研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


4月施設見学

実演記録室での説明(4月23日)

 文化庁長官官房政策課独立行政法人支援室 室長他3名

 4月23日、東京文化財研究所の視察のために来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター第2修復実験室、同分析科学研究室及び文化遺産国際協力センター国際資料室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

『震災復興と無形文化―現地からの報告と提言』の刊行

第6回無形民俗文化財研究協議会

 2011年12月16日に「震災復興と無形文化」をテーマに行った第6回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。協議会では東日本大震災以降の無形文化に関わる現地の状況や課題を、第一線で活動されている方々にご報告・討議いただきました。本報告書は、できるだけ多くの方に現地の状況を知っていただき、情報と課題を共有するために、その全記録をまとめたものです。報告書は協議会参加者全員に配布したほか、全文のPDF版が無形文化遺産部のホームページからダウンロードできるようになっています。
 なお、無形文化遺産部では今年度も引き続き「震災復興と無形文化」をテーマとして、秋頃に研究協議会を開催する予定です。

『文化財の保存環境』出版

東京文化財研究所編『文化財の保存環境』中央公論美術出版社

 平成 21 年 4 月 30 日に公布された「博物館法施行規則の一部を改正する省令」により、大学や短期大学の学芸員養成課程において、資料保存や展示環境に関する内容を扱う科目として「博物館資料保存論」(2 単位)が新設され、今年度より、資格取得のための必修科目となりました。東京文化財研究所では、この科目のためのスタンダードテキストとすべく表題の本を執筆・編集し、中央公論美術出版社より出版しました。本書では、文化財施設や屋外における文化財保存に関する基本的な知識や技術を扱っており、温湿度や空気環境といった自然科学的内容が中心ですが、人文系の学生にもわかりやすく、かつ本質を失わないよう、構成や内容を精査して編集しました。また、本書はすでに学芸員として現場で保存に携わっている方々にとっても実践的で有用なものであると自負しております。上記科目が必修となったことは、資料保存が文化財施設での重要な責務であることを再認識するものであり、長年保存環境研究に取り組んできた我々にとって、そのためのテキストを作成することは、大きな責務であり、また喜びでありました。皆様の学習や実践に役立てて頂ければ幸いです。

国際シンポジウム「江戸の絵師たち」での発表

ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)での発表

 2012年は日本より米国に桜が寄贈されてから100周年にあたります。これを記念して、毎年恒例の全米桜祭に合わせて、さまざまな日米交流事業が行われています。ワシントンD.C. のナショナル・ギャラリー、フリーア美術館およびサックラー美術館では、Colorful realm (伊藤若冲:釈迦三尊像・動植綵絵)、Hokusai: 36 views of Mt. Fuji (葛飾北斎:富嶽三十六景)、Masters of Mercy (狩野一信:増上寺蔵五百羅漢像)など大型の日本美術の展覧会が開催されています。これらの展覧会の関連企画として、国際シンポジウム「江戸の絵師たち」The Artist in Edo が4月13・14日にナショナル・ギャラリー視覚芸術高等研究所(CASVA-Center for Advanced Study in the Visual Arts)の主催で行われました。日本および欧米の日本美術史研究者13名による発表があり、江村知子は”Classicism, Subject Matter, and Artistic Status–In the Work of Ogata Kōrin”(「尾形光琳の古典主題について」)と題して発表を行いました。これまでの研究成果を国際的に発表するとともに、世界各国から参加していた研究者との交流を促進し、当所における調査研究活動への理解を深めることにつながりました。なお、本発表内容に基づく報告書は2013年度にCASVAより刊行される予定です。

メラニー・トレーデ氏講演会の開催

ディスカッションの様子

 日本の美術品が欧米でも所蔵され、高い評価を得ていることはよく知られていますが、日本美術史の研究もまた海外の専門家によって活発に行われています。そうした研究拠点のひとつであるドイツ、ハイデルベルク大学教授のメラニー・トレーデ氏をお招きし、3月5日に当研究所セミナー室にて「『文化的記憶』としての八幡縁起の絵画化―その古為今用」と題して講演会を行いました。
 「文化的記憶」とは、ある作品から多くの人々が想起し、共有する政治的・社会的・宗教的な背景のことです。日本美術史をご専門とするトレーデ氏ですが、欧米における他分野の研究も広く援用しながら、中世の絵巻から近代の紙幣までも視野に入れて八幡縁起の政治性を検証する内容は大変刺激的なものでした。
 講演は高松麻里氏(明治大学非常勤講師)の逐次通訳で二時間余り行われ、引き続いて津田徹英(企画情報部)の司会で、土屋貴裕氏(東京国立博物館研究員)・塩谷純(企画情報部)をコメンテーターとしてディスカッションを行いました。会場からは歴史学や国文学の研究者からの積極的な発言もあり、八幡縁起をテーマに、時代や分野といった専門領域を越えて意見を交換する貴重な機会となりました。

『無形文化遺産研究報告』の刊行

『無形文化遺産研究報告』第6号

 『無形文化遺産研究報告』第6号が2012年3月に刊行されました。本号には、無形文化遺産に関わる調査・研究に加え、2011年10月22日に開催した無形文化遺産部主催の公開学術講座『東大寺修二会(お水取り)の記録』、そこで企画されていた対談(東大寺長老の橋本聖圓師と東京文化財研究所名誉研究員の佐藤道子氏によるもの)が載録されています。公開講座当日、会場にお出でいただけた方だけではなく、東大寺修二会、ひいては日本の伝統行事・伝統芸能一般に関心を持たれている方にとっても、興味深い対談内容となっています。
 5月中に、全頁のPDF版を前号までと同様にホームページ上で公開する予定です。

『保存科学』第51号の発行

 東京文化財研究所保存修復科学センター・文化遺産国際協力センターの研究紀要『保存科学』の最新号である第51号が、平成21年3月31日付けで発行されました。我々が行った、様々な文化財を対象とした調査研究や修理などに関する報文7報、および報告20報を掲載しています。製本版は関係機関などへの配布に限られていますが、近日中にPDF版を当研究所WEBページ(http://www.tobunken.go.jp/~hozon/pdf/51/MOKUZI51.html)にアップロードしますので、ぜひご利用ください。

アルメニア人招聘に伴うアルメニア保存修復研究会の開催

研究会でのアルメニア人招聘者の発表の様子

 文化庁「アジアの博物館・美術館交流事業」において、平成24年2月26日から3月3日まで、アルメニア歴史博物館保存修復部長のイェレナ・アトヤンツ女史を日本に招聘しました。
 それに伴い、平成24年2月27日に東文研にて「アルメニア歴史博物館における文化財保存修復に関する交流事業」研究会を開催しました。本研究会では、アルメニア歴史博物館における東文研による事業説明、アルメニア歴史博物館の紹介、再び東文研から1月末から2月上旬に現地にて行った第1回考古金属資料保存修復ワークショップで得られた成果の報告、および、染織品保存修復専門家より国際交流基金事業による同アルメニア歴史博物館における染織品保存修復の交流に関する発表を行いました。
 アルメニア共和国にはまだ日本大使館が存在せず、このような協力・交流活動を広く世間に知っていただく機会が殆どありません。我々は、今事業を通じ、文化財保護だけにとどまらず、日本とアルメニア共和国との様々な分野における協力・交流事業の促進に寄与することを願っています。

研究会「キルギス共和国の文化遺産」の開催

講演中のテンティエヴァ女史

 文化遺産国際協力センターは、文化庁の委託を受け、「キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業」を2011年度より実施しています。この事業は、中央アジアの文化遺産保護を目的に、中央アジアの若手専門家育成を目指すものです。
 今回、この事業の一環として、キルギス共和国よりバキット・アマンバエヴァ女史、アイダイ・スレイマノヴァ女史、アイヌラ・テンティエヴァ女史の3名の専門家を日本に招聘し、「キルギス共和国の文化遺産」と題する研究会を3月15日に開催しました。アマンバエヴァ女史とスレイマノヴァ女史は、キルギス共和国における考古学新発見に関して発表を行ない、またテンティエヴァ女史はキルギス共和国の無形文化遺産に関する講演を行ないました。

文化遺産国際協力コンソーシアム平成23年度総会および第10回研究会「文化遺産保護の国際動向」の開催

 2011年3月16日(金)に標記総会および研究会を開催しました。総会では、例年通り、コンソーシアムの平成23年度事業報告と次年度事業計画を事務局長より報告しました。続いて行った研究会では、世界銀行のマーク・ウッドワード氏による「世界銀行の文化遺産へのアプローチ~保護から地域経済発展における遺産価値と歴史都市の包括へ~」と題する基調講演ののち、文化遺産保護に関する最新の国際動向について、昨年の主だった国際会議を中心に、3名の方からご報告いただきました。
 二神葉子東文研室長には、40周年を迎えた世界遺産条約に関して、登録をめぐる審議の傾向や、昨今の国境紛争問題を中心にお話しいただきました。続いて、南新平文化庁室長から、無形文化遺産の登録プロセスや基準とともに、昨年設立されたアジア太平洋無形文化遺産研究センターについてご報告いただきました。最後に、前田耕作東文研客員研究員より、東西大仏の爆破から10年を迎えたバーミヤーン遺跡の保存に関する専門家会議を例に、最近の平和構築と文化遺産保護活動に関するご発表がありました。
 文化遺産保護の国際動向は研究会で例年取り上げているテーマですが、毎回50名を越える参加者があり、最新動向に関する情報が強く求められていることを感じます。コンソーシアムでは今後も、研究会等を通じた情報共有に取り組んでいきたいと思います。

佛光寺所蔵『善信聖人親鸞伝絵』の調査・撮影

絵巻の高精細デジタル撮影

 京都・佛光寺には、親鸞(1173~1262)の出家から没後の廟堂建立までを描いた絵巻『善信聖人親鸞伝絵』(上下二巻)が伝えられています。これは先行して成立した三重・専修寺に伝えられた同題の絵巻を踏まえながら、それには認め難い絵相と詞書を含むことで知られています。また、詞書は後醍醐天皇の晨翰とも伝えられています。本絵巻は、これまで非公開を原則とし、大切に伝えられてきたため、折れ伏せなどの修理の痕跡が全く存在せず、かつ、黒色に変色しやすい銀泥も輝きを失っておらず、制作当初の鮮やかな色使いが今日まで伝えられている点で特筆されます。しかしながら、制作年代に関しては中世(14世紀)に遡るという見方と近世(18世紀以降)に下るとする見方が根強くあります。
 企画情報部の津田徹英、小林達朗、城野誠治は、この佛光寺本『善信聖人親鸞伝絵』について、同寺宗務所のご理解と協力を得て、2012年2月23、24日の両日に及んで同寺大広間において調査・撮影を行いました。目的とするところは、これまで調査の機会が極めて限られていたことをかんがみて、今後、本絵巻が文化財研究のために広く資するべく、絵伝そのものに即した基礎データづくりを目指し、撮影についても一紙ごとに高精細デジタル撮影を行いました。そして、その過程で得られた知見については、2月29日の企画情報部研究会において中間報告を兼ねて研究発表を行うとともに(津田徹英「佛光寺本『親鸞伝絵』をめぐって」)、本作の存在を広く知ってもらうために、最も絵相に独自性が打ち出されている上巻「六角堂夢告」の場面を、企画情報部フロアーの壁面パネルで公開いたしました。なお、本調査・研究は平成23年度メトロポリタン東洋美術研究センターの助成を得て実施したもので、東京文化財研究所企画情報部の研究プロジエクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の成果の一部です。

国際人類学・民族学連合 無形文化遺産委員会 メキシコ合衆国クエルナバカ市

会議の様子

 この委員会は、国際的な学会連合組織である国際人類学・民族学連合に新たに設けられたものです。2012年2月25日、26日にその第1回会合がメキシコのクエルナバカ市にあるCentro Regional de Investigaciones Multidisciplinariasで行われ、日本からは無形文化遺産部の宮田が委員メンバーとして招聘され参加しました。 会議では、専門家の知見を無形文化遺産保護に生かしていくため、どのような貢献ができるかといった観点から、各国参加者による発表及び討議が行われました。日本からは、東京文化財研究所で作成した『無形民俗文化財映像記録作成の手引き』を紹介するとともに、専門家の立場から無形文化遺産保護のいろいろな事業等へのガイドライン作成での貢献を提言しました。無形文化遺産保護条約の運用面でも、専門家の貢献がますます求められつつある状況で、今後も政府機関とは別個のこうした専門家によるアプローチは重要となっていくことでしょう。無形文化遺産部では、こうした意見交換の場には積極的に参加し、日本の専門家としてその知見を発信していきたいと考えています。

講談『難波戦記』の記録作成

一龍斎貞水師による講談の実演

 講談の記録作成が東京文化財研究所で開始されたのは、2002年度のことです(当時の組織名は東京国立文化財研究所芸能部)。その第1回目から、一龍斎貞水師(現在は重要無形文化財「講談」保持者)には、長編の語り物2席(時代物と世話物)の口演をお願いしてきています。これまでに作成してきた貞水師による講談記録で完結しているのは、時代物の『天明七星談』(2006年6月11日より2005年12月26日まで12回)と『千石騒動』(2006年2月9日より2011年11月22日まで23回)、世話物の『緑林五漢禄』(2006年6月11日より2008年2月13日まで20回)です。2012年2月14日から、時代物としては3演目目となる『難波戦記』が始まりました。豊臣一族が徳川家康によって滅ぼされた大阪冬の陣と夏の陣を題材とする語り物です。
 来年度も引き続き、貞水師にご協力いただき、記録作成を実施する予定です(世話物は『文化白浪』が継続中)。

第25回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「近代建築に使用されている油性塗料に関して」開催

明治村の修復事例発表
ドイツ技術博物館の化学部門修復者の発表

 保存修復科学センターでは、2月10日(金)に、東京文化財研究所地階セミナー室にて表記研究会を実施しました。近代の建築物には当時油性塗料が使用されており、近年近代建築物の修復を実施する際に、塗装された材料の特定が難しいことやたとえ特定出来たとしても入手が難しかったりという理由から他の素材が塗装されている事が多く有ります。そのような現状を踏まえて、現在文化財として近代建築物にどのような塗装がなされているのか、どのようにして特定しようとしているのかあるいは特定出来るのか、油性塗料が入手困難な理由はなぜなのか、それをどのようにすれば改善出来るのか等について、文化庁、博物館、塗装施工者、化学の研究者等を交えて、劣化してしまった塗膜片から材料を特定する手法やその難しさ、油性塗料の特性である乾きの遅さゆえに塗料として使われなくなって来た歴史等、発表が行われそれに関する質疑応答も活発に交わされました。当日は45名の参加者を迎え、発表者に対する活発な質疑応答も行われ、有意義な研究会となりました。

「文化財の保存環境を考慮した博物館の省エネ化」に関する研究会

研究会の様子
石崎副所長による開会挨拶

 平成23年夏には東京電力・東北電力管内では平成22年の最大実績(9~20時)に対してマイナス15%の節電要請がありました。重要な文化財を抱えて、各地の博物館美術館がどのように乗り切ったのか、その結果どのような問題があったのか、「博物館・美術館におけるエネルギー削減」をサブテーマに、博物館美術館の展示室・収蔵庫の温湿度設定について再考する研究会を保存修復科学センターで開催しました。(平成24年2月17日(金)東京文化財研究所 地下セミナー室、参加者66名)
 まずはじめに、平成23年12月から平成24年1月にかけて博物館美術館等保存担当学芸員研修修了生の協力を得ておこなった「美術館・博物館2011年夏の節電対策のアンケート」について佐野が結果をまとめて発表しました。収蔵庫はほとんどの館で維持管理状況を変更しないよう努力していました。展示室の温度変更をした館では、お客様が不快を訴えたり滞在時間が短くなるなどのサービスの低下のほか、虫・カビの増加、臭気の増加、金属の錆の生成などの例がありました。また、空調設定の変更により温度湿度が安定しなくなるとの注意も挙げられました。
 国立新美術館の福永治氏からは、美術館における温度湿度設定の考え方が紹介され、文化財は多種多様であると共に、貸し出す側の考え方の違い、地域の環境、建物の構造や仕様、また保存状態も様々であることから、展示環境について、統一した基準を設けることは困難であるが、コンセンサスを得るようによくコミュニケーションを取ることが重要であることが報告されました。また、長屋光枝氏から、平成23年夏に昼間のピークカット節電のために企画展示室を1室閉めた際の維持管理状況について報告があり、夜間空調で良い状態に保つことができた例が紹介されました。
 石崎から、文化財保存のための温度湿度設定に対する海外の現在の動きと方向性について報告があり、湿度変化が文化財を構成する部材に与える影響を知るために、モデル試料にたいして歪みがどのくらい生じるか実験した文献等の紹介がありました。よく調整された環境に対して短期的な変動幅が提示されるとともに、季節の変化に応じていくらかの変動幅を許容する考え方の導入(変温恒湿)についても検討事例が示されました。
 最後に、オフィスビルにおける最新省エネ技術の紹介が、清水建設株式会社技術研究所の松尾隆士氏によって提示されました。日除けが重要であること、隣接する区画をつないでエネルギーピークをカットする手法など、エネルギーを効率的に使うために比較的大規模な区画で試みられている新手法について紹介がありました。
 変温恒湿や変動幅を広げるのを許容するなど温度湿度の新しい制御方法は、本当に文化財に影響がないのか慎重に見定め、評価を関係者すべてで繰り返し討論し理解していくことが必要です。今回の研究会は、リスクマネージメントの手順でいうと、リスクアセスメントについて新情報が出てきている昨今、これを如何に評価検討し関係者間で情報共有していくか、リスクコミュニケーションの局面に入りつつあることが分かる重要な機会となりました。

アルメニア歴史博物館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

写真撮影実習の様子

 文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年1月下旬から2月上旬にかけて、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップを開催しました。1月24日~2月3日までの8日間は、アルメニア歴史博物館のほかアルメニア国内の他機関所属の若手専門家合計10名に対し、ドキュメンテーションをテーマとした国内向け人材育成ワークショップを開催しました。労働安全衛生、博物館と保存修復、金属科学、文化財科学と分析技術に関する講義のほか、写真撮影、状態調査、顕微鏡による光学調査と可搬型蛍光X線分析計(XRF)を用いた元素分析などの実習を実施しました。適切な保存修復処置方法の選択のほか、国内専門家のネットワーク構築、青銅器の製作技術の研究などを行いました。
 また、2月7日~11日の5日間、国内向けワークショップ参加者10名のほか、グルジア、イラン、ルーマニアの3カ国から金属保存修復専門家各1名ずつをアルメニアに招聘し、さらにまた、アルメニアの考古金属資料の調査研究を行っているアルメニア人考古学者、科学者なども招き、国際ワークショップを開催しました。アルメニアの金属文化財に関する研究や、自国の博物館や保存修復の状況を発表しあうことで、情報交換と広域ネットワーク構築に貢献しました。
 次回のミッションでは、錆除去等の保存修復処置作業を行います。また、修復後に再度元素分析を実施し、製作技術の研究を深めていく予定です。

キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業

土器を実測する実習生

 文化遺産国際協力センターは、中央アジアの文化遺産保護を目的とする標記事業を文化庁より受託し、2011年から2014年までの4年間の予定で、キルギス共和国チュー河流域の都城址アク・ベシム遺跡を対象とした、ドキュメンテーション、発掘、保存修復、史跡整備に関する一連の人材育成ワークショップを開催しています。
 事業の初年度にあたる今年度は、文化遺産のドキュメンテーションに関するワークショップを実施しています。10月に行った第1回目のワークショップでは、おもに遺跡の測量に関する研修を実施しました。
 今回、2月4日から10日にかけて、第2回目のワークショップをキルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所にて開催しました。今回のワークショップでは、キルギス人若手専門家8名を対象に、考古遺物の実測に関する研修を行ないました。土器や石器、土製品の実測のほか、拓本、遺物の写真撮影の実習、また伝統的な土器工房の見学なども行いました。
 研修生は意欲的に取り組んでおり、今回の研修を通じて得た技術を将来的に中央アジアの文化遺産保護に役立ててくれることが期待されます。

ミャンマーにおける文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査

ミャンマー文化省とのインタビュー
バガン遺跡

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは2月22日から28日まで、ミャンマーを対象とする協力相手国調査を行いました。同国における文化遺産保護の現況と今後の国際協力の展開を探るため、現地を訪問し、ミャンマー側の協力要望事項等を明らかにすることが調査の主な目的です。代表的文化遺産であるバガン遺跡群やマンダレーの木造建造物、各地の博物館や図書館などを訪れ、担当者との面談も含めて、情報収集や意見交換を行いました。
 その結果、ミャンマーの文化遺産は全般に劣化が進んでおり、保護の体制も不十分で、危機的な状況にあることがわかりました。また、バガンでは観光客が昨年来急激に増加しており、現状の観光インフラでは既に受け入れが限界に達しつつあることも明らかになりました。遺跡保存とともに、市街地環境や所得格差の問題なども視野に入れた持続的開発のあり方が課題となります。他方、博物館に関しても、保存施設や研究機能の不備が深刻なことがわかりました。
 昨今のミャンマーをめぐる情勢変化に伴い、文化遺産保護分野のみならず、あらゆる分野で日本及び海外諸国からの支援の増大が見込まれ、今後はこうした支援事業間の調整も必要になると考えられます。文化遺産分野における今後の日本からの協力のあり方について、広く関係諸機関と協議しながら、検討していく予定です。

1月施設見学

役員室にて所長表敬(1月20日)

 エジプト・アラブ共和国考古庁大臣モハメド・イブラヒム・アリ・サイード閣下 駐日エジプト・アラブ共和国大使ヒシャム・エルジメイティー閣下 ほか 計9名

 1月20日、所長の表敬訪問及び各研究室の見学のために来訪。保存修復科学センター第2修復実験室、同第7修復実験室、同電子顕微鏡室及び文化遺産国際協力センター修復アトリエ(紙)を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

仙台、昭忠碑のレスキューに向けて

被災前の昭忠碑
被災後の昭忠碑。上部にあったブロンズの鵄が真っ逆様に落下しています。

 昨年の東日本大震災では、数多の文化財もまた甚大な被害を受けました。当研究所に事務局を置く東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会では、津波の被害にあった沿岸部をはじめとする地域の文化財の救出活動に当たってきましたが、この1月より仙台城(青葉城)本丸跡に建つ昭忠碑(宮城縣護國神社)のレスキューに着手しました。 明治35年(1902)、仙台にある第二師団関係の戦没者を弔慰する目的で建立された昭忠碑は、20m余りの石塔の上に両翼をひろげたブロンズの鵄(とび)を設置したものですが、今回の地震で鵄の部分が石塔下に落下、左翼部が断裂するなど大きく破損し、無残な姿をさらしていました。1月22・23日に行ったレスキューでは、護國神社の方々とともに、人力で移動可能なブロンズの破片を回収し、あわせてブロンズ本体の移動等、今後の処置について話し合いました。
 この昭忠碑は東京美術学校(現在の東京藝術大学)が制作依嘱を受けたもので、図案を河辺正夫、ブロンズの原型製作を沼田一雅、鋳造を桜岡三四郎と津田信夫が担当したとされています。いわば当時の美術学校の粋を集めたモニュメントであり、小松宮彰仁親王の揮毫による「昭忠」の銘板を石塔中央に掲げた本碑は、戦時中の金属供出も免れてその雄々しい姿を伝えてきました。被災した本碑を今後どのように救出し、後世に伝えていくのか――資金の調達等、多くの困難が予想されますが、その文化財としての価値に思いを致すなら、本碑があらたに復興のシンボルとして蘇ることを切に願ってやみません。

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