研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

■東京文化財研究所 ■保存科学研究センター
■文化財情報資料部 ■文化遺産国際協力センター
■無形文化遺産部


韓国における美術アーカイブの現況調査(2次)

ソウル大学校中央図書館「見える収蔵庫」/手前には資料展示用のケースが設けられている(撮影時は展示替えのため資料なし)。天井照明には調光機能があり、区画ごとに照度を調整できる。
ソウル工芸博物館 工芸図案の保管展示

 文化財情報資料部のプロジェクト「文化財に関する調査研究成果および研究情報の共有に関する総合的研究」(シ01)では、国内外の諸機関と連携しながら、文化財関連資料の保存・活用に関する研究を進めています。その一環として、令和7(2025)年度に引き続き、韓国における美術アーカイブの現況を調査するため、令和8(2026)年9月28日(月)から10月1日(木)まで、橘川英規(文化財アーカイブズ研究室長)と田代裕一朗(同室研究員)の2名が韓国を訪問しました。
 9月29日(火)には、国立中央博物館を訪問し、ジョン・ヘウン主務官、ジョン・ジェホ司書らの案内のもと、図書館を見学しました。特に印象的だったのは、開架エリアの一角に設けられた個人文庫です。金載元(キム・ジェウォン)初代館長や崔淳雨(チェ・スヌ)元館長らの旧蔵書が寄贈者ごとにまとめられており、蔵書を通じて研究者の学問的関心や活動の軌跡を伝える展示方法は、当研究所における研究者アーカイブの公開にも参考となるものでした。また、キム・ヨンミン学芸研究官の案内のもと、1945年以前に撮影された文化財写真のガラス乾板約3万8千点を収める専用収蔵庫を見学しました。同館では、キム氏が中心となり、1987年以降、写真の複製や目録化、デジタル化を段階的に進め、2019年には公開画像の高画質化も実施しています。ガラス乾板は当研究所にも共通する所蔵資料であり、技術の進歩に伴うデジタル画像の再作成や、原板の長期保存をめぐる課題について意見を交わしました。一連の整理事業の経緯は、将来の技術的変化も見据えた原資料の継続的な保存の重要性を示すものでした。
 9月30日(水)には、ソウル大学校中央図書館を訪問し、パク・ソンヒ記録文化遺産チーム長、ジョン・ヘヨン司書らの案内のもと、アーカイブの管理・運営状況を調査しました。同館は1975年竣工の本館と2015年増築の「冠廷館」が一体となった図書館で、令和8(2026)年2月には両館を結ぶ空間に「ヘリテージ・ライブラリー」が新設されました。今回見学した「見える収蔵庫」(보이는 수장고)では、収蔵庫内部をガラス越しに公開し、貴重な文献資料を美術作品のように鑑賞できる空間が設けられていました。資料を単に保存・閲覧の対象とするのではなく、その姿自体を見せることで関心を喚起する発想が印象的でした。研究利用を中心に資料公開を進めてきた当研究所にとっても、展示・鑑賞を通じてアーカイブの価値をより広く伝える可能性を示す事例でした。
 10月1日(木)には、ソウル工芸博物館を訪問し、イ・スンミ学芸研究士の案内のもと、工芸アーカイブの取り組みについて調査しました。令和3(2021)年に開館した同館は、工芸を完成作品のみならず、制作技術や作り手の活動を含めて捉え、図案・図面・文書・写真から制作道具などの実物史料まで、幅広く収集・保存しています。当研究所にも、金工家・金工史家であった香取秀真の意匠図案や日記、金工品の調査記録など、工芸の制作や研究の過程を伝える資料が所蔵されています。今回の訪問では、多様な資料を相互に関連づけながら整理・活用し、工芸をめぐる活動の全体像を捉えようとする同館の取り組みについて意見を交わしました。
 なお、今回の訪韓では、当研究所と韓国国立現代美術館が令和8(2026)年5月に締結した学術・文化交流に関する協定に基づき、9月28日(月)と10月1日(木)に同館の担当者と面会しました。協定初年度にあたる本年度の共同事業について、韓国近代美術関係資料の調査・整理やデジタル化などの進捗状況を共有し、今後の資料情報の共有方法や共同研究の方針について改めて協議をおこないました。
 今回の調査は、資料の保存に加え、その来歴や相互関係をいかに伝え、活用していくかを考える機会となりました。今後も各機関との交流を継続し、得られた知見を当研究所におけるアーカイブの整備・公開に生かしていきたいと考えています。

(202609 / 橘川英規, 田代裕一朗)

中国美術学院(杭州)における研究交流

中国美術学院(中国浙江省杭州市)

 令和8(2026)年9月24日・25日の両日、中国浙江省杭州市の中国美術学院を訪問し、美術史研究に関する学術交流を行いました。
 中国美術学院は、中国を代表する美術系高等教育機関の一つであり、中国美術史の研究や美術教育において重要な役割を担っています。今回の訪問では、藝術人文学院副院長 万木春教授をはじめとする同学院の教員・大学院生と交流し、今後の研究協力の可能性について意見を交換しました。
 24日には、美術史を専攻する大学院生とのラウンドテーブルディスカッションを開催しました。学生からは、日本美術史の研究方法、作品と文献資料の関係、デジタルアーカイブの活用、国際的な視野から美術史を研究する意義など、多岐にわたる質問が寄せられました。これらをもとに、それぞれの研究課題や研究環境について活発な意見交換が行われました。また、象山キャンパスの施設を視察するとともに、杭州周辺の歴史的な文化遺産を訪れる機会もあり、中国美術の研究対象となる地域の歴史や文化的環境について理解を深めました。
 今回の訪問にあたっては、当研究所客員研究員の後藤亮子氏に、現地での調整、同行、通訳など、多岐にわたるご協力をいただきました。同氏のサポートにより、円滑かつ充実した研究交流を行うことができました。
 東京文化財研究所と中国美術学院との間では、これまでも研究者の講演や学術論文の寄稿などを通じた交流が重ねられてきました。今回の訪問を契機として、両機関の学術交流がさらに発展することが期待されます。

(202609 / 小野真由美)

東文研―SISJAC研究交流ワークショップの開催

ワークショップの様子 ※スクリーンショット

 令和8(2026)年9月25日、東京文化財研究所(以下、東文研)は、英国のセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures、以下SISJAC)との研究交流ワークショップをオンラインで初めて開催しました。
 英国ノリッチに所在するSISJACは、ヨーロッパにおける日本芸術文化研究の主要拠点の一つです。東文研では平成25(2013)年より同研究所との共同事業を継続しており、研究情報の共有に取り組むとともに、文化財情報資料部の研究員を毎年英国へ派遣し、講演や研究交流を行ってきました。
 これまでの交流は、主に東文研の研究員が英国で研究発表を行う形で進められてきました。そこで、令和7(2025)年12月に田代裕一朗と吉田暁子が訪英した際、SISJACの関係者との協議において、両機関の研究者が互いに研究成果を発表し、意見交換できる機会を設けることを提案しました。今回のワークショップは、この提案を具体化したものであり、従来の交流をより双方向的なものへと発展させるための新たな試みです。
 初回となる今回は、今後の継続的な開催を見据え、Microsoft Teamsを用いた小規模なオンライン形式で実施しました。冒頭では、SISJACのユージニア・ボグダノヴァ=クマー氏と東文研の田代が、それぞれの機関における近年の活動について紹介しました。
 続く研究発表では、SISJACのフェロー3名が報告を行いました。Claudia Zancan氏は「空間・文様・体験:壁画系装飾古墳への新しいアプローチ」、Jung-An Liu氏は「神話から帝国へ――八紘一宇の塔における図像伝統の重層と交錯」、Eve Kazuhara-Loh氏は「『植物性』の観点から見た田中一村の絵画」と題して発表し、それぞれ河野一隆氏(東京国立博物館)、坂口英伸氏(美術史研究者)、塩谷純(東文研)がコメンテーターを務めました。
 一方、東文研からは、田代が「立原正秋の文学世界と韓国陶磁」、月村紀乃が「美術作品の伝来研究―旧長尾美術館所蔵品を例として」と題して発表し、それぞれSol Jung氏(Independent Scholar and Curator, Norway)、植野哲也氏(林原美術館)がコメンテーターを務めました。
 各発表では、多様な研究テーマや方法論が紹介され、コメンテーターからも活発に質問や意見が寄せられました。専門分野の異なる研究者がそれぞれの視点から議論を交わすとともに、国内外の研究者が互いの研究活動に触れ、新たなつながりを築く機会となりました。ワークショップ終了後には、SISJAC側から、各研究発表や両機関の近年の研究活動について興味深く聞くことができたとの感想とともに、今後の持続的な開催を期待する声も寄せられました。
今回のワークショップは、これまで積み重ねてきたSISJACとの協力関係を基盤に、新たな研究交流の可能性を広げる第一歩となりました。文化財情報資料部では、今回の試行的な開催で得られた手応えをもとに、国内外の若手研究者をつなぐ場としても発展させながら、研究情報の共有と人的交流の両面からSISJACとの連携を深めていきたいと考えています。

(202609 / 田代裕一朗)

国際研修「紙の保存と修復」の開催

実習の様子
本美濃紙の工房への訪問

 令和8(2026)年8月24日~9月11日、東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)が共催する国際研修「紙の保存と修復」を実施しました。優れた文化財修復材料として国際的に認識されている日本の紙ですが、海外の保存修復技術者が日本の紙やそれらを使用した修復技術について正しい知識を得ることは困難です。本研修では、講義、実習、スタディーツアーを通して参加者に日本の紙への理解を深めてもらい、各人の修復技術がより効果的なものとなることを目指します。本年は131名の応募者の中から選ばれた10カ国10名の専門家が参加しました。

 講義では紙のほか、小麦デンプン糊や膠といった接着剤に関する科学的知識を深めました。続く実習では巻子の制作を通して、国の選定保存技術である装こう修理技術を学びました。スタディーツアーでは、美濃、名古屋、京都を訪れ、国の重要無形文化財である本美濃紙の工房や修復工房などを訪問しました。修復に用いられる材料や道具がどのように作られているのかを実際に見ることができたことは、参加者にとって貴重な機会となりました。また、研修を通して、参加者と日本の道具材料の生産者や保存修復士、さらに参加者同士の交流が生まれたことも、本研修の大きな意義であるといえます。

 終了後に参加者へおこなったアンケートでは、仕事に直接取り入れられる知識が学べたといった感想や、実体験を通じて理解を深めることができたといった感想が得られました。参加者が本研修で学んだ知識や技術を活かし、さらに活躍することが期待されます。

(202609 / 小口萌愛)

国際連携による文化遺産保存・活用研究の推進(その2)

ギリシャ時代の石灰質砂岩で造られた柱(セリヌンテ考古学公園)
損傷著しいローマ時代の壁(モンテ・サンタンジェロ考古遺跡)

 東京文化財研究所では、壁画をはじめとする不動産文化財を主たる対象として、保存・活用に関する理念的枠組みと実践的技術の両側面から国際共同研究に取り組んでいます。これにより、保存修復および維持管理の水準向上に資する基盤の強化を図るとともに、その成果を活用した文化遺産保護に関する国際協力事業の推進を目指しています。

 こうした取り組みの一環として、令和8(2026)年9月9日から10月2日にかけてイタリアを訪問し、ウルビーノ大学、ボローニャ大学、フィレンツェ大学、ならびにイタリア国立研究評議会(CNR)の研究者と、今後の国際共同研究について協議を行いました。本協議は、同年2月から3月の訪問時に確認された、保存修復材料の現状における課題とその改善に向けた共通認識を踏まえ、具体的な研究内容と実施体制を検討するものです。

 研究では、ギリシャ・ローマ時代に制作された壁画および石造文化財を対象に、保存修復処置に用いる補強方法の改善と高度化を目指します。文化財の材質や劣化状態に応じた処置材料の挙動を明らかにし、より適切な補強技術の確立につなげることを目的としています。研究全体は東京文化財研究所が総括し、各協力機関がそれぞれの専門性を生かして分析調査や検証実験を担う体制について協議を進めました。

 今後は、各機関の知見と技術を結集し、文化遺産の保存修復に関する課題の解決に向けた研究を具体化していきます。得られた知見を国内外の保存修復および維持管理の現場に応用するとともに、国際協力事業への展開を図ることで、多様な文化遺産の保護に寄与することを目指します。

(202609 / 前川佳文)

スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査(その10)

ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡でのクリーニングテスト
ヴィッラ・ロマーナ・ディ・レアルモンテから出土したスタッコ装飾片

 文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾および塑像に関する研究調査を進めています。

 ギリシャ・ローマ時代を中心とする考古遺跡の保存修復に関する研究を推進するため、令和8(2026)年9月9日から10月2日にかけてイタリアを訪問し、ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡をはじめ、シチリア島のセリヌンテおよびアグリジェントの考古学公園とその周辺に点在する考古遺跡において調査研究を実施しました。
 ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡では、東京大学を中心とする調査団によって発掘されたローマ時代の装飾門を対象に、過去の修復時に塗布された合成樹脂の除去方法について、効果的かつ適切な保存修復手法を検討するため、複数の条件を設定したクリーニング実験を実施しました。これにより、今後の処置方法の選定に向けた基礎的な知見を得ることができました。
 また、シチリア島では、パレルモ文化財監督局の協力のもと、各地の考古遺跡に残る、古代オリエントからギリシャ・ローマ時代にかけて制作されたスタッコ装飾を調査しました。その結果、時代や遺跡によって使用材料や制作技法に明確な違いが認められ、それらの特徴や変遷を解明するために必要な科学分析および検証実験の方向性を具体化することができました。さらに、関係機関との協議を通じて、本研究への理解と関心が一層深まり、今後の調査研究に向けた協力体制がより確固たるものとなりました。

 今後は、現地調査で得られた知見をもとに、科学分析と実験的検証を組み合わせ、スタッコ装飾の材料・技法とその歴史的変遷を明らかにするとともに、遺跡の環境や保存状態に応じた保存修復方法の確立を目指します。さらに、現地の関係機関との連携を継続・発展させ、文化遺産の長期的な保存と適切な維持管理に資する研究を進めていく予定です。

(202609 / 前川佳文)