研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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酒呑童子絵巻(根津美術館所蔵)デジタルコンテンツ
伝狩野山楽筆「酒呑童子絵巻」トップページ
住吉弘尚筆「酒呑童子絵巻」第3巻第3段部分
令和7(2025)年5月に東京文化財研究所資料閲覧室内での画像閲覧専用端末で、住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(6巻、ライプツィヒ・グラッシー民族博物館蔵、以下ライプツィヒ本)のデジタルコンテンツの公開を開始したのに続き[令和7(2025)年5月活動報告:https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/2391511.html]、根津美術館所蔵の伝狩野山楽筆(3巻、以下伝山楽本)と住吉弘尚筆(8巻、以下弘尚本)の酒呑童子絵巻のデジタルコンテンツを限定公開しました。伝山楽本は謹直な描線と濃密な彩色によって絵巻という画面形式を最大限活かして酒呑童子の物語が躍動的に表されています。また弘尚本は他に例のない8巻からなる酒呑童子絵巻として根津美術館での展覧会などでも注目され、ライプツィヒ本を継承する作品です。絵巻という横に長く続く画面形式から、伝山楽本も弘尚本も、絵巻全体の画像を概観することのできる紙の書籍などは存在していません。コピーやプリントアウトなどはできない閲覧限定コンテンツですが、豊富な描写内容を持つ絵巻の各場面を自由に拡大して見ることができます。研究資料としてご活用いただければ幸いです。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/
library/library_collection/index.html
このデジタルコンテンツは科研費・基盤研究B「酒呑童子絵巻の研究」(22H00623)の成果の一部です。
今年のヨシ原焼き(2026.2.15)
無形文化遺産部では、無形文化財を支える原材料の調査・研究も行っています。雅楽に用いられる篳篥の蘆舌(リード)の適材として知られる、大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧・鵜殿地区のヨシ。毎年2月に行われてきた恒例のヨシ原焼きが、荒天とコロナ禍で2年続けて中止されてから5年が過ぎました。ヨシ原焼きが2年途絶えたことで、ツルクサが繁茂してヨシに巻き付いて枯死が進んでしまったことが課題でしたが、今年にかけてヨシ原の保全に向けた動きに変化がありました。
ツルクサの除草は、これまで雅楽協議会内のヨシ対策室が中心になって寄付やボランティアを募り、ウェブサイト上で情報発信しながら対応してきましたが、一方で安定的で継続性のある枠組みも模索されてきました。令和5(2023)年、雅楽演奏に欠かせない上牧・鵜殿のヨシの安定的な入手が一つの発端となって、一般社団法人雅楽協会が設立されました。ここに国の重要無形文化財「雅楽」の保持者である宮内庁式部職楽部部員が設立準備段階からかかわり、協会に加盟したことは、国の重要無形文化財と上牧・鵜殿のヨシを繋ぐ一つの道筋ができたことを意味します。
さらに、雅楽の継承と当該地のヨシ原保全に連携して継続的に取り組むべく、令和7(2025)年6月、一般社団法人雅楽協会、地域の鵜殿のヨシ原保存会、上牧実行組合と高槻市が連携する「雅楽の楽器『篳篥』用ヨシ保全コンソーシアム1」が設立され、オブザーバーとして文化財行政を司る文化庁と当該地を管轄する国土交通省が名を連ねました。連動して、無形文化財(雅楽)とその原材料(ヨシ)の関係の重要性を広く知ってもらうための普及事業も活発化しています。
またこれらの体制が整ったことを受けて、令和7年度(2025)9月1日付で、文化庁の文化財保存事業費の国宝重要文化財等保存・活用事業費補助金(篳篥用ヨシ保全事業の補助金)が補助事業者・ヨシ保全コンソーシアムに対して交付決定されました(事業区分「文化財保存技術」)。また高槻市も「雅楽の楽器『篳篥』用ヨシ保全事業補助金」を交付決定し、篳篥用ヨシの安定的な確保に向けた調査を行い、次年度からの本格的な除草作業に備えています。
まさにヨシ原保全のためのスキームが実働し始めている当該地で、令和8(2026)年2月15日、恒例のヨシ原焼きが実施されました。当日は高槻市長はじめ、市役所関係者や一般社団法人雅楽協会関係者も立ち合い、また一般のヨシ原焼き見学者からは「ここのヨシは雅楽の楽器に使われているらしい」という会話も聞こえていました。
無形文化遺産部では、無形文化遺産を支える原材料保全の動向についても、引き続き調査研究を継続していきます。また、令和8(2026)年3月末には、無形文化遺産部より『篳篥蘆舌の原材料・ヨシに関する報告書―淀川河川敷 上牧・鵜殿を中心に―」が刊行されます。ご一読いただければ幸いです。
1以下本稿では「ヨシ保全コンソーシアム」と略す。
無形文化遺産部では、継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)の実演記録を、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:武蔵野音楽大学教授薦田治子氏、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て実施しています。第八回は、令和8(2026)年2月19日、東京文化財研究所 実演記録室で《紅葉》(前半)と《横笛》(全曲)を収録しました。
《紅葉》の前半は、題名にもなっている紅葉をめぐる高倉天皇のエピソードが中心です。高倉天皇即位当初のこと、紅葉する木を植えて愛でるほど紅葉を好んでいた高倉天皇ですが、ある日役人が、こともあろうに紅葉が風で散っていたものを集めて焚き火をし、その火で燗酒を楽しんでしまいました。その不始末を、高倉天皇は咎めないばかりか笑みをたたえ、風流だと感じ入ったというのです。役人の不始末に気を揉む蔵人の描写は、平家の物語としてはおかしみも感じるやや珍しい部分です。このエピソードの最後は「林間に酒を煖めて紅葉を焼く」という白居易の詩を引き合いに、役人の行動に感じ入る高倉天皇の柔和さを象徴するようにして、ゆっくりと締めくくられます。
《横笛》は、滝口入道と横笛の悲恋がテーマです。滝口入道は、恋人である横笛との仲を許されないことから出家を決心して旅立ちます。後を追ってきた横笛にも、滝口入道は心が揺らぐのを恐れて会いません。この心の葛藤を描く場面が《横笛》のクライマックスですが、平家ではここを「白声」という曲節で語ります。白声は、節(旋律)があまりなく平坦で、淡々とした語り口で語られます。このように劇的な場面を、どちらかというと平坦な表現で語ることによって、かえって悲劇性が際立ちます。非常に情緒的な場面を表現する際に、逆に粛々と詞章や音を運ぶような表現手法は、三味線音楽でも時折みられます。
無形文化遺産部では、現在伝わっている平家の前田流のうち、当道の流れを汲む名古屋の伝承曲の習得、その上で行われている復元に注目して実演記録「平家」を実施してきましたが、いよいよこの事業も最終盤です。次年度の第9回をもって実演記録「平家」の一区切りとし、令和8(2026)年12月8日(火)に、この収録を含めた公開研究会を企画しています。どうぞご注目ください。
岩窟内のシート養生と計測器設置の様子
2月の現地調査時の那谷寺本堂
保存科学研究センターでは、那谷寺からの依頼を受けて岩窟内に建てられた木造建造物の保存環境整備に関する調査研究を行っています。石川県小松市の那谷寺は、土着の白山信仰と仏教が融合した寺院であり、重要文化財である木造の本殿は自然の浸食によって形成された岩窟内に建てられています。このような環境では、地盤からの水分供給や岩盤の高い熱容量の影響により高湿度状態となりやすく、結露や木材腐朽といった湿害リスクが生じます。
これまで、岩窟内の温湿度の長期計測により高湿度の要因を分析し、その結果に基づいて季節に応じた換気対策を実施してきました。その成果は「保存科学」第65号にまとめています。これらの対策により、岩窟内の湿気環境の改善に一定の効果を確認しています。特に冬季には、気密性を上げて冷たい外気の侵入を抑制することで、木造本殿での結露抑制と岩窟内の湿度低下に効果があることが分かりました。一方で、地盤からの水分蒸発の影響が相対的に大きくなる点が課題として残されています。
そこで令和7(2025)年秋より、冬季限定の新たな対策として、地盤からの水分蒸発を抑えるための簡易的なシート養生を開始しました。令和8(2026)年2月には設置後の状況確認を行い、現時点では問題が生じていないことを確認しています。今後は測定データの分析を進め、その効果の検証と適切な運用方法の提案を行う予定です。
2月の現地調査は積雪下での実施となりましたが、岩窟内は屋外に比べて暖かく、自然のシェルターとしての特性を体感する機会ともなりました。文化財の保存環境整備は、気候や立地など多様な要因と向き合う必要があります。今後も環境との調和を図りながら、最適な環境制御手法の検討を進めていきます。