研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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當麻曼荼羅図の調査撮影
當麻曼荼羅(たいままんだら)図は、唐の善導の『観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうしょ)』に基づく阿弥陀浄土図を中心に浄土教のの説くところを図化した変相図(へんそうず)です。奈良・當麻寺(たいまでら)に伝えられたことから、この名があります。同じ図様の作品が後世にいたるまで非常に数多く描かれ、全国各地に残っていますが、その根本となった今回の調査対象である當麻曼荼羅図は、国宝に指定され、縦横ともに4メートルを超える大作です。8世紀の制作と考えられますが、制作地については、唐とも奈良とも言われます。この根本曼荼羅の大きな特徴は通常のように絵絹に描いた絵ではなく、綴織(つづれおり)という織りによって図様が表わされたものであったことです。しかし1000年を超える経年の劣化は否みようがなく、鎌倉時代と江戸時代に行われた大きな修理によってかろうじてその形をとどめ、その際に加えられた補筆によって図様は伺えますが、地の組織は傷みがはげしく、当初の綴れ織りがどの程度残っているか、またそれはどのようなものであったか、必ずしもはっきりしていませんでした。
本年4月6日より奈良国立博物館において開催される特別展「當麻寺」で長年公開されることのなかった本曼荼羅が展示されるのを機に、これに先立つ2112年12月17日から21日まで、東京文化財研究所企画情報部は奈良国立博物館との共同研究として、奈良国立博物館においてこの曼荼羅の光学的調査を行い、企画情報部から城野誠治、小林公治、皿井舞、小林達朗が参加しました。今回はこの大幅の撮影のための専用レール台を制作し、この上に作品を置いて、高精細デジタルカメラによる撮影を行いました。きわめて緻密な曼荼羅の織りを観察できるよう、全面を150余りに分割して可視光の高精細デジタル画像を撮影したほか、蛍光、赤外による詳細な分割撮影を行い、さらに調査中に原本の綴織が残されていると見られた部分をマクロ撮影で記録しました。当初の綴織の織り目のみえる部分がごく少ないながら見出されたことは、今後の検討・研究の基礎となる成果であると同時に、奈良国立博物館における今回の展覧会に資することとなるでしょう。
無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会
無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会は、去る12月3日から7日の5日間、パリのユネスコ本部において開催され、東京文化財研究所からは、無形文化遺産部の宮田繁幸、企画情報部の二神葉子の2名が参加しました。本来今回の委員会はグレナダがホスト国となる予定でしたが、財政事情等から8月にホスト返上となり、変則的にパリの本部での開催となりました。さらにユネスコ本体の財政逼迫の影響から、会議文書の限定配布や、第2会場でのビデオストリーミングがなされないなど、ロジスティックの面では少なからぬ不満の声も聞かれました。
今回の会合では、緊急保護一覧表に4件、代表一覧表に27件の新たな無形文化遺産の記載が、また推奨保護計画として2件の登録が決定されました。日本から代表一覧表に推薦していた「那智の田楽」については、補助機関の事前審査では情報照会の勧告がなされていましたが、委員会で各国から記載基準を十分満たしているとの判断がなされ、無事記載という結論にいたりました。この日本のケースだけでなく、多くの案件が情報照会勧告にもかかわらず記載となったのは、各国1件のルールが実質的に定着し、全体審査件数が絞り込まれたため、比較的丁寧に各案件を委員国が吟味した結果であるとも考えられます。他の議題においても、参加国間で意見対立が目立った昨年の第6回政府間委員会及び6月の締約国総会と比べ、今回は委員国間に鋭い対立はあまりみられず、会議はおおむね協調的な雰囲気に終始しました。またいままであまり案件の提出がなされず、地域間格差の要因であったアフリカ諸国からの推薦も、今回はかなり増加し、条約の発効以来続けてきた同地域でのキャパシティビルディングの成果がようやく形となってきたと評価出来ます。なお日本は、2013年の代表一覧表候補の審査にあたる補助機関のメンバーに今回初めて選ばれました。この機会を捉え、無形文化遺産部としては専門的知見を生かし、補助機関の審査を通じて貢献したいと考えています。
第7回公開学術講座
12月8日、山口鷺流保存会を招いて公開講座を平成館大講堂で行いました。タイトルは「山口鷺流狂言の伝承を考える―東京文化財研究所無形文化遺産部所蔵記録をめぐって―」です。サブタイトルにあるように、無形文化遺産部は昭和33年、芸能部時代に山口鷺流狂言の記録作成を行っています。歌い手はすでに鬼籍に入り、記録の中には現在では伝承されていない曲も多くあります。それらを視聴・分析をしながら、山口鷺流狂言の将来の伝承について考察し、現在伝承されている《宮城野》と《不毒》を鑑賞しました。鷺流は明治時代に中央では廃絶した流儀なので、東京で上演される機会はほとんどありません。参加者からは意義深かったとの感想が多く寄せられました。
イタリアのピエロ・ティアノ博士による基調講演
ポスターセッションの様子
微生物の繁殖は、屋外・屋内の環境を問わず、文化財にとっての大きな劣化要因となっています。東日本大震災における経験は私たちの記憶に新しいところですが、とくに地震・津波などによって被災した文化財については水濡れの影響から、微生物劣化が短期間のうちにおきやすく、その状況をみきわめるための調査と対策がきわめて重要となっています。そこで、保存修復科学センターでは、当研究所が各部門の持ち回りで毎年開催している“文化財の保存および修復に関する国際研究集会”の第36回目として、2012年12月5日(水)~12月7日(金)に、東京国立博物館・平成館・大講堂にて標記のシンポジウムを担当・実施しました。初日には外国専門家の基調講演に続き、被災文化財の生物劣化についてのセッション、2日目には屋外の石造文化財、木質文化財の生物劣化に関するセッション、そして最終日には屋内環境にある文化財の生物劣化の調査法や劣化の環境要因に関わるセッションを行いました。3日間を通じて合計15件の招待講演のほかに、国内外から23件のポスター発表があり、232名の参加者(のべ参加者数421名)を得て、活発な議論が行われました。今回は、イタリア、フランス、ドイツ、カナダ、中国、韓国など、海外からも多くの専門家が来日参加しました。今回のように、文化財の微生物劣化に特化したテーマでのシンポジウムは国際的にみてもほとんどなく、ヨーロッパ地域からも含めて自費で参加して下さった専門家が多かったものと思われ、まさに国際研究集会と呼ぶのにふさわしい、充実した情報交換ができました。終始、積極的にご協力いただいた発表者、参加者の方々に心より感謝致します。
シンポジウム会場風景
パネルディスカッションの様子
イタリア カラビニエリ(国家治安警察隊)クアリアレッラ氏による講演
文化遺産国際協力コンソーシアムでは、毎年一般の方を対象にシンポジウムをおこなっています。今年度は12月1日(土)に、東京国立博物館平成館大講堂にて、「さまよえる文化遺産―文化財不法輸出入等禁止条約10年―」(主催:文化遺産国際協力コンソーシアム、文化庁)として開催しました。
「文化財の不法な輸入・輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約」(「文化財不法輸出入等禁止条約」)を我が国が締結してから今年で10周年を迎えました。今回のシンポジウムでは、この条約のもとで我が国が進めている文化財を不法な輸出入から保護する取り組みや現状について紹介するとともに、海外での取り組みも紹介しました。
まず、我が国の取り組みについて文化庁の塩川達大国際協力室長から、また地方自治体による取り組みとしては奈良県警察本部の文化財保安官である辻本忠正警視からそれぞれ報告していただきました。文化財流出の現状については美術商である欧亜美術店主の栗田功氏をお招きし、文化財が流出する国における流出文化財問題の根底にある部分をご紹介いただきました。また、外国の事例として、イタリアからお招きしたカラビニエリ(国家治安警察隊)のクアリアレッツラ文化材権利保護作戦班長から、カラビニエリによる文化遺産保護活動を、美術品変造や不法輸出摘発の実際の事例とともに報告いただきました。すべての報告後には、報告者に加えて財務省関税局監視課からも五十嵐一成課長補佐をパネリストに迎え、活発な議論が展開されました。
日頃は話を聞く機会の少ない問題でありながら、実際には身近な問題を扱った今回のシンポジウムは、来場者である一般の方々からも高い評価を得ることができました。今後も文化遺産国際協力コンソーシアムでは、文化遺産に関わる問題を一般の方々にご理解いただける機会を設けることができればと考えています。
東京文化財研究所での打合せ風景
文化庁委託「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、ミャンマー連邦共和国文化省の関係者を12月10日から14日まで日本に招聘しました。今回の招聘では、同省考古・国立博物館・図書館局のテイン・ルウィン副局長をはじめ、考古学、保存修復、文化人類学、美術の各分野を専門とする同省職員5名が、東京と奈良に滞在し、東文研および奈文研での意見交換、博物館視察、考古発掘調査現場や文化財建造物修理工事現場の見学等を行いました。この間の11日には東文研セミナー室において、「ミャンマーにおける文化遺産保護の現状と課題」と題する研究会を開催し、来日した方々から考古調査や遺跡保存、博物館の歴史と現状等に関する発表をいただくとともに、会場との質疑も通じて情報共有を行いました。本招聘を通じて、同国の文化遺産保護に関する最新情報の収集を行うとともに、今後の協力に向けて相互理解の促進を図ることができました。本事業では今後、1月末から2月初旬にかけて、建築・美術工芸・考古学の3分野において、文化遺産保護に関するわが国からの協力の方向性を明確化するための現地調査を、奈文研の協力も得ながら実施することを予定しています。
化学実験室での説明(11月1日)
文化庁主催 文化財(美術工芸品)修理技術者講習会受講者 計29名
11月1日、文化財の保存・修復の現場を見学するために来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター修復実験室、同化学実験室及び同電子顕微鏡室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。
千手観音像の高精細画像撮影の様子
企画情報部の研究プロジェクトのプロジェクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の一環として、11月1日、東京国立博物館に所蔵される国宝・千手観音像の高精細画像の撮影を行いました。東京国立博物館と当研究所との「共同調査」によるもので、昨年度の国宝・虚空蔵菩薩像の調査に続いての調査となります。今回は東京国立博物館の田沢裕賀氏・沖松健次郎氏のご助力をえて、当研究所の城野誠治が画像撮影を行い、小林達朗、江村知子が参加しました。千手観音像は平安仏画の代表的名品のひとつです。平安時代の仏画は日本絵画史の中でもきわだって微妙かつ細部にわたる繊細な美しさを実現しましたが、それゆえに細部の表現の観察は重要なものになります。今回の撮影画像は肉眼による観察を超えるものがあり、微細な部分に宿された平安仏画独特の美がうかがえるものとなると考えます。得られた情報については今後東京国立博物館の専門研究員を交えて共同で検討してまいります。
第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書
11月末、第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書『染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―』が刊行されました。本研究集会は、2011年9月3日~5日の3日間にわたり、国内外の制作者、修復技術者、学芸員、研究者など様々な立場の専門家を招いて開催しました。報告書では、研究集会で議論された課題をより多くの人と共有し、さらなる議論の深化を図ることを目的に、すべての報告を収録しています。PDF版は無形文化遺産部のホームページでも公開の予定です。
日本の伝統的な漆材料と技法の概説(workshop Ⅰ)
木箱を使った接合実習(workshop III)
文化遺産国際センターでは、在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として、11月2日から11月16日にかけて、ドイツ・ケルン東洋美術館の協力で、漆工品の保存と修復に関するワークショップを同美術館で実施しました。
このワークショップは学生、研究者、学芸員、保存科学者、修復技術者を対象とし、スウェーデン、ポルトガルやチェコなどのヨーロッパ諸国からだけでなく、アメリカやオーストラリアなど11か国から合計19名が参加しました。
講義は漆工品の修復概念、材料学、損傷、調査手法や修復事例を取り上げ、実習では養生、クリーニング、漆塗膜の補強や剥落止めなどさまざまな修復技法にかかわる工程を実験的に行い、好評をいただきました。 また、期間中にはケルン東洋美術館シュロンブス館長のご発案により、ロッシュ副館長が館内の常設展示や特別展の見学ツアーを行うなど、美術館側も参加者との交流を深めました。
漆工品は16世紀から輸出され、現在でも多くの博物館、美術館や宮殿に保管されています。このワークショップを通して習得した知識や保存修復技術によって漆工文化財がより安全に保管され、継承されていくことが期待されます。
図面を使っての発表
「御料車(ごりょうしゃ)」とは、天皇を始めとする皇族方が乗車する専用の鉄道車両や自動車を指します。明治時代に我が国に鉄道が導入されて以来、多数の鉄道車両が御料車として製作され、その第1号は現在国の重要文化財に指定される等、文化財としての価値が認められているものの、一般にはなかなかその詳しい様子を知る事が出来ませんでした。そこで保存修復科学センターでは、11月30日(金)に、東京文化財研究所地階セミナー室において「御料車の保存と修復」と題する研究会を開催しました。
「動く美術工芸の粋」とも、「明治時代の文化を凝縮した世界」とも言われる御料車は、皇族方の専用車両というその特殊な性格ゆえに、内装その他も製作された時代の先端をいく特別なものです。現在、展示公開されているものとしては、鉄道博物館に6両、博物館明治村に2両がありますが、いずれもガラス越しの鑑賞であり、内部の細かい装飾や造作までは直接見る事が出来ません。今回は、はじめに御料車の技術的な側面から、日本の鉄道の発展との関わりや技術的な特徴の解説があり、次いで御料車を保存展示している両博物館の担当者からそれぞれの御料車内部の特徴有る装飾や造作を紹介して頂くと共に、日々のメンテナンスや展示方法に関する苦労や工夫をお話し頂きました。また、鉄道博物館で展示されている御料車の修理に携わった2人の技術者からは実際に御料車の修復作業を実施したときの話を伺いました。更に、台湾に残されている日本統治時代に製作された御料車に関する話が台湾の専門家によって紹介された事も今回の特筆すべき内容でした。
御料車に対して、鉄道車両の保存という技術的な捉え方だけではなく、美術史的・工芸史的な文化財としての価値をも意識した保存が必要だという事を気づかされた研究会でした。当日の参加者は53名を数え、最後に発表者との活発な質疑応答も行われました。
アルメニア歴史博物館・国立美術館
グルジア国立博物館での調査
文化遺産国際協力センターでは、海外の美術館などで所蔵されている日本古美術作品を調査し、所蔵館に対して助言や関連する研究の情報提供を行うほか、緊急性・必要性の高い作品については保存修復協力事業を実施しています。日本から遠く離れた、気候・風土・民族・宗教などが大きく異なる国において、日本の美術作品が所蔵されている状況を目の当たりにすると、本来脆弱な材料を使用している文化財のもつ、生命力の強さを感じさせられます。2012年11月に、川野邊渉、加藤雅人、江村知子の3名でアルメニア共和国とグルジアにおける日本古美術作品調査を実施しました。両国ともかつてのソビエト連邦の構成国で、2012年は日本との外交関係樹立20周年にあたりますが、これまで当研究所から現地に赴いて日本美術に関する調査を実施したことがなく、今回が初めての調査となりました。
アルメニア歴史博物館、国立美術館、エギシェ・チャレンツ記念館では日本古美術作品の調査を行い、これらの博物館には江戸時代後期の浮世絵版画や近世から近現代の工芸作品が所蔵されており、中には作品名や制作年代など作品の基本情報が不明のまま所蔵されている作品もあり、助言や情報提供を行いました。そのほかアルメニア国立公文書館マテナダラン、国立図書館などにおいて文化財の保存修復状況の調査を行いました。
グルジアでは、国立博物館を中心に日本古美術作品の調査を行いました。同館には江戸時代の甲冑・刀剣などの武具のほか、浮世絵、陶磁器、染織品などの日本美術作品が所蔵されていました。肉筆画では、江戸時代後期の立原杏所(1786〜1840)による「鯉魚図」と、明治時代に活躍した高島北海(1850〜1931)による「富岳図」の絹本着色の掛幅2点が収蔵されていることが確認できました。両作品とも経年による損傷が著しく、本格的な修理が必要な状態ですが、まずは作品についての詳細な情報を集めた上で、今後の事業について所蔵館担当者と協議を進めていく予定です。
国内ワークショップの実習風景
国際ワークショップの実習風景
国際ワークショップ実習時の参加者同士の意見交換の様子
文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年11月にアルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップを開催しました。11月6日~17日までの10日間はアルメニア国内専門家を対象とした第3回国内ワークショップを開催し、前回と同メンバーのうち8名が参加しました。前回に引き続き、考古金属資料の錆や付着物の除去といった表面クリーニングを行った後、金属表面の元素分析を可搬型蛍光X線分析計(XRF)を用いて行い、研究を深めました。また、防錆処理や表面コーティング、接着や欠損部の充填の実習を行い、保存や展示に向けた資料の処理方法を学びました。
また、11月21日~28日の7日間、アルメニア国内専門家4名のほか、グルジア、イラク、カザフスタン、キルギズスタン、ロシアの5カ国から6名の金属資料保存に関する専門家をアルメニアに招聘し、さらにまた、アルメニアの考古金属資料の調査研究を行っているアルメニア人考古学者らを招き、国際ワークショップを開催しました。アルメニアの金属文化財に関する研究や、自国の博物館や保存修復の状況を発表しあうことで、情報交換と広域ネットワーク構築に貢献しました。
次回はアドバンス・コースとして、これまでにワークショップで学んだ保存修復知識と技術を応用し実践を行うとともに、製作技術研究のまとめを行う予定です。
測量実習風景
文化遺産国際協力センターは、2012年9月に実施したカザフスタン共和国とキルギス共和国での人材育成ワークショップ(ユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」、2012年9月活動報告を参照)に引き続き、タジキスタン共和国において考古遺跡測量に関するワークショップを11月2日から7日にかけて実施しました。世界遺産登録を目指す中世都城址フルブック遺跡(9~12世紀)を対象にタジキスタン文化省及びフルブック博物館と共同で実施した今回のワークショップには、タジキスタン側から若手専門家を中心に10名が研修生として参加しました。測量に関する基礎的な講義を実施した後、ユネスコからタジキスタン側に供与されたトータル・ステーションを用いて、発掘区設定や地形図の測量に関する実習を行いました。今回の短期間の研修では、参加した研修生が測量を完璧にマスターするまでには至っていません。しかし、自前の機材に習熟しようとする研修生の意欲には並々ならぬものがありました。現地若手専門家の測量技術向上のため、文化遺産国際協力センターは来年度もタジキスタンでの支援事業を継続する予定です。
フルブック遺跡出土断片(部分) 左:処置前 右:表面クリーニングと小断片の接合後
裏打ち作業の様子
11月6日から12月5日まで、タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復作業を現地にて実施しました。修復の対象である壁画断片は、タジキスタン南部に位置する初期イスラーム時代の都城址フルブック遺跡から1984年に出土しました。長い間適切な処置がなされないまま古代博物館の収蔵庫に保管されていましたが、2010年度より本格的な保存修復処置が開始されています。
壁画断片は著しく脆弱化しており、彩色層は顔料が載っているのみの状態であったり、下塗りの石膏層は細かく断片化したりしていました。昨年度の彩色表面の強化処置に引き続き、細かく割れた小断片の接合や、新しく裏打ちをするなど、グループ化された各断片を安定化させるための処置をおこないました。また、昨年度に安定化させた断片については、欠損部の充填など、展示を目指した今後の処置を試験的におこないました。壁画断片は、接合や充填による安定化に加え、図像も見やすくなってきています。今後は、将来的な展示方法の検討をしていく予定です。
なお、本修復事業は、住友財団による海外の文化財維持・修復事業助成を受けて実施しています。
土色帳を用いた版築壁体の観察記録作業
ティンプー市内の版築造寺院における常時微動計測調査の様子
文化庁より委託された文化遺産国際協力拠点交流事業の枠組みによるブータン王国における版築造建造物の保存に関する現地調査のため、今年度第二回目の専門家派遣を11月21日から12月2日まで行いました。事業のカウンターパートである同国内務文化省文化局遺産保存課と共同で、二班に分かれ、首都ティンプーとその近郊において、主に以下のような活動を行いました。
工法調査班:版築工法による伝統的建築技術の実態を明らかにするため、複数の職人への聞き取り調査を行うとともに、版築造による民家や寺院およびその廃墟を対象に、補強技法等の目視観察および実測による調査を実施しました。
構造調査班:版築造壁体の構造体としての性能を定量的に把握するため、ブータン側が事前に作製した供試体に対する圧縮強度試験を行いました。また、版築造の小規模な寺院建築2棟を対象に常時微動計測を実施し、その構造特性を分析するための基礎的データを取得しました。
これらの調査実施に加えて、過去の日本からの協力事業も含むこれまでの調査成果をブータン側と共有するとともに、日本における民家等保存の取り組みについて紹介することを目的に、ワークショップを開催しました。
このような活動を通じて、伝統的建造物およびその建築技術の適切な保存継承と、地震時における安全性向上という課題の両立に向けた方向性を探るとともに、文化遺産保存を担当する現地人材への技術移転にも貢献することが本事業の目指すところです。ブータン側スタッフの意欲は高く、建築調査と構造解析に関する基礎的な手法のひとつひとつを伝えながら、引き続き協力関係を深めていきたいと思います。
生物実験室での説明
文化庁ミュージアム活性化支援事業「市民と共に ミュージアムIPM」 参加者 計13名
10月5日、文化財の保存・修復の現場を見学するために来訪。保存修復科学センター物理実験室、化学実験室及び生物実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。
講演の様子1
講演の様子2
今年で46回目を迎えた企画情報部オープンレクチャーは、「モノ/イメージとの対話」をテーマに10月19日(金)、20日(土)の両日午後一時半より、当研究所地下セミナー室を会場に開講致しました。このオープンレクチャーでは、文化財や美術作品は動かぬモノでありながら、人々の心のなかに豊かなイメージを育んでいくことを念頭に置いて、そうした「モノ/イメージ」に日々向き合うなかでの新たな知見を、より多くの方々に知っていただくことを目的に開催いたしました。
発表は、所外から、国立台湾師範大学准教授・白適銘氏(19日、発表タイトル「上野モダンから近代文化体験へ―陳澄波が出会った近代日本―」)と、国際日本文化研究センター准教授・丸川雄三氏(20日、「連想が結ぶ美術史の点と線―アーカイブスから見えるもの―」)を迎え、所内からは、企画情報部副部長・山梨絵美子(19日、徳川霊廟を描いた画家たち)、同部長・田中淳(20日、「1912年10月20日・上野・美術」)が行いました。両日ともに天候にも恵まれ、19日は96名、20日は80名の聴講者を得ました。
明願寺ご住職の池永文雄氏(右)
フィルモンのポータブル型再生機
東京文化財研究所では、早稲田大学演劇博物館と共同でフィルモン音帯の調査を行っています。その成果の一部は、すでに2011年3月刊『無形文化遺産研究報告』第5号で公表しています。
http://www.tobunken.go.jp/~geino/pdf/kenkyu_hokoku05/kenkyu_hokoku05Ijima.pdf
フィルモン音帯とは、戦前の日本で開発された特殊な音声記録媒体(レコード)です。当時、最も一般的に普及していたSPレコードの平均的な録音時間は約3分でした。これに対し、フィルモン音帯は30分以上の演奏でも収録が可能でした。画期的な発明品だったのですが、生産期間が昭和13年(1938)から同15年と非常に短かった上に、専用の再生機を必要としたため、戦後は急速に忘れ去られてしましました。音帯、再生機ともに現存数は決して多くありません。
発売された音帯の種類は、約120程であっただろうと考えられています。上記報告書の時点で、現存が確認できたのは85種でした。昨年暮れ、新潟県の明願寺(上越市牧区)に多数の音帯が所蔵されているとの情報を得たことから、ご住職の池永文雄氏にご協力を請い、10月に調査を実施しました。その結果、所蔵されていた音帯は49種で、その内の16種がこれまで未発見だったものと確認されました。さらに、現存数が少ないポータブル型の再生機も動態保存されていました。所在確認調査という点からも、大きな進展であったといえます。
明願寺所蔵の音帯は、浪曲を中心とした大衆演芸が多いところに特色があります。ご住職のお話によると、娯楽の少ない地域(現在でも最寄りのJR高田駅から車で小1時間)のため、明願寺の母屋に有線放送用の施設を作られた前住職の故池永隆勝氏(昭和12年に送信開始)が、長時間録音のフィルモンに注目し、放送用のコンテンツとして、再生機ともども大量に購入したのだそうです。当時の放送施設も、いまなお数多くが保存されていました。地方の郷土文化史を考えてゆく上でも、貴重な資料群の一つであったことになります。
研究協議会の様子
10月26日、第7回無形民俗文化財研究協議会「記憶・記録を伝承する―災害と無形の民俗文化」が開催されました。昨年12月に開催された第 6 回協議会「震災復興と無形文化―現地からの報告と提言」に引き続き、本年も災害と無形民俗文化財をテーマとし、より踏み込んだ議論を行ないました。
無形の民俗文化財をどのように後世に伝えていくのかは平常時からきわめて重要なテーマのひとつですが、3.11による原発事故や津波によって離散や人口減少を余儀なくされている地域においては、特に差し迫った課題となっています。そこで協議会では、伝承のための手段のひとつである「記録」を取りあげ、震災後、様々な立場から記録に携わってきた5名の発表者と2名のコメンテーターをお招きし、これまでの取り組みや課題、展望についてご報告・討議いただきました。会の中では様々な記録の手法や活用の方法等が提示されたほか、それぞれの立場、働きを繋ぐネットワークの重要性が再確認されました。
また今回の協議会には、今後大規模災害の発生が予想されている地域からも多くの関係者にご参加いただきました。こうした災害をはじめ、少子高齢化や過疎化など、無形民俗文化財を取り巻く近い将来の危機への備えとして、今何ができるのか、しておくべきかといったことも、今後検討すべき重要なテーマとして残されました。
なお、協議会の全内容は2013年3月に報告書として刊行する予定です。