研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


研究会「ミャンマーの木造建築文化」の開催

パネルディスカッションの様子

 運営費交付金事業「東南アジア諸国等文化遺産保存修復協力」の一環として、2月13日に当研究所セミナー室で標記研究会を開催しました。
 当研究所では、平成25年度よりミャンマーの文化遺産保護に関する文化遺産国際協力拠点交流事業を文化庁から受託するなど、同国の文化財保存に関する調査研究や人材育成等に協力しています。対象分野の一つである歴史的木造建造物の保存については、調査手法に関する研修等を実施していますが、ミャンマーの木造建造物自体に関する調査研究の蓄積が国内外ともに乏しく、未だ十分な理解が進んでいないのが現状です。
 同分野における調査研究の先駆者である元ラングーン工科大学建築学部教授のレイモンド・ミョーミンセイン氏と、気鋭の若手研究者である技術大学マンダレー校建築学部准教授のザーチミン女史のお二方をお招きし、日本側からの発表とあわせて、同国の伝統的木造建造物に関するこれまでの研究成果を共有するとともに、ミャンマー人にとっての文化的意義や今後の研究課題等をめぐっても様々な意見が交わされました。
 なお、本研究会については、各発表者による論考とパネルディスカッションの内容を掲載した報告書が刊行されます。

平成26年度協力相手国調査の実施―マレーシア・ネパール―

サラワク州博物館館長らへのインタビューの様子(マレーシア)
パタン・ダルバール広場(ネパール)

 文化遺産国際協力コンソーシアムは、2月にマレーシア及びネパールにおいて協力相手国調査を実施しました。本調査は、文化遺産保護に関し、現状や課題等の情報を収集し、ニーズを把握するとともに、国際協力の可能性を探ることを目的としています。
 マレーシアでは、まず観光文化省国家遺産局局長らと面会し、国レベルでの文化遺産保護体制の概況情報を得ました。その後、世界遺産「マラッカとジョージタウンの歴史都市」、ケダ−州のルンバ•ブジャン考古遺跡群等を視察し、保護の実情を調査しました。また少数民族が今も伝統を守りつつ暮らすボルネオ島のクチンも訪問し、マレー半島と異なる有形・無形の文化遺産保護の体制や取り組みについて情報を収集しました。
 ネパールでは、世界遺産である「ルンビニ遺跡」で実施中のユネスコ文化遺産保存日本信託基金事業、及び「カトマンズ盆地」の伝統建築の保存管理状況等を視察しました。無形遺産では、ヒンドゥー教祭礼のシバラトリーと、チベット正月の行事ギャルポ・ロサールを視察し、聞き取り調査を行いました。その他ユネスコ・カトマンズ事務所、文化省、考古局、NPOカトマンズ盆地保存トラストを訪問し、情報を収集しました。
 報告書は関係機関に配布するとともに、コンソーシアムのウェブサイトでも公開予定です。

1月施設見学

 日本写真学会 計37名
 1月19日、当研究所における文化財の修復技術や保存措置、科学的な分析に関する施設及び情報のアーカイブ施設を見学するため来訪。企画情報部資料閲覧室と保存修復科学センター第3化学実験室を見学し、各担当者による業務内容説明を聴いた後、城野専門職員による講演を聴講しました。

黒田記念館のリニューアルオープン

黒田記念館の特別室。右より黒田清輝《読書》《舞妓》《智・感・情》。 新年、春、秋に各二週間公開します。

 上野公園の一角に建つ黒田記念館は、当研究所発祥の地です。“日本近代洋画の父”と仰がれた洋画家黒田清輝の遺産をもとに建てられたこの建物で、昭和5(1930)年、東京文化財研究所の前身である美術研究所がスタートしました。所内には黒田の画業を顕彰するために黒田記念室が収蔵庫兼展示室として設けられ、ご遺族他から寄贈された《湖畔》や《智・感・情》等をふくむ黒田清輝の作品を公開してきました。この展示施設としての役割は平成12(2000)年の研究所移転後も継続され、同19年の東京国立博物館移管、そしておよそ三年におよぶ耐震工事を経て、1月2日にリニューアルオープンのはこびとなりました。
 リニューアルにあたり、黒田の画業への理解をより深めていただくために、新たに「特別室」と称する展示室を設け、《湖畔》《智・感・情》の他、これまで東京国立博物館の本館で展示されていた《読書》と《舞妓》も一堂に集めて、黒田清輝の代表作を堪能できるスペースとしました(公開は新年、春、秋の各二週間)。また創立当初より黒田の作品を展示してきた黒田記念室は、東京国立博物館の開館日時にあわせた公開となり、これまで以上に鑑賞する機会を増やしています。同室の展示は、黒田の画業全体を概観できるよう構成しました。
 なお当研究所では黒田記念館の移管後も、その創設に大きく与った黒田清輝に関する研究を、引き続き重点的に行なっています。記念館2階の資料室では、これまで当研究所が刊行してきた黒田に関する研究書を閲覧することができます。また当研究所のホームページhttp://www.tobunken.go.jp/kuroda/index.htmlでは、作品の高精細画像や黒田が書いた日記のテキスト等、黒田研究のための基礎資料を公開しておりますので、どうぞご利用ください。

東京国立博物館蔵国宝・孔雀明王像の共同調査

孔雀明王像の画像撮影

 企画情報部では、東京国立博物館とともに、東博所蔵の平安仏画の共同調査を継続して行っています。毎年1作品ごとに東京文化財研究所の持つ高精細のデジタル画像技術で撮影し、細部の技法を知ることのできるデータを集積しつつあります。このデータからは、目視では気づかれることのなかった意外な技法を認識することができ、それらが平安仏画の高度な絵画的表現性といかに関連しているかを両機関の研究員が共同で探っています。本年度分の調査として、2015年1月15日、国宝・孔雀明王像の撮影を行いました。得られた画像データは東京国立博物館の研究員と共有し、今後その美術史的意義について検討してまいります。

1月企画情報部研究会

 1月27日、企画情報部では、川口雅子氏(国立西洋美術館学芸課情報資料室長)を招き、「美術文献情報をめぐる最近の国際動向―米国ゲッティ研究所と「アート・ディスカバリー・グループ目録」を中心に」と題する研究発表が行われました。
 表題にある文献情報検索システム「Art Discovery Group Catalogue」とは、2013年から運用をはじめたサイトで、川口氏によれば「60を超える世界の美術図書館の蔵書と14億件の雑誌記事情報を一括で検索可能にするもの」で、しかも日本語版のインターフェースも備わっています。これは、欧米の主要な美術図書館に加え、日本では国会図書館の情報が提供されていることから可能になったとされます。現在、当研究所では、3年計画で文化財アーカイブの構築を進めている折、このような海外の最新の動向に関する発表は、大きな指針ともなり、同時に有益な情報でした。また「Art Discovery」構築において、重要な役割を果たしているアメリカのゲッティ研究所についても、その情報収集、発信に関わる活動の一端が紹介されました。この点は、当研究所に、昨年10月にゲッティ研究所長一行が来訪されていることでもあり、今後予定されている当研究所との共同研究等の協議にあたり参考となりました。また、発表中に紹介された国立西洋美術館のサイト上での研究情報公開にむけた積極的な取り組みは、当研究所の情報発信の方向性を定めるにあたりたいへん参考になり、今後同美術館との連携を視野に入れながら引きつづき協議を重ねていきたいと考えています。

木積の藤箕製作技術の調査

採集したフジは春彼岸すぎまで土中に埋めておく
シノダケの加工作業

 1月24日、千葉県匝瑳市木積に伝承されている藤箕製作技術(国指定無形民俗文化財)の保存継承活動について調査を行いました。
 箕は運搬や穀物の選別など生業の現場に不可欠な道具であったと同時に、祭りや年中行事等に用いられる呪具としての側面も持っており、かつては暮らしに欠かせない道具のひとつでした。その箕作りの技術は、現在3件が国指定の無形民俗文化財(民俗技術)に指定されており、そのうち匝瑳市木積ではフジとシノダケを材料にした箕作りが続けられています。軽さと丈夫さを兼ね揃え、弾力性に富んだ木積の箕は関東一円で広く用いられ、最盛期であった大正期から昭和30年代にかけては木積とその周辺で年間8万枚もの生産があったとされていますが、社会環境の変化や中国製・プラスチック製の箕の普及などによって、現在では需要が激減しています。
 この製作技術を継承するため、木積では木積箕づくり保存会を組織し、平成22年からは伝承教室を開いて後継者育成に努めています。この伝承教室は毎月開催されるもので、地元の技術伝承者の方を先生に、素材採取から加工、製作、そして地域の祭りなどでの実演販売まで、精力的に行っています。教室の生徒さんの年齢層は様々で、定年退職後に始めたという方もいれば、竹細工などを専門あるいはセミプロ的に行うかたわら箕作りを学んでいるという方、また地元で有機農業などを行なっている方など、いずれも大変熱心に活動されているのが印象的でした。また地元木積の方はもちろん、横芝光町や鴨川市などから毎月通っている方もいます。1月24日は十数名が参加し、フジとシノダケを採取した後、その処理・加工まで行いました。
 多くの民俗技術は、社会環境の変化によって、あるいはより安価で量産が可能な素材や道具、技術の普及などによって需要が減少し、技術の継承が困難な状況が続いています。もはやその技術が社会に必須のものでなくなった時、どのように価値転換をして継承の意味や方法を見出すのか、それは多くの地域で直面している課題です。
 木積の場合は、地域の外からも関心のある人を取り込んで、個々人のライフワークとして、趣味として、あるいは芸術活動の一環として、箕作りを学んでいくことのできる場所作り、雰囲気作りを行っているという印象を受けました。そこには、かつてのように稼業として否応なく箕作りに携わるのではなく、自らの意志で選びとって箕作りに関わるという、新たな関係性の在り方が見て取れます。それは、伝統的な文化の見直しや自然に寄り添った暮らしへの回帰など、価値観が多様化した現在だからこそ可能な、新しい伝承の在り方のひとつのモデルともなるもののように感じられました。

イランにおける文化遺産の保護に関する現地調査

ICHHTOとの文化遺産保護に関する意見交換
17年間にも渡ってタイルの張り替えが続けられているイスファハーンのイマームモスク

 文化遺産国際協力センターでは、1月7日から1月23日まで、イランにおける文化遺産保護の現況と、今後の国際協力の可能性を探るため、イラン国内の9か所の世界遺産を含む文化遺産の保護に関する現地調査を実施しました。
 イランは2015年現在、17件の世界文化遺産を持つ文化大国です。ペルセポリスやイスファハーンのイマーム広場などの文化遺産の視察においては、ICHHTO(イラン文化遺産・工芸・観光庁)の協力の下、現場の保存・修復活動の経緯、現在の文化遺産保護に関する問題、現場でのニーズ等について遺跡管理者から直接話を伺う事ができました。
 テヘランではICHHTOの副長官であるM.タレビアン氏と面談し、当研究所における事業の紹介、イラン各地の文化財視察を通じて見えてきた今後の文化遺産保護の在り方について意見交換を行いました。併せて、イランを代表する研究機関であるRICHT(イラン文化遺産・観光研究所)の訪問を行い、その研究所の視察と意見交換を行いました。
 日本はこれまでユネスコ日本信託基金を通じて、イランの代表的文化遺産であるチョガ・ザンビール遺跡や2003年の地震で崩壊したアルゲ・バム遺跡の修復に対して支援を行ってきました。このように既に日本との文化的な交流があったイランは、今後日本との一層の協力関係をつくり、広く共同研究や保存修復を行いたいとの希望が寄せられました。

ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(1)

木材加工痕の擦拓による記録についての説明

 第3回木造建造物保存研修の実施
 1月13日から1月23日まで、インワ・バガヤ僧院およびミャンマー考古・国立博物館局(DoA)マンダレー支局にて、建物が当初建立されて以後の形式変遷や各部仕様に関する調査手法を主なテーマに、DoA職員10名と技術大学マンダレー校教員1名、同卒業生1名(オブザーバー)が参加して、標記研修を実施しました。グループで行った調査結果の発表ではCADで作成した図を用いたプレゼンテーションを行うチームもあり、展開図等のスケッチ作成も研修開始の頃に比べると相当の上達が見られるなど、研修生の自発的取り組みとともに継続的研修の効果が表れてきているのは嬉しい限りです。

ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(2)

No.1205寺院における作業風景

 煉瓦造遺跡の壁画保存に関する調査および研修
 1月19日から1月26日の日程で、昨年より継続しているバガン遺跡群内No.1205寺院の堂内環境調査、屋根損傷状態調査、壁画の崩落個所応急処置を行いました。特に屋根の調査では雨漏り被害とシロアリ営巣被害の関連性が裏付けられ、今後DoA職員と協力して有効な対策を検討していく予定です。また、バガン考古博物館ではDoAバガン支局及びマンダレー支局の壁画修復の専門職員5名を対象に、壁画修復の調査記録方法についての研修を行いました。ミャンマーでは修復時の調査記録がほとんど行われていないため、研修を通して基礎的な調査記録方法を学び、その重要性を認識してもらいたいと考えています。

ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(3)

蛍光X線を用いた材料分析(バガヤ僧院)

 漆材料と技法に関する調査
 1月15日から1月23日の日程で、ミャンマーの漆工品に関する調査をマンダレー、モンユア及びバガンで行いました。マンダレーでは、シュエナンドー僧院等の木造建造物に用いられた漆材料やガラスモザイクを対象に、ポータブル蛍光X線分析装置を使って、伝統的材料と技法の解明を試みました。また、モンユア近郊では、漆採取に関する聞き取り調査を行い、日本とは異なるミャンマー産漆の材質的特徴に関する理解を進めました。さらに、バガンでは、漆博物館の所蔵品調査を行うとともに、漆芸技術大学と漆博物館の職員を対象に材料分析に係る講義を行いました。協力を継続していく中で、漆工品の保存への理解についての深化が図られていることを実感しています。

12月施設見学

 朱銘美術館(台湾) 計5名
 12月1日、日本の美術研究機関での研究活動や美術資料収集、デジタルアーカイブの運営状況を視察するため来訪。企画情報部研究員と研究活動について対話を行い、交流を深めました。
 台湾新北市立図書館 計5名
 12月19日、東京文化財研究所を視察するため来訪。企画情報部の資料閲覧室を見学し、研究員から資料閲覧室や文化財アーカイブについての説明を受けました。

国際研究集会の報告書の刊行

『「かたち」再考』表紙

 企画情報部では、前年度の2014年1月10日(金)~12日(日)の3日間にわたって、第37回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会「「かたち」再考―開かれた語りのために―」を開催いたしました。本国際研究集会は、有形文化財を研究対象とするスタッフを中心に、ものの「かたち」とは何か、我々は何のために「かたち」に向き合っているのかという根本的な問いを通奏低音にして、「かたち」へのアプローチの方法論をテーマに企画したものでした。そのため、能楽の専門家や和歌の専門家など、いわゆる無形のものを研究対象とする研究者にご参加いただき、各学問分野における「かたち」の認識のあり方を相対化しようと試みました。また、作品を生み出す側に立つアーティストにもご登壇いただき、創作という行為にまつわる感覚を率直にお話しいただいたことも、「かたち」を入り口にしてその内奥に迫ろうとする研究者にとっては新鮮なものであったと思います。
 この度、本国際研究集会での研究発表と討議をまとめ、2014年12月17日に刊行いたしました。本書は平凡社より市販され、書店でもお買い求めいただくことができます。詳細は、次のURLをご参照ください。
http://www.heibonsha.co.jp/book/b186659.html

今泉省彦氏所蔵資料調査

今泉省彦氏の日記資料群

 今泉省彦(いまいずみよしひこ)(1931~2010年)は、戦後前衛美術を陰に陽に支えてきた人物です。画家を志していた今泉は、1950年代に雑誌『作品・批評』などに評論の執筆をはじめ、1958年には雑誌『形象』(のちに『機関』に改称)の創刊に参加しました。この『形象』を通じて、当時の若き前衛美術家たちとの交流を深め、そこで知り合った美術家たちは、1969年に開校した現代思潮社による美術学校「美学校」の講師を担うことになります。今泉は、美学校に開校準備から携わり、1975年に美学校が現代思潮社から独立した際には取締役となって、その運営に尽力してきました。
 今泉省彦氏所蔵資料の一部は、2013年にサウサンプトン大学附属美術館ジョン・ハンサードギャラリーで開かれた「叛アカデミー」展で、美学校関連資料として展示されました。今回は、その企画者のひとりである嶋田美子氏にご紹介いただいた今泉省彦夫人・榮子様のご協力のもと、企画情報部アソシエイトフェロー橘川英規と河合大介が、日記、写真、書籍・雑誌類、書簡からなる資料の調査を行いました。特に、同じ日大芸術学部出身のルポルタージュ絵画で知られる中村宏、『形象』の座談会で知り合い、その「千円札」裁判に深くかかわった赤瀬川原平、前衛グループ・九州派の中心メンバーだった菊畑茂久馬(きくはたもくま)、日本におけるコンセプチュアル・アートの第一人者である松澤宥(まつざわゆたか)といった、のちに美学校で教鞭をとることになる作家たちに関する書簡や文書が比較的多く確認できました。
 これら作家関連資料に加えて、今泉氏自身による1960~62年頃の詳細な日記も残されており、日本の前衛美術がもっとも盛んだったころの貴重な記録が含まれていると考えられます。今後、これらの資料をくわしく調べることで、戦後美術についての研究を進めていく予定です。

海外日本美術資料専門家(司書)の招へい・研修・交流事業2014(通称JALプロジェクト)への視察受入など

JALプロジェクト 当研究所視察の様子

 JALプロジェクト(実行委員長:加茂川幸夫東京国立近代美術館館長)は、海外で日本美術資料を扱う専門家(図書館員、アーキビストなど)を日本に招へいして、日本美術資料専門家のネットワーク構築を促進するとともに、招へい者の所見をもとに、日本の美術情報資料や関連情報提供サービスのあり方を再考することを目的とした、今年度新たにスタートした事業です。このJALプロジェクト実行委員会に、当研究所から田中淳副所長、橘川アソシエイトフェローが実行委員を委嘱され、橘川は招へい者への事前現地ヒアリング、研修ガイダンス、国内関連機関視察への随行を行いました。
 事前現地ヒアリングでは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)グローバル・リサーチC-MAPのプログラム・コーディネーターを務めた足立アン氏を担当して、水谷長志氏(本プロジェクト実行委員、東京国立近代美術館主任研究員)とともに、11月12日にニューヨーク近代美術館クイーンズ分館と、ビデオアート・アーカイブ「EAT」の2機関を視察しました。
 日本に招へいした資料専門家7名は、12月1日から東京、京都、奈良にある関連機関で研修をしていただきました。当研究所には同月3日に来訪され、当研究所および文化財アーカイブ構築事業の概要などを紹介し、資料閲覧室などで図書資料、作品調査写真、近現代美術家ファイルを視察したのち、最後に当研究所研究員らと情報交換を行いました。このなかで、海外での情報流通を想定したローマ字化されたコンテンツの充実、調査写真のオープンアクセスについてなど提言をいただきました。研修最終日となった同月11日に、東京国立近代美術館講堂で公開ワークショップが開催され、アメリカやヨーロッパで求められる文化財情報のあり方について、改めて検討するよい契機となりました。

無形民俗文化財研究協議会の開催

協議会での総合討議

 12月5日に第9回無形民俗文化財研究協議会が開催されました。今回のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産―」です。東日本大震災を機に、民俗芸能をはじめとする無形文化遺産は、郷土の地域アイデンティティを維持する手段として再認識されるようになりました。震災による高台移転や移住を余儀なくされた時に、民俗芸能はどのような役割を果たすのでしょうか。それを考えるために、今回は全国の移住・移転に関する事例から4例を取り上げ、それぞれ詳細な発表をしていただきました。
 第一の事例は、北海道に開拓のために移住した人々が、出身地からもたらした民俗芸能の役割と現状について。第二に、東京で沖縄出身者の方々が各島や地区ごとに組織する「郷友会」の実情と、そこでの民俗芸能の役割について。第三は江戸時代に北陸から福島県に移民した、浄土真宗を信仰する人々の様相について。そして最後は、山梨県で過疎のために中断を余儀なくされていた民俗芸能が、市街地に移住した出身者によって再開された事例でした。その後の総合討議では、それらの事例をもとに問題を深めることができました。なお、本協議会の内容は2015年3月に報告書として刊行の予定です。

南太平洋大学との研究交流

所長表敬訪問での記念撮影,東村山ふるさと歴史館で説明を受ける招聘者
東村山ふるさと歴史館で説明を受ける招聘者

 本年度の文化遺産国際協力拠点交流事業として行っている大洋州島嶼国の文化遺産保護に関する事業において、相手国拠点である南太平洋大学(フィジー)の「環境・サステイナブルデベロップメント(持続可能な開発)太平洋センター」より3名の研究者を日本へ招聘しました。来日したのは同センター所属のジョエリ・ベイタヤキ氏、セミ・サラウカ・マシロマニ氏、ジョン・ラグレレイ・カイトゥ氏。12月15日に来日し、研究交流及び交流に関する覚書(MOU)を締結。また21日までの滞在で、さまざまな現地調査および研究交流を図りました。
 16日には所内にて「南太平洋の文化遺産に関する研究会」が開催され、南太平洋と日本の持続可能な開発に関わる文化遺産についての意見交換が行われました。その後、17日に東京都東村山市にて里山をめぐる景観・文化遺産の現地調査を、18日には千葉県立房総のむらにて、文化遺産の活用に関する調査をおこないました。さらに19~21日は沖縄を訪れ、海洋文化館や備瀬の文化的景観(国頭郡本部町)などに関する調査・見学を行いました。招聘者の一人は「日本は発展しているにも関わらず文化的にも損なわれていないという意味において、太平洋地域での発展モデルと位置づけることができると思う」と語っています。今後の更なる研究交流が期待されます。

ワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存修復」の開催

基礎編における絵画材料と技法についての講義
応用編における掛軸の応急修理についての実習

 本ワークショップは在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として毎年開催されています。本年度は12月3~5日の期間で基礎編「Japanese paper and silk cultural properties」を、8~12日の期間で応用編「Restoration of Japanese hanging scroll」をベルリン国立博物館アジア美術館で行いました。
 基礎編では、文化財の材料としての紙・糊・膠・絵具、書画の制作技法、表具文化、取扱いについての講義、デモンストレーション、実習を行い、海外の修理技術者、学芸員、学生ら20名の参加がありました。
 応用編では装こう修理技術による掛軸の修復に関して、実習を中心にワークショップを行いました。何層もの紙や裂からなる掛軸の構造、掛軸修復のための診断、伝統的な刷毛や刃物の取り扱い、応急修理などについての講義、実習を行い、修理技術者、学芸員ら15名の参加がありました。
 近年、日本の装こう修理技術は海外の文化財修復分野でも注目を集めており、海外の絵画、書籍などにも応用されるようになっています。本ワークショップを通して、装こう修理技術の材料や技術に実際に触れる機会を提供することで、絵画、書籍等の有形文化財と、それらを守り伝えるための和紙制作技術や装こう修理技術への理解を広めてゆきたいと考えています。

ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

ブータン内務文化省文化局リンジン局長(左)と東文研亀井所長(右)
ワークショップ参加者(国立図書館前庭にて)

 2012年度より文化庁委託事業として継続してきた標題の拠点交流事業の締め括りとして、12月20日から24日まで最終のミッションを現地に派遣し、同国内務文化省文化局と共同で事業総括のためのワークショップを開催しました。民家等の伝統的版築造建造物の適切な保存と耐震性能向上を目指し、3年間にわたり実施してきた工法調査・構造調査の成果を両国メンバーより発表するとともに、今後ブータン側が取り組むべき作業の展望等をめぐって、関係者間で意見交換を行いました。同局局長と東文研所長とが共同議長を務めたこのワークショップには、本事業の直接のカウンターパートである同局遺産保存課のほか、同省災害管理局、建設省技術サービス課、ブータン基準局、国立図書館等から、関係者が出席しました。
 工法調査班は、これまでに約60件の民家や寺院、それらの廃墟、廃村、新築現場等で行ってきた実地調査や職人への聞き取りをもとに、伝統的な工法(補強を意図したと思われる技法を含む)を整理しながら、調査項目の標準化と、建築形式の類型と編年に関する試案について報告しました。他方、構造調査班は、破損状況から窺える構造的弱点の克服を目的とした、材料試験、常時微動計測、及び引き倒し実験の結果に基づいて、構造強度の基本的評価手法と、構造解析の試験的シミュレーションを提示しました。さらにこうした調査を今後どのような手順で継続・発展させ、構造的安定性判定のためのガイドライン策定に結びつけていくか、という中長期的なロードマップを提案するとともに、その間にも急速に失われていく既存建物の保存方法についても議論を行いました。
 3年間の共同調査は、同国の伝統的建築技術を理解するための序章に過ぎず、その歴史的価値評価と適切な保存策の確立のためには、いまだ長い道のりを残しています。しかしその一方で、地震や豪雨等の自然災害や、急激な都市化の波によって、有形無形の文化遺産が失われていく様子も目の当たりにしてきました。私たちに出来ることは、国際的視点からブータンの文化遺産保護を支援することであり、今後も同国の人々と協力しながら努力していきたいと思います。

寄附金の受入

東京美術商協同組合中村理事長(左)と亀井所長(右)
㈱東京美術倶楽部三谷社長(左)と亀井所長(右)

 東京美術商協同組合(中村純理事長)より東京文化財研究所における研究成果の公表(出版事業)の助成を、また、株式会社東京美術倶楽部(三谷忠彦代表取締役社長)より東京文化財研究所における研究事業の助成を目的として、それぞれ寄附金のお申し出がありました。
 11月5日、東京美術倶楽部においてありがたく拝受し、ご寄附をいただいたことに対して、東京美術商協同組合中村純理事長並びに株式会社東京美術倶楽部三谷忠彦代表取締役社長にそれぞれ、亀井所長から感謝状を贈呈しました。
 当研究所の事業にご理解を賜りご寄附をいただいたことは、当研究所にとって大変ありがたいことであり、今後の研究所の事業に役立てたいと思っております。

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