研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


企画情報部研究会の開催―南紀下向前の長澤蘆雪―

研究会の様子

 6月30日(火)、企画情報部では、マシュー・マッケルウェイ氏(コロンビア大学)を招いて「南紀下向前の長澤蘆雪―禅林との関わりをめぐって―」と題した研究発表がおこなわれました。
 江戸時代の中期に活躍した画家である長澤蘆雪(1754~99)は、師である円山応挙の代役として、天明6年(1786)から翌7年にかけて紀州の南(南紀)にある禅宗寺院をいくつか訪れ、わずか数か月の間に大量の襖絵を描いたことで知られています。この南紀での経験は、蘆雪が独自の画風を獲得する大きな契機となりましたが、南紀下向以前の蘆雪の動向や学画状況については、不明な点も少なくありません。マッケルウェイ氏は、現在、海外で所蔵されている蘆雪作品の賛者や合作などの詳細な分析から、蘆雪が南紀に下向する以前より、斯経慧梁や指津宗珢といった妙心寺の禅僧と親交があったことを指摘し、それらを念頭に、蘆雪が南紀の寺院で描いた襖絵の画題を検証することで、妙心寺の襖絵から何らかの着想源を得た可能性を指摘されました。南紀以前の作例が少ない蘆雪研究の現状にあって、非常に有意義で魅力的な説が提示され、発表後には、マッケルウェイ氏が紹介された在外の蘆雪作品についても、活発な意見交換がおこなわれました。こうした在外作品の紹介は、東京文化財研究所にとっても重要な情報となりましたし、また、今後のさらなる研究の進展も期待されます。

広島県北部地域における無形民俗文化財の保護活動調査―韓国国立無形遺産院との研究交流

壬生の花田植
三次の鵜飼

 無形文化遺産部では、2011年から韓国国立無形遺産院(前韓国国立文化財研究所)と第二次「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」を行っています。その一環として、6月1~22日の日程で無形遺産院の方劭蓮(バン・ソヨン)氏が来日し、共同調査を行いました。今回は無形の文化財の保存・活用について保存団体等がどのように活動しているのか、具体的な事例研究を行うことを目的に、広島県北広島町の壬生の花田植(国指定重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産)や同県三次市の「三次の鵜飼」(県指定無形民俗文化財)を見学し、関係者に聞き取り調査を行いました。花田植も鵜飼いも、その伝承には観光という要素が不可分に結びついています。それだけに、伝承にあたっては伝承者だけでなく、行政や関連団体、地域の方々、研究者、観客など、多様なアクターが多様な関わりを持ち、地域経済とも関わりながらより柔軟に文化伝承がなされており、調査ではその実態の一端を知ることができました。
 韓国では、無形の文化財に関わる新しい法律が2016年3月に施行され、保護をめぐる環境が大きく変わろうとしています。折しも、この研究交流事業も本年度で一端終了し、来年度はまとめの年になります。今後は第二次研究交流の成果をまとめるとともに、韓国での法律改正後の動きも踏まえながら、再来年度以降の交流の在り方を両国で検討していく予定です。

ポール・ウィットモア氏によるマイクロフェイディングのデモンストレーション

マイクロフェイディング装置のデモンストレーション

 平成27(2015)年6月4日、イエール大学(アメリカ合衆国)教授・文化遺産保存センター長のポール・ウィットモア氏が当所を来訪し、微小領域で退色を計測できる最先端の分光器(マイクロフェイディング)のデモンストレーションをおこないました。マイクロフェイディングは日本ではまだ紹介されたことがない最先端技術で、保存修復科学センターの研究員等、東京芸術大学大学院の教員・院生とともに、目的、機器の構成やアメリカでの応用事例などの紹介がありました。直径0.3mmに絞った高輝度のキセノンランプ光をファイバーで照射し、退色の経時変化を把握する手法は、実際の展示物の中でどの色が光照射に弱いのかを判断するために用いられるとのことです。材料同定し耐光性を判断して照射時間の制限をする従来の方法とは逆の発想で、まだ応用例は少ないものの、今後の広がる可能性を秘めた手法であると思いました。当所で作成した染織布(紅:カルミン酸、黄:クルクミン、青:インジゴ)について、色差が33になるまで退色試験を実施しましたが、目視でも実体顕微鏡下でも退色スポットを見つけることはできませんでした。(参加者:外部から8名)

「水銀に関する水俣条約」勉強会

 平成27年6月9日、東京国立博物館小講堂において、「水銀に関する水俣条約」についての勉強会を行いました。「水銀に関する水俣条約」とは、水銀が人の健康や環境に与えるリスクを低減するための包括的な規制を定める条約で、平成25(2013)年10月、熊本県で開催された外交会議で、採択・署名されたものです。その内容には水銀使用の制限や水銀添加製品の製造、輸出入禁止を含み、文化財保存分野にも影響があります。そこで東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、奈良文化財研究所など、多種多様な専門分野を背景に持つ保存修復科学センター連携分担者や文化庁の担当者、美術学芸課からの参加者とともに、水俣条約の内容とそのインパクトについて検討しました。
 水銀利用の文化財材料・技法としては、鍍金技法や絵画材料としての辰砂、ダゲレオタイプ写真の複製など、修理や復元にできる限り影響を及ぼさないよう、今後の規制の方向を注視し、必要なタイミングで意見を述べるよう行動することで一致しました。また、水銀灯、蛍光灯の製造中止が迫る中、LED照明の利用や線質評価について意見交換していくこととなりました。自然史標本や学術標本、近代の水銀使用産業機器や発掘現場の廃土処理など、さまざまな視点で問題点が抽出でき、専門性の広さを実感した勉強会でした。

カンボジア、タネイ遺跡における三次元写真測量

デジタルカメラのWifi機能とiPadを使用した遠隔シャッター操作による高所撮影
オープンソースのソフトウェアを用いたデータ処理

 国際的な支援により様々な手法での修復活動が進むアンコール遺跡群の中で、タネイ遺跡は、過去に一度も本格的な修復の手を加えられることなく、鬱蒼とした森の中で静かに往時の姿をとどめています。東京文化財研究所は、この遺跡の価値を損なわず、かつ観光を含む活用面にも配慮した適切な保護を図るため、アプサラ機構による保存整備事業計画策定への技術的支援を継続しています。
 昨年より着手した同遺跡でのSfMを用いた三次元写真測量は、できるだけ安価かつ簡便に現地スタッフが実行可能な遺跡の現状記録手法の確立を目指して試行してきたものです。5月27日から6月2日までの日程で実施した今次ミッションでは、同機構スタッフとともに、内回廊内の全ての遺構の写真撮影と標定点のトータルステーション測量を行い、これらをオープンソースのソフトウェア(Visual_SfMSfM georefMeshlab)を用いて処理することで、内回廊内をカバーする遺跡の三次元モデルを作成しました。現在、モデルの精度を検証中ですが、この手法が確立されれば、特別の機材や予算を必要としない記録方法として、アンコール遺跡群だけでなく、他の途上国においても応用可能なものとなることが期待されます。
 なお、同作業の概要と進捗状況については、6月4、5両日にアプサラ機構本部にて開催されたアンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)第24回技術会合において報告を行いました。遺跡全域のモデル作成を含む基礎データ収集は、本年度中に完了する予定です。

大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト―「保存修復材料としての和紙研修」の実施―

物性試験の様子

 国際協力機構(JICA)が行う大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトの一環として、GEM-CCでパピルス等の有機遺物の保存修復を担当している2名を対象に、6月8日~17日まで「保存修復材料としての和紙研修(第4期)」を実施しました。
 本研修は、日本の伝統的な修復技術である装こう技術をパピルス等の保存修復へ応用するため、4回シリーズで開催してきた研修の最終回です。研修員はこれまでに当研究所および京都の修復工房で8週間、日本の文化財保存修復の概要や、裏打ち等の基礎的な装こう技術を学んできました。そして今回はパピルスサンプルを用いて「引張り試験」や「こわさ試験」といった様々な物性試験方法を学び、データ整理や分析方法についても理解を深めました。また、研修員より要望の高かった、天然染料を用いた和紙の染色方法についても講義・実習を行いました。彼らは非常に高い関心を持って研修に臨んでおり、講師に積極的に質問し意見交換を行うなど、多くのことを吸収していました。
 GEM-CCプロジェクトでは、研修内容をGEM-CC内により広く浸透させ、全体の底上げを図るためにも、研修員が学んだ知識や経験を自らが指導者となって同僚に教え伝えていくことで、スタッフ間の協力体制を構築、強化していくことを目指しています。こうした水平展開の後には、将来的に実際の日常業務に活用・応用していくためのアクションプランを作成する予定です。

ユネスコ日本信託基金事業「バガン建築遺産保存のための技術支援」に係る保存状態調査

Phya-sa-shwe-gu寺院外観
内視鏡を用いた構造亀裂内部の調査
基礎構造確認のための発掘調査

 本事業は、ミャンマー・バガン遺跡群を構成する歴史的建造物の保存管理体制強化に資することを目的として、遺跡インベントリーの更新および構造物保存状態評価手法の確立に向けた支援を行うとともに、保存管理を担当する同国文化省考古・国立博物館局(DoA)の人材育成にも貢献しようとするもので、昨年からの2ヶ年事業として実施中です。
 東京文化財研究所では、ユネスコの委託により、主に構造物保存状態評価に関する事業項目に参加しています。ここまでは、遺跡内にあるバガン時代建立の建造物全てを対象として保存状態の概要を短期間で効率的に把握するための簡易状態評価シートの作成に注力してきましたが、次の作業段階として、この簡易評価を通じて構造的問題が認められた建造物を対象に行う詳細状態評価の方法論の検討に入ったところです。同じバガン遺跡といっても、個々の歴史的建造物は規模や構造形式だけでなく、立地環境や破損状態にも相当のバリエーションがあります。このため、詳細状態評価のプロセスは簡易状態評価のように標準化することは困難ですが、基本的な問題点や作業フローはある程度のパターン化が可能と考えられるため、なるべく一般的な規模と形式を持ち、本格的な修理の手が未だ加わっていない建造物として、Phya-sa-shwe-gu寺院(No.1249)を選定し、詳細状態評価のパイロット・ケーススタディを行うこととしました。
 6月11日~19日にかけての現地調査では、イタリア人構造専門家、ミャンマー人技術者およびDoAスタッフとともに、クラック分布の詳細記録、シュミットハンマーや超音波測定器による非破壊強度試験、微小削孔と内視鏡による壁体内部調査、基礎構造確認のための発掘調査等を実施しました。また最終日には、ヤンゴンの研究施設にて、上記寺院から採取した煉瓦試料の室内強度試験について協議しました。
 同寺院の建物は、構造的劣化がかなり進行しており、回廊側背面の外壁は特に危険な状態にあります。今回得られた情報やデータの分析を通じて、破損要因およびメカニズムを解明するとともに、適切な診断フローの提示に向けた検討を引き続き行っていく予定です。

選定保存技術の調査—鬼瓦・宮古苧麻績み・琉球藍・宇陀紙

鬼瓦製作
宮古苧麻績み(繊維取り)
琉球藍製造
宇陀紙の原料となる楮の芽かき

 文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行い、日本の文化財を守り支える伝統的技術として海外に情報発信する取り組みを行っています。2015年6月には鬼瓦・宮古苧麻績み・琉球藍・吉野宇陀紙の調査を行いました。
 寺院建築などの本瓦葺きの屋根には数十種類の瓦が用いられており、伝統的かつ用途に応じた高度な技術・技法の継承が必要不可欠です。奈良県生駒郡の山本瓦工業株式会社にご協力頂き、鬼瓦などの製作工程を調査しました。
 宮古苧麻績みは、苧麻の茎の表皮から繊維を取り、手績みして糸を製作する技術です。重要無形文化財・宮古上布等の沖縄の染織技術の保存・伝承に重要なものですが、技術者の高齢化、後継者の育成が急務の課題となっています。
 宮古上布にも用いられる琉球藍は、本州の藍とは別種の藍による染料で、現在その主要な生産地は沖縄本島の本部町伊豆味に限られており、貴重な存在となっています。
 また奈良県吉野郡の福西和紙本舗にて、自家栽培の楮を用いた伝統的な手漉き和紙の製作工程についての聞き取り調査・撮影を行いました。この吉野宇陀紙は、主に掛軸の裏打紙として用いられ、書画などの文化財の保存修復で世界的に評価され、使用されています。この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作する予定です。

伊豆の長八美術館での鏝絵と塑像の構造調査

伊豆の長八美術館での調査風景

 文化財の材料や構造の科学的な調査では、非破壊・非接触を前提とした手法を要求されることが多いので、エックス線を用いた調査方法が重要な役割を担ってきました。エックス線を用いた調査手法のひとつであるエックス線透過撮影では、物質の密度や厚みの違いによるエックス線透過度の違いを利用して、目視では確認することのできない内部構造や材料の重なりを、非破壊・非接触で調査することができます。
 今回調査を行ったのは、幕末から明治前半にかけて活躍をした鏝絵師・伊豆長八の作品です。左官が壁を塗る時に使う鏝を用いて漆喰で描く鏝絵や塑像の作品を伊豆長八は数多く残しています。これらの作品の製作技法を調べるために、2015年5月19日と20日に伊豆の長八美術館(静岡県賀茂郡松崎町)の2階にて、エックス線透過撮影による内部構造の調査を実施しました。その結果、額縁のついた鏝絵作品である装額の層構造、塑像の内部構造と製作技法などが明らかになりました。

4月施設見学

ロビー展示の説明を受ける様子

 台湾 國立台北教育大学大学院 13名
 4月3日、学生の研修の一環として、当研究所の取組及び研究成果を学ぶために来訪。企画情報部の資料閲覧室、無形文化遺産部の実演記録室及び保存修復科学センターのロビー展示「近代文化遺産の保存と修復 東京文化財研究所の関わり」を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。また、文化遺産国際協力センターでは、当研究所の国際的な取組について、研究員による説明を受けました。

企画情報部研究会の開催―世界遺産の現状と課題について

第37回世界遺産委員会での「富士山」記載の瞬間

 4月21日に開催された企画情報部研究会では、「世界遺産委員会における諸課題とその解決、及び世界遺産条約の文化財保護への活用に向けての試論」と題し、二神葉子(企画情報部)が報告を行いました。報告者は2008年から世界遺産委員会を傍聴し、審議内容の分析を行っています。
 世界遺産に対する一般の関心は高く、多くの観光客が世界遺産を訪れます。しかし、世界遺産関連の書籍の多くは個別の遺産に関する内容で、世界遺産委員会やその課題を具体的に示す日本語の論考はあまりありません。
 研究会では、世界遺産一覧表への推薦から記載までの流れや、世界遺産委員会での審議方法について確認し、締約国から選ばれて議論に参加する21カ国の委員国、専門的な立場から委員会に対して助言を行う諮問機関や、事務局であるユネスコの世界遺産センターそれぞれが抱える課題を指摘しました。また、文化財保護の専門家としての世界遺産条約の活用についても意見を述べました。
 世界遺産条約の本来の役割は、保護の枠組みを整え、文化遺産・自然遺産を将来に引き継ぐことです。一覧表記載への推薦書には保護に関して記述しなければならず、一覧表への記載の過程は、保護の枠組みの確認や整備の過程でもあります。このことを利用して、効果的な文化財保護の国際支援が可能であると考えます。国内でも、世界遺産委員会の動向を知れば、推薦書や保全状況報告を効率的に作成できることが期待されます。このような理由から、世界遺産委員会や世界遺産条約に関する調査研究を今後も行っていきたいと考えています。

東文研総合システム(TOBUNKEN Research Collections)英語版の公開

東文研総合検索英語版

 企画情報部では、当所の資料閲覧室では所蔵する図書情報をはじめ、各研究部門のプロジェクトが作成するデータベースも外部へ公開し、文化財研究に不可欠な研究情報を「東文研総合システム」http://www.tobunken.go.jp/archives/より発信しております。2015年4月30日、「東文研総合システム」の英語版を公開いたしました。ページ右上の「日本語・English」のボタンで、ページを日本語版・英語版に切り替えることが可能です。
 本事業は、イギリス・セインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)と共同事業「日本藝術研究の基盤形成事業」(Shaping the Fundamentals of Research on Japanese Art)の成果の一端です。
 今回の英語版公開に伴い、具体的には、以下の点が機能追加されました。
 *「文化財関係文献」(References on Cultural Properties)への「海外関連情報(SISJAC採録)」(Japanese Art Related Information outside of Japan (compiled by the Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures))の追加。
  http://www.tobunken.go.jp/archives/文化財関係文献(統合試行版)/
 これまで公開していた美術関係文献ほか5データベースに加えて、今回、SISJACが採録した海外で発表された日本美術関係文献(718件、おおむね本事業の始まった2013年以降発表のもの)が追加されました。
 *「情報の検索」の「近現代美術展覧会・映画祭開催情報」(Information on modern-contemporary art exhibitions and film festival)検索ページの追加。
 http://www.tobunken.go.jp/archives/情報の検索/近現代美術展覧会・映画祭開催情報/
 SISJACが採録した、欧米圏を中心とした海外で開催され、英語で紹介されている展覧会及び映画祭(520件、おおむね本事業のはじまった2013年以降開催のもの)を収録しています。
 なおセインズベリー日本藝術研究所との共同事業は、東京文化財研究所がインターネット上で公開している「美術関係文献データベース」に、SISJACが海外における日本芸術に関する情報を収集して公開することにより、日本国内外における日本芸術研究の基盤形成に貢献することを目的としています。今後、順次データを増やしていく予定ですので、ご活用くださいましたら幸いです。

東京美術倶楽部との売立目録デジタル化事業がスタート

東京美術倶楽部との協定書調印式の様子

 売立目録とは、個人や名家の所蔵品などを、決まった期日中に売立会で売却するために、事前に配布される目録です。こうした売立目録には、その売立会で売却される美術品の名称、形態、写真などが掲載されており、美術品の伝来や流通を考えるうえで、非常に重要な資料となります。ただ、一般の出版物ではないため、売立目録を一括で所蔵する機関は、全国的にも限られています。
 東京文化財研究所には、明治時代後期から昭和時代までに作られた合計2532冊の売立目録が所蔵されており、その所蔵冊数は、公的な機関としては、日本一です。また、明治40年(1907)の設立以来、長年にわたり美術品の売立会や売却にかかわってきた東京美術倶楽部でも、多くの売立目録を発行し、所蔵してきた経緯があります。
 東京文化財研究所では、従来から、こうした売立目録の情報について、写真を貼り付けたカードなどによって資料閲覧室で研究者の利用に供してきました。しかし、売立目録の原本の保存状態が悪いものも多いため、このたび、東京美術倶楽部と共同で、売立目録をデジタル化しようという事業がスタートしました。
 この事業では、東京文化財研究所と東京美術倶楽部で所蔵する売立目録のうち、昭和18年(1943)以前に作られたものを、全てデジタル化し、その画像や情報を共有することで、貴重な資料を保存しようとするものです。
 こうした売立目録の画像や情報がデジタル化されれば、東京文化財研究所が所蔵する貴重な資料データベースについて、さらなる充実を図ることができると期待されます。

『地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産―』の刊行

第9回無形民俗文化財研究協議会報告書

 2014年12月6日に開催された第9回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年の協議会のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産」。人々の移住や移転に伴って民俗文化がどのように伝承され、どのような役割を果たしてきたのか、過去の具体的な事例を通して報告・議論いただきました。東日本大震災を機に、民俗文化が持つ人々のアイデンティティのよりどころとしての価値があらためて問い直されていますが、被災地域だけでなく、全国の過疎高齢化が進む地域における今後を考えていく上でも、有意義な議論になったのではないかと思います。
 PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。

女川町竹浦地区祭礼調査

高台移転工事の進む集落を背景に港での獅子振り

 無形民俗文化財研究室では、東日本大震災によって移転・移住等を余儀なくされた地域の無形文化遺産を記録するために、民俗誌の作成を目的とした調査を進めています。現在の調査地の一つが、宮城県牡鹿郡女川町です。東北歴史博物館と共同で4月29日に調査に入りました。訪れた竹浦(たけのうら)地区は、震災直後に六十戸ほどの集落がまとまって秋田県仙北市に避難することができましたが、その後仮設住宅ができるようになると約三十か所に分散せざるを得ない状況になりました。ばらばらとなったコミュニティを結びつける数少ない機会が、正月の獅子振り(獅子舞)と、この祭礼です。神社から担ぎ出された神輿は、新たになった港の岸壁に渡御し、そこで獅子振りも行われました。高台移転工事が進む中、集落の景観も変わろうとしています。祭りや芸能など無形文化遺産を軸に、かつての暮らしの姿を記録してゆくことが、コミュニティの結束と復興に役立つことを願っています。

宮内庁三の丸尚蔵館との共同調査研究

宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品の共同調査の様子

 東京文化財研究所と宮内庁は、平成27年3月30日付けで「宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品の共同調査研究に関する協定書」を締結しました。これは、宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品のうち、今後の修理対象となる作品、あるいは美術史上重要な作品について、材料の分析調査や高精細画像撮影調査等を行い、作品の素材あるいはその使用方法等について解明することを目的としています。
 この協定書に基づき、平成27年4月6日~15日にかけて第一回目の共同調査が宮内庁三の丸尚蔵館において実施されました。絵画資料3作品について、企画情報部・城野誠治による高精細画像撮影、および保存修復科学センター・早川泰弘による蛍光エックス線分析が実施されました。
 共同調査研究期間は平成32年3月までの5か年を予定しており、年2~3回の調査が実施される見込みです。

英国文化財保存修復学会(ICON, The Institute of Conservation)での発表

講演風景
ポストワークショップ風景

 2015年4月8日から10日に、The Institute of Conservation(英国保存修復学会。通称ICON)のBook and Paper Groupにより学会「Adapt & Evolve: East Asian Materials and Techniques in Western Conservation(適合と発展: 西洋の文化財修復における東アジアの材料と技術)」が、ロンドン大学ブルネイギャラリーを主会場として開催されました。
 学会は、ロンドン市内にある関係諸機関の視察、会議(発表およびパネル質疑)、各種ワークショップからなる充実したものでした。増田勝彦名誉研究員(現、昭和女子大学教授)、早川典子主任研究員、加藤雅人国際情報研究室長が、国際研修「紙の保存と修復」(JPC)、在外日本古美術品保存修復協力事業、文化財修復材料の適用に関する調査研究などのプロジェクト成果に関連して報告を行いました。また、翌日に行われたポストワークショップでは、早川典子主任研究員と楠京子アソシエイトフェローが、日本の修復分野における伝統的な接着材について解説し、特にデンプン糊に関しては製法の実演と実技指導を行いました。
 主催者によれば世界各国から300名ほどの参加者があったとのことですが、質疑応答中の座長から会場への質問で30名以上がJPC修了者であることが判明し、さらにその他にも当研究所主催のワークショップ修了者も確認できたことから、当該分野における当研究所が担ってきた役割の大きさが伺えました。また、今後も日本から情報発信を続けるよう、多くの参加者から要望がありました。

選定保存技術の調査—錺金具・金襴・杼

錺金具の製作
金襴の製作
杼の製作

 文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行っています。選定保存技術保持者の方々から実際の作業工程やお仕事を取り巻く状況や社会的環境などについてお話を伺い、作業風景や作業に用いる道具などについて、企画情報部専門職員・城野誠治による撮影を行っています。2015年4月には京都で錺(かざり)金具、金襴、杼(ひ)製作の調査を行いました。
 森本錺金具製作所では四代目森本安之助氏より社寺建造物の錺金具や荘厳具などの製作についてのお話を伺い、銅板を型取りし、文様を彫り、鍍金(金メッキ)し、仕上げていくという錺金具の一連の製作工程を調査させて頂きました。
 表具用古代裂(金欄等)を製作している廣信織物では、廣瀬賢治氏より西陣織の現状についてお話を伺い、金糸を緯糸に織り込んでいく金襴の製作を取材させて頂きました。またこうした製織に必要不可欠な杼(織物の経糸の間に緯糸を通す木製の道具)を製作されている長谷川淳一氏より、さまざまな種類・用途の杼についてご説明頂き、実際の作業工程について調査させて頂きました。
 文化財はそのものを守るだけではなく、文化財を形作っている材料や技術も保存していく必要があります。この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作し、日本の文化財のありかた、文化財をつくり、守る材料、技術として発信していく予定です。

企画情報部研究会の開催

研究会の様子

 3月24日(火曜日)午後2時より、部内の研究会室において、企画情報部アソシエイトフェロー・河合大介が「反芸術・脱主体化・匿名性―山手線事件と赤瀬川原平を中心に―」、同・橘川英規が「観光芸術多摩川展パノラマ図を観る―富士山、機関車、少女、井戸―」というタイトルで研究発表を行いました。
 河合の発表では、1960年代の美術に国際的に共通して見られる特徴のひとつとして「作品の〈脱主体化〉」があることを指摘し、同時代の日本美術においてはそれが〈匿名性〉というかたちをとってあらわれたことを、1962年に中西夏之らが行った山手線事件およびその影響をうけた当時の赤瀬川原平の活動に関する資料の分析を通じて検証しました。
 橘川の発表では、観光芸術研究所が行った最初のイベント「観光芸術多摩川展」を、ドローイング《観光芸術多摩川展パノラマ図》と中村宏氏制作映像作品《Das Kapital》を用いて、その様子をふり返りました。これは昨年9月に開催されたPoNJA-GenKon設立10周年記念シンポジウムで行った発表内容に加えて、その後の調査により構成したものでした。
 当日、研究会には、画家の中村宏氏、美術作家で戦後美術研究者の嶋田美子氏にもご参加いただきました。中村氏は、橘川の発表からご臨席いただき、発表後の質疑応答のなかで、観光芸術研究所や中村氏ご自身の当時の作品および活動について説明いただく機会を得ました。

『美術画報』所載図版データベースの公開

『美術画報』所載図版データベース、運慶作毘羯羅大将像の検索結果

 『美術画報』は、明治27(1894)年6月に、『日本美術画報』として画報社より創刊された美術雑誌です。当時の作家による“新製品”に加え、江戸時代以前の美術工芸品も“参考品”として掲載され、明治期にどのような作品が古典として認められていたかをうかがうことができます。同誌は明治32年に『美術画報』と誌名を変えながら、大正末年まで継続して刊行されました。
 このたび当研究所のホームページでは、『日本美術画報』『美術画報』に掲載された図版を作者名・作品名などで検索できるよう、データベース上での公開を始めました。
 http://www.tobunken.go.jp/materials/gahou
 現在は『日本美術画報』初篇巻一(1894年6月)から五篇巻十二(1899年5月)までの図版を掲載しておりますが、これ以降の巻についても順次公開する予定です。また三篇巻十二(1897年6月)まで、冊子を繰るようにご覧いただけるブックビューワーでの公開を行なっておりますので、あわせてご利用ください。

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