研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


グラッシ博物館・民俗学館(ドイツ)における日本絵画調査と協議

作品の保存修復処置に関する協議
作品調査

 海外の博物館施設に所蔵の日本美術作品は、日本文化を紹介する大切な役割を担っています。ところが、海外における日本美術作品の保存修復専門家の不足から、それらの作品に対する適切な保存修復処置を施せずに、展示活用が困難な作品が少なくありません。こうした海外に所在の日本美術作品の保存と活用を目的として、東京文化財研究所では在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。
 平成30年(2018)年3月26日にドイツのライプツィヒにあるグラッシ博物館・民俗学館を訪問し、修復候補作品の決定と具体的な保存修復計画の策定を目的として、絵画作品の調査を実施しました。過去に同館で行ったコレクションの概要調査の結果を基に、事前に選出した掛軸と屏風の計3件(4点)を対象として、日本から同行した装こう修理技術分野の保存修復専門家と共に、作品の構造やその損傷状態について詳細に記録しました。調査後は、同館の学芸員や保存修復専門家等を含めて現在の作品の状態について概括し、本協力事業の説明を交えながら、作品の今後の保存修復処置について協議を行いました。また、両国の絵画の保存修復技術に関して活発な議論がなされ、それら技術の民俗学的な活用を目指して、同館における展示等の協力の可能性について検討、意見を交わしました。

台北におけるワークショップ「染織品の保存と修復」の開催

モデルを用いた着物構造理解の為の実習
絹織物の補強実習

 平成26年締結の国立台湾師範大学との共同研究の一環として、平成29年8月9日(水)から18日(金)に、ワークショップ「染織品の保存と修復」を、同大学の文物保存維護研究発展センターにおいて共同で開催しました。海外の博物館等に所蔵する日本の染織品の保存活用を目的に、日本及び台湾から染織品に関する研究者や技術者を講師に迎えて、基礎編“Cultural Properties of Textile in Japan”と、応用編 “Conservation of Japanese Textile”とに分けて実施しました。両編で合せて、アメリカ合衆国、韓国、タイ、台湾、シンガポール、セルビア、フィリピン、ラオスから、染織品に関する修復技術者等が参加しました。
 基礎編は8月9 -11日に実施し、参加者10名とオブザーバー2名が受講しました。日本の文化財保護制度を紹介の上、繊維や糸などの材料、織りや染色技法の講義を経て、着物の構造理解の為の実習とその歴史的変遷に関する講義を行いました。応用編は8月14-18日に実施し、参加者6名とオブザーバー3名が受講しました。実習を主として、着物の展示方法や畳み方などの取り扱い、科学的な分析や実験と、劣化した絹織物への補強実習等を行いました。ディスカッションの時間も設け、受講者と各国の修復技術や文化に関する意見を交換しました。
 今後も同様の事業を通して、有形文化財としての染織品に加え、それを支える技法や修復技術等の無形文化財に対する理解促進し、在外の日本の染織品の保護に貢献したいと考えています。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

水嚢を用いた糊漉しの実演

 2016年11月9日から25日に、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)のLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環である『Paper Conservation in Latin America Meeting with the East』が、メキシコ文化省に属するCNCPC(国立文化遺産保存修復機関、メキシコシティ)において開催され、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、エルサルバドル、グアテマラ、メキシコ、パラグアイ、ペルーの8カ国から11名の文化財修復の専門家が参加しました。
 当研究所はCNCPC、ICCROMと共催で研修前半(9日-17日)を担当し、当研究所の研究員と国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に、講義と実習を実施しました。日本の修復技術を海外の文化財へ応用することを目標に、日本の保護制度や修復の為の道具や材料を講義し、その文化や特性に対する理解を深める実習を行いました。実習は当研究所で数ヶ月間装こう修理技術を学んだCNCPCの職員と共に遂行しました。
 研修後半(18日-25日)は西洋の保存修復への和紙の応用を主題に、メキシコとスペイン、アルゼンチンの文化財修復の専門家が講師を担当しました。中南米での紙文化財の保存修復が欧米に及んでいないことから、材料の選定方法や洋紙修復分野への応用について講義と実習を行いました。研修担当の専門家らは過去の当研究所の国際研修へ参加しており、国際研修を通じた技術交流が海外の文化財保護に貢献していることを改めて確認することができました。

国際研修「紙の保存と修復」2016の開催

修復実習における裏打ち実演

 平成28(2016)年8月29日から9月16日にかけて、国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は、東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)の共催で、1992年から実施しており、日本の紙文化財の保存修復の技術と知識を伝えて海外の文化財保護へ貢献することを目的にしています。本年は36カ国64名の応募の内、リトアニア、ポーランド、クロアチア、アイスランド、韓国、ニュージーランド、エジプト、スペイン、ベルギー、ブータンの文化財保存修復専門家10名を招きました。
 本研修は、講義、実習、視察から成ります。講義では、日本の文化財保護の概要、日本の無形文化財保護制度、修復材料とその基礎科学、修復に用いる道具について取上げました。実習では、国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、紙作品の修復から巻子仕立てを主に実施し、さらに和綴じ冊子の作製、屏風と掛軸の実物を用いた取扱いも行いました。視察では、名古屋、美濃、京都において、手漉き和紙の製作現場、修復材料・道具店、障壁画や掛軸などの文化財で装飾された歴史的建造物、伝統的な日本の絵画の修復現場などを訪問しました。研修最終日にはディスカッションを行い、各国における和紙の利用状況や課題などについて意見を交換しました。本研修を通して、日本の修復材料と道具そのものだけでなく関連の知識や技術に理解を深め、各国の文化財の保存修復に応用されることが期待されます。

ベルリンにおけるワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存と修復」の開催

基礎編における掛軸の取扱い実習
応用編における掛軸の修復実習

 本ワークショップは、海外に所在する書画等の日本の文化財の保存活用と理解の促進を目的に毎年開催しています。今年度は、平成28(2016)年7月6~8日に基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」、7月11~15日に応用編「Restoration of Japanese Hanging Scrolls」を、ドイツ技術博物館の協力のもと、ベルリン博物館群アジア美術館を会場に実施しました。
 基礎編には9カ国より15名の修復技術者及び学生が参加しました。参加者は、糊、膠、岩絵具、紙等の文化財に使用される材料についての基礎講義を受け、書画制作技法の実技実習及び掛軸の取り扱い実習等を行いました。応用編では国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、7カ国より9名の修復技術者に対し、掛軸の保存修復に関して、実技を中心に実施しました。参加者は、掛軸の上下軸の取り外しや取り付け等の実習と、講師による裏打ち等の実演を通して、掛軸修復に関する知識とそれに裏付けられた技術に触れました。両編ではディスカッションを行い、内容の質疑に加えて日本の修復技術や材料の応用例等の技術的な意見交換も見られました。
 海外の保存修復の専門家に日本の修復材料と技術を伝えることにより、海外所在の日本の有形文化財と無形文化財の保存と活用に貢献することを目指し、今後も同様の事業を実施していきます。

国際研修2015「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

和紙の裏打ち実習における実演

 2015年11月4日から11月20日にかけて、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)のLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、INAH(国立人類学歴史機構、メキシコ)、ICCROM、当研究所の3者で国際研修を共催しました。本研修は、INAHを会場にして、今年で4回目の開催です。
 研修前半は当研究所が担当し、ポルトガル、ベリーズ、チリ、コロンビア、キューバ、メキシコ、ウルグアイ、ベネズエラの8カ国から、9名の文化財修復の専門家が参加しました。本研修では、日本の紙文化財の保存修復技術を海外の文化財へ応用することを目的に、日本の文化財保護制度の紹介から始まり、修復に関連する和紙や接着剤等の材料、国の選定保存技術のひとつである装こう修理技術の基本的な知識等を講義した上で、実習を行いました。実習は、プログラムの一環で当研究所において数ヶ月間装こう修理技術を学んだINAH職員が共に遂行しました。日本人講師の実演を踏まえて、糊炊き、作品のクリーニング、補修、裏打ち、張り込み等の和紙の特性を活かした装こう修理技術の基礎を体験してもらいました。研修後半は、メキシコとスペイン、アルゼンチンの文化財修復の専門家によって、欧米の保存修復における和紙の応用等についての研修が行われました。この様な技術交流を経て、日本の保存修復技術への理解の深化と海外の文化財保護への貢献ができるよう、同様の研修を継続する予定です。

ワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存修復」の開催

基礎編における書の実習
応用編における屏風作製

 本ワークショップは、海外にある日本の書画等の有形文化財と装こう修理技術といった無形文化財と、そしてそれらを修復・保存する文化への理解を広げる事業の一環として毎年開催しています。本年度は7月8~10日の期間で基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」を、13~17日の期間で応用編「Restoration of Japanese Folding Screen」をベルリン博物館群アジア美術館で行いました。
 基礎編では、文化財の制作から活用・保存に関する講義・実習を行い、20名が受講しました。講義では原材料として紙・糊や膠等の接着剤・日本画の絵の具、また日本の文化財保護や表具文化について取り上げ、それらを踏まえた上で、書画の制作や表具、掛け軸の取り扱い等の実習を行いました。
 応用編には10名が受講し、装こう修理技術に基づく屏風の修復を念頭に、屏風作製実習と講義、応急修理の実演を行いました。実習では、受講生各自が下張りから本紙の貼り付けまでを行って屏風を作製し、その構造と各部位の機能や、その為の道具と装こう技術について理解を深めました。
 基礎・応用編ともに、ヨーロッパ各地及びアジア・オセアニアの修理技術者、学芸員、学生が受講し、様々な質疑応答が交わされ、改めて日本の紙本・絹本文化財の保存修復が注目されていることを感じました。今後とも、一人でも多くの技術者にその知識・技術の深さを体感していただき、在外の日本文化財の保存に貢献できるよう、本ワークショップを企画していきたいと考えます。

to page top