研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


『大洋州島嶼国調査報告書』の刊行と南太平洋大学との研究交流

大洋州島嶼国調査報告書
南太平洋大学の研究所スタッフとともに

 昨年度実施された文化庁委託文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)の一環である大洋州島嶼国調査報告書が刊行されました。気候変動に伴う海水面上昇による影響が懸念されるキリバス共和国・ツバル両国の文化遺産や、それを取り巻く環境について写真を中心に構成された報告書です。
 また本年度の文化遺産国際協力拠点交流事業として大洋州島嶼国の文化遺産保護に関する事業を改めて実施することになり、相手国拠点であるフィジーの南太平洋大学を8月8日に訪問。同大学の環境・サステイナブルデベロップメント(持続可能な開発)太平洋センター所長のエリザベス氏らと面会し、研究交流に関する覚書を締結するための協議を行いました。またキリバス共和国・ツバルの無形文化遺産を中心とした調査報告も行い、それに対するご意見も頂きました。
 無形文化遺産部では、本事業を通じて大洋州島嶼国の無形文化遺産の保護および記録のための技術移転・人材育成などを今後も進めてゆきます。

韓国国立無形遺産院との研究交流

膠の原材料(ニベの浮袋)

 無形文化遺産部では韓国国立無形遺産院と研究交流を行っています。本年度は菊池が8月18日より2週間、韓国の染織技術について伝承の現状を調査しました。
 染織技術の伝承には「材料や道具」の情報が不可欠です。出来上がりの見た目が似たものであっても、材料や道具が異なることで、やり方(技法)が変わり、技術にも影響があります。
 現在、日本では文化財保護法の重要無形文化財の各個認定(人間国宝)には指定要件が設けられていません。それは、どのような材料を選び、道具を用い制作していくのかの選択をできることが保持者にとって欠かせぬ要素であるとも考えられているためでしょう。一方、保持団体認定には指定要件の中で材料や道具を制限しているものもみられます。各個認定と団体認定の大きな違いがここにあると考えられます。材料や道具を制限することは制作活動において様々に作用します。生活環境の変化により、手に入りにくい材料や道具もあるからです。このような日本の現状を踏まえて、韓国では材料と道具に焦点をあてて聞き取りを行いました。
 今回調査したのは韓国で重要無形文化財として指定されている金箔、組紐、裁縫、木綿織、藍染の技術です。これらの技術は日本にも根付いていますが、材料や道具が異なります。たとえば金箔を比べてみると、日本では和紙に柿渋を塗り作られた型にフノリ、姫糊、もち糊等が使われてきたと考えられています。一方、韓国では木型とニベという魚の浮袋で作った膠を使用し接着する技術が伝承されています。現在では、ニベ膠を取り巻く環境は変化し、手に入りにくい材料となっているということでした。
 今回の調査を通じて、韓国でも日本同様、どのような材料を選び、道具を用い制作していくのか選択できることが保有者に欠かせぬ要素であると考えられていると感じました。両国とも材料や道具の供給の状況は日に日に変わっています。今まで用いていた材料や道具が選択肢として失われぬよう、技術を支える技術も伝承していくことは両国共通の課題であることが分かりました。

歴史的木造建造物保存に関するミャンマー文化省職員招聘研修

瓦を寄進する研修生(東大寺大仏殿)
修理工事の現場説明(姫路城)
乾拓の実習(天野山金剛寺)

 文化庁委託による「ミャンマーの文化遺産保護に関する拠点交流事業」で昨年度より継続中の歴史的木造建造物保存研修プログラムの一環として、日本国内での第1回招聘研修を実施しました。今回は、既にミャンマー国内での研修に参加しているメンバーの中から、ミャンマー文化省考古・国立博物館局の職員3名が、8月21日から30日までの日程で来日しました。わが国における文化財建造物保存の考え方と修理事業の実情等への理解を深めてもらうことを主な目的とする本研修では、基本的テーマに関する座学の他、関西方面をはじめとする文化財建造物修理工事現場を訪問し、設計監理を担当する修理技術者の方々からお話を伺いながら作業の手順や調査・計画の具体的手法等を学んでもらいました。
 初めて目にする大規模な修理工事の現場や、整然と並べられた解体部材の状況などは、研修生たちに強い印象を与えた様子で、現場での熱心な質疑や実習等を通じて、多くの知見を得られたようです。とりわけ、修理の過程に伴って綿密に行われる建物の調査や記録の方法、大工職人の丁寧な仕事ぶり等には大いに関心が示されていました。無論、わが国で行われている方法の全てが直ちにミャンマーに移植できるものではありませんが、今後ミャンマーでの歴史的木造建造物保存修復を担っていくべき彼らが、自らの文化遺産をいかにして将来に護り伝えていくかを考える上で、貴重な経験になったことと思います。引き続き協力事業を実施することで、同国の文化遺産保護に貢献していきたく思います。

7月施設見学

第1修復実験室での説明

 独立行政法人国立文化財機構新任職員 計44名
 7月24日、独立行政法人国立文化財機構新任職員研修会の一環として44名が来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター分析科学研究室・第1修復実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

7月企画情報部研究会

研究会の様子

 企画情報部では、毎月、研究会を行っています。7月は、29日(火曜日)午後3時より、部内の研究会室において、文化形成研究室長・津田徹英を発表者として、「平安木彫像の内刳りの始源」というタイトルで口頭発表を行いました。今回の発表は、自身が研究代表者となっている科研「近江の古代中世彫像の基礎的調査・研究―基礎データと画像蓄積のために―」(平成24~26年)の成果報告も一部兼ねるものでもあります。当日、研究会には、かつて当研究所の所長であった西川杏太郎氏が参加されました。西川氏は津田の口頭発表の後、ご自身が長年、仏像彫刻の修復の現場に立ち会われて、そこで培われてきた豊富な知見に立脚しながら、発表に対する所見を述べるとともに、あわせて様々なアドバイスをして下さいました。その所見・アドバイスは、専門外の参加者にも非常にわかりやすく魅力的であり、かつ、普段なかなか知り得ない仏像の造像技法に関する専門的な情報を多く含むものであり、それらを惜しみなく披瀝され、発表者はもとより研究会参加者にも非常に貴重な機会となりました。

京都文化博物館での黒田清輝展開催

《智・感・情》の光学調査に基づく画像の展示と、植田彩芳子氏(京都文化博物館学芸員)によるギャラリートークの様子
《昔語り》の原寸大画像

 1930(昭和5)年、洋画家黒田清輝の遺産を基に発足した当研究所は、その功績を顕彰するため黒田記念室を設けて代表作《湖畔》や《智・感・情》をはじめとする作品を展示し、また昭和52年より毎年一回、国内各地の美術館で「近代日本洋画の巨匠 黒田清輝展」を開催してきました。2007(平成19)年に作品が東京国立博物館へ移管となった後も同館との共催で各地での巡回展を続けてきましたが、黒田の没後90年となる今年は、《舞妓》や《昔語り》等、たびたび黒田作品の舞台となった京都での開催となり、京都文化博物館を会場に6月7日から7月21日まで行ないました。
 今回の展観では《湖畔》や《智・感・情》といった黒田の作品に加え、当研究所での光学調査による画像もインスタレーション風に展示されました。また当研究所に残っていたガラス乾板をもとに、戦災で失われた大作《昔語り》の原寸大画像(189×307㎝)を展示、その大きさをあらためて実感する機会となりました。開催初日の6月7日には特別講演会「黒田清輝と日本の近代美術」で塩谷が講師をつとめ、6月21日には京都文化博物館学芸員の植田彩芳子氏が「黒田清輝は京都で何を見たか」と題して、最新の研究成果をふまえたレクチャーを行ないました。黒田の留学先にちなんで6月20日には京都市立芸術大学音楽学部生によるフランス音楽のコンサートも開かれるなど、より多くの方が楽しめるイベントもあり、展覧会は好評のうちに終了、例年の巡回展をはるかに上回る4万余の方々にご来場いただきました。
 なお、これらの黒田作品を常時公開する黒田記念館が平成27年1月2日からリニューアル・オープンするのに伴い、このたびの京都展をもって、毎年催してきた巡回展は終了となります。《湖畔》や《智・感・情》にくわえ、《読書》や《舞妓》といった黒田の代表作を一堂に展示し、また従来よりも開館日数を増やしますので、より多くの方々に上野でご鑑賞いただきますよう、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

宮城県女川町の復活獅子振り調査

復活!獅子振り披露会に集まった女川の獅子

 宮城県女川町では、獅子舞を「獅子振り」と呼びます。女川町にはリアス式海岸の入り組んだ浦に点在する集落のほとんどに、その獅子振りが伝承されています。しかしその多くが東日本大震災によって壊滅的な被害を受け、道具類が数多く流失しました。それでも再開を望む声は高く、幸いにもいくつかの支援を受けて道具類の再建が叶いました。
 そうして昨夏、復活した獅子振りが一同に会して「復活!獅子振り披露会」が催されました。獅子は本来正月の行事ですが、震災前には7月末に「女川みなと祭り」の中で海上獅子舞がおこなわれていました。集落ごとの獅子が漁船に分乗して海上パレードをするこの行事は、歴史的には新しいものですが既に女川の人々の中に深く根付いています。本年は未だ港湾施設の復興が叶わず、小学校の校庭での披露会となりましたが、集まった大勢の女川町民は、いくつもの獅子が乱舞する様子に、盛んに声援を送っていました。無形文化遺産部では、震災後の女川の獅子振りを継続調査していますが、今年度は獅子振りを中心とした民俗誌の作成に取りかかっています。

「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」の開催

殺虫処置実習の様子

 表題の研修は、資料保存を担う方々が、そのための基本知識や技術を学ぶことを趣旨として、昭和59年以来毎年、東京文化財研究所で行っているものです。今年度は、7月14日より2週間の日程で行い、全国から31名の資料保存を担う学芸員や文化財行政担当者が参加しました。
 2週間の間に、温湿度や空気環境、生物被害防止といった資料保存環境の重要事項、また、資料の種類ごとの劣化原因と対策、さらに今回は、災害対応として、水損や放射性物質汚染に関する内容を研究所内外の専門家がそれぞれ担当し、講義や実習を行いました。博物館の環境調査を現場で体験する「ケーススタディ」は清瀬市郷土博物館のご厚意により、同館で行いました。参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定したテーマに沿って調査し、後日その結果を発表しました。
 参加者のほとんどは、現場での長い実務経験があり、それぞれに資料保存において解決すべき施設や設備上の問題意識を持っています。本研修は、学術的観点からの資料保存に重きを置いているため、その理想と現実とのギャップに戸惑う参加者も多く、そのために講義ごとに非常に多くの質問や相談が寄せられます。まさに、そのギャップを認識し、博物館の第1の使命である資料保存のために、現状をスタート地点として何をすべきかを考えて頂くことが本意であり、研修後も参加者とのつながりをしっかりと維持して、相談や助言に応じていきたいと考えています。
 例年、本研修の受講者募集と応募は、都道府県教育委員会の担当部署を通じて行っており、次回の開催通知は平成27年2月頃より、配布予定です。

カンボジア・タネイ遺跡における三次元写真計測

データ処理に取り組むアプサラ機構のスタッフたち
SfMによるタネイ遺跡内回廊西辺西側の三次元モデル

 アンコール遺跡群の保存管理を担当するアプサラ機構との共同研究・協力事業の一環として、7月21日から30日までの日程で、タネイ遺跡において同機構のスタッフとともに三次元写真計測を行いました。アプサラ機構が近年中に着手を予定しているタネイ遺跡の保存整備事業に向けた計画検討のための基礎資料作成に対する技術支援として、写真測量による三次元計測をもとに、立面図と散乱石材の記録のための一連の手順の確立を目指したものです。
 三次元計測の技術は日進月歩ですが、今回、私たちが試行したのはSfM(Structure from Motion)という手法で、高価な機材やソフトウェアを必要としない比較的簡便な方法であることが特筆されます。現場ではスマートフォン等の簡易なカメラで遺跡の現状写真を網羅的に撮影し、それらのデータをオープンソースのソフトウェアを用いて処理することにより、対象物の三次元モデルを得ることができます。一連の作業を通して得られたモデルの精度については、更に詳細な検証を要しますが、基礎資料として利用可能な水準にあるものと考えています。
 今後、カンボジア側がこのような手法を用いて寺院全域を記録していく過程で、実用面ではなお乗り越えるべき課題が残されているものと思いますが、特別な予算や機材を準備することが難しい同国のような発展途上国の遺跡保存の現場において、現地のスタッフ自らが日常業務の範囲内で遺跡の現状を記録できる手法として発展していくことが期待されます。

第38回世界遺産委員会への参加

日本から推薦した資産「富岡製糸場と絹産業遺産群」に関する審議の様子
会場となったカタール国立会議場のロビー

 第38回世界遺産委員会は6月15日~6月25日、カタールの首都ドーハで開催されました。当研究所では委員会開催前から、世界遺産リスト記載資産の保全状況や、リスト記載への推薦に関する資料の分析を行うとともに、委員会の場では、世界遺産に関わる動向の情報収集を行いました。
 今回の世界遺産委員会では新たに26件の資産がリストに記載され、合計1,007件となりました。アフリカから唯一の記載勧告を受けた推薦だったこともあり、オカバンゴ・デルタ(ボツワナ)が審議順を変更し記念すべき1,000件目として記載されました。日本が推薦し記載された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の審議では、日本以外の20の委員国のうち18の国が記載賛成の発言を行い、近代の産業遺産で、技術の交流・融合の証拠であることに多くの国が言及しました。
 また、危機遺産リストについて、3件の資産が記載、1件が除外されました。記載されたうち1件はパレスチナの「パレスチナ:オリーブとブドウの地 エルサレムの南部バティールの文化的景観」で、緊急の登録推薦資産のため自動的に危機遺産リストに記載されています。
 なお、今回の世界遺産委員会では諮問機関から記載延期勧告を受けた13件のうち8件、緊急の登録推薦で不記載勧告を受けた1件、及び情報照会勧告の2件全てが記載されています。専門家集団の諮問機関の勧告を覆しての記載決議の乱発は、委員会の信頼性や透明性にかかわります。東京文化財研究所は委員国の構成やその年によって変化する世界遺産委員会の動向に着目し、調査を継続します。

染織技術に関わる道具の保存活用に関する調査 -熊谷染めを例として-

 無形文化遺産部では本年度より無形文化遺産を取り巻く道具の保護や活用についての調査研究を行っています。無形文化遺産である工芸技術や民俗技術には、それに関わる道具や工具が不可欠です。しかし、それらの保護体制は未だ整っているとはいえず、現在各地で、技術者の高齢化や後継者不足が原因となり廃業する工房・工場が相次いでいます。それに伴い、道具や工具も失われてしまう危機に瀕しています。いま、無形文化遺産の伝承に欠かせない道具や工具の保護と活用について、その現況を把握し、議論する必要があるのではないでしょうか。
 本年度は埼玉県熊谷市立熊谷図書館の協力を得て埼玉県伝統的手工芸品指定熊谷染(友禅・小紋)に関わる道具や工具についての調査を行っています。熊谷染関連工房には伝統的な工法だけでなく、スクリーン捺染(なっせん)等の近代以降の工法を取り入れているものも見られます。技術伝承を考える上では、伝統的な染織技術を発展させた近代的な染織技術についても情報を整理する必要があります。各工房に保管され、使われてきた道具は技(わざ)を理解するために欠かせぬ情報です。調査を進めていくと、工房により道具の種類、使用方法やメンテナンスが異なることがわかってきました。今後も道具をキーワードとして情報を整理しながら、無形文化遺産の新たな伝承方法について考えていきたいと思います。

ミャンマーの文化遺産保護に関する現地研修及び調査

バガヤ僧院での研修風景
壁画修復材料の調製に関する実習風景
シュエナンドー僧院の仏壇に用いられたガラスモザイク技法と損傷

 ミャンマー文化省考古・国立博物館局(DoA)をカウンターパートとする、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として、6月上旬から中旬にかけて現地研修及び調査を以下の通り実施しました。

 1)歴史的木造建造物保存に関する第2回現地研修
 2日から13日まで、マンダレー市内のDoA支局での座学と近郊のバガヤ僧院での現場実習を行い、DoA本・支局から建築・考古分野の職員8名とTechnological University (Mandalay)の教員・学生4名が参加しました。調査の下図となる略平面図の作成、床面の不陸や柱傾斜の測定、破損状態記録の手法などを実習し、班毎の調査成果を発表して今回研修のまとめとしました。一方、ミャンマーの木造文化財に共通する問題であるシロアリの被害について、専門家による調査を実施し、初歩的な講習も行いました。バガヤ僧院での蟻害は建物の上部にまで及んでおり、有効な対策を検討するため、研修生の協力によるモニタリング調査を開始したところです。
 2)煉瓦造遺跡の壁画保存に関する調査及び研修
 11日から17日まで、昨年より継続しているバガン遺跡群内No.1205寺院の壁画の状態調査や堂内環境調査を行い、壁画の損傷図面を作成しました。壁画の状態は比較的堅牢ですが、雨漏りに伴う壁画の崩落や空洞化、シロアリの営巣など今後の対策が必要な損傷が明らかになりました。また、バガン考古博物館では壁画の保存修復や虫害対策に関する研修を行い、DoAバガン支局の保存専門職員6名が参加しました。接着剤や補填材など修復材料に関する実習や、虫害対策に関する講義・実習については研修生らの要望が高く、今後もより応用的な内容で研修を継続していく予定です。
 3)伝統的漆工芸技術に関する調査
 11日から19日まで、バガン及びマンダレーで調査を行いました。バガンでは、軽工業省傘下の漆芸技術大学及び漆芸博物館の協力のもと、虫害調査とともに同博物館に所蔵される漆工品の構造技法や損傷に関する調査を進めました。その結果、応急的なクリーニングや展示保存環境の改善が必要と分かりました。マンダレーでは、ミャンマー産の漆材料に関する聞き取り調査のほか、漆装飾と併用されるガラスモザイク技法に関する調査を材料店と僧院において行いました。さらに、同地のシュエナンドー僧院でも、虫害調査と併せて、建物内外に施された漆芸技法について目視による観察調査を行いました。同僧院は内外部の殆どに漆装飾が施されていますが、紫外線や雨水等によって漆装飾の損傷が著しく進行していることが分かりました。

シンポジウム:シリア文化遺産の保護へ向けて

パネルディスカッションの様子

 2011年4月シリアにおいて大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では、事実上の内戦状態となっています。シリア国内での死者はすでに14万人を超え、400万人以上が難民となって国外へ逃れています。
 内戦が繰り広げられる中、文化遺産の破壊も、また大きなニュースとして国際的に報道されています。アレッポやクラック・デ・シャバリエなど、シリアを代表する世界遺産が戦場となり、また多くの遺跡が盗掘にあい、博物館が略奪され、シリア国内からの文化財の不法輸出が国際的な問題となっています。このような中、ユネスコは、新たにシリアの文化遺産保護に向けた活動を開始しました。
 6月23日、東京文化財研究所は、シンポジウム「シリア文化遺産の保護へ向けて」を主催し、ユネスコが5月26日から28日にかけて行った専門家会議「シリアの文化遺産を保護するための国際社会への呼びかけ」に関する報告を行い、また、シリア文化遺産保護に向けた国内、海外のさまざまな取り組みを報告しました。

第15回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「文化遺産管理における住民参加」の開催

講演の様子

 文化遺産国際協力コンソーシアムは、6月26日、27日の2日間にわたり、国立民族学博物館との共催で東京文化財研究所セミナー室、大阪国際交流センター小ホールにて標記研究会を実施いたしました。
 近年文化遺産と観光開発の共存を推進する上で、住民参加型の文化遺産管理を主張する動きが地域、国家、国際レベルで見られますが、実践としてなかなかうまく機能しないことが問題視されています。このような現状に鑑み、改めて文化遺産管理における地域住民の役割や可能性について議論するため、今回「文化遺産における住民参加」というテーマを取り上げました。
 講演では当コンソーシアムの関雄二副会長・中南米分科会長による趣旨説明、問題提起の後、北海道大学観光学高等研究センター長の西山徳明氏(ペルー)、同センター特任准教授の八百板季穂氏(フィジー、ペルー)、公益財団法人文化財建造物保存技術協会の益田兼房氏(ミクロネシア)およびイーストアングリア大学日本美術・文化遺産准教授の松田陽氏(イタリア、英国)の4名の専門家から、それぞれ地域住民を巻き込む形での文化遺産のマネジメントの実態について事例報告いただきました。
 講演後のパネルディスカッションでは、講演で取り上げた事例と会場からの質問内容をふまえ、住民参加の理念の問題、実践における課題や国際協力の観点からの可能性について等、活発に議論が行なわれました。2日間で約130名の方にご参加いただき、文化遺産管理に携わるあらゆる立場から質問や意見が寄せられ、本テーマに対する関心の高さを窺い知ることができました。

アルメニア共和国文化省の招聘を受けて

アルメニア共和国文化省との調印式-アレヴ・サミュエルヤン文化省副大臣(左)と筆者(右)

 このたび、アルメニア共和国文化省からの招聘を受けて5月25日から6月2日まで、文化遺産国際協力センター山内地域環境研究室長、研究支援推進部平出総務係長と共に同国を訪問しました。今回の招聘は、昨年度、文化庁の事業で日本の文化財保護の現状を紹介すべくアレヴ・サミュエルヤン文化省副大臣を招いたことに対する返礼といえます。そして、平成23年度から実施してきた文化庁の拠点交流事業による青銅器の保存修復ワークショップの終了を受けて、今後5年間に行う「アルメニア共和国文化省と東京文化財研究所の間の文化遺産保護のための協力に関する合意書」の調印を行い、併せてワークショップ修了式及び保存修復処置を終えた資料の展示開会式へ出席しました。
 26日の文化省での新協定書の調印式及び歴史博物館での展示開会式では、多くの報道陣等を前に挨拶に立ったアレヴ副大臣は、日本の技術移転への協力に深い敬意と感謝の意を表しました。27日には、「日本の文化財保護の現状と課題」と題した講演を行い、各種文化財の保護に必要な、技術を伝承する後継者の育成、資材や用具の確保が課題であること、特に、縮小化傾向にある日本社会の中での文化財保護に強い危機感を持っていることを伝えました。28日からは、アルメニアを代表する修道院や教会堂、博物館の修理施設等の視察を行い、アルメニアの素晴らしい文化に触れながら更なる技術交流の必要性を感じました。

研究資料データベース検索システムのリニューアル

研究資料データベース検索システム トップページ

 「研究資料データベース検索システム」
 (http://www.tobunken.go.jp/archives/)をリニューアルしました。これは、昨年度、当所アーカイブズ運営委員会のもとに組織されたアーカイブズ・ワーキング・グループで取り組んでいる全所横断的な研究資料アーカイブズ構築の成果の一端が反映されたものです。今回のリニューアルでは、検索システムの操作性、コンテンツの両面で大幅な改定がありました。
 当所の研究資料データベースは、2002年に和漢書と売立目録の所在情報をインターネット上に公開して以来、各部署の蔵書情報や、関連分野の文献 情報・展覧会開催情報・伝統楽器情報などを公開し、文化財研究機関ならではの有効なコンテンツを発信する役割を担ってきました。その一方で、サイト利用者からは「システム内の複数データベースの横断検索」、「複数のキーワードによる掛け合わせ検索」、「検索結果の並び替え」などができるようにしてほしいなど、操作性の改善を望む声が寄せられていました。これまでのサイトは、データベース言語「SQL」とWebアプリケーションフレームワーク「Microsoft aspx」で構築してものでしたが、それを「MySQL」と「WORDPRESS(PHP)」の組み合わせに改め、それらの問題を解決し、操作性を向上させました。
 さらにコンテンツ面では、当所刊行物の掲載論文や記事の情報の収録件数を53万件に増やしました。これまでの収録対象は研究誌『美術研究』、『芸能の科学』、『保存科学』に掲載された論文のみでしたが、さらに各種研究成果報告書、『日本美術年鑑』、『東文研ニュース』、『年報』などを含め、また論文以外の彙報記事も収録したためです。これによって当研究所の研究成果に加えて、研究プロジェクトの進捗状況を伝える記事などへのアクセスも改善されました。
 引き続き、専門性の高い情報にアクセスしやすい環境を整え、効率よく活用できる方向を検討しております。ご利用いただき、お気づきの点がございましたら、本システムの「ご意見・お問い合わせ」フォーム(http://www.tobunken.go.jp/archives/ご意見・お問い合わせ)からご一報いただけますと幸いです。

震災被災地域における民俗誌活用の取り組み

ふるさとセンターでの講座風景

 無形文化遺産部で昨年度に作成した『ごいし民俗誌』は、東日本大震災で大きな津波被害を受けた岩手県大船渡市末崎町碁石地区の祭礼や暮らしの様子を綴った報告書です。この報告書を現地の方々と一緒に読み、活用する試みが始まりました。今回は末崎地区で活動を続ける霞が関ナレッジスクエアの「デジタル公民館」活動の中で、「まっさきに学ぶ!ふるさとの記憶をたどる…ごいし民俗誌から」と題して講座形式で開催。無形文化遺産部から久保田裕道が参加しました。末崎地区ふるさとセンターを会場に、参加者は約30名。レクチャー後には、様々な情報交換が行われました。今後も地域の方々が主体となってより身近な民俗誌を作ってゆき、またそれを子どもたちに伝えてゆくといった活動の方向性が見えてきました。地区の解散や高台移転によって地域アイデンティティの継承が問題とされる現在、こうした活動が一つのモデルケースとなり得るよう活動を継続してゆきたいと考えています。なお『ごいし民俗誌』は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版を公開中です。

日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究―2014年度研究報告会

2014年度研究報告会(大韓民国・国立文化財研究所)

 保存修復科学センターは大韓民国・国立文化財研究所保存科学研究室と覚書を交わし、「日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究」を共同で進めています。詳細には、屋外にある石造文化財を対象にお互いの国のフィールドで共同調査を行うとともに、年1回の研究報告会を相互に開催し、それぞれの成果の共有に努めています。
 今年度は韓国側が担当であったため、5月27日に保存科学センター講堂にて研究報告会が開催され、保存修復科学センターからは岡田、朽津、森井が参加しました。会場が満席になるほど関心を集めたなか、研究報告会では日韓共同研究の担当者および協力関係にある大学教授から石造文化財に関する発表をそれぞれ行い、会場から多くの質問およびコメントをいただくなど、活発な議論が行われました。なお、今年度は横穴墓を対象に、今後共同調査を行う予定です。

アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

アルメニア歴史博物館におけるワークショップ成果の展示
展示オープニングセレモニーの様子(右端が亀井所長)

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、アルメニア歴史博物館にて、平成26年5月20日~27日に第6回国内ワークショップを開催しました。本事業は、4カ年計画であり、これまでに考古金属資料の保存修復に関する一連の人材育成・技術移転を実施してきました。最終年度である本年のワークショップのテーマは「博物館における展示」です。
 アルメニア国内専門家6名、グルジア、ロシアからの2名の専門家を対象に、日本人専門家が、日本の博物館における展示事例紹介、展示の際に考慮すべき光や温湿度の影響、展示解説の有り方、展示に使用する材料などについて講義を実施しました。引き続いて、これまでのワークショップにおいて保存修復処置を終えた資料の展示作業をワークショップ参加者が主体となって行いました。展示では、アルメニアと日本の共同事業の成果を公開するだけでなく、博物館における保存修復活動を多くの人々に知ってもらえるよう、ワークショップ参加者が意見を出し合い工夫しました。具体的には、保存修復処置を行った資料とともに処置前の資料の写真を展示し、保存修復処置の一連の流れを映像にて上映しました。また、より詳細な調査研究の内容については、パンフレットを作成し配布しました。展示作業を終えたワークショップの最終日には、展示オープニングセレモニーを開催し、多くの外部関係者の方にもご参加いただきました。
 ワークショップ開催は今回が最後になりますが、今後は報告書の発刊を行う予定です。

ユネスコ主催専門家会議「シリアの文化遺産を保護するための国際社会への呼びかけ」

シリアの文化遺産被災状況を報告するシリア古物博物館総局長

 2011年4月シリアにおいて大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では、事実上の内戦状態となっています。シリア国内での死者はすでに14万人を超え、400万以上が難民となって国外へ逃れています。
 内戦が繰り広げられる中、文化遺産に対する被害も、大きなニュースとして取り上げられています。アレッポ、パルミラ、クラック・デ・シャバリエなど、シリアを代表する世界遺産が戦場となり、多くの遺跡が盗掘にあい、博物館が略奪され、シリア国内からの文化財の不法輸出が国際的な問題となっています。
 このような中、今年3月、シリアの文化遺産を保護するため、欧州連合の支援を受け、ユネスコは、新たに「シリア文化遺産緊急保護プロジェクト」を開始しました。
 今回、このプロジェクトの一環として、5月26日から28日にかけて、パリのユネスコ本部において、ユネスコ主催専門家会議「シリアの文化遺産を保護するための国際社会への呼びかけ」が開催されました。この会議には、22カ国から120名以上の専門家が参加し、東京文化財研究所からは山内、安倍の2名が参加しました。同会議では、シリアの文化遺産の被災状況が報告され、シリアの文化遺産を保護していくための今後の方針が活発に議論されました。

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