研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


シンポジウム:シリア文化遺産の保護へ向けて

パネルディスカッションの様子

 2011年4月シリアにおいて大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では、事実上の内戦状態となっています。シリア国内での死者はすでに14万人を超え、400万人以上が難民となって国外へ逃れています。
 内戦が繰り広げられる中、文化遺産の破壊も、また大きなニュースとして国際的に報道されています。アレッポやクラック・デ・シャバリエなど、シリアを代表する世界遺産が戦場となり、また多くの遺跡が盗掘にあい、博物館が略奪され、シリア国内からの文化財の不法輸出が国際的な問題となっています。このような中、ユネスコは、新たにシリアの文化遺産保護に向けた活動を開始しました。
 6月23日、東京文化財研究所は、シンポジウム「シリア文化遺産の保護へ向けて」を主催し、ユネスコが5月26日から28日にかけて行った専門家会議「シリアの文化遺産を保護するための国際社会への呼びかけ」に関する報告を行い、また、シリア文化遺産保護に向けた国内、海外のさまざまな取り組みを報告しました。

第15回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「文化遺産管理における住民参加」の開催

講演の様子

 文化遺産国際協力コンソーシアムは、6月26日、27日の2日間にわたり、国立民族学博物館との共催で東京文化財研究所セミナー室、大阪国際交流センター小ホールにて標記研究会を実施いたしました。
 近年文化遺産と観光開発の共存を推進する上で、住民参加型の文化遺産管理を主張する動きが地域、国家、国際レベルで見られますが、実践としてなかなかうまく機能しないことが問題視されています。このような現状に鑑み、改めて文化遺産管理における地域住民の役割や可能性について議論するため、今回「文化遺産における住民参加」というテーマを取り上げました。
 講演では当コンソーシアムの関雄二副会長・中南米分科会長による趣旨説明、問題提起の後、北海道大学観光学高等研究センター長の西山徳明氏(ペルー)、同センター特任准教授の八百板季穂氏(フィジー、ペルー)、公益財団法人文化財建造物保存技術協会の益田兼房氏(ミクロネシア)およびイーストアングリア大学日本美術・文化遺産准教授の松田陽氏(イタリア、英国)の4名の専門家から、それぞれ地域住民を巻き込む形での文化遺産のマネジメントの実態について事例報告いただきました。
 講演後のパネルディスカッションでは、講演で取り上げた事例と会場からの質問内容をふまえ、住民参加の理念の問題、実践における課題や国際協力の観点からの可能性について等、活発に議論が行なわれました。2日間で約130名の方にご参加いただき、文化遺産管理に携わるあらゆる立場から質問や意見が寄せられ、本テーマに対する関心の高さを窺い知ることができました。

アルメニア共和国文化省の招聘を受けて

アルメニア共和国文化省との調印式-アレヴ・サミュエルヤン文化省副大臣(左)と筆者(右)

 このたび、アルメニア共和国文化省からの招聘を受けて5月25日から6月2日まで、文化遺産国際協力センター山内地域環境研究室長、研究支援推進部平出総務係長と共に同国を訪問しました。今回の招聘は、昨年度、文化庁の事業で日本の文化財保護の現状を紹介すべくアレヴ・サミュエルヤン文化省副大臣を招いたことに対する返礼といえます。そして、平成23年度から実施してきた文化庁の拠点交流事業による青銅器の保存修復ワークショップの終了を受けて、今後5年間に行う「アルメニア共和国文化省と東京文化財研究所の間の文化遺産保護のための協力に関する合意書」の調印を行い、併せてワークショップ修了式及び保存修復処置を終えた資料の展示開会式へ出席しました。
 26日の文化省での新協定書の調印式及び歴史博物館での展示開会式では、多くの報道陣等を前に挨拶に立ったアレヴ副大臣は、日本の技術移転への協力に深い敬意と感謝の意を表しました。27日には、「日本の文化財保護の現状と課題」と題した講演を行い、各種文化財の保護に必要な、技術を伝承する後継者の育成、資材や用具の確保が課題であること、特に、縮小化傾向にある日本社会の中での文化財保護に強い危機感を持っていることを伝えました。28日からは、アルメニアを代表する修道院や教会堂、博物館の修理施設等の視察を行い、アルメニアの素晴らしい文化に触れながら更なる技術交流の必要性を感じました。

研究資料データベース検索システムのリニューアル

研究資料データベース検索システム トップページ

 「研究資料データベース検索システム」
 (http://www.tobunken.go.jp/archives/)をリニューアルしました。これは、昨年度、当所アーカイブズ運営委員会のもとに組織されたアーカイブズ・ワーキング・グループで取り組んでいる全所横断的な研究資料アーカイブズ構築の成果の一端が反映されたものです。今回のリニューアルでは、検索システムの操作性、コンテンツの両面で大幅な改定がありました。
 当所の研究資料データベースは、2002年に和漢書と売立目録の所在情報をインターネット上に公開して以来、各部署の蔵書情報や、関連分野の文献 情報・展覧会開催情報・伝統楽器情報などを公開し、文化財研究機関ならではの有効なコンテンツを発信する役割を担ってきました。その一方で、サイト利用者からは「システム内の複数データベースの横断検索」、「複数のキーワードによる掛け合わせ検索」、「検索結果の並び替え」などができるようにしてほしいなど、操作性の改善を望む声が寄せられていました。これまでのサイトは、データベース言語「SQL」とWebアプリケーションフレームワーク「Microsoft aspx」で構築してものでしたが、それを「MySQL」と「WORDPRESS(PHP)」の組み合わせに改め、それらの問題を解決し、操作性を向上させました。
 さらにコンテンツ面では、当所刊行物の掲載論文や記事の情報の収録件数を53万件に増やしました。これまでの収録対象は研究誌『美術研究』、『芸能の科学』、『保存科学』に掲載された論文のみでしたが、さらに各種研究成果報告書、『日本美術年鑑』、『東文研ニュース』、『年報』などを含め、また論文以外の彙報記事も収録したためです。これによって当研究所の研究成果に加えて、研究プロジェクトの進捗状況を伝える記事などへのアクセスも改善されました。
 引き続き、専門性の高い情報にアクセスしやすい環境を整え、効率よく活用できる方向を検討しております。ご利用いただき、お気づきの点がございましたら、本システムの「ご意見・お問い合わせ」フォーム(http://www.tobunken.go.jp/archives/ご意見・お問い合わせ)からご一報いただけますと幸いです。

震災被災地域における民俗誌活用の取り組み

ふるさとセンターでの講座風景

 無形文化遺産部で昨年度に作成した『ごいし民俗誌』は、東日本大震災で大きな津波被害を受けた岩手県大船渡市末崎町碁石地区の祭礼や暮らしの様子を綴った報告書です。この報告書を現地の方々と一緒に読み、活用する試みが始まりました。今回は末崎地区で活動を続ける霞が関ナレッジスクエアの「デジタル公民館」活動の中で、「まっさきに学ぶ!ふるさとの記憶をたどる…ごいし民俗誌から」と題して講座形式で開催。無形文化遺産部から久保田裕道が参加しました。末崎地区ふるさとセンターを会場に、参加者は約30名。レクチャー後には、様々な情報交換が行われました。今後も地域の方々が主体となってより身近な民俗誌を作ってゆき、またそれを子どもたちに伝えてゆくといった活動の方向性が見えてきました。地区の解散や高台移転によって地域アイデンティティの継承が問題とされる現在、こうした活動が一つのモデルケースとなり得るよう活動を継続してゆきたいと考えています。なお『ごいし民俗誌』は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版を公開中です。

日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究―2014年度研究報告会

2014年度研究報告会(大韓民国・国立文化財研究所)

 保存修復科学センターは大韓民国・国立文化財研究所保存科学研究室と覚書を交わし、「日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究」を共同で進めています。詳細には、屋外にある石造文化財を対象にお互いの国のフィールドで共同調査を行うとともに、年1回の研究報告会を相互に開催し、それぞれの成果の共有に努めています。
 今年度は韓国側が担当であったため、5月27日に保存科学センター講堂にて研究報告会が開催され、保存修復科学センターからは岡田、朽津、森井が参加しました。会場が満席になるほど関心を集めたなか、研究報告会では日韓共同研究の担当者および協力関係にある大学教授から石造文化財に関する発表をそれぞれ行い、会場から多くの質問およびコメントをいただくなど、活発な議論が行われました。なお、今年度は横穴墓を対象に、今後共同調査を行う予定です。

アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

アルメニア歴史博物館におけるワークショップ成果の展示
展示オープニングセレモニーの様子(右端が亀井所長)

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、アルメニア歴史博物館にて、平成26年5月20日~27日に第6回国内ワークショップを開催しました。本事業は、4カ年計画であり、これまでに考古金属資料の保存修復に関する一連の人材育成・技術移転を実施してきました。最終年度である本年のワークショップのテーマは「博物館における展示」です。
 アルメニア国内専門家6名、グルジア、ロシアからの2名の専門家を対象に、日本人専門家が、日本の博物館における展示事例紹介、展示の際に考慮すべき光や温湿度の影響、展示解説の有り方、展示に使用する材料などについて講義を実施しました。引き続いて、これまでのワークショップにおいて保存修復処置を終えた資料の展示作業をワークショップ参加者が主体となって行いました。展示では、アルメニアと日本の共同事業の成果を公開するだけでなく、博物館における保存修復活動を多くの人々に知ってもらえるよう、ワークショップ参加者が意見を出し合い工夫しました。具体的には、保存修復処置を行った資料とともに処置前の資料の写真を展示し、保存修復処置の一連の流れを映像にて上映しました。また、より詳細な調査研究の内容については、パンフレットを作成し配布しました。展示作業を終えたワークショップの最終日には、展示オープニングセレモニーを開催し、多くの外部関係者の方にもご参加いただきました。
 ワークショップ開催は今回が最後になりますが、今後は報告書の発刊を行う予定です。

ユネスコ主催専門家会議「シリアの文化遺産を保護するための国際社会への呼びかけ」

シリアの文化遺産被災状況を報告するシリア古物博物館総局長

 2011年4月シリアにおいて大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では、事実上の内戦状態となっています。シリア国内での死者はすでに14万人を超え、400万以上が難民となって国外へ逃れています。
 内戦が繰り広げられる中、文化遺産に対する被害も、大きなニュースとして取り上げられています。アレッポ、パルミラ、クラック・デ・シャバリエなど、シリアを代表する世界遺産が戦場となり、多くの遺跡が盗掘にあい、博物館が略奪され、シリア国内からの文化財の不法輸出が国際的な問題となっています。
 このような中、今年3月、シリアの文化遺産を保護するため、欧州連合の支援を受け、ユネスコは、新たに「シリア文化遺産緊急保護プロジェクト」を開始しました。
 今回、このプロジェクトの一環として、5月26日から28日にかけて、パリのユネスコ本部において、ユネスコ主催専門家会議「シリアの文化遺産を保護するための国際社会への呼びかけ」が開催されました。この会議には、22カ国から120名以上の専門家が参加し、東京文化財研究所からは山内、安倍の2名が参加しました。同会議では、シリアの文化遺産の被災状況が報告され、シリアの文化遺産を保護していくための今後の方針が活発に議論されました。

スリランカにおける内戦後の博物館および文化遺産の現状調査

ジャフナ考古博物館での調査
考古局トリンコマリー事務所での意見交換

 文化遺産国際協力コンソーシアムは、2月と5月の2度にわたり、国際交流基金の文化協力プログラム「スリランカにおける内戦後の博物館および文化遺産の現状調査」(事業参加者:東京国立博物館学芸企画部企画課長・小泉惠英氏、龍谷大学国際文化学部准教授・福山泰子氏)の調査支援を行ないました。本事業は2012年度の当コンソーシアムによる協力相手国調査にもとづき実施されたもので、スリランカ考古局協力のもと、1983年から2009年まで26年にわたる内戦の影響を受けた北部(ジャフナ地区)と東北部(トリンコマリー地区)の博物館を中心に、展示品、収蔵品の調査や文化財保存に関する情報収集を行ない、内戦終結後の文化財保存と活用の今後の方針について協議しました。
 スリランカではここ数年、考古局が中心となり、内戦の影響を受けた地域の復興に向け、その地域の特性を考慮した文化施設の設置や文化財を活用した地域開発の動きがみられます。ジャフナは仏教、ヒンドゥー教、キリスト教の信仰の足跡をたどることができるというスリランカ国内でもユニークな地であるばかりでなく、各植民地時代の建造物が残るなど多様な文化遺産が現存しています。トリンコマリーは数多い仏教遺跡のほか、海事や対外貿易の拠点としての歴史も有しています。これらを国内外にアピールするため、いずれの地区においても歴史的建造物を再利用した博物館や文化複合施設の設立計画がすすめられています。一方、現存する博物館では文化財の管理、展示の方法や人材の面などで多くの課題を抱えており、参加者は現地の職員と意見交換をしながら展示プランや管理方法について指導・助言を行ないました。
 内戦終結地域の文化財を活かした地域開発は、まだ始まったばかりで考古局は専門家の派遣、人材育成や資金の面で外国の支援を必要としています。今後も継続して各地域の復興の手助けになるような協力の可能性を探っていければと考えています。

飛鳥&天平衣装ファッションショー『平城宮ことはじめ』への参加

ファッションショーの様子
集合写真

 2014年4月22日から5月18日まで東京国立博物館で開催された特別展「キトラ古墳壁画展」の関連イベントとして、5月8日に同館講堂にて「飛鳥&天平衣装ファッションショー『平城宮ことはじめ』」が開催されました(主催:明日香村、文化庁、東京国立博物館、東京文化財研究所、奈良文化財研究所、朝日新聞社、協力:早稲田大学創造理工学部中川研究室)。東京文化財研究所からも13名のスタッフがモデルとして参加し、手作りの古代衣装に身を包むという、初めての貴重な体験をさせていただきました。これらの衣装はすべて古代衣装研究家、山口千代子先生(天平衣装企画)の手になるもので、和銅3年(710年)の平城宮内裏を舞台とした歴史の一幕が、奈良文化財研究所の杉山洋企画調整部長の企画演出により、きらびやかに再現されました。
 私自身もモデルの一人として参加させていただき、関係者一同が一丸となって一つの舞台を創り上げるという、楽しい緊張感と高揚感を味わいながら、古代世界に想いを馳せました。美しい衣装を身に付け、髪を結い上げ、沢山の装飾品をまといながら、往時の宮中の人々がどのように振る舞っていたのかと想像しようとしましたが、自分の想像力では全く追いつくことができず、歴史を学ぶことの難しさを改めて、身を以て実感するに至ったという体験でした。関係者の方々のご尽力に心から敬意を表するとともに、これからも更に興味を持って、歴史と向き合っていきたいと思っています。

企画情報部研究会の開催―廉泉の大村西崖宛書簡について

廉泉のポートレート(東京芸術大学美術学部教育資料編纂室蔵)

 企画情報部の近・現代視覚芸術研究室では、日本を含む東アジア諸地域の近現代美術を対象にプロジェクト研究「近現代美術に関する交流史的研究」を進めています。その一環として4月25日の企画情報部研究会では、東京工業大学准教授の戦暁梅(せんぎょうばい)氏に「廉泉(れんせん)の大村西崖(おおむらせいがい)宛書簡について」の題でご発表いただきました。廉泉(1863‐1932)は書画蒐集家、詩人として活躍した近代中国の文人で、数回にわたり来日し、コレクションの展覧や図録の出版を行っています。東洋美術史の泰斗として知られる大村西崖(1868‐1927)に廉泉が宛てた書簡34通が、東京芸術大学美術学部教育資料編纂室に近年寄贈された西崖関連資料の中に含まれており、今回の発表はその調査研究に基づいたものです。廉泉は唐寅(とういん)、文徴明(ぶんちょうめい)、王建章(おうけんしょう)といった明清書画家の扇面1000点余を所持していましたが、書簡にはとくにその扇面コレクションの売却をめぐる内容が多くみられ、文面からは西崖への信頼関係の深さがうかがえます。西崖も大正10(1921)年から翌年にかけての中国旅行の折に、呉昌碩(ごしょうせき)や王一亭(おういってい)といった書画界の著名人への紹介等、廉泉の世話になったことが書簡からわかり、当時の日中文化人の交流をヴィヴィッドに伝える貴重な資料といえるでしょう。研究会には著述家・中国版画研究家の瀧本弘之氏や東京芸術大学美術学部教育資料編纂室の吉田千鶴子氏も参加され、議論を深めていただきました。この廉泉の書簡については、当部編集の研究誌『美術研究』で戦暁梅氏によりあらためて翻刻・紹介する予定です。

南相馬市山田神社の祭礼調査

山田神社祭礼

 東日本大震災の被災地における無形文化遺産に関する状況調査の一環として、2014年4月23日に、福島県南相馬市の山田神社例祭を訪れました。海岸部にある同神社は、震災時の津波によって流失し、氏子地区にも多大な犠牲が出ています。宮司の森幸彦氏は福島県立博物館の学芸員をも勤められ、無形文化遺産部で開催した無形文化遺産情報ネットワークでも様々なご意見を頂戴しています。
 山田神社は、震災後に熊本県からのボランティア活動によって仮社殿が建てられ、また広く報道も為されたために、当日は氏子以外にも多くの参列者がありました。しかし、周辺では氏子組織が崩壊の危機に瀕している地域も多く、神社の維持・再建にはなお大きな課題が残されています。神社や寺院といった宗教施設は、政教分離の観点から文化財行政とは切り離して考えられる傾向にありました。しかしその一方で、そうした存在が無形文化遺産の継承と深く結びついていることも事実です。そのためには、今後も情報や課題を共有してゆく必要があると考えています。

東京藝術大学大学院との協力-新学年を迎えて

水浸した紙の取り扱い実習風景

 平成7年4月から東京藝術大学大学院に協力して、文化財保存学専攻にシステム保存学連携講座を開設し、当所研究員6名が保存環境や修復材料に関する授業を行い、大学院教育に従事しています。新学年を迎えて、文化財保存学専攻に修士1年21名、博士1年9名が入学しました。システム保存学講座も新たに修復材料学教室に修士1年生(指導教員:早川典子連携准教授)を1名受け入れ、保存環境学教室に在籍する修士2年生(指導教員:佐野千絵連携教授)1名と合わせて、2名の学生の論文指導を行っています。当所研究員の研究範囲は多岐にわたるため、大学院の既存講座ではカバーできない保存科学の広範囲の研究者を育てることができる点がこの連携大学院の魅力で、他の講座の学生も質問にやってきます。また教員にあたる所員にとっても、学生の疑問や興味を通して未解決な課題を見つける機会となり、更なる研究の発展が期待できます。新しい分野に飛び込んできた学生たちと、充実した1年がまた始まります。

ロビー展示「海外の文化財を守る日本の伝統技術」

ロビー展示風景
展示部分画像「絵を描く」群青が絵絹にのる様子

 当研究所1階エントランスロビーでは、定期的に研究成果や事業紹介を行っています。今回の展示では書画を作り、鑑賞し、修復し、保存していくために必要不可欠な材料と技術についてご紹介します。企画は文化遺産国際協力センターが担当し、全ての画像を企画情報部画像情報室の城野誠治が撮影しました。そして文化財が様々な材料と技術が複合的に用いられて形作られていることを実感して頂くため、表紙と軸木も取り付けた、縦1.15m、横14mの長大な絵巻仕立てで構成しました。紙の繊維が重なって一枚の紙ができていくところ、岩が砕かれて鮮やかな絵具として精製されるところ、糊が入念に練られてしなやかにのびていくところなど、それぞれの材料や技術の特性が表れる一瞬を、大きな画像で示しています。併せて和紙・絵絹・絵具・唐紙・装潢の道具などの実物も展示ケースにて展示しています。今日では、この展示で紹介する材料や道具を作る技術、文化財を修復する技術自体も守っていく必要があり、国の重要無形文化財、選定保存技術に指定、認定されています。一方で、これらの日本で培われてきた技術や材料は広く海外でその有効性が認知され、海外の文化財修復に応用されてきています。当研究所では日本の修復技術や材料に関する正しい知識の普及のため、海外向けの研修事業も行っております。日本の優れた伝統技術によって、世界の文化財が守られ、後世に伝えられていくことにご理解いただければ幸いです。

東京国立博物館蔵普賢菩薩像の共同調査

普賢菩薩像の画像撮影

 企画情報部では、東京国立博物館に所蔵される平安仏画の共同調査を継続して行っています。これを精度の高い画像で撮影し、絵としての作りを実物の目視で観察できる以上の細部にわたって探ろうとする試みです。これまで虚空蔵菩薩像(国宝)、千手観音像(国宝)の調査を行ってきましたが、3月26日、本年度分として平安仏画の中でも殊に評価の高い普賢菩薩像(国宝)について撮影を行いました。得られた画像は東京国立博物館の研究員と共有して検討し、今後その美術史的意義について検討してまいります。

企画情報部研究会「ウェブ版『みづゑ』の研究と開発―美術史料のデジタル公開と美術アーカイブへの展望―」

Web版『みづゑ』トップページ

 企画情報部では毎月一回、研究情報の共有化のために研究会を行っています。3月は25日(火曜日)2時より、標記のテーマで、文化形成研究室長・津田徹英、アソシエイトフェロー・橘川英規、国立民族学博物館・丸川雄三、国立情報学研究所・中村佳史、同・吉崎真弓が報告を行いました。報告の対象となった『みづゑ』は、1905(明治38)年に創刊され、その後、1992(平成4)年に一時休刊し、2001(平成13)年の復刊を経て、2007(平成19)年に再び休刊した美術雑誌です。約1世紀にわたって刊行され続けた美術雑誌であっただけに、近代日本の美術界に与えた影響は多大であり、資料的価値が高いことはいうまでもありません。しかも明治期刊行分90号までは、入手が困難なうえに、これをまとめて所蔵するところが少なく、東京文化財研究所でも貴重書に準じる扱いとなっています。しかしその一方で公開が強く望まれていた資料でもありました。そこで明治期に刊行された分について、記事等、既に著作権が消滅しているものが多いことをかんがみてWebでの公開を行うことを目指し、企画情報部と国立情報学研究所連想情報学研究開発センターが、それぞれが蓄積するノウハウを持ち寄って2011年から3か年にわたって共同研究・開発を行いました。あわせて、この共同研究・開発は、『みづゑ』をモデルケースとし、文字情報が主となる文化財情報の発信に関して、ひとつの可能性を示すことを念頭に置いて取り組んだものでもあります。もとより、企画情報部研究プロジエクト「文化財の研究情報の公開・活用のための総合的研究」の一環です。そのWeb上での成果公開にあたり、企画情報部内で情報を共有するために開催したのがこの研究会です。なお、共同研究・開発による『みづゑ』のWeb版は、「東京文化財研究所所蔵資料アーカイブズ みづゑ」として公開しております。是非、ご覧ください(http://mizue.bookarchive.jp/

大洋州島嶼国の文化遺産の現状調査

キリバスの伝統的集会所での調査
ツバルの伝統的集会所における舞踊

 文化庁委託文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)の一環として、文化遺産国際協力センターが受託した「気候変動により影響を被る可能性の高い文化遺産の現状調査」が2月18から3月5日までの日程で実施されました。調査地は、気候変動による海水面上昇等で被害が進行しつつある大洋州(オセアニア)のキリバス・ツバル・フィジー3ヶ国。
 キリバス・ツバルでは首都および離島を訪れ、伝統舞踊や民俗技術、伝統的建築、聖地など文化遺産の現状を調査し、海面上昇による被害を確認しました。また政府関係者や離島での首長との面談を行いました。両国とも海水面上昇によって文化遺産の破壊消失のみならず、国土自体の消滅を現実問題として抱えています。たとえ海外移住を迫られても、維持可能な無形文化遺産は、人々のアイデンティティ維持に役立つということが、両国の関係者でも意識されていました。例えば、両国とも集落ごとに大きな集会所があり、そこで社会的な集会から宗教儀礼や舞踊など様々な行事を行います。こうした集会所をめぐる文化は、無形のみならず建築やその技術、素材としての自然など様々な要素と密接に関わっており、そうした文化の存続が叫ばれています。フィジーの南太平洋大学では、こうした関連する分野の研究者との意見交換を行い、今後大洋州島嶼国の文化遺産を考えてゆく上で意義のある調査となりました。

無形文化遺産情報ネットワーク第2回協議会

第2回協議会

 無形文化遺産部で複数の協働団体とともに運営する「311復興支援・無形文化遺産情報ネットワーク」では、平成26年3月5日(水)に第2回協議会を地下会議室で開催しました。ネットワークの創設となった昨年3月の第1回協議会に続き、東日本大震災で被災した無形文化遺産の復興に関わる情報の共有と、意見交換とを行いました。
 参加者(37名)は研究者や行政関係者に加え、被災地で活動されている方々、支援団体、宗教関係者、メディア関係者といった幅広い層に及びました。後半はゲストスピーカーの田仲桂氏(TSUMUGUプロジェクト)、阿部武司氏(東北文化財映像研究所)からの報告を受け、被災地の無形文化遺産の記録に関わる問題点を中心に話が進みました。
 一口に記録と言っても、様々な側面があります。今回の協議では、①再開の契機としての記録②断絶せざるを得ない伝承の記録としての記録③子どもや若者に継承を促す記録④広く存在をアピールするための記録、といった目的が挙がりました。また記録作成を行うことで新たなネットワークを生むといった効果も期待できます。いずれにしても状況は被災地域毎に異なっており、それぞれのニーズをよく捉えた上で進めていくべきという方向性も確認されました。

福島県旧警戒区域から救出された文化財の保管環境調査と放射線対策の実施

放射線汚染物質の除塵清掃実験
放射線量計測方法の講習

 福島第一原子力発電所事故により、周辺環境が放射性物質で汚染された双葉郡双葉町・大熊町・富岡町の資料館から救出された文化財は、最終的には福島県文化財センター白河館「まほろん」の仮保管庫内で保管されています。
 保存修復科学センターでは「まほろん」学芸員に協力して、これらの保管環境の整備を目指す調査を継続しています。3月25-26日には温湿度調査に加え、一部の救出文化財について表面汚染密度計測を行い、ほとんどの資料は放射線物質による汚染がないことを確認しました。わずかに高い数値を示す資料については、包装袋の取り換えやミュージアムクリーナーを使用した除塵清掃を実施し、前・後の放射線量の計測結果から、その効果を検証しました。さらに救出文化財の管理にあたる学芸員には表面汚染の計測方法の講習を実施して手順を習得してもらいました。「まほろん」ではこれから順次、すべての救出文化財についての計測記録を行っていく予定です。

文化遺産国際協力コンソーシアム平成25年度総会および第14回研究会「文化遺産保護の国際動向」の開催

講演風景

 2014年3月7日(金)に標記総会および研究会を開催しました。総会では、例年通り、コンソーシアムの平成25年度事業報告と平成26年度事業計画を事務局長より報告しました。続いて行った研究会では、国際交流基金理事長の安藤裕康氏による「文化を通じる国際協力と交流―双方向性に向けて」と題する基調講演ののち、文化遺産保護に関する最新の国際動向について、昨年開催された各分野の国際会議での議論を中心に、4名の方にご報告いただきました。
 まず、文化庁主任文化財調査官の本中眞氏より、富士山の世界遺産登録を事例に、登録に至るまでの審議の過程や世界遺産登録後の課題についてお話しいただきました。続いて企画情報部情報システム研究室長の二神葉子より、ユネスコ無形文化遺産保護条約第8回政府間委員会での審議内容についての報告とともに、委員会で議論となった事項や最近の同条約をめぐる問題についての発表がありました。 さらに、国立文化財機構本部の栗原祐司事務局長にご登壇いただき、ICOM大会招致に向けて、ICOM日本委員会が行っている活動や今後の見通しなどについてご発表いただきました。 最後に、コンソーシアムの前田耕作副会長より昨年イタリアのオルビエトで開催された第12回バーミヤン専門家会議での議論に関するご発表がありました。
 今回は約100名のかたの参加がありました。コンソーシアムでは例年同様のテーマの研究会を開催しておりますが、参加者のみなさまには文化遺産保護をめぐる最新の国際動向について情報共有し、意見交換していただく場として活用していただいております。今後も、研究会等を通じた情報共有に取り組んでいきたいと思います。

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