第15回公開学術講座「樹木利用の文化―桜をつかう、桜で奏でる―」の映像記録公開



第15回公開学術講座は、「樹木利用の文化―桜をつかう、桜で奏でる―」と題し、コロナ禍の状況を鑑みて、映像収録したものを編集し、期間限定で当研究所のホームページより配信しています(5月末まで配信予定)。また、令和4年度には報告書を刊行予定です。
「桜」は日本人に広く親しまれている花で、芸能などでも様々にモチーフとして用いられてきましたが、今回の講座では、「めでたり演じたりする桜」だけでなく、「木材や樹皮などを利用する桜」という観点から桜に着目しました。
まず、桜をはじめとした「様々な樹木利用の現状と課題」について、川尻秀樹氏(岐阜県立森林文化アカデミー)に講演をお願いし、続いて無形文化遺産部研究員から、「民俗世界における樹木利用 ― 桜を中心に ―」(今石みぎわ)と「無形文化財と桜 ―つかう桜、奏でる桜 ―」(前原恵美)の報告を行いました。
その後、胴材に桜の木材が使われている小鼓を取り上げ、藤舎呂英氏(藤舎流囃子方)へのインタビュー「小鼓という楽器の魅力」と小鼓組み立てのデモンストレーション、呂英氏の作曲による演奏『水』を収録しました。そして最後に、川尻氏、呂英氏、今石と前原による座談会で締めくくりました。座談会は登壇者のそれぞれの立場を反映し、桜を含む広葉樹の需要の変化や林業の現状と「多様な森」を守る必要性、楽器の材としての桜の魅力や「本物」の楽器による普及の大切さなど、話題が多岐にわたりました。
今後も無形文化遺産部では、無形の文化財やそれを取り巻く技術、材料について、さまざまな課題を共有し、議論できる場を設けていきたいと思います。
「大鼓の革製作の記録(短編) 畑元 徹」の映像記録公開について


大鼓は、能楽や歌舞伎、邦楽などの囃子で用いられる楽器で、日本の芸能に欠かせないものの一つです。大鼓の演奏前には、準備として革を乾燥させるために焙じます。そのため、使用する度に革の消耗が激しく、10回程使うと新しいものに取り換えなければなりません。大鼓という楽器を維持するには革も欠かせない要素の一つであるため、「大鼓の革製作技術」(能楽大鼓(革)製作)は文化財を支える文化財保存技術としてとらえられています。
今回、無形文化遺産部では畑元太鼓店の畑元徹氏(東京都)のご協力を得て、「大鼓の革製作技術」について調査を行い、その成果の一部をもとに映像記録を作成しました(WEB上でもご覧になれます https://youtu.be/eml2A65kbtY)。革を加工して柔らかくし、麻紐を用いて革をかがる様子など製作工程を記録しました。畑元氏は伝統的な技法に基づきながらも、一部の作業工程では独自の工夫を考案して作業を行っておられます。そのため、商業上の配慮として公開用の映像に一部ボカシを加えている部分があります。また、技術をより詳細に記録するため、別途長時間の構成をおこなった映像記録も保管用として作成しました。
無形の文化財を支える様々な保存技術は、社会的な変容や後継者不足により、存続の危機に瀕しているものが少なくありません。保護の一助となるよう、無形文化遺産部では保存技術についても継続して調査を行っていければと考えています。
実演記録室(スタジオ)改修工事の竣工

東京文化財研究所では伝統芸能をはじめとする無形文化遺産の実演を、本研究所の施設である実演記録室で記録してきました。実演記録室には、主に映像を記録するのに用いられる「舞台」と、主に録音のために用いられる「スタジオ」の二つの部屋があります。このうち「舞台」では、これまで講談や落語といった演芸の記録を継続的に作成してきたのに加え、近年では宮薗節や常磐津、平家といった伝統音楽の収録も実施してきました。一方で「スタジオ」は老朽化のため近年ではほとんど使用されておらず、また録音のための音響機器も現在一般的となっているデジタル録音に十分対応できるものではありませんでした。そのため令和3年度にスタジオの大規模な改修工事を実施し、令和4(2022)年3月に工事が竣工しました。
改修されたスタジオの最も大きな特徴は、日本の伝統音楽の収録に特化した仕様となっていることです。まず床は檜張りとなっていますが、これは日本の伝統楽器の響きを生かすためのものです。また檜の床の下にはわずかな空間が設けられており、通気性を良くする工夫がなされています。これによってスタジオ内に湿度がこもって床材が曲がったりカビが生えたりするのを防ぐ効果が期待されます。
また壁面については、奥の壁面が緩い角度でジグザグに折れ曲がっていますが、これは日本の伝統音楽を演奏する際に背面に立てられる屏風を意識しています。屏風は見栄えを良くするだけではなく、音を反射させる役割も担っているのですが、このスタジオの奥の壁面もそうした効果をねらっています。加えて奥の壁面には引き戸のような仕掛けが上下三段にわたって設けられていますが、この仕掛けを開閉することで壁面からの音の反射の具合を調整することが出来ます。他にも、壁面には部分ごとに和紙(写真の白い部分)やクロス(写真の黒い部分)など異なる素材が用いられており、音の反射と吸収を調整しています。
そして天井には様々な角度を向いて取り付けられたパネルが取り付けられています。このうちあるものは音を反射させて演奏者に返す役割を持っていますが、あるものは音を吸収して反響を抑える役割を持っています。
現代的な音楽スタジオの多くは、壁面や天井に吸音材が張られ、音の反射が生じにくい作りとなっていますが、これは出来るだけ反響の少ない環境でクリアな音を録音することが求められているためです。しかし演奏者にとっては、反響の少ない環境で音を出すと、自分の出した音が自分に返ってこないので違和感を覚えるといいます。特に日本の伝統音楽はある程度の反響がある環境で演奏されることが多いので、実演を記録するという観点からは普段の演奏時に近い環境で収録することは重要です。しかし一方で、クリアな音を録音するためには反響が少ない環境の方が好ましいのも確かです。この二つの条件を両立させるのは難しいことですが、この新しいスタジオではそれを実現させるべく、演奏者に対して適度に音を返しつつ、可能な限りクリアな音を録音することができるように、巧みに計算された設計がなされています。
今回の改修では音響機器も一新され、今日一般的となっているデジタル録音に対応したものとなっています。この新しいスタジオを使った実演記録の作成は令和4年度から開始予定です。これまで以上の高品質で臨場感あふれる録音を行うことが出来ることを期待しています。
実演記録「平家」第四回、2年振りに再開

日本の伝統芸能である「平家」(「平家琵琶」とも)は、今日では継承者がわずかとなり、伝承が危ぶまれています。そこで無形文化遺産部では、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て、記録撮影を進めています。昨年度はコロナ禍の影響で叶いませんでしたが、令和4(2022)年2月4日、2年振りに東京文化財研究所 実演記録室での収録を再開しました。
今回収録したのは、名古屋伝承曲《卒塔婆流》です。この曲で語られるのは、鬼界が島に流された平康頼入道が、千本の卒塔婆を作り、そこに都への望郷の想いを詠んだ二種の和歌を書き付けて海に流すと、そのうちの一本が厳島神社のある渚に打ち上げられ、人手を介して平清盛に渡り、その和歌に心を打たれるというくだりです。聴きどころは、終盤で万葉の歌人・柿本人丸と山部赤人の名を挙げて和歌の素晴らしさを述べる部分で、高音域で語ることが求められます。今回の実演記録では、この部分を菊央氏、田中氏、日吉氏の連吟で収録しています。
「平家語り研究会」は、「平家」の伝承曲の習得だけでなく、伝承の途絶えてしまった曲の復元に取り組んでいることが特徴なので、今後とも伝承曲および復元曲の記録をアーカイブしていく予定です。
無形文化財を支える原材料―上牧・鵜殿のヨシの調査開始



雅楽の管楽器・篳篥のリード(蘆舌)の原材料は、イネ科ヨシ属の多年草「ヨシ」です。特に、河川や湖沼のほど近くで生育する陸域ヨシは篳篥のリードに適していると言われています。この良質な陸域ヨシの産地として知られているのが、大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧・鵜殿地区です。ここでは、ヨシ原の保全、害草・害虫の駆除のために、ヨシを刈り取った後、2月に地元の鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合がヨシ原焼きを実施してきました。ところが、荒天とコロナ禍によりヨシ原焼きが2年続けて中止され、ヨシの生育環境が懸念されていたところ、令和3(2021)年9月頃より、この地域のヨシが壊滅状態に近いという情報が広まりました。
無形文化遺産部では、伝統芸能を支える保存技術や、そのために使われる道具、原材料についても調査を行っています。ヨシは、無形文化財である雅楽を支える原材料として欠かせないとの観点から、このたび、令和4(2022)年2月13日、2年振りに行われたヨシ原焼きの記録調査を実施しました。
今後は、鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合を中心に、ヨシに巻き付いて枯らしてしまうツルクサの除去を行うなどして、ヨシの生育環境を整えていくとのことです。無形文化遺産部としても、文化財の保存に欠くことのできない原材料を再生・確保するための重要な試みとして、引き続きこの動向を注視していく予定です。
浅田正徹氏採譜楽譜(通称「浅田譜」)原稿のデジタル画像化

浅田正徹氏(あさだ まさゆき、1900-1979)による採譜は、三味線音楽における声(浄瑠璃、唄)と三味線伴奏の旋律を書き記した資料として知られています。採譜の対象は、清元節を中心に、一中節・宮薗節など複数のジャンルにわたります。無形文化遺産部は、その貴重な原稿を芸能部時代にご遺族から一括してご寄贈いただき、整理・保存してきました。資料の概要は、『無形文化遺産研究報告5』に「〔資料紹介〕浅田正徹採譜楽譜」として報告されています。
浅田譜の製本版(原稿をもとに複写・製本したもの)は諸機関に所蔵され、閲覧できるようになっています。これに加えて当研究所にのみ残る原稿を長く利用できるよう、デジタル画像化を進め、このたび清元節採譜原稿のデジタル画像化を完了しました。
口承に基づく無形文化財、とくに節回しの多彩な声楽を書き記すことは、機器が発達して録音や画像編集が手軽になった今日でも容易なことではありません。原稿からは、浅田氏が紙を切り貼りしたり、ときには破棄して一から書き直したりしながら、何度も改訂を重ねたことが分かります。デジタル画像を利用することで、慎重な取り扱いを要する原稿原本を傷めることなく、改訂過程に関する研究を今後進められます。
なお、デジタル画像化の進展を併記した所蔵原稿一覧は、令和4(2022)年2月1日付で無形文化遺産部のホームページに掲載されました。調査研究の進展とともに、随時更新していく予定です。
【シリーズ】無形文化遺産と新型コロナウイルス フォーラム3「伝統芸能と新型コロナウイルス―Good Practiceとは何か―」の開催


無形文化遺産部では、令和3(2021)年12月3日、東京文化財研究所セミナー室にてフォーラム3「伝統芸能と新型コロナウイルス―Good Practiceとは何か―」を開催しました。
午前は、当研究所無形文化遺産部・石村智、前原恵美、鎌田紗弓が、ユネスコの「Good Practice」の捉え方、コロナ禍における伝統芸能の現状とさまざまな支援について報告、新たに選定された国の選定保存技術や若手・中堅実演家の動向(蒼天、The Shakuhachi 5)を取り上げて話題を提供し、尺八演奏が披露されました。
午後は、企画・制作者(独立行政法人 日本芸術文化振興会、兵庫県立芸術文化センター)、実演家(能楽シテ方観世流、日本尺八演奏家ネットワーク(JSPN))、保存技術者(藤浪小道具株式会社(歌舞伎小道具製作技術保存会))および文化庁「邦楽普及拡大推進事業」事務局(凸版印刷株式会社)からの事例紹介が行われました。座談会では、コロナ禍の最中にあってもwithコロナを見据え、伝統芸能の現状や取り組みを客観視し、情報共有するとともに、こうした機会を継続的に持つこと自体も「Good Practice」であるとして、締め括りました。
なお、このフォーラムはコロナ対策のため、一部関係者のみの参加となりましたが、当研究所ウェブサイトで令和4(2022)年3月31日まで記録映像を無料公開しています。また、年度末に報告書を刊行し、当研究所ウェブサイトで公開する予定です。
文化・遺産・気候変動国際共催会議への参加

現代を生きる私たちにとって気候変動は重要な解決すべき問題のひとつです。令和3(2021)年10月~11月に国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催されたのも記憶に新しいことと思いますが、今や国際社会が強調してこの問題に取り組んでいます。
気候変動の問題は文化遺産の保護にも深く関わっています。例えば気候変動に関連するといわれる大型台風や大雨によって文化遺産や博物館が被災することが懸念されています。さらには海水面の上昇によって、沿岸部や標高の低い場所にある文化遺産は消滅してしまうおそれもあります。こうした問題に関連して、東京文化財研究所は平成25(2013)年度に「気候変動により影響を被る可能性の高い文化遺産の現状調査」を文化庁の文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)として実施し、とりわけ気候変動の影響を受けやすい大洋州地域のツバル、キリバス、フィジーの3か国で調査を行ったこともありました。
そして今回、令和3(2021)年12月6日~10日にかけて、「文化・遺産・気候変動国際共催会議(International Co-Sponsored Meeting on Culture, Heritage and Climate Change (ICSMCHC))」がオンラインで開催されました。この会議は国連教育科学文化機関(ユネスコ)、国際記念物遺跡会議(イコモス)、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が主催し、文化遺産と気候変動の問題を総合的に議論する世界初の国際的な機会となりました。会議には世界の各地域から100名以上の専門家が参加し、日本からは筆者の石村智(無形文化遺産部音声映像記録研究室長)と東京海洋大学教授・イコモス国際水中文化遺産委員会(ICUCH)委員の岩淵聡文氏の2名が参加しました。
この会議の開催に先立ち、令和3(2021)年9月~10月にかけて3回の準備会合がオンラインで開催されて論点の整理が行われ、その成果は会議直前の12月1日に「白書(White Papers)」と題する報告書にまとめられました。そして会議はこの報告書の論点に基づいて進められました。
テーマとして論じられたのは、①「知識体系:文化・遺産・気候変動の体系的関係」、②「インパクト:文化と遺産の喪失、ダメージ、適応」、③「解決:可能な変化と代替となる持続可能な未来における文化と遺産の役割」の3つで、それぞれのテーマに沿って「公開パネル」「ワークショップ」「ポスター発表」が行われました。「公開パネル」では、あらかじめ選ばれた専門家により議論が行われ、その模様が動画配信されました。「ワークショップ」ではオンライン会議システムを用い、参加した専門家による議論が行われました。しかし参加するすべての専門家が一度に議論を行うことは難しいため、参加者は5~10名のグループに分かれてそれぞれ議論をおこなうというグループディスカッションの形式がとられました。そして「ポスター発表」では、専門家がそれぞれウェブサイト上にポスターを掲載し、またその質疑応答や議論を行うためのコアタイムがオンライン会議システムを用いて開催されました。
会議で論じられたトピックは数多くあり、またそれぞれのグループで様々な議論が行われたため、現在事務局がその取りまとめを行っており、最終的な報告書は2022年前半に刊行されるとのことです。
会議に参加した筆者の感想としては、文化遺産の中でもとりわけ無形文化遺産が果たす役割に期待されていることを感じました。テーマ①で論じられた「知識体系」においても、気候変動を議論するにあたって、「科学的知識(scientific knowledge)」だけではなく、「土着的知識(indigenous knowledge)」および「地域的知識(local knowledge)」を重視すべきとの声が多く聞かれました。これらはいわゆる無形文化遺産としての「伝統的知識(traditional knowledge)」に相当するものと考えられますが、とりわけ気候変動が文化遺産にもたらす影響について考えるにあたって、その文化遺産が所在する地域コミュニティの知識を組み込むべきであるということが主張されました。それに加えて、こうした「土着的知識」や「地域的知識」の中にこそ、気候変動の問題を解決する鍵が含まれているのではないかという期待も多く表明されました。
今回の会議の主催団体のひとつであるイコモスは、文化・遺産・気候変動の問題をさらに突き詰めていくための体制を構築すべく、今後も事業を進めていくとのことです。私達も引き続きこの動きを注目していきたいと思います。
ユネスコ無形文化遺産保護条約第16回政府間委員会のオンライン傍聴

令和3(2021)年12月13日から18日にかけて、ユネスコの無形文化遺産保護条約第16回政府間委員会が開催されました。委員会はスリランカでの開催が予定されていましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、前回同様のオンライン開催となりました。ただ、前回の審議時間が各日3時間の短縮版だったのに対し今回は6時間で、アジェンダ(議題)も通常と同様です。当日は、パリのユネスコ本部にPunchi Nilame Meegaswatte議長(スリランカ)と事務局職員だけが集まり、それ以外の委員国、締約国、認定NGO等の代表団はオンライン会議システムで参加しました。審議の様子はインターネット中継され、その模様を東京文化財研究所の2名の研究員が傍聴しました。
今回、日本から提案された案件はありませんでしたが、「緊急に保護する必要のある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」に4件、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に39件の案件が記載され、「保護活動の模範例の登録簿(グッド・プラクティス)」に4件の案件が登録されました。ミクロネシア連邦、モンテネグロ、コンゴ民主共和国、コンゴ、デンマーク、セイシェル、東ティモール、アイスランド、ハイチの9か国の案件は、初めての一覧表記載となります。
これらの案件のうち、ミクロネシア連邦が提案し緊急保護一覧表に記載された「カロリン諸島の伝統的航海術とカヌー作り(Carolinian wayfinding and canoe making)」は、当研究所による文化遺産保護の国際協力事業と関連した案件です。当研究所は平成28(2016)年5月のグアムでの第一回「カヌーサミット」の開催や、平成30(2018)年9月のミクロネシア連邦の伝統航海士との日本での交流など、太平洋島しょ国における無形文化遺産としてのカヌー文化の保護に取り組んできました。今回の記載は、このような当研究所の取り組みの成果の一つともいえます。また、ハイチが提案した案件「ジュームー・スープ」は、次回審議される予定でしたが、特例で今回審議され、代表一覧表に記載されました。令和3(2021)年8月14日に同国で発生した地震により大きな被害を受け、復興の途上にあるハイチの人々を、この案件の記載で勇気付けたいという同国の思いと国際社会の配慮によるものです。無形文化遺産が被災者を勇気付ける役割を果たしうることは、平成23(2011)年の東日本大震災でも指摘されましたが、今回の事例で再確認しました。
今回の政府間委員会では、令和3(2021)年に開催された「無形文化遺産保護条約の一覧表記載方法について検討するグローバルな検討の枠組みに基づいた全締約国が参加可能な政府間ワーキンググループ会合(Open-ended intergovernmental working group meeting in the framework of the global reflection on the listing mechanisms of the 2003 Convention)」の成果についても議論されました。無形文化遺産保護条約の運用における具体的な手続きは「運用指示書(Operational Directives)」に記述されていますが、条約の運用開始から十数年が経ち、「運用指示書」に記述のない様々な事例も生じています。例えば、緊急保護一覧表に記載された案件の代表一覧表への移行や、一覧表に記載された案件の削除の手続きは「運用指示書」に記述されておらず、政府間委員会での個別の判断にゆだねられてきました。そこで、これらの問題について包括的に議論するワーキンググループが平成30(2018)年に設立され、さきに述べた令和3(2021)年の会合の成果を踏まえた運用指示書の改定案が提出されました。改定案は来年の締約国会議への提出が決まりましたが、さらに議論を煮詰めるため、ワーキンググループの任期は令和4(2022)年まで延長されています。
今回の委員会はオンライン開催という制約にもかかわらず、議事はスムーズに進行しました。委員国をはじめとする各国代表団やユネスコ事務局の相互の信頼と協力があってのものですが、加えて議長のリーダーシップによるところが大きかったように思います。母国スリランカでは残念ながら開催できませんでしたが、議長は時折ユーモアを交え参加者を和ませつつも真摯にその任にあたり、その姿勢には感動を覚えました。次回の開催国は、新型コロナウイルス感染拡大の状況を見極めつつ、後日正式にアナウンスされることになりましたが、無事に現地で開催できることを願っています。
「第16回無形民俗文化財研究協議会」の開催

令和3(2021)年12月17日に、第16回無形民俗文化財研究協議会「映像記録の力―危機を乗り越えるために―」を、感染拡大防止のため最小限の関係者のみで開催いたしました。
現在も新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が続いており、無形民俗文化財の関係者は従来通りの活動が出来ない状況にあります。2年続けて祭りが開催出来ないとなると、技術の継承やモチベーション維持の点などで問題が生じ、多くの文化財に継承の危機が迫っていると思われます。
こうした危機を乗り越えるための試みのひとつとしては、映像の活用が挙げられます。集うことが制限されるコロナ禍では、対面せずに人とつながることが出来る映像技術が普及しました。また、伝承における映像記録の有用性が再認識され、さまざまな記録映像が作成されたり、撮りためられていた映像の活用がなされるようになりました。
そこで今年度の協議会は、そうした映像記録の諸問題を考える場とし、東京文化財研究所から2名、行政・研究者の立場から5名が、自治体、民間、学術機関での映像・メディアによる保存・活用の取り組みについて発表を行いました。その後、2名のコメンテータとともに総合討議が行われ、活発な議論が交わされました。
この協議会の模様は、動画視聴ページ(https://tobunken.spinner2.tokyo/frontend/login.html)にて、令和4(2022)年1月14日~2月14日まで、動画配信をしています。また、協議会のすべての内容は令和4(2022)年3月に報告書として刊行し、後日、無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。
古典芸能に関わる文化財保存技術の調査―能装束製作―



無形文化遺産部では文化財の保存技術について、調査研究を行っています。文化財保存技術のうち、能楽に関するものとして、「能装束製作」について調査を行いました。能楽は舞台で上演されますが、上演に際しては能面や能装束等が必要不可欠です。芸能そのものに加え、それを支える技術も無形の文化財の継承に欠かすことができません。
「能装束製作」の技術については、令和2年度に佐々木洋次氏(京都府)が国の選定保存技術の保持者に認定されています。佐々木氏は明治30(1897)年に創業した「佐々木能衣装」の4代目として、京都・西陣の伝統的なジャガードと手織り機を用いてオーダーメイドで能装束を製作しています。能装束には様々な形があり、上演される作品に合わせて選ばれる紋様なども多様です。舞台上で映えるよう、煌びやかな意匠が凝らされているものも多く、製作には能楽師からの繊細な要求に応える高い製織技術が求められます。
今回の調査では、佐々木洋次氏に聞き取り調査を行い、能装束製作の各工程について写真や動画で記録を行いました。その成果の一部を『日本の芸能を支える技』パンフレットの一冊として、今年度刊行することを予定しています。
被災文化財(工芸技術)に関する現地調査-珠洲焼―


珠洲焼は、12世紀中頃から15世紀末にかけて珠洲市および能都町東部(旧内浦町)で生産されていた陶器です。釉薬を用いずに還元炎焼成されることで灰黒色に発色する特徴があります。昭和51(1976)年に珠洲市や商工会議所の努力で再興事業が始まり、平成元(1989)年には石川県伝統的工芸品に指定されました。現在、珠洲市内では、工房や個人の陶工を合わせて約50名が活動しています。
令和4(2022)年6月19日に発生した能登半島の地震では、珠洲焼の工房への被害が確認されました。そこで、被害状況とその後の対応について把握するため、無形文化遺産部と文化財防災センターが共同して、現地調査(令和4(2022)年9月6日、10月24~25日)を行いました。現地調査は、珠洲市産業振興課、珠洲市立珠洲焼資料館、珠洲市陶芸センター、珠洲焼の陶工の団体である「創炎会」のご協力のもとで実施しました。
今回の地震による揺れが特に大きかったのは、正院、直、飯田地区でした。当該地に立地する工房では、作品の破損だけでなく、制作に欠かせない薪窯が毀損する被害が報告されています。地震の翌日、珠洲市産業振興課は全工房と陶工へ電話をかけて被害状況を確認し、被害の様子を写真で記録するように指示しています。その後、「創炎会」篠原敬会長が中心となり、より詳細な被害状況把握のためのアンケートを実施しました。アンケート結果をもとに、珠洲市担当職員は、被害があった工房を訪問し、復旧に必要な情報の把握を行いました。現在、そうした情報を総合し、一部の窯の復旧には石川県の「被災事業者再建支援事業費補助金」への申請が検討されています。
今回の事例では、陶工同士の横のつながりである「創炎会」というコミュニティの大切さと、有事における迅速な被害状況の把握と記録の重要性を感じました。
今後も、無形文化遺産部と文化財防災センターでは様々な現地調査を通して工芸技術の防災について考えていきます。
「琵琶製作の記録(短編) 石田克佳」および「琵琶製作の記録(長編) 石田克佳」(映像記録)の公開


無形文化遺産部では、無形文化財に関する保存技術の継承に資するため、記録撮影・編集等を行い、可能なものについては公開しています。
このたび、琵琶製作者・石田克佳氏の琵琶製作の記録映像(短編・長編)を東京文化財研究所のHP上で公開しました(https://www.youtube.com/watch?v=9cVq4jMWZVY)。この記録映像は、平成29(2017)年7月~11月にかけて克佳氏による薩摩琵琶製作の全工程を調査・撮影し、その後、編集したものです。克佳氏は、現在ほぼ日本で1軒となった琵琶専門店「石田琵琶店」の五代目で、父・石田勝雄(四世 石田不識)氏(国の選定保存技術「琵琶製作修理」保持者)の技術を継承しています。
記録映像の長編では、技術の継承を意識して、使用する素材や道具についての情報もなるべく字幕で示しています。短編では、普及も念頭に置き、全体の製作工程を踏まえつつ、より手軽に視聴できるように編集しています。
当研究所が作成した記録映像は、許可なく複製、配布、改変、営利的に利用することはできませんが、当研究所にご連絡の上、所定の手続きを経て、展覧会や講座などで利用することができます。この琵琶製作の記録映像は、浜松市楽器博物館で現在開催中の企画展「琵琶~こころとかたちの物語~」(令和3(2021)年7月31日~12月7日)で、一部が活用されています。
協力:石田克佳氏/撮影:佐野真規(無形文化遺産部)・小田原直也氏/編集:市川昂一郎氏/監修補佐:曽村みずき氏/監修:前原恵美・佐野真規(以上無形文化遺産部)/製作: 東京文化財研究所
ロビーパネル展示「記録で守り伝える無形文化遺産」の開催
令和3(2021)年6月3日より東京文化財研究所ロビーにおいて、無形文化遺産部による令和3年度パネル展示「記録で守り伝える無形文化遺産」が始まりました。今回の展示の企画趣旨は、特に新型コロナウイルス感染症の流行によって無形文化遺産の多くが危機に瀕している中、記録することの重要性をさまざまな事例から知っていただくことにあります。
例えばコロナ禍によって古典芸能の演者は実演が激減し、深刻な苦境に立たされています。それでもなお感染対策を講じ、規模を縮小してでも継承を絶やさないよう努めています。また大手三味線メーカー「東京和楽器」が廃業の危機に陥ったニュースは、伝統芸能界に大きな衝撃を与えました。
民俗芸能や祭礼なども、コロナ禍で中止が余儀なくされています。年に一度の行事は一回休止しただけでも2年のブランクになるため、継承の危機が深刻な問題となっています。そしてさらに、自然災害や少子高齢化などに伴うリスクも、常に継承を脅かしています。特に自然の素材を利用する工芸や民俗技術などは、大きな影響を受けています。
こうしたさまざまなリスクで消失しかねない無形文化遺産を、記録によって保存することは重要な課題です。さらに現在の危機的状況を記録することも、今後の継承を考える際の拠り所となるでしょう。そして記録を発信することが継承への後押しになることも、この展示を通じて感じていただけたら幸いです。
「斎藤たま 民俗調査カード集成」の公開

無形文化遺産部では、2月1日より「斎藤たま 民俗調査カード集成」の公開をはじめました。本データベースは、民俗学者 斎藤たま氏(1936~2017)が作成した調査カードをアーカイブしたものです。https://www.tobunken.go.jp/materials/saito-tama
たま氏は1970年代から日本全国の野辺歩きをはじめ、現在わかっているだけでも北海道から沖縄まで2500を超える地域を訪ねて民俗調査を行ってきました。その調査対象は植物、動物、まじない、遊び、言葉、年中行事、人生儀礼など多ジャンルに及び、聞き取り内容を整理した調査カードは総数およそ4万7千枚に及びます。いずれも暮らしに身近で、ややもすると見逃しがちな民俗を対象にしているのが特徴であり、現在では失われてしまった民俗事例も数多くあります。
これらのカードは、たま氏の書籍を数多く刊行している論創社に預けられていたもので、たま氏の研究をされてきた民俗学者・岩城こよみ氏の仲介により、2017年に東京文化財研究所でお預かりすることになりました(詳しい経緯については 狩野萌2018「〔資料紹介〕斎藤たまの調査カード」『無形文化遺産研究報告12』を参照)。
無形文化遺産部ではこの貴重な仕事を後世の私たちが十全に活用できるようにするため、カード画像の閲覧や、キーワードや分類、地名による検索ができるシステム作りを進めてきましたが、このたび、ご遺族のご厚意により、その成果の一部を公開することが叶いました。カードの整理作業は現在も続けており、毎月15日頃を目途に順次、内容を追加・更新していく予定です。
調査カードに記されたひとつひとつの情報は些細で小さなものにすぎません。しかし、それが集積された時に見えてくる世界はきわめて豊かです。このアーカイブの公開により、たま氏の功績にふたたび光があたるとともに、豊かな民俗世界の実態について、さらなる理解が深まることを期待したいと思います。
実演記録「踊地(常磐津節)」第一回の実施




無形文化遺産部では、令和3(2021)年1月29日、東京文化財研究所の実演記録室で「踊地(おどりじ)(常磐津節)」の実演記録(録音)を行いました。この記録は「常磐津《日高川三つ面》《唐人》録音実行委員会」と東京文化財研究所の共同事業として、稀曲《日高川三つ面》《唐人》の音声録音記録を作成し、保存することを目的としています。
今回録音した作品は、ともに舞踊伴奏として演奏される「踊地」で、舞踊公演で取り上げられる機会が非常に少なくなったため、演奏の機会もほぼなくなっていた作品です。作品の成立について詳しいことはわかっていませんが、かろうじて幕末から明治にかけて刊行されたと思われる稽古本(いずれも玉沢屋新七本)と「菊寿郎の会」(師籍30周年)の公演映像(個人蔵)が残っています。また稽古本から、舞踊の振付は初代西川鯉三郎(名古屋西川流の家元)とわかります。今回はこれらの資料をもとに復元して演奏しました。
《日高川三つ面》は、蝶々売が僧・安珍、清姫、所化(しょけ)の三役を、三つの面を掛け替えながら演じる趣向になっています。作品名の「日高川」から連想されるように、能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎にも取り上げられた「道成寺物」をもとにしていますが、この作品は、一人三役をユーモアを交えて演じることで、軽妙さを兼ね備えた物売りの舞踊作品になっています。また、ドイツの童謡に日本語の歌詞を付けた唱歌《ちょうちょう》の「蝶々 蝶々 菜の葉に止れ 菜の葉に飽たら 桜に遊べ」の部分が詞章として用いられているのも興味深いところです。
《唐人》は、作品全体が異国情緒溢れる中国風の音楽と舞踊から成っています。幕開は「唐楽」(雅楽の「唐楽」とは直接関係ない)と称される太鼓と鉦(かね)を伴う音楽で始まり、舞踊は辮髪(べんぱつ)の男性と中国風に髪を結い上げた婦人の二人立ちで、ともに衣装も中国風です。詞章にも呪文のような不思議な言葉が並び、大筋としては二人の廓話なのですが、どこかコミカルな雰囲気が漂います。
今回の演奏は、常磐津兼太夫(七代目、タテ語り)、常磐津菊美太夫(ワキ語り)、常磐津秀三(ひでみ)太夫(三枚目)、常磐津文字兵衛(五代目、タテ三味線)、岸澤式松(ワキ三味線)、岸澤式明(しきはる)(上調子(うわぢょうし))、鳳聲千晴(笛)、堅田喜代(小鼓)、堅田喜代実(大鼓)、梅屋巴(太鼓)、堅田昌宏(大太鼓)、堅田崇(鉦)の各氏です。
無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない作品や、貴重な全曲演奏の実演記録を継続し、機会があれば今回のような共同事業も実施していく予定です。今回の録音記録は、今後、実行委員会を通じて日本舞踊公演等で用いられるほか、研究資料として当研究所で試聴することができます。
なお収録は、新型コロナウイルス感染症対策のため、歌舞伎の舞台でも使われているマスクを着用して行いました。
「箕のかたち―自然と生きる日本のわざ」展の開催


無形文化遺産部では、2020(令和2)年12月2日から2021(令和3)年1月28日まで、「箕(み)のかたち―自然と生きる日本のわざ」展を、共同通信社本社ビル汐留メディアタワー3Fのギャラリーウオークにて開催しています(共催:千葉大学工学研究院、公益財団法人元興寺文化財研究所/監修:箕の研究会)。
箕は脱穀した穀類の殻やごみだけを風で飛ばし、実を取りだす作業に使われる道具です。米などの食べ物を口にするために不可欠な基本の道具であると同時に、手近な容器としても日々の暮らしのなかで当たり前に用いられてきました。高度経済成長期以降、その使い手・作り手ともに減少の一途をたどっていますが、国では3件の箕づくり技術を重要無形民俗文化財(民俗技術)に指定するなど、保護をはかってきました。
箕は樹木や竹などの自然素材を使って作られます。同じ編み組み細工であるカゴなどが、通常1~2種類の自然素材で作られるのに対し、箕は4~5種類の異なる素材を編み組んで作るのが一般的です。このため、箕づくりの技術は編み組み技術の集大成と言われるほど複雑・高度であるとともに、地域ごとの植生を反映した多様なかたちが生み出されてきました。
本展では、箕というかたちに凝縮されてきた自然利用の高度なわざ・知恵に焦点をあて、14枚のパネルでその素材や製作技術を紹介しています。また、企画展に合わせ、ウェブページ「箕のかたち 資料集成」も公開しており、箕の製作技術の記録映像を多数公開しています(https://www.tobunken.go.jp/ich/mi)。このウェブページは会期終了後も引き続き公開しておりますので、ぜひご覧ください。
(入場無料、平日9~19時、土日祝10~18時、12/20のみ臨時休館)
「第15回無形民俗文化財研究協議会」の開催

第15回無形民俗文化財研究協議会が「新型コロナ禍における無形民俗文化財」をテーマにして、オンライン配信で開催されています。動画視聴ページは、令和2(2020)年12月25日~令和3(2021)年1月31日まで公開予定です。
(リンク:https://tobunken.spinner2.tokyo/
frontend/login.html)
現在、新型コロナウイルス感染症(covid-19)の影響が続いています。多くの人が密集する可能性がある祭礼や行事は、中止や規模縮小を余儀なくされました。こうした制限を受け、無形民俗文化財の伝承者は従来通りの活動が出来ない状況にあります。
そこで今回は、コロナ禍における無形民俗文化財の保存・活用のあり方を探ることを目的として、協議会を開催することにいたしました。当研究所から3名、行政・博物館の立場から3名、各地の伝承者5名が動画で発表を行いました。そこでは、各分野・各地域の現状や課題が報告されるとともに、感染対策の実例、オンライン配信やクラウドファンディングといったIT技術の活用など、コロナ禍における新たな実践の紹介がなされました。そして、当研究所久保田とご発表いただいた伝承者5名で総合討議を行い、コロナ禍あるいはポストコロナで祭りを継続・再開できるのか、開催するためにはどうしたらよいのかについて、活発な議論が交わされました。
協議会のすべての内容は令和3(2021)年3月に報告書として刊行し、後日、無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。
ユネスコ無形文化遺産保護条約第15回政府間委員会のオンライン傍聴
令和2(2020)年12月14日から19日にかけてユネスコの無形文化遺産保護条約第15回政府間委員会が開催されました。本来はジャマイカで開催される予定でしたが、世界的な新型コロナウイルス禍の影響を受けて、今回は完全オンラインで開催されることとなりました。事務局はパリのユネスコ本部に置かれましたが、議長国のジャマイカをはじめ、委員国や締約国はそれぞれの場所からオンラインで会議に参加しました。また会議の様子はユネスコのウェブサイトからリアルタイムで中継され、その模様を本研究所の2名の研究員が傍聴しました。
今回の委員会はこうした変則的な形での開催であったため、審議される議題の数も最小限とし、また一日の会議時間もパリの現地時間で13時30分から16時30分(日本時間で21時30分から翌日0時30分)となりました。こうした制約のある中での開催となりましたが、「緊急に保護する必要のある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」に3件、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に29件の案件が記載され、「保護活動の模範例の登録簿(グッド・プラクティス)」に3件の案件が登録されました。また、緊急保護一覧表に記載された案件のうち1件では、無形文化遺産基金からの国際的援助の要請も承認されています。
このうち日本からは「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」が代表一覧表に記載されました。この案件には、国の選定保存技術に選定された17の技術(「建造物修理」「建造物木工」「檜皮葺・杮葺」「茅葺」「檜皮採取」「屋根板製作」「茅採取」「建造物装飾」「建造物彩色」「建造物漆塗」「屋根瓦葺(本瓦葺)」「左官(日本壁)」「建具製作」「畳製作」「装潢修理技術」「日本産漆生産・精製」「縁付金箔製造」)が含まれています。これまで日本から提案された案件で一覧表に記載されたものは、国の重要無形文化財および重要無形民俗文化財がほとんどですが、今回初めて国の選定保存技術からの記載が実現しました。日本には世界に誇るべき歴史的な木造建造物が数多くありますが、それらが今日まで伝えられてきたのは、それを修理したりメンテナンスしたりしてきた多くの職人や技術者がいたからです。今回の記載は、そうしたいわば「裏方」のわざに光を当てることになったという意味においても意義深いことといえます。また、有形と無形の文化遺産の関連を示す事例としても、国際的に評価する声がありました。
他の締約国から提案された案件については、例えば大衆的な屋台文化に関連した「シンガポールのホーカーの文化:多文化都市の状況における食事の料理と実践」(シンガポール)や、日本でも愛好家の多い「太極拳」(中国)などが代表一覧表に記載されました。こうした生活文化に関連した案件の提案が多いのも、国際的な動向の一つといえます。また「ヨーロッパの大聖堂の工房もしくはバウヒュッテンの製造技術と消費の実践:ノウハウ、伝承、知識の発展と革新」(ドイツ・オーストリア・フランス・ノルウェー・スイス)がグッド・プラクティスに登録されましたが、これは大聖堂の建設・修理に携わる芸術家と職人の共同組合「バウヒュッテン」に関連したものです。これは日本の「伝統建築工匠の技」と内容的に似ていますが、日本ではこれを代表一覧表に提案したのに対し、「ヨーロッパの大聖堂の工房もしくはバウヒュッテンの製造技術と消費の実践」は遺産の保護活動の例として提案したという点で、アプローチが異なるのも興味深いところでした。
なお今回の委員会の議長国がジャマイカということもあって、2018年に代表一覧表に記載されたレゲエ音楽のBGMが随所に盛り込まれたオンライン中継となりました。本来であれば多くの人が現地で生のレゲエ音楽に触れるはずであっただけに、残念ではありましたが、それでも初のオンライン委員会を成功裏に終わらせた議長国ジャマイカと事務局であるユネスコのスタッフの方々に敬意を表したいと思います。
実演記録「常磐津節(ときわづぶし)」第一回の実施

無形文化遺産部では、令和2(2020)年12月25日、東京文化財研究所の実演記録室で常磐津節の音声記録(第一回)を行いました。
国の重要無形文化財・常磐津節は、1747年に初代常磐津文字太夫(ときわづもじたゆう)が江戸で創始。リズムやテンポが極端に変化せず、ほどよい重厚感を併せ持つため、歌舞伎舞踊や日本舞踊と結びついて今日まで伝承されています。浄瑠璃(声のパート)はセリフと節(旋律のある部分)のバランスがよく、三味線は中棹三味線をヒラキ(撥先の広がり)の大きな撥で演奏するので、音に適度な重みがあります。また、段物(義太夫節(ぎだゆうぶし)に由来する作品)から能狂言に取材したもの、心中道行もの、滑稽味のある作品まで、多彩なレパートリーを持つことも常磐津節の特徴です。
今回は、古典曲《忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)》―将門―」の全曲収録を行いました。この作品は常磐津節の代表曲でありながら、近年は全曲演奏されることが少なくなりました。全曲通すと約40分かかる大曲で、「オキ」(登場人物が現れる前の部分)→「道行」(登場)→「クドキ」→「物語」(合戦の様子を語る)→「廓話」→「踊り地」(踊りの見せ場)→「見現し」(正体の露見)→「段切れ」という明確な構成と各部分の曲趣が際立ちます。演奏は、常磐津兼太夫(七代目、タテ語り)、常磐津菊美太夫(ワキ語り)、常磐津秀三(ひでみ)太夫(三枚目)、常磐津文字兵衛(五代目、タテ三味線)、岸澤式松(ワキ三味線)、岸澤式明(しきはる)(上調子(うわぢょうし))の各氏です。
無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない作品や、貴重な全曲演奏の実演記録を継続していく予定です。
なお収録は、新型コロナウイルス感染症対策のため、歌舞伎の舞台でも使われているマスクを着用して行いました。