研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


アメリカにおける在外日本古美術品保存修復協力事業のための絵画作品調査

シンシナティ美術館での調査風景

 海外に所在する日本の古美術作品は、日本文化を紹介する役割を担っていますが、中には経年劣化や気候風土の違いなどから損傷が進み、公開に支障を来している作品も少なくありません。そこで作品を安定した状態で保存・活用できるように、在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。昨年度まで本事業は保存修復科学センターのプロジェクトとして行ってきましたが、今年度からは文化遺産国際協力センターの管理下で、修復的観点とともに企画情報部より美術史研究者が参加して調査研究および修理事業を実施しています。最新状況の把握のため、昨年度に日本絵画作品を所蔵する、欧米を中心とした美術館・博物館に対してアンケートを実施しました。その結果、25館から修復が必要な作品の有無、作品の保存修復に対する各館の運営状況についての回答を得ました。各館から送られてきた回答と作品の画像リストをもとに、美術史的な作品評価、修復の必要性と緊急性、所蔵館の対応状況などを協議し、今年度はまずアメリカの2つの美術館で作品調査を行いました。6月24日にシンシナティ美術館(オハイオ州)において掛幅6点、屏風6点、6月27日にキンベル美術館(テキサス州)において掛幅3点、屏風5点の作品調査を実施しました。このうち本事業の調査としては初めて訪問したシンシナティ美術館は、1881年に設立されたアメリカ国内では最も古い美術館の1つで、約6万点の作品を所蔵する中西部の主要美術館です。コレクションの中心は西洋美術ですが、日本美術の所蔵作品もあり、その多くの作品は日本では未紹介です。こうした調査の機会を研究交流にも発展させ、所内関係者および所蔵館担当者とも協議を重ねながら、事業を推進して参ります。

久留米絣の工芸技術調査

二代目 森山虎雄(もりやまとらお)氏の工房にて

 6月27~28日にかけて重要無形文化財保持団体「重要無形文化財久留米絣技術保持者会」のメンバーを中心に工芸技術調査を行いました。絣とは装飾的な意図を持って糸の一部を染め分け、これを経(たて)、緯(よこ)に織り上げて模様を表現したものです。写真は緯糸を経糸の模様に合わせながら織っているところです。久留米絣は大麻の樹皮である「粗苧(あらそう)」を用いて糸に防染を行います。粗苧製造も国の選定保存技術として保護されている技術です。今後も、現地に足を運びながら各技術とその保護について調査を行っていきます。

日立市十王「ウミウの捕獲技術」の調査

断崖に作られた小屋で、飛来する若いウミウを捕獲する
捕獲に適した若い鵜(右)

 6月7日~8日、茨城県日立市十王町にて「ウミウの捕獲技術」(日立市の無形民俗文化財)の調査を行ないました。鵜飼は現在でも関東から西日本の十数ヶ所で行なわれていますが、その際に用いるウミウはそのほとんどがこの十王町で捕獲されます。調査では、鵜捕りの技術や伝承の状況についてお話を伺ったほか、断崖絶壁にある鵜の捕獲場なども見せていただきました。この捕獲場は、3月の大地震により崩落の被害を受けましたが、伝承者自身の手によって修復され、4月下旬から5月中旬にかけて行なわれる春の鵜捕りでは、11羽が全国各地に送られました。秋の鵜捕りシーズンにはもう一度現地を訪ね、技術の実地調査を行なう予定です。

保存担当学芸員フォローアップ研修の開催

講義の様子

 保存担当学芸員研修修了者を対象に、保存環境に関する最新の知見等を伝えるこ とを目的とした表題の研修会を6月27日に行いました。今回は副題を「今後の生物被害対策のあり方」とし、下記の3つについて講義を行いました。

  • 生物被害発生時の対応(佐野千絵・保存科学研究室長)
  • 文化財虫害研究所における薬剤認定について(三浦定俊・客員研究員、公益財団法人文化財虫害研究所理事長)
  • 巡回展などでの生物被害対応の流れについて(木川りか・生物科学研究室長)

 さらに今回は、東日本大震災にともなう文化財資料の津波等による甚大な被害が発生している現状に鑑み、木川が「被災文化財レスキューにおける初期対応について」という題目で講義を行ったのち、水損被害を受けた紙資料の初期対応のひとつである「スクゥエルチ法」のデモンストレーションを行い、参加者にご覧いただきました。
 今回の参加者は88名でした。これは30年近く行っている保存担当学芸員研修修了者の15%近くがお越しくださったことになります。これだけの方に参加していただいていることを嬉しく思うとともに、今後も充実した内容を提供すべく、我々も研鑽を積まなければと実感した次第です。

アルメニア共和国文化省との文化遺産保護のための協力に関する合意書の締結

合意書・覚書締結後の記念写真の様子

 6月24日に、アルメニア共和国文化省、アルメニア共和国歴史博物館と東京文化財研究所の間で、それぞれ文化遺産保護のための協力に関する合意書と覚書が締結されました。
 合意書はアルメニア共和国において文化遺産保護活動を行うための包括的なものであり、共同作業や国内外ワークショップ等を通じて保存修復専門家の人材育成・技術移転を図ります。覚書についてはアルメニア共和国歴史博物館所蔵の金属考古資料の保存修復・調査研究とそれに関わる専門家の人材育成・技術移転のための協力に関するものです。
 文化遺産国際協力センターでは、これらの合意書及び覚書に基づいて、平成23年秋から具体的な活動を開始する予定です。

キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所との文化遺産保護のための協力に関する合意書の締結

合意書の締結

 6月27日に、キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所と東京文化財研究所の間で、キルギスの文化遺産保護のための協力に関する合意書と覚書が締結されました。
 今後、歴史文化遺産研究所と東京文化財研究所は、人材育成事業や文化遺産保護事業の共同実施、文化遺産に関する会議の共同開催を行います。
 今年度より、チュー川流域の都城址アク・ベシムを対象にドキュメンテーション、発掘、保存、史跡整備に関する人材育成事業を実施していく予定です。

2011年度第1回企画情報部研究会の開催

 2011年5月11日、今年度初回の企画情報部研究会を行いました。発表者と題目は次の通り。
 ・土屋貴裕(東京国立博物館学芸研究部調査研究課)
 「メトロポリタン美術館所蔵「聖徳太子絵伝」について」
 発表は、これまで本格的な研究のなかった米国・メトロポリタン美術館の2幅本「聖徳太子絵伝」の調査に基づくもので、その重要性を認識させるものでした。土屋氏は図様に近似性のみられる大蔵寺2幅本および四天王寺6幅本を比較の対象としてとりあげ、図様・場面選択・その配置について具体的、詳細な検討を行うことによってメトロポリタン本のもつ共通性と独自性を明らかにするとともに、橘寺本や瑞泉寺本にも通じる要素のあることも指摘しました。さらに広く、多様な作品が生み出されている聖徳太子絵伝における本作の位置、四天王寺絵所や中世大画面説話画のことなどに及ぶ問題提起がなされました。
 村松加奈子氏(龍谷ミュージアム)をお迎えし、相澤正彦客員研究員(成城大学)も交えて多数が参加し、発表後、静嘉堂文庫美術館本との関連、制作年代、説話画における図様の継承と形成などについて活発な議論がなされました。

2011年度第2回企画情報部研究会の開催

 2011年5月25日(水)に今年度第2回目の企画情報部研究会を開催しました。発表者はアメリカ・ニューヨークのコロンビア大学准教授マシュー・P・マッケルウェイ氏で、題目は「最大の洛中洛外図—制作環境と年代仮説」でした。近時、名古屋市博物館の「変革の時 桃山」展(2010年9月25日〜11月7日)に展示されて話題となった8曲1隻の洛中洛外図屛風(個人蔵)について、1990年にクリスティーズのオークションに登場した際の経緯から説き起こし、内容的に共通する作例や様式的に近似した作例との比較を通して、その制作年代や制作環境について慎重に考察する内容でした。発表後はご参加いただいた所外の研究者を交えて活発かつ忌憚のない意見交換が行われました。歴史学的にも美術史学的にも今後ますます重要視されることになるであろう本屛風について、専門家の間で基礎的な情報と問題の所在を共有するまたとない機会となったと思います。

横山大観《山路》、京都国立近代美術館での調査

横山大観《山路》(京都国立近代美術館蔵)、蛍光X線分析の様子 

 企画情報部では研究プロジェクト「文化財の資料学的研究」の一環として、横山大観《山路》の調査研究を永青文庫と共同で進めています。同文庫が所蔵する大観の《山路》は、明治44年の第5回文部省美術展覧会に出品され、大胆な筆致により日本画の新たな表現を切り拓いた重要な作品です。昨秋の同作品の調査に引き続いて、5月29日に京都国立近代美術館が所蔵する別本の《山路》を調査しました。同作品は文展出品作をふまえ、横浜の実業家で美術品の大コレクターとして知られる原三溪が大観に描かせたもので、明治45年2月6日付の三溪宛、画料受け取りの礼状も残されています。今回の調査では、京都国立近代美術館の小倉実子氏のご協力を得て、永青文庫の三宅秀和氏と塩谷、そして荒井経氏・平諭一郎氏・小川絢子氏(東京藝術大学)により近赤外線反射撮影、および蛍光X線分析による彩色材料調査を行いました。昨秋に行った文展出品作の調査では、大観が近代的な顔料を積極的に使用したことがわかりました。原三溪旧蔵作品でも、同様に近代的な顔料の使用が認められましたが、文展出品作と同じモチーフでありながら異なった顔料で彩色された部分もありました。なお文展出品作についてはもっか修理中で、裏打ち紙を外した段階で再調査をする予定です。

国際会議 “The Value and Competitive Power of Naganeupseong Folk Village as World Heritage” 韓国全羅南道順天市

会議の様子

 この国際会議は、韓国全羅南道順天市の楽安邑城(ナガンウプソン)という民俗村の世界遺産登録へ向けての運動の一環で、韓国民俗学会の主催で5月12日に開かれたもので、歴史・民俗・建築等多方面からの専門家や保護行政関係者が参加しました。日本からは無形文化遺産部の宮田が招聘され、「日本の世界遺産(無形文化遺産分野)登載現況と見通し」という題目で発表を行いました。楽安邑城は、単なる民俗テーマパークとは異なり、今も現実に住民の暮らしが続いています。こうした遺産を評価するためには、有形・無形双方からのアプローチが不可欠であるという認識は、参加者の共通の認識であり、日本の無形のあり方に関しても高い関心が寄せられました。無形文化遺産部では、今後もこうした意見交換の場には積極的に参加し、日本の知見を広く発信したいと考えています。

被災文化財レスキュー事業 情報共有研究会報告

スクウェルチ法のデモ
会議での議論

 東北地方太平洋沖地震文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)の発足を受け、東京文化財研究所では、文化庁ほか関係機構、関係団体等と連携をとりながら、東京での事務局設置場所として後方支援を行うこととなりました。被災した文化財レスキューでは、いろいろな想定されるケースについての応急処置の具体的なフロー(マニュアル)の整備が急務となります。とくに津波などの被害に遭った水損文化財の場合、水濡れ、塩による被害もさることながら、その後のカビなど微生物による生物劣化による被害が大きいため、これをできるだけ抑え、かつその後のより良い修復につなげていくには現地で使用できる材料、インフラを用いてどのような対応が考えられるのか、作業の方法についていくつかの方向性を探り、救援にかかわる関係者、関係諸機関・諸団体と情報を共有し、現場へ提供していきたいと考えております。この第一歩として、平成23年5月10日、「被災文化財救済の初期対応の選択肢を広げる -生物劣化を極力抑え、かつ後の修復に備えるために」というテーマで、東京文化財研究所にて標記の会を開催いたしました。
 今回は、スマトラ沖地震のときに現地の被災文化財の救援活動に積極的に関わられた坂本勇氏、海水に浸水した紙等のカビの発生度合について調査された江前敏晴氏、近年、ヨーロッパでの洪水時の被災文化財の救援法として採用されたスクウェルチ法について調査された谷村博美氏から話題提供をいただき、さまざまな分野の専門家の先生をコメンテーターにお招きして、材質ごとの初期対応についてメモとともにご意見をいただきました。また、スクウェルチ法のデモや、水や塩水に浸水した絵画などのサンプルも展示致しました。協力いただきました先生方や、終始、熱心な議論にご参加くださいました161名の参加者の方々に感謝申し上げ、このような情報が少しでもレスキューの現場でお役にたてることを心より願っております。なお、当日の資料は東京文化財研究所HPにて5月17日より公開されております。
http://www.tobunken.go.jp/~hozon/rescue/rescue20110510.html

大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト 労働安全衛生研修の実施とフェーズ2詳細計画策定調査への参加

労働安全衛生研修の様子
本格協力に対する合意書締結の様子

 文化遺産国際協力センターでは、国際協力機構(以下JICA)が行うエジプト国大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力を継続的に行っています。 2011年4月27日(木)~5月5日(木)までの実質5日間、「労働安全衛生研修」を保存修復センター内で開催しました。東京芸術大学の桐野文良教授と東文研文化遺産国際協力センターの藤澤明が、講師としてJICAから現地へ派遣されました。エジプトでは文化財保存修復分野の高等教育機関において労働安全衛生について学ぶ機会がなく、エジプト人専門家達は日々の作業における安全衛生について疑問を持つことが多々ありました。これまで実施した研修の中から彼らの必要とする知識や技術を判断し、今回の研修実施に至りました。研修は大変好評で、繰り返し指導してほしいとの声が多く聞かれました。今後も定期的な研修実施を通して、修復専門家だけでなく清掃員に至るまで保存修復センターで働く全ての人が安全衛生に対する共通認識を持つことが目標です。また、5月27日(金)~6月4日(土)の9日間、JICAが行うフェーズ2(本格協力)詳細計画策定調査に東文研から3名が参加しました。専門家の執筆協力を受けて東文研が取りまとめたフェーズ2人材育成計画をもとに、JICAがエジプト側と今後の協力可能性について協議を行いました。その結果、JICAは引き続き保存修復センターで働く専門家の人材育成と技術移転への協力をエジプト側と約束し、今年7月以降の早い段階で、本格協力を開始することになりました。それに伴い、東文研もJICAと共により一層効果的な協力を行っていく予定です。

『無形民俗文化財の保存・活用に関する調査研究報告書』刊行

『無形民俗文化財の保存・活用に関する調査研究報告書』

 平成18年度から始まったプロジェクト「無形民俗文化財の保存・活用に関する調査研究」(「民俗技術に関する調査・資料収集」も一体として実施)の成果報告書を刊行し、関係諸機関等に配布しました。本書では、「民俗技術に関する調査と研究報告」、「無形民俗文化財の公開と国際交流-『国際民俗芸能フェスティバル』の15年-」、「民俗芸能の伝承組織についての一試論-『保存会』という組織のあり方について」、以上3点の無形民俗文化財の保存・活用に関する報告を掲載しています(ホームページ上でも全頁のPDFを公開しています)。

『保存科学』50号のインターネット公開

第50号のダウンロードページ

 『保存科学』は主に自然科学的見地に立脚した、文化財保存に関わる当研究所の調査や研究成果を公表する目的で発行されている紀要です。当誌は昭和39年の発刊以来、着実に発行を重ね、本年3月末に第50号を公表するに至りました。当誌の歴史は、まさに国内における“保存科学”の歴史そのものであると自負しております。なにしろ、発刊当時は文化財保存に自然科学の手法を導入するという考え方そのものが定着しておらず、従って“保存科学”という言葉も全くと言っていいほど世間に認知されておりませんでした。現在、この言葉が広く知られるようになったのは、先輩方の絶え間ない努力と苦労によるものであり、我々はそれを引き継いで、これからも“保存科学”が社会にとって有益な学問であるために尽力しなければと思っている次第です。『保存科学』は印刷部数が限られているため、冊子体では関係機関などへの配布のみとなっていますが、幅広く接していただくために、第1号からの全ての掲載記事をPDF版としてインターネット上で公開しております。第50号についても先日より公開を始めました。ご関心のある方は是非アクセスし(http://www.tobunken.go.jp/~hozon/hozon_pdf.html)、我々の活動の一端に触れていただくことを切望いたします。

アルメニア共和国における文化遺産保護への協力のための準備ミッション派遣

アルメニア歴史博物館内考古遺物収蔵庫での調査の様子

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託『文化遺産国際協力拠点交流事業』の一環として、「コーカサス諸国等における文化遺産保護のための協力」を開始します。今年度はアルメニア歴史博物館を拠点とし、金属や染織品の考古遺物の保存修復に関する人材育成・技術移転を行う予定です。
 アルメニア共和国には歴史上大変貴重とされる資料が数多く存在するにもかかわらず、資金・人材・教育機関・情報などの不足により、調査研究や保存修復が思うように進んでおらず、文化財保護分野の人材育成と技術移転において海外からの支援を強く望んでいます。
 2011年4月3日(日)~13日(水)、準備ミッションを派遣し、博物館を管轄する文化省関係者との協議、アルメニア歴史博物館の保存修復施設や収蔵庫の視察、そこで働く保存修復専門家達と具体的な研究協力内容について直接話し合いを行いました。
 その結果をもとに、現在、アルメニア側との合意書と覚書締結準備、およびアルメニア歴史博物館所蔵の金属・染織考古遺物の保存修復と自然科学的調査についてワークショップや共同作業を開始する準備を進めています。

寄附金の受入れ

左から高栁管理室長、田中企画情報部長、亀井所長、浅木代表取締役社長、下條理事長、(株)水戸幸商会 吉田代表取締役

 東京美術商協同組合から東京文化財研究所における研究成果の公表(出版事業)の助成を目的として、また(株)東京美術倶楽部から東京文化財研究所における研究事業の助成を目的として、それぞれ寄附金のお申し出がありました。
 3月4日、港区新橋の東京美術商協同組合で会談し、昨今の文化財に関する話題から画材に関する話題まで、多岐にわたるご質問、期待の言葉などをいただき、当研究所の調査・研究に対する期待の大きさが感じられました。会談後、今回ご寄付いただいたことに対して、東京美術商協同組合下條啓一理事長並びに(株)東京美術倶楽部浅木正勝代表取締役社長にそれぞれ亀井所長から感謝状を贈呈しました。
 当研究所の事業にご理解を賜りご寄附をいただいたことは、当研究所にとって大変有難いことであり、研究所の事業に役立てたいと思っております。

/ 高栁明)

日韓共同シンポジウム「視線の「力学」―美術史における「評価」」の開催

田中淳による基調講演「創作と評価―萬鉄五郎《風船を持つ女》を中心に」
ディスカッションの様子

 前月2月27日の当研究所での開催に引き続き、『美術史論壇』30号および『美術研究』400号を記念する日韓共同シンポジウム「視線の「力学」―美術史における「評価」」が、3月12日にソウルの梨花女子大学校博物館の視聴覚室を会場として行なわれました。
 当研究所企画情報部長の田中淳による基調講演「創作と評価―萬鉄五郎《風船を持つ女》を中心に」に始まり、東京会場と同じく綿田稔(当研究所企画情報部)「山水長巻考―雪舟の再評価にむけて」、張辰城氏(ソウル大学校)「愛情の誤謬―鄭敾への評価と叙述」、江村知子(当研究所企画情報部)「江戸時代初期風俗画の表現世界」、文貞姬氏(韓国美術研究所)「石濤、近代の個性という評価の視線」の発表が続きました。
 折りしも前日に起こった東北地方太平洋沖地震の被害を海外で案じながらの開催となりましたが、会場は立ち席が出るほどで東京会場をしのぐ盛況ぶりでした。鄭干澤氏(東国大学校)の司会によるディスカッションでは、個々の発表への質疑応答にくわえ、日韓の美術史研究のスタンスの差異にも話題が及び、国境を超えた国際シンポジウムに相応しい討議となりました。

『日本絵画史年紀資料集成 十五世紀』の刊行

『日本絵画史年紀資料集成 十五世紀』

 企画情報部では、五年にわたった研究プロジェクト「東アジアの美術に関する資料学的研究」の成果報告として『日本絵画史年紀資料集成 十五世紀』(A5判、720頁)を刊行しました。本書は室町時代の盛期にあたる15世紀の100年間に、主として日本で制作された絵画に記された銘記類のうち、年銘をともなうもの833件を翻刻し、年代順に集成したものです。また昭和59年(1984)刊行の『日本絵画史年紀資料集成 十世紀〜十四世紀』の続篇となります。
 文化財に直接書き込まれている銘記類は、文化財の鑑識や制作年代の決定などについての基礎となるだけでなく、銘記を欠く多くの作例の位置づけについての指標となるものです。これを集成することは文化財保護や文化財研究の基礎基盤となると同時に、とかく細分化されがちな研究の再統合を促し、新たな視野を提供するものであることは疑いありません。このような事業は、当研究所が継続的に担うべき重要な責務のひとつであると言うことができると思います。
 なお、本書は中央公論美術出版より市販されています。詳細は下記ホームページ等をご覧ください。
http://www.chukobi.co.jp/products/detail.php?product_id=582

『研究資料 脱活乾漆像の技法』の刊行

『研究資料 脱活乾漆像の技法』

 平成18年度から5か年計画の企画情報部研究プロジェクト「美術の技法・材料に関する広領域的研究」の一環として、天平時代の脱活乾漆造の仏像の技法解明を目的に調査研究を行ってきました。その成果報告として『研究資料 脱活乾漆像の技法』を刊行いたしました。本書では表面観察からだけでは窺うことのできない像内の様子や構造を知るために行ったX線透過画像を含む図版(モノクロ)とともに、各作例の基礎データを収載しています。あわせて、この研究プロジェクトの一環として同時進行でおこなってきた「奈良時代史料にみえる彩色関係語彙データベース」をCD版で作成し添附いたしました。

『大徳寺伝来五百羅漢図 銘文調査報告書』

 企画情報部の研究プロジェクト「高精細デジタル画像の応用に関する調査研究」の一環として、平成22年より奈良国立博物館と「仏教美術等の光学的調査および高精細デジタルコンテンツ作成に関する協定」を結び、奈良国立博物館と共同で行った大徳寺伝来の「五百羅漢図」の調査・研究の成果として、『大徳寺伝来五百羅漢図 銘文調査報告書』を刊行しました。本書では、これまで肉眼では判読が難しかった画中の銘文の可視画像化をすすめたものを収載しています。本書の刊行により銘文のほぼ全貌が明らかとなり、大徳寺伝来の五百羅漢図の制作事情の解明に向けて、大きな成果をあげることができました。

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