研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
| ■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
| ■文化財情報資料部 |
■文化遺産国際協力センター |
| ■無形文化遺産部 |
|
令和8(2026)年6月25日、東京文化財研究所において文化財情報資料部研究会を開催しました。本研究会では、戦後における地方公募展の役割と実態の解明を目指し、愛知県美術館主任学芸員の石崎尚氏をお招きして「中部日本美術展と県展研究」と題してご発表いただきました。
発表ではまず、昭和22(1947)年から昭和31(1956)年にかけて名古屋市で開催された公募展「中部日本美術展(中美展)」が果たした歴史的な役割が報告されました。戦後復興と中部圏独自の文化確立を目指して始まった中美展は、平行して展開された美術館建設運動とともに、愛知県美術館の前身である愛知県文化会館美術館の誕生を導くなど、地域美術史に重要な足跡を残しました。一方で、目録をはじめとする一次資料の不足が研究の障壁となってきた実情を踏まえ、石崎氏が進めてきた資料調査の経過が共有されました。さらに、従来は中央団体展の「模倣」や「ミニ・サロン」と捉えられがちだった地方公募展や県展を、細部(ディテール)から検証し直す意義が強調されました。こうした足元からの実証的アプローチこそが、東京中心の美術史を解きほぐし、「美術史の脱中心化」と地域美術の自律性も浮き彫りにすることにつながるという、示唆に富む問題提起がなされました。
なお、この研究会には近現代美術の専門家、関東・中部圏の学芸員などの14名の外部の関係者にもご参加いただきました(会場・オンライン)。後半のディスカッション・情報交換では橘川が司会を務め、多様な成立背景や運営形態を持つ「県展」の捉え直し、調査で得られた一次資料や知見を美術史研究の基盤として整備する方法に加え、現在も継続する県展ならではの研究の難しさについて多角的な議論が行われました。この研究会を契機に、参加者の間では共同研究に向けた協議も始まっており、今後の持続的な研究協力に向けた着実な一歩となりました。
書庫での配架解説と活用法の紹介
令和8(2026)年6月17日、明治学院大学の大学院生2名(引率:当研究所上席研究員・明治学院大学大学院非常勤講師 塩谷純)をお迎えし、東京文化財研究所の資料閲覧室利用ガイダンスを開催しました。
今回のガイダンスでは、まず2階研究会室にて橘川より資料閲覧室の利用方法や蔵書構成について説明を行いました。その後、資料閲覧室および書庫へ移動し、文化財調査写真や展覧会カタログ、売立目録、鷹見明彦旧蔵資料をはじめとする近現代美術関連の資料を中心に紹介しました。参加した学生からは、それぞれの資料を手に取りながら、自身の研究への活用方法を見据えた活発な質問が寄せられました。
文化財情報資料部 文化財アーカイブズ研究室では、研究プロジェクト「専門的アーカイブと総合的レファレンスの拡充」において、文化財研究に関する資料の収集・整理・保存を行うとともに、専門家や学生の方々がこれらの資料へ円滑にアクセスし有効活用できる環境整備に取り組んでおります。その一環として、今後も積極的に利用ガイダンスを実施してまいります。
受講をご希望の方は、「利用ガイダンス」(対象:大学・大学院生、博物館・美術館職員等、https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_guidance.html)をご参照の上、お申込みください。
研究会の様子
令和8(2026)年6月5日に開催された令和8年度第2回文化財情報資料部研究会では、静岡県富士山世界遺産センターの松島仁氏をコメンテーターに招き、日本東洋美術史研究室長の小野真由美が「歌人としての狩野常信―詠歌・鑑定・絵画をめぐって―」と題した研究発表を行いました。
江戸幕府の御用絵師として知られる狩野常信(1636~1713)は、これまで主に狩野派を代表する絵師として評価されてきました。本発表では、そうした従来の理解に加え、常信が和歌を詠み、公家や儒学者らと交流する「歌人」としての側面に着目し、その画業を新たな視点から考察しました。
歌会記録や『國史館日録』などの史料をもとに検討した結果、常信は若い頃から和歌を中心とする知的・文化的な交流の場に参加し、公家や学者、大名との交流を深めながら、和歌・古典・絵画に関する幅広い教養を身につけていたことが明らかになりました。また、こうした知識は、古画鑑定や画題の理解にも深く関わり、絵師としての活動を支える重要な基盤となっていたことを示しました。
本発表では、木挽町狩野家の発展は制度的な地位の向上だけでなく、常信自身が築いた知的ネットワークと文化的実践によって支えられていたことを指摘しました。絵師を単なる制作者ではなく、和歌や古典、鑑定を横断する知識人として捉え直すことで、江戸時代における文化形成の新たな側面を提示することができました。
当日は多くの研究者から貴重なご意見・ご質問をいただき、今後の研究をさらに発展させるうえで有意義な機会となりました。いただいたご助言を踏まえ、当研究室では引き続き狩野派研究と近世日本における文化的ネットワークの解明に取り組んでまいります。
地盤調査ワークショップの様子
テラス内部の発掘トレンチ
東京文化財研究所とアンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA国立機構)は、タネイ寺院遺跡における協力事業の一環として、中央伽藍の正面に位置する十字テラスの保存修復に向けた調査を継続しています。
タネイの十字テラスの外装は、砂岩の舗石と、砂岩およびラテライトで築かれた側壁からなり、その内側は土を突き固めた盛土層で構成されています。このような内部盛土層の機能や構造的特性については未解明の部分が多く、その安定化をめぐってはアンコール遺跡内の他遺構の修復においても様々な手法が模索されてきました。
令和8(2026)年5月20日~6月21日の派遣では、盛土層を主体とする十字テラスの内部構造や建設過程を明らかにし、十字テラスの適切な修復手法を検討することを目的として、発掘調査と地盤工学調査を実施しました。
テラス内外の計4カ所で行った発掘調査からは、層位ごとに異なる種類の土を使い分けて内部盛土層が構成されている様子が確認されたほか、クメール寺院建築について従来知られているものとはやや異なる石造構築技法が本テラスに用いられていることや、樹木の根の侵入が側壁の変形に係わっていることなどが判明しました。さらに、隣接する矩形テラスとの建設工程に関してもいくつかの新たな手掛かりが得られました。
地盤工学調査は、東京大学生産技術研究所桑野玲子教授の指導のもと、「十字テラスの修復に向けた実践ワークショップ」の第二弾として行いました。 APSARA 国立機構からは3名が参加し、テラス内部の土層を対象とした現場での簡易動的コーン貫入試験や、採取試料に対する乾燥密度、粒度分布等の室内試験を実施しました。さらに、プノンペンにあるカンボジア工科大学を訪問し、三軸圧縮試験、透水試験を実施するための協議を行いました。
今後、これらの調査結果を元に、十字テラスの構造学的評価を行い、今後の適切な修復手法について APSARA国立機構側との議論を進めていきます。