研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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保存修復科学センターと文化遺産国際協力センターが発行している研究紀要「保存科学」は第1号からのすべての記事をPDF化し、ホームページ上で公開しています
(http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/cosery_s/consery_s.html)今回、最新号である第52号掲載の4件の報文22件の報告のアップロードを完了しました。また、生物被害対策に関する1つのパンフレットと3つのポスターも公開しましたので、是非ご活用ください。(http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/publication.html#002)。
刊行物の多くは、関係機関などへ配布していますが、文化財保存に関わるより多くの方に役立つ情報を提供するため、今後も積極的にインターネットを通じた公開を進めていく考えです。
文化庁長官から感謝状を贈呈される亀井所長
表彰者と記念撮影(後列一番左が亀井所長)
平成25年3月25日(月)、当研究所のセミナー室において、東日本大震災によって被災した文化財等の救援・修復活動に関し、活動に協力又は従事した団体等に対して、文化庁長官からの感謝状の贈呈式が行われました。
平成23年4月の東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会の発足以来、2か年にわたり事務局を務めてきた当研究所に対して、文化庁の近藤誠一長官から感謝状が贈られました。
実演記録室での説明(3月8日)
文化庁元主任文化財調査官 半澤重信氏 他3名
3月8日、東京文化財研究所の視察のために来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター修復実験室及び文化遺産国際協力センターを見学し、各担当者が業務内容と設備について説明を行いました。
『横山大観《山路》』表紙
「横山大観《山路》の調査研究」エントランスロビーでのパネル展示
今春、企画情報部は平成14年より逐次刊行してまいりました『美術研究資料』の第6冊として、『横山大観《山路》』を上梓しました。本書は三年にわたり永青文庫との共同研究として続けてきた、横山大観《山路》についての調査研究の成果をまとめたものです。これまでも調査のつど、本HPでその報告をしてまいりましたが、多くの方々のご協力を得て、このたびようやく研究の全貌を公にすることができました。
本書は、永青文庫が所蔵する《山路》(明治44年作)およびそのヴァリエーションである京都国立近代美術館所蔵の《山路》(明治45年作)を対象として、修理や顔料分析により作品自体から得られた情報と、作品発表時の批評や所蔵の経歴など作品周辺の文字情報を集成したものです。修理や調査にたずさわった荒井経(東京藝術大学)・小川絢子(東京国立博物館)・佐藤志乃(横山大観記念館)・平諭一郎(東京藝術大学)・竹上幸宏(国宝修理装こう師連盟)・野地耕一郎(練馬区立美術館)・林田龍太(熊本県立美術館)・三宅秀和(永青文庫)の各氏および塩谷による執筆で、いずれも作品調査や資料に根ざした手堅いテキストとなりました。ひとつの作品をめぐる調査研究のケーススタディとして、これまでの『美術研究資料』と同様、今後の美術史研究の一助となれば幸いです。なお本書は中央公論美術出版より市販されています。詳細は下記ホームページをご覧下さい。
http://www.chukobi.co.jp/products/detail.php?product_id=635
また本書の刊行にあわせて、3月28日より当研究所1階のエントランスロビーで「横山大観《山路》の調査研究」のパネル展示を始めました。同書に掲載した永青文庫所蔵《山路》の調査画像を中心に、調査研究の概要をパネル展示でご紹介するものです。当研究所の城野誠治が撮影した高精細画像のパネルから、《山路》に使用された顔料のマティエールを実感していただきたく、ご来所の折はぜひご覧下さいますようお願いいたします。
佐藤友彦師の記録作成
狂言には和泉流と大蔵流、ふたつの流儀があり、それぞれ演出や台本を異にしています。実は同じ流儀のなかでも伝承が違う場合があり、和泉流では狂言共同社(名古屋)、名古屋在住の野村又三郎家、金沢出身だった野村万蔵・野村万作家の三つの系統があります。無形文化遺産部ではかねてより狂言の演出について調査を進めてきましたが、今回はその一環として狂言共同社の佐藤友彦師に《花子》を謡っていただき、収録を行いました。《花子》は歌謡を中心とした作品で、一定の年齢にならなければ上演を許されない「習い物」です。
保存修復科学センター・文化遺産国際協力センターが発行する東京文化財研究所の研究紀要『保存科学』の最新号が、平成25年3月26日に刊行されました。被災文化財保存のための調査研究、キトラ古墳壁画の微生物対策に関する研究成果など、当所で実施している各種プロジェクトで得られた最新の知見が4本の報文と22本の報告として発表されています。東文研WEBページには、『保存科学』第1号からのすべての記事がPDF版で公開されています(http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/cosery_s/consery_s.html)。第52号についても、近日中にアップいたします
基調講演発表風景
2012年3月15日(金)に標記総会および研究会を開催しました。総会では、例年通り、コンソーシアムの平成24年度事業報告と次年度事業計画を事務局長より報告しました。続いて行った研究会では、シンガポール文化・社会・青年省記念物保護部長ジーン・ウィー氏による「ASEAN諸国の文化遺産保護のための国際協力」と題する基調講演ののち、文化遺産保護に関する最新の国際動向について、昨年の主だった国際会議を中心に、4名の方からご報告いただきました。
企画情報部室長の二神葉子には、世界遺産条約に関して、登録をめぐる審議の傾向や、昨年話題となったパレスチナの世界遺産の登録を中心にお話しいただきました。続いて外務省特命全権大使(文化交流担当)西林万寿夫氏から、昨年京都で開催された世界遺産条約採択40周年最終会合報告とその成果である「京都ビジョン」についてご報告頂きました。また、文化庁文化財部記念物課世界文化遺産室文化財調査官の西和彦氏より、最終会合に関連して富山、姫路で開かれた会合の概略と提言についてご報告頂きました。最後に、無形文化遺産部長の宮田繁幸より、ユネスコ無形文化遺産保護条に関して、記載をめぐる審議の傾向と、問題視されていた記載の地域間格差に関する是正の方向、会議の運営に関するご発表がありました。
文化遺産保護の国際動向は研究会で例年取り上げているテーマですが、毎回50名を越える参加者があり、最新動向に関する情報が強く求められていることを感じます。コンソーシアムでは今後も、研究会等を通じた情報共有に取り組んでいきたいと思います。
昭忠碑ブロンズ本体移設の様子(平成25年2月7日)
仙台城(青葉城)本丸跡に建つ昭忠碑は、明治35年(1902)、仙台にある第二師団関係の戦没者を弔慰する目的で建立されたモニュメントで、現在は宮城縣護國神社の管理となっています。これまでたびたび報告してまいりましたように(2012年1月、6月)、東日本大震災で塔上部に設置されたブロンズ製の鵄が落下し、当研究所に事務局を置く東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会では同碑に対し文化財レスキュー活動を行ってきました。塔周辺や塔上部に散乱したブロンズの破片についてはすでに回収を終えていましたが、長らく手つかずの状態であったブロンズ本体の移設作業をこの2月に実施することができました。
作業は2月4日より開始、屋外彫刻の修復に実績のある㈲ブロンズスタジオと㈲石歩が工事を担当しました。昭忠碑東側正面前の地面に4.5×4mの鋼板床を設置し、2月7日には25t ラフタークレーンによりブロンズ本体を吊り上げて鋼板床上に移動、その後、プラスチック製波板で覆い掛けを作成して2月9日に全作業を終えました。期間中はたびたび雪に見舞われ、除雪をしながらの作業でしたが、幸い7日のブロンズ吊り上げの際は天候に恵まれて、関係者や地元の報道陣が見守る中での実施となりました。また移設により、破断した鵄の首の内部を観察できるようになり、頭部をほぞ構造で接合したことが判明、さらに「明治卅五年十月四日接続頭部/即東京美術学校/紀念日也」の銘文が確認されるなど、昭忠碑を研究する上で貴重な発見もありました。なお今回の作業も、これまでの昭忠碑レスキュー活動と同様、㈲カイカイキキ(代表取締役:村上隆氏)から文化財レスキュー事業に役立てるべく当研究所に贈られた寄付金により行われました。
今回の移設作業でブロンズ部を覆い掛け内に収めたことにより、雨水による破断箇所からのダメージはひとまず防げるようになりました。しかしながら左翼部分の断裂をはじめ、落下により数多の破損をこうむったブロンズの鵄は被災前の雄々しい姿からはほど遠く、また塔上部に残るブロンズ装飾の落下や、雨水の塔内への侵入による塔全体の崩壊といった危険も未だ解決されていない状況にあります。明治期の稀少なモニュメントの保存修復に向けて、今後も引き続き対策を講じていくことが必要です。
靉光 「眼のある風景」 昭和13(1938)年 油彩・キャンバス 102.0×193.5 ㎝(東京国立近代美術館蔵)
2月26日、企画情報部の研究会において、「靉光(あいみつ)《眼のある風景》をめぐって」と題する大谷省吾氏(東京国立近代美術館主任研究員)による発表がありました。作者である靉光(本名:石村日郎、1907-46)は、独自の造形感覚と堅実な油彩表現によって数々の秀作を残し、1930年代から40年代にかけての日本の近代洋画の歴史のなかで欠くことのできない画家です。その数々の作品のなかでも、この作品は、近代日本美術におけるシュルレアリスムの影響にとどまらず、暗転する時代を背景にした独特の幻想的表現として高く評価されています。
すでに企画情報部では、2010年1月、4月に研究プロジェクト「高精細デジタル画像の応用に関する調査研究」と「近現代美術に関する総合的研究」の共同研究として、東京国立近代美術館とともに光学調査を実施しました。その成果の一部として、原寸大にしたカラー画像と反射近赤外線画像を当研究所内2階に展示しています。
また、その後、この調査に参加した大谷氏は、得られた画像をもとに調査と考察を重ねて、今回の研究発表となりました。大谷氏の発表では、一般的に日本におけるシュルレアリスム絵画の代表作と位置づけられているものの、その影響関係が具体的にはどのようなものだったか、あるいはそもそも何が描かれているのか、不明な点は多いという問題意識からのものでした。とりわけ、反射近赤外線撮影および透過近赤外線撮影が行われ、これにより制作プロセスをある程度推測することが可能となりました。これをふまえ、創作の動機、モチーフ、表現におよぶ作品を読み直し、さらに現在までこの作品をめぐる言説、評価という美術史的な位置づけについても検証し、一点の作品を多角的な視点から考察するという総合的な研究発表でした。
研究会の様子(藤原工氏のご講演)
近年、白色LED照明技術の発展は目覚ましく、高演色化や色温度のバリエーション化は、色の再現性と様々な演出効果の実現を求める展示照明への導入を検討できるレベルにまで達していると言えます。一方で、文化財施設からは資料への影響や、従来の照明との見え方の違い、導入コストに見合った電力消費削減の実現などに対する不安の声も少なくなく、白色LED開発と展示照明としての現状に関して情報共有を図る必要があると考え、表題の研究会を平成25年2月18日に開催しました。
本研究会では、技術開発に携わる専門家と、展示照明としての導入を行った美術館の担当者、それぞれ二人ずつをお招きして、それぞれの立場からの報告をして頂きました。技術開発に関しては、株式会社灯工社の藤原工氏から白色LEDの基本原理と最新の技術動向について、また、シーシーエス株式会社の宮下猛氏には、従来の青色励起型に比べて、より自然光に近い発光特性を持つ紫色励起白色LEDの開発と博物館施設への導入についてお話頂きました。また、展示照明として早い時期に白色LEDを導入した山口県立美術館の河野通孝氏からは、色温度のコントロールといったLED光源の特性を最大限に活かした展示演出などの実践に関して、また、国立西洋美術館の高梨光正氏からは、実測に基づく省エネ効果に加えて、特に油彩画の従来照明と比較した見え方の違いといった、常に作品と接しているからこそ感じる白色LEDの特徴について取り上げて頂きました。
近年、地球温暖化対策として、エネルギー効率の低い白熱電球の生産が段階的に縮小・廃止されています。また、今年10月に国際条約として採択される見込みの「水銀に関する水俣条約」では、水銀を含む製品の2020年以降の生産縮小が決まる見込みで、蛍光灯の使用継続に困難が生じると予想されます。代替光源の導入が文化財施設にとって否応無しの問題となっている現状を反映して、今回は全国から130名の参加者を得ました。質疑応答では紫外線の除去や温度変化といった資料保存、また色温度などや演出に関わる問題まで幅広い質問が出されました。今回の研究会でも明らかになった課題や関係者の期待に応えるためにも、私たちはこれからも白色LEDとさらに次世代光源である有機ELに関する最新の情報収集と保存の観点からの研究・評価を行い、また現場のニーズを開発側に伝える役割を果たしながら、これらの光源が真に展示照明となりうるための一役を担っていきたいと考えています。
金属製品のクリーニングを行なう研修生
文化遺産国際協力センターは、中央アジアの文化遺産保護を目的に、文化庁の受託を受け、2011年度より、中央アジア、キルギス共和国において「ドキュメンテーション」、「発掘」、「保存修復」、「史跡整備」をテーマに一連の人材育成ワークショップを実施しています。
今回は、2月8日から14日にかけて、キルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所と共同で、第4回ワークショップ「考古遺物の保存修復処置と出土遺物のドキュメンテーションの人材育成ワークショップ」を実施しました。今回の研修には、キルギス共和国の若手専門家8名が参加しました。
今回の研修では、夏の第3回ワークショップの際にアク・ベシム遺跡から出土した遺物を用い、研修生がそれぞれ「土器の復元」と「金属製品の保存修復処置」また「土器の実測」を行う実習形式で行いました。
文化遺産国際協力センターは、今後もひき続き、中央アジアの文化遺産の保護を目的とした様々な人材育成ワークショップを実施していく予定です。
フィリピン国立文化芸術委員会とのインタビュー
世界文化遺産サン・オウガスチン教会内部
ルソン島北部カラオ洞穴
文化遺産国際協力コンソーシアムでは2月14日から25日まで、フィリピンを対象とする協力相手国調査を行いました。同国における文化遺産保護の現況と今後の国際協力の展開を探るため、現地を訪問し、フィリピン側の協力要望事項等を明らかにすることが調査の主な目的です。代表的文化遺産であるスペイン植民地期の教会や民家、先史時代の貝塚や岩絵などの遺跡、各地の博物館や図書館などを訪れ、担当者との面談も含めて、情報収集や意見交換を行いました。
その結果、人々の認識の向上により、保護が進む歴史的建造物や考古遺跡が多いことがわかりました。一方で、 文化遺産保護に対する教育部門が立ち遅れており、人材育成が急務であることが明らかになりました。また、保護の枠組みとしては、地方行政との連携が文化遺産の保護の鍵となっており、執行は地方の政治状況に依存していることも明らかになりました。
現地からは、文化遺産への認識の向上とアジア地域間の連携を視野にいれた、学術協力及び人材育成分野への貢献を期待する声が上がりました。日本がアジア諸国において蓄積してきた協力実績を活かし、他アジア諸国との連携を視野に入れつつ支援を行うことが、フィリピンの文化遺産保護を検討する上で不可欠と感じました。
2013年は日本・ASEAN交流40周年であり、日本がASEAN地域においてより一層の協力が求められることが予想されます。今後の日本からの文化遺産分野における協力の在り方を探るため、今後情報収集を続け、関係諸機関と協議しながら、どのような支援ができるのか検討していく予定です。
日想観図扉絵(2枚)の光学調査風景
平等院鳳凰堂の本尊が安置されている裏側、尾廊との出入り口には2枚の開き扉があり、ここに、浄土を思い浮かべるための観法「日想観」をあらわした絵があります。右側の扉には山岳とその中の仏堂などの建築物、左扉には広々とした海と水平線に落ちかかろうとする太陽などを描いています。当然ながら経年劣化によって剥落も多く、いくらか後世の筆も入っていますが、創建当初の絵も、置かれてきた厳しい環境を考えればよく残っているといえるでしょう。平安時代中期の本格的な絵画の遺品は希少で、とても重要なものです。1012年9月、東京文化財研究所では、平等院からの依頼によって、絵の上から後世にとりつけられた落とし鍵の部材がはずされたのを機に、その下に残っている顔料を中心に光学調査を行ったところです。
今回の調査は、それに続くもので、日想観図扉のうちこれまで本格的な光学調査がなされていなかった扉の押し縁(扉本体の四周に材を当てたもの)の部分を中心に行いました。押し縁には、部分的にではありますが、絵具によって当初のものかと思われる宝相華文の装飾が描かれています。2013年1月8~10日にかけ、日想観図本体、また鳳翔館で保存されている鳳凰堂の上品上生図扉断片や天井板の一部なども含め、企画情報部の城野誠治、小林達朗がカラー高精細画像、蛍光画像、赤外線画像を撮影し、保存修復科学センターの早川泰弘が蛍光X線分析による押し縁の絵具の材質調査を行いました。得られたデータについては検討の上、平等院に報告し、今後公表される予定です。
日想観扉は今回の調査の前に、平等院内の環境が整った博物館施設「鳳翔館」に移されており、今後はここで保存公開されます。かわって鳳凰堂現地には日想観図の復元模写が施された新しい扉が設置される予定ですが、前回、今回の光学調査はその復元模写の作成にも大きく寄与することができるでしょう。
子どもと問答するトシドン 座敷の奥は見物人
顔をのぞかせるトシドン
鹿児島県薩摩川内市の下甑島で、大晦日に行なわれる来訪神行事、トシドンの調査を行ないました。「甑島のトシドン」は1977年に国の重要無形民俗文化財に指定されており、2009年にはユネスコの無形文化遺産の代表リストにも記載されました。
トシドンは首切れ馬に乗って大晦日の晩に天からやってくるとされ、3~8歳の子どもが家の座敷で家族と共に出迎えます。「おるか、おるかー」という唸るような低い声、鉦の音とともに暗闇から現われ、座敷の端に顔を出して、子どもたちと問答します。子どもの一年間の悪いおこないを叱ったり脅したりする一方、良いおこないを褒め、また歌や踊り、九九など、子どもたちにそれぞれの得意技を披露させて、その出来を褒めます。最後には良い子になるように諭し、年餅と呼ばれる大きな餅を与えて去っていきます。
小さな子どもにとっては心から恐ろしい体験であり、顔がひきつり泣き出す子どももいますが、問答を無事に終えるとひと仕事やり遂げたようなほっとした表情になります。また、見守る家族も子どもの成長を思ってか、涙ぐむ方がいるのが印象的でした。地元ではトシドンは子どもの教育のための行事と位置づけられていますが、そうした現代社会にとっても理解しやすい意味づけが語られ、共有されることによって、今日まで継承されてきた側面があると言ってよいでしょう。
ただ、その継承には課題も多いのが現状です。最大の問題は少子化であり、指定された6つの保存団体のうち、今年行ったのは4つのみでした。また、私が随行させてもらった手打本町トシドン保存会でも、数年前までは10数軒の家をまわっていたものが、今年トシドンを受けたのは5軒のみで、そのうち2軒は祖父母の家に里帰りした子どもでした。
観光との兼ね合いも大きな課題として挙げられます。本町保存会では2009年に無形文化遺産となって以降、研究者等の行事見学を積極的に受け入れるようになったとのことで、今回も私を含めて15人ほどの見物人がいました。トシドンが内外に広く知られ、多くの関心を集めることは地元にとって文化継承の大きなモチベーションとなり、観光資源ともなります。しかし一方、儀礼や神事としての意義や雰囲気をどのように保っていくのか、その両立も今後の大きな課題になるのではないかと感じました。
研究会での発表の様子
研究会での総合討議の様子
保存修復科学センターでは、1月24日(木)に当研究所セミナー室において、各種伝統的な修復材料のうち「建築文化財における塗装彩色部材の劣化と修理」をテーマとして取り上げた研究会を開催しました。この研究会は、平成21年度に開催した第3 回研究会の「建築文化財における漆塗料の調査と修理 ―その現状と課題―」、平成23年度に開催した第5 回研究会の「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」の続編ともいえる内容です。建築文化財の外観などに塗装彩色された材料や部材は、日本の気候風土の中では材質劣化や生物劣化が起こる場合が多く、これらに対処する修理が繰り返し行われてきた歴史があります。
今回の研究会では、これらに関する諸問題について、保存修復科学(塗装彩色材料および生物学)・建造物の修理現場・行政指導それぞれの立場から、最新の情報を提供していただきました。まず伝統技術研究室の北野が塗装彩色の材質劣化について述べ、次に生物科学研究室の木川りか室長が塗装彩色を含む部材の生物劣化として、主に日光社寺文化財の虫害と霧島神宮のカビ被害とその対処事例に関する話題提供を行いました。続いて実際の建造物修理担当者である京都府教育庁指導部文化財保護課の島田豊氏から石清水八幡宮の塗装彩色修理、平等院鳳凰堂の塗装修理に関する事例報告、厳島神社工務所の原島誠氏から厳島神社社殿建造物の塗装修理に関する事例報告をそれぞれしていただきました。最後に文化庁文化財部参事官(建造物担当)の豊城浩行氏から、現在文化庁が塗装彩色部材の修理を行う上での基本的な考え方に関する概要説明をしていただきました。研究会のテーマが塗装彩色の修理に直結した内容であることから関係者の関心が高く、盛会でした。
研究会での講演(写真左が副大臣)
東京文化財研究所は、文化庁「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」の枠組みにおいて、平成25年1月10日から1月18日までの10日間、アルメニア共和国よりアレヴ・サミュエルヤン文化省副大臣を日本に招へいしました。
サミュエルヤン副大臣は滞在期間の前半に、東京国立博物館や国立西洋美術館のバックヤードや展示、ならびに清水寺に代表される京都や奈良の歴史的建造物の保存修復現場などを精力的に視察し、専門家らと意見交換を行いました。1月16日には東文研にて開催された「アルメニア共和国における文化遺産保護および日本の協力事業」に関する研究会で、「アルメニア共和国における文化財保護の現状」について講演を行ないました。日本側からは「アルメニア共和国相手国調査報告(文化遺産国際協力コンソーシアム)」、「文化庁拠点交流事業「考古金属資料に関する保存修復人材育成・技術移転(文化遺産国際協力センター)」、「アルメニア建築の周辺諸国への伝播」、「アルメニア歴史博物館における染織品保存修復ワークショップ(国際交流基金)」の発表を行い、アルメニア文化遺産保護と日本の協力について広く一般に知っていただくとともに、アルメニアに関係する機関や研究者とのネットワーク構築のよい機会となりました。また、1月17日には近藤誠一文化庁長官を表敬訪問し、文化遺産保存に対する日本の協力に謝意を述べるとともに、今後の継続的な支援を求めました。
本招へいは、現在の協力関係をより一層緊密にし、さらに、文化遺産保護だけにとどまらず日本とアルメニア共和国との様々な分野における協力・交流事業の促進する機会となりました。
木造僧院での実測調査
破損が進んだ寺院建築の一例
職人工房(鋳造)の視察
ヤンゴン国立図書館での調査
東京文化財研究所が文化庁から受託している「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、1月26日から2月3日にかけて、ミャンマー連邦共和国に専門家調査団を派遣しました。総勢17名からなる今回の調査団は建築・美術工芸・考古の各分野を調査対象とする3班で構成し、このうち建築と美術工芸を東京文化財研究所、考古を奈良文化財研究所がそれぞれ担当しました。この調査は、同国の文化遺産保護に関するわが国からの今後の協力の方向性を明確化することを目的として実施したもので、訪問先の各地ではミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局の担当職員の方々に同行・対応をいただきながら、円滑に調査を進めることが出来ました。
建築班では、バガンの煉瓦造遺跡群とマンダレーなどの木造僧院建築群の双方を対象に、破損状況や保存に影響を及ぼしている要因を確認するとともに、今後の保存修復に向けた課題を特定するため、現地機関関係者や職人への聞き取り調査等も行いました。これにより、本格的な建造物修理事業は久しく実施されておらず、保存状態に関する基本的な記録作成等も十分に行われていないことなどが判明しました。
美術工芸班では、ヤンゴン、バガン、マンダレーの国立博物館・図書館、寺院、学校、職人工房を訪問し、壁画、金属文化財、漆工芸品、書籍経典を対象に、その修復状況、保存展示環境、保存修復に関わる人材育成について調査・聞き取りを行いました。海外研修等で得た知識をミャンマー国内で還元している様子が伺えましたが、機材資材の不足、体制の不備のために十分な保存修復措置が行われていないことが分かりました。
このほか、首都ネピドーにおける文化省との協議等を通じて、同国の文化遺産保護体制に関する基本的情報の収集も行いました。いずれの分野においても文化遺産の保存修復に必要な技術・人材等の不足は明らかですが、現地側の向上意欲は高く、共同研究や研修等の事業を通じて技術移転や人材育成を行えば、その支援効果は大きいものと期待されます。
アンコールにおける石造遺跡の保存に関する研究会
タネイ遺跡における第2回測量研修
東京文化財研究所は、2001年よりカンボジアのアンコール遺跡群・タネイ遺跡を主なフィールドとして、石造文化財の保存に関する調査研究をアンコール地域保存整備機構(APSARA機構)と共同で実施してきました。その成果を総括・共有するため、1月14日、APSARA機構本部において「アンコールにおける石造遺跡の保存に関する研究会」を開催しました。これまで調査に参加してきた日本・カンボジア・イタリア・韓国の専門家が参加した本研究会では、石材表面に繁茂する生物種の影響観察とその制御を目的としてこれまで継続してきた調査研究のまとめとして、地衣類の分類学的研究、石材の物性変化に関する定量的・定性的研究、環境と生物種との関連に関する研究等についての発表と、今後のより良い遺跡保存に向けた意見交換が行われました。
一方、1月10日から18日までの間、第2回建築測量研修をタネイ遺跡にて行いました。APSARA機構からの新規参加者2名を含む計11名を研修生として、昨年7月の第1回研修で作成した図面のチェックとトータルステーションを用いた測量作業の続きを3班に分かれて行い、伽藍中核部の平面実測をほぼ終えたところです。
今後は、これらの成果を遺跡保存にどのように活かしていくかをさらに検討しながら、研究協力と技術移転・人材育成を継続していく予定です。
アメリカの文化財保護関係機関の資料
フリーア美術館
文化遺産国際協力センターでは各国の文化財保護制度に関する調査・研究を行っています。現在、そのプロジェクトの一環として、アメリカにおける動産文化財の保護状況について調査しています。アメリカには多くの博物館・美術館があり、世界中の動産文化財が数多く所蔵されていますが、文化財の保護と管理を専門とする省庁は存在しません。動産文化財の管理は所有者に委ねられており、大規模な自然災害などの緊急時を除くと連邦レベルの管理・規制はあまり強くありません。アメリカでは動産文化財の管理・修復・展示に関しては、各博物館・美術館の運営方針や所有者の意向に沿って、個別に対応しているというのが実情です。
日本とアメリカでは文化財の考え方も大きく異なりますが、一方で日本美術のコレクションを保有する美術館も数多く存在しています。また当研究所で平成3年から行っている在外日本古美術品保存修復協力事業では、全米で24館の美術館の250点を超える作品について修復を行っており、当研究所とアメリカの美術館とは浅からぬ関係があります。そこでアメリカの動産文化財の保護状況について体系的に把握するため、2013年1月26日~2月3日にかけて、江村知子と境野飛鳥の2名でワシントンD.C.にて調査を行いました。今回はアメリカ国土安全保障省の連邦緊急事態管理庁(FEMA)、内務省の国立公園局、アメリカ議会図書館、アメリカ文化財保存修復学会(AIC/FAIC)、アメリカ博物館協会(AAM)、NPO組織であるHeritage Preservation等、文化財保護のために包括的な活動を行っている主要な組織を中心に聞き取り調査を実施しました。また、博物館・美術館における所蔵品の管理状況についても調査しました。特に、1923年に開館したアメリカ最古の国立美術館で、日本をはじめ、東洋の美術品を多数所有するフリーア美術館では、同館の所蔵品管理規則や収蔵品の修復状況についてお話を伺いました。
今回の調査を通じて、厳しい規制のない中でアメリカの動産文化財が適切に保護されている背景には、各組織や担当者の連携やボトムアップ式の意思決定が有効に機能していることが一因であることが窺えました。今後はアメリカの各地域で中核的な役割を果たしている博物館や、日本の美術品を所蔵する博物館を対象として、より実践的な調査研究を進めていく予定です。
春日権現験記絵巻(かすがごんげんげんきえまき)は14世紀初頭、時の左大臣・西園寺公衡(きんひら)が発願し、宮廷絵所の預(あずかり)(長)であった高階隆兼(たかしなたかかね)が絵を描いた全20巻にもわたる大作です。全巻が残されており、しかもその筆致はこの上なく緻密・華麗で、日本絵画史上きわめて貴重な作品です。現在、所蔵者である宮内庁によって2004年に開始された15カ年計画の全面的な解体修理が行われているところです。東京文化財研究所は宮内庁との共同研究として修理前の作品について、順次光学調査・記録を行っており、昨年度までで、20巻のうち計12巻分を調査してきました。
本年度は、さらに巻第4と巻第15の2巻について、2012年12月3日から12月6日まで、東京文化財研究所から企画情報部の城野誠治、小林公治、小林達朗が参加して、可視光、蛍光、反射と透過の二様の赤外線による高精細デジタル撮影を行いました。続いて12月10日から20日にかけては、保存修復科学センターの早川泰弘が、同じ2巻について蛍光X線による絵具の分析データを収集しました。
これまでに得られた膨大なデータについては、将来の保存修理の完了を期にその活用法を宮内庁とともに検討してまいります。