研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


研究会「東南アジアの遺跡保存をめぐる技術的課題と展望」の開催

総合討議の様子

 東南アジア5カ国より考古・建築遺産の保存修復に携わる専門家をお招きして、11月13日に東文研セミナー室にて標記研究会を開催しました。各国における遺跡保存をめぐる様々な技術的課題について発表いただくとともに、新たな協力の可能性をめぐって意見交換を行いました。これまでに遺跡整備の実践例を多数有するインドネシアとタイ、また特に近年、新技術の導入が目覚ましいカンボジア、ベトナム、ミャンマーからの具体的事例紹介をもとに、考古遺跡や歴史的建造物、博物館等における文化遺産保護状況を広く俯瞰する機会となりました。
 インドネシアからはHubertus Sadirin 氏(ジャカルタ首都特別州文化財諮問専門委員会技術指導官)、タイからはVasu Poshyanandana 氏(文化省芸術局建造物課主任建築家・ICOMOSタイ事務局長)、カンボジアからはAn Sopheap氏(APSARA機構アンコール公園内遺跡保存予防考古学局・考古室長)、ベトナムからはLe Thi Lien女史 (ベトナム社会科学院考古学研究所・上席研究員)、ミャンマーからはThein Lwin氏(文化省考古・国立博物館局・副局長)にお越しいただきました。
 総合討議においては、出土遺構の保存方法、修復における新旧材の整合性、建造物の耐震対策、有形的価値と無形的価値との保存のバランス、管理体制・人材育成の問題等について活発な議論が行われました。これらの国々は、いずれも熱帯あるいは亜熱帯地域に属するという気候環境的な類似性にとどまらず、材料の劣化要因や対策面でも共通する課題を抱えています。域内外でのさらなる連携を視野に入れて情報共有、協力を継続していくことを確認しあう機会となりました。今後も各国との対話を深めながら支援のニーズを見定め、より有効な協力のあり方を考えていきたいと思います。

国際研修2015「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

和紙の裏打ち実習における実演

 2015年11月4日から11月20日にかけて、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)のLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、INAH(国立人類学歴史機構、メキシコ)、ICCROM、当研究所の3者で国際研修を共催しました。本研修は、INAHを会場にして、今年で4回目の開催です。
 研修前半は当研究所が担当し、ポルトガル、ベリーズ、チリ、コロンビア、キューバ、メキシコ、ウルグアイ、ベネズエラの8カ国から、9名の文化財修復の専門家が参加しました。本研修では、日本の紙文化財の保存修復技術を海外の文化財へ応用することを目的に、日本の文化財保護制度の紹介から始まり、修復に関連する和紙や接着剤等の材料、国の選定保存技術のひとつである装こう修理技術の基本的な知識等を講義した上で、実習を行いました。実習は、プログラムの一環で当研究所において数ヶ月間装こう修理技術を学んだINAH職員が共に遂行しました。日本人講師の実演を踏まえて、糊炊き、作品のクリーニング、補修、裏打ち、張り込み等の和紙の特性を活かした装こう修理技術の基礎を体験してもらいました。研修後半は、メキシコとスペイン、アルゼンチンの文化財修復の専門家によって、欧米の保存修復における和紙の応用等についての研修が行われました。この様な技術交流を経て、日本の保存修復技術への理解の深化と海外の文化財保護への貢献ができるよう、同様の研修を継続する予定です。

第29回ICCROM総会

会場概観
審議の様子

 2015年11月18日から20日にかけてイタリア・ローマで開催されたICCROM(International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Properties)の第29回総会に参加しました。ICCROMは、1956年のUNESCO第9回総会で創設が決議され、1959年以降ローマに本部を置いている政府間組織です。ICCROMは世界遺産委員会の諮問機関としても知られていますが、動産、不動産を問わず、広く文化遺産の保存に取り組んでいます。当研究所では特に紙や漆を用いた文化財の保存修復研修を通じてその活動に貢献してきました。
 総会は2年に1度開催されており、例年通り、約半数の理事の任期が満了するのに伴い選挙が行われました。選挙の結果、当研究所の川野邊渉が理事に再任されました。そのほか、UAE、フランスの理事も再任され、アイルランド、アルゼンチン、イラン、オランダ、カナダ、韓国、チュニジア、ノルウェー、ヨルダンからは新たな理事が選出されました。
 また、今年の総会からテーマ別討論が行われることになり、「Climate Change and Natural Disasters: Culture cannot wait!」というテーマの下、各国の災害対策や復興事例が紹介されました。その中で、今年3月に仙台で開催された第3回国連防災世界会議で「仙台防災枠組2015-2030」及び「仙台宣言」が採択されたことも大きく取り上げられ、各国の日本に対する期待の高さを実感しました。
 当研究所では、今後もこうした国際会議に参加し、文化財保護に関する国際的動向について情報を収集するとともに、日本の活動について広く発信していきたいと考えています。

10月施設見学

文化遺産国際協力センターの取組について説明を受ける様子

 東京学芸大学 9名
 10月5日、当研究所で行っている国内外の文化財研究や文化財保護協力といった最新活動に対する理解を深め、今後の学習に活かすために来訪。企画情報部の資料閲覧室、無形文化遺産部の実演記録室及び保存修復科学センターの保存科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。また、文化遺産国際協力センターでは、当研究所の国際的な取組について、研究員による説明を受けました。

企画情報部「第49回オープンレクチャー モノ/イメージとの対話」の開催

会場の様子

 企画情報部では、10月30日(金)、31日(土)の2日間にわたって、オープンレクチャーを当所セミナー室において開催しました。日頃の研究の成果を広く一般に講演の形で発信するものとして毎年行われており、今回で第49回を迎えました。本年は当所研究員2名に加え、外部講師2名を迎え、各1時間余の講演が行われました。
 第1日目は、皿井舞(企画情報部主任研究員)「仁和寺阿弥陀三尊像と宇多天皇の信仰」、増記隆介(神戸大学准教授)「十世紀の画師たち―東アジア絵画史から見た「和様化」の諸相―」。皿井は宇多天皇が造立した阿弥陀三尊像について、その図像的特色とこれが宇多天皇を中心とする宗教史的歴史的背景といかに関わっているかを述べ、増記氏は中国における10世紀頃の山水画の変化を史料から読みとり、その日本への影響について考察されました。第2日目は、安永拓世(企画情報部研究員)「与謝蕪村の絵画に見る和漢」、吉田恵理(静岡市美術館学芸係長)「池大雅の山水画を考える―二つの「六遠図(りくえんず)」を手がかりに―」。安永は江戸時代の代表的な画家である与謝蕪村の絵画において「和」と「漢」が彼の表現の中でどのように意識され、混交され、実作品にどのように表れているかを述べ、吉田氏は蕪村と並ぶ江戸画家・池大雅が描いた「六遠図」を中心に、それが中国の絵画理論を源としながらもユニークなものであること、日本的「文人画家」としての大雅の絵がどのように形成されていったかを諸作品の筆法、また作品に関わった人々との関連によって講演されました。
 第1日目は138名、第2日目は109名の多くの聴衆を迎え、アンケートに回答いただいた方のうち、「大変満足した」と「おおむね満足だった」が合わせて8割以上と好評をいただきました。

/ 小林達郎)

国際シンポジウム「日本美術史研究の現在―グローバルな視点から」への参加

 様々な分野でグローバル化が課題となっている中で、美術史学においても「世界美術史」や「グローバル美術史」への試みがなされるようになっています。そうした状況を踏まえてハイデルベルク大学東アジア美術研究所の主催により、国際シンポジウム「日本美術史研究の現在―グローバルな視点から」が10月22日から24日まで、ハイデルベルク大学のカールジャスパー・センターで行われました(http://sharepoint2013.zo.uni-heidelberg.de/zo-conference-hub/conf-iko/histories-of-japanese-art/SitePages/Home.aspx)。同シンポジウムは石橋財団がハイデルベルク大学への日本からの日本美術史客員教授派遣する支援をする「石橋財団日本美術史客員教授制度」の創設10周年を記念したもので、1「世界の創出―空想の日本」、2「東アジアからの輸出美術品の拡散」、3「20世紀初頭の芸術界における日中関係」、4「日本美術と公衆の語り」、5「欧米における東洋美術品収集と世界美術史の形成」、6「戦後美術の同時代性」、7「国際展における「日本」」の7つのパネルによる構成で、22名の研究発表と各パネルでの討論、クリスティン・グート氏(ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館)Christine Guth (Royal College of Art and V&A Museum, London)とタイモン・スクリーチ氏(ロンドン大学)Timon Screech (SOAS, London) の2名による基調講演が行われました。当所から山梨が招かれて参加し、パネル5で「ダーウィン著『種の起源』と世界美術史の始まり」(インゲボルグ・ライヘル氏、フンボルト大学、Ingeborg Reichle , Humboldt University, Berlin)、「ドイツ帝国における東洋美術品収集と世界美術史の状況」(ドリス・クロワッサン氏、ハイデルベルク大学、Doris Croissant , Heidelberg University)に先立って「美術商林忠正―欧米と日本の異なる「美術」概念のはざまで」というテーマで発表しました。3日間の発表と討論を通じて、大航海時代以後、人、物、知識・情報の移動が激しくなり、日本美術品や日本美術史についても様々な地域で異なる語りがなされてきたことが明らかになりました。シンポジウムの報告書は2017年に刊行される予定です。

染織文化財の技法・材料に関する研究会「ワークショップ 友禅染 ―材料・道具・技術―」の開催

染色に関する講義

 無形文化遺産部では平成27年10月16日、17日と文化学園服飾博物館と共催で友禅染に関するワークショップを開催しました。今回のワークショップでは桜美林大学の瀬藤貴史先生をお招きし、近世以降の代表的な染色技法である「友禅染」を取り上げ、近世より受け継がれた材料(青花紙〈あおばながみ〉や友禅糊、天然染料など)と近代以降の合成材料(合成青花、ゴム糊、合成染料)、それぞれの材料に合わせた道具について比較しました。
 1日目は、友禅染の材料や道具の生産をとりまく現状を映像も併せて説明し、その上で、青花紙と合成青花の比較しながらの下絵描き、真糊〈まのり〉に蘇芳と消石灰を併せた赤糸目〈あかいとめ〉による糸目糊置き、地入れを行いました。2日目は天然染料と合成染料について学んだ後、合成染料による彩色、蒸し、水元〈みずもと〉の作業を行いました。蒸しの待ち時間にはゴム糸目による糸目糊置きを体験しながら、真糊とゴム糊の工程の違いについても学びました。ワークショップの終盤には、それぞれの考える受け継ぐべき「伝統」についてディスカッションを行いました。
 今回のワークショップを通じて、材料の変化と道具、技術の関わりについて、実際の作業を通じて理解し、さらに、後世へ受け継ぐべき技術とその保護について参加者の皆さんと討議し問題を共有することもできました。
 今後も無形文化遺産部ではさまざまな技法に焦点をあてる研究会を企画していきます。

被災資料を保管している旧相馬女子高校の環境調査

除塵清掃の様子

 東北地方太平洋沖地震救援委員会救援事業、福島県被災文化財レスキュー事業等では、旧警戒区域の双葉町、大熊町、富岡町の各資料館から搬出した資料の一時保管施設として、旧相馬女子高校(相馬市)の校舎を再利用しています。大型資料や特に重い資料を除いて、搬出資料はすでに福島県文化財センター白河館仮保管庫に収納され、除塵清掃、整理記録後に展示に活用されていますが、一時保管が想定よりも長期化したため、平成27(2015)年10月15日に、保存環境についてあらためて調査をおこないました。設置されていた温湿度、照度測定用のロガーを回収するとともに室内の表面温度測定や遮光の状況を調査し、資料が生物被害を受けていないか目視調査をおこないました。資料のある教室には乾式デシカント方式の除湿器が設置されており、梅雨~夏の相対湿度の高い時期にも教室内は高湿度にならず、2月下旬~8月中旬にはおおむね50~60%rhとなっており、資料にカビが生えやすい環境ではなかったことがわかりました。照度が高めであること、窓際から1mまでの温度が外部の影響を受けやすいことがわかりました。なお、カビの発生が疑われた一部の資料については除塵清掃作業を行いました。今後も一時保管場所の環境の整備方法について、基礎的なデータを元に検討していく予定です。

シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:キルギス共和国における専門家育成のためのワークショップ

小型UAVを操縦する研修生

 文化遺産国際協力センターはユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に2011年より参画しています。この事業は中央アジア5か国が目指すシルクロード関連遺産の世界遺産一括登録への支援を目的とし、日本及び英国の複数の研究機関が共同で実施しています。2014年、カザフスタン及びキルギスが中国と共同申請した「長安・天山回廊」はシルクロードとして世界遺産に登録されましたが、ウズベキスタンとタジキスタンによる共同申請、トルクメニスタンによる単独申請が今後も予定されています。また、5か国間の緊密な協力による持続的な文化遺産マネジメント体制の構築が今後の課題として残されています。このため、ユネスコは2014年から2017年にかけて同事業の第2期を実施することとし、継続して支援を行うことを決定しています。
 キルギスを対象とした支援を担当することとなった文化遺産国際協力センターでは、10月2日から10日にかけて考古・建築遺産を対象とした文化遺産ドキュメンテーション技術の向上と遺産のマネジメントプラン作成に向けたワークショップをキルギス南部のウズゲン市で開催しました。まず、GNSS(衛星測位システム)受信機とGIS(地理情報システム)ソフトウェアを用いた遺跡分布図の作成手法及び小型UAV(無人航空機)による航空写真と3次元モデル生成ソフトウェアを用いた考古遺跡の地形測量や建築遺産の高精細3次元モデル作成に関する講義とフィールド実習を実施しました。その後、文化遺産マネジメントプラン作成の模擬演習をグループワーク形式で行いました。
 文化遺産国際協力センターの本事業への参画は今年度で終了となりますが、今回のワークショップで利用したGNSS受信機や小型UAV等の機材はユネスコからキルギス側に供与されています。これらの最新機材を活用した文化遺産ドキュメンテーションが、今後キルギスで進展することが期待されます。

ICOMOS年次総会・諮問委員会・学術シンポジウムへの参加

 2015年10月26日から29日にかけて福岡で開催されたICOMOSの年次総会・諮問委員会・学術シンポジウムに参加しました。ICOMOS(International Council on Monuments and Sites)は、1964年に記念物と遺跡の保存と修復に関する国際憲章(ヴェニス憲章)が採択されたことを受け、文化遺産の保護と保全に尽力する国際的なNGOとして1965年に設立されました。以後、ICOMOSは、建築家、歴史家、考古学者、美術史家、人類学者など、さまざまな分野の専門家が交流する場として機能してきました。近年では、UNESCOの諮問機関として世界遺産の推薦書の審査にあたっていることでも知られています。
 これまでICOMOSの総会は3年に一度開催されていましたが、昨年イタリアのフィレンツェで開催された総会においてICOMOSの規約が改正されたことに伴い、今年からは諮問委員会にあわせて年次総会が開催されることになりました。今回の年次総会では、ICOMOSのこれまでの活動が報告され、よりよい組織のあり方について意見が交わされ、ICOMOSが専門家集団としてより適切に機能する方策が模索されました。また、「RISKS TO IDENTITY: Loss of Traditions and Collective Memory」というテーマで学術シンポジウムが実施され、有形の文化遺産だけでなく、その無形の価値の保存と継承に関して、多くの事例が紹介され、議論されました。
 本研究所では、今後もこうした国際会議に参加し、文化遺産保護に関する国際的な動向の把握に努めたいと考えています。

9月企画情報部研究会

志村氏、秋本氏と聴講者との間で熱く交わされる画絹・絹糸に関する情報交流

 月例の企画情報部研究会では、9月29日(火)に、研究プロジェクト「美術の表現・技法・材料に関する多角的調査研究」の一環として、絹織制作研究所の志村明氏に「絹生産における在来技術について」の標題のもとご発表をいただきました。あわせて、同研究所の秋本賀子氏にコメンテーターとしてご出席いただきました。志村氏は近代以前の伝統的織絹の復元に日々携わっておられます。研究会のテーマとなった画絹については日本絵画の基底材であり、美術史研究者はもとより日本絵画の修復に日々携わる者にとっても非常に親しい存在です。聴講者は美術史の研究者にとどまらず、日本絵画の修復に携わる者など多岐にわたり、その分野への関心の高さが窺がわれました。
 今回の研究会では、今日まで残るさまざまな時代の画絹類を実際に調査され、それにもとづいて技術復元を行われた過程で知り得た画絹、絹糸に関する様々な知見をお話いただきました。研究会では最初に志村氏から絹糸に関する基本的な情報をご提示いただき、適宜、秋本氏にコメントをしていただきながら、聴講者から質疑を行い、これに志村氏が応答していただくという形式で進めました。そのなかで、絹糸の太さ(径)に関する単位と思われていた「d(デニール)」が絹の容量に関る単位であること、実際に復元した伝統的技術によって生成された画絹を微細に観察しながら、経糸と緯糸によって構成される織目(空隔)の密度と裏彩色の関係など、われわれ研究者が自明のことと思っていた画絹、絹糸に関する知識が非常に誤解・誤認をともなうものであったことに気づかされ、認識を改める機会を得ることができたように思います。
 この質疑・応答をもって進行した研究会は2時間を超えるものでしたが、志村氏よりご提示いただいた画絹・絹糸に関する情報・知識は非常に新鮮でした。また、志村氏、秋本氏によって制作された厚みや織り目の密度の異なる画絹、砧で打ち込んだ練り絹(絹布)の現物を手にとって、それらの感触を実感することができた経験も、今後、絵画研究に携わってゆくうえで有意義なものとなりました。

久野健白鳳会講演録の寄贈

 故・久野健(1920~2007)氏は1944年に当研究所の前身である美術研究所に入所され、1982年に退官されるまでの38年間にわたって仏像彫刻研究に従事されてきました。退官後は自宅に隣接して仏教美術研究所を設立し主宰され、長年にわたって収集された資料を研究者に提供されてきました。久野氏の没後は、ご遺族より、氏が手ずから書き込まれた調査ノート類、写真資料類をご寄贈いただきました。それらは主に国内外に所在する仏像彫刻に関するものです。件数にして7,480 件にものぼり、2015年3月から「久野健寄贈資料」として当研究所の資料閲覧室にて公に供しています。
 久野氏は、仏教美術研究所において仏教美術愛好者を募って白鳳会を結成し、会員向けの現地見学会や講演会を熱心になされていたことが、調査ノートに挿み込まれていた告知案内状の類から知られていました。しかし、どのような講演内容であったかについては不明でした。ところが、このたび白鳳会の運営を手伝われていた高橋寿守氏から、白鳳会で行われた講演録の寄贈の申し入れがあり、その受け入れが9月に完了いたしました。これは久野健氏が白鳳会で講演された度毎に、会員が分担して講演のテープ起こしを行い、久野氏が内容に目を通されたうえで、会員に向けて配布されていた講演録を一括したものです。これによって白鳳会で久野氏が講演された内容を具体的に窺がうことが可能となりました。なお、この講演録は「久野健寄贈資料」の一環として登録し公開をいたします。

民俗技術の映像記録制作事業―木積の藤箕製作技術をモデルケースに

藤箕製作技術の撮影風景

 民俗技術を後世に伝えていく上で、映像による記録は大変有効です。特に東日本大震災以降は、失われた技術を復興・再現するための手がかりとして記録の重要性が再認識され、防災対策としても注目されています。
 しかし、これまでの記録映像は、研究や普及用に1時間程度の尺で制作されたものが主流であり、技術そのものの習得や、新たな作り手の育成に目的を特化したものは多くありませんでした。したがって、何をどのように記録すれば、実際の技術習得に役立つのか、その手法についても十分に検証されてきませんでした。一方、伝承の現場では、伝承者の高齢化が進むなど、技術の習得や確認に役立つ記録の作成が、ますます重要で緊急性の高い課題になってきています。
 そこで無形文化遺産部では、防災事業の一環として、2015年9月から、千葉県匝瑳市木積の藤箕製作技術(国指定無形民俗文化財)をモデルケースに、民俗技術の映像記録制作事業をスタートさせました。材料の採集、加工、箕作りまでの一連の技術について、例えばどのアングルで撮影すればよりわかりやすいのか、どういった情報が盛り込まれていれば役に立つのか等について、伝承者はもちろん、技術を習う後継者も交えて協議しつつ、制作を進めていきます。事業は2ヶ年を予定しており、今後、公開や活用の方法についても検討していく予定です。

『無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書』の刊行

無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書

 無形文化遺産部では平成26(2014)年度より無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究プロジェクトを開始しました。本プロジェクトでは染色技術関連道具について先駆的な事業を行っていた埼玉県熊谷市と協定を結び、埼玉県熊谷市の染色工房へ共同調査を行いました。本報告書はその成果をまとめたものです。
 本報告書は、現地調査にご協力いただいた方々それぞれの立場から、染織技術を伝承する上での課題や提案についての報告が掲載されています。また、その内容を補完する資料として、共同調査での聞取調査、工房の平面図や立面図、そして調査時に撮影をさせていただいた映像資料も含まれる内容となっています。加えて、平成27(2015)年2月3日に開催した無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会「染織技術をささえる人と道具」での座談会「染織技術をささえる人と道具の現状」も掲載しています。
 今回の報告書は、東京文化財研究所における初の試みである付属映像資料にも無形文化遺産である「わざ」の情報が詰まっています。無形文化遺産部では、今後も文字・写真による記録保存だけでなく、映像等も含めた総合的な記録作成を推進していきます。『無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書』は、後日、当研究所ウェブサイトの無形文化遺産部のページで公開予定です。

国際研修「紙の保存と修復」2015の開催

修復実習風景

 8月31日から9月18日の日程で、国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は1992年から現在まで20年以上にわたり東京文化財研究所とイクロムとの共催で行われてきました。この研修では、日本の紙文化財の保存と修復に関する技術や知識を伝え、各国の文化財保存に役立てていただくことを目的としています。今年は世界各国より87名の応募があり、その中からオーストラリア、ベルギー、ルーマニア、ブラジル、スリランカ、オーストリア、アイルランド、ロシア、オランダ、アメリカから1名ずつ計10名の文化財修復関係者を招きました。
 講義では、日本の文化財修復の概要、修復材料の基礎科学、美術史的観点から見た紙文化財、道具の製造と取扱いに関する内容を取り上げました。また実習では、紙文化財の修復から巻子の仕立てまでを実施し、和綴じ冊子の作製も行いました。さらに日本の文化財の代表的な形態である屏風と掛軸の構造について学び、その取扱い方法の実習を行いました。所外の研修では、台風の影響により一部予定の変更はありましたが、主たる研修地である美濃市および京都市での研修は無事実施することができました。美濃市では手漉き和紙の製作工程、原料、歴史的背景などについて学び、京都では伝統的な修復工房や道具・材料店等を訪問しました。最終日には研修の総括としてディスカッションを行い、各国における和紙の利用状況等に関する情報交換が交わされました。
 この研修を通して、日本の技術や考え方が海外の文化財修復現場において一助となることが期待されます。

ネパールにおける文化遺産被災状況調査

考古局との打ち合わせ
調査風景
ブンガドヤジャトラ祭の様子

 2015年4月25日、ネパール中部を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生し、首都カトマンズを含む広範な地域で文化遺産にも大きな被害が生じました。
 東京文化財研究所は文化庁より「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の委託を受け、9月14日から28日にかけて、第1回の現地派遣調査を実施しました。
 本調査では、文化省やUNESCOカトマンズ事務所など歴史遺産の保護に関わる主要な機関との打ち合わせを行うとともに、世界遺産の構成資産であるカトマンズ、パタン、バクタプルの旧王宮や、同暫定リストに記載されている郊外の集落であるサンクー、キルティプル、コカナ等を調査し、今後の本格調査のための対象物件・地域や調査手法等を検討しました。また、生き神「クマリ」が山車に乗って巡行するカトマンズ最大の祭礼、インドラジャトラ祭や、震災で中断されていた12年に1度の祭りであるブンガドヤジャトラ祭を見る機会を得、祭りが復興のなかで人々の絆を取り戻す原動力となっていることを感じました。
 この事業では、日本の他機関・他大学とも協力し、「伝統的建築技法」「構造計画」「都市計画」「無形文化遺産」といった多面的な調査を通じて、被災した文化遺産の適切な修復・保全方法を検討します。その上で、今後急速に進められることが予想される復興プロセスの中で文化遺産としての価値が失われないように、ネパールの関係当局への技術的な支援を行なっていく予定です。

選定保存技術の調査—漆搔き・漆掻き用具製作

漆掻き
漆鉋(うるしかんな)製作

 文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行い、日本の文化財を守り支える伝統的技術として海外に情報発信する取り組みを行っています。2015年9月には漆掻きと漆掻き用具製作の調査を行いました。
 かつて漆は日本全国で栽培・採取されていましたが、比較的安価な外国産の漆が増え、現在日本国内に流通している漆のうち、国産漆は数パーセントしかありません。国産漆の主要な産地は岩手県二戸市浄法寺町およびその周辺地域で、毎年入梅頃から秋まで、約20人の漆掻き職人によって、漆が採取されています。日本うるし搔き技術保存会が中心となって、技術の保存・継承・活用が推進されています。
 漆掻きには、独特の形状をした鎌・鉋(かんな)・篦(へら)などが使われ、その道具の主要部は金属製で、専用に作られています。漆掻き用具製作の選定保存技術保持者である中畑文利氏は、漆掻き職人1人1人の技術の特徴に応じて、1本ずつ微調整して作られます。日本産漆の生産、利用を行うためには、漆掻き用具製作技術の継承が必要不可欠となっています。
この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作する予定です。

一乗寺蔵・国宝天台高僧像の画像調査

調査風景

 企画情報部では2015年8月24・26日に、兵庫県・一乗寺の所有する国宝・聖徳太子及天台高僧像(全10幅)のうち奈良国立博物館に寄託されている高僧像7幅について、東京文化財研究所のもつデジタル画像技術を用いて高精細カラーおよび近赤外線画像調査を同館で行い、城野誠治、皿井舞、小林達朗が参加しました。これらの作品については、当研究所と奈良国立博物館が共同研究の対象として調査を重ねてきたところですが、今回の調査はこれを補足するものです。既に得られた各種画像とあわせ、これらは作品の今までにない詳細な情報を含むものであり、これまでの成果を出版によって公開する準備を進めています。

企画情報部研究会の開催―黒田清輝宛の岡田三郎助書簡をめぐって

岡田三郎助直筆の葉書 明治29年12月5日付
岡田八千代代筆による書簡(部分) 明治44年6月30日付

 当研究所は創設に深く関わった洋画家、黒田清輝(1866~1924年)宛の書簡を多数所蔵しています。黒田をめぐる人的ネットワークをうかがう重要な資料として、企画情報部では所外の研究者のご協力をあおぎながら、その翻刻と研究を進めていますが、その一環として8月31日に、黒田とともに日本近代洋画のアカデミズムを築いた岡田三郎助の書簡についての部内研究会を行ないました。発表者とタイトルは以下の通りです。

  • 高山百合氏(福岡県立美術館学芸課学芸員)
    「黒田清輝宛岡田三郎助書簡 翻刻と解題」
  • 松本誠一氏(佐賀県立博物館・佐賀県立美術館副館長)
    「岡田八千代の小説から見た岡田三郎助像」

 岡田三郎助直筆の書簡は「将来国宝にする値打ちがある」と黒田清輝が語るほど、岡田は自分で手紙を書くことが稀であったといいます。今回の高山氏の発表でも、黒田宛の岡田名による書簡群に筆跡のばらつきがあることが示され、代筆者の検討が行われました。そうした代筆者の一人である妻の八千代は、小説家・劇評家としても活躍しています。松本氏の発表では、八千代代筆による黒田宛書簡とともに、自身の夫婦観を投影した新出の小説原稿も紹介しながら、画家に嫁いだ妻の目線による岡田三郎助像が浮き彫りにされました。概して差出人直筆の一次資料として重視される近代の書簡ですが、今回の研究会では代筆というケースを通して書簡資料の難しさ、そして代筆者との関係をも読み解くことで、差出人をめぐる新たな人間模様を映し出す面白さを再認識する機会となりました。

2015東アジア文化遺産保存国際シンポジウム in 奈良 ―ポスター展示

ポスター会場風景
iPadを使いながらの説明

 8月26日から29日まで、「2015東アジア文化遺産保存国際シンポジウム in 奈良」が、奈良春日野国際フォーラム甍~I・RA・KA~で開催され、27日と28日の2日間の専門家会議プログラムにおいてポスター発表を行いました。「文化財研究情報アーカイブの構築―東京文化財研究所の取り組み」と題して、(1)情報資源の活用とシステム構築(2)ホームページで公開中の所蔵資料データベース検索システムのリニューアル(Wordpressを利用して個々のデータベース毎の検索からデータベースを横断的に検索し一括で結果を表示するように変更)(3)研究資料データベースの公開(既存の各種画像やテキストコンテンツを、Wordpressを利用することで検索を容易にし、また、未公開だった画像などを順次公開しコンテンツを追加)(4)国内外との連携(英国セインズベリー日本藝術研究所との連携やアメリカ・ゲッティ研究所との共同研究の予定)(5)今後の展開、などの発表でした。
 発表は、ポスター掲示に加えて、iPadやタブレットPCを利用したデモンストレーションも行い、また聴講者にも試用いただくことで、リニューアルした総合検索と所蔵資料データベースの取り組みを、より具体的に、分かりやすく理解いただくような方法で行いました。
 聴講者からは、そのコンテンツが増えていることや検索がしやすくなったことを把握でき活用の幅が広がったという感想をいただくとともに、大規模なポータルサイトへの情報提供や、類似する資料を扱った他機関とのさらなる連携を期待する意見を伺うことができました。いずれも東アジア文化遺産あるいは文化遺産保存、情報システムの専門家ならではの示唆に富んだもので、当研究所の資料群の国内外への発信の取り組みにおける有効な情報交換となりました。

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