研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


古墳の石室及び石槨内に残存する漆喰保存に向けた調査研究

石槨内に残存する漆喰

 令和4(2022)年10月20日に、広島県福山市にある尾市1号古墳を訪れ、福山市経済環境局文化振興課協力のもと、石槨内に残存する漆喰の保存状態について調査を行いました。古墳造営に係る建材のひとつである漆喰は、その製造から施工に至るまで特別な知識及び技術を要することから、当時における技術伝達の流れを示す貴重な考古資料といえます。こうした理由から、国外では彩色や装飾の有無に関わらず、漆喰の保存に向けた取り組みが行われることは珍しくありません。一方、国内でも、高松塚古墳やキトラ古墳だけではなく、漆喰の使用が確認されている古墳が40ヶ所以上にものぼることはあまり知られていません。その多くは文化財に指定されていますが、保存に向けた対策が講じられることは少なく、風化や剥落によって日々失われてゆく状況が続いています。
 尾市1号古墳の漆喰は国内でもトップクラスの残存率を誇り、未だ文化財指定を受けていないことが不思議なくらいです。さらに、単に漆喰が残っているというだけではなく、保存状態の良い箇所では、造営時に漆喰が塗布された際にできたと考えられる施工跡までもが確認でき、当時使われていた道具類を特定するうえでの貴重な手掛かりになるものと思われます。今回の調査では、保存状態や保存環境を確認したうえで、材料の適合性や美的外観といった文化財保存修復における倫理観と照らし合わせながら、持続可能な処置方法を検討しました。
 文化財の活用は以前にも増して強く求められるようになってきています。これに伴い、文化財の継承の在り方も今一度見直すべき時期に差し掛かっているといえるでしょう。古墳に残された漆喰もしかり、朽ち果て、失われてゆく現状を見直し、今後の活用にも繋がりうる適切な保存方法と維持管理の在り方について、国外の類似した先行事例も参照しつつ、検討を重ねていきたいと思います。

九重の土砂災害記念碑レプリカ墨入れ式

新宮市役所での墨入れ風景
展示されたレプリカ

 令和2(2020)年12月5日に、九重の土砂災害記念碑レプリカ墨入れ式が新宮市役所で開催されました。新宮市九重地区は、平成23(2011)年に起きた紀伊半島豪雨で被害を受けた地域ですが、この地には江戸時代に起きた同じような土砂災害を記念した石碑が残されています。文政4(1821)年に建てられたこの九重土砂災害記念碑は、かつては藪に覆われていて、碑の表面には様々な汚れが沈着して銘文が読みにくい状態でしたが、東京文化財研究所では、この記念碑を詳細に計測して三次元印刷することで、実際の碑では確認しにくかった文字を読み出すことに貢献していました。今回この三次元印刷された記念碑のレプリカを使って、新宮市役所で住民への防災意識の啓蒙を目的としたイベントが開催されました。イベントでは、色情報のない凹凸情報だけで打ち出されていたレプリカの文字に、九重区の区長、新宮市教育長、碑文の読み出しに関係した研究者、そして一般市民らが順番に墨入れを行っていき、最終的には記念碑の内容が素人目にもわかりやすい状態でレプリカが展示されることになりました。このイベントを通じて、江戸時代に起きていた土砂災害に対して市民が思いを馳せることに貢献し、地域の防災意識を高めることに寄与することができました。

オンライン授業による大学院教育の実施

所内に構築されたオンライン講義用のブース

 東京文化財研究所では、平成7(1995)年より東京藝術大学大学院美術研究科と連携してシステム保存学コースを開設し、文化財保存を担う人材の養成を行ってきていますが、令和2(2020)年度は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、例年通りの授業の開講や研究室における学生指導などが行えない状況になりました。令和2年4月に、東京藝術大学が原則として学生の入校禁止と授業のオンライン化を決定したのを受け、令和2年度前期のシステム保存学の大学院教育はこの方針に従って進められました。
まず、緊急事態宣言が出されていた5月25日以前は、研究所からの指示によって自宅待機中だった東京文化財研究所の併任教員が、自宅からカリキュラムに従ってオンライン講義を実施しました。緊急事態宣言解除後の6月からは、職員の研究所への出勤は認められるようになりましたが、依然として授業はオンラインで行うことが大学から要望されていたため、対面で行うことで初めて効果が得られるような講義は後回しにして、順番を入れ替えてオンラインで行える講義を先に実行しました。その時の講義は、研究所からオンライン講義を発信できるような環境を所内で構築し(図)、出勤した併任教員が入れ替わりでそこからオンラインで行いました。
そして7月以降は、例外として一部で対面授業を行うことも認められるようになったので、後回しにされていた講義を研究所内で対面で実施することとしました。この時は学生の研究所への立ち入り前の検温や健康チェック、マスクの着用、受講学生数に対して十分に広い講義室の確保、部屋の換気、などに十分注意しながら、対面で行うことでしか効果が得られない教育を研究所にて行いました。
この間、研究室の大学院生は自宅待機を原則とし、それぞれの指導教官(併任の東京文化財研究所職員)が主としてWeb会議システムを用いて個別にオンラインで指導を行っていました。
 前例のない困難な状況によって各地で教育に支障が出ているというニュースが聞こえている中、受講した学生の中に健康を害したものはおらず、またインターネット情報を駆使したオンライン講義ならではの新たな教育も試みたため、例年と比べても遜色ない教育効果を挙げることができたと考えています。

令和2年度前期に実施した講義
・保存環境計画論  朽津信明・犬塚将英・佐藤嘉則 履修者20名(聴講2名)
 全12回 全てオンラインで実施
・修復計画論    朽津信明・安倍雅史    履修者 9名(聴講3名)
 全12回 全てオンラインで実施
・修復材料学特論  早川泰弘・早川典子    履修者 12名(聴講3名)
 全12回 オンラインで4コマ分、対面で8コマ分実施
・文化財保存学演習 朽津信明           履修者21名(聴講2名)
 オンラインにて実施

システム保存学在籍大学院生
・修士課程 1名 博士課程 1名

台湾での震災遺構保存事例の視察

921地震教育園區内の被災した光復國民中學の展示
車籠埔断層保存園區での断層露頭を用いたプロジェクションマッピング

 平成28(2016)年に起きた熊本地震の際に、田んぼに露出した断層が大きく注目されて保存の要望が出されましたが(現在は益城町指定天然記念物)、こうした断層露頭を保存して公開・活用が行われている事例としては、日本では例えば平成10(1998)年にオープンした野島断層保存館(阪神淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震で現れた断層を保存した博物館)がよく知られています。その翌年平成11(1999)年に台湾では集集大地震が起きましたが、特に被害の大きかった台中市の近郊には、野島断層保存館に学びそれを発展させたような博物館が建てられているため、その視察を行ってきました。921地震教育園區は、被災した中学校校舎の上に覆屋をかけてそのまま保存公開が試みられているなど、地震の怖さを伝え、また耐震や免震の有効性を説いた防災博物館としての展示が目立ちました。一方の車籠埔断層保存園區の方は、調査で確認された断層断面を覆屋内でそのまま露出展示した科学博物館であり、地震が起きるメカニズムや過去の地震の歴史が示されていました。特に、断層面に投影したプロジェクションマッピングにより、現在の地層面を見ただけではすぐには理解しにくい複雑な地層の歴史が、順を追ってヴィジュアルでわかりやすく示されているのが印象的でした。このような展示方法は、日本でも、地層の展示ばかりでなく例えば考古遺跡における遺構の説明など、様々な分野での応用性が期待されます。

日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究―2015年度研究報告会

石塔の構造補強に関する共同調査(明導寺七重石塔)

 保存修復科学センターは大韓民国・国立文化財研究所保存科学研究室と覚書を交わし、「日韓共同研究-文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究」を共同で進めています。詳細には、屋外にある石造文化財を対象にお互いの国のフィールドで共同調査を行うとともに、年1回の研究報告会を相互に開催し、それぞれの成果の共有に努めています。
 今年度の研究報告会は7月8日、東京文化財研究所地階会議室にて日本側の主催で行われました。研究報告会は石造文化財の構造的な問題をテーマに、日韓双方の研究者がそれぞれの研究成果を報告し、議論を行いました。また本研究報告会に伴う韓国側研究者の来日にあわせて、日本での共同調査として熊本県湯前町にある明導寺九重石塔および七重石塔などを視察し、構造補強の方法の変遷について情報共有を行いました。

日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究―2014年度研究報告会

2014年度研究報告会(大韓民国・国立文化財研究所)

 保存修復科学センターは大韓民国・国立文化財研究所保存科学研究室と覚書を交わし、「日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究」を共同で進めています。詳細には、屋外にある石造文化財を対象にお互いの国のフィールドで共同調査を行うとともに、年1回の研究報告会を相互に開催し、それぞれの成果の共有に努めています。
 今年度は韓国側が担当であったため、5月27日に保存科学センター講堂にて研究報告会が開催され、保存修復科学センターからは岡田、朽津、森井が参加しました。会場が満席になるほど関心を集めたなか、研究報告会では日韓共同研究の担当者および協力関係にある大学教授から石造文化財に関する発表をそれぞれ行い、会場から多くの質問およびコメントをいただくなど、活発な議論が行われました。なお、今年度は横穴墓を対象に、今後共同調査を行う予定です。

第24回国際文化財保存修復研究会の開催

総合討議風景

 2010年7月8日に、71名の参加を得て、第24回国際文化財保存修復研究会「覆屋保存を考える」を開催しました。遺跡の保存を目的として覆屋がかけられることがありますが、そのメリット・デメリットを理解するためには、建設から既にある程度の年数が経過した覆屋について、その後の状況を知る必要があります。こうした理由から、タイ芸術局のアナト・バムルンウォンサ氏による「プラーチンブリー県の二つ一組の仏足跡の覆屋:その問題と解決への指針」、福岡県文化財保護課の入佐友一郎氏による「福岡県における覆屋の諸形態と現状」、韓国国立文化財研究所のシン・ウンジョン氏による「韓国の石造文化財における覆屋の現状と事例研究」という3件の発表をお願いし、その後、総合討議が行われました。遺跡を保存するためには、遺跡の周辺環境まで含めた条件を理解した上で、覆屋の仕様を適切に考えていく必要があるのはもちろん、覆屋建設後も継続してモニタリングを行うことが重要であることが認識されました。

第23回国際文化財保存修復研究会の開催

総合討議

 10月8日、43名の参加を得て、第23回国際文化財保存修復研究会「遺跡はなぜ残ってきたか」を開催しました。 遺跡保存を考える際には、傷んでいる部分が特に調査され、その劣化原因が研究されるのが一般的ですが、今回は敢えて良好な状態で保存されている遺跡について、その遺跡がなぜ今も残っているかを検討することから、傷んでいる遺跡の今後の保存を考えることを目指しました。発表は、イタリア・ローマ文化財監督局のパオラ・ヴィルジッリ氏による「アウグストゥスのパンテオンとハドリアヌスのパンテオン―将来的な保存のための調査、発掘、研究、診断―」、鳥取県埋蔵文化財センターの原田雅弘氏による「青谷上寺地遺跡の保存環境」、インドネシア大学のチェチェプ・エカ・プルマナによる「インドネシア・南スラヴェシの洞窟壁画」の3件で、その後、総合討議が行われました。それぞれの遺跡が残されてきた経緯や科学的な条件などを理解することから、今後の遺跡保存に向けた有用な情報が参加者の間で共有されました。

カンボジア出張

微生物除去の薬品塗布風景

 7月24~28日に、カンボジアのアンコール遺跡群で、石造遺跡の劣化に関する調査を行いました。タ・ネイ遺跡では、遺跡で用いられているのと同種の砂岩新材を用いて、その表面に微生物を繁茂させることで、微生物が岩石風化に与える影響に関する調査を続けています。また、表面に地衣類が繁茂している石材の一部に、薬剤を塗布することでクリーニングを試み、その効果や弊害などについても観察を行っています。今回はこうした調査・研究に関する基礎的なデータを現地で収集し、また施工実験を行いました。また、奈良文化財研究所が調査を行っている、西トップ寺院でも、石材表面の微生物をクリーニングする実験に協力し、それに関わるデータの収集も行いました。

アジア文化遺産国際会議の開催

参加者記念撮影

 2009年1月14~16日に、タイ王国において、アジア文化遺産国際会議「被災後の遺跡の修復と保存」を開催しました。これは、東京文化財研究所とタイ王国文化省芸術総局とが共催し、東南アジア文部大臣機構考古芸術事業(SPAFA)と在タイ日本国大使館とが後援したものです。前半の二日間は、バンコク市のサイアムシティホテルにおいて、円卓会議を行い、最終日はアユタヤで、実際に災害対策や災害後の修復が行われている遺跡を視察するエクスカーションが行われました。円卓会議では、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、ベトナムの東南アジア5カ国からそれぞれ一人ずつの代表者に、開催国のタイと主催者の日本を加えた各国からの発表が行われたほか、地元の大学関係者などのオブザーバーからも積極的に意見や質問が出され、活発な議論が行われました。また、エクスカーションでは、修復材料などに関して様々な情報が参加者の間で共有されました。

第22回国際文化財保存修復研究会の開催

第22回国際文化財保存修復研究会発表風景

 2008年9月19日に、75名の参加を得て、第22回国際文化財保存修復研究会「遺跡保存と水」を開催しました。遺跡保存コンサルタントのリチャード・ヒューズ氏による「モエンジョダロ遺跡における水文学、水理学、地質工学―水との共存」、仙台市富沢遺跡保存館の佐藤洋氏による「仙台市富沢遺跡保存館における遺構保存の現状と課題」、イタリア・ナポリ及びポンペイ特別考古学局のニコラ・セベリーノ氏による「バイア水中公園:その保存と公開」の3件の発表と、総合討議が行われました。遺跡の保存対策といえば、多くの場合には水を如何にして防ぐかという視点で議論がなされますが、水が存在する前提で保存が図られている遺跡の事例は、そうでない状況にある多くの遺跡の保存を考える上でも参考になると期待されます。

第4回日タイ共同研究成果報告会の開催

第4回日タイ共同研究成果報告会

 文化遺産国際協力センターでは、2006年10月にタイ文化省芸術総局と東京文化財研究所との間で交わされた書簡に基づき、同局との間でタイの遺跡の劣化と保存に関する共同研究を実施していますが、この度バンコクにて、その成果報告会を開催しました。
 報告会は、9月4日と5日の二日間にわたり、バンコク市のタイ・ナショナルギャラリーにて行われました。会では、日本側から6件、タイ側から4件の研究発表が行われ、現地研究者など約30名の参加者により、活発な議論が持たれました。
 バンコク滞在中には、タイ芸術総局を訪問し、2009年1月14~16日にバンコクで開催される予定のアジア文化遺産国際会議に関して打ち合わせを行いました。

タイ・カンボジア現地調査

砂岩の物性(帯磁率)調査
(カンボジア・アンコール遺跡)

 文化遺産国際協力センターは、2008年7月に、タイおよびカンボジアにおいて、石造遺跡の劣化に関する調査を実施しました。
 タイでは、文化省芸術総局と共同で、スコータイ遺跡およびアユタヤ遺跡で調査を行いました。スコータイ遺跡では、スリチュム寺院において、藻類が繁茂しやすい場所としにくい場所とで、水分蒸発がどの程度違っているかを定量しました。アユタヤ遺跡では、マハタート寺院で2004年に実施した、塩類風化を軽減するための保存処理について、その後の経過や効果の持続性について調べました。
 カンボジアでは、アンコール地区保存整備機構(APSARA)と共同で、地衣類や蘚苔類が石材の劣化に与える影響に関する調査を行いました。特に、タ・ネイ遺跡で用いられている砂岩について、表面に微生物が存在する場合としない場合とで、強度などの物性がどのように異なるかを調べました。
 また、バンコク滞在中には、タイ芸術総局を訪問し、2009年1月14~16日にバンコクで開催される予定のアジア文化遺産国際会議に関して打ち合わせを行いました。

第21回国際文化財保存修復研究会の開催

会議風景

 2007年12月6日に、93名の参加を得て、第21回国際文化財保存修復研究会「保存処置後のモニタリング」を開催しました。国士舘大学の西浦忠輝教授による「遺跡保存におけるモニタリングの重要性とその問題点」、インドネシア・ボロブドゥール遺産保存研究所のナハール・チャヤンダル氏による「ボロブドゥール遺跡の修復後のモニタリング」、韓国国立文化財研究所の金思悳氏による「石窟庵の長期的保存方案」の3件の発表と、総合討議が行われました。それぞれの遺跡における様々なモニタリング方法が紹介され、参加者の間で情報が共有されましたが、それを他の遺跡にも導入するためには、さらに広くモニタリングの重要性を訴えていく必要があることが認識されました。

タイ王国文化省芸術局長来訪

タイ王国文化省芸術局長来訪(右から4番目がタイ王国文化省芸術局長)

 8月21日に、タイ王国文化省のArak SUNGHITAKUN 芸術局長が来訪されました。同氏は、国際交流基金の招聘により、8月20日から26日までの日程で来日されていたところ、日本の文化財保存関係活動視察の一環として来所されたものです。
 研究所では、所長と面談し、その後、所内見学及び文化遺産国際協力センターにおいて現在行っている日タイ共同研究の今後の進め方や、来年度にタイで行われる予定の国際会議に関する打ち合わせなどが行われました。

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