令和8(2026)年8月24日、26日、27日の3日間、韓国・高麗大学校考古美術史学科の一行が、韓国工芸に関する近代期文献資料調査のため、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。
今回の訪問は、同大学が現在取り組んでいる受託研究「韓国近代期工芸品実態調査及び資料収集研究」(韓国・国立文化遺産研究院)の一環として行われたものです。同事業は、開港期にあたる1876年から1945年までを対象として、国内外のさまざまな機関に分散して残されている韓国工芸関連資料の所在を調査し、収集・整理することを目的としています。
調査には、高麗大学校考古美術史学科教授の金允貞(キム・ユンジョン)、金恩慶(キム・ウンギョン)両氏をはじめ、同研究室に所属する全南彦(チョン・ナモン)氏、宋枝澔(ソン・ジホ)氏、沈惠智(シム・ヒェジ)氏、金是賢(キム・シヒョン)氏が参加しました。一行は、それぞれの研究関心に基づき、当研究所が所蔵する近代期の韓国工芸に関する資料を閲覧し、3日間にわたって関連資料の所在と内容を調査しました。また、調査の合間には、文化財情報資料部の田代裕一朗研究員が当研究所の沿革や資料収集の歴史について説明するとともに、書庫を案内し、所蔵資料の構成や特徴について紹介しました。
当研究所では、その前身である帝国美術院附属美術研究所が設置された昭和5(1930)年以来、美術や文化財に関する図書・雑誌、展覧会資料、写真資料などを同時代的かつ継続的に収集・蓄積してきました。これらは近代美術史研究の基礎資料として重要な位置を占めていますが、そのなかには、近代期における韓国工芸の制作・展示・流通や、それをめぐる日本側の動向を知るうえで重要な資料も含まれています。今回の調査を通じて、当研究所の所蔵資料が韓国における工芸史研究の進展に活用されるとともに、今後の日韓の研究交流へとつながっていくことを期待しています。
疾風(1446号機)の視察(知覧特攻平和会館)
零式水上偵察機の視察(万世特攻平和祈念館)
展示された自衛隊機の視察(鹿屋航空基地史料館)
令和8(2026)年度、東京文化財研究所保存科学研究センターでは航空機の保存に関する韓国との学術交流を進めています。令和8(2026)年6月には千葉研究員、川野邊名誉研究員と共同研究者らが韓国を訪れ、現地の取り組み事例を視察しました(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2527344.html)。これに続く形で、8月に韓国から戦争記念館のカン・ヒョンサム氏、ハンソ大学校のオ・スンジュン氏を日本にお招きし、鹿児島県内における航空機保存の現場をご紹介しました。
南九州市の知覧特攻平和会館では、南九州市指定文化財である陸軍四式戦闘機「疾風(1446号機)」の保存に向けた調査現場をご案内しました。この調査は、同館により平成28(2016)年から継続的に実施されているもので、東京文化財研究所も南九州市との覚書に基づき、共同で調査に当たっています
(参考:https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/995996.html、https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/1033881.html)。
この調査では、オリジナルパーツの残存状況や劣化状態の確認、また戦後にアメリカ軍や民間所有者等によって交換されたパーツの特定を通じて、機体の歴史的評価を深めるとともに、今後の保存に必要な情報を取得することを目的としています。作業は、知覧特攻平和会館の主導のもと、大戦機保存修復、エンジン修復、航空史、そして保存科学など多様な分野のスペシャリストによるチームで行われています。韓国では主に保存科学研究者が主導して作業が行われることが多いとのことで、多様なバックグラウンドを持ったメンバーが共同で作業に当たっていることに関心が寄せられました。
また、この度の視察では、知覧特攻平和会館に加え、以下の施設も訪れました。
南さつま市・万世特攻平和祈念館:海浜から引き揚げられた機体(零式水上偵察機)の保存・展示に関する現状と課題の共有
鹿屋市・鹿屋航空基地史料館:二式大型飛行艇や多数の自衛隊機など、主に屋外で展示・保管されている機体のメンテナンスに関する現状と課題の共有
これらの視察を通じ、韓国における航空機の調査・保存の取り組みなども踏まえながら、日韓双方の視点から活発な意見交換が行われました。
本交流事業では、来る11月にも両氏を日本にお招きし、関東近郊における航空機保存の取り組みをご紹介するほか、さらなる意見交換を重ねる予定です。東京文化財研究所では、今回の交流と調査で得られた知見を活かし、今後も国内外の専門機関と連携しながら、貴重な航空機遺産の保存・活用に向けた取り組みを進めてまいります。
末筆ながら、この度の視察にあたりご対応いただいた各機関の皆様へ改めて御礼申し上げます。
日光東照宮下神庫(処理空間内部)
視察の様子
令和8(2026)年8月17日~19日にかけて、彩色修理を終えた日光東照宮下神庫で実施された「湿度制御温風処理」の現地視察を行いました。
湿度制御温風処理とは、文化財害虫を60℃程度の温風によって駆除する処理技術で木造建造物の柱や梁などの木材を対象に開発されました。
処理中は昇温および降温の過程に応じて処理空間内の湿度を適切に制御し、木材の含水率を一定に維持することで木材の物性への影響を最小限に抑えながら、木材内部まで十分な温度上昇を図ることができます。
従来、博物館資料や木造建造物をはじめとする文化財の殺虫処理にはガス燻蒸が広く用いられてきました。しかし、安全性や環境負荷への懸念から、その継続的な運用が難しくなりつつあります。そのため、湿度制御温風処理はガス燻蒸に代わる新たな文化財害虫の対策技術として導入や活用の幅を広げつつあります。
これまでに、東京文化財研究所をはじめとする研究チームにより、実際の木造建造物を対象として検証処理が行われました。検証では、殺虫効果や建造物への影響に加え、処理時の騒音などの周辺環境への影響や消費電力についても検討が行われました。
これらの検証を経て、湿度制御温風処理は、木造建造物への影響を抑えながら害虫を駆除できる実用的な処理技術として、文化財保存の現場で適用実績を重ねています。
下神庫は、長年にわたり受け継がれてきた高度な建築装飾技術と伝統的な材料によって彩色や金具の修理が施され、壮麗な佇まいを取り戻していました。今回の処理は、その装飾修理後の状態で初めて処理が行われました。
本事例を通じて、未彩色の状態のみならず、彩色修理後の状態における処理についても知見を蓄積し、保存修復の現場におけるさらなる適用に繋げていきたいと考えています。
報告書の表紙
紫外線蛍光(UVfl)による撮影画像
文化遺産国際協力センターでは、「スタッコ装飾及び塑像に関する研究」の一環として、イタリア・フィレンツェ大聖堂においてオペラ・ディ・サンタ・マリア・デル・フィオーレ(Opera di Santa Maria del Fiore)が所蔵・管理する塑像を対象に、各分野の専門家と共同で調査研究を進めてきました。このたび、その成果をまとめた報告書『SAN ZANOBI nel Duomo di Firenze – Uno studio sulla scultura in terra cruda』を刊行しました。
本報告書では、1589年、トスカーナ大公フェルディナンド1世・デ・メディチの婚礼祝祭のために制作された仮設ファサードを飾った彫刻群のうち、ピエトロ・フランカヴィッラ(Pietro Francavilla)作とされる「聖ザノビウス像(San Zanobi)」を中心に、粘土などの可塑性のある素材を盛り上げたり削ったりしながら造形される「塑像(そぞう)」について、当時における内部構造や表面仕上げ、装飾、現在の保存状態など、多角的な調査を行った成果をまとめています。
調査は、まず16世紀の文献であるGualterottiの記述やScarabelliによる版画資料との比較を通じて、聖ザノビウス像が制作された歴史的背景や、当時の仮設ファサードにおける彫刻の位置づけについて検討しました。加えて、平成26(2014)年に実施された過去の修復についても検証を行い、現在の保存状態に至るまでの経緯を考察しました。
続いて、こうした文献・資料調査を踏まえて研究計画を立案し、実際の作品を対象とした調査を行いました。携帯型X線デジタル撮影による内部構造の可視化では、荷重を支える木製の骨組みや金属製の釘、アシなどの植物繊維を用いた構造など、外観からは確認することのできない内部の特徴を明らかにしました。また、3Dデジタルスキャナーによる高精細な形状記録に加え、紫外線蛍光撮影や顕微鏡観察によって、表面に残る白色層や金箔装飾などについても詳細な観察を行いました。
今回の報告書の刊行をもって、これまで進めてきた共同研究の第一段階は、ひとつの区切りを迎えることとなりました。今後は、得られた知見を礎として、微破壊調査による材料分析へと進んでいきます。大理石彫刻が中心であった16世紀のフィレンツェにおいて、今日まで残されていること自体が稀少な塑像。その材料や制作技法を解明し、得られた成果を今後の保存や修復に生かすことができるように、調査・研究を継続していきたいと考えています。