研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(3)

蛍光X線を用いた材料分析(バガヤ僧院)

 漆材料と技法に関する調査
 1月15日から1月23日の日程で、ミャンマーの漆工品に関する調査をマンダレー、モンユア及びバガンで行いました。マンダレーでは、シュエナンドー僧院等の木造建造物に用いられた漆材料やガラスモザイクを対象に、ポータブル蛍光X線分析装置を使って、伝統的材料と技法の解明を試みました。また、モンユア近郊では、漆採取に関する聞き取り調査を行い、日本とは異なるミャンマー産漆の材質的特徴に関する理解を進めました。さらに、バガンでは、漆博物館の所蔵品調査を行うとともに、漆芸技術大学と漆博物館の職員を対象に材料分析に係る講義を行いました。協力を継続していく中で、漆工品の保存への理解についての深化が図られていることを実感しています。

12月施設見学

 朱銘美術館(台湾) 計5名
 12月1日、日本の美術研究機関での研究活動や美術資料収集、デジタルアーカイブの運営状況を視察するため来訪。企画情報部研究員と研究活動について対話を行い、交流を深めました。
 台湾新北市立図書館 計5名
 12月19日、東京文化財研究所を視察するため来訪。企画情報部の資料閲覧室を見学し、研究員から資料閲覧室や文化財アーカイブについての説明を受けました。

国際研究集会の報告書の刊行

『「かたち」再考』表紙

 企画情報部では、前年度の2014年1月10日(金)~12日(日)の3日間にわたって、第37回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会「「かたち」再考―開かれた語りのために―」を開催いたしました。本国際研究集会は、有形文化財を研究対象とするスタッフを中心に、ものの「かたち」とは何か、我々は何のために「かたち」に向き合っているのかという根本的な問いを通奏低音にして、「かたち」へのアプローチの方法論をテーマに企画したものでした。そのため、能楽の専門家や和歌の専門家など、いわゆる無形のものを研究対象とする研究者にご参加いただき、各学問分野における「かたち」の認識のあり方を相対化しようと試みました。また、作品を生み出す側に立つアーティストにもご登壇いただき、創作という行為にまつわる感覚を率直にお話しいただいたことも、「かたち」を入り口にしてその内奥に迫ろうとする研究者にとっては新鮮なものであったと思います。
 この度、本国際研究集会での研究発表と討議をまとめ、2014年12月17日に刊行いたしました。本書は平凡社より市販され、書店でもお買い求めいただくことができます。詳細は、次のURLをご参照ください。
http://www.heibonsha.co.jp/book/b186659.html

今泉省彦氏所蔵資料調査

今泉省彦氏の日記資料群

 今泉省彦(いまいずみよしひこ)(1931~2010年)は、戦後前衛美術を陰に陽に支えてきた人物です。画家を志していた今泉は、1950年代に雑誌『作品・批評』などに評論の執筆をはじめ、1958年には雑誌『形象』(のちに『機関』に改称)の創刊に参加しました。この『形象』を通じて、当時の若き前衛美術家たちとの交流を深め、そこで知り合った美術家たちは、1969年に開校した現代思潮社による美術学校「美学校」の講師を担うことになります。今泉は、美学校に開校準備から携わり、1975年に美学校が現代思潮社から独立した際には取締役となって、その運営に尽力してきました。
 今泉省彦氏所蔵資料の一部は、2013年にサウサンプトン大学附属美術館ジョン・ハンサードギャラリーで開かれた「叛アカデミー」展で、美学校関連資料として展示されました。今回は、その企画者のひとりである嶋田美子氏にご紹介いただいた今泉省彦夫人・榮子様のご協力のもと、企画情報部アソシエイトフェロー橘川英規と河合大介が、日記、写真、書籍・雑誌類、書簡からなる資料の調査を行いました。特に、同じ日大芸術学部出身のルポルタージュ絵画で知られる中村宏、『形象』の座談会で知り合い、その「千円札」裁判に深くかかわった赤瀬川原平、前衛グループ・九州派の中心メンバーだった菊畑茂久馬(きくはたもくま)、日本におけるコンセプチュアル・アートの第一人者である松澤宥(まつざわゆたか)といった、のちに美学校で教鞭をとることになる作家たちに関する書簡や文書が比較的多く確認できました。
 これら作家関連資料に加えて、今泉氏自身による1960~62年頃の詳細な日記も残されており、日本の前衛美術がもっとも盛んだったころの貴重な記録が含まれていると考えられます。今後、これらの資料をくわしく調べることで、戦後美術についての研究を進めていく予定です。

海外日本美術資料専門家(司書)の招へい・研修・交流事業2014(通称JALプロジェクト)への視察受入など

JALプロジェクト 当研究所視察の様子

 JALプロジェクト(実行委員長:加茂川幸夫東京国立近代美術館館長)は、海外で日本美術資料を扱う専門家(図書館員、アーキビストなど)を日本に招へいして、日本美術資料専門家のネットワーク構築を促進するとともに、招へい者の所見をもとに、日本の美術情報資料や関連情報提供サービスのあり方を再考することを目的とした、今年度新たにスタートした事業です。このJALプロジェクト実行委員会に、当研究所から田中淳副所長、橘川アソシエイトフェローが実行委員を委嘱され、橘川は招へい者への事前現地ヒアリング、研修ガイダンス、国内関連機関視察への随行を行いました。
 事前現地ヒアリングでは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)グローバル・リサーチC-MAPのプログラム・コーディネーターを務めた足立アン氏を担当して、水谷長志氏(本プロジェクト実行委員、東京国立近代美術館主任研究員)とともに、11月12日にニューヨーク近代美術館クイーンズ分館と、ビデオアート・アーカイブ「EAT」の2機関を視察しました。
 日本に招へいした資料専門家7名は、12月1日から東京、京都、奈良にある関連機関で研修をしていただきました。当研究所には同月3日に来訪され、当研究所および文化財アーカイブ構築事業の概要などを紹介し、資料閲覧室などで図書資料、作品調査写真、近現代美術家ファイルを視察したのち、最後に当研究所研究員らと情報交換を行いました。このなかで、海外での情報流通を想定したローマ字化されたコンテンツの充実、調査写真のオープンアクセスについてなど提言をいただきました。研修最終日となった同月11日に、東京国立近代美術館講堂で公開ワークショップが開催され、アメリカやヨーロッパで求められる文化財情報のあり方について、改めて検討するよい契機となりました。

無形民俗文化財研究協議会の開催

協議会での総合討議

 12月5日に第9回無形民俗文化財研究協議会が開催されました。今回のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産―」です。東日本大震災を機に、民俗芸能をはじめとする無形文化遺産は、郷土の地域アイデンティティを維持する手段として再認識されるようになりました。震災による高台移転や移住を余儀なくされた時に、民俗芸能はどのような役割を果たすのでしょうか。それを考えるために、今回は全国の移住・移転に関する事例から4例を取り上げ、それぞれ詳細な発表をしていただきました。
 第一の事例は、北海道に開拓のために移住した人々が、出身地からもたらした民俗芸能の役割と現状について。第二に、東京で沖縄出身者の方々が各島や地区ごとに組織する「郷友会」の実情と、そこでの民俗芸能の役割について。第三は江戸時代に北陸から福島県に移民した、浄土真宗を信仰する人々の様相について。そして最後は、山梨県で過疎のために中断を余儀なくされていた民俗芸能が、市街地に移住した出身者によって再開された事例でした。その後の総合討議では、それらの事例をもとに問題を深めることができました。なお、本協議会の内容は2015年3月に報告書として刊行の予定です。

南太平洋大学との研究交流

所長表敬訪問での記念撮影,東村山ふるさと歴史館で説明を受ける招聘者
東村山ふるさと歴史館で説明を受ける招聘者

 本年度の文化遺産国際協力拠点交流事業として行っている大洋州島嶼国の文化遺産保護に関する事業において、相手国拠点である南太平洋大学(フィジー)の「環境・サステイナブルデベロップメント(持続可能な開発)太平洋センター」より3名の研究者を日本へ招聘しました。来日したのは同センター所属のジョエリ・ベイタヤキ氏、セミ・サラウカ・マシロマニ氏、ジョン・ラグレレイ・カイトゥ氏。12月15日に来日し、研究交流及び交流に関する覚書(MOU)を締結。また21日までの滞在で、さまざまな現地調査および研究交流を図りました。
 16日には所内にて「南太平洋の文化遺産に関する研究会」が開催され、南太平洋と日本の持続可能な開発に関わる文化遺産についての意見交換が行われました。その後、17日に東京都東村山市にて里山をめぐる景観・文化遺産の現地調査を、18日には千葉県立房総のむらにて、文化遺産の活用に関する調査をおこないました。さらに19~21日は沖縄を訪れ、海洋文化館や備瀬の文化的景観(国頭郡本部町)などに関する調査・見学を行いました。招聘者の一人は「日本は発展しているにも関わらず文化的にも損なわれていないという意味において、太平洋地域での発展モデルと位置づけることができると思う」と語っています。今後の更なる研究交流が期待されます。

ワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存修復」の開催

基礎編における絵画材料と技法についての講義
応用編における掛軸の応急修理についての実習

 本ワークショップは在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として毎年開催されています。本年度は12月3~5日の期間で基礎編「Japanese paper and silk cultural properties」を、8~12日の期間で応用編「Restoration of Japanese hanging scroll」をベルリン国立博物館アジア美術館で行いました。
 基礎編では、文化財の材料としての紙・糊・膠・絵具、書画の制作技法、表具文化、取扱いについての講義、デモンストレーション、実習を行い、海外の修理技術者、学芸員、学生ら20名の参加がありました。
 応用編では装こう修理技術による掛軸の修復に関して、実習を中心にワークショップを行いました。何層もの紙や裂からなる掛軸の構造、掛軸修復のための診断、伝統的な刷毛や刃物の取り扱い、応急修理などについての講義、実習を行い、修理技術者、学芸員ら15名の参加がありました。
 近年、日本の装こう修理技術は海外の文化財修復分野でも注目を集めており、海外の絵画、書籍などにも応用されるようになっています。本ワークショップを通して、装こう修理技術の材料や技術に実際に触れる機会を提供することで、絵画、書籍等の有形文化財と、それらを守り伝えるための和紙制作技術や装こう修理技術への理解を広めてゆきたいと考えています。

ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

ブータン内務文化省文化局リンジン局長(左)と東文研亀井所長(右)
ワークショップ参加者(国立図書館前庭にて)

 2012年度より文化庁委託事業として継続してきた標題の拠点交流事業の締め括りとして、12月20日から24日まで最終のミッションを現地に派遣し、同国内務文化省文化局と共同で事業総括のためのワークショップを開催しました。民家等の伝統的版築造建造物の適切な保存と耐震性能向上を目指し、3年間にわたり実施してきた工法調査・構造調査の成果を両国メンバーより発表するとともに、今後ブータン側が取り組むべき作業の展望等をめぐって、関係者間で意見交換を行いました。同局局長と東文研所長とが共同議長を務めたこのワークショップには、本事業の直接のカウンターパートである同局遺産保存課のほか、同省災害管理局、建設省技術サービス課、ブータン基準局、国立図書館等から、関係者が出席しました。
 工法調査班は、これまでに約60件の民家や寺院、それらの廃墟、廃村、新築現場等で行ってきた実地調査や職人への聞き取りをもとに、伝統的な工法(補強を意図したと思われる技法を含む)を整理しながら、調査項目の標準化と、建築形式の類型と編年に関する試案について報告しました。他方、構造調査班は、破損状況から窺える構造的弱点の克服を目的とした、材料試験、常時微動計測、及び引き倒し実験の結果に基づいて、構造強度の基本的評価手法と、構造解析の試験的シミュレーションを提示しました。さらにこうした調査を今後どのような手順で継続・発展させ、構造的安定性判定のためのガイドライン策定に結びつけていくか、という中長期的なロードマップを提案するとともに、その間にも急速に失われていく既存建物の保存方法についても議論を行いました。
 3年間の共同調査は、同国の伝統的建築技術を理解するための序章に過ぎず、その歴史的価値評価と適切な保存策の確立のためには、いまだ長い道のりを残しています。しかしその一方で、地震や豪雨等の自然災害や、急激な都市化の波によって、有形無形の文化遺産が失われていく様子も目の当たりにしてきました。私たちに出来ることは、国際的視点からブータンの文化遺産保護を支援することであり、今後も同国の人々と協力しながら努力していきたいと思います。

寄附金の受入

東京美術商協同組合中村理事長(左)と亀井所長(右)
㈱東京美術倶楽部三谷社長(左)と亀井所長(右)

 東京美術商協同組合(中村純理事長)より東京文化財研究所における研究成果の公表(出版事業)の助成を、また、株式会社東京美術倶楽部(三谷忠彦代表取締役社長)より東京文化財研究所における研究事業の助成を目的として、それぞれ寄附金のお申し出がありました。
 11月5日、東京美術倶楽部においてありがたく拝受し、ご寄附をいただいたことに対して、東京美術商協同組合中村純理事長並びに株式会社東京美術倶楽部三谷忠彦代表取締役社長にそれぞれ、亀井所長から感謝状を贈呈しました。
 当研究所の事業にご理解を賜りご寄附をいただいたことは、当研究所にとって大変ありがたいことであり、今後の研究所の事業に役立てたいと思っております。

無形文化遺産の保護に関する第9回政府間委員会への参加

「和紙」審議の様子
会場風景

 標記の委員会が2014年11月24日~28日にパリのユネスコ本部で開催され、当研究所からは4名が参加し、無形文化遺産条約実施の現状について情報収集を行いました。
 今回、34件の無形文化遺産が人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)に記載され、うち日本からは「和紙:日本の手漉和紙技術」が記載されました。この提案はすでに代表一覧表に記載されていた「石州半紙(せきしゅうばんし)」に「本美濃紙(ほんみのし)」と「細川紙(ほそかわし)」を加えるもので、記載済の無形文化遺産への同じ国による構成要素の追加は初めてです。審議の当日、会場には多くの日本の報道関係者が見られましたが、昨年の「和食」に続き「和」という言葉を含む提案だったことも、関心を高めた要因のひとつだったのかもしれません。
 一方で、代表一覧表への記載の提案や、代表一覧表記載済案件の保護状況の報告に関し、提案や報告を行った国に対して別の国が「自国の案件を含んでいる」と非難した例がありました。国と国との関係を反映したこのような衝突は避けられないのかもしれませんが、代表一覧表への記載は、その無形文化遺産が記載を提案した国だけのものであることを意味しませんし、他の類似の無形文化遺産と比較しての起源や独自性を認めたことにもなりません。このことは、国内外を問わず広く知られる必要があると思われます。
 ところで、各国から提出される代表一覧表記載などへの提案書について、そのほとんどに不備があり差し戻されたことが、ユネスコの事務局から報告されました。文書作りに不慣れなだけでなく、文書に記入すべき無形文化遺産保護の体制自体がまだ十分に整っていないこともその理由です。代表一覧表への記載が目的化されることは避けるべきですが、多様な無形文化遺産を認識し保護するために、提案書作成を最初の目標とした保護のしくみの構築に対する支援が必要であり、日本もそのような支援の一翼を担うことができると考えます。

第28回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「洋紙の保存と修復」

研究会の様子

 保存修復科学センター近代文化遺産研究室では、11月21日(金)に当研究所セミナー室において「洋紙の保存と修復」を開催しました。当日は、元国立国会図書館副館長、現学習院大学非常勤講師をされておられる安江明夫氏、(株)プリザベーションテクノロジーズジャパン専務取締役横島文夫氏、(株)修護の主任技師小笠原温氏、メキシコ国立公文書館修復部門責任者アレハンドラ・オドア・チャベス氏、カナダ国立図書館公文書館紙美術品、地図文書修復部門主任アン・メイヒュー氏の5氏をお招きし、ご講演いただきました。安江氏からはアーカイブの視点から資料保存の取り組みに関する変遷等のお話を頂きました。横島氏からは大量脱酸処理に関するお話を伺いました。小笠原氏からは、現在携わっておられるノートの修復に関して問題点等を紹介頂きました。アレハンドラ・オドア・チャベス氏からは没食子インクによる劣化の状態と対処の方法についてのお話を頂きました。アン・メイヒュー氏からは酸性紙や没食子インクに対する処置に加えて、ゲランガムと呼ばれる材料を使った修復手法のご紹介が有りました。皆様それぞれ実践を踏まえたお話であっただけに説得力が有り聴衆の方々も熱心に耳を傾けていました。当日は予想したよりも多くの129名に上る方々がご参加下さり熱気に満ちた研究会となりました。

徳島大学附属図書館所蔵「伊能図」の彩色材料調査

伊能図の彩色材料調査風景

 徳島大学附属図書館が所蔵する、伊能忠敬(1745-1811)による実測地図(以下「伊能図」)の本格的な学術調査を目的とする「徳島大学附属図書館伊能図検証プロジェクト」(統括:福井義浩・同館長)の一環として、彩色材料の科学調査を平成26年11月25日より4日間、同館にて行いました。伊能図は、国内では初の精密な科学的測量に基づいた地図であるとともに、地形や山河、建物等が絵画的に描写、彩色されており、近世絵図としての特徴も有しています。調査では、非接触分析手法である蛍光X線法と可視反射分光スペクトル法によって、使用されている顔料や染料の同定に関わるデータを取得しました。現在、データの解析を進めています。
 今回、調査対象とした「沿海地図」(3枚)、「豊後国沿海地図」(3枚)、「大日本沿海図稿」(4枚)はいずれも1800年から1816年の間に行われた測量に基いて作成された地図であり、それ自体の資料価値とともに、伊能図の最終版である「大日本沿海輿地全図」に至る過程を知る上でも非常に貴重です。プロジェクトでは彩色材料調査と併せて、使われた紙質や、測量図としての技術調査なども行われています。今後、これらの成果によって、伊能図の成立に関する重要な知見が得られると期待しています。

第18回ICOMOS総会への参加

会場外観
総会の様子

 2014年11月9日から14日にかけて、イタリア・フィレンツェで開催されたICOMOSの第18回総会に参加しました。ICOMOS(International Council on Monuments and Sites)は、1964年に記念物と遺跡の保存と修復に関する国際憲章(ヴェニス憲章)が採択されたことを受け、文化遺産の保護と保全に尽力する国際的なNGOとして1965年に設立されました。現在では全世界で10,000名以上の会員を擁しており、UNESCOの諮問機関として世界遺産申請の審査にあたっていることでも知られています。
 総会は3年に一度開催され、執行部の選挙や国際シンポジウムが行われます。今回の選挙ではグスタボ・アローズ会長が会長職に再任され、九州大学の河野俊行教授が5名いる副会長の一人に選出されました。また、総会と同時に開催された国際シンポジウム「Heritage and Landscape as Human Values」では、伝統的知識に基づいた持続的な保全や地域社会主導の遺産保全など、各国が遺産保護の現場で直面する共通の問題について、多岐にわたる発表がありました。さらに、今年はヴェニス憲章が採択されて50周年、オーセンティシティーに関する奈良ドキュメント(奈良文書)が採択されて20周年であることを記念して、関係者からこれらが採択された背景やその後の発展について、パネルディスカッションが行われました。
 本研究所では、今後もこうした国際会議へ参加しつつ、文化遺産保護に関する国際情報の収集と蓄積に努めたいと考えています。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

小麦糊準備の実習
裏打ち作業のデモンストレーション

 本研修は、文化財保存修復国際センター(ICCROM)のラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存プログラム(LATAM)の一環として、当研究所、ICCROM、メキシコ国立人類学歴史機構国立文化財保存修復機関(CNCPC-INAH)の3者協同で開催されました。11月5日から11月30日にかけて CNCPC-INAH で行われ、スペイン、キューバ、コロンビア、エクアドル、ブラジル、ペルー、アルゼンチン、メキシコの8カ国から、文化財修復の専門家9名の参加がありました。
 本研修では、日本の伝統的な紙、接着剤、道具についての基本的な知識と技術を教授し、それらを応用して各国の文化財の保存修復に役立てることを目的としています。研修の前半は、装潢修理技術に用いる材料、道具、技術をテーマに、日本人講師が講義、実習を行いました。本年度の研修では、修復作業時の安全性に直接つながる作業環境の整備、作業準備、道具の手入れ、片づけなどに重点を置いて実習を行いました。後半では、当研究所の事業「国際研修 紙の保存と修復」を修了した後、日本の技術を欧米の文化財修復に応用した経験のあるメキシコ、スペイン、アルゼンチンの講師がその活用事例を紹介し、実習を行いました。日本の装潢修理技術が、各国の文化遺産の保存修復に応用されることを期待して、今後も同様の研修を継続してゆく予定です。

選定保存技術の調査2-琉球藍・和紙漉簀制作・左官

琉球藍(泥藍)
漉簀制作
ちりまわり(壁塗りの一工程)

 先月に引き続き、文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術についての調査を進め、選定保存技術保持者、選定保存技術保存団体の方々から実際の作業工程やお仕事を取り巻く状況や社会的環境などについてお話を伺い、作業風景や作業に用いる道具などについても撮影記録を行っています。2014年11月には、沖縄で琉球藍製造、愛媛で和紙漉簀(すきす)制作、東京で左官の調査・取材を行いました。
 琉球藍は本土の藍とは植物の種類が違い、栽培や製造の工程も蓼(タデ)藍による藍染めとは大きく異なります。選定保存技術保持者である伊野波盛正氏と同氏の技術を継承されている仲西利夫氏より、最近の台風や天候不順が藍の生育に影響を及ぼしている状況や、藍の製造工程などについてお話を伺いました。
 愛媛では全国手漉和紙用具製作技術保存会会員で愛媛県伝統工芸士にも認定されている井原圭子氏より、漉簀制作の現状、材料である竹ひごや絹糸の調達、後継者育成の難しさなどについてお話を伺いました。
 また東京の伝統建築物復元工事現場において、中島左官株式会社による壁塗りの工程の一部を取材させて頂きました。伝統的左官技術は、全国文化財壁技術保存会が選定保存技術保存団体として認定されています。
 文化財はそのものを守るだけではなく、文化財を形作っている材料や技術も保存していく必要があります。この調査で得られた成果は、文化財の研究資料として蓄積していくと同時に、その一部は海外向けに視覚的効果の高い画像を使用したカレンダーという媒体を通じて、日本の文化財のありかた、文化財をつくり、守る材料、技術として発信していく予定です。

板橋区立板橋第一中学校で「国際理解教育」の授業を実施

授業風景1
授業風景2

 2014年11月13日、東京都板橋区立板橋第一中学校で、文化遺産国際協力コンソーシアムの関雄二副会長(国立民族学博物館教授)が、「国際理解教育」の授業を実施しました。
 板橋第一中学校は、学校支援地域本部活動校で、今回その活動の一環として、同中学の地域コーディネーターから総合授業「国際理解教育」の講師派遣依頼を受けました。コンソーシアム事務局では中学校からの依頼は初めてでしたが、今回は板橋区出身の関副会長の派遣を決定し、実現に至りました。
 授業は「文化遺産の国際協力」と題し、50分間、2学年の生徒約150名が参加する講演形式で行われました。
 前半では、まず文化遺産とは何か、日本の城郭や歌舞伎等の写真を交え、有形及び無形の文化遺産を紹介しました。次に、なぜ文化遺産を保護しなければならないのか、保護しないとどのような状況が起こるのか、保護するためには国際協力が必要であり、どのような文化遺産に関する国際協力が実施されているのか、スライドを使用してわかりやすく解説を行いました。
 後半では、関副会長の専門である南米(ペルー)での文化遺産保護に関する国際協力を事例として採り上げ、自身の幅広く豊富な経験を交えつつ、ペルーでの協力事業に関する写真を用いて説明を行いました。
 コンソーシアムでは今後もこのような文化遺産国際協力活動に関する広報・普及活動を実施し、国際協力の重要性を伝えていく予定です。

ゲッティ研究所からの来訪

会議室にて当研究所の概要について説明をうけるゲッティ研究所のみなさん
ゲッティ研究所のみなさんは、早川泰弘分析科学室長より、研究成果の解説をたいへん興味深く聞いていらっしゃいました。

 10月22日、アメリカのゲッティ財団ゲッティ研究所の所長トーマス・ゲーケンズ博士をはじめとするスタッフ4名と同研究所の評議員のメンバー11名の方々が、視察のために来所されました。一行の来日は、関西をはじめとする国内各地の史跡等を見学し、同時に文化財研究関連の視察を目的とするものでした。
 当研究所においては、一行を迎えて、はじめに組織等の概要を説明した後、山梨絵美子(企画情報部副部長)から当研究所創設に縁のある黒田清輝について、その画業の解説があり、つぎに早川泰弘(保存修復科学センター分析科学研究室長)から、平等院鳳凰堂の鳳凰等を対象にした蛍光X線分析による最新の研究成果の一端を紹介しました。
 所長ゲーケンズ博士は、美術の研究情報発信をはじめ多様に研究をすすめるゲッティ研究所が当研究所とたいへん親近性のあることから、将来的に連携、協力をしたいとの言葉があり、今後、どのような研究の分野で実現できるのか協議をかさねていくことになりました。

10月施設見学

第2修復実験室での説明

 文化庁主催 文化財(美術工芸品)修理技術者講習会受講者 計29名
 10月31日、文化財研究のナショナルセンターである当研究所を見学するため来訪。保存修復科学センター第1修復実験室及び第2修復実験室、漆アトリエ、第1生物実験室、無形文化遺産部実演記録室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

岸田劉生作「古屋君の肖像(草持てる男の肖像)」(東京国立近代美術館蔵)光学調査

岸田劉生作「古屋君の肖像(草持てる男の肖像)」の画像撮影

 企画情報部のプロジェクト研究「近現代美術に関する交流史的研究」では、日本を含む東アジアを中心とする交流に関する調査研究を目的のひとつにしています。
 この一環として、東京国立近代美術館が所蔵する岸田劉生による「古屋君の肖像(草持てる男の肖像)」(1916年)、ならびに「壺の上に林檎が載つて在る」(1916年)の2点の油彩画の光学調査を10月16日に行いました。
 今回の調査では、いずれの作品も岸田劉生がアルブレヒト・デューラー等のヨーロッパ古典絵画から影響を深く受けていた時期の作品だけに、図様だけではなく、技法、表現等の画面の細部を検証するために行われました。
 ヨーロッパ古典絵画にみられる平滑な画面は、テンペラ、油彩等の技法をふまえて積み上げ得られた絵画であったといえますが、岸田劉生は、もとより複製図版からの受容であっただけに、そうした理解があったのかどうか、当時の作品を観察することは、受容史の面からも重要な問題です。撮影にあたっては、画家の筆致や現在の画面の状態を視覚化できるように画面に均一な光を与えるだけでなく、油彩による画面の凹凸が把握できるように作品の左側から鋭角に照らす光を加えて実施しました。(撮影担当:企画情報部専門職員城野誠治)また、同時に反射近赤外線撮影を行いました。このような撮影によって得られた画像から、描き直しや模索などの跡がまったくなく、制作時にまでにかなりイメージを固めた状態で描かれたことが確認できました。
 なお今回の光学調査は、東京国立近代美術館ならびに修復家斎藤敦氏の協力のもとに実施することができたものであり、深く感謝する次第です。またその成果は、『美術研究』に論文「岸田劉生の写実表現と『貧しき者』という芸術家像の形成―岸田劉生の『駒沢村新町』療養期を中心に」(仮題)中で公表する予定です。

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