国立歴史民俗博物館蔵紀州徳川家伝来楽器コレクションの調査
昨年より、国立歴史民俗博物館と共同で同博物館蔵紀州徳川家伝来楽器コレクションの調査を始めました。紀州家10代藩主治宝が、収集した雅楽器を中心とするコレクションは一部散逸していますが、博物館が所蔵する楽器だけでも総数157件をこえ、その他楽譜や付属文書も多数有しています。博物館では平成16年に資料図録を刊行しましたが、それに基づきながら専門家の目を加えてさらに詳しい調査をすすめる予定です。7月から管楽器の調査が始まりましたが、調査の結果、従来「賀松」と呼ばれてきた能管が、『銘管録』(明和年間に徳川幕府に提出した銘管一覧)に記載のある「古郷の錦」である可能性が強くなりました。
芸北神楽の調査

無形文化遺産部では、我が国における無形民俗文化財の保存・活用に関する調査研究をすすめています。この一環である民俗芸能の伝承の実態や公開のあり方に関する調査の一例として、広島県安芸高田市美土里町の神楽門前湯治村の活動の実地調査を行いました。安芸高田市美土里町(旧広島県高田郡美土里町)は、広島県北西部に伝承され、芸北神楽と総称される神楽が盛んな土地で、現在も13の神楽団が町内で活動しており、いくつかの演目や団体は、広島県の無形民俗文化財に指定されています。しかし現在この神楽がよく知られているのは、新舞と呼ばれる、戦後に創作され新たな趣向を取り入れた演目が定着し、地域の人々にひろく娯楽として親しまれるようになっているからです。そして、この新しい神楽現象のシンボル的な存在が、平成10年に美土里町にオープンした療養娯楽施設「神楽門前湯治村」と、その中にある3,000人収容の神楽専用常設舞台である「神楽ドーム」です。
神楽ドームでは、毎週末の日曜日および国民の祝日に、美土里町の神楽団出演による定期公演を行っているほか、土曜日には付属施設の屋内舞台であるかむくら座劇場での公開練習、さらに「神楽の甲子園」とも呼ばれる「ひろしま神楽グランプリ」をはじめとする各種競演大会などが催されます。こうした公演は県内外から多くの観客を集めています。また、定期的な練習の場として開放されており、上演機会が通年的に確保されることから、美土里町の神楽団の伝承拠点としての役割も果たしています。実際に、定期公演の観客も多くは近隣の住民であるとのことであり、地域に根ざした施設であると言えます。
こうした観賞のための上演を目的とした神楽は、きわめて新しいあり方であると思われるかもしれませんが、実際には広島県を中心とした地域では、戦前から神楽や盆踊りの競演大会が行われていたという報告もあります。現在も開催されている競演大会の最古のものでも昭和22年より続けられており、すでに50年以上の歴史を持っています。また、多くの競演大会では人気のある新舞と同時に、伝統的な演目である旧舞のわざを競う部門も設けられており、このようなイベントが伝統的な演目の伝承を支え、活性化してきたという面を見逃すこともできません。現在このような「見せる神楽」の隆盛は、島根県や岡山県にも広がってきています。
経営面の安定や、神楽の変質への危惧、主な出演団体を美土里町の神楽団に限るべきか否かなどの問題も指摘されていますが、このように文化の伝承や地域のアイデンティティの形成に一定の効果を挙げていることが認められています。民俗芸能の現代における伝承実態の興味深い例であると言えるでしょう。
伝統楽器情報検索、開始しました

『東文研ニュース』No.25の記事でご紹介した『伝統楽器・所在データベース』(芸能部編刊 平成18年3月)に基づく「伝統楽器」検索が、本格的にご利用いただけるようになりました。元になったデータベースは、平成13年より全国の博物館及び都道府県市町村の教育委員会に依頼して行った伝統楽器のアンケート調査のうち、教育委員会からの集計結果とホームページより入手した情報が中心になっています。検索項目は、楽器分類、楽器名、指定、都道府県名の4項目で、分類はザックス・ホルンボステル法に基づき、弦鳴楽器・気鳴楽器・体鳴楽器・膜鳴楽器・出土楽器となっています。楽器名は「鼓」「鐘」「笛」など名称の一部でも検索可能ですし、指定は、国・都・道・府・県・市・区・町・村の9種で検索できます。ただし、情報を得た時点のデータに従っているため、データ入手後市町村合併が行われた場合の変更は反映していません。伝統楽器の所在確認に役立つよう、データは随時追加を行っていく予定です。
ユネスコ「無形文化遺産保護条約に関する専門家会議」

去る 4月2日から3日間、ユネスコ・インド政府主催による上記会議が、各国 29名の無形文化遺産専門家の参加により、インドのニューデリーで開催されました。当研究所からは、無形文化遺産部の宮田が参加しました。
この会議は、 5月の第1回臨時政府間委員会(中国、成都)及び9月の第2回政府間委員会(日本、東京)に向けた重要な会議として位置づけられるものです。討議は、条約の中心となる無形文化遺産の「代表リスト」と「危機リスト」に関して、その関係性やそれぞれの登録基準等をテーマに行われ、そこでの専門家の意見をユネスコ事務局が今後の作業指針原案作りに活かしていくことが目的とされました。しかし、参加した専門家間で、「代表性」や「緊急の保護」といった共通概念が十分でなかったため、やや抽象的議論に終始した感が否めず、結局の所会議としての勧告等の採択には至らずに終了しました。
このように当初の目的からは必ずしも成功とはいえない会議でしたが、様々な文化プログラムなど、ホスト国のインドが示した無形文化遺産保護への意欲は並々ならぬものがありました。今後無形文化遺産部としても、インドとの交流を図っていく必要性を強く感じました。