研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


菅沼貞三旧蔵資料の公開

菅沼貞三旧蔵資料の一部(資料閲覧室)
資料整理の様子

 菅沼貞三氏(1900~1993)は、東京文化財研究所の前身である美術研究所に勤務したのち慶應義塾大学教授として日本近世絵画、特に文人画の研究に取り組み、多くの論文・書籍を執筆しました。慶應大学在職時に氏が収集した資料は長らく美学美術史学の研究室に保管されていましたが、研究室を引き継いだ河合正朝氏(慶應義塾大学名誉教授)から令和4年(2022)に東京文化財研究所に寄贈されました。資料の大半は台紙貼りの紙焼き写真で、文人画を中心とした近世絵画の他に、障壁画や建築、彫刻など同じく慶應義塾大学文学部教授で日本彫刻史研究の泰斗であった西川新次氏(1920~1999)が収集した写真資料も含まれています。文化財情報資料部では、安永拓世氏(成城大学)の協力を得て資料の整理と目録化を進め、この度ウェブサイトですべての資料の目録およびフィルムのデジタル画像を公開しました(https://www.tobunken.go.jp/materials/suganuma_print)。とりわけ文人画と障壁画の資料の中には現在は所在不明の作品や撮影当時から所蔵者が変更となった作品も含まれており、現在の作品研究においても非常に有効な資料群と言えます。なお、実際の資料は資料閲覧室のキャビネットに保管されており、来所して閲覧することができます。資料閲覧室の利用方法はウェブサイトをご覧ください。


「山崎架橋図」(和泉市久保惣記念美術館)のデジタルコンテンツのウェブ公開

「山崎架橋図」デジタルコンテンツ トップページ
画像比較ページ
縁起文のページ

 東京文化財研究所は令和6(2024)年に和泉市久保惣記念美術館と共同研究の覚書を締結し、同館所蔵作品の調査研究を行い、令和7(2025)年9月には「山崎架橋図」についての研究会を開催しました。(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2403901.html)このたび「山崎架橋図」の光学調査の成果を広く公開することを目指してデジタルコンテンツを作成し、オープンアクセスのデジタルコンテンツとして公開を開始しました。日本語と英語で作品や調査手法などについて解説し、作品のカラー高精細画像、近赤外線画像、蛍光画像を自由自在に拡大・縮小して比較することができます。古美術作品は経年変化によって画面表面が見づらく、描写内容や細部表現を肉眼で識別することが難しいのが通例ですが、近赤外線画像では墨の線描が克明に観察することができ、蛍光画像では修復の際に施された補絹の状態や彩色材料の違いなどを認識することができます。また画面下部の縁起文は、文字を識別しやすくするような撮影手法・画像処理技術を開発しました。これまでの研究では江戸時代後期の附属文書による縁起文が参照されてきましたが、絵画表面上の文字情報が得られやすくなったことで、より深い考察が可能となります。今後の研究の進展が期待されます。鎌倉時代の息吹が感じられる絵画空間をぜひご鑑賞ください。


本法寺法華経曼荼羅図デジタルコンテンツの公開

富山本法寺、風入法要の様子
デジタルコンテンツの画面

 富山県八尾市の古刹・本法寺に伝わる法華経曼荼羅図は、『法華経』28品の内容を図解した大画面の絵画で、22幅一具(セット)の大規模な作例として他に類をみません。鎌倉時代末期の嘉暦元年から3年(1326~28)にかけて製作されたと考えられ、年代が分かっている点でも貴重です。例年、8月6日の風入法要では堂内に法華経曼荼羅図が掛けられ、絵解きが行われており、地域に根付いた信仰のあり方が現在まで継承されていることが実感できます。
 東京文化財研究所では本法寺法華経曼荼羅図の研究に長年取り組まれてきた原口志津子氏(奈良大学)より、調査で撮影された高精細画像のデータをご寄贈いただき、法華経曼荼羅図全22幅のカラー画像と赤外線画像、そして付属資料の画像を見ることができるデジタルコンテンツを作成、令和8年(2026)3月に東京文化財研究所(資料閲覧室)での限定公開を開始しました。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library_collection/index.html#digitalcontents)。
 本法寺法華経曼荼羅図は極めて貴重な作例であるにも関わらず、点数の多さからまとまって展示されたことが殆どなく、また、書籍に掲載されている図版にも限界があるため細部の観察が十分にはできませんでした。この度公開したデジタルコンテンツでは画面の各部分を拡大して見ることができ、さらに赤外線画像との比較も可能です。これを機に多くの方に法華経曼荼羅図の豊穣な世界を知っていただければ幸いです。デジタルコンテンツのご利用については東京文化財研究所のウェブサイトをご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library_collection/index.html
なお、公開にあたっては本法寺様からご協力とご高配を賜りました。心より御礼を申し上げます。
※所属は当時のものです。


長谷寺十一面観音像と蓮華王院千手観音・二十八部衆像についてー令和7年度第10回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和8年(2026)3月16日に開催された第10回文化財情報資料部研究会では米沢玲(文化財情報資料部)と奧健夫氏(武蔵野美術大学)による研究発表が行われました。
 まず米沢は「調査報告 長谷寺 銅造十一面観音立像」と題して、奈良・長谷寺の十一面観音立像の概要について報告しました。長谷寺像は鎌倉時代に制作された金銅仏で、長谷寺本尊を模した十一面観音立像と考えられています。米沢は本像について様式や図像に検討を加え、さらに鋳造技法に特異な点がみられることを指摘しました。
 続いて奥氏による「蓮華王院本堂千手観音・二十八部衆像再考」と題した研究発表が行われました。京都・蓮華王院本堂(三十三間堂)は長寛二年(1164)に建立されたものの鎌倉時代の大火によって焼失し、文永三年(1266)に再建されたことはよく知られています。奥氏は本尊千手観音像の眷属である二十八部衆像について、まず『山槐記』の記事から創建当初には存在していたことを前提とし、現存する像の多くが平安時代の創建当初に制作されたものであること、また鎌倉時代に再興された像も基本的には創建当初像に倣った姿であることを指摘しました。二十八部衆像の制作年代に関しては作風に加えて制作技法の特徴を挙げて論証し、文化財修理の現場に長年携わってきた奥氏の知見に基づいた非常に説得的な内容でした。さらに、二十八部衆像のうち婆数仙像には中国・五台山に対する信仰が反映されている可能性について論じ、後白河院による創建当初の構想にも言及しました。
 奥氏の発表は二十八部衆像の研究史に大きな一石を投じるもので、終了後には参加者から活発な意見が交わされ大変有意義な研究会となりました。


柳澤孝資料デジタル化フィルムのリスト公開

柳澤孝資料の一部
データベース画面

 東京文化財研究所の前身である美術研究所に長らく奉職した柳澤孝氏(1926〜2003)は日本仏教絵画史の第一線の研究者として晩年まで活躍し、緻密かつ極めて鋭い観察眼によって研究史の基礎となる論文を数多く執筆しました。柳澤氏の没後、自宅に保管されていた大量の写真フィルムはそのほとんどが教鞭をとっていた慶應義塾大学美学美術史研究室に寄贈されましたが、研究所の職務に関わって撮影されたとみられるフィルムは文化財情報資料部で受け入れました。
 柳澤氏の没後から20年以上を経て、国内外で行なった調査で撮影されたポジフィルムおよび収集した紙焼き写真のコレクション計1,297点をすべてデジタル化し、東京文化財研究所のウェブサイトでデータベースを公開しました。
https://www.tobunken.go.jp/materials/yanagisawa_film
 ポジフィルムの中には当時まだ珍しかった赤外線ビデオカメラで撮影された作品画像が含まれており、戦後の早い時期から科学的手法を文化財調査に取り入れていた美術研究所の軌跡を知る上でも大変貴重なものと言えます。デジタル化した画像は資料閲覧室内で公開しています。ご利用についてはウェブサイトをご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_image.html


木村荘八自筆資料に見る昭和初期の油彩画制作:令和7年度第11回文化財情報資料部研究会の開催

研究会風景

 東京文化財研究所の所蔵資料は、主に研究者に向けて公開され活用されていますが、収集経緯を含めた資料の歴史に光があたることは、実はそう多くありません。今回は「木村荘八自筆資料」という大正から昭和を通じて活動した洋画家の木村荘八が遺した資料を対象に、在職中に資料収集を主導した田中淳氏(客員研究員、大川美術館館長)と、文学研究の立場に基づいて近年調査を進めてきた新井由美氏(奈良工業高等専門学校准教授)に登壇頂き、この資料の意義を解き明かし、研究成果を報告して頂きました。演題は「東京文化財研究所における木村荘八資料の収集経緯について」(田中淳氏)、「木村荘八「パンの会」制作に関する諸問題 ―東文研所蔵資料「木村荘八制作ノート 自昭和五年至昭和廿一年」を中心として」(新井由美氏)です。
 まず田中淳氏は、木村荘八資料を東文研で所蔵し、他機関と連携して翻刻・研究を行ってきた30年近くにわたる経緯を報告し、また家中に手帳を置き手当たり次第に書くメモ魔であったという、木村本人と交流のあった資料旧蔵者による証言などを紹介しました。
 次に新井由美氏は、資料の中で昭和初期の日記を対象とし、時系列が錯綜する資料の状況を整理した上で、木村の代表作のひとつである油彩画《パンの会》(1928年、北野美術館蔵)を中心に、絵画制作に関係する記述について論じました。
 田中氏の語った「メモ魔」というイメージと、新井氏の指摘した、同じ日記帳の中で別時期に書かれた内容が入り混じる木村の記述スタイルとが完全に一致していたこともあり、質疑応答の時間には、実際の資料を見ながら木村荘八の人間像に迫る意見が活発に交わされました。
 本研究会は、美術史研究者と文学研究者が集い、ひとりの画家の記録を通して昭和初期の状況について意見を交換する、貴重な機会となりました。


「國華社旧蔵写真資料データベース」の公開

國華社旧蔵写真資料データベース

 このたび文化財情報資料部では「國華社旧蔵写真資料データベース」を公開しました。
 『國華』は明治22年(1889)に岡倉天心や高橋健三らによって創刊された日本および東洋美術を対象とする研究雑誌です。現在も刊行が続く美術雑誌としては世界で最も歴史あるもののひとつであり、かつて散逸の危機にあった日本美術の価値を世界に紹介し、文化の保護を啓発することを目的として誕生しました。誌名の「國華」は創刊の辞の一節「美術は国の精華なり」に由来するもとされます。
 國華社旧蔵写真資料は、この130年を超える歴史を持つ『國華』の編集過程において、長年にわたり蓄積・保管されてきた写真資料群です。創刊当初より図版の質に徹底してこだわり、創刊時は写真印刷術の第一人者であった小川一真を起用したコロタイプ印刷や、一流の職人による木版画などを用いて美術作品を再現してきました。本資料群は、こうした厳格な編集作業の系譜のもとに作成された記録を基礎としています。これらの写真資料は、美術史研究における重要な基礎資料です。
 これらの貴重な資料を研究に役立てるため、國華社より寄贈を受けた資料の一部を「國華社旧蔵写真資料データベース」として公開いたしました。本データベースは研究利用における即時性と資料の共有を重視し、随時内容の追加・更新を行ってまいります。
https://www.tobunken.go.jp/materials/kokka-sha_photo


批評家・添田達嶺のいとなみ―令和7年度第9回文化財情報資料部研究会の開催

迫内祐司氏による発表の様子
ディスカッションの様子

 近現代美術の研究において、作品を生み出す作家を対象とするのはもちろんですが、作家や作品を評価し、文筆を通して後世に伝える批評家について調査し、考察することも重要です。3月4日の文化財情報資料部研究会では、『日本画壇争闘史』(1924年刊)、『南画と文人画の鑑賞』(1934年刊)、『半古と楓湖』(1955年刊)等、多くの著作を残した添田達嶺(1888~1971)をテーマに、2名の研究者による発表が行なわれました。
 迫内祐司氏(小杉放菴記念日光美術館学芸員)による発表「添田達嶺とその資料について」では、これまでほとんど知られることのなかった達嶺の生涯と業績が詳らかにされました。続く堀宜雄氏(福島県立美術館専門員)の「書簡資料にみる添田達嶺と東西日本画家との交流」では、遺された達嶺宛ての書簡の中から、金島桂華、土田麦僊、堂本印象、堅山南風、酒井三良といった東西の日本画家によるものを紹介、その交流の一端をひもときました。
 この度のお二人の研究は、出光美術館の助成を受けて行なわれた、添田家に伝わる資料群の調査に基づくものです。研究会には、この調査に加わった伊能あずさ氏(川越市立美術館学芸員)、田邊健氏(小杉放菴記念日光美術館学芸員)も参加、また達嶺の孫である江中(添田)里子先生(昭和女子大学名誉教授)にもご出席いただきました。発表後のディスカッションでは、江中先生の回想も交えながら、達嶺の美術史における位置、そして遺された資料群の今後の活用について意見が交わされました。


片側開放型H-NMRの導入と煉瓦造建築の非破壊含水率測定への適用

煉瓦造建築における現場計測の様子
実験室での予備測定の様子

 保存科学研究センターでは、令和7(2025)年度に片側開放型H-NMRを導入しました。材料中に含まれる水分は、塩の析出や凍結による物理的破壊、膨張・収縮に伴う損傷、さらにはカビの生育など、さまざまな劣化現象を引き起こします。そのため、材料内部の水分状態を把握することは、文化財の損傷リスク評価や適切な保存方法を検討するうえで重要な要素の一つです。片側開放型H-NMRでは、装置から磁場を与えることで、水分に含まれる水素のNMR信号を検出します。この信号の強さや変化を解析することで、水分量や水の運動性の違いを、把握することが可能です。
 令和8(2026)年3月には、海水の毛管上昇に伴う塩類析出により壁面の劣化が進行している煉瓦造建築を対象として、片側開放型H-NMRを用いた現地調査を実施しました。本調査では、装置導入後初の現場適用事例として、非破壊で深さ方向の含水率分布の測定を行いました。従来の非破壊による含水率測定手法では、取得できる情報が材料表面に限られるものや、平滑な面にしか適用できないといった制約があり、劣化した壁面の内部情報を把握することが困難でした。これに対し、本手法では表面状態に依らず、材料内部の深さ方向の含水率分布を取得することが可能となりました。本調査は、東京文化財研究所保存科学研究センター、京都大学、名古屋大学、奈良文化財研究所による共同研究として実施している、煉瓦造建築の塩類風化対策を目的とした材料施工および環境調整手法に関する研究の一環として行われたものになります。
 今後は、水分量の把握にとどまらず、適切な保存対策手法を検討するうえで必要な材料物性を非破壊で評価する手法へと応用を広げるとともに、その他の材料や文化財への展開を図っていきます。


国際連携による文化遺産保存・活用研究の推進

ポンペイ考古学公園事務局
ナポリ国立考古学博物館

 文化遺産国際協力センターでは、壁画をはじめとする不動産文化財を主たる対象として、保存・活用に関する理念的枠組みと実践的技術の両側面から国際共同研究に取り組んでいます。これにより、保存修復および維持管理の水準向上に資する基盤の強化を図るとともに、その成果を活用した文化遺産保護に関する国際協力事業の推進を目指しています。

 令和8(2026)年2月24日から3月13日にかけてイタリアを訪問し、ウルビーノ大学、フィレンツェ大学、ならびにイタリア国立研究評議会の研究者と協議を実施しました。主たる議題は、保存修復材料の現状における課題の整理と、その改善に資する研究の方向性を検討することです。協議を通じて、各機関が共通の問題意識を有していることを確認し、今後は国際共同研究の枠組みのもとで連携し、具体的研究を推進していくことで合意に至りました。
また、ナポリ国立考古学博物館およびポンペイ考古学公園の訪問に際しては、ローマ時代の壁画およびスタッコ装飾の保存修復に関する現状把握を行うとともに、既存手法の課題や改善の可能性について現地研究者と意見交換を行いました。その結果、同遺跡公園が管理する壁画およびスタッコ装飾について、本研究の対象として提供を受けるとともに、保存修復技術の高度化に向けた研究に対する協力を得られることとなりました。

 今後は、研究活動の一環として、ローマ時代の壁画およびスタッコ装飾を主たる対象とし、今回協議を行った各機関との連携のもと、材料研究および保存修復技術の体系化を進めていく予定です。本取組みは、文化遺産保存分野における国際協働の深化とその実践的展開に向けた重要な基盤形成の一端を担うものです。さらに、これにより得られる成果を日本国内外における文化遺産の保存修復および維持管理の実践に還元し、各地の文化遺産の持続的な保護と活用に資することを目的としています。


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