7月施設見学
独立行政法人国立文化財機構新任職員 計44名
7月10日、独立行政法人国立文化財機構新任職員研修会の一環として44名が来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター物理実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。
研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
| ■東京文化財研究所 | ■保存科学研究センター |
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| ■無形文化遺産部 |
独立行政法人国立文化財機構新任職員 計44名
7月10日、独立行政法人国立文化財機構新任職員研修会の一環として44名が来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター物理実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。
『美術研究』は昭和7年(1932)1月、当研究所の前身である帝国美術院附属美術研究所において、当時所長であった矢代幸雄の構想・提唱により第1号を刊行しました。以来、今日まで、広くアジアを視野に収めて文化財に関する論文、図版解説、研究資料等を掲載し、文化財研究を国内外で牽引してまいりました。そのバックナンバーのWeb上での公開については、全所的アーカイブの一環として、また、かねてより評価委員会での公開についての意見・要請を承けて、それに応えるべく企画情報部では公開の準備を進めてまいりました。
このたび、1号から200号までの掲載論文等の著作権者もしくは著作権継承者に連絡をとり、承諾を得たものから順次、「東文研総合検索」において検索、web上での本文閲覧ができるようにいたしました。なお、今回は早期にWeb上で論文・記事等の本文を閲覧できる環境を作ることを優先したため、同誌収載の社寺や美術館・博物館等の所蔵品の口絵・挿図は、個別に所蔵者からの公開許可をとることをせず、マスキング処理をほどこしました。200号までの著作権者不明分については、所定の手続きをおこなうともに、それ以降の号についても順次公開できるように作業を進めているところです。PDFでの公開を機に、広く『美術研究』が活用されること願うものであります。
第39回世界遺産委員会は6月28日~7月8日、ドイツのボンで開催されました。筆者らは委員会に参加し、その動向について調査を行いました。
今回世界遺産リストに記載された24件の資産の内訳は、文化23に対し複合1、自然0、ヨーロッパ・北米の12に対し、北部のアラビア語圏を除くアフリカでは0と、種類や地域間の格差が拡大しました。一方、鉄道橋や港湾倉庫群、窒素肥料やコンビーフという当時の世界的輸出品の工場などの産業遺産が記載され、文化遺産の多様性は増しています。やはり産業遺産である明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業(日本)の審議では各委員国の発言は行われず、決議案に脚注を加える改訂を行い採択の後、日本と韓国がその内容についてそれぞれ声明を読み上げる、通常とは異なる方法がとられました。危機遺産リストからは1件が抹消されましたが、ハトラ(イラク)、サナア旧市街、シバームの旧城壁都市(イエメン) の3件が加わりました。地震で被災したカトマンズの谷(ネパール)は、状況把握の必要性や、ネパールが記載を望まないことを理由に記載されませんでした。
ところで、今回審議された推薦では、推薦内容に関して諮問機関と締約国との間でこれまでより多くの対話が行われました。諮問機関の勧告はより肯定的になり、彼らの評価が低い推薦は、委員会で勧告を大きく覆されることはありませんでした。また、推薦書作成などに対し、締約国の求めに応じて諮問機関や世界遺産センターが技術的支援を行うアップストリーム・プロセスが制度化されました。このように、世界遺産リストへの記載に関する支援が手厚くなる一方、支援を活用していない締約国があることも世界遺産センターや諮問機関から指摘されています。世界遺産センターは業務効率化に努めていますが、限界があります。世界遺産の枠組みの維持に自らの協力が不可欠なことを、全締約国が認識する必要があります。
今年度より、本州以南に現存するイナウ資料(アイヌ民族の祭具)の調査を行っています。北前船の寄港地として栄えた日本海側の港町には、北方交易によってもたらされたと考えられる近世から明治期にかけてのアイヌ関連資料が数多く伝来しています。このうち、石川県や青森県などでは神社仏閣に奉納されたイナウがあることがわかり、現在、石川県立歴史博物館の戸澗幹夫氏、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原次郎太氏と共に調査を進めています。
これまでの調査で、石川県輪島市門前町では明治20~23年の銘のある4点のイナウ奉納額が、同県白山市では明治元年の銘のあるイナウ奉納額1点が見つかっています。これらの額には「奉納」「海上安全」などの銘文が墨書されており、北前船の船主が航海の安全を祈念して(あるいは感謝して)奉納したものと考えられます。また北前船の重要な風待ち港であった青森県深浦町には27点もの年代不詳のイナウが伝来しており、やはり海の信仰に関わって奉納されたものと推測されます。
こうしたイナウは従来あまり知られていませんでしたが、国内に現存するものとしては、近藤重蔵が寛政10年(1798)に収集したとされるイナウ、東京国立博物館所蔵資料(明治8年)、北海道大学植物園所蔵資料(明治11年)に次いで古い、大変貴重な資料と位置づけられます。また本資料は、北前船の船主がアイヌの人々の祭具であるイナウを本州まで大切に持ち帰り、地域の寺社に奉納して今日まで守ってきたことを示すものであり、北方交易による和人とアイヌの交流の実態を映すものとしても、大変示唆に富んだ資料と言えます。日本海沿岸の地域には、こうした未発見のイナウ資料がまだ残されている可能性があり、今後も関係諸機関と連携しながら調査を続けていく予定です。
保存修復科学センターは大韓民国・国立文化財研究所保存科学研究室と覚書を交わし、「日韓共同研究-文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究」を共同で進めています。詳細には、屋外にある石造文化財を対象にお互いの国のフィールドで共同調査を行うとともに、年1回の研究報告会を相互に開催し、それぞれの成果の共有に努めています。
今年度の研究報告会は7月8日、東京文化財研究所地階会議室にて日本側の主催で行われました。研究報告会は石造文化財の構造的な問題をテーマに、日韓双方の研究者がそれぞれの研究成果を報告し、議論を行いました。また本研究報告会に伴う韓国側研究者の来日にあわせて、日本での共同調査として熊本県湯前町にある明導寺九重石塔および七重石塔などを視察し、構造補強の方法の変遷について情報共有を行いました。
保存修復科学センターでは、「IPMフォーラム:臭化メチル全廃から10年:文化財のIPMの現在」を2015年7月16日に開催しました。本催しは、文化財保存修復学会が共催となり、同学会の例会としても位置付けられました。モントリオール議定書締約国会議による2005年からの臭化メチル使用全廃、その10年という節目に、これまでの活動をふりかえりつつ、現状での文化財分野のIPMの活動状況、進展や問題点も含めて情報を共有し、現在の課題と、今後必要な方向性を考えるための場とすることを目的としました。当日は、齊藤孝正氏(文化庁)、木川りか(東京文化財研究所)、三浦定俊氏(文化財虫菌害研究所)により、我が国や世界の国々での燻蒸やその後のIPMへの取り組みが紹介され、本田光子氏(九州国立博物館)、長屋菜津子氏(愛知県美術館)、園田直子氏(国立民族学博物館)、日高真吾氏(国立民族学博物館)、斉藤明子氏(千葉県立中央博物館)、青木睦氏(国文学研究資料館)により、各館の様々な取り組みについていろいろな角度からご報告をいただきました。さらに、朝川美幸氏(仁和寺)からは、社寺における具体的なIPM活動の実践例をご紹介いただき、佐藤嘉則(東京文化財研究所)からは、埋蔵環境である装飾古墳の保存公開施設でのIPMへの取り組み例について紹介しました。参加者はちょうど200名で、会場となった東京文化財研究所、地階セミナー室(写真1)だけではなく、会議室(写真2)やロビーを2つのサテライト会場としました。ロビーでは、文化財のIPMや生物劣化対策に関する論文の別刷の他、関連資料等を展示し、自由にお持ち帰りいただけるようにしました。白熱した発表が続き、討議の時間が少なくなったのは残念でしたが、関係者皆様のご協力を得て、盛況裏にフォーラムが終了いたしましたこと、改めて関係者各位に感謝したいと存じます。
博物館・美術館等保存担当学芸員研修の修了者を対象とし、資料保存に関わる最新の知見等を伝える目的とした表題の研修を3年ぶりに開催しました(平成27年7月6日、参加者107名)。
2020年以降の水銀および水銀を使用する製品の規制を定める、いわゆる「水俣条約」により、今後の蛍光灯の生産中止への流れ、また以前からの白熱電球生産縮小により、展示照明用光源についても白色LEDへの転換が“選択”から“必然”になりつつあります。今回は副題が示す通り、同条約について概説を行った(佐野千絵・保存修復科学センター副センター長)のち、白色LED開発の現状について吉田が解説しました。さらに、久保恭子氏(日本美術刀剣保存協会)、川瀬佑介(国立西洋美術館)、山口孝子氏(東京都写真美術館)をお招きし、日本刀、油彩画や彫刻、写真資料の展示照明として白色LEDを使用した際の効果や現状での問題点等についてお話しいただきました。さらに山口氏には、水銀を利用した写真技法であるダゲレオタイプへの影響についても取り上げていただきました。
非常に高い演色性が求められる展示照明用の蛍光灯やハロゲンランプの今後の生産については、まだ先行きについて確実なことは言えず、今後も情報収集と提供に努めてまいりたいと考えています。また、数字上の演色性に関しては十分な性能を持つに至っているLEDですが、従来照明との見え方の違いも顕在化しており、自然科学的見地からその原因を解明する必要性も実感しています。
表題の研修は、資料保存を担う学芸員に、そのための基本知識や技術を伝える目的で昭和59年以来毎年行っているものです。今年度は、7月13日より2週間の日程で行い、全国から32名の参加者を得ました。
本研修のカリキュラムは、温湿度や空気環境、生物被害防止などの施設環境管理、および資料の種類ごとの劣化要因と様態、その防止の2本の大きな柱より成り立っており、研究所内外の専門家が講義や実習を担当しました。博物館の環境調査を現場で体験する「ケーススタディ」は埼玉県立さきたま史跡の博物館をお借りして行い、参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定したテーマに沿って調査し、後日その結果を発表しました。
今回の研修は32回目となり、初期の方々との代替わりも進んでいます。また、特に公立博物館の多くが改修や設備更新の時期を迎えている現在において、資料保存の理念や方法が適切に継承されるよう、本研修を今後も充実させていきたいと考えています。
煉瓦造遺跡の壁画保存に関する研修および調査 6月14日から6月23日の日程で、昨年より継続している壁画の保存修復に関する研修とバガン遺跡群内No.1205寺院の堂内環境調査、屋根損傷状態調査、壁画の崩落個所応急処置を行いました。研修は、ミャンマー文化省考古・国立博物館局(DoA)のバガン支局およびマンダレー支局の壁画修復の専門職員3名を対象に行いました。過去にバガン遺跡群内の寺院壁画に対して行われた修復事例を視察しながら、壁画の損傷の原因やその対処方法について討論を行った後、No.1205寺院において実際に壁画修復時の調査記録方法、修復材料の調整方法等についての実習を行いました。また、平成26年度の調査時に指摘されていた鳥獣や虫による汚損や破壊に対する対策として、シロアリの忌避剤や寺院入口の扉について指導し、DoA職員らと共に設置を行いました。研修生からは、今回の研修内容を他の修復事業にも役立てていきたいとの意見も聞かれ、今後の活用が期待されます。
第4回木造建造物保存研修の実施
6月30日から7月11日まで、インワ・バガヤ僧院およびミャンマー考古・国立博物館局(DoA)マンダレー支局にて、第4回の木造建造物保存研修を実施しました。DoA職員10名と技術大学マンダレー校卒業生1名(オブザーバー)が参加した今回研修では、本堂の床組及び外壁周りの破損部位と取替材に関する調査に続いて、内陣周囲の高欄を対象として彫刻も含む総合的観察記録の演習などを行いました。従来と同様に数名ごとのグループで行う調査から、個人単位で行う作業の比重を徐々に高めていき、最終の発表も一人ずつに行ってもらいましたが、かなり高い水準の調査報告がなされるようになり、研修成果が着実に彼らの身についてきたことを実感させられました。
本ワークショップは、海外にある日本の書画等の有形文化財と装こう修理技術といった無形文化財と、そしてそれらを修復・保存する文化への理解を広げる事業の一環として毎年開催しています。本年度は7月8~10日の期間で基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」を、13~17日の期間で応用編「Restoration of Japanese Folding Screen」をベルリン博物館群アジア美術館で行いました。
基礎編では、文化財の制作から活用・保存に関する講義・実習を行い、20名が受講しました。講義では原材料として紙・糊や膠等の接着剤・日本画の絵の具、また日本の文化財保護や表具文化について取り上げ、それらを踏まえた上で、書画の制作や表具、掛け軸の取り扱い等の実習を行いました。
応用編には10名が受講し、装こう修理技術に基づく屏風の修復を念頭に、屏風作製実習と講義、応急修理の実演を行いました。実習では、受講生各自が下張りから本紙の貼り付けまでを行って屏風を作製し、その構造と各部位の機能や、その為の道具と装こう技術について理解を深めました。
基礎・応用編ともに、ヨーロッパ各地及びアジア・オセアニアの修理技術者、学芸員、学生が受講し、様々な質疑応答が交わされ、改めて日本の紙本・絹本文化財の保存修復が注目されていることを感じました。今後とも、一人でも多くの技術者にその知識・技術の深さを体感していただき、在外の日本文化財の保存に貢献できるよう、本ワークショップを企画していきたいと考えます。
文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行い、日本の文化財を守り支える伝統的技術として海外に情報発信する取り組みを行っています。2015年7月には邦楽器原糸・檜皮葺・昭和村からむしの調査を行いました。
三味線、箏などは伝統的な邦楽器であるとともに、文楽や歌舞伎の上演に必要不可欠な楽器です。これらの楽器の絃は、現在ではナイロンなどの合成繊維なども用いられていますが、絹糸製のものが最良とされ、その演奏と音色を支えていると言っても過言ではありません。滋賀県木之本町邦楽器原糸製造保存会にご協力頂き、座繰り(繭から糸を取る作業)の工程について聞き取り調査と写真撮影を行いました。近年では国内の養蚕業の衰退が進行しており、伝統的な技術の継承が課題となっています。
檜の立木から採取した樹皮を整えて屋根の材料として葺いていく檜皮葺は、伝統的な寺社建築などに用いられており、定期的に造替する必要があるため、良質な材料の確保と技術の伝承が重要です。昨年10月の檜皮採取の調査に引き続き、今回は公益社団法人・全国社寺等屋根工事技術保存会所属の株式会社友井社寺にご協力を頂き、奈良県生駒市の寳山寺聖天堂において屋根葺替工事の調査撮影をさせて頂きました。
重要無形文化財に指定されている越後上布・小千谷縮は、福島県大沼郡昭和村で栽培・加工される苧麻(からむし)を原料として作られます。昭和村からむし生産技術保存協会および会員の方々のご協力のもと、2メートル以上に成長したからむしの収穫、皮剝、苧引きの各工程について調査させて頂きた。他の伝統工芸産業と同様に、従事者の高齢化が進んでおり、後継者育成と技術の伝承が喫緊の課題となっています。この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作する予定です。
6月4日に企画情報部月例の研究会が、下記の発表者とタイトルにより開催されました。
安永は、和歌山から中辺路・本宮・新宮を経て那智滝へと至る、熊野の参詣道を描いた江戸時代の画巻である伝祇園南海筆「山水図巻」を題材に、地理的にかなり正確な熊野の描写と、表現上の特徴から、絵の筆者と伝承される祇園南海(1676~1751)筆の可能性について、南海の新出作品との比較などから考察しました。また、日本の初期文人画における中国絵画学習や、新たな実景表現との関連性についても指摘しましたが、この図巻が下絵なのかといった問題や、同時代絵画との関わりについても、出席者から様々な意見が寄せられました。
富澤氏の発表は、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する「近代日本画帖」の調査に基づくものでした。この画帖は現在一枚ずつに切り離されていますが、全部で95面からなり、河鍋暁斎や橋本雅邦、川端玉章といった明治時代に活躍した7名の日本画家が手がけています。富澤氏の研究により、ディーラーのフランシス・ブリンクリー(1841~1912)が当初、河鍋暁斎に100枚の画帖制作を依頼したものの、明治22(1889)年に暁斎が没したことにより、他の6名の画家が制作を分担した経緯が明らかにされました。明治25~26年に来日したアメリカ人実業家チャールズ・スチュワート・スミスがブリンクリーよりこの画帖を購入し、その後スミスの遺族がメトロポリタン美術館に寄贈、今日に至っています。
なおこの画帖のうち、河鍋暁斎が描いた12面が東京丸の内の三菱一号館美術館で開催されている「画鬼・暁斎」展(2015年6月27日~9月6日)で里帰りし、その下絵(河鍋暁斎記念美術館蔵)とあわせて展示されています。精緻な筆づかいは画帖の中でも傑出して見応えのあるものですので、この機会にぜひご覧ください。
6月6日(土)、アート・ドキュメンテーション学会の年次大会の一環として、シンポジウム「美術資料情報における大規模化と高度化 ── グローバルなデジタル化戦略と学術的専門研究の接点を問う」が国立西洋美術館講堂で開催され、当研究所から田中淳副所長、皿井舞企画情報部主任研究員が発表者として参加しました。本シンポジウムは、国際的に要請されている美術資料情報の大規模化を視野に入れ、国内の情報の専門化・高度化という課題について、関連機関の状況を確認しつつ、議論を深めることを目的としたものでした。
まずは、国立西洋美術館、オランダ国立美術史研究所(RKD)および当研究所の3アーカイブの構築―東京文化財研究所の取り組み」と題して、当研究所の歴史、アーカイブ活動やデジタル・コンテンツを紹介し、グローバルな水準での情報提供の試み(セインズベリー日本藝術研究所、ゲッティ研究所との連携など)について報告をしました。個々の報告ののちに、報告者によるパネル・ディスカッション、馬渕明子氏(独立行政法人国立美術館理事長)による基調講演などが行われました。
本シンポジウムは、美術資料情報をめぐる今日の状況において、本研究所が長年に渡って蓄積・保存してきた美術や文化財に関する情報・資料を、いかに研究活動において有効なものであるかを国内外の関係者に改めて提示するとともに、他機関の先駆的な活動を知ることによって、グローバルな水準での情報提供について多くの示唆を得るものでありました。
ドイツ・ベルリン在住のアーティスト、イケムラレイコ氏の公開対談を、6月9日(火)に行いました。これに先立って、2014年1月に企画情報部では、「「かたち」再考―開かれた語りのために」という国際シンポジウムを開催し、このシンポジウムでもイケムラ氏にご登壇いただきました(詳しくは、報告書を刊行しておりますのでご覧いただけますと幸いです。http://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/120647.html)。
今回はその第2弾となり、企画情報部の山梨絵美子と皿井舞とがイケムラ氏に質問を投げかけ、それにイケムラ氏が応えるという三者の対談形式でお話を聞いてまいりました。最新作の「うさぎ観音」という高さ3メートルを超えるテラコッタ像の制作コンセプトを皮切りとして、技法、素材やメディアの選択、あるいはコンセプトを実現するための工夫といった実践的なお話に加えて、制作の姿勢、創造の際の内面や葛藤、アートを通して目指す境地など、つくるという営みを、率直に、ぞんぶんに、語ってくださいました。
絵を描くとき、「対象と自らとが一体化したその瞬間をつかまえる。描きたいのは、ものではない。対象が自分と体につながっている、そういう感覚を捉えたい。それが自分と世界のつながりであり、経験であり、それを絵にするのだ」という言葉が印象的でした。
対談の内容は、東京文化財研究所のホームページ上で公開する予定にしております。どうぞご期待ください。
6月16~17日の2日間、田中淳副所長、企画情報部の皿井舞は、フィラデルフィア在住ビデオアートの研究者である足立アン氏の協力を得て、世界的規模で美術資料や美術研究情報の発信を主導するゲッティ研究所(Getty Research Institute : GRI)を訪問し、共同研究を模索するための協議を行いました。これは、昨年2014年の10月にゲッティ研究所長のトーマス・ゲーケンズ博士をはじめとするスタッフ4名ほかが当研究所を視察されたことを受けて、具体的に連携内容について協議することとなったものです。
ゲッティ研究所は、ロサンジェルスのサンタモニカの海岸とUCLAのキャンパスを見下ろす小高い丘の上にあります。ゲッティ研究所のほか、ゲッティ保存研究所(Getty Conservation Institute)、5つのパビリオンをもつゲッティ美術館などを擁する複合施設となっており、ゲッティセンターと総称されています。
ゲッティセンターの設立者ジャン・P・ゲッティは、21世紀の革新的なデジタル技術は、芸術と人文学、自然科学を融合させることを可能にするもので、ゲッティセンターはそのプラットフォームを提供しなければならないという理念を掲げています。その理念にしたがって、ゲッティ研究所は、すべての美術資料へのアクセスを統合するという協力的モデルの形成をめざし、アメリカ国内の各美術館や研究所のみならず、ヨーロッパの美術館・研究所と連携しながら、さまざまなプロジェクトを有機的にまとめ上げていました。
皿井は、”Approaches to the Creation of Japanese Cultural Properties Database at National Research Institute for Cultural Properties, Tokyo; Tobunken”と題したプレゼンテーションを行い、トーマス・ゲーケンス所長をはじめとして、各部門の主要スタッフに、現在、東文研が取り組んでいる文化財の研究情報の発信について紹介しました。
当研究所の美術資料デジタルアーカイブや美術家に関するデータベースなどは、ゲッティと連携可能なコンテンツである可能性が高く、ゲッティ研究所のスタッフにも好評を博しました。最終的には両研究所が連携を進めるということで合意を得て、これから覚書を取り交わすこととなります。
世界につながるゲッティ研究所のポータルサイトから、東文研のデジタルコンテンツが検索できるようになれば、日本の美術や文化財に関する情報が、世界のより多くの方に利用していただけるようになることは間違いありません。引きつづき、今後も東文研の情報発信強化に努める所存です。
1942年11月から1984年4月まで当研究所の前身である東京国立文化財研究所に奉職された美術史家上野アキ氏は2014年10月12日に逝去されました。上野氏はキジル石窟や敦煌の壁画など西域美術を専門に研究されました。また、高田修、伊東卓治、柳沢孝、宮次男との共同研究「醍醐寺五重塔の壁画研究」で1960年に学士院恩賜賞を受賞し、柳沢とともに同賞初めての女性の受賞者となりました。このたび、ご遺族から、今後の研究への活用のため、上野氏の調査ノートや関連資料および蔵書の一部を当研究所にご寄贈いただくこととなりました。西域美術史研究の足跡などを知る貴重な資料群です。これらは整理の後、公開していく予定です。
当研究所の所長をつとめた美術史家矢代幸雄(1890-1975)は、1921年に渡欧し、同年秋からフィレンツェでルネサンス美術研究家バーナード・ベレンソン(1865-1959)に師事します。師の様式比較の方法を学んで英語の大著『サンドロ・ボッティチェリ』(1925年)を著し、国際的に認められました。1925年に帰国後は、当研究所の前身である美術研究所の設立に参画し、同所を拠点にベレンソンの方法論を用いた東洋美術史編纂に尽力、戦後は大和文華館の開館に準備から関わり、初代館長をつとめました。当研究所では、矢代とベレンソンの往復書簡に関する調査研究を進めて来ましたが、ベレンソンの旧宅を所屋とするハーバード大学ルネサンス研究センターおよび越川倫明氏(東京藝術大学)と共同でこの往復書簡全点114通の翻刻や関連文献等を掲載したウェブ上でのオンライン展示「Yashiro and Berenson-Art History between Japan and Italy」を、6月30日に開始しました(http://yashiro.itatti.harvard.edu/)。往復書簡、書簡に登場する人物一覧、『サンドロボッティチェリ』(1925年)、『私の美術遍歴』(7~10章、1972年)の英訳を含む矢代の著作の英語版、矢代についての論考、ベレンソンによる東洋美術に関する著作、矢代の描いた水彩画やスケッチを含むギャラリーという章立てで、二人の美術史家の交流をうかがえる資料群をご覧いただけます。矢代と書簡からはベレンソンと矢代の個々の活動や師弟関係のみならず、1920年代から50年代までのルネサンス美術研究および東洋美術研究の国際的状況がうかがえます。
6月30日(火)、企画情報部では、マシュー・マッケルウェイ氏(コロンビア大学)を招いて「南紀下向前の長澤蘆雪―禅林との関わりをめぐって―」と題した研究発表がおこなわれました。
江戸時代の中期に活躍した画家である長澤蘆雪(1754~99)は、師である円山応挙の代役として、天明6年(1786)から翌7年にかけて紀州の南(南紀)にある禅宗寺院をいくつか訪れ、わずか数か月の間に大量の襖絵を描いたことで知られています。この南紀での経験は、蘆雪が独自の画風を獲得する大きな契機となりましたが、南紀下向以前の蘆雪の動向や学画状況については、不明な点も少なくありません。マッケルウェイ氏は、現在、海外で所蔵されている蘆雪作品の賛者や合作などの詳細な分析から、蘆雪が南紀に下向する以前より、斯経慧梁や指津宗珢といった妙心寺の禅僧と親交があったことを指摘し、それらを念頭に、蘆雪が南紀の寺院で描いた襖絵の画題を検証することで、妙心寺の襖絵から何らかの着想源を得た可能性を指摘されました。南紀以前の作例が少ない蘆雪研究の現状にあって、非常に有意義で魅力的な説が提示され、発表後には、マッケルウェイ氏が紹介された在外の蘆雪作品についても、活発な意見交換がおこなわれました。こうした在外作品の紹介は、東京文化財研究所にとっても重要な情報となりましたし、また、今後のさらなる研究の進展も期待されます。
無形文化遺産部では、2011年から韓国国立無形遺産院(前韓国国立文化財研究所)と第二次「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」を行っています。その一環として、6月1~22日の日程で無形遺産院の方劭蓮(バン・ソヨン)氏が来日し、共同調査を行いました。今回は無形の文化財の保存・活用について保存団体等がどのように活動しているのか、具体的な事例研究を行うことを目的に、広島県北広島町の壬生の花田植(国指定重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産)や同県三次市の「三次の鵜飼」(県指定無形民俗文化財)を見学し、関係者に聞き取り調査を行いました。花田植も鵜飼いも、その伝承には観光という要素が不可分に結びついています。それだけに、伝承にあたっては伝承者だけでなく、行政や関連団体、地域の方々、研究者、観客など、多様なアクターが多様な関わりを持ち、地域経済とも関わりながらより柔軟に文化伝承がなされており、調査ではその実態の一端を知ることができました。
韓国では、無形の文化財に関わる新しい法律が2016年3月に施行され、保護をめぐる環境が大きく変わろうとしています。折しも、この研究交流事業も本年度で一端終了し、来年度はまとめの年になります。今後は第二次研究交流の成果をまとめるとともに、韓国での法律改正後の動きも踏まえながら、再来年度以降の交流の在り方を両国で検討していく予定です。