研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
| ■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
| ■文化財情報資料部 |
■文化遺産国際協力センター |
| ■無形文化遺産部 |
|
資料閲覧室開架での資料案内
スライドによる資料閲覧室の活動紹介、利用案内
令和8(2026)年7月21日、武蔵野美術大学の大学院生4名(引率:江村知子教授)をお迎えし、当研究所の資料閲覧室利用ガイダンスを開催しました。
今回のガイダンスでは、まず庁舎2階研究会室にて橘川より資料閲覧室の利用方法や蔵書構成について説明を行いました。その後、資料閲覧室および書庫へ移動し、文化財調査写真や展覧会カタログ、売立目録をはじめとする美術・建築関連の資料を中心に紹介しました。参加した学生は、日本美術史、建築学、油絵制作などを専門としていて、それぞれの資料を手に取りながら、自身の研究や制作への活用方法を見据えた活発な質問が寄せられました。
文化財情報資料部 文化財アーカイブズ研究室では、研究プロジェクト「専門的アーカイブと総合的レファレンスの拡充」において、文化財研究に関する資料の収集・整理・保存を行うとともに、専門家や学生の方々がこれらの資料へ円滑にアクセスし有効活用できる環境整備に取り組んでおります。その一環として、今後も積極的に利用ガイダンスを実施してまいります。
受講をご希望の方は、「利用ガイダンス」(対象:大学・大学院生、博物館・美術館職員等)をご参照の上、お申込みください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_guidance.html
西海岸ペヨンシンクッ・テドンクッ保存会でのインタビューの様子(仁川)
東京文化財研究所無形文化遺産部は、平成20(2008)年より大韓民国国家遺産庁無形遺産局と研究交流を実施し、その一環として相互に研究員を派遣して調査研究を行う人事交流を行っています。令和8(2026)年7月19日~31日まで、無形文化遺産部部長・石村智が「現代的コンテキストにおける大韓民国のクッ(巫術)」をテーマに調査しました。
クッとは巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンによって行われる、朝鮮半島の伝統的な儀礼のことですが、その様相は地域によって大きく異なっています。1970年代に朴正熙大統領によって進められたセマウル運動と呼ばれる近代化政策によって、クッは「迷信」「非科学的」なものとして迫害の対象となりました。しかし、1980年代以降になるとクッは伝統文化として再評価されるようになり、無形文化財として保護の対象とされるようになりました。平成21(2009)年には済州島の「チルモリ堂霊登クッ」がユネスコの無形文化遺産代表一覧表に記載されました。
今回の調査は、いずれも国の無形文化財に指定されている「東海岸別神クッ」(釜山)、「南海岸別神クッ」(統営)、「西海岸ペヨンシンクッ・テドンクッ」(仁川)を対象に、その保存会の方々にインタビューをする形で行われました。主な質問内容は、伝統文化としてのクッを現代社会において継承していく上での課題と、現代社会の中で新たに果たしうる役割についてでした。
その結果、いずれの保存会の方々も継承においては課題があると語りました。国の無形文化財に指定されることによって保存会は公的な支援を受けることが出来るようになったものの、保存会の活動だけでは十分な収入を得るのが難しく、パートタイムで働かざるを得ない会員も多いとのことでした。クッに関する技能や知識を習得するには長い年月がかかり、また保存会の活動には多くの時間をかける必要があるため、本当に熱意を持った会員でないと継続するのが難しいとのことでした。一方でインタビューを受けてくれた方々はみな、クッという伝統文化を継承していくことに誇りを持っていると語りました。
一方、近年ではクッの芸能としての側面に光を当て、公演活動を積極的に行う保存会も多いとのことでした。例えば西海岸ペヨンシンクッ・テドンクッ保存会はフランスや日本での海外公演も行い、国外でも高い評価を受けたとのことでした。
調査を通じて、クッには宗教性の側面と芸能性の側面の両方があり、現代的コンテキストにおいては後者に焦点が当たることが多いと感じました。しかしインタビューを受けてくれた方々はみな、クッの宗教的・精神的な側面の重要さを無視すべきではなく、それこそがクッの本質であるとも語りました。
日本においても、例えば神楽などの民俗芸能には、芸能としての側面だけでなく神事の一部としての宗教的もしくは精神的な側面があることは否定できません。それを文化財として評価する場合、芸能としての側面には注目する一方、宗教的・精神的な側面の評価は「保留」もしくは「棚上げ」することが多いこともまた否定できません。しかしそれを継承する人たちにとっては、むしろ宗教的・精神的な側面の方が重要なことが多いのではないかと思います。
研究交流事業を通じて、大韓民国の無形文化遺産に対する理解を深める一方、そのフィードバックによって日本の無形文化遺産の理解を振り返ることもまた重要だと感じました。
修復材料の種類と特性に関する講義の様子
保存環境に関するグループ討論の様子
文化財IPM概論・実習の様子
令和8(2026)年7月6日~10日に「令和8年度博物館・美術館等保存担当学芸員研修(上級コース)」を開催しました。
昭和59(1984)年以来、東京文化財研究所で開催してきた「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」は、令和3(2021)年度より「基礎コース」「上級コース」として再編され、博物館・美術館等で資料保存を担当する学芸員等が、業務に必要となる知識や技術について、基礎から応用まで、幅広く習得できることを目的として実施しています。「基礎コース」は保存環境を中心とした内容で文化財活用センターが担当し、「上級コース」は保存環境だけでなく文化財保存の全般を当研究所保存科学研究センターが担当し実施しています。
令和8年度の上級コースでは、保存科学研究センターで行っている各研究分野での研究成果をもとにした講義・実習および外部講師による様々な文化財の保存と修復、文化財レスキューに関する講義を実施しました。
・文化財修復原論
・文化財の科学調査
・保存環境に関する理論と討論
・文化財IPM概論・実習
・修復材料の種類と特性
・屋外資料の劣化と保存
・近代化遺産の保存
・多様な文化財の保存と修復
・博物館の防災
・民具の保存と修復
・大量文書の保存・対策
・紙本作品等の保存と修復
・写真の保存・管理
受講生からは、「保存に対する考え方について基本的なことかもしれないが、あらためて大切なことだと感じた。館としての方針を全員できちんと考えたい」「幸い現時点で修復を要するものはありませんが、修復に対する考え方や目的、どこまでどのように行うべきかをよく検討した上で、修復にあたる重要性を学ぶことができた」「基礎的な知識・理論の再確認と他館の悩みや実践例を知ることが出来た点が非常に有意義であった」等の意見をいただき、この研修をきっかけに自館での保存・修復について改めて考える良い機会となったことが窺えました。研修全体を通じて、高い満足度の評価をいただきましたが、もう少し実際の現象への具体的な対処法や実習を増やしてほしいという意見があり、次年度以降に反映させていきたいと考えています。
委員会メイン会場「釜山市展示コンベンションセンター(BEXCO)」
英国「ウェストミンスター宮殿及び寺院」の危機遺産入りに関する審議
令和8(2026)年7月19日~29日、第48回世界遺産委員会が韓国・釜山で開かれ、東京文化財研究所から3名がオブザーバーとして参加しました。加えて、当研究所が事務局を務める文化遺産国際協力コンソーシアムが、その趣旨や活動、実績、展望を広報するためのサイドイベントを25日に開催し、事務局5名と地域分科会委員3名が参加しました。24日には「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群保存活用協議会主催のサイドイベントも開催され、「飛鳥・藤原の宮都」の登録審議にあわせて多くの関係者が会場に集まるなど、隣国開催の利点を活かし、例年に比べて日本からの参加者が目立つ委員会となりました。文化遺産国際協力コンソーシアム主催のサイドイベントの概要や当日の様子については、コンソーシアムのウェブサイトに掲載しています。ぜひご覧ください(https://www.jcic-heritage.jp/)。
今回、パレスチナやレバノンなど紛争地の緊急案件を含む25件が新規登録され、世界遺産の総数は1273件となりました。また、この両国やウクライナなどの6件が危機遺産一覧表に加えられるなど、武力紛争の影響を色濃く反映した決議がありました。わが国に関しては「飛鳥・藤原の宮都」が新規登録された一方、「明治日本の産業革命遺産」について関係締約国から展示解説の一層の充実が求められました。また、進化する世界遺産保護の考え方は遡及的に適用され、英国・ロンドンにあるバッファゾーンが未設定の文化遺産2件に関し、その環境に対する都市開発の悪影響と危機遺産一覧表への記載の可能性が議論されました。実際には、これらの危機遺産入りは回避されたものの、都市の中にある文化遺産の保全の課題はわが国にも当てはまります。
従来、世界遺産制度には5Cとよばれる五つの基本目標(信頼性・保存・能力開発・情報伝達・共同体)が設けられていますが、武力紛争や気候変動など国際社会が団結して取り組むべき六つ目のC(協力)を加える釜山宣言が満場一致で採択されました。このほか、遺産と真正性に関するナイロビ宣言については口承文化や精神性など非物質面の重要性が再確認されたものの、不動産を保全の対象とする世界遺産制度にどう反映させるかといった課題も浮き彫りになりました。こうした動静を考慮しつつ、今年度の世界遺産研究協議会では「地域の中の世界遺産」を取り上げ、引き続き情報発信に取り組んでいきます。
聖ミカエル教会での作業風景
クリーニング処置前の様子
クリーニング処置後の様子
文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国カッパドキア地方に所在する聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)を対象として、トルコ国内外の研究機関や大学と連携し、壁画の保存修復に関する共同研究事業を実施しています。
令和8(2026)年6月26日から7月19日にかけて現地調査を実施し、これまでの実地調査に基づいて策定した保存修復計画に従い、アプシスおよび身廊を対象に、壁画表面のクリーニング、欠損部の充填、彩色補整を実施しました。
特に身廊では、長年にわたって使用されてきた蝋燭やオイルランプ、香に由来する煤、油脂成分および樹脂性堆積物が厚く付着しており、事前の目視調査や科学的調査では十分に把握できなかった新たな課題が明らかとなりました。試験クリーニングを繰り返し実施して検討を重ね、パック法を用いた安全かつ効果的なクリーニング方法を確立した結果、壁画本来の色彩や繊細な表現が蘇るとともに、約200年もの間、堆積物に覆われて人の目に触れることのなかった図像や銘文が姿を現しました。これにより、壁画の本来の姿が再認識されるとともに、その図像的・歴史的価値の再評価にもつながる重要な成果を挙げることができました。
修復作業と並行して、劣化原因の調査や保存処置の効果検証を継続するとともに、技術移転と人材育成を推進してきました。これまで3年間にわたる共同研究の成果として、採用した修復材料および処置方法の有効性と安全性が確認され、この地域の環境や壁画の状態に適した保存修復方法の確立に向けた基盤が構築されました。現地専門家の保存修復技術の向上が認められるとともに、壁画の劣化要因や保存処置に対する理解が深まり、今後の保存活動を担う人材育成の面でも成果が得られています。
本事業は、文化遺産の保存修復にとどまらず、日本とトルコの研究機関による国際共同研究の深化や人的交流の促進にも大きく寄与しています。また、カッパドキア地方を管轄するネヴシェヒル県知事から称賛の言葉をいただくなど、地域行政からも大きな期待が寄せられています。さらに、今回の調査期間中には、300人を超える人々が保存修復作業を見学に訪れるなど、地域社会からも高い関心が寄せられました。今後は、残された彩色補整や塩類劣化への対応を進めるとともに、継続的なモニタリングを実施し、保存処置の長期的な有効性を検証していく予定です。
実習風景
近年、文化遺産の世界では、Agisoft社のMetashape、iPhoneのScaniverseなどを用いた3次元計測が急速に普及しています。これらの技術の導入によって、作業時間が大幅に短縮されただけではなく、これまでと比べようのない高精度で文化遺産のドキュメンテーションが可能になってきています。
今回は、日本における3次元計測の第1人者である公立小松大学の野口淳氏、産業技術総合研究所の中村良介氏を講師にお招きし、海外で文化遺産保護に携わる日本の専門家を対象に、令和8(2026)年7月18日~20日にかけて「海外調査のための3次元計測実習」を開催しました。まずは日本の専門家に3次元計測の手法を学んでいただき、各々のフィールドで海外の専門家に普及していただく、これが今回、実習を開催した目的です。
考古学や保存科学、建築の分野から22名もの専門家の方々にご参加いただきました。受講生は、3日間の実習において、Agisoft社のMetashapeを利用した3次元計測の技術、Cloud Compareを用いた3次元モデルから展開図や断面図などを作成する方法を学びました。また、産業技術総合研究所の3DDB viewerを通して、地図上に3次元モデルを位置づける活用法を体験しました。
CRE26 Tokyo参加者との集合写真
口頭発表3会場とポスター発表
Current Research in Egyptology(エジプト学先端研究国際会議、以下CRE)は、エジプト学および関連分野の大学院生・若手研究者の研究発表と学術交流を目的として設立された国際学会です。第26回大会(CRE26 Tokyo)は、令和8(2026)年7月11日から14日までの4日間、東京文化財研究所を会場として開催されました。本大会は日本の若手研究者らによって組織されたCRE日本委員会(CRE Japan Committee)が主催し、当研究所は協力機関の一つとして参画しました。
会期中には、口頭・ポスターを合わせて90件の研究発表があり、発表者・参加者を含む178名が参加しました。「エジプト学」は学際的な研究分野であり、考古学や歴史学に加え、人類学、宗教学、言語学、博物館学、保存修復、保存科学、アーカイブ研究、デジタル・ヒューマニティーズなど、多様な専門性や視点に基づく研究発表と議論が展開されました。
また、日本国内に所蔵される古代エジプト資料への理解を深めるため、東京国立博物館、古代オリエント博物館、東海大学文明研究所、京都大学博物館が所蔵する古代エジプト・コレクションを紹介する基調講演が連日開催されました。そのうち2館については、参加者とともに資料を見学するプログラムも設けられました。
当研究所からは、昭和5(1930)年に研究所の創設メンバーの一人である和田新によって撮影された、エジプトの遺跡や博物館展示品などを収めた写真資料を対象としたポスター発表を行いました。写真の撮影場所や被写体の特定を試みるとともに、撮影後から今日までの約100年間での史跡整備や博物館展示の変化、さらには当時の日本の美術史家が古代エジプトの文物に寄せた関心や評価について考察し、歴史資料としての写真アーカイブの活用の可能性について報告しました。
CRE26 Tokyoは、これまでに日本で開催されたエジプト学の国際学会のなかで最大規模となり、同学会での日本人研究者の発表数および参加者数においても過去最多となりました。協力機関の一つとして、このような規模の国際学術交流に寄与できたことを大変喜ばしく思います。