研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
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持続可能な収蔵品のリスク管理 ワークショップ-HERIe Digital Preventive Conservation Platform の活用-の開催

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Łukasz Bratasz 氏による講義の様子
Michal Lukomski 氏による講義の様子
ワークショップの様子

 令和5(2023)年12月17日、東京藝術大学美術学部を会場に東京藝術大学大学院文化財保存学専攻と文化財防災センターとの共同で、「持続可能な収蔵品のリスク管理」と題したワークショップを開催しました。
 HERIe Digital Preventive Conservation Platform(https://herie.pl/Home/Info)はコレクションの展示および保存条件の安全性を評価する際に、博物館・美術館等の学芸員と保存の専門家との連携を支援するために、収蔵品に対するリスクの定量的評価を提供する意思決定支援のためのプラットフォームです。現時点で、大気汚染物質、光、不適切な温度や相対湿度などの環境劣化要因に対応するモジュールと、火災の危険度の推定を可能にするモジュールが含まれています。このプラットフォームは、欧州委員会とゲッティ保存研究所からの財政的支援を受けて、いくつかの機関によって開発されています。
 このワークショップは作品保存管理者、保存修復者などがプラットフォーム上で自分自身の館のデータを使用しながら、どのように活用できるか実地に体験してもらうことを目的として行いました。海外よりこのプラットフォームの開発者の一員である先生方を招き、活用方法や有効性について直接お話を伺い、実地に試せる非常に良い機会となりました。導入として、Łukasz Bratasz氏 (ポーランド科学アカデミー教授)から持続可能なコレクションの保存計画立案のためのプラットフォームについて紹介があり、コンセプトおよび構成の説明、そして博物館・美術館等における空気汚染物質と化学的劣化について紹介がありました。続いて、Michal Lukomski氏 (ゲッティ保存研究所博士)から機械的損傷のモデル化と博物館環境の評価ツールの使用について、Boris Pretzel氏(東京藝術大学大学院文化財保存学専攻招聘教授)からは光劣化ツールについて紹介があり、最後にBratasz 氏により防火評価ツールの説明がありました。展示ケースツールなどの他のツールについても紹介とデモンストレーションが行われ、受講生はそれぞれのツールを実際に使って、どのようなことができるプラットフォームなのかを理解しました。
 受講生からは大変有用なツールを教えていただいたので館に戻って活用したい、修復する際に工房へ持ち込んだ時の光の損傷など検討するのに役立てたいなど、プラットフォームへの理解が深まったという意見が多く寄せられました。
 このプラットフォームは無料で提供されているものなので、研修に参加された方々だけでなく、参加されなかった方々にも広く活用してもらいたいと考えています。

岩窟内に建てられた木造建造物の保存環境に関する調査

岩窟の表面温度の測定
岩窟上部における水分浸透状態の測定
本殿の表面温度の測定

 保存科学研究センターでは岩窟内の木造建造物の保存環境にかかる調査研究を行っています。
 石川県小松市の那谷寺は土着の白山信仰と仏教が融合した寺院であり、重要文化財である本殿は1642年(寛永19年)に再建されたもので、自然の浸食でできた岩窟内に建てられています。岩窟内では近年実施した耐震補強工事以降、春から夏にかけての結露の発生が問題になっています。結露は木材腐朽の要因となるため、建築やそこに施された装飾をなるべく健全な状態で残すためには、発生の頻度を可能な限り減らすことが望ましいです。
 そこで結露の発生要因を明らかにし、その抑制方法を検討するための環境調査を行っています。岩窟内の環境は雨水や外気の影響や岩盤の熱容量(熱を蓄える能力)の影響を受けるため、堂内の温湿度環境の測定に加え、岩盤への水分浸透状態の測定や、岩盤や本殿の表面温度の測定を行っています。今後は継続的な環境データの測定と分析により検討を進めます。
 結露は、組積造建造物や古墳の石室など様々な現場で問題になっています。特に近年は夏季の気温と絶対湿度の上昇に伴って、発生リスク自体が上昇していることが報告されています。根本的には地球規模での環境を考える必要がありますが、まずは日常管理の中で取り組める対策を提案できればと考えています。

博物館の展示ケース内における空気質調査

展示ケース内に設置した袋に窒素ガスを入れている様子
袋内の空気をポンプで採取している様子

 保存科学研究センターでは博物館等の保存環境にかかる調査研究を行っています。今回、神奈川県立歴史博物館より、展示ケース内の空気質に関する調査依頼をいただきました。展示ケース内で有機酸が検出されるが、発生源が特定できておらず、対策を講じるためにも発生源を知りたいということでした。また、これまで有機酸として一括りでしか測定できていなかったので、酢酸とギ酸の割合を把握したいという要望もありました。
 そこで、保存科学研究センター・保存環境研究室と分析科学研究室では、分析科学研究室で開発を行っている空気質の調査方法を適用して、発生源を調べることにしました。調査対象は大小の壁付展示ケース床面、覗きケース展示面、展示台、バックパネルの5箇所です。写真のように空気を通さないフィルムで作られた袋を測定箇所にかぶせ、重さ4.5kgの鉛金属のリングで設置面に隙間ができないように設置しました。袋の中の空気を窒素に置き換え24時間静置後、袋内からポンプで空気を採取し超純水に溶かした試料をイオンクロマトグラフィーで分析することにより、酢酸、ギ酸の放散量を測定しました。同時に、データロガーを袋内に封入し、二酸化炭素の濃度変化を測定することで、密閉度の確認も行いました。
 今回の調査により、それぞれの測定箇所の酢酸・ギ酸の濃度を把握することができたので、今後の空気質改善の対策に生かしていきたいと考えています。

令和2年度保存担当学芸員研修の開催

生物被害対策に関する講義 
文化財の科学調査に関する講義

 令和2(2020)年10月5日から15日の日程で保存担当学芸員研修を開催しました。多くのご応募をいただきましたが、感染症対策のため例年の半数に絞って17名の学芸員等のみなさまに受講いただきました。 昨年度から引き続き独立行政法人国立文化財機構文化財活用センター(以下、ぶんかつ)との共催での研修となり、第一週をぶんかつが担当し、第二週を当所が担当しました。感染症対策として、検温、消毒、「3密」の回避を徹底し、実習は手袋や消毒の利用、受講生それぞれに教材を配布する等の工夫をした上で実施しました。
 ぶんかつが担当した第一週は保存環境の基礎知識について座学形式で講義を行い、文化庁、ぶんかつ、当所の3者が共同で対応している「博物館等でのウイルス除去・消毒作業」に関する指導・助言についての報告も行われました。第二週は保存科学研究センターの各研究室が半日単位で受け持ち、座学や実習を行いました。文化財を保存、修復するための理念や自然科学の基礎知識を応用して現場の課題へ取り組む方法等の幅広い内容についての講義を行い、受講者の方々からは有益であったとの意見をいただきました。最終日には今年10月に発足した文化財防災センターの高妻センター長をお招きして「博物館の防災」についてご講義いただき、ミュージアムが文化財防災に果たす役割について考える貴重な機会となりました。
 令和3(2021)年度も時代のニーズに合ったよりよい研修を提供できるよう努めてまいります。

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