研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


新海竹太郎関連ガラス乾板の受贈

新海竹太郎《決心》(1907年作、現存せず)のガラス乾板画像

 新海竹太郎(1868~1927年)はヨーロッパで彫刻を学び、《ゆあみ》(1907年作 重要文化財)をはじめとする作品を発表、日本彫刻の近代化に大きく貢献した彫刻家として知られています。このたび竹太郎の孫にあたられる新海堯氏より、田中修二氏(大分大学教育福祉科学部准教授)を介して、竹太郎の作品および竹太郎が郷里の山形で師事した細谷風翁・米山父子の南画を撮影したガラス乾板一式をご寄贈いただくことになりました。それらの写真は竹太郎本人がカメラマンに依頼して撮影させたもので、明治40(1907)年開催の東京勧業博覧会で一等賞を受賞した《決心》等、現存しない作品の画像も含まれ、竹太郎の制作活動は勿論、日本近代彫刻史を語る上でも貴重な資料といえます。当研究所は、戦前に竹太郎の甥の新海竹蔵氏が作製した遺作写真集を所蔵していますが(資料閲覧室で閲覧可能)、その作製の折にも今回ご寄贈いただいた乾板が用いられたものと思われます。このたびの受贈を機に乾板の全画像をデジタル化し、当研究所ホームページのデジタルアーカイブで公開する予定です。

第8回無形民俗文化財研究協議会の開催

総合討議の様子

 11月15日、第8回無形民俗文化財研究協議会が開催されました。今回の協議会では「わざを伝える―伝統とその活用―」として、2005年度から指定制度のはじまった民俗技術を中心的なテーマに据えました。
 1975年から指定制度が運用されている民俗芸能や風俗慣習の保護についてはこれまでにも議論の蓄積があるのに対し、民俗技術については、その概念や制度について認知すら十分になされていないのが現状です。加えて、芸能や祭礼が本質的に非日常に属するのに対し、民俗技術は基本的に日常に属するものが多く、それによって生活している人が少なくないことから、社会や環境の変化による影響をより受けやすいという特徴があります。
 こうした現状を踏まえ、民俗技術の保護の現場でいま何が課題とされているのか、またどのような保護が可能なのかといった点について報告・討議が行われました。会では国指定の民俗技術保護の現場から2名、また民俗技術の指定制度に先行して職人技術の保護に取り組んできた東京都内の現場から3名の方をお招きし、発表いただいた後、2名のコメンテーターを交えて討議を行いました。
 報告・討議では、技術(製品)の需要の低下、分業体制の崩壊、原材料の不足、後継者不足など様々な問題が提示されました。技術の継承に向けた特効薬はありませんが、様々な立場の関係者の間で課題や情報を共有すること、産地や縦割り行政を越えて連携することの重要性が確認されました。無形文化遺産部では、今後も各地の取り組みについて事例を収集していくことで、情報共有・発信の役割を担っていきたいと考えています。
 なお、協議会の内容は2014年3月に報告書として刊行する予定です。

日光東照宮陽明門の外壁側板絵画の保存に関する調査

陽明門壁板絵画の現地調査
X線透過写真撮影装置の設置

 保存修復科学センターでは、「文化財における伝統技術及び材料に関する調査研究」プロジェクトの一環として、現在、東照宮陽明門の塗装彩色修理に伴う調査を行っています。陽明門の東西側壁板には、現在、寛政8年(1796)に作成された「大羽目板牡丹浮彫」が取り付けられていますが、文献史料によると、元禄元年(1688)や宝暦3年(1753)など、それより古い年代に「唐油蒔絵」と呼ばれる技法で描かれた絵画が存在していました。昭和46年の塗装彩色修理では、このうちの東側壁が取り外され、宝暦3年(1753)作成と思われる「岩笹梅の立木 錦花鳥三羽」の絵画が見つかり、当時の保存科学部が調査を行いました。また西側壁板の下にも「大和松岩笹 巣籠鶴」の絵画が描かれていたことが当時のX線透過写真撮影でわかりましたが、上の壁板を取り外さなかったため、実物を見ることはできませんでした。今回、上の西側壁板を塗装修理するために取り外したところ、218年ぶりにこの絵画の存在が確認されました。しかし、変色や剥落などの劣化が著しいため、当センターでは日光東照宮と日光社寺文化財保存会に協力して、これを防止するための材質や劣化の調査、さらには絵画史研究者も参加してこの絵の下にあるとされる古い年代の絵画痕跡を確認するためのX線透過写真撮影などを実施しています(写真1,2)。この成果を、寛永13年(1636)の造営以来、日光東照宮陽明門を荘厳してきた塗装彩色の実態の解明や、今後、これらを少しでも良い状態で保守管理するために役立てたいと考えています。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

和紙を用いた補修方法についてのデモンストレーション

 ICCROMのLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、当研究所、ICCROM、INAH(国立人類学歴史学研究所、メキシコ)の3者協同で国際研修を開催しました。研修はINAHを会場として11月6日から11月22日にかけて行われ、アルゼンチン、ウルグアイ、エクアドル、スペイン、ブラジル、プエルトリコ、ペルー、メキシコの8カ国から、文化財修復の専門家9名の参加がありました。
 本研修では、日本の伝統的な紙、接着剤、道具についての基本的な知識を得るとともに、実際にそれらを使用して補強や補修、裏打ちの実習を行うことで、日本の装潢修理技術への理解を深めることを目的としています。研修の前半は、装潢修理技術に用いる材料、道具、技術をテーマに、日本人講師が講義、実習を行いました。研修後半では、装潢修理技術の研修経験のあるメキシコ、スペイン、アルゼンチンの講師によって、日本の材料、道具、技術が欧米の文化財修復に実際にどのように活用されているかが紹介され、実習を行いました。日本の装潢修理技術が、各国の文化遺産の保存修復に応用されることを期待して、今後も同様の研修を継続してゆく予定です。

ユネスコ/日本信託基金プロジェクト「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」―タジキスタン共和国における人材育成―

文化遺産(フルブック遺跡)での測量実習の様子
CADを使ったドキュメンテーション講習の様子

 文化遺産国際協力センターは中央アジアのシルクロード沿い世界遺産登録に向けた支援を目的にUNESCOの受託を受け、2012年度より中央アジア・タジキスタン共和国において、文化遺産のドキュメンテーションをテーマに一連の人材育成ワークショップを実施しています。
 2012年度に引き続き、今年度も11月7日から11月14日までの8日間、タジキスタン共和国文化情報省と共同で第2回目の人材育成ワークショップを実施しました。今回の研修では世界遺産にノミネートしている中世の都城址「フルブック遺跡」を対象に実習を行いました。実習の内容として、講師として日本から専門家を招聘し、機材(トータルステーション)を使用した測量、CADを使ったドキュメンテーション、GPSとGISを用いた分析に関する研修を行っています。
 今回のワークショップには国立古代博物館から2名、歴史・考古・民族学研究所から2名、歴史文化遺産保護活用局から1名、現地フルブック博物館から3名、クローブ博物館から1名、計9名の若手専門家が研修生として参加しました。参加者は約1週間にわたる集中講義・実習を経て、ドキュメンテーションのための測量計画と実施、その分析に関わる専門的プロセスを学習し、また、本事業に伴って寄贈された測量機材やGPS機材などの使い方を習得することが出来ました。研修修了者はこの経験と提供機材を当該国における文化財の調査や保護、そのドキュメンテーションに役立てることになります。文化遺産国際協力センターは今後も引き続き、中央アジアの文化遺産の保護を目的とした様々な人材育成ワークショップを実施していく予定です。

第28回ICCROM総会

総会での審議の様子

 2013年11月27日から29日にかけてイタリア・ローマで開催されたICCROM(International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Properties)の第28回総会に本研究所より所長の亀井伸雄、川野邊渉、境野の3名が参加しました。ICCROMは、1956年のUNESCO第9回総会で創設が決議され、1959年以降ローマに本部を置いている政府間組織です。ICCROMは動産、不動産を問わず、広く文化遺産の保存に取り組んでいますが、本研究所では特に紙や漆の保存修復の研修を通じてその活動に貢献してきました。
 総会は2年に1度開催されており、今回の総会では、13名の理事が任期満了に伴い、改選されました。その結果、任期が継続する12カ国(アラブ首長国連邦、アルジェリア、カナダ、韓国、ギリシア、グアテマラ、スウェーデン、中国、チュニジア、日本、ブラジル、フランス)に加え、アメリカ、インド、エジプト、スイス、スーダン、スペイン、タンザニア、チリ、ドイツ、バーレーン、フィリピン、ベルギー、メキシコから新たな理事が選出されました。また、総会ではICCROMの財政状況を改善させる必要があるとの認識が加盟国間で改めて共有されました。日本はアメリカに次ぐ額の拠出金を負担しており、この問題を深刻に受け止めています。今後もICCROMの活動を継続できるよう、新しい理事会を中心に具体的な検討がなされることを期待しています。

10月施設見学(1)

化学実験室での説明(10月7日:タイ・チュラーローンコーン大学)

 タイ・チュラーローンコーン大学 14名
 10月7日、日本の伝統的建造物・建築物の保存の先端技術見学のため来訪。保存修復科学センター分析科学研究室室及び文化遺産国際協力センターを見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

10月施設見学(2)

実演記録室での説明(10月7日:東京学芸大学)

 東京学芸大学教育学部文化財科学ゼミ 17名
 10月7日、文化財の保存・修復の現場を見学するため来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室及び保存修復科学センター分析科学研究室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

10月施設見学(3)

修復実験室での説明(10月11日:「市民と共に ミュージアムIPM」参加者)

 文化庁ミュージアム活性化支援事業「市民と共に ミュージアムIPM」参加者 36名
 10月11日、文化財の保存・修復の現場を見学するため来訪。保存修復科学センター生物実験室、修復実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

10月施設見学(4)

国際研修室での説明(10月18日:金沢大学)

 金沢大学 14名
 10月18日、文化遺産保護に関する国際協力や最新保存修復方法の現状を学ぶため来訪。保存修復科学センター分析科学研究室、文化遺産国際協力センターを見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

第8回無形文化遺産部公開学術講座「昭和初期上方落語の口演記録」

第8回無形文化遺産部公開学術講座の案内

 無形文化遺産部では、昨年度に引き続き、所蔵資料を題材とした公開学術講座を開催しました。これまで研究目的で収集蓄積してきた資料の存在を、広く一般の方々にも知っていただくことを目的の一つとしています。
 今年はニットーの長時間レコードを取り上げました。ニットー(日東蓄音器株式会社)は大阪にあったレコード会社で、昭和初期(1920年代後半)に長時間レコードを発売していました。一般的なレコードとは異なる方式で録音されていたため、今日では容易に聴くことができません。
 ニットー長時間レコードには、戦前の上方を代表する落語家、初代桂春団治、二代目立花家花橘、二代目笑福亭枝鶴(五代目笑福亭松鶴)が吹き込みを行っていました。ニットー長時間レコードにしか収録されていない演目が含まれているばかりでなく、その出来栄えとしても非常に面白い口演が記録されていました。今回の学術講座では、可能な限り多くの時間を割いて、昭和初期の上方落語の名演を聴いていただきました。

タジキスタン共和国出土初期イスラームの壁画の保存修復

壁画断片の接合部の形状確認作業(タジキスタン、フルブック遺跡出土)

 9月19日から10月14日まで、タジキスタン国立古代博物館においてフルブック遺跡出土の壁画断片の保存修復作業を実施しました。この壁画断片は、初期イスラーム時代に製作されたと推定されており、類例が少ないため、同国の歴史に関わる貴重な学術資料のひとつです。当研究所では、2010年度よりこの壁画断片の本格的な保存修復を実施しています。
  壁画は断片化した状態で発掘されており、処置の開始時には彩色層および下塗りの石膏層が著しく脆弱化した状態でした。昨年度までに、彩色表面の強化、細かく割れた小断片の接合、裏打ちなどの処置を行いました。今年度は、よりいっそうの断片の構造的な安定化を目指し、壁画断片の背面に土壁を模した擬似土を接着しました。また、この処置によりこれまで不均一であった断片の厚さをほぼ一定にすることができ、表面の高さを合わせることが可能になりました。さらに、断片の欠損個所や接合箇所には充填を行い、全体のバランスを見ながら充填箇所の色合わせを行うことにより、図像が見やすくなりました。今後は、タジキスタン国立古代博物館において安全に展示する方法を検討していく予定です。
 なお、本修復事業の一部は、住友財団「海外の文化財維持・修復事業」の助成により実施しています。

ミャンマーの文化遺産保護に関する現地調査

パゴタ No.1205
気象観測装置の設置

 東京文化財研究所が文化庁から受託している「文化遺産保護国際協力拠点交流事業」の一環として、10月23日から11月1日にかけて、ミャンマー連邦共和国にてミャンマーの文化遺産保護に関する調査を行いました。今回のミッションでは、ミャンマーの美術工芸品のうち、寺院の壁画と漆製品に関する調査を行い、ミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局の担当職員や、大学職員の方々に同行・対応をいただきました。
 バガンで行った寺院の壁画の調査では、日本とミャンマーとで調査修復を行う予定である仏教遺跡パゴダ、No.1205で堂内の壁画の撮影や損傷状態の調査を行いました。また、壁画の劣化に影響を及ぼす気象条件を知るための環境モニタリングとして、パゴダNo.1205の堂内外に温度湿度データロガーを、ミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局バガン支局敷地内に気象観測装置を設置しました。今後、同支局員らと協力しながらデータの回収と解析を行い壁画の修復方針を検討してゆく予定です。
 マンダレーで行った漆製品に関する調査では、現在ミャンマーで製作されている漆製品の技法や材料についての見学や聞き取りを行うために、カマワザ、ガラスモザイク、乾漆や鉄鉢などの工房を訪問しました。また、バガンでは竹工芸材料の原材料調査と漆芸技術大学の付属博物館に収蔵されている古い漆製品の悉皆調査を行いました。今後も同様の調査を継続してゆく予定です。

シンポジウム「シリア復興と文化遺産」

発表を行うユーセフ・カンジョ博士

 「アラブの春」に端を発した中近東諸国における民主化運動はアラブ世界に大きな変化をもたらしました。シリアにおいても2011年4月に大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では事実上の内戦状態となっています。シリア国内の死者はすでに10万人を超え、多くの国民が難民となることを余儀なくされ、隣国に逃れる中、対立は激しさを増しており、いまだに出口が見えない状況です。
 内戦が繰り広げられる中で、文化遺産の破壊もまた世界的なニュースとして大きく取り上げられています。とくに、風光明媚な古都として知られているシリア第2の都市アレッポでは激しい戦闘が行われ、世界遺産に登録されている歴史的なスークが炎上し、アレッポ城が損壊を受けるなど、文化遺産が重大な危機に曝されています。これを受けて、ユネスコ世界遺産委員会は、2013年6月20日、内戦が続いているシリア国内にある6つの世界遺産のすべてを「危機遺産」に登録しました。
 このような状況を踏まえ、東京文化財研究所は、日本西アジア考古学会の後援を受け、さる10月31日にシンポジウム「シリア復興と文化遺産」を主催しました。
 シンポジウムでは、現アレッポ博物館館長であるユーセフ・カンジョ博士を含む9名の専門家が、「シリア内戦の現状と行方」、「シリアの歴史と文化遺産」、「シリア内戦による文化遺産の破壊状況」、「文化遺産の復興と国の復興」に関して発表を行い、その後、パネル・デスカッションにおいて、「現在そして今後、シリアの文化遺産復興に関して何をなすべきなのか」を活発に議論しました。

国際シンポジウムに向けての研究会

 当研究所が主催する国際研究集会「『かたち』再考―開かれた語りのために」の開催に先立ち、当日の議論を深めるため、第一セッションでご発表いただく小沢朝江氏(東海大学、日本建築史)をお招きし、9月9日(火)15時より企画情報部研究会室において研究会を行いました。
 小沢氏は、「近代における「様式」の創造と構築 ―巡幸・巡啓施設をめぐって」の題目で、明治初期の行在所(アンザイショ)や御小休所(オコヤスミショ)といった巡幸施設の建築のかたちを対象に、明治天皇行幸は洋風化された皇室像を印象付けるものであったという一般の理解に反して、用いられたのは和風建築が圧倒的に多かったこと、洋風建築が用いられた場合も置畳・御簾などの調度によって近世までの玉座のかたちが作られたことを指摘され、異文化に由来するかたちを受容する際にも、かたちと人の間の既成の関係が踏まえられていることを明らかにされました。
 建築の分野では、かたちの背後にある人の思惑や受容のあり方の類似性の考察が加わってはじめて分類が可能となることがうかがえ、かたちをめぐる諸分野の考察方法を見直すきっかけとなりました。

企画情報部研究会

第八回白馬会展覧会出品目録

 9月24日、当部研究会において、「新出資料 『第八回白馬会展覧会出品目録』」と題し、植野健造氏(福岡大学人文学部教授)による研究発表がありました。白馬会は、黒田清輝と中心にした明治中期の洋画の美術団体です。1896(明治29)年に第一回展を開催後、1911(明治44)年に開催するまで、13回の展覧会を開催しました。同氏は、これまで白馬会研究をかさねていたのですが、新出の資料は、唯一知られることのなかった第八回展(1903年)の出品目録でした。この八回展には、当時東京美術学校に在学中の青木繁の作品も入選し、最初の白馬賞を受賞していました。しかし、出品目録がこれまで発見されていなかったために、当時の新聞、雑誌等の報道によってその出品作を推察するということにとどまっていました。また、黒田をはじめ、同会会員たちの出品作についても同様な状況でした。それが、この出品目録によって、たとえば青木繁の場合は、「闍威弥尼」等の神話や古代仏教に由来した題名と点数(14点)を知ることができました。今回の発表で紹介された目録は、その点でたいへん貴重な資料といえます。なお、この出品目録は、『美術研究』において「研究資料」として紹介する予定です。

佐渡市・小木のたらい舟製作技術の調査

観光用のたらい舟には透明なFRPがまいてある
船外機をつけ、FRPをまいた現役のイソネギ用たらい舟

 9月10~11日にかけて、新潟県佐渡市の小木半島周辺に伝承されるたらい舟製作技術(2007年国指定無形民俗文化財)について調査を行いました。地元でハンギリとも呼ばれるたらい舟は、小回りがきき、安定性が高いことから岩礁の多い入り江で行われるイソネギ(磯漁)に盛んに用いられてきました。
 たらい舟はスギ板を張り合わせてマダケのタガで締めることによって作られます。いわゆる桶樽の製作技術を応用したもので、佐渡市ではこうした技術を伝承していくため、2009年にたらい舟職人養成講座を開くなど後継者育成に努めていますが、伝承者は数名にとどまるという厳しい状況が続いています。その背景のひとつには、そもそもたらい舟の需要が減少し、それによって生計を立てにくいこと、また技術練磨の機会が少ないことが挙げられます。たらい舟は小木半島の北面海岸のイソネギにおいて現役で使われていますが、イソネギ自体が以前ほど盛んでないことに加え、昭和60年代からたらい舟にFRP(繊維強化樹脂)加工を施すようになって耐久性が向上したため、新しいたらい舟の需要がなかなか見込めないのが現状です。
 たらい舟製作のような民俗技術は人々の暮らしとともにあり、生業や社会生活の変化、新技術の導入によって技術自体の需要が失われると、あっという間に衰退してしまいます。一方で、そうした社会環境の変化に伴って技術や用途を変容させていくことで、技術が伝承されていくのも、また事実です。小木では昭和40年代から民間業者によるたらい舟乗船が始まり、現在では佐渡観光の代名詞のひとつになるほど知られるようになっています。かつては能登半島や富山などでも伝承されていたたらい舟漁およびたらい舟の製作が佐渡にのみ濃厚に残ったのは、たらい舟の観光資源化による新しい需要の創出、また人々のたらい舟に対する意識の変化などがあったとも考えられます。
 ただし、そのたらい舟観光においても、10年ほど前に作り溜めしておいた舟にFRP加工を施して順次使っているのが現状ということで、たらい舟の製作技術伝承は更なる変化の局面に立たされていると言えます。

「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

GIS研修における基準点の確認
植民地期建築実測図の一例
成果報告シンポジウム

 ベトナム・ハノイの世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象に、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となって2010年度から実施してきた本事業も、本年末をもって終了となります。ここでは昨年度後半以降の現地での活動内容をまとめてご紹介します。
1)GISに関する研修ワークショップ(2012年12月27-28日、2013年5月15-18日、9月10日)
 タンロン遺産保存センターの担当スタッフを対象に、遺跡管理のためのGIS(地理情報システム)構築に向けた実習等を日越双方の講師により行いました。文化遺産管理へのGIS活用の基礎から、遺跡内の測量基準点を用いたベースマップの補正、データベースの作成法等を扱い、スタッフが自ら基本的作業をこなせる段階まで到達することができました。
2)考古遺物に関する第2回ワークショップの開催(2013年1月23-24日)
 タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに開催しました。今回は本遺跡から出土した屋根瓦と日本古代の出土瓦の比較による瓦葺技法の検討を中心に、寺院遺跡の発掘現場や陶磁器窯跡の合同見学等も行い、日越の専門家が知識と意見を交換しました。
3)社会学ワークショップの開催(2013年3月4日)
 タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学ベトナム学開発科学院と共催で、タンロン遺跡の社会経済的価値評価をテーマとしました。アンケート調査の結果や関係者への聞き取りに基づく日越専門家の発表および討議を行い、本遺跡の今後の活用のあり方について活発な議論が交わされました。
4)植民地期建造物群の実測調査(2013年5月20-24日)
 本遺跡内に残るフランス植民地期の軍事関係建物を越側と共同で実測調査しました。遺産管理の基礎資料として、文化財的価値を有するこれらの建物の正確な現状記録を作成することを目的に、新規と補測を合わせて7棟を調査しました。既調査分10棟を含む作成図面を実測図集として刊行するほか、データ一式を越側に提供する予定です。
5)遺構保存に関する調査(2013年8月8-9日)
 遺構が存在する土中の水分移動を計測するため発掘区内に設置してきたセンサーからデータを回収するとともに、保存処理した煉瓦の暴露試験体も結果分析のため回収しました。また、事業終了後も同様の計測ができるよう、機材の扱い方やデータ分析の方法等について越側へのレクチャーを行いました。
6)成果報告シンポジウムの開催(2013年9月11-12日)
 本事業の各分野を担当した専門家と関係者が一堂に会し、これまでの成果を総括するとともに、今後に向けた課題等について意見を交換する場として、シンポジウムを開催しました。2日間にわたって9本の発表があり、日越両国とユネスコ・ハノイ事務所から約60名が参加しました。日越友好年の本年、その記念事業の一つにも位置づけられたこのシンポを通じて、様々な側面から見た本遺跡の重要性を再確認するとともに、適切な保存措置に関する研究や、遺産管理のための計画づくり、保存管理体制の整備に向けた技術移転・人材育成など、多岐にわたる本事業の成果を改めて実感することができました。目下、年末の最終報告書刊行に向けて、日越双方で作業を進めているところです。

国際研修「紙の保存と修復」

裏打ちのデモンストレーション

 8月26日から9月13日まで、ICCROMとの共催で国際研修「紙の保存と修復」を行いました。今年は世界各国から文化財関係に従事する60名程の応募があり、その中から選抜されたアメリカ、アラブ首長国連邦、ドイツ、カナダ、オーストラリア、イギリス、マレーシア、スイス、ボリビア、グアテマラの所属機関から10名が参加しました。この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。実習では、欠損部の補修、裏打、軸付けなどを行って巻子を仕上げ、和綴じ冊子の作製も学びました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて和紙製造の現場および美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区を見学しました。また、日本における紙の保存修復のための環境について学ぶため伝統的な表装工房や道具・材料店も訪れました。この研修での技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることが期待されます。

大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力―染織品研修の実施―

染色実習の様子

 国際協力機構(JICA)が行う大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトへの協力の一環として、GEM-CCのエジプト人スタッフ8名を対象とした染織品研修を当研究所で実施しました。研修員は、染織品など有機遺物の保存修復士5名と収蔵庫管理者1名、および機器分析を担当する科学者2名で構成され、染織品保存修復士である石井美恵客員研究員を総括講師として9月2日〜13日までの2週間行われました。
 研修では、東京都立産業技術研究センターの朝倉守氏のご協力を得、合成染料の染色機構や光による退色、耐光堅牢度試験について講義していただきました。また、当研究所で保存科学を専門とする藤澤明アソシエイトフェローの指導により、材料試験法についても実習を交え学びました。加えて染色や展示品のマウント作製実習のほか、博物館収蔵庫や修復現場の視察なども実施しました。
 研修を通して、保存修復士や収蔵庫管理者、科学者といった異なる立場の者が互いに協力して作業にあたり、分析や評価、意見交換を行うことの重要性についても理解を促しました。研修員は短い期間の中で多くのことを吸収していました。
 本プロジェクトでは、研修内容をGEM-CC内により広く浸透させ、全体の底上げを図るためにも、研修員が学んだ知識や経験を自らが指導者となって同僚に教え伝えていくことで、スタッフ間の協力体制を構築、強化していくことを目指しています。

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