研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書
11月末、第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書『染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―』が刊行されました。本研究集会は、2011年9月3日~5日の3日間にわたり、国内外の制作者、修復技術者、学芸員、研究者など様々な立場の専門家を招いて開催しました。報告書では、研究集会で議論された課題をより多くの人と共有し、さらなる議論の深化を図ることを目的に、すべての報告を収録しています。PDF版は無形文化遺産部のホームページでも公開の予定です。
日本の伝統的な漆材料と技法の概説(workshop Ⅰ)
木箱を使った接合実習(workshop III)
文化遺産国際センターでは、在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として、11月2日から11月16日にかけて、ドイツ・ケルン東洋美術館の協力で、漆工品の保存と修復に関するワークショップを同美術館で実施しました。
このワークショップは学生、研究者、学芸員、保存科学者、修復技術者を対象とし、スウェーデン、ポルトガルやチェコなどのヨーロッパ諸国からだけでなく、アメリカやオーストラリアなど11か国から合計19名が参加しました。
講義は漆工品の修復概念、材料学、損傷、調査手法や修復事例を取り上げ、実習では養生、クリーニング、漆塗膜の補強や剥落止めなどさまざまな修復技法にかかわる工程を実験的に行い、好評をいただきました。 また、期間中にはケルン東洋美術館シュロンブス館長のご発案により、ロッシュ副館長が館内の常設展示や特別展の見学ツアーを行うなど、美術館側も参加者との交流を深めました。
漆工品は16世紀から輸出され、現在でも多くの博物館、美術館や宮殿に保管されています。このワークショップを通して習得した知識や保存修復技術によって漆工文化財がより安全に保管され、継承されていくことが期待されます。
図面を使っての発表
「御料車(ごりょうしゃ)」とは、天皇を始めとする皇族方が乗車する専用の鉄道車両や自動車を指します。明治時代に我が国に鉄道が導入されて以来、多数の鉄道車両が御料車として製作され、その第1号は現在国の重要文化財に指定される等、文化財としての価値が認められているものの、一般にはなかなかその詳しい様子を知る事が出来ませんでした。そこで保存修復科学センターでは、11月30日(金)に、東京文化財研究所地階セミナー室において「御料車の保存と修復」と題する研究会を開催しました。
「動く美術工芸の粋」とも、「明治時代の文化を凝縮した世界」とも言われる御料車は、皇族方の専用車両というその特殊な性格ゆえに、内装その他も製作された時代の先端をいく特別なものです。現在、展示公開されているものとしては、鉄道博物館に6両、博物館明治村に2両がありますが、いずれもガラス越しの鑑賞であり、内部の細かい装飾や造作までは直接見る事が出来ません。今回は、はじめに御料車の技術的な側面から、日本の鉄道の発展との関わりや技術的な特徴の解説があり、次いで御料車を保存展示している両博物館の担当者からそれぞれの御料車内部の特徴有る装飾や造作を紹介して頂くと共に、日々のメンテナンスや展示方法に関する苦労や工夫をお話し頂きました。また、鉄道博物館で展示されている御料車の修理に携わった2人の技術者からは実際に御料車の修復作業を実施したときの話を伺いました。更に、台湾に残されている日本統治時代に製作された御料車に関する話が台湾の専門家によって紹介された事も今回の特筆すべき内容でした。
御料車に対して、鉄道車両の保存という技術的な捉え方だけではなく、美術史的・工芸史的な文化財としての価値をも意識した保存が必要だという事を気づかされた研究会でした。当日の参加者は53名を数え、最後に発表者との活発な質疑応答も行われました。
アルメニア歴史博物館・国立美術館
グルジア国立博物館での調査
文化遺産国際協力センターでは、海外の美術館などで所蔵されている日本古美術作品を調査し、所蔵館に対して助言や関連する研究の情報提供を行うほか、緊急性・必要性の高い作品については保存修復協力事業を実施しています。日本から遠く離れた、気候・風土・民族・宗教などが大きく異なる国において、日本の美術作品が所蔵されている状況を目の当たりにすると、本来脆弱な材料を使用している文化財のもつ、生命力の強さを感じさせられます。2012年11月に、川野邊渉、加藤雅人、江村知子の3名でアルメニア共和国とグルジアにおける日本古美術作品調査を実施しました。両国ともかつてのソビエト連邦の構成国で、2012年は日本との外交関係樹立20周年にあたりますが、これまで当研究所から現地に赴いて日本美術に関する調査を実施したことがなく、今回が初めての調査となりました。
アルメニア歴史博物館、国立美術館、エギシェ・チャレンツ記念館では日本古美術作品の調査を行い、これらの博物館には江戸時代後期の浮世絵版画や近世から近現代の工芸作品が所蔵されており、中には作品名や制作年代など作品の基本情報が不明のまま所蔵されている作品もあり、助言や情報提供を行いました。そのほかアルメニア国立公文書館マテナダラン、国立図書館などにおいて文化財の保存修復状況の調査を行いました。
グルジアでは、国立博物館を中心に日本古美術作品の調査を行いました。同館には江戸時代の甲冑・刀剣などの武具のほか、浮世絵、陶磁器、染織品などの日本美術作品が所蔵されていました。肉筆画では、江戸時代後期の立原杏所(1786〜1840)による「鯉魚図」と、明治時代に活躍した高島北海(1850〜1931)による「富岳図」の絹本着色の掛幅2点が収蔵されていることが確認できました。両作品とも経年による損傷が著しく、本格的な修理が必要な状態ですが、まずは作品についての詳細な情報を集めた上で、今後の事業について所蔵館担当者と協議を進めていく予定です。
国内ワークショップの実習風景
国際ワークショップの実習風景
国際ワークショップ実習時の参加者同士の意見交換の様子
文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年11月にアルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップを開催しました。11月6日~17日までの10日間はアルメニア国内専門家を対象とした第3回国内ワークショップを開催し、前回と同メンバーのうち8名が参加しました。前回に引き続き、考古金属資料の錆や付着物の除去といった表面クリーニングを行った後、金属表面の元素分析を可搬型蛍光X線分析計(XRF)を用いて行い、研究を深めました。また、防錆処理や表面コーティング、接着や欠損部の充填の実習を行い、保存や展示に向けた資料の処理方法を学びました。
また、11月21日~28日の7日間、アルメニア国内専門家4名のほか、グルジア、イラク、カザフスタン、キルギズスタン、ロシアの5カ国から6名の金属資料保存に関する専門家をアルメニアに招聘し、さらにまた、アルメニアの考古金属資料の調査研究を行っているアルメニア人考古学者らを招き、国際ワークショップを開催しました。アルメニアの金属文化財に関する研究や、自国の博物館や保存修復の状況を発表しあうことで、情報交換と広域ネットワーク構築に貢献しました。
次回はアドバンス・コースとして、これまでにワークショップで学んだ保存修復知識と技術を応用し実践を行うとともに、製作技術研究のまとめを行う予定です。
測量実習風景
文化遺産国際協力センターは、2012年9月に実施したカザフスタン共和国とキルギス共和国での人材育成ワークショップ(ユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」、2012年9月活動報告を参照)に引き続き、タジキスタン共和国において考古遺跡測量に関するワークショップを11月2日から7日にかけて実施しました。世界遺産登録を目指す中世都城址フルブック遺跡(9~12世紀)を対象にタジキスタン文化省及びフルブック博物館と共同で実施した今回のワークショップには、タジキスタン側から若手専門家を中心に10名が研修生として参加しました。測量に関する基礎的な講義を実施した後、ユネスコからタジキスタン側に供与されたトータル・ステーションを用いて、発掘区設定や地形図の測量に関する実習を行いました。今回の短期間の研修では、参加した研修生が測量を完璧にマスターするまでには至っていません。しかし、自前の機材に習熟しようとする研修生の意欲には並々ならぬものがありました。現地若手専門家の測量技術向上のため、文化遺産国際協力センターは来年度もタジキスタンでの支援事業を継続する予定です。
フルブック遺跡出土断片(部分) 左:処置前 右:表面クリーニングと小断片の接合後
裏打ち作業の様子
11月6日から12月5日まで、タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復作業を現地にて実施しました。修復の対象である壁画断片は、タジキスタン南部に位置する初期イスラーム時代の都城址フルブック遺跡から1984年に出土しました。長い間適切な処置がなされないまま古代博物館の収蔵庫に保管されていましたが、2010年度より本格的な保存修復処置が開始されています。
壁画断片は著しく脆弱化しており、彩色層は顔料が載っているのみの状態であったり、下塗りの石膏層は細かく断片化したりしていました。昨年度の彩色表面の強化処置に引き続き、細かく割れた小断片の接合や、新しく裏打ちをするなど、グループ化された各断片を安定化させるための処置をおこないました。また、昨年度に安定化させた断片については、欠損部の充填など、展示を目指した今後の処置を試験的におこないました。壁画断片は、接合や充填による安定化に加え、図像も見やすくなってきています。今後は、将来的な展示方法の検討をしていく予定です。
なお、本修復事業は、住友財団による海外の文化財維持・修復事業助成を受けて実施しています。
土色帳を用いた版築壁体の観察記録作業
ティンプー市内の版築造寺院における常時微動計測調査の様子
文化庁より委託された文化遺産国際協力拠点交流事業の枠組みによるブータン王国における版築造建造物の保存に関する現地調査のため、今年度第二回目の専門家派遣を11月21日から12月2日まで行いました。事業のカウンターパートである同国内務文化省文化局遺産保存課と共同で、二班に分かれ、首都ティンプーとその近郊において、主に以下のような活動を行いました。
工法調査班:版築工法による伝統的建築技術の実態を明らかにするため、複数の職人への聞き取り調査を行うとともに、版築造による民家や寺院およびその廃墟を対象に、補強技法等の目視観察および実測による調査を実施しました。
構造調査班:版築造壁体の構造体としての性能を定量的に把握するため、ブータン側が事前に作製した供試体に対する圧縮強度試験を行いました。また、版築造の小規模な寺院建築2棟を対象に常時微動計測を実施し、その構造特性を分析するための基礎的データを取得しました。
これらの調査実施に加えて、過去の日本からの協力事業も含むこれまでの調査成果をブータン側と共有するとともに、日本における民家等保存の取り組みについて紹介することを目的に、ワークショップを開催しました。
このような活動を通じて、伝統的建造物およびその建築技術の適切な保存継承と、地震時における安全性向上という課題の両立に向けた方向性を探るとともに、文化遺産保存を担当する現地人材への技術移転にも貢献することが本事業の目指すところです。ブータン側スタッフの意欲は高く、建築調査と構造解析に関する基礎的な手法のひとつひとつを伝えながら、引き続き協力関係を深めていきたいと思います。
生物実験室での説明
文化庁ミュージアム活性化支援事業「市民と共に ミュージアムIPM」 参加者 計13名
10月5日、文化財の保存・修復の現場を見学するために来訪。保存修復科学センター物理実験室、化学実験室及び生物実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。
講演の様子1
講演の様子2
今年で46回目を迎えた企画情報部オープンレクチャーは、「モノ/イメージとの対話」をテーマに10月19日(金)、20日(土)の両日午後一時半より、当研究所地下セミナー室を会場に開講致しました。このオープンレクチャーでは、文化財や美術作品は動かぬモノでありながら、人々の心のなかに豊かなイメージを育んでいくことを念頭に置いて、そうした「モノ/イメージ」に日々向き合うなかでの新たな知見を、より多くの方々に知っていただくことを目的に開催いたしました。
発表は、所外から、国立台湾師範大学准教授・白適銘氏(19日、発表タイトル「上野モダンから近代文化体験へ―陳澄波が出会った近代日本―」)と、国際日本文化研究センター准教授・丸川雄三氏(20日、「連想が結ぶ美術史の点と線―アーカイブスから見えるもの―」)を迎え、所内からは、企画情報部副部長・山梨絵美子(19日、徳川霊廟を描いた画家たち)、同部長・田中淳(20日、「1912年10月20日・上野・美術」)が行いました。両日ともに天候にも恵まれ、19日は96名、20日は80名の聴講者を得ました。
明願寺ご住職の池永文雄氏(右)
フィルモンのポータブル型再生機
東京文化財研究所では、早稲田大学演劇博物館と共同でフィルモン音帯の調査を行っています。その成果の一部は、すでに2011年3月刊『無形文化遺産研究報告』第5号で公表しています。
http://www.tobunken.go.jp/~geino/pdf/kenkyu_hokoku05/kenkyu_hokoku05Ijima.pdf
フィルモン音帯とは、戦前の日本で開発された特殊な音声記録媒体(レコード)です。当時、最も一般的に普及していたSPレコードの平均的な録音時間は約3分でした。これに対し、フィルモン音帯は30分以上の演奏でも収録が可能でした。画期的な発明品だったのですが、生産期間が昭和13年(1938)から同15年と非常に短かった上に、専用の再生機を必要としたため、戦後は急速に忘れ去られてしましました。音帯、再生機ともに現存数は決して多くありません。
発売された音帯の種類は、約120程であっただろうと考えられています。上記報告書の時点で、現存が確認できたのは85種でした。昨年暮れ、新潟県の明願寺(上越市牧区)に多数の音帯が所蔵されているとの情報を得たことから、ご住職の池永文雄氏にご協力を請い、10月に調査を実施しました。その結果、所蔵されていた音帯は49種で、その内の16種がこれまで未発見だったものと確認されました。さらに、現存数が少ないポータブル型の再生機も動態保存されていました。所在確認調査という点からも、大きな進展であったといえます。
明願寺所蔵の音帯は、浪曲を中心とした大衆演芸が多いところに特色があります。ご住職のお話によると、娯楽の少ない地域(現在でも最寄りのJR高田駅から車で小1時間)のため、明願寺の母屋に有線放送用の施設を作られた前住職の故池永隆勝氏(昭和12年に送信開始)が、長時間録音のフィルモンに注目し、放送用のコンテンツとして、再生機ともども大量に購入したのだそうです。当時の放送施設も、いまなお数多くが保存されていました。地方の郷土文化史を考えてゆく上でも、貴重な資料群の一つであったことになります。
研究協議会の様子
10月26日、第7回無形民俗文化財研究協議会「記憶・記録を伝承する―災害と無形の民俗文化」が開催されました。昨年12月に開催された第 6 回協議会「震災復興と無形文化―現地からの報告と提言」に引き続き、本年も災害と無形民俗文化財をテーマとし、より踏み込んだ議論を行ないました。
無形の民俗文化財をどのように後世に伝えていくのかは平常時からきわめて重要なテーマのひとつですが、3.11による原発事故や津波によって離散や人口減少を余儀なくされている地域においては、特に差し迫った課題となっています。そこで協議会では、伝承のための手段のひとつである「記録」を取りあげ、震災後、様々な立場から記録に携わってきた5名の発表者と2名のコメンテーターをお招きし、これまでの取り組みや課題、展望についてご報告・討議いただきました。会の中では様々な記録の手法や活用の方法等が提示されたほか、それぞれの立場、働きを繋ぐネットワークの重要性が再確認されました。
また今回の協議会には、今後大規模災害の発生が予想されている地域からも多くの関係者にご参加いただきました。こうした災害をはじめ、少子高齢化や過疎化など、無形民俗文化財を取り巻く近い将来の危機への備えとして、今何ができるのか、しておくべきかといったことも、今後検討すべき重要なテーマとして残されました。
なお、協議会の全内容は2013年3月に報告書として刊行する予定です。
佐藤嘉則研究員による「生物被害」講義の様子
保存修復科学センターでは、様々な研究会や研修会を通じて、博物館・美術館・資料館において資料保存に従事している方々に、そのための知識や技術に関する情報をお伝えしています。「資料保存地域研修」は、私たちが毎年一回、特定の地域にうかがい、その地域の保存担当者の方々を対象に1日の日程で開催する研修会です。今年は岡山県博物館協議会との共催で、10月16日岡山県立美術館を会場にして実施しました。参加者は56名を数えました。当センターからは佐野千絵(保存科学研究室長)、佐藤嘉則(生物科学研究室研究員)、吉田直人(主任研究員)が講師を担当し、「保存環境総論」「温湿度」「空気環境」「光・照明」「生物被害」という内容をお話ししました。この研修は、私たちが毎年東京で実施している2週間の「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」に参加することのできない方々からも、大変に好評を頂いています。ただ、私たちの話はともすれば推奨される保存環境や設備といった内容となりますので、しばしば「そのような設備が無いところではどうするのか?」という質問が出されます。もちろん、それぞれの博物館や美術館には個別の事情がありますので、一つの答えを呈示することは困難です。このような現実を認識し、今後も日常の研究を充実させ、様々なケースにお答えできるようにしていきたいと考えています。
補修方法のデモンストレーション
日本の装潢修理技術の活用例の紹介
本研修は、ICCROMのLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、当研究所、ICCROM、INAH(国立人類学歴史学研究所、メキシコ)の3者協同で開催されました。10月17日から10月30日にかけてINAHで行われ、ベネズエラ、キューバ、チリ、エクアドル、ブラジル、ペルー、コロンビア、アルゼンチン、メキシコの9カ国から、文化財修復の専門家12名の参加がありました。
本研修では、日本の伝統的な紙、接着剤、道具についての基本的な知識を得るとともに、実際にそれらを使用して補強や補修、裏打ちの実習を行うことで、日本の装潢修理技術への理解を深めることを目的としています。研修の前半は、装潢修理技術に用いる材料、道具、技術をテーマに、日本人講師が講義、実習を行いました。研修後半では、装潢修理技術の研修経験のあるメキシコ、スペイン、アルゼンチンの講師によって、日本の材料、道具、技術が欧米の文化財修復に実際にどのように活用されているかが紹介され、実習を行いました。日本の装潢修理技術が、各国の文化遺産の保存修復に応用されることを期待して、今後も同様の研修を継続してゆく予定です。
アン・フレンチ氏講演会
収蔵のデモンストレーション
文化遺産国際協力センターでは、2012年10月19日にマンチェスター大学ウィットワース美術館のアン・フレンチ氏(収蔵品管理責任者・染織品保存修復士)の講演会を開催しました。「古代から現代へ‐ウィットワース美術館の染織コレクションとその保存修復」と題された講演では、同館が1898年に設立されて以来、テキスタイル技法やデザイン資料として収集された3世紀のエジプトの染織品から日本の現代作家のテキスタイル・アートまで幅広いコレクションが紹介されました。染織品の所蔵品は2万点におよび、小学生から専門家まで幅ひろい利用者からの閲覧要請にも応える必要があり、工夫を凝らした数々の展示と収蔵の事例が説明されました。日本の染織コレクションとして着物、小裂、型紙が紹介され、それらの保存や修復について、フレンチ氏からも疑問が投げかけられ、講演会参加者らと活発な議論が展開されました。専門性の高い講演会でしたが、多くの方々に参加いただきました。当センターでは国際的に文化財の保存と活用に関する情報を共有する企画を今後も行いたいと思います。
春日権現験記絵(かすがごんげんげんきえ)は14世紀初頭、時の左大臣・西園寺公衡(きんひら)が発願し、宮廷絵所の預(長)であった高階隆兼(たかしなたかかね)が絵を描いた全20巻にもわたる大作で、この上なく優れた筆致もあいまって絵画史上きわめて貴重な作品です。現在、所蔵者である宮内庁によって平成16年(2004)から15カ年もの計画による全面的な解体修理が行われているところですが、これにともない、当研究所は宮内庁との共同研究により修理前の作品について順次光学調査を行っています。
9月25日、企画情報部は研究会を開催してこの調査について中間報告を行いました。宮内庁三の丸尚蔵館からは今回の修理事業を主導されている主任研究員・太田彩氏をお迎えし、この度の修理事業の全体像、修理過程で得られた知見などについてお話しいただき、企画情報部・城野誠治氏からは各種光学調査のうち、主として可視光の高精細画像についてその特性などについて報告が行われました。本調査では、城野氏によって、可視画像のほか反射近赤外、透過近赤外、蛍光の各種デジタル画像調査も行われていますが、現時点で12巻について各種合わせて6700カットあまりの画像情報がすでに蓄積されています。企画情報部・小林達朗からはその一部について美術史的意義の観点から紹介をしました。この調査では、保存修復科学センター・早川泰弘氏による蛍光X線分析による絵具の科学的調査も行われており、得られつつある情報はたいへん貴重なものとなるのは明らかです。これについては、今後宮内庁側と協議のうえ、公開する適切な方法について検討してまいります。
日想観図の調査(尾廊より)
平等院鳳凰堂は、天喜元年(1053)に成ったあまりにも著名な建造物ですが、その扉や柱の絵も日本絵画史に残るきわめて貴重なものです。このうち本尊・阿弥陀如来像の裏側にあたる、中堂西面から尾廊への出入り口に設けられた二枚の扉には、『観無量寿経』に説かれている日想観の絵が描かれています。剥落も多く、いくらか後世の補筆が入っているとはいえ、図様の主要な部分には創建当初のものを残す重要な作品です。
この左扉下部には閂(かんぬき)を敷居の穴に落としこんで施錠する落とし錠があり、これを支える木製の部材が「エ」字形にとりつけられ、絵のある部分を隠していました。この度、鳳凰堂の修理工事にともなってこの部材が取り外され、隠された部分が現れたのを機に、平等院からの委託によって、この部分を中心として光学調査を行いました。調査は9月4~6日の3日間で、保存修復科学センター・早川泰弘、企画情報部・城野誠治、小林達朗が行いました。
落とし錠の下に残された当初部分と思われる絵具は多くはありませんでしたが、いくらかの痕跡が残っており、これに対して早川が蛍光X線分析調査を、城野が高精細可視画像・反射近赤外線画像・蛍光画像の撮影を主として行いました。得られたデータについては、早い時期に分析、検討し、公表する予定です。
お話される小林栄治さん
今年の12月、無形文化遺産部では山口鷺流狂言をテーマに公開学術講座を開催します。 鷺流は狂言の一流派でしたが、明治維新の混乱期に中央では廃絶しています。山口では、長州藩の狂言役者だった春日庄作が素人に狂言を教えたことで、現在まで伝承が続きました。山口では県の無形文化財に指定し、山口鷺流狂言保存会を結成しています。無形文化遺産部は、芸能部時代の昭和33年(1958)に山口で狂言の録音を行いましたが、現在ではこの記録が一番古い音源資料となっています。
9月18日、録音資料を携えて山口で調査を行い、保存会の最長老小林栄治さんに昔の伝承についてお話をうかがいました。その成果は、公開講座で披露します。
染織品クリーニング実習の様子
国際協力機構(JICA)が行うエジプト国大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトへの協力の一環として、東京文化財研究所は、JICA東京と共同でGEM-CCのエジプト人スタッフ10名を対象とした保存修復材料学研修を実施しました。研修員は、保存修復を担当する8名と自然科学的な手法を用いた分析を担当とする2名で構成され、8月31日~9月21日の3週間の研修を受けました。修復に用いられる材料の化学的・物理的な性質を学び、実際にさまざまな材料を使用することで、各材料の特性を実感してもらいました。これらの実習を通じて、エジプト人研修員は、適切な修復材料を選択するためにスタッフ間での情報共有や検討が重要であることを再認識していました。今後は、GEM-CCにおいて、研修員が現地のスタッフにこれらの情報を共有し、スタッフ間の協力体制を構築していくことが望まれます。
開会式後の関係者集合写真
実習(巻子仕立ての裏打ち)
当研究所では毎年、ICCROMとの共催で国際研修を行っております。例年、70〜80名程の応募がありますが、本年はアメリカ、イタリア、エジプト、オーストラリア、オーストリア、タイ、コロンビア、デンマーク、ポーランド、ロシアに所属機関がある10名が参加者として選抜し8月27日から3週間行いました。この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。実習では、補修、裏打などを行って巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて紙の製造から輸送、販売まで歴史上の和紙の流通について学習しました。また九州国立博物館では最新の文化財展示、保存、修理施設を見学しました。京都では伝統的な表装工房や道具・材料店を訪れ、日本における紙の保存修復のための環境についても学びました。この研修で伝えられた技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることを期待しています。