、新たな協力の可能性をめぐって意見交換を行いました。これまでに遺跡整備の実践例を多数有するインドネシアとタイ、また特に近年、新技術の導入が目覚ましいカンボジア、ベトナム、ミャンマーからの具体的事例紹介をもとに、考古遺跡や歴史的建造物、博物館等における文化遺産保護状況を広く俯瞰する機会となりました。
 インドネシアからはHubertus Sadirin 氏(ジャカルタ首都特別州文化財諮問専門委員会技術指導官)、タイからはVasu Poshyanandana 氏(文化省芸術局建造物課主任建築家・ICOMOSタイ事務局長)、カンボジアからはAn Sopheap氏(APSARA機構アンコール公園内遺跡保存予防考古学局・考古室長)、ベトナムからはLe Thi Lien女史 (ベトナム社会科学院考古学研究所・上席研究員)、ミャンマーからはThein Lwin氏(文化省考古・国立博物館局・副局長)にお越しいただきました。
 総合討議においては、出土遺構の保存方法、修復における新旧材の整合性、建造物の耐震対策、有形的価値と無形的価値との保存のバランス、管理体制・人材育成の問題等について活発な議論が行われました。これらの国々は、いずれも熱帯あるいは亜熱帯地域に属するという気候環境的な類似性にとどまらず、材料の劣化要因や対策面でも共通する課題を抱えています。域内外でのさらなる連携を視野に入れて情報共有、協力を継続していくことを確認しあう機会となりました。今後も各国との対話を深めながら支援のニーズを見定め、より有効な協力のあり方を考えていきたいと思います。

国際研修2015「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

和紙の裏打ち実習における実演

 2015年11月4日から11月20日にかけて、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)のLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、INAH(国立人類学歴史機構、メキシコ)、ICCROM、当研究所の3者で国際研修を共催しました。本研修は、INAHを会場にして、今年で4回目の開催です。
 研修前半は当研究所が担当し、ポルトガル、ベリーズ、チリ、コロンビア、キューバ、メキシコ、ウルグアイ、ベネズエラの8カ国から、9名の文化財修復の専門家が参加しました。本研修では、日本の紙文化財の保存修復技術を海外の文化財へ応用することを目的に、日本の文化財保護制度の紹介から始まり、修復に関連する和紙や接着剤等の材料、国の選定保存技術のひとつである装こう修理技術の基本的な知識等を講義した上で、実習を行いました。実習は、プログラムの一環で当研究所において数ヶ月間装こう修理技術を学んだINAH職員が共に遂行しました。日本人講師の実演を踏まえて、糊炊き、作品のクリーニング、補修、裏打ち、張り込み等の和紙の特性を活かした装こう修理技術の基礎を体験してもらいました。研修後半は、メキシコとスペイン、アルゼンチンの文化財修復の専門家によって、欧米の保存修復における和紙の応用等についての研修が行われました。この様な技術交流を経て、日本の保存修復技術への理解の深化と海外の文化財保護への貢献ができるよう、同様の研修を継続する予定です。

第29回ICCROM総会

会場概観
審議の様子

 2015年11月18日から20日にかけてイタリア・ローマで開催されたICCROM(International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Properties)の第29回総会に参加しました。ICCROMは、1956年のUNESCO第9回総会で創設が決議され、1959年以降ローマに本部を置いている政府間組織です。ICCROMは世界遺産委員会の諮問機関としても知られていますが、動産、不動産を問わず、広く文化遺産の保存に取り組んでいます。当研究所では特に紙や漆を用いた文化財の保存修復研修を通じてその活動に貢献してきました。
 総会は2年に1度開催されており、例年通り、約半数の理事の任期が満了するのに伴い選挙が行われました。選挙の結果、当研究所の川野邊渉が理事に再任されました。そのほか、UAE、フランスの理事も再任され、アイルランド、アルゼンチン、イラン、オランダ、カナダ、韓国、チュニジア、ノルウェー、ヨルダンからは新たな理事が選出されました。
 また、今年の総会からテーマ別討論が行われることになり、「Climate Change and Natural Disasters: Culture cannot wait!」というテーマの下、各国の災害対策や復興事例が紹介されました。その中で、今年3月に仙台で開催された第3回国連防災世界会議で「仙台防災枠組2015-2030」及び「仙台宣言」が採択されたことも大きく取り上げられ、各国の日本に対する期待の高さを実感しました。
 当研究所では、今後もこうした国際会議に参加し、文化財保護に関する国際的動向について情報を収集するとともに、日本の活動について広く発信していきたいと考えています。

10月施設見学

文化遺産国際協力センターの取組について説明を受ける様子

 東京学芸大学 9名
 10月5日、当研究所で行っている国内外の文化財研究や文化財保護協力といった最新活動に対する理解を深め、今後の学習に活かすために来訪。企画情報部の資料閲覧室、無形文化遺産部の実演記録室及び保存修復科学センターの保存科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。また、文化遺産国際協力センターでは、当研究所の国際的な取組について、研究員による説明を受けました。

企画情報部「第49回オープンレクチャー モノ/イメージとの対話」の開催

会場の様子

 企画情報部では、10月30日(金)、31日(土)の2日間にわたって、オープンレクチャーを当所セミナー室において開催しました。日頃の研究の成果を広く一般に講演の形で発信するものとして毎年行われており、今回で第49回を迎えました。本年は当所研究員2名に加え、外部講師2名を迎え、各1時間余の講演が行われました。
 第1日目は、皿井舞(企画情報部主任研究員)「仁和寺阿弥陀三尊像と宇多天皇の信仰」、増記隆介(神戸大学准教授)「十世紀の画師たち―東アジア絵画史から見た「和様化」の諸相―」。皿井は宇多天皇が造立した阿弥陀三尊像について、その図像的特色とこれが宇多天皇を中心とする宗教史的歴史的背景といかに関わっているかを述べ、増記氏は中国における10世紀頃の山水画の変化を史料から読みとり、その日本への影響について考察されました。第2日目は、安永拓世(企画情報部研究員)「与謝蕪村の絵画に見る和漢」、吉田恵理(静岡市美術館学芸係長)「池大雅の山水画を考える―二つの「六遠図(りくえんず)」を手がかりに―」。安永は江戸時代の代表的な画家である与謝蕪村の絵画において「和」と「漢」が彼の表現の中でどのように意識され、混交され、実作品にどのように表れているかを述べ、吉田氏は蕪村と並ぶ江戸画家・池大雅が描いた「六遠図」を中心に、それが中国の絵画理論を源としながらもユニークなものであること、日本的「文人画家」としての大雅の絵がどのように形成されていったかを諸作品の筆法、また作品に関わった人々との関連によって講演されました。
 第1日目は138名、第2日目は109名の多くの聴衆を迎え、アンケートに回答いただいた方のうち、「大変満足した」と「おおむね満足だった」が合わせて8割以上と好評をいただきました。

/ 小林達郎)

国際シンポジウム「日本美術史研究の現在―グローバルな視点から」への参加

 様々な分野でグローバル化が課題となっている中で、美術史学においても「世界美術史」や「グローバル美術史」への試みがなされるようになっています。そうした状況を踏まえてハイデルベルク大学東アジア美術研究所の主催により、国際シンポジウム「日本美術史研究の現在―グローバルな視点から」が10月22日から24日まで、ハイデルベルク大学のカールジャスパー・センターで行われました(http://sharepoint2013.zo.uni-heidelberg.de/zo-conference-hub/conf-iko/histories-of-japanese-art/SitePages/Home.aspx)。同シンポジウムは石橋財団がハイデルベルク大学への日本からの日本美術史客員教授派遣する支援をする「石橋財団日本美術史客員教授制度」の創設10周年を記念したもので、1「世界の創出―空想の日本」、2「東アジアからの輸出美術品の拡散」、3「20世紀初頭の芸術界における日中関係」、4「日本美術と公衆の語り」、5「欧米における東洋美術品収集と世界美術史の形成」、6「戦後美術の同時代性」、7「国際展における「日本」」の7つのパネルによる構成で、22名の研究発表と各パネルでの討論、クリスティン・グート氏(ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館)Christine Guth (Royal College of Art and V&A Museum, London)とタイモン・スクリーチ氏(ロンドン大学)Timon Screech (SOAS, London) の2名による基調講演が行われました。当所から山梨が招かれて参加し、パネル5で「ダーウィン著『種の起源』と世界美術史の始まり」(インゲボルグ・ライヘル氏、フンボルト大学、Ingeborg Reichle , Humboldt University, Berlin)、「ドイツ帝国における東洋美術品収集と世界美術史の状況」(ドリス・クロワッサン氏、ハイデルベルク大学、Doris Croissant , Heidelberg University)に先立って「美術商林忠正―欧米と日本の異なる「美術」概念のはざまで」というテーマで発表しました。3日間の発表と討論を通じて、大航海時代以後、人、物、知識・情報の移動が激しくなり、日本美術品や日本美術史についても様々な地域で異なる語りがなされてきたことが明らかになりました。シンポジウムの報告書は2017年に刊行される予定です。

染織文化財の技法・材料に関する研究会「ワークショップ 友禅染 ―材料・道具・技術―」の開催

染色に関する講義

 無形文化遺産部では平成27年10月16日、17日と文化学園服飾博物館と共催で友禅染に関するワークショップを開催しました。今回のワークショップでは桜美林大学の瀬藤貴史先生をお招きし、近世以降の代表的な染色技法である「友禅染」を取り上げ、近世より受け継がれた材料(青花紙〈あおばながみ〉や友禅糊、天然染料など)と近代以降の合成材料(合成青花、ゴム糊、合成染料)、それぞれの材料に合わせた道具について比較しました。
 1日目は、友禅染の材料や道具の生産をとりまく現状を映像も併せて説明し、その上で、青花紙と合成青花の比較しながらの下絵描き、真糊〈まのり〉に蘇芳と消石灰を併せた赤糸目〈あかいとめ〉による糸目糊置き、地入れを行いました。2日目は天然染料と合成染料について学んだ後、合成染料による彩色、蒸し、水元〈みずもと〉の作業を行いました。蒸しの待ち時間にはゴム糸目による糸目糊置きを体験しながら、真糊とゴム糊の工程の違いについても学びました。ワークショップの終盤には、それぞれの考える受け継ぐべき「伝統」についてディスカッションを行いました。
 今回のワークショップを通じて、材料の変化と道具、技術の関わりについて、実際の作業を通じて理解し、さらに、後世へ受け継ぐべき技術とその保護について参加者の皆さんと討議し問題を共有することもできました。
 今後も無形文化遺産部ではさまざまな技法に焦点をあてる研究会を企画していきます。

被災資料を保管している旧相馬女子高校の環境調査

除塵清掃の様子

 東北地方太平洋沖地震救援委員会救援事業、福島県被災文化財レスキュー事業等では、旧警戒区域の双葉町、大熊町、富岡町の各資料館から搬出した資料の一時保管施設として、旧相馬女子高校(相馬市)の校舎を再利用しています。大型資料や特に重い資料を除いて、搬出資料はすでに福島県文化財センター白河館仮保管庫に収納され、除塵清掃、整理記録後に展示に活用されていますが、一時保管が想定よりも長期化したため、平成27(2015)年10月15日に、保存環境についてあらためて調査をおこないました。設置されていた温湿度、照度測定用のロガーを回収するとともに室内の表面温度測定や遮光の状況を調査し、資料が生物被害を受けていないか目視調査をおこないました。資料のある教室には乾式デシカント方式の除湿器が設置されており、梅雨~夏の相対湿度の高い時期にも教室内は高湿度にならず、2月下旬~8月中旬にはおおむね50~60%rhとなっており、資料にカビが生えやすい環境ではなかったことがわかりました。照度が高めであること、窓際から1mまでの温度が外部の影響を受けやすいことがわかりました。なお、カビの発生が疑われた一部の資料については除塵清掃作業を行いました。今後も一時保管場所の環境の整備方法について、基礎的なデータを元に検討していく予定です。

シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:キルギス共和国における専門家育成のためのワークショップ

小型UAVを操縦する研修生

 文化遺産国際協力センターはユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に2011年より参画しています。この事業は中央アジア5か国が目指すシルクロード関連遺産の世界遺産一括登録への支援を目的とし、日本及び英国の複数の研究機関が共同で実施しています。2014年、カザフスタン及びキルギスが中国と共同申請した「長安・天山回廊」はシルクロードとして世界遺産に登録されましたが、ウズベキスタンとタジキスタンによる共同申請、トルクメニスタンによる単独申請が今後も予定されています。また、5か国間の緊密な協力による持続的な文化遺産マネジメント体制の構築が今後の課題として残されています。このため、ユネスコは2014年から2017年にかけて同事業の第2期を実施することとし、継続して支援を行うことを決定しています。
 キルギスを対象とした支援を担当することとなった文化遺産国際協力センターでは、10月2日から10日にかけて考古・建築遺産を対象とした文化遺産ドキュメンテーション技術の向上と遺産のマネジメントプラン作成に向けたワークショップをキルギス南部のウズゲン市で開催しました。まず、GNSS(衛星測位システム)受信機とGIS(地理情報システム)ソフトウェアを用いた遺跡分布図の作成手法及び小型UAV(無人航空機)による航空写真と3次元モデル生成ソフトウェアを用いた考古遺跡の地形測量や建築遺産の高精細3次元モデル作成に関する講義とフィールド実習を実施しました。その後、文化遺産マネジメントプラン作成の模擬演習をグループワーク形式で行いました。
 文化遺産国際協力センターの本事業への参画は今年度で終了となりますが、今回のワークショップで利用したGNSS受信機や小型UAV等の機材はユネスコからキルギス側に供与されています。これらの最新機材を活用した文化遺産ドキュメンテーションが、今後キルギスで進展することが期待されます。

ICOMOS年次総会・諮問委員会・学術シンポジウムへの参加

 2015年10月26日から29日にかけて福岡で開催されたICOMOSの年次総会・諮問委員会・学術シンポジウムに参加しました。ICOMOS(International Council on Monuments and Sites)は、1964年に記念物と遺跡の保存と修復に関する国際憲章(ヴェニス憲章)が採択されたことを受け、文化遺産の保護と保全に尽力する国際的なNGOとして1965年に設立されました。以後、ICOMOSは、建築家、歴史家、考古学者、美術史家、人類学者など、さまざまな分野の専門家が交流する場として機能してきました。近年では、UNESCOの諮問機関として世界遺産の推薦書の審査にあたっていることでも知られています。
 これまでICOMOSの総会は3年に一度開催されていましたが、昨年イタリアのフィレンツェで開催された総会においてICOMOSの規約が改正されたことに伴い、今年からは諮問委員会にあわせて年次総会が開催されることになりました。今回の年次総会では、ICOMOSのこれまでの活動が報告され、よりよい組織のあり方について意見が交わされ、ICOMOSが専門家集団としてより適切に機能する方策が模索されました。また、「RISKS TO IDENTITY: Loss of Traditions and Collective Memory」というテーマで学術シンポジウムが実施され、有形の文化遺産だけでなく、その無形の価値の保存と継承に関して、多くの事例が紹介され、議論されました。
 本研究所では、今後もこうした国際会議に参加し、文化遺産保護に関する国際的な動向の把握に努めたいと考えています。

9月企画情報部研究会

志村氏、秋本氏と聴講者との間で熱く交わされる画絹・絹糸に関する情報交流

 月例の企画情報部研究会では、9月29日(火)に、研究プロジェクト「美術の表現・技法・材料に関する多角的調査研究」の一環として、絹織制作研究所の志村明氏に「絹生産における在来技術について」の標題のもとご発表をいただきました。あわせて、同研究所の秋本賀子氏にコメンテーターとしてご出席いただきました。志村氏は近代以前の伝統的織絹の復元に日々携わっておられます。研究会のテーマとなった画絹については日本絵画の基底材であり、美術史研究者はもとより日本絵画の修復に日々携わる者にとっても非常に親しい存在です。聴講者は美術史の研究者にとどまらず、日本絵画の修復に携わる者など多岐にわたり、その分野への関心の高さが窺がわれました。
 今回の研究会では、今日まで残るさまざまな時代の画絹類を実際に調査され、それにもとづいて技術復元を行われた過程で知り得た画絹、絹糸に関する様々な知見をお話いただきました。研究会では最初に志村氏から絹糸に関する基本的な情報をご提示いただき、適宜、秋本氏にコメントをしていただきながら、聴講者から質疑を行い、これに志村氏が応答していただくという形式で進めました。そのなかで、絹糸の太さ(径)に関する単位と思われていた「d(デニール)」が絹の容量に関る単位であること、実際に復元した伝統的技術によって生成された画絹を微細に観察しながら、経糸と緯糸によって構成される織目(空隔)の密度と裏彩色の関係など、われわれ研究者が自明のことと思っていた画絹、絹糸に関する知識が非常に誤解・誤認をともなうものであったことに気づかされ、認識を改める機会を得ることができたように思います。
 この質疑・応答をもって進行した研究会は2時間を超えるものでしたが、志村氏よりご提示いただいた画絹・絹糸に関する情報・知識は非常に新鮮でした。また、志村氏、秋本氏によって制作された厚みや織り目の密度の異なる画絹、砧で打ち込んだ練り絹(絹布)の現物を手にとって、それらの感触を実感することができた経験も、今後、絵画研究に携わってゆくうえで有意義なものとなりました。

久野健白鳳会講演録の寄贈

 故・久野健(1920~2007)氏は1944年に当研究所の前身である美術研究所に入所され、1982年に退官されるまでの38年間にわたって仏像彫刻研究に従事されてきました。退官後は自宅に隣接して仏教美術研究所を設立し主宰され、長年にわたって収集された資料を研究者に提供されてきました。久野氏の没後は、ご遺族より、氏が手ずから書き込まれた調査ノート類、写真資料類をご寄贈いただきました。それらは主に国内外に所在する仏像彫刻に関するものです。件数にして7,480 件にものぼり、2015年3月から「久野健寄贈資料」として当研究所の資料閲覧室にて公に供しています。
 久野氏は、仏教美術研究所において仏教美術愛好者を募って白鳳会を結成し、会員向けの現地見学会や講演会を熱心になされていたことが、調査ノートに挿み込まれていた告知案内状の類から知られていました。しかし、どのような講演内容であったかについては不明でした。ところが、このたび白鳳会の運営を手伝われていた高橋寿守氏から、白鳳会で行われた講演録の寄贈の申し入れがあり、その受け入れが9月に完了いたしました。これは久野健氏が白鳳会で講演された度毎に、会員が分担して講演のテープ起こしを行い、久野氏が内容に目を通されたうえで、会員に向けて配布されていた講演録を一括したものです。これによって白鳳会で久野氏が講演された内容を具体的に窺がうことが可能となりました。なお、この講演録は「久野健寄贈資料」の一環として登録し公開をいたします。

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