研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
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■文化遺産国際協力センター |
■無形文化遺産部 |
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東京美術倶楽部との協定書調印式の様子
売立目録とは、個人や名家の所蔵品などを、決まった期日中に売立会で売却するために、事前に配布される目録です。こうした売立目録には、その売立会で売却される美術品の名称、形態、写真などが掲載されており、美術品の伝来や流通を考えるうえで、非常に重要な資料となります。ただ、一般の出版物ではないため、売立目録を一括で所蔵する機関は、全国的にも限られています。
東京文化財研究所には、明治時代後期から昭和時代までに作られた合計2532冊の売立目録が所蔵されており、その所蔵冊数は、公的な機関としては、日本一です。また、明治40年(1907)の設立以来、長年にわたり美術品の売立会や売却にかかわってきた東京美術倶楽部でも、多くの売立目録を発行し、所蔵してきた経緯があります。
東京文化財研究所では、従来から、こうした売立目録の情報について、写真を貼り付けたカードなどによって資料閲覧室で研究者の利用に供してきました。しかし、売立目録の原本の保存状態が悪いものも多いため、このたび、東京美術倶楽部と共同で、売立目録をデジタル化しようという事業がスタートしました。
この事業では、東京文化財研究所と東京美術倶楽部で所蔵する売立目録のうち、昭和18年(1943)以前に作られたものを、全てデジタル化し、その画像や情報を共有することで、貴重な資料を保存しようとするものです。
こうした売立目録の画像や情報がデジタル化されれば、東京文化財研究所が所蔵する貴重な資料データベースについて、さらなる充実を図ることができると期待されます。
第9回無形民俗文化財研究協議会報告書
2014年12月6日に開催された第9回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年の協議会のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産」。人々の移住や移転に伴って民俗文化がどのように伝承され、どのような役割を果たしてきたのか、過去の具体的な事例を通して報告・議論いただきました。東日本大震災を機に、民俗文化が持つ人々のアイデンティティのよりどころとしての価値があらためて問い直されていますが、被災地域だけでなく、全国の過疎高齢化が進む地域における今後を考えていく上でも、有意義な議論になったのではないかと思います。
PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。
高台移転工事の進む集落を背景に港での獅子振り
無形民俗文化財研究室では、東日本大震災によって移転・移住等を余儀なくされた地域の無形文化遺産を記録するために、民俗誌の作成を目的とした調査を進めています。現在の調査地の一つが、宮城県牡鹿郡女川町です。東北歴史博物館と共同で4月29日に調査に入りました。訪れた竹浦(たけのうら)地区は、震災直後に六十戸ほどの集落がまとまって秋田県仙北市に避難することができましたが、その後仮設住宅ができるようになると約三十か所に分散せざるを得ない状況になりました。ばらばらとなったコミュニティを結びつける数少ない機会が、正月の獅子振り(獅子舞)と、この祭礼です。神社から担ぎ出された神輿は、新たになった港の岸壁に渡御し、そこで獅子振りも行われました。高台移転工事が進む中、集落の景観も変わろうとしています。祭りや芸能など無形文化遺産を軸に、かつての暮らしの姿を記録してゆくことが、コミュニティの結束と復興に役立つことを願っています。
宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品の共同調査の様子
東京文化財研究所と宮内庁は、平成27年3月30日付けで「宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品の共同調査研究に関する協定書」を締結しました。これは、宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品のうち、今後の修理対象となる作品、あるいは美術史上重要な作品について、材料の分析調査や高精細画像撮影調査等を行い、作品の素材あるいはその使用方法等について解明することを目的としています。
この協定書に基づき、平成27年4月6日~15日にかけて第一回目の共同調査が宮内庁三の丸尚蔵館において実施されました。絵画資料3作品について、企画情報部・城野誠治による高精細画像撮影、および保存修復科学センター・早川泰弘による蛍光エックス線分析が実施されました。
共同調査研究期間は平成32年3月までの5か年を予定しており、年2~3回の調査が実施される見込みです。
講演風景
ポストワークショップ風景
2015年4月8日から10日に、The Institute of Conservation(英国保存修復学会。通称ICON)のBook and Paper Groupにより学会「Adapt & Evolve: East Asian Materials and Techniques in Western Conservation(適合と発展: 西洋の文化財修復における東アジアの材料と技術)」が、ロンドン大学ブルネイギャラリーを主会場として開催されました。
学会は、ロンドン市内にある関係諸機関の視察、会議(発表およびパネル質疑)、各種ワークショップからなる充実したものでした。増田勝彦名誉研究員(現、昭和女子大学教授)、早川典子主任研究員、加藤雅人国際情報研究室長が、国際研修「紙の保存と修復」(JPC)、在外日本古美術品保存修復協力事業、文化財修復材料の適用に関する調査研究などのプロジェクト成果に関連して報告を行いました。また、翌日に行われたポストワークショップでは、早川典子主任研究員と楠京子アソシエイトフェローが、日本の修復分野における伝統的な接着材について解説し、特にデンプン糊に関しては製法の実演と実技指導を行いました。
主催者によれば世界各国から300名ほどの参加者があったとのことですが、質疑応答中の座長から会場への質問で30名以上がJPC修了者であることが判明し、さらにその他にも当研究所主催のワークショップ修了者も確認できたことから、当該分野における当研究所が担ってきた役割の大きさが伺えました。また、今後も日本から情報発信を続けるよう、多くの参加者から要望がありました。
文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行っています。選定保存技術保持者の方々から実際の作業工程やお仕事を取り巻く状況や社会的環境などについてお話を伺い、作業風景や作業に用いる道具などについて、企画情報部専門職員・城野誠治による撮影を行っています。2015年4月には京都で錺(かざり)金具、金襴、杼(ひ)製作の調査を行いました。
森本錺金具製作所では四代目森本安之助氏より社寺建造物の錺金具や荘厳具などの製作についてのお話を伺い、銅板を型取りし、文様を彫り、鍍金(金メッキ)し、仕上げていくという錺金具の一連の製作工程を調査させて頂きました。
表具用古代裂(金欄等)を製作している廣信織物では、廣瀬賢治氏より西陣織の現状についてお話を伺い、金糸を緯糸に織り込んでいく金襴の製作を取材させて頂きました。またこうした製織に必要不可欠な杼(織物の経糸の間に緯糸を通す木製の道具)を製作されている長谷川淳一氏より、さまざまな種類・用途の杼についてご説明頂き、実際の作業工程について調査させて頂きました。
文化財はそのものを守るだけではなく、文化財を形作っている材料や技術も保存していく必要があります。この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作し、日本の文化財のありかた、文化財をつくり、守る材料、技術として発信していく予定です。
研究会の様子
3月24日(火曜日)午後2時より、部内の研究会室において、企画情報部アソシエイトフェロー・河合大介が「反芸術・脱主体化・匿名性―山手線事件と赤瀬川原平を中心に―」、同・橘川英規が「観光芸術多摩川展パノラマ図を観る―富士山、機関車、少女、井戸―」というタイトルで研究発表を行いました。
河合の発表では、1960年代の美術に国際的に共通して見られる特徴のひとつとして「作品の〈脱主体化〉」があることを指摘し、同時代の日本美術においてはそれが〈匿名性〉というかたちをとってあらわれたことを、1962年に中西夏之らが行った山手線事件およびその影響をうけた当時の赤瀬川原平の活動に関する資料の分析を通じて検証しました。
橘川の発表では、観光芸術研究所が行った最初のイベント「観光芸術多摩川展」を、ドローイング《観光芸術多摩川展パノラマ図》と中村宏氏制作映像作品《Das Kapital》を用いて、その様子をふり返りました。これは昨年9月に開催されたPoNJA-GenKon設立10周年記念シンポジウムで行った発表内容に加えて、その後の調査により構成したものでした。
当日、研究会には、画家の中村宏氏、美術作家で戦後美術研究者の嶋田美子氏にもご参加いただきました。中村氏は、橘川の発表からご臨席いただき、発表後の質疑応答のなかで、観光芸術研究所や中村氏ご自身の当時の作品および活動について説明いただく機会を得ました。
『美術画報』所載図版データベース、運慶作毘羯羅大将像の検索結果
『美術画報』は、明治27(1894)年6月に、『日本美術画報』として画報社より創刊された美術雑誌です。当時の作家による“新製品”に加え、江戸時代以前の美術工芸品も“参考品”として掲載され、明治期にどのような作品が古典として認められていたかをうかがうことができます。同誌は明治32年に『美術画報』と誌名を変えながら、大正末年まで継続して刊行されました。
このたび当研究所のホームページでは、『日本美術画報』『美術画報』に掲載された図版を作者名・作品名などで検索できるよう、データベース上での公開を始めました。
http://www.tobunken.go.jp/materials/gahou
現在は『日本美術画報』初篇巻一(1894年6月)から五篇巻十二(1899年5月)までの図版を掲載しておりますが、これ以降の巻についても順次公開する予定です。また三篇巻十二(1897年6月)まで、冊子を繰るようにご覧いただけるブックビューワーでの公開を行なっておりますので、あわせてご利用ください。
仏教彫刻史に大きな足跡を残された久野健氏の資料を整理し、国内外に所在する仏教彫刻の写真類の目録を公開しました。件数にして7000件以上に及ぶ膨大な資料は、当研究所の研究員であった久野氏が収集されたものです。同氏が2007年に亡くなられた後、ご遺族より当研究所にご寄贈いただきました。
久野氏は1944年に当研究所の前身である美術研究所に入所後、1982年の退官まで38年間にわたって仏教彫刻史の研究に従事されました。退官後は自宅に隣接して仏教美術研究所を設立・主催し、長年にわたって収集された資料を研究者の利用に供されました(久野氏の略歴はこちらをご参照ください。
写真資料の大部分は都道府県の寺社ごとに分類された仏教彫刻の写真で、日本全国の仏像を網羅的に把握されようとする、なみなみならぬ氏の気迫を感じさせます。なかには修理中の仏像を写した写真なども含まれているたいへん貴重な資料群となっています。その調査の成果の一部は、地域ごとに主要な仏像についての解説をまとめた久野氏監修の『仏像集成』(学生社)に反映されています。
ご所蔵者名・作品名等で検索できるようにいたしましたので、本資料の閲覧を希望される場合には、あらかじめ「利用申込書(word・PDF)」にご記入のうえ資料閲覧室にお申込みください。
関根祥六師の録音風景
3月13日、能楽シテ方観世流の重鎮関根祥六師の謡《卒都婆小町》の録音を行いました。《卒都婆小町》は能の作品のなかでも最奥の秘曲とされる老女物の一曲で、長年芸を積んだ役者にのみ許される曲です。零落し、百歳になろうという老女小野小町の心境を、通常とは少し異なる複雑な技巧で謡われました。4月以降も引き続き老女物の録音を行う予定です。
講演会の様子
石﨑武志 前東京文化財研究所副所長は、平成26(2014)年9月末日で退職され、東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター教授として研究活動を続けておられます。一区切りとして研究成果について、標記講演会「文化財を取り巻く環境と保存-特に水に関わる諸問題について-」(平成27(2015)年3月6日(金)、地下1階セミナー室)を開催いたしました。
ご専門の土壌物理を基に、土中水分が凍結してアイスレンズができる仕組みや移動する様子をわかりやすく解説いただきました。また、石材への雨水の浸透を水分熱移動解析で研究しアユタヤの石仏の風化原因の解明に生かした事例や高松塚古墳解体時の低温制御の方法など、土壌・レンガ・土壁等、多孔質材料中の水分移動に注目して、歴史的建造物、土蔵、石造物、露出遺構の保存に研究成果を応用されたことをお話しいただきました。文化財保護分野の研究者の数は少ないので、研究を進めるには大学等他の研究機関との共同研究を組むのも良い手段である、との言葉が印象的でした。
ご退職後、当研究所名誉研究員・保存修復科学センター客員研究員として研究にご協力いただいています。(外部からの参加者:53名)
ペンジケント遺跡出土壁画の写真撮影風景
フルブック遺跡出土壁画断片の整理作業風景
3月3日から3月8日までタジキスタン国立博物館、フルブック博物館、及び国立古代博物館において、遺跡出土壁画断片の調査・整理・撮影を実施しました。
タジキスタン国立博物館には、ソグディアナの都城址ペンジケント遺跡から出土した壁画4点(7~8世紀製作)が所蔵・展示されています。類例が限られている貴重な学術資料であるこれら壁画の美術史的価値と保存状態を詳細に理解する目的で、描画技法・修復状態の調査、そして、細部に亘る写真撮影を実施しました。
また、フルブック博物館においては、1980年代前半の発掘以降、ほぼ未整理のまま保管されていたフルブック遺跡出土の壁画断片(10~11世紀頃製作)の整理・写真撮影を実施しました。壁画断片は1つの木箱の中に積み重ねて収蔵されていたため、まずは一層ずつプラスティック・コンテナに移し換え、それぞれに整理番号を付して記録していきました。そして、コンテナ毎に写真撮影を行うと同時に、各断片の保存状態を記録し、保存修復作業に活用できる基礎的な情報を得ることができました。
さらに、タジキスタン国立古代博物館に収蔵・展示されているカライ・カフカハI遺跡出土の壁画断片(8世紀頃製作)の現状を記録すべく、肉眼で詳細に観察しました。
今回の調査成果は、今後タジキスタン共和国において関連する壁画断片の保存修復作業が実施される際に有効に活用されることが期待されます。
模擬壁画片を用いた修復実習
文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、ミャンマー文化省考古・国立博物館局の職員である壁画修復専門家2名を、2015年3月9日から3月13日の期間で日本に招へいしました。研修では壁画の保存修復に関する講義・実習、修復工房の見学、寺院壁画の視察を行い、日本で行われている壁画修復について理解を深めていただきました。
研修の前半では、日本の壁画(装飾古墳、古墳壁画、寺院の漆喰壁画、板絵など)の歴史、材質・技法的な特徴や修復事例に関する講義、古墳壁画修復に使用される材料・技術についての講義、および模擬壁画片を用いた修復実習を行いました。研修生は新たに知る材料や技術に対して強い関心を抱き、活発に質問を行っていました。また、絵画や書籍等日本の美術作品の修復を行っている修復工房を訪問して実際の修復作業を見学するとともに、修復における基本方針についてもお話を伺いました。研修の後半では京都・奈良を訪問し、法界寺、法隆寺、薬師寺に残る壁画の視察を行い、講義で紹介した壁画を間近に観察しながら壁画修復に関する意見交換を行いました。今後、本研修内容をミャンマーでの壁画修復事業に役立てていただけるよう、協力を続けていきたいと考えています。
ヴィクトリア国立美術館における調査風景
海外で所蔵されている日本美術作品は、日本文化を紹介する上で大切な役割を担っています。ところが、海外には日本の作品の保存修復専門家が少ないことから適切な処置がなされず展示が困難となっている作品も少なくありません。こうした日本美術作品の保存と活用を目的として、当研究所では在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。本事業では在外作品の修復協力やワークショップを実施して作品の保存と修復に努めています。今回はこうした修復協力事業における候補作品を選出するための調査として、オーストラリアで所蔵されている日本絵画作品の調査を行いました。
3月16日から19日にかけて、ヴィクトリア国立美術館とオーストラリア国立美術館を訪れました。メルボルンのヴィクトリア国立美術館はオーストラリア最古の美術館であり、一方キャンベラのオーストラリア国立美術館は国内最大規模を誇る美術館です。今回の調査では、計8件(14点)の掛軸、巻子、屏風作品の詳細な状態調査を行うとともに、美術史的観点からの調査も行いました。この調査結果をもとに作品の美術史的評価や修復の緊急性などを考慮し、本事業で扱う修復候補作品を選定していきます。また、今回の調査で得られた情報は所蔵館に提供し、今後の作品の展示計画、保存修復計画の策定に役立てていただきたいと考えています。
2015年度カレンダー:文化財を守る日本の伝統技術
文化遺産国際協力センターでは、文化財の保存のために必要不可欠な選定保存技術にかんする調査を進めています。選定保存技術保持者および選定保存技術保持団体の方々から作業工程や作業を取り巻く状況や社会的環境などについて聞き取り調査を行い、作業風景や作業に用いる道具などについて撮影記録を行っています。この調査の成果公開・情報発信の一環として、2015年度版の海外向けのカレンダーを2種類(壁掛け型・卓上型)作成しました。このカレンダーは「文化財を守る日本の伝統技術」と題し、2014年度の調査のなかから、和紙製造・漉き簀編み・左官・本藍染め・檜皮採取・たたら製鉄・蒔絵筆を取り上げました。全ての写真は当所企画情報部専門職員・城野誠治の撮影によるもので、それぞれの材料や技術の持つ特性を明確に示す一瞬をとらえる視覚的効果の高い画像で構成し、各図の解説は英語と日本語で掲載しています。このカレンダーは諸外国の文化財関係の省庁・組織などに配付し、広く海外の人々に日本の文化財を守り伝える技術や日本文化に対する理解の促進につなげていきたいと思います。
佐野保存科学研究室長による説明の様子
祐天寺 計7名
2月2日、東京文化財研究所の施設を見学し、祐天寺の文化財や寺宝の管理に活かすため来訪。企画情報部の資料閲覧室と、保存修復科学センターの共同研究室及び第2修復実験室、燻蒸室、分析科学研究室を見学し、各担当者による業務内容の説明を受けました。
稲葉真以氏の発表による研究会
企画情報部の近・現代視覚芸術研究室では、日本を含む東アジア諸地域の近現代美術を対象にプロジェクト研究「近現代美術に関する交流史的研究」を進めています。その一環として2月17日の企画情報部研究会では、韓国・光云大学校助教授の稲葉真以氏に「韓国の「東洋画」について」の題でご発表いただきました。
今日、韓国で「東洋画」と呼ばれているジャンルは、もともと日本の植民地時代に「日本画」が移植される過程で形成されたものです。その一方で、解放後の「東洋画」批判を経て、同じジャンルを指しながらも民族アイデンティティ確立の意味合いを籠めた「韓国画」の語も、1980年代から広く用いられるようになりました。稲葉氏の発表では、そのような政治的背景をもつ「東洋画」および「韓国画」の現在まで至る経緯と課題について、作例の紹介も交えながらお話しいただきました。
日本でも1990年代から2000年代にかけて、近代以降に成立した「日本画」の概念をめぐる議論が評論家や美術史家、そして作家の間で盛んに行なわれました。さらに近年では、中国や台湾といった東アジアで展開する「岩彩画」「膠彩画」の動向を視野に入れた上での「日本画」系作家による再検討も進められています。今回の研究会でも、ルーツを共有しつつも国境を隔てて独自の展開をみせる韓国の「東洋画」の在り様に目を見張るとともに、ガラパゴス化した「日本画」を相対的にとらえ直す、よい機会となりました。歴史認識をめぐる日韓間の摩擦が取り沙汰される昨今ですが、研究会にご参加いただいた金貴粉氏(国立ハンセン病資料館学芸員)の「不幸な出会い方をした分、見ないようにするのではなく、改めてお互いを見ていく必要がそれぞれの研究を深化させる上であるのではないか」という感想を噛みしめつつ、今後の研究につなげていきたいと思います。
会場風景
無形文化遺産部では平成27年2月3日、文化学園服飾博物館と共催で無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会「染織技術をささえる人と道具」を開催しました。本研究会では、染織技術を伝承するうえで欠かすことのできない道具について、技術と道具の関わり、その現状についてパネルディスカッションを行いました。コメンテーターに京都市繊維試験場で勤務されていた藤井健三先生をお迎えし、パネラーには「時代と生きる」展の担当である文化学園服飾博物館の吉村紅花学芸員、展覧会映像撮影調査にご協力いただいた染織技術者の方々、当研究所保存修復科学センターの中山俊介近代文化遺産研究室長、そして無形文化遺産部からは菊池が登壇しました。
技術者からは、作業効率を上げるために機械を導入するか、受け継いだ道具を使い続けるか等、常にいかなる道具を使うかの選択に迫られてきたことが報告されました。そして、近年では道具を作る技術そのものが失われつつあり、今まで簡単に入手できたものが手に入らないという報告もありました。受け継ぎたくても道具が入手できないというのが現状です。
一方、残すべき技術は消費が伴うものでなければ残らないという意見もでました。現在、着物は特別な時に着用するものです。その生産量は着物が日常着であった時代とはくらべものにならないほど少ないものです。染織技術は無形文化遺産ですが、産業という枠組みの中にあります。作り手が生活をしていくためには生産したものが売買されなければなりません。つまり、消費者がどのような着物を求めるか。それにより、残されていく技術が変わるということができます。
染織技術をささえる人は作り手だけではありません。それを購入し着る人、残したいと願う一人一人がささえる当事者です。本研究会では、そのことを多くの参加者に認識してもらえる有意義な研究会となりました。時間に限りがあり突き詰めた議論が行えなかったこと、テーマが広範囲であったこと等、多くの課題が残ります。参加者からの意見を反映させながら、今後も無形文化遺産部では様々な立場の方たちと染織技術の伝承について議論する場を設けていきます。
研究会の様子
文化財の保存を考える上で、温湿度、光、空気質等の保存環境を適切に保つことが重要です。そして、空気調和設備の技術的な発展に伴い、展示・収蔵施設における温湿度環境は著しく向上されてきました。一方で、作品の貸し借りや移動に伴う環境の変化や省エネ等の観点から、文化財を保存するための温湿度条件に関する議論が国内のみならず世界的にも再び高まりつつあります。
保存修復科学センターでは、文化財を取り巻く温湿度環境が文化財へ与える影響、温湿度環境の予測や制御に関する研究を行っています。2015年2月9日に開催した研究会「文化財の保存環境の制御と予測」では、保存科学の研究者(間渕創氏(三重県総合博物館)、古田嶋智子氏(東京藝術大学))や建築分野の専門家(権藤尚氏(鹿島技術研究所)、北原博幸氏(トータルシステム研究所)、安福勝氏(近畿大学))をお招きし、文化財の展示・収蔵施設における空調設備を用いた温湿度制御の事例、新しい設備を開発し導入した事例、展示ケース内における温湿度や空気質を調査した事例、コンピューターシミュレーションを用いた温湿度環境の予測及び実測値との比較等の事例を通じて、文化財の保存環境に関する最新情報の共有とディスカッションを行いました(参加者:29名)。
日本美術技術博物館Manggha、クラコフ(ポーランド)
所蔵作品の調査風景
日本の古美術品は欧米を中心に海外でも数多く所有されていますが、これらの保存修復の専門家は海外には少なく、適切な処置が行えないため公開に支障を来している作品も多くあります。そこで当研究所では作品の適切な保存・活用を目的として、在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。修復協力への要望が強く、その意義が認められると考えられた日本美術技術博物館Manggha所蔵の作品調査を行いました。
同館は、クラクフ(ポーランド)に所在する東欧で有数の日本美術品を有する博物館で、アンジェイ・ワイダ監督らの発意による京都クラクフ基金や民間からの募金協力、日本・ポーランド両国政府の援助によって1994年に設立されました。同館のコレクションは美術品収集家のフェリクス・ヤシェンスキ(1861~1929)が収集した作品を中核とし、浮世絵をはじめとする日本絵画、陶磁器、漆芸品、染織品など多岐に渡っています。
調査は2015年1月13日~23日及び2月3日~6日の2期に分けて行いました。1期目の調査で84点の絵画を調査し、美術史的な作品価値、修復の必要性と緊急性の観点から7点の作品を選出しました。2期目の調査では、その7点の作品について、修復に要する期間や適切な修復方法を検討するための詳細な調査を行いました。
今後、調査した作品の修復計画を立案し、在外日本古美術品保存修復協力事業において修復を行う予定です。また、調査で得られた情報を同館の学芸員、保存修復担当者と共有し、作品の保存・展示に役立てていただきたいと考えています。