研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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パネルディスカッション風景
2013年9月5日(木)に、東京文化財研究所セミナー室にて標記研究会を開催しました。文化遺産保護の分野で民間団体の活動を目にすることは増えてはいるものの、その活動の理念や達成すべき目標について話を聞き議論する機会は多くありません。こうした状況を受け、文化遺産国際協力コンソーシアムにおいても、学術分野の活動の把握に留まらず、より多様な民間分野との連携を検討する場が不可欠だと考え、この度研究会を開催しました。
まず、公益社団法人企業メセナ協議会事務局長の荻原康子氏より「企業による芸術文化支援、その多様な広がりと現状」として、法人メンバーを中心としたメセナ活動を振り返りつつ、現状を分析し、最近の変化と今後のメセナ活動の発展の可能性についてご発表いただきました。
続いては、メリルリンチ日本証券株式会社CSR推進責任者の平尾佳淑氏より「バンクオブアメリカ・メリルリンチの文化財保護プロジェクト」として、具体例に東京国立博物館と協力して行っている文化財保護プロジェクトを挙げながら、企業の行うCSR(企業の社会的責任)活動の意義と目的、またそこで達成すべきパートナーシップの構築による事業の波及効果についてご報告いただきました。
次の講演では、公益財団法人住友財団常務理事の蓑康久氏より「公益財団法人住友財団の文化財維持・修復事業助成について」として、財団の設立経緯背景とその特徴、及び過去20年に亘って文化遺産保護への助成をなさって行ってきたご経験についてお話しいただきました。
パネルディスカッションでは、司会にジャーナリストの嶌信彦氏をお迎えし、すべての講演者に加えて、公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団専務理事の小宮浩氏にご登壇いただきました。事業の継続性の困難さと重要性、経済状況と支援の在り方、事業関係者同士のパートナーシップの構築、事業運営に必要なリーダーシップ等、多岐に亘る内容について議論いただき、今後の文化遺産保護の担い手を考える機会となりました。
X線撮影室での説明(8月30日)
ICCROM国際研修「紙の保存と修復」研修生 計13名
8月30日、ICCROM国際研修「紙の保存と修復」の一環として来訪。無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター修復アトリエ、同修復実験室、同分析科学研究室及び同X線撮影室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。
当研究所が例年主催する国際研究集会は今年度「『かたち』再考―開かれた語りのために」をテーマに行います。「群れとしての『かたち』」「個としての『かたち』」「『かたち』を支えるもの」の3セッション構成で、美術、考古遺物、建築をはじめ伝統芸能や古典文学などかたちあるものを対象とする様々な分野の研究を集め、各分野の方法を持ち寄って新たな語りの方向を探ろうとするものです。対象が多岐にわたるため、議論の基礎作業として、ご登壇者を招いての研究会を開催していくこととし、皮切りに第3セッションでご発表いただく桑木野幸司氏(大阪大学)を当研究所にお迎えし、8月2日15時より研究会を開催しました。桑木野氏は「初期近代イタリアの庭園と記憶術」と題してお話になり、16世紀にフィレンツェ郊外に造られたカステッロ荘庭園を例に、15世紀から17世紀の西欧で盛んになった記憶術によるかたちの読み解きを紹介されました。
大航海時代が始まり、印刷技術が発明されて情報量が急速に増加した15世紀には、それらを整理・蓄積するための記憶術が発達し、情報と特定のかたちを結びつける考え方が流布して、建築物や庭園にもそれが反映されたとのことです。かたちの背景となっているものの一端がうかがえる刺激的な研究会となりました。
奈良県生駒市の宝山寺には、現在では上演されなくなった作品を含めて世阿弥自筆の能のテキストが数点残されています。テキストの中には、部分的ですが歌詞の横にゴマ点を付した箇所があります。ゴマ点の向きで旋律を表しているのですが、ゴマについて詳細に調査を行い、世阿弥の作曲法について、手がかりを得ました。調査の結果は、今年度末に公開する予定です。
笠骨職人の木村昭二さん
笠縫いの作業はベテランでも1日2~3枚縫うのがやっと
8月21~22日にかけて、富山県高岡市福岡町に伝承される菅笠製作技術(2009年国指定無形民俗文化財)の調査を行いました。
菅笠はもともと日常生活で日よけや雨具として利用されてきた民具のひとつですが、現在では民俗芸能や時代劇で用いる小道具として、また民芸調の装飾品などとして重宝されています。越中福岡の菅笠は藩政時代から加賀笠と呼ばれ、上質な笠として広く流通してきましたが、現在でもその生産高は全国シェアの9割を占めており、屈指の産地となっています。
菅笠製作は原料となるスゲの栽培、笠骨作り、スゲを笠骨に縫い付ける笠縫いなどの工程に分かれ、これまでは農閑期の副業として笠骨を男性が、笠縫いを女性が担ってきました。このうち、特に深刻な後継者不足に悩まされているのがスゲ栽培と笠骨作りです。例えばすべて手作業で行われるスゲ田の耕作者は年々減少し、越中福岡の菅笠製作技術保存会の調べによれば、市内の耕作面積は100アールを切るところまで縮小しています。また、最盛期に200人ほどいたという笠骨作りの職人も、現役では80代後半の木村昭二さんただひとりとなっており、後継者も十分に育っていないことから、せっかく注文があっても供給が追いつかないのが現状です。
こうした状況を受け、保存会や高岡市福岡総合行政センターが中心となり、菅笠製作技術を伝承していくための総合的な対策に乗り出しています。これまでも、スゲ田の栽培面積の把握、スゲ田栽培関する記録(マニュアル)の作成、伝承者などとの意見交換や実演販売、技術講習会の実施、スゲを縫いつける縫い針の製作者発掘など、菅笠に関わる文化を伝承していくための多面的な活動が行われてきました。平成24年8月には「菅笠保全庁内連絡会議」、25年8月には「越中福岡スゲ生産組合」を設立し、地域振興課や経済振興課、福岡教育行政センター、文化財課、またスゲ栽培に深く関わる農業水産課などとの、垣根を越えた連携も行われています。
平成17年から文化財指定がはじまった民俗技術の保護・活用については、これまで議論が尽くされてきたとは言えず、どのような課題や対応策、可能性があるのかについても十分な情報共有がなされてきませんでした。越中福岡の菅笠製作技術をめぐる様々な動きは、民俗技術の保護・活用を模索するひとつのモデルケースとして、今後も注視していく必要があると言えます。
遺跡内地形測量の様子
等高線図と建築遺構実測図とを統合
7月22日から8月2日までの2週間にわたり、カンボジア・アンコール遺跡群内のタネイ遺跡において第3回の建築測量研修を実施しました。本研修は、カンボジア国内で遺跡管理を担うアプサラ機構、プレア・ヴィヒア機構、及びJASA(日本国政府アンコール遺跡救済チームJSAとアプサラ機構との合同チーム)の建築・考古を専門とする若手スタッフを対象として、昨年度より全4回のコースで実施しているものであり、今回は新規1名を含む9名の研修生が参加しました。
前回までの研修で第1及び第2周壁内の伽藍配置を計測し終えており、今回は第3周壁内の遺構及び地形を実測するためのトラバース測量から始めて、これらの基準点を用いて第3楼門及び周壁と第2周壁を囲む環濠を含む地形測量を行いました。研修生たちは2班に分かれて実測作業を行い、最終的に全員がこのデータを用いて第3周壁内の等高線図及び3次元モデル図を作成できるようになりました。第1回から参加している研修生たちは既に遺構実測と図化作業の基本的な手順をほぼ習得しており、分からないことがあっても研修生たちの間で互いに教え合い、学び合いながら、意欲的に取り組む姿が印象的でした。また最終日には、遺構測量と図面作成の技術をテーマに、全員が自らの遺跡保存業務と今後の展望等について発表し、意見交換を行いました。
本研修を通して、遺跡測量に関する日本からカンボジアへの技術移転だけでなく、カンボジア人研修生同士の人的交流も着実に前進しているように思います。同国の遺跡の将来を担う若い人材がこのような活動によって育成されることを願い、さらに協力事業を続けていく所存です。
資料閲覧室での説明(7月24日)
独立行政法人国立文化財機構新任職員 計31名
7月23日及び24日、独立行政法人国立文化財機構新任職員研修会の一環として各日15名及び16名が来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター修復実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。
セインズベリー日本藝術研究所
調印式の様子
© Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures. Photo by Andi Sapey.
イギリス・ノーフォーク県の県庁所在地ノリッジ(Norwich)にあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)は1999年に設立され、日本芸術文化研究の一拠点として、国際的研究協力ネットワークを積極的に活用した事業を展開しています。またかつて東京文化財研究所の旧職員・柳澤孝の旧蔵書を同研究所と東京文化財研究所ほかで分割受贈したという縁があり、2010年2月にはSISJACリサ・セインズベリー図書館司書の平野明氏をお招きして研究会を開催するなど、かねてより交流してきましたし、より継続的に連携することを双方で模索してまいりました。
そしてこのたび「日本芸術研究の基盤形成事業」という共同事業を立ち上げることとなり、2013年7月24日(水)、渡英した亀井伸雄東文研所長と水鳥真美SISJAC統括役所長の間で協定書を取り交わしました。この事業は、これまで東文研が日本国内で発表された日本語文献の情報を収録して公開してきた「美術関係文献データベース」を補完するものとして、SISJACが日本国外で発表された英語文献の情報を収録したデータベースを構築及び公開することにより、日本国内外における日本芸術研究の共通基盤を形成することを目指しています。協定書の有効期間は5年間ですが、基礎的で継続的な本事業の性格から、中長期的な協力関係を築くことが必要であるという認識を共有しています。
翌25日(木)には亀井所長に同行した企画情報部の田中淳と綿田稔がSISJACのスタッフと事業の具体的な進め方について協議しました。今年度はまず、東文研の手法を参考としながらSISJAC側で情報収集とデータ入力を始め、情報収集の範囲を設定するために、SISJACがルーチンワークとして実行可能な作業とデータの分量を見積もることにしました。次年度以降は、SISJAC側にある程度まで情報がそろったところでデータベースを公開して相互にリンクをはり、次に両方のデータベースに対するより有効な横断検索法を検討して、一般向けのサービスとして公開する予定です。
なお協定書を取り交わす前日の23日(火)には、イーストアングリア大学(University of East Anglia)のセインズベリー視覚芸術センター(Sainsbury Centre for Visual Arts)所蔵の日本絵画の調査を行いました。本事業では必要に応じて当センターのようなSISJACと連携しているイギリス国内諸機関への協力も順次行っていく予定です。
剥いだ表皮を干しているところ(大分県日田市)
無形文化遺産部では伝統的工芸技術を支える選定保存技術について情報収集及び調査研究を行っています。今回、重要無形文化財久留米絣を支える粗苧製造技術について無形文化遺産部の菊池が調査を行いました。
久留米絣は大麻の茎の表皮である「粗苧(あらそう)」を用いて糸に防染を行います。現在、粗苧の材料である大麻は大分県日田市矢幡家で栽培されています。7月は粗苧製造の要である身丈より高くなった大麻を刈り取り、蒸す作業、皮を剥き干す作業行います。人手の必要なこれらの作業を一家族で担うのは簡単なことではありません。そのような中、一昨年度より久留米絣技術保持者会のメンバーも刈り取り等の作業を手伝う体制をとっているそうです。大麻取締法により入手が難しくなった粗苧は以前のように容易に手に入る材料ではなくなってしまいました。今後、このようなケースをどのように保護していくかを様々な立場から考えていく必要があるでしょう。
害虫の脱酸素処理実習の様子
表題の研修を7月8日より2週間の日程で開催し、全国から30名の学芸員や行政担当者が参加しました。本研修は、講義と実習を通して資料保存に必要な基本知識と方法論を学ぶことを主眼とし、(1)自然科学的基礎に立脚した資料管理と保存環境に関する項目、(2)文化財の種類ごとの劣化要因とその防止対策に関する項目の2つの柱から成るカリキュラム構成で実施しました。
保存環境実習を実地で応用する「ケーススタディ」は新宿区立新宿歴史博物館のご厚意により、同館で行いました。参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定した展示室、収蔵庫の温湿度分布、外光の影響、また生物被害管理などの実地調査と評価を行い、後日その結果を発表しました。
また今回は、東京国立博物館保存修復課の協力を得て、文化財施設における省エネ問題をテーマにしたグループディスカッションを行いました。
昭和59年度に開始した本研修は今回で30回目となり、通算の受講者は700名を超えました。初期に受講され、資料保存の第一線で尽力された方々からの世代交代が進みつつあります。これから次世代に保存の任務が継承されていく中で、東文研が負うべき役割とはということを意識しながら、これからの研修のあり方も見定めていきたいと考えています。
版築試験体からのコア抜き作業
ユタ・ゴンパ寺院での職人への聞き取り調査
文化庁の委託による本事業では、ブータンの伝統的建造物、なかでも版築造の民家及び寺院を対象に、伝統的な工法の理解と耐震性・安全性の評価、向上という課題について、同国の内務文化省文化局遺産保存課をカウンターパートとして昨年度より取り組んでいます。建築技術や構造、材料に関する調査、実験を現地側スタッフと共同で行うことにより、研究交流と人材育成に寄与しようとするものです。
本年度第1回目の現地調査を6月21日から7月3日までの日程で実施し、合計9名の専門家を派遣しました。ティンプー、ウォンデュ・ポダン、パロの各県において、伝統的工法による版築試験体の作製とそれを用いた材料強度試験、寺院・民家及びその廃墟を対象とした実測調査や工法調査、常時微動計測等を行ったほか、一昨年の地震で被災した版築造寺院の修復現場や、版築造住宅の新築現場を訪れ、職人への聞き取りと併せて、文化財保存修復や建築技術の現状に関する情報を収集しました。
近年、特に首都ティンプーでは、このような伝統的建造物が急速に失われつつありますが、その一方で、祖先から受け継いできた技術を何とか後世に残し伝えたいと願う人々の思いも、今回の調査を通して感じられました。それらを文化遺産として位置付け、適切に保存継承していくために、これからも技術的支援と人的交流を継続していきたいと思います。
基礎編における書の実習
応用編における屏風作製
本ワークショップは在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として毎年開催しています。本年度は7月3~5日の期間で基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」を、8~12日の期間で応用編「Restoration of Japanese Folding Screen」をベルリン博物館群アジア美術館で行いました。
基礎編では、制作-表具-展示-鑑賞という、文化財が制作されてから私たちの目に触れるまでの過程に倣い、原材料としての紙・糊・膠・絵具、日本の書画の制作技法、表具文化、取扱いまでの講義、デモンストレーション、実習を行いました。
応用編では装潢修理技術による屏風の修復に関して、実習を中心にワークショップを行いました。受講者は、何層もの紙から成る屏風の下地や和紙の蝶番を実際に作製し、それらの構造と役割を理解し、屏風修復に要する知識・技術の深さを体感しました。
本ワークショップを通して、一人でも多くの海外の修復技術者に本場の材料と技術を理解する機会を提供することで、海外にある日本の有形文化財、絵画、書跡と和紙作りや装潢修理技術といった無形文化財の理解を広めていきたいと考えています。
講演会の様子
中国美術史の専門家スタンレー・アベ氏(米国デューク大学教授)を企画情報部来訪研究員としてお迎えしたのを機会に、6月5日(水)14時から17時30分まで、当所地階会議室において、「「中国彫刻」のイメージの形成」をテーマに講演会を開催しました。
アベ氏の発表では、中国には19世紀まで西洋的な「彫刻」という概念がなく、立体造形物はそれに付随する文字が重視されたり、贈答品や骨董品として位置づけられたりと、多様な価値評価がなされていたことが指摘されました。そしてそれらが、近代以降、中国を訪れた西欧人、日本人の収集対象となって美術品という新たな価値を得ていく過程が跡づけられました。
講演後、田中修二氏(大分大学教育福祉科学部准教授)、岡田健(当研究所保存修復科学センター長)をコメンテーターとして行われたディスカッションでは、西欧の「彫刻」概念と出会う以前の中国と日本では、立体造形物の位置づけと価値基準が違い、それらを制作した人々の社会的地位も異なっていたこと、中国では「彫刻」といえば近代以降の制作物という意味合いが強いことなどが明らかになりました。
議論を通じて浮かび上がってきたのは、西洋文化の受容や造形の近代化のあり方の多様性、それを支える歴史的経済的背景などです。講演会には48名が参加し、盛会となりました。
日本から推薦した資産が「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として世界遺産リストへの記載が決まった瞬間
第37回世界遺産委員会は6月16日~6月27日にカンボジアのプノンペン(27日の閉会式のみシエムリアップ)で開催されました。当研究所では、世界遺産リスト記載資産の保全状況や、リストへの記載の推薦に関する資料の分析を事前に行うとともに、筆者を含む5名が委員会に参加し、情報収集を行いました。
今回の世界遺産委員会で新たにリストに記載されたのは19件の資産です。日本が推薦した富士山の審議では、日本以外の20の委員国のうち19の国が記載賛成の発言を行う一方、三保松原を除外する決議案に多くの委員国が反対しました。推薦書などの資料や日本側関係者の説明を通じ、各委員国が富士山や三保松原の価値を十分理解したことが、この結果につながったと考えます。
また、パルミラ遺跡などシリアにある6件の資産が「シリアの世界遺産」として危機遺産リストに記載されました。国内情勢が不安定で保全管理が困難となったためですが、治安の問題で具体的な対応は難しく、効果を得るには時間がかかると思われます。
このほか、リストへの記載について、審議する資産の件数削減、委員国の任期中の自国資産の審議自粛が検討されましたが、反対する委員国が多く、いずれも決定されませんでした。世界遺産委員会ではリストへの記載だけが審議されているのではなく、どの議題も世界遺産の保全には重要です。当研究所は全日程に参加し、関連情報の収集・分析・発信を行っていきます。
結城素明「芸文家墓所誌稿本」
日本画家の結城素明(1875~1957年)は、明治中期に自然主義に基づく作風を展開、大正期には平福百穂や鏑木清方らと金鈴社を結成して活躍するなど、近代日本画の革新に貢献した人物として知られています。そのいっぽうで素明は美術に関する著作の数々を残し、資料調査に基づいた実証的な内容は、今日でも価値のあるものとなっています。なかでも『東京美術家墓所考』(1931年)、『東京美術家墓所誌』(1936年)および『芸文家墓所誌』(1953年)は、美術家を主とする文芸家の墓所に関する情報を集成し、その来歴を知る手がかりとなる貴重な文献といえます。
このたび明治美術学会会長で当研究所の客員研究員も務められた青木茂氏より、素明が著した一連の墓所誌の草稿を当研究所へご寄贈いただきました。草稿は刊本と同様、各作家ごとに歿した年月日や享年、経歴が記されていますが、刊行後も加筆を続け、情報を継ぎ足していったあとがうかがえます。集積された草稿の束は厚さ10センチをこえ、素明の墓所誌編纂に対する傾注ぶりがしのばれる資料といえるでしょう。本資料は、当研究所の資料閲覧室にて閲覧することが可能です。
潭陽郡立 竹の博物館にて
昨年度から始まった第二次「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」の一環として、無形文化遺産部の今石が6月12日から2週間の日程で韓国を訪問しました。現地では韓国の伝統的技術とその伝承・保護をテーマに、全羅南道潭陽地域における竹細工や、仁川市江華島の莞草細工の技術について調査しました。
このうち潭陽は、かつて地域住民のほとんどが竹細工に関わっていたという竹製品の一大産地であり、彩箱(チェサン)作りや扇子作り、櫛作りなど5つの分野で国や市道の文化財指定を受けています。調査では文化財保有者(保持者)にお会いして伝統的な技術やその変遷について、また伝承の現状等について伺いました。さらに文化財を取り巻く状況として、潭陽郡が行う“竹文化”の観光資源化と地域活性化の動き――新しい竹製品の開発、郡独自の職人支援制度(郡の名人制度)、竹関連施設の運営等――についても知ることで、過去から現在、未来に向けて、文化財がどのように継承されていこうとしているのか、その一端を知ることができました。
ところで、韓国の保護制度においては“無形の文化財”に当たるのは実質的に「無形文化財」のみであり、日本でいう民俗技術(無形民俗文化財)も工芸技術(無形文化財)もすべて「無形文化財」として、ひとつの制度で保護されています。従って、日本では「国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの」という価値づけがされる民俗文化財に当たるものも、韓国では「無形文化財」すなわち「歴史的・芸術的又は学術的な価値が大きいもの」として認識されることとなります。こうした日韓の制度の違いが、保有者や一般社会の認識、技術そのものにもたらす様々な影響についても、今後の研究交流の中でしっかりと捉えていく必要があると感じました。
露天掘りで石炭を採掘しながら掘り出した跡を埋めて行くための全長500mを超える長大な鉄構造物。(トランスポーターブリッジF60)
ドイツ軍により爆破されたガス室と焼却施設。爆破当時のままの状態で保存されている。(アウシュビッツ/国立オフィシエンチム博物館)
近代文化遺産研究室は、5月24日(金)から6月4日(火)まで、ドイツ及びポーランドにおいて近代文化遺産に関係する7カ所の世界遺産及び世界遺産候補を含む地域、鉄道や産業遺産の保存・修復に関する現地調査を実施しました。ドイツでは、世界遺産に登録されているベルリンのモダニズム集合住宅群、登録抹消されたドレスデンとエルベ川渓谷、登録を目指すベルリン・エレクトロポリス(重電産業発祥地)やフライブルグ地方の炭坑と景観、また、長さが500mを超える長大なトランスポーターブリッジ「F60」(石炭の露天掘りに使用)、エルベ川を航行する蒸気外輪船や蒸気機関車を運行している保存鉄道等の調査を行いました。それぞれ特徴があり、工夫を凝らした手法を用いて保存活用されていました。ベルリンの集合住宅は、見た目は地味ですが、居住者と管理者が一体となって文化財である建物を守って行こうとしている事がよく分かりました。ポーランドでは世界遺産であるクラクフの旧市街及びアウシュビッツ強制収容所(国立オフィシエンチム博物館)を調査しました。アウシュビッツは、その歴史的特殊性から博物館として保存する事自体も議論の対象となったようですが、現在では多くの人々が訪れています。公開施設の中で、ドイツ軍が撤退時に爆破して逃げたガス室と焼却施設について、現状のまま保存されていますが、煉瓦造モルタル塗りであり保存手法が問題となっています。これは広島の原爆ドームも似たような状況であり、情報共有する事でお互いにとって有益ではないかと感じました。
保存修復処置の様子
保存修復方針についての意見交換
文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成25年6月11日から6月22日までの10日間、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復に関する人材育成ワークショップを開催しました。今事業は3年目に入り、国内ワークショップの開催は、4回目となります。
今回は考古金属資料の保存修復上級者コースのため、これまで参加し続けたメンバーの中からアルメニア側が専門家を選抜し、アルメニア歴史博物館およびアルメニア国内の他機関から合計4名が参加しました。これまでの2年間で培ってきた知識と技術をもとに、アルメニア人専門家と日本人専門家が共同で保存修復作業を行いました。写真撮影、自然科学的調査を含む状態調査、展示・修復計画立案ののち、クリーニング等を行い、保存修復作業を完了しました。この作業を通し、アルメニア人専門家の知識と技術のさらなる向上に貢献しました。
次回は、展示と保管のための予防保存をテーマとし、来年度のアルメニア歴史博物館内での展示に向けた準備を行う予定です。
平成25年5月17日、保存修復科学センターの早川典子主任研究員と株式会社林原の西本友之氏、大倉隆則氏との共同研究「文化財修復用接着剤 古糊様多糖の開発」が一般社団法人大阪工研協会から第63回工業技術賞を授与されました。工業技術賞は、一般社団法人大阪工研協会が工業に関する研究発明(工業化に寄与したものあるいは将来寄与しうるもの)ならびに現場技術の進歩改善に功績のあった方々を顕彰するものです。
X線撮影室での説明(5月21日)
愛知教育大学付属岡崎中学校 計5名
5月21日、東京文化財研究所の視察のために来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター修復実験室、同X線撮影室及び文化遺産国際協力センターを見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。