研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


平等院鳳凰堂日想観図扉の光学調査

日想観図扉絵(2枚)の光学調査風景

 平等院鳳凰堂の本尊が安置されている裏側、尾廊との出入り口には2枚の開き扉があり、ここに、浄土を思い浮かべるための観法「日想観」をあらわした絵があります。右側の扉には山岳とその中の仏堂などの建築物、左扉には広々とした海と水平線に落ちかかろうとする太陽などを描いています。当然ながら経年劣化によって剥落も多く、いくらか後世の筆も入っていますが、創建当初の絵も、置かれてきた厳しい環境を考えればよく残っているといえるでしょう。平安時代中期の本格的な絵画の遺品は希少で、とても重要なものです。1012年9月、東京文化財研究所では、平等院からの依頼によって、絵の上から後世にとりつけられた落とし鍵の部材がはずされたのを機に、その下に残っている顔料を中心に光学調査を行ったところです。
 今回の調査は、それに続くもので、日想観図扉のうちこれまで本格的な光学調査がなされていなかった扉の押し縁(扉本体の四周に材を当てたもの)の部分を中心に行いました。押し縁には、部分的にではありますが、絵具によって当初のものかと思われる宝相華文の装飾が描かれています。2013年1月8~10日にかけ、日想観図本体、また鳳翔館で保存されている鳳凰堂の上品上生図扉断片や天井板の一部なども含め、企画情報部の城野誠治、小林達朗がカラー高精細画像、蛍光画像、赤外線画像を撮影し、保存修復科学センターの早川泰弘が蛍光X線分析による押し縁の絵具の材質調査を行いました。得られたデータについては検討の上、平等院に報告し、今後公表される予定です。
 日想観扉は今回の調査の前に、平等院内の環境が整った博物館施設「鳳翔館」に移されており、今後はここで保存公開されます。かわって鳳凰堂現地には日想観図の復元模写が施された新しい扉が設置される予定ですが、前回、今回の光学調査はその復元模写の作成にも大きく寄与することができるでしょう。

鹿児島県の来訪神行事「甑島のトシドン」の調査

子どもと問答するトシドン 座敷の奥は見物人
顔をのぞかせるトシドン

 鹿児島県薩摩川内市の下甑島で、大晦日に行なわれる来訪神行事、トシドンの調査を行ないました。「甑島のトシドン」は1977年に国の重要無形民俗文化財に指定されており、2009年にはユネスコの無形文化遺産の代表リストにも記載されました。
 トシドンは首切れ馬に乗って大晦日の晩に天からやってくるとされ、3~8歳の子どもが家の座敷で家族と共に出迎えます。「おるか、おるかー」という唸るような低い声、鉦の音とともに暗闇から現われ、座敷の端に顔を出して、子どもたちと問答します。子どもの一年間の悪いおこないを叱ったり脅したりする一方、良いおこないを褒め、また歌や踊り、九九など、子どもたちにそれぞれの得意技を披露させて、その出来を褒めます。最後には良い子になるように諭し、年餅と呼ばれる大きな餅を与えて去っていきます。
 小さな子どもにとっては心から恐ろしい体験であり、顔がひきつり泣き出す子どももいますが、問答を無事に終えるとひと仕事やり遂げたようなほっとした表情になります。また、見守る家族も子どもの成長を思ってか、涙ぐむ方がいるのが印象的でした。地元ではトシドンは子どもの教育のための行事と位置づけられていますが、そうした現代社会にとっても理解しやすい意味づけが語られ、共有されることによって、今日まで継承されてきた側面があると言ってよいでしょう。
 ただ、その継承には課題も多いのが現状です。最大の問題は少子化であり、指定された6つの保存団体のうち、今年行ったのは4つのみでした。また、私が随行させてもらった手打本町トシドン保存会でも、数年前までは10数軒の家をまわっていたものが、今年トシドンを受けたのは5軒のみで、そのうち2軒は祖父母の家に里帰りした子どもでした。
 観光との兼ね合いも大きな課題として挙げられます。本町保存会では2009年に無形文化遺産となって以降、研究者等の行事見学を積極的に受け入れるようになったとのことで、今回も私を含めて15人ほどの見物人がいました。トシドンが内外に広く知られ、多くの関心を集めることは地元にとって文化継承の大きなモチベーションとなり、観光資源ともなります。しかし一方、儀礼や神事としての意義や雰囲気をどのように保っていくのか、その両立も今後の大きな課題になるのではないかと感じました。

第6回伝統的修復材料及び合成樹脂に関する研究会

研究会での発表の様子
研究会での総合討議の様子

 保存修復科学センターでは、1月24日(木)に当研究所セミナー室において、各種伝統的な修復材料のうち「建築文化財における塗装彩色部材の劣化と修理」をテーマとして取り上げた研究会を開催しました。この研究会は、平成21年度に開催した第3 回研究会の「建築文化財における漆塗料の調査と修理 ―その現状と課題―」、平成23年度に開催した第5 回研究会の「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」の続編ともいえる内容です。建築文化財の外観などに塗装彩色された材料や部材は、日本の気候風土の中では材質劣化や生物劣化が起こる場合が多く、これらに対処する修理が繰り返し行われてきた歴史があります。
 今回の研究会では、これらに関する諸問題について、保存修復科学(塗装彩色材料および生物学)・建造物の修理現場・行政指導それぞれの立場から、最新の情報を提供していただきました。まず伝統技術研究室の北野が塗装彩色の材質劣化について述べ、次に生物科学研究室の木川りか室長が塗装彩色を含む部材の生物劣化として、主に日光社寺文化財の虫害と霧島神宮のカビ被害とその対処事例に関する話題提供を行いました。続いて実際の建造物修理担当者である京都府教育庁指導部文化財保護課の島田豊氏から石清水八幡宮の塗装彩色修理、平等院鳳凰堂の塗装修理に関する事例報告、厳島神社工務所の原島誠氏から厳島神社社殿建造物の塗装修理に関する事例報告をそれぞれしていただきました。最後に文化庁文化財部参事官(建造物担当)の豊城浩行氏から、現在文化庁が塗装彩色部材の修理を行う上での基本的な考え方に関する概要説明をしていただきました。研究会のテーマが塗装彩色の修理に直結した内容であることから関係者の関心が高く、盛会でした。

文化庁「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」によるアルメニア文化省副大臣招へいと研究会の開催

研究会での講演(写真左が副大臣)

 東京文化財研究所は、文化庁「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」の枠組みにおいて、平成25年1月10日から1月18日までの10日間、アルメニア共和国よりアレヴ・サミュエルヤン文化省副大臣を日本に招へいしました。
 サミュエルヤン副大臣は滞在期間の前半に、東京国立博物館や国立西洋美術館のバックヤードや展示、ならびに清水寺に代表される京都や奈良の歴史的建造物の保存修復現場などを精力的に視察し、専門家らと意見交換を行いました。1月16日には東文研にて開催された「アルメニア共和国における文化遺産保護および日本の協力事業」に関する研究会で、「アルメニア共和国における文化財保護の現状」について講演を行ないました。日本側からは「アルメニア共和国相手国調査報告(文化遺産国際協力コンソーシアム)」、「文化庁拠点交流事業「考古金属資料に関する保存修復人材育成・技術移転(文化遺産国際協力センター)」、「アルメニア建築の周辺諸国への伝播」、「アルメニア歴史博物館における染織品保存修復ワークショップ(国際交流基金)」の発表を行い、アルメニア文化遺産保護と日本の協力について広く一般に知っていただくとともに、アルメニアに関係する機関や研究者とのネットワーク構築のよい機会となりました。また、1月17日には近藤誠一文化庁長官を表敬訪問し、文化遺産保存に対する日本の協力に謝意を述べるとともに、今後の継続的な支援を求めました。
 本招へいは、現在の協力関係をより一層緊密にし、さらに、文化遺産保護だけにとどまらず日本とアルメニア共和国との様々な分野における協力・交流事業の促進する機会となりました。

ミャンマーの文化遺産保護に関する技術的調査:現地調査ミッションの派遣

木造僧院での実測調査
破損が進んだ寺院建築の一例
職人工房(鋳造)の視察
ヤンゴン国立図書館での調査

 東京文化財研究所が文化庁から受託している「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、1月26日から2月3日にかけて、ミャンマー連邦共和国に専門家調査団を派遣しました。総勢17名からなる今回の調査団は建築・美術工芸・考古の各分野を調査対象とする3班で構成し、このうち建築と美術工芸を東京文化財研究所、考古を奈良文化財研究所がそれぞれ担当しました。この調査は、同国の文化遺産保護に関するわが国からの今後の協力の方向性を明確化することを目的として実施したもので、訪問先の各地ではミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局の担当職員の方々に同行・対応をいただきながら、円滑に調査を進めることが出来ました。
 建築班では、バガンの煉瓦造遺跡群とマンダレーなどの木造僧院建築群の双方を対象に、破損状況や保存に影響を及ぼしている要因を確認するとともに、今後の保存修復に向けた課題を特定するため、現地機関関係者や職人への聞き取り調査等も行いました。これにより、本格的な建造物修理事業は久しく実施されておらず、保存状態に関する基本的な記録作成等も十分に行われていないことなどが判明しました。
 美術工芸班では、ヤンゴン、バガン、マンダレーの国立博物館・図書館、寺院、学校、職人工房を訪問し、壁画、金属文化財、漆工芸品、書籍経典を対象に、その修復状況、保存展示環境、保存修復に関わる人材育成について調査・聞き取りを行いました。海外研修等で得た知識をミャンマー国内で還元している様子が伺えましたが、機材資材の不足、体制の不備のために十分な保存修復措置が行われていないことが分かりました。
 このほか、首都ネピドーにおける文化省との協議等を通じて、同国の文化遺産保護体制に関する基本的情報の収集も行いました。いずれの分野においても文化遺産の保存修復に必要な技術・人材等の不足は明らかですが、現地側の向上意欲は高く、共同研究や研修等の事業を通じて技術移転や人材育成を行えば、その支援効果は大きいものと期待されます。

カンボジアにおける石造建造物の生物劣化に関する研究会開催および遺跡測量研修

アンコールにおける石造遺跡の保存に関する研究会
タネイ遺跡における第2回測量研修

 東京文化財研究所は、2001年よりカンボジアのアンコール遺跡群・タネイ遺跡を主なフィールドとして、石造文化財の保存に関する調査研究をアンコール地域保存整備機構(APSARA機構)と共同で実施してきました。その成果を総括・共有するため、1月14日、APSARA機構本部において「アンコールにおける石造遺跡の保存に関する研究会」を開催しました。これまで調査に参加してきた日本・カンボジア・イタリア・韓国の専門家が参加した本研究会では、石材表面に繁茂する生物種の影響観察とその制御を目的としてこれまで継続してきた調査研究のまとめとして、地衣類の分類学的研究、石材の物性変化に関する定量的・定性的研究、環境と生物種との関連に関する研究等についての発表と、今後のより良い遺跡保存に向けた意見交換が行われました。
 一方、1月10日から18日までの間、第2回建築測量研修をタネイ遺跡にて行いました。APSARA機構からの新規参加者2名を含む計11名を研修生として、昨年7月の第1回研修で作成した図面のチェックとトータルステーションを用いた測量作業の続きを3班に分かれて行い、伽藍中核部の平面実測をほぼ終えたところです。
 今後は、これらの成果を遺跡保存にどのように活かしていくかをさらに検討しながら、研究協力と技術移転・人材育成を継続していく予定です。

アメリカにおける動産文化財の保護についての調査

アメリカの文化財保護関係機関の資料
フリーア美術館

 文化遺産国際協力センターでは各国の文化財保護制度に関する調査・研究を行っています。現在、そのプロジェクトの一環として、アメリカにおける動産文化財の保護状況について調査しています。アメリカには多くの博物館・美術館があり、世界中の動産文化財が数多く所蔵されていますが、文化財の保護と管理を専門とする省庁は存在しません。動産文化財の管理は所有者に委ねられており、大規模な自然災害などの緊急時を除くと連邦レベルの管理・規制はあまり強くありません。アメリカでは動産文化財の管理・修復・展示に関しては、各博物館・美術館の運営方針や所有者の意向に沿って、個別に対応しているというのが実情です。
 日本とアメリカでは文化財の考え方も大きく異なりますが、一方で日本美術のコレクションを保有する美術館も数多く存在しています。また当研究所で平成3年から行っている在外日本古美術品保存修復協力事業では、全米で24館の美術館の250点を超える作品について修復を行っており、当研究所とアメリカの美術館とは浅からぬ関係があります。そこでアメリカの動産文化財の保護状況について体系的に把握するため、2013年1月26日~2月3日にかけて、江村知子と境野飛鳥の2名でワシントンD.C.にて調査を行いました。今回はアメリカ国土安全保障省の連邦緊急事態管理庁(FEMA)、内務省の国立公園局、アメリカ議会図書館、アメリカ文化財保存修復学会(AIC/FAIC)、アメリカ博物館協会(AAM)、NPO組織であるHeritage Preservation等、文化財保護のために包括的な活動を行っている主要な組織を中心に聞き取り調査を実施しました。また、博物館・美術館における所蔵品の管理状況についても調査しました。特に、1923年に開館したアメリカ最古の国立美術館で、日本をはじめ、東洋の美術品を多数所有するフリーア美術館では、同館の所蔵品管理規則や収蔵品の修復状況についてお話を伺いました。
 今回の調査を通じて、厳しい規制のない中でアメリカの動産文化財が適切に保護されている背景には、各組織や担当者の連携やボトムアップ式の意思決定が有効に機能していることが一因であることが窺えました。今後はアメリカの各地域で中核的な役割を果たしている博物館や、日本の美術品を所蔵する博物館を対象として、より実践的な調査研究を進めていく予定です。

宮内庁蔵春日権現験記絵巻の光学調査

 春日権現験記絵巻(かすがごんげんげんきえまき)は14世紀初頭、時の左大臣・西園寺公衡(きんひら)が発願し、宮廷絵所の預(あずかり)(長)であった高階隆兼(たかしなたかかね)が絵を描いた全20巻にもわたる大作です。全巻が残されており、しかもその筆致はこの上なく緻密・華麗で、日本絵画史上きわめて貴重な作品です。現在、所蔵者である宮内庁によって2004年に開始された15カ年計画の全面的な解体修理が行われているところです。東京文化財研究所は宮内庁との共同研究として修理前の作品について、順次光学調査・記録を行っており、昨年度までで、20巻のうち計12巻分を調査してきました。
 本年度は、さらに巻第4と巻第15の2巻について、2012年12月3日から12月6日まで、東京文化財研究所から企画情報部の城野誠治、小林公治、小林達朗が参加して、可視光、蛍光、反射と透過の二様の赤外線による高精細デジタル撮影を行いました。続いて12月10日から20日にかけては、保存修復科学センターの早川泰弘が、同じ2巻について蛍光X線による絵具の分析データを収集しました。
 これまでに得られた膨大なデータについては、将来の保存修理の完了を期にその活用法を宮内庁とともに検討してまいります。

當麻曼荼羅図の光学調査

當麻曼荼羅図の調査撮影

 當麻曼荼羅(たいままんだら)図は、唐の善導の『観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうしょ)』に基づく阿弥陀浄土図を中心に浄土教のの説くところを図化した変相図(へんそうず)です。奈良・當麻寺(たいまでら)に伝えられたことから、この名があります。同じ図様の作品が後世にいたるまで非常に数多く描かれ、全国各地に残っていますが、その根本となった今回の調査対象である當麻曼荼羅図は、国宝に指定され、縦横ともに4メートルを超える大作です。8世紀の制作と考えられますが、制作地については、唐とも奈良とも言われます。この根本曼荼羅の大きな特徴は通常のように絵絹に描いた絵ではなく、綴織(つづれおり)という織りによって図様が表わされたものであったことです。しかし1000年を超える経年の劣化は否みようがなく、鎌倉時代と江戸時代に行われた大きな修理によってかろうじてその形をとどめ、その際に加えられた補筆によって図様は伺えますが、地の組織は傷みがはげしく、当初の綴れ織りがどの程度残っているか、またそれはどのようなものであったか、必ずしもはっきりしていませんでした。
 本年4月6日より奈良国立博物館において開催される特別展「當麻寺」で長年公開されることのなかった本曼荼羅が展示されるのを機に、これに先立つ2112年12月17日から21日まで、東京文化財研究所企画情報部は奈良国立博物館との共同研究として、奈良国立博物館においてこの曼荼羅の光学的調査を行い、企画情報部から城野誠治、小林公治、皿井舞、小林達朗が参加しました。今回はこの大幅の撮影のための専用レール台を制作し、この上に作品を置いて、高精細デジタルカメラによる撮影を行いました。きわめて緻密な曼荼羅の織りを観察できるよう、全面を150余りに分割して可視光の高精細デジタル画像を撮影したほか、蛍光、赤外による詳細な分割撮影を行い、さらに調査中に原本の綴織が残されていると見られた部分をマクロ撮影で記録しました。当初の綴織の織り目のみえる部分がごく少ないながら見出されたことは、今後の検討・研究の基礎となる成果であると同時に、奈良国立博物館における今回の展覧会に資することとなるでしょう。

無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会

無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会

 無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会は、去る12月3日から7日の5日間、パリのユネスコ本部において開催され、東京文化財研究所からは、無形文化遺産部の宮田繁幸、企画情報部の二神葉子の2名が参加しました。本来今回の委員会はグレナダがホスト国となる予定でしたが、財政事情等から8月にホスト返上となり、変則的にパリの本部での開催となりました。さらにユネスコ本体の財政逼迫の影響から、会議文書の限定配布や、第2会場でのビデオストリーミングがなされないなど、ロジスティックの面では少なからぬ不満の声も聞かれました。
 今回の会合では、緊急保護一覧表に4件、代表一覧表に27件の新たな無形文化遺産の記載が、また推奨保護計画として2件の登録が決定されました。日本から代表一覧表に推薦していた「那智の田楽」については、補助機関の事前審査では情報照会の勧告がなされていましたが、委員会で各国から記載基準を十分満たしているとの判断がなされ、無事記載という結論にいたりました。この日本のケースだけでなく、多くの案件が情報照会勧告にもかかわらず記載となったのは、各国1件のルールが実質的に定着し、全体審査件数が絞り込まれたため、比較的丁寧に各案件を委員国が吟味した結果であるとも考えられます。他の議題においても、参加国間で意見対立が目立った昨年の第6回政府間委員会及び6月の締約国総会と比べ、今回は委員国間に鋭い対立はあまりみられず、会議はおおむね協調的な雰囲気に終始しました。またいままであまり案件の提出がなされず、地域間格差の要因であったアフリカ諸国からの推薦も、今回はかなり増加し、条約の発効以来続けてきた同地域でのキャパシティビルディングの成果がようやく形となってきたと評価出来ます。なお日本は、2013年の代表一覧表候補の審査にあたる補助機関のメンバーに今回初めて選ばれました。この機会を捉え、無形文化遺産部としては専門的知見を生かし、補助機関の審査を通じて貢献したいと考えています。

第7回無形文化遺産部公開学術講座

第7回公開学術講座

 12月8日、山口鷺流保存会を招いて公開講座を平成館大講堂で行いました。タイトルは「山口鷺流狂言の伝承を考える―東京文化財研究所無形文化遺産部所蔵記録をめぐって―」です。サブタイトルにあるように、無形文化遺産部は昭和33年、芸能部時代に山口鷺流狂言の記録作成を行っています。歌い手はすでに鬼籍に入り、記録の中には現在では伝承されていない曲も多くあります。それらを視聴・分析をしながら、山口鷺流狂言の将来の伝承について考察し、現在伝承されている《宮城野》と《不毒》を鑑賞しました。鷺流は明治時代に中央では廃絶した流儀なので、東京で上演される機会はほとんどありません。参加者からは意義深かったとの感想が多く寄せられました。

“第36回文化財の保存および修復に関する国際研究集会 文化財の微生物劣化とその対策:屋外・屋内環境、および被災文化財の微生物劣化とその調査・対策に関する最近のトピック“ 開催報告

イタリアのピエロ・ティアノ博士による基調講演
ポスターセッションの様子

 微生物の繁殖は、屋外・屋内の環境を問わず、文化財にとっての大きな劣化要因となっています。東日本大震災における経験は私たちの記憶に新しいところですが、とくに地震・津波などによって被災した文化財については水濡れの影響から、微生物劣化が短期間のうちにおきやすく、その状況をみきわめるための調査と対策がきわめて重要となっています。そこで、保存修復科学センターでは、当研究所が各部門の持ち回りで毎年開催している“文化財の保存および修復に関する国際研究集会”の第36回目として、2012年12月5日(水)~12月7日(金)に、東京国立博物館・平成館・大講堂にて標記のシンポジウムを担当・実施しました。初日には外国専門家の基調講演に続き、被災文化財の生物劣化についてのセッション、2日目には屋外の石造文化財、木質文化財の生物劣化に関するセッション、そして最終日には屋内環境にある文化財の生物劣化の調査法や劣化の環境要因に関わるセッションを行いました。3日間を通じて合計15件の招待講演のほかに、国内外から23件のポスター発表があり、232名の参加者(のべ参加者数421名)を得て、活発な議論が行われました。今回は、イタリア、フランス、ドイツ、カナダ、中国、韓国など、海外からも多くの専門家が来日参加しました。今回のように、文化財の微生物劣化に特化したテーマでのシンポジウムは国際的にみてもほとんどなく、ヨーロッパ地域からも含めて自費で参加して下さった専門家が多かったものと思われ、まさに国際研究集会と呼ぶのにふさわしい、充実した情報交換ができました。終始、積極的にご協力いただいた発表者、参加者の方々に心より感謝致します。

「さまよえる文化遺産―文化財不法輸出入等禁止条約10年―」の開催

シンポジウム会場風景
パネルディスカッションの様子
イタリア カラビニエリ(国家治安警察隊)クアリアレッラ氏による講演

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは、毎年一般の方を対象にシンポジウムをおこなっています。今年度は12月1日(土)に、東京国立博物館平成館大講堂にて、「さまよえる文化遺産―文化財不法輸出入等禁止条約10年―」(主催:文化遺産国際協力コンソーシアム、文化庁)として開催しました。
 「文化財の不法な輸入・輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約」(「文化財不法輸出入等禁止条約」)を我が国が締結してから今年で10周年を迎えました。今回のシンポジウムでは、この条約のもとで我が国が進めている文化財を不法な輸出入から保護する取り組みや現状について紹介するとともに、海外での取り組みも紹介しました。
 まず、我が国の取り組みについて文化庁の塩川達大国際協力室長から、また地方自治体による取り組みとしては奈良県警察本部の文化財保安官である辻本忠正警視からそれぞれ報告していただきました。文化財流出の現状については美術商である欧亜美術店主の栗田功氏をお招きし、文化財が流出する国における流出文化財問題の根底にある部分をご紹介いただきました。また、外国の事例として、イタリアからお招きしたカラビニエリ(国家治安警察隊)のクアリアレッツラ文化材権利保護作戦班長から、カラビニエリによる文化遺産保護活動を、美術品変造や不法輸出摘発の実際の事例とともに報告いただきました。すべての報告後には、報告者に加えて財務省関税局監視課からも五十嵐一成課長補佐をパネリストに迎え、活発な議論が展開されました。
 日頃は話を聞く機会の少ない問題でありながら、実際には身近な問題を扱った今回のシンポジウムは、来場者である一般の方々からも高い評価を得ることができました。今後も文化遺産国際協力コンソーシアムでは、文化遺産に関わる問題を一般の方々にご理解いただける機会を設けることができればと考えています。

ミャンマー文化省関係者の招聘および研究会開催

東京文化財研究所での打合せ風景

 文化庁委託「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、ミャンマー連邦共和国文化省の関係者を12月10日から14日まで日本に招聘しました。今回の招聘では、同省考古・国立博物館・図書館局のテイン・ルウィン副局長をはじめ、考古学、保存修復、文化人類学、美術の各分野を専門とする同省職員5名が、東京と奈良に滞在し、東文研および奈文研での意見交換、博物館視察、考古発掘調査現場や文化財建造物修理工事現場の見学等を行いました。この間の11日には東文研セミナー室において、「ミャンマーにおける文化遺産保護の現状と課題」と題する研究会を開催し、来日した方々から考古調査や遺跡保存、博物館の歴史と現状等に関する発表をいただくとともに、会場との質疑も通じて情報共有を行いました。本招聘を通じて、同国の文化遺産保護に関する最新情報の収集を行うとともに、今後の協力に向けて相互理解の促進を図ることができました。本事業では今後、1月末から2月初旬にかけて、建築・美術工芸・考古学の3分野において、文化遺産保護に関するわが国からの協力の方向性を明確化するための現地調査を、奈文研の協力も得ながら実施することを予定しています。

11月施設見学

化学実験室での説明(11月1日)

 文化庁主催 文化財(美術工芸品)修理技術者講習会受講者 計29名
 11月1日、文化財の保存・修復の現場を見学するために来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター修復実験室、同化学実験室及び同電子顕微鏡室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

東京国立博物館蔵国宝・千手観音像の調査・撮影

千手観音像の高精細画像撮影の様子

 企画情報部の研究プロジェクトのプロジェクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の一環として、11月1日、東京国立博物館に所蔵される国宝・千手観音像の高精細画像の撮影を行いました。東京国立博物館と当研究所との「共同調査」によるもので、昨年度の国宝・虚空蔵菩薩像の調査に続いての調査となります。今回は東京国立博物館の田沢裕賀氏・沖松健次郎氏のご助力をえて、当研究所の城野誠治が画像撮影を行い、小林達朗、江村知子が参加しました。千手観音像は平安仏画の代表的名品のひとつです。平安時代の仏画は日本絵画史の中でもきわだって微妙かつ細部にわたる繊細な美しさを実現しましたが、それゆえに細部の表現の観察は重要なものになります。今回の撮影画像は肉眼による観察を超えるものがあり、微細な部分に宿された平安仏画独特の美がうかがえるものとなると考えます。得られた情報については今後東京国立博物館の専門研究員を交えて共同で検討してまいります。

第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書の刊行

第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書

 11月末、第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書『染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―』が刊行されました。本研究集会は、2011年9月3日~5日の3日間にわたり、国内外の制作者、修復技術者、学芸員、研究者など様々な立場の専門家を招いて開催しました。報告書では、研究集会で議論された課題をより多くの人と共有し、さらなる議論の深化を図ることを目的に、すべての報告を収録しています。PDF版は無形文化遺産部のホームページでも公開の予定です。

在外日本古美術品保存修復協力事業における漆工品の保存と修復に関するケルン・ワークショップの開催

日本の伝統的な漆材料と技法の概説(workshop Ⅰ)
木箱を使った接合実習(workshop III)

 文化遺産国際センターでは、在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として、11月2日から11月16日にかけて、ドイツ・ケルン東洋美術館の協力で、漆工品の保存と修復に関するワークショップを同美術館で実施しました。
 このワークショップは学生、研究者、学芸員、保存科学者、修復技術者を対象とし、スウェーデン、ポルトガルやチェコなどのヨーロッパ諸国からだけでなく、アメリカやオーストラリアなど11か国から合計19名が参加しました。
 講義は漆工品の修復概念、材料学、損傷、調査手法や修復事例を取り上げ、実習では養生、クリーニング、漆塗膜の補強や剥落止めなどさまざまな修復技法にかかわる工程を実験的に行い、好評をいただきました。 また、期間中にはケルン東洋美術館シュロンブス館長のご発案により、ロッシュ副館長が館内の常設展示や特別展の見学ツアーを行うなど、美術館側も参加者との交流を深めました。
 漆工品は16世紀から輸出され、現在でも多くの博物館、美術館や宮殿に保管されています。このワークショップを通して習得した知識や保存修復技術によって漆工文化財がより安全に保管され、継承されていくことが期待されます。

第26回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「御料車の保存と修復」開催

図面を使っての発表

 「御料車(ごりょうしゃ)」とは、天皇を始めとする皇族方が乗車する専用の鉄道車両や自動車を指します。明治時代に我が国に鉄道が導入されて以来、多数の鉄道車両が御料車として製作され、その第1号は現在国の重要文化財に指定される等、文化財としての価値が認められているものの、一般にはなかなかその詳しい様子を知る事が出来ませんでした。そこで保存修復科学センターでは、11月30日(金)に、東京文化財研究所地階セミナー室において「御料車の保存と修復」と題する研究会を開催しました。
 「動く美術工芸の粋」とも、「明治時代の文化を凝縮した世界」とも言われる御料車は、皇族方の専用車両というその特殊な性格ゆえに、内装その他も製作された時代の先端をいく特別なものです。現在、展示公開されているものとしては、鉄道博物館に6両、博物館明治村に2両がありますが、いずれもガラス越しの鑑賞であり、内部の細かい装飾や造作までは直接見る事が出来ません。今回は、はじめに御料車の技術的な側面から、日本の鉄道の発展との関わりや技術的な特徴の解説があり、次いで御料車を保存展示している両博物館の担当者からそれぞれの御料車内部の特徴有る装飾や造作を紹介して頂くと共に、日々のメンテナンスや展示方法に関する苦労や工夫をお話し頂きました。また、鉄道博物館で展示されている御料車の修理に携わった2人の技術者からは実際に御料車の修復作業を実施したときの話を伺いました。更に、台湾に残されている日本統治時代に製作された御料車に関する話が台湾の専門家によって紹介された事も今回の特筆すべき内容でした。
 御料車に対して、鉄道車両の保存という技術的な捉え方だけではなく、美術史的・工芸史的な文化財としての価値をも意識した保存が必要だという事を気づかされた研究会でした。当日の参加者は53名を数え、最後に発表者との活発な質疑応答も行われました。

アルメニア・グルジアでの日本古美術作品調査

アルメニア歴史博物館・国立美術館
グルジア国立博物館での調査

 文化遺産国際協力センターでは、海外の美術館などで所蔵されている日本古美術作品を調査し、所蔵館に対して助言や関連する研究の情報提供を行うほか、緊急性・必要性の高い作品については保存修復協力事業を実施しています。日本から遠く離れた、気候・風土・民族・宗教などが大きく異なる国において、日本の美術作品が所蔵されている状況を目の当たりにすると、本来脆弱な材料を使用している文化財のもつ、生命力の強さを感じさせられます。2012年11月に、川野邊渉、加藤雅人、江村知子の3名でアルメニア共和国とグルジアにおける日本古美術作品調査を実施しました。両国ともかつてのソビエト連邦の構成国で、2012年は日本との外交関係樹立20周年にあたりますが、これまで当研究所から現地に赴いて日本美術に関する調査を実施したことがなく、今回が初めての調査となりました。
 アルメニア歴史博物館、国立美術館、エギシェ・チャレンツ記念館では日本古美術作品の調査を行い、これらの博物館には江戸時代後期の浮世絵版画や近世から近現代の工芸作品が所蔵されており、中には作品名や制作年代など作品の基本情報が不明のまま所蔵されている作品もあり、助言や情報提供を行いました。そのほかアルメニア国立公文書館マテナダラン、国立図書館などにおいて文化財の保存修復状況の調査を行いました。
 グルジアでは、国立博物館を中心に日本古美術作品の調査を行いました。同館には江戸時代の甲冑・刀剣などの武具のほか、浮世絵、陶磁器、染織品などの日本美術作品が所蔵されていました。肉筆画では、江戸時代後期の立原杏所(1786〜1840)による「鯉魚図」と、明治時代に活躍した高島北海(1850〜1931)による「富岳図」の絹本着色の掛幅2点が収蔵されていることが確認できました。両作品とも経年による損傷が著しく、本格的な修理が必要な状態ですが、まずは作品についての詳細な情報を集めた上で、今後の事業について所蔵館担当者と協議を進めていく予定です。

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