研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第54回オープンレクチャーの開催

オープンレクチャー講演風景

 文化財情報資料部では、毎年秋に広く一般の聴衆を募って、研究者からその研究の成果を講演する「オープンレクチャー」を開催しています。今年は「かたちからの道、かたちへの道」のテーマのもとでの講演の5年目となります。例年2日間にわたって外部講師を交えて開催してきたところですが、本年の新型コロナ感染防止の情勢から、内部講師2名、1日のみとし、2020(令和2)年10月30日、聴衆の定員も抽選制による30名に限定したうえ、検温、マスク、手指の消毒を徹底して開催しました。
 本年は、文化財情報資料部長兼近・現代視覚芸術研究室長・塩谷純による「近代日本画の”新古典主義“-小林古径の作品を中心に-」、および文化財情報研究室長・二神葉子による「タイに輸出された日本の漆工品-王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディットの漆扉を中心に-」の2講演が行われました。
 塩谷からは、昭和戦前期に小林古径に代表される日本画において、洗練された静謐な画風が興ったこと、これらが、日本あるいは中国の古い絵画作品からの影響を受け入れた側面があることを多数のスライドや資料とともに紹介されました。二神からは、1864年、タイ・バンコクにラーマ4世王の命により建立された、ワット・ラーチャプラディットに日本の漆製の扉絵が使用されていることを紹介し、その他日本から輸入された漆製品に関するものも交え、これらについて行われた光学調査の所見を交えつつ講演が行われました。
 聴衆へのアンケートの結果、参加者の9割以上から「満足した」、「おおむね満足した」との回答を得ることができました。

静嘉堂所蔵の二つの重要作品―「妙法蓮華教変相図」と「春日曼荼羅」―文化財情報資料部第7回研究会の開催

文化財情報資料部研究会の様子

 文化財情報資料部では、平成30(2018)年12月27日、外部から二人の発表者をお迎えし、第7回研究会を開催しました。第1題目は、共立女子大学の山本聡美氏より、「病苦図像の源流―静嘉堂文庫蔵「妙法蓮華経変相図」について」、第2題目は、成城大学の相澤正彦氏より、「静嘉堂文庫美術館本「春日曼荼羅」に見る高階画風をめぐって」と題して発表をいただきました。奇しくも今まであまり紹介されることのなかった、しかしながら注目すべき静嘉堂の2点の所蔵品にかかる発表となりました。
 山本氏は、静嘉堂文庫蔵の見返しに変相図を描く『法華経』が、その巻末願文から南宋の12世紀中頃に活躍した天台僧道因を主導に40名ほどの結縁によって作成され、制作期が紹興10(1140)年に絞られるものであることを紹介され、その比喩品の中に、薬の鉢をもらっている「病苦」のことが描かれ、さらにこの法華経には、この経を謗ることによって受ける人道の苦の中に、侏儒やせむし、口臭などの記述があり、その中には、当変相図に描写があるものがあることを紹介されました。日本の平安時代末から鎌倉時代に描かれた国宝の「病草紙」の源流が『法華経』のテキスト、そしてこの静嘉堂本にみられるような描写内容から生み出されたイメージの二段階があるのではないかと考えられること、また大きくは「病草紙」の成立には12世紀の日本と中国、その中の法華経信仰、僧侶と在俗の信者をベースする場について考えなければならないとの興味深い考察を示されました。
 相澤氏は、静嘉堂文庫美術館の14世紀の制作と考えられる「春日曼荼羅」が、春日社の景観に加え、通常の春日宮曼荼羅にはMOA美術館本を除いて他には例のほとんどない十社の神とその本地仏、神鹿を描き、短冊形にそれぞれの建物の名を書き込んでいる特異な作例であることを紹介されました。ことに興味深いのは、補筆の多いMOA美術館本に対して、オリジナルをよく残し、しかも良質の顔料を用いて、繊細で優れた描写で神や仏を描かれていることで、宮内庁三の丸尚蔵館蔵の「春日権現験記絵」を描いた、高階隆兼を代表とする高階画系の作であることが推察されることを詳細なスライドによって紹介されました。また、このような春日宮曼荼羅は、日吉山王宮曼荼羅との共通性から、この軸を広げ、神を勧請することによってその場を春日とする機能を持つものとして考えられるのではないかという踏み込んだ考察を示されました。
 当日は20名以上の外部からの聴講者が参加され、意義ある研究会となりました。

仁和寺孔雀明王像の表現と技法―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年11月27日の文化財情報資料部では、今年度第6回となる月例の研究会を開催しました。今回は、東京藝術大学非常勤講師の京都絵美氏をお迎えし、「絹本著色技法の史的展開について―仁和寺所蔵孔雀明王像をめぐる一考察」と題して発表をいただきました。仁和寺の所蔵する孔雀明王の画像は、制作期が北宋時代に遡るとする見解もある作品で、孔雀の羽に動きさえ感じさせるダイナミズムと日本の仏画とは対照的に独特のリアリズムを表わした国宝のきわめて優れた作品です。
 京都氏は、美術史研究でも業績を重ねる一方、数々の優れた作品を発表されている作家でもあります。京都氏は仁和寺自性院源證が、江戸時代の安永8年(1779)に透き写しの技法を取り入れた模本を紹介して比較し、また、日本画の画絹の絹継ぎが縫ってつないでいるのに対し、中国画は縫い目のないこと、さらには、画絹素地に施される「にじみ止め」によって同様の描写によってもその表現性に多様な変化が生じることを、実際の多くのサンプルによって示されました。美術の表出性―美しさは「かたち」に宿っており、その「かたち」を支えているのはリアルな物質的技法であるといえるでしょう。しかしながら、これはこれまでのオーソドックスな美術史研究においてはアプローチが難しかった点です。京都氏は支持体、線描、彩色、色材について分析して興味深い知見を示され、今後のさらなる研究が期待されました。

第52回オープンレクチャーの開催

講演会の様子

 文化財情報資料部では、平成30(2018)年10月26、27日の2日間にかけて、オープンレクチャーを東京文化財研究所セミナー室において開催しました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、外部講師を交えながら、当所研究員がその日頃の研究成果を講演の形をとって発表するものです。この行事は、台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の「講演会シリーズ」一環でもあり、同時に11月1日の「古典の日」にも関連させた行事でもあります。
 本年は第1日目の26日に、「文化財データベースの作成とその意義について」(文化財情報資料部研究員・小山田智寛)、「雪村周継と臨済宗幻住派―大雄山法雲寺を起点に―」(筑波大学助教・水野裕史氏)、第2日目の27日に「裸婦に表わされた地域性―藤田・常玉・陳澄波を例に」(東京文化財研究所副所長・山梨絵美子)、「伝統を現代につなぐ:斉白石が描いた花鳥のかたち」(京都国立博物館主任研究員・呉孟晋)の4題の講演が行われました。両日合わせて一般から134名の参加を見、アンケートの結果、回答者のほぼ9割から「大変満足した」、「おおむね満足だった」との回答を得、好評を博しました。

第51回「オープンレクチャー」の開催

講演会の様子

 文化財情報資料部では、11月2、3日の2日間にかけて、オープンレクチャーをセミナー室において開催しました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、外部講師を交えながら、当所研究員が日頃の研究成果を講演の形をとって発表するもので、今回第51回目を迎えました。この行事は、台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の「講演会シリーズ」一環でもあり、同時に11月1日の「古典の日」にも関連させた行事でもあります。
 本年は11月2日に、「海を渡った日本絵画―ライプチッヒ民俗学博物館所蔵「四条河原遊楽図屏風」の紹介をかねて」(東京文化財研究所文化財アーカイブズ研究室長・江村知子)、「穢土としての身体―日本中世絵画に描かれた病と死体」(共立女子大学教授・山本聡美)、3日に「写された枇杷図―狩野探幽と江戸の再生」(東京文化財研究所主任研究員・小野真由美)、「田楽を作る歌仙―伊藤若冲の歌仙図について」(神戸市外国語大学準教授・馬渕美帆)の4題の講演が行われました。両日合わせて聴講者225名の参加を見、アンケートの結果、ほぼ9割の聴衆から、「満足した」「おおむね満足した」との回答があり、好評を博しました。

東京国立博物館との平安仏画共同研究

千手観音像のカラー高精細画像撮影

 文化財情報資料部では、東京国立博物館とともに、東博所蔵の平安仏画の共同調査を継続して行ってきました。毎年1作品ごとに東京文化財研究所の持つ高精細のデジタル画像技術で撮影し、細部の技法を知ることのできるデータを集積してきましたが、本年度より「仏教美術等の光学的調査による共同研究」として覚書を交わし、これまでのカラー高精細デジタル画像に加え、近赤外線画像、蛍光画像、顔料の蛍光X線分析、透過X線画像による多角的調査な光学手法を用いた共同研究をあらためて発足することになりました。これらデータからは、目視では気づかれることのなかった意外な技法を多角的に認識することができ、それらが平安仏画の高度な絵画的表現性といかに関連しているかを両機関の研究員が共同で探ってゆきます。2017年4月27日には、国宝・孔雀明王像と同・千手観音像の全画面のカラー分割撮影を行いました。得られた画像データは東京国立博物館の研究員と共有し、今後その美術史的意義について検討し、将来の公開に向けて準備を進めてまいります。

東京国立博物館蔵准胝観音像及び普賢菩薩像の共同調査

准胝観音像の画像撮影

 文化財情報資料部では、東京国立博物館とともに、東博所蔵の平安仏画の共同調査を継続して行っています。東京文化財研究所の持つ高精細のデジタル画像技術で撮影し、細部の技法を知ることのできるデータを集積しつつあります。このデータからは、目視では気づかれることのなかった意外な技法を認識することができ、それらが平安仏画の高度な絵画的表現性といかに関連しているかを両機関の研究員が共同で探っています。2月23日、重要文化財・准胝観音像と国宝本年度分の全図の高精細でのカラー分割写真の撮影を行いました。今後は博物館と共同で他の光学調査手法も取り入れ、より多面的にデータを取得し、博物館の研究員と共有したうえ、将来の公開も視野に入れながら、その美術史的意義について検討してまいります。

第50回オープンレクチャーの開催

講演会の様子

 文化財情報資料部では、11月4、5日の二日間にかけて、オープンレクチャーを東京文化財研究所セミナー室において開催しました。今年は第50回目の節目を迎えました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、外部講師を交えながら、当所研究員がその日頃の研究成果を講演の形をとって発表するものです。この行事は、台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の「講演会シリーズ」一環でもあり、同時に11月1日の「古典の日」にも関連させた行事でもあります。
 本年は4日に、「ドキュメンテーション活動とアーカイブズ―『日本美術年鑑』をめぐる資料群とその発信につて」(文化財情報資料部研究員・橘川英規)、「よみがえるオオカミ―飯舘村山津見神社・天井絵の復元をめぐって」(福島県立美術館学芸員・増渕鏡子)、5日に「かたちを伝える技術―展覧会の裏側へようこそ」(文化財情報資料部長・佐野千絵)、「記憶するかたち、見つけるかたち―“文化財”の意味と価値」(保存科学研究センター長・岡田健)の4題の講演が行われました。両日合わせて一般159名の参加を見、好評を博しました。

企画情報部研究会の開催―「「紅白芙蓉図」改装の可能性と受容について」

企画情報部研究会

 企画情報部では、2015年12月22日、研究会を開催し、保存修復科学センターの石井恭子が「「紅白芙蓉図」改装の可能性と受容について」と題して発表を行いました。中国・南宋時代の絵画で李迪の落款(1197年)がある東京国立博物館蔵の国宝・「紅白芙蓉図」に関するものです。発表では赤外線やX線などを含む各種光学調査による細部の描写や後世の補彩に関する知見が報告され、また、残された損傷の詳細な地図から考えられる改装の可能性が述べられました。両図にはそれぞれ大きな縦折れの痕跡があります。現在は白と赤の芙蓉図が掛幅装の対幅として伝えられていますが、この縦折れと補彩からは、はじめこの絵が画巻として作られたものであり、トリミングされた上で掛幅とされた可能性が考えられます。さらに江戸時代初めにはすでに各図が独立したものであったと考えられ、日本で独自の価値が付加されたことも言及されました。両図の大きな二本の縦折れは、各図等間隔で、通常の画巻に生じる縦折れと性質が異なっています。これが生じたことにはどのような可能性が考えられるか、画巻であったとすると現状の落款に疑問が生じないか、など興味深い問題点が明らかになり、このような諸点について活発な議論を行うことができました。

企画情報部「第49回オープンレクチャー モノ/イメージとの対話」の開催

会場の様子

 企画情報部では、10月30日(金)、31日(土)の2日間にわたって、オープンレクチャーを当所セミナー室において開催しました。日頃の研究の成果を広く一般に講演の形で発信するものとして毎年行われており、今回で第49回を迎えました。本年は当所研究員2名に加え、外部講師2名を迎え、各1時間余の講演が行われました。
 第1日目は、皿井舞(企画情報部主任研究員)「仁和寺阿弥陀三尊像と宇多天皇の信仰」、増記隆介(神戸大学准教授)「十世紀の画師たち―東アジア絵画史から見た「和様化」の諸相―」。皿井は宇多天皇が造立した阿弥陀三尊像について、その図像的特色とこれが宇多天皇を中心とする宗教史的歴史的背景といかに関わっているかを述べ、増記氏は中国における10世紀頃の山水画の変化を史料から読みとり、その日本への影響について考察されました。第2日目は、安永拓世(企画情報部研究員)「与謝蕪村の絵画に見る和漢」、吉田恵理(静岡市美術館学芸係長)「池大雅の山水画を考える―二つの「六遠図(りくえんず)」を手がかりに―」。安永は江戸時代の代表的な画家である与謝蕪村の絵画において「和」と「漢」が彼の表現の中でどのように意識され、混交され、実作品にどのように表れているかを述べ、吉田氏は蕪村と並ぶ江戸画家・池大雅が描いた「六遠図」を中心に、それが中国の絵画理論を源としながらもユニークなものであること、日本的「文人画家」としての大雅の絵がどのように形成されていったかを諸作品の筆法、また作品に関わった人々との関連によって講演されました。
 第1日目は138名、第2日目は109名の多くの聴衆を迎え、アンケートに回答いただいた方のうち、「大変満足した」と「おおむね満足だった」が合わせて8割以上と好評をいただきました。

/ 小林達郎)

一乗寺蔵・国宝天台高僧像の画像調査

調査風景

 企画情報部では2015年8月24・26日に、兵庫県・一乗寺の所有する国宝・聖徳太子及天台高僧像(全10幅)のうち奈良国立博物館に寄託されている高僧像7幅について、東京文化財研究所のもつデジタル画像技術を用いて高精細カラーおよび近赤外線画像調査を同館で行い、城野誠治、皿井舞、小林達朗が参加しました。これらの作品については、当研究所と奈良国立博物館が共同研究の対象として調査を重ねてきたところですが、今回の調査はこれを補足するものです。既に得られた各種画像とあわせ、これらは作品の今までにない詳細な情報を含むものであり、これまでの成果を出版によって公開する準備を進めています。

東京国立博物館蔵国宝・孔雀明王像の共同調査

孔雀明王像の画像撮影

 企画情報部では、東京国立博物館とともに、東博所蔵の平安仏画の共同調査を継続して行っています。毎年1作品ごとに東京文化財研究所の持つ高精細のデジタル画像技術で撮影し、細部の技法を知ることのできるデータを集積しつつあります。このデータからは、目視では気づかれることのなかった意外な技法を認識することができ、それらが平安仏画の高度な絵画的表現性といかに関連しているかを両機関の研究員が共同で探っています。本年度分の調査として、2015年1月15日、国宝・孔雀明王像の撮影を行いました。得られた画像データは東京国立博物館の研究員と共有し、今後その美術史的意義について検討してまいります。

東京国立博物館蔵普賢菩薩像の共同調査

普賢菩薩像の画像撮影

 企画情報部では、東京国立博物館に所蔵される平安仏画の共同調査を継続して行っています。これを精度の高い画像で撮影し、絵としての作りを実物の目視で観察できる以上の細部にわたって探ろうとする試みです。これまで虚空蔵菩薩像(国宝)、千手観音像(国宝)の調査を行ってきましたが、3月26日、本年度分として平安仏画の中でも殊に評価の高い普賢菩薩像(国宝)について撮影を行いました。得られた画像は東京国立博物館の研究員と共有して検討し、今後その美術史的意義について検討してまいります。

企画情報部2013年度第2回研究会の開催

 企画情報部では、5月28日(火)、定例の研究会を行いました。今回は、「四天王寺所蔵六幅本聖徳太子絵伝をめぐる諸問題」として、聖徳太子絵伝について調査チームを組んで活動をされている土屋貴裕氏(東京国立博物館)、村松加奈子氏(龍谷ミュージアム)より発表が行われました。
 今回取り上げられた四天王寺六幅本聖徳太子絵伝(重文)は、元亨三年(1323)、井田別所の僧・定意阿闍梨の発願により、南都(奈良)絵所の遠江法橋なる人物が描いたことを述べる裏書があることと合わせ、14世紀初頭以降数多く作られた聖徳太子の中でも重要な作品です。裏書については30年ほど前に活字化されたものによってこれまでそのまま認識されてきましたが、実物の調査を行ったチームの米倉迪夫氏(東京文化財研究所名誉研究員)によれば、裏書は当初のものではなく、その内容についてはなお疑義が残るとするとの見解が裏書の画像とともに示されました(米倉氏は当日ご不在のため土屋氏から論旨の代読)。このあと、土屋氏は絵の詳細な画像を示しつつ、これまで漠然と「南都の絵画」として認識されていたこと自体に疑問を提示し、それがこの時代にすでに様式として実在的なものであったかどうか今一度検討の余地があることなどを発表されました。村松氏は、多くの他の聖徳太子絵伝の中における図像的な関連を示し、聖徳太子絵伝の遺品群における意義について、その重要性が指摘されました。制作も優れた注目すべき作品でありながら本格的に論じられることのなかった本図についての研究が深まる端緒となるでしょう。

當麻曼荼羅図(印紙曼荼羅・裏板曼荼羅)の光学調査

當麻寺裏板曼荼羅の調査撮影

 當麻曼荼羅図(たいままんだら)は、唐の善導の『観無量寿経疏』(かんむりょうじゅきょうしょ)に基づく阿弥陀浄土図です。奈良・當麻寺(たいまでら)に伝えられたことから、この名があります。縦横ともに4メートルを超える大作で、通常のように絵絹に描いた絵ではなく、綴織という織りによって図様が表わされています。8世紀のおそらく唐で制作されたものであろうとの見解が最近出ています。しかしながら、千数百年の経年の劣化は否みようがなく、綴織の当初の残存部がどのように、どれほど残っているかは必ずしもはっきりしていませんでした。当研究所企画情報部では昨年奈良国立博物館で特別展「當麻寺」展が開催されたのを機に、同博物館とこの曼荼羅について共同研究を行ってきたところです。
 當麻曼荼羅は當麻寺曼荼羅堂の須弥壇(しゅみだん)上の逗子の中に納められた板の裏側に貼り付けたかたちで伝来しましたが、江戸時代、すでに劣化が激しかったため、表面に紙を当て、水を与えて織りを剥離し、掛幅(かけふく)に仕立て直すことが行われました。この掛幅本については昨年12月に調査を行ったところですが、江戸の剥離の際に使われた紙に繊維が残存したものの一部が「印紙曼荼羅」として京都・西光寺に伝来し、一方、もとの板貼りの部分にも剥離されることなく残った織りがあり「裏板曼荼羅」と呼ばれて存在しています。企画情報部では本年5月28日に奈良国立博物館とともに城野誠治、皿井舞が「印紙曼荼羅」の高精細画像調査を、同29日に城野誠治、小林達朗が参加して當麻寺曼荼羅堂の「裏板曼荼羅」のマクロ撮影による調査を行いました。「印紙曼荼羅」は当初の綴織りが構造として認められる部分はわかりにくい状況でしたが、繊維自体の残存は認められました。「裏板曼荼羅」については、現地の物理的制約上、調査できた範囲は一部に限られましたが、なお当初の綴れ織りが残っていることが確認できました。これまでよくわからなかった當麻曼荼羅の実態を知る一歩になったものと思われます。

平等院鳳凰堂日想観図扉の光学調査

日想観図扉絵(2枚)の光学調査風景

 平等院鳳凰堂の本尊が安置されている裏側、尾廊との出入り口には2枚の開き扉があり、ここに、浄土を思い浮かべるための観法「日想観」をあらわした絵があります。右側の扉には山岳とその中の仏堂などの建築物、左扉には広々とした海と水平線に落ちかかろうとする太陽などを描いています。当然ながら経年劣化によって剥落も多く、いくらか後世の筆も入っていますが、創建当初の絵も、置かれてきた厳しい環境を考えればよく残っているといえるでしょう。平安時代中期の本格的な絵画の遺品は希少で、とても重要なものです。1012年9月、東京文化財研究所では、平等院からの依頼によって、絵の上から後世にとりつけられた落とし鍵の部材がはずされたのを機に、その下に残っている顔料を中心に光学調査を行ったところです。
 今回の調査は、それに続くもので、日想観図扉のうちこれまで本格的な光学調査がなされていなかった扉の押し縁(扉本体の四周に材を当てたもの)の部分を中心に行いました。押し縁には、部分的にではありますが、絵具によって当初のものかと思われる宝相華文の装飾が描かれています。2013年1月8~10日にかけ、日想観図本体、また鳳翔館で保存されている鳳凰堂の上品上生図扉断片や天井板の一部なども含め、企画情報部の城野誠治、小林達朗がカラー高精細画像、蛍光画像、赤外線画像を撮影し、保存修復科学センターの早川泰弘が蛍光X線分析による押し縁の絵具の材質調査を行いました。得られたデータについては検討の上、平等院に報告し、今後公表される予定です。
 日想観扉は今回の調査の前に、平等院内の環境が整った博物館施設「鳳翔館」に移されており、今後はここで保存公開されます。かわって鳳凰堂現地には日想観図の復元模写が施された新しい扉が設置される予定ですが、前回、今回の光学調査はその復元模写の作成にも大きく寄与することができるでしょう。

宮内庁蔵春日権現験記絵巻の光学調査

 春日権現験記絵巻(かすがごんげんげんきえまき)は14世紀初頭、時の左大臣・西園寺公衡(きんひら)が発願し、宮廷絵所の預(あずかり)(長)であった高階隆兼(たかしなたかかね)が絵を描いた全20巻にもわたる大作です。全巻が残されており、しかもその筆致はこの上なく緻密・華麗で、日本絵画史上きわめて貴重な作品です。現在、所蔵者である宮内庁によって2004年に開始された15カ年計画の全面的な解体修理が行われているところです。東京文化財研究所は宮内庁との共同研究として修理前の作品について、順次光学調査・記録を行っており、昨年度までで、20巻のうち計12巻分を調査してきました。
 本年度は、さらに巻第4と巻第15の2巻について、2012年12月3日から12月6日まで、東京文化財研究所から企画情報部の城野誠治、小林公治、小林達朗が参加して、可視光、蛍光、反射と透過の二様の赤外線による高精細デジタル撮影を行いました。続いて12月10日から20日にかけては、保存修復科学センターの早川泰弘が、同じ2巻について蛍光X線による絵具の分析データを収集しました。
 これまでに得られた膨大なデータについては、将来の保存修理の完了を期にその活用法を宮内庁とともに検討してまいります。

當麻曼荼羅図の光学調査

當麻曼荼羅図の調査撮影

 當麻曼荼羅(たいままんだら)図は、唐の善導の『観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうしょ)』に基づく阿弥陀浄土図を中心に浄土教のの説くところを図化した変相図(へんそうず)です。奈良・當麻寺(たいまでら)に伝えられたことから、この名があります。同じ図様の作品が後世にいたるまで非常に数多く描かれ、全国各地に残っていますが、その根本となった今回の調査対象である當麻曼荼羅図は、国宝に指定され、縦横ともに4メートルを超える大作です。8世紀の制作と考えられますが、制作地については、唐とも奈良とも言われます。この根本曼荼羅の大きな特徴は通常のように絵絹に描いた絵ではなく、綴織(つづれおり)という織りによって図様が表わされたものであったことです。しかし1000年を超える経年の劣化は否みようがなく、鎌倉時代と江戸時代に行われた大きな修理によってかろうじてその形をとどめ、その際に加えられた補筆によって図様は伺えますが、地の組織は傷みがはげしく、当初の綴れ織りがどの程度残っているか、またそれはどのようなものであったか、必ずしもはっきりしていませんでした。
 本年4月6日より奈良国立博物館において開催される特別展「當麻寺」で長年公開されることのなかった本曼荼羅が展示されるのを機に、これに先立つ2112年12月17日から21日まで、東京文化財研究所企画情報部は奈良国立博物館との共同研究として、奈良国立博物館においてこの曼荼羅の光学的調査を行い、企画情報部から城野誠治、小林公治、皿井舞、小林達朗が参加しました。今回はこの大幅の撮影のための専用レール台を制作し、この上に作品を置いて、高精細デジタルカメラによる撮影を行いました。きわめて緻密な曼荼羅の織りを観察できるよう、全面を150余りに分割して可視光の高精細デジタル画像を撮影したほか、蛍光、赤外による詳細な分割撮影を行い、さらに調査中に原本の綴織が残されていると見られた部分をマクロ撮影で記録しました。当初の綴織の織り目のみえる部分がごく少ないながら見出されたことは、今後の検討・研究の基礎となる成果であると同時に、奈良国立博物館における今回の展覧会に資することとなるでしょう。

東京国立博物館蔵国宝・千手観音像の調査・撮影

千手観音像の高精細画像撮影の様子

 企画情報部の研究プロジェクトのプロジェクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の一環として、11月1日、東京国立博物館に所蔵される国宝・千手観音像の高精細画像の撮影を行いました。東京国立博物館と当研究所との「共同調査」によるもので、昨年度の国宝・虚空蔵菩薩像の調査に続いての調査となります。今回は東京国立博物館の田沢裕賀氏・沖松健次郎氏のご助力をえて、当研究所の城野誠治が画像撮影を行い、小林達朗、江村知子が参加しました。千手観音像は平安仏画の代表的名品のひとつです。平安時代の仏画は日本絵画史の中でもきわだって微妙かつ細部にわたる繊細な美しさを実現しましたが、それゆえに細部の表現の観察は重要なものになります。今回の撮影画像は肉眼による観察を超えるものがあり、微細な部分に宿された平安仏画独特の美がうかがえるものとなると考えます。得られた情報については今後東京国立博物館の専門研究員を交えて共同で検討してまいります。

企画情報部研究会の開催「宮内庁三の丸尚蔵館所蔵春日権現験記絵共同研究の中間報告」

 春日権現験記絵(かすがごんげんげんきえ)は14世紀初頭、時の左大臣・西園寺公衡(きんひら)が発願し、宮廷絵所の預(長)であった高階隆兼(たかしなたかかね)が絵を描いた全20巻にもわたる大作で、この上なく優れた筆致もあいまって絵画史上きわめて貴重な作品です。現在、所蔵者である宮内庁によって平成16年(2004)から15カ年もの計画による全面的な解体修理が行われているところですが、これにともない、当研究所は宮内庁との共同研究により修理前の作品について順次光学調査を行っています。
 9月25日、企画情報部は研究会を開催してこの調査について中間報告を行いました。宮内庁三の丸尚蔵館からは今回の修理事業を主導されている主任研究員・太田彩氏をお迎えし、この度の修理事業の全体像、修理過程で得られた知見などについてお話しいただき、企画情報部・城野誠治氏からは各種光学調査のうち、主として可視光の高精細画像についてその特性などについて報告が行われました。本調査では、城野氏によって、可視画像のほか反射近赤外、透過近赤外、蛍光の各種デジタル画像調査も行われていますが、現時点で12巻について各種合わせて6700カットあまりの画像情報がすでに蓄積されています。企画情報部・小林達朗からはその一部について美術史的意義の観点から紹介をしました。この調査では、保存修復科学センター・早川泰弘氏による蛍光X線分析による絵具の科学的調査も行われており、得られつつある情報はたいへん貴重なものとなるのは明らかです。これについては、今後宮内庁側と協議のうえ、公開する適切な方法について検討してまいります。

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