研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
| ■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
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■文化遺産国際協力センター |
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実習の様子
令和元年(2019)年9月9日から27日にかけて、国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)の共催で平成4(1992)年より開催しており、海外からの参加者へ日本の紙本文化財の保存と修復に関する知識や技術を伝えることを通じて、各国における文化財の保護に貢献することを目指しています。本年は33カ国71名の応募の中から選ばれた10か国(アイルランド、アメリカ、イギリス、イタリア、ウクライナ、エストニア、オーストラリア、カタール、カナダ、中国)10名の文化財保存修復専門家が参加しました。
研修は講義、実習、見学で構成されています。講義では日本の文化財保護制度や和紙の基礎的な知識、伝統的な修復材料や道具について取り上げました。また、国の選定保存技術「装潢修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、紙本文化財を巻子に仕立てるまでの修理作業を中心に、和綴じ冊子の作製や屏風と掛軸の取り扱いについても実習しました。さらに、研修中盤には名古屋、美濃、京都を訪問し、歴史的建造物の室内における屏風や襖、国の重要無形文化財である本美濃紙の製造工程、伝統的な修復現場などを見学しました。そして、最終日の討論会では各国における和紙の利用・入手状況や日本の伝統技術の各国への応用などについて活発な議論が交わされました。
本研修を通じて、参加者が日本の修復材料や道具、技術についても理解を深め、それらの知識が諸外国の文化財保存修復に有効に応用されることを期待しています。
「伊達政宗騎馬像」(1935年完成、絵葉書より)
研究会の様子
小室達(1899~1953)は、宮城県槻木町(現、柴田町)出身の彫刻家であり、仙台城に設置されている「伊達政宗騎馬像」(1935年完成)の作者です。同作は、観光地のシンボルとして有名ですが、作者自身の制作活動は、これまで広く知られていません。
令和元(2019)年8月26日、文化財情報資料部では、野城今日子(当部アソシエイトフェロー)が、「彫刻家・小室達 基礎研究」と題した研究発表をおこない、遺されたアルバムや日記などの資料をもとに、小室の生涯と作品を整理した上で、代表作の「伊達政宗騎馬像」について考察しました。
小室は、戦前の東京における団体展で作品を発表した一方、地元の宮城県では、郷土の名士たちの肖像彫刻や銅像、木彫作品を制作し、活動を展開しました。その中で地元の権力者や有識者との関係を培い、支持を得たと考えられます。また、「伊達政宗騎馬像」の制作時には、地元の郷土史家の意見をできるだけ取り入れ、「平和事業」をおこなった伊達政宗の姿を表したことを今回の発表で明らかにしました。
現在、東京で活躍した彫刻家の動向は明らかになりつつありますが、小室のように、地方において制作活動を展開させた彫刻家は、作品や、詳細な動向が確認できる例が少ないため、今後さらに研究を深めていく必要があります。
なお、今回は、コメンテーターとして小室の資料を所蔵する、しばたの郷土館の小玉敏氏をはじめ、大分大学の田中修二氏、台東区立朝倉彫塑館の戸張泰子氏ら近代彫刻史の専門家を招き、東京、宮城における小室の作品の相違点や、「伊達政宗騎馬像」の作風について活発な意見交換がされました。
国宝平安仏画ウェブコンテンツトップページ
普賢菩薩像の化仏
東京文化財研究所は東京国立博物館の所蔵する仏教絵画について共同で調査研究を行っています。その成果公開の一環として、令和元(2019)年8月20日より、東京国立博物館所蔵国宝平安仏画4点(普賢菩薩像、虚空蔵菩薩像、千手観音像、孔雀明王像)に関するウェブコンテンツ(www.tobunken.go.jp/heian-tnm/)公開をはじめました。
絵画は一見平面に見えますが、実は絹や紙といった支持体に色料が複雑に重ねられた複層的なもので、それらが光を受け、層に反射もしくは透過した光の複合体を目でとらえて、私たちは絵画イメージを形成しています。そこには、絵が描きあげられる過程や、完成後にその作品に起こったことの痕跡が積み重なっています。
それらをとらえるためには、顔料の粒子の大きさや形状、画絹の織り方や経糸・緯糸の太さとなど、材料や、それらの層の重なりに関する情報が重要な手がかりとなります。そうした絵画の深層を、作品に触れたり、分析のための試料を採取したりすることなく把握する方法として、光学的調査は最も有効なものの一つです。当研究所は、その前身である帝国美術院付属美術研究所が1930年に開所して間もなく、美術工芸品の光学調査をアジア諸国に先駆けて開始し、今日まで継続してきました。このたびの共同調査も光学的調査法に基づくものです。
平安仏画には仏の衣や瓔珞に細かく繊細な文様を施すなど、現世を超越した仏の世界を一幅の絵に表す入念な描写が見られます。しかし、作品保護のため、それらをとらえられるほど作品に近づいて見られる機会は稀です。このたびのウェブコンテンツでは、作品の高精細写真をご自身のPCやタブレット端末でご覧いただくことができます。現在、公開しているのは、全体からある程度の細部を拡大して見ることができる可視光による写真のみですが、詳細な細部や、赤外線や蛍光、X線による写真、絵画材料に含まれる元素の蛍光X線分析の結果も順次公開する予定です。今後の展開にどうぞご期待ください。
基礎編終了後、参加者を囲んでの集合写真
応用編における作品調査実習
令和元(2019)年8月14日から23日にかけて、ワークショップ「染織品の保存と修復」を国立台湾師範大学の文物保存維護研究発展センターにて開催しました。東京文化財研究所は同大学と締結した共同研究の一環として、海外に所在する日本の染織品の保存と活用を目的に平成29(2017)年より本ワークショップを毎年共催しています。日本および台湾から保存修復技術者や染織品関連の研究者を講師に迎え、基礎編「日本の染織文化財」を14日から16日に、応用編「日本の染織品の修復」を19日から23日に実施しました。基礎編には10カ国11名、応用編には5カ国6名の保存修復技術者、学芸員、学生らが参加しました。
基礎編では日本の有形・無形文化財の保護制度、服飾材料学、日本の代表的な染織品に関する講義を行ったほか、着物を畳む、展示するといった取り扱い実習も行いました。また、和紙で着物のモデルを作製し、着物の構造を理解できるよう努めました。応用編では、染織品の劣化や染料の科学分析、清掃・洗浄などに関する講義や実習を行いました。加えて、裂を絹布に縫いとめて補強する処置や保存収納用のたとうの作製なども行い、参加者が日本における染織品の保存修復についての理解を深める機会となりました。両編を通じて、展示や保存修復事例などを共有するとともに、保存修復の考え方や材料、方法などに関する意見交換が活発に行われました。
このように、日本の染織品とその保存修復に関する知識を海外の保存修復の専門家に伝えることで、在外の日本の染織文化財のよりよい保存と活用に寄与することを大いに期待しています。
現地における関係者との活用方法の検討
今回調査の対象とした集落の一つ(プナカ県ユワカ村)
東京文化財研究所では、平成24(2012)年よりブータン内務文化省文化局遺産保存課(DCHS)と共同で版築造建造物を対象とする建築学的な調査研究を行っています。本年度より文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、同国の歴史的建造物の保存活用のための技術支援および人材育成を目的とした事業の一環として、令和元(2019)年8月20日から28日まで、当研究所職員および外部専門家計11名を現地に派遣しました。
DCHSの職員と共同で行った調査では、ティンプー県、プナカ県およびハー県の歴史的民家建築を対象として、その保存修理の方法、持続可能な活用および文化遺産としての価値評価の三つの観点から検討を行いました。保存修理の方法および活用については、これまでに把握した民家建築の編年指標に基づいて選定した3棟の保存候補民家を対象として、版築壁の耐震補強や木部の補修の方法を検討するとともに、所有者の意向を取り込みつつ、文化遺産としての価値の担保を前提とした活用の方法を検討し、DCHS職員、現地の建築設計者、所有者などを巻き込んで議論を行いました。民家の文化遺産としての価値評価については、それぞれの保存候補民家が所在する集落を中心に悉皆的な調査を行い、民家の分類の方法および文化財指定のための基準を検討しました。
また、ブータン内務文化省文化局にて今回の交流事業に関する覚書(MOU)を締結するとともに、DCHSとの協議を行い、今回の調査の結果やブータン側の展望や課題などについて意見交換を行いました。
今後も現地で調査やワークショップを行い、ブータンの実情に即した歴史的建造物の保存活用の方法について現地の関係者とともに検討を重ねていく予定です。
研究会の様子
令和元(2019)年7月23日、本年度文化財情報資料部第4回研究会が開催されました。今回は、「戦後日本美術アーカイブズの研究活用に向けて―松澤宥アーカイブを例に」と題したミニ・シンポジウム形式の研究会でした。
前半は、橘川英規(文化財情報資料部)「1950年代、60年代の松澤宥宛書簡」、木内真由美氏(長野県信濃美術館)「松澤宥アトリエ「プサイの部屋」の調査・記録報告」、宮田有香氏(国立国際美術館)「松澤宥アーカイブ―内科画廊関連資料を通じて考える利用の可能性」、細谷修平氏(美術・メディア研究者、映像作家)「映像メディアのデジタイズと保存―松澤資料を例に」の4件の発表・報告が行われ、後半のディスカッションは、塩谷純(文化財情報資料部)の司会により、松澤宥の作品・活動やそのアーカイブズの美術史的意義、アーカイブズ活用、その前提となるアーカイブズ整理方法(データ整理、資料保全)について議論を交わしました。また休憩時間には、松澤宥アーカイブの一部を関係者で閲覧する機会を設け、情報の交換を行いました。
この研究会の聴講には、所外から松澤宥のご家族、美術館や大学などに所属する研究者、美術作家など40名あまりの方にお越しいただきました。現在、科研費課題としても松澤宥アーカイブを軸にした研究に取り組んでおり、その最終年となる令和2年度にシンポジウム開催を予定しております。これに向けて、多様な分野の研究者と共同して、松澤宥アーカイブの美術史的、文化史的意義について研究してきたいと考えています。
宮薗節の本番撮影の様子(左から宮薗千よし恵、宮薗千碌、宮薗千佳寿弥、宮薗千幸寿)
令和元(2019)年7月31日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室で、宮薗節の記録撮影(第二回)を行いました。
国の重要無形文化財・宮薗節は、18世紀前半に初代宮古路薗八(みやこじそのはち)が京で創始、18世紀半ば以降に江戸で再興され今日に至ります。重厚で艶のある独特の浄瑠璃(声のパート)と、柔らかく厚みのある中棹三味線の音色を特徴とする宮薗節は、阿吽の呼吸で繊細な表現を創り上げる、熟練の必要な音楽です。伝承曲は古典曲十段と新曲で、内容はほとんどが心中道行ものです。
今回は、古典曲《道行菜種の乱咲》―山崎―」と新曲《歌の中山》を収録しました。両作品とも宮薗千碌(タテ語り、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗宮薗千よし恵(ワキ語り)、宮薗千佳寿弥(せんかずや)(タテ三味線)、宮薗千幸寿(せんこうじゅ)(ワキ三味線)の各氏による演奏です。
無形文化遺産部では、今後も宮薗節の古典曲および演奏機会の少ない新曲の実演記録を継続していく予定です。
韓国伝統弦楽器用の原糸製造機
無形遺産院での研究発表会の様子
東京文化財研究所無形文化遺産部は平成20(2008)年より大韓民国の国立無形遺産院と研究交流をおこなっています。本研究交流では、それぞれの機関のスタッフが一定期間、相手の機関に滞在し研究をおこなうという在外研究や、共同シンポジウムの開催などをおこなっています。本研究交流の一環として、令和元 (2019)年7月1日から19日まで、無形文化遺産部無形文化財研究室長の前原恵美が大韓民国に滞在し、在外研究をおこないました。
今回の在外研究の目的は、文化財の活用が期待される日本での現状を鑑みて、文化財保存技術としての楽器製作・修理技術を文化財活用と併せて保存・継承していくためのヒントを得ることでした。滞在期間中は、楽器製作者、楽器の材料製造者、伝統芸能(音楽)の教育・保存継承・研究機関関係者を訪ね、韓国における伝統楽器製作・修理技術、道具・原材料や、それらの技術を支援する仕組み、伝統音楽の教育普及におけるこれらの技術の扱いについて調査を行いました。
韓国では、古典音楽と民俗音楽を不可分の「国楽」ととらえ、音楽教育の基本としてその知識や実技能力を教員の採用条件としており、音楽教育者の資質として「国楽」が必須です。そうした環境で自然に国楽に触れることのできる環境は、日本とは大きく異なります。一方で、伝統芸能(音楽)を支える技や原材料についての一般的な意識は、日本はもとより韓国においてもまだ開拓の余地があると感じました。今回の研究交流で得た参考事例、共通課題については、日本の現状に照らしながら、7月18日、韓国無形遺産院で成果発表として口頭発表しました。また、楽器製作・修理技術調査の概要については、今年度末刊行の『無形文化遺産研究報告』14号に、日本における調査報告と併せて掲載予定です。
最後に、今回の研究交流で調査のサポートをしてくださった韓国無形遺産院の姜敬惠さん、通訳の李智叡さん(イ・ジエ)さんはじめ、韓国無形遺産院の皆様に感謝いたします。
令和元(2019)年7月8~19日の日程で標記研修を開催しました。今年も2倍を超える応募の中、31名の学芸員等のみなさまに受講いただきました。
今年は、文化財活用センターとの共催で実施する初めての研修となり、第一週を文化財活用センター(略称:ぶんかつ)が担当し、第二週を当所が担当して、講義プログラムを一新しました。第一週は保存環境の基礎を座学と実習で学ぶ形式で、ぶんかつからSNSを通じて情報が発信されるなど、共催での研修実施でこれまで不足していた情報発信力に気づかされました。
第二週は保存科学研究センターの各研究室が半日単位で受け持ち、以下のテーマで主に座学をおこないました:文化財の科学調査(分析科学研究室)、生物被害対策(生物科学研究室)、屋外文化財の保存(修復計画研究室)、温熱環境制御(保存環境研究室)、修復材料の種類と特性/紙資料・日本画の保存修復(修復材料研究室)。修復に対する理念や基礎知識を応用して課題へ取り組む方法、当所の最新技術や成果を現場に活かしていただくためのワークショップなど、幅広い内容に取り組み、参加者の方々からは有益であったとの評価をいただきました。
令和2(2020)年度はオリンピック・パラリンピック対策で、7月開催は難しいと考えております。参加者の皆様にご不便のないように、日程決まり次第すみやかにお伝えしていく所存です。
壁画補強作業に関する現場実地研修
壁画の図像に関する民俗学的調査
文化遺産国際協力センターでは、ミャンマーのバガン遺跡において壁画および煉瓦造寺院外壁の保存修復方法に関する技術支援および人材育成事業に取り組んでいます。令和元年(2019)7月11日から27日にかけて、同国宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局の職員を対象にした現場実地研修を2箇所の寺院で実施しました。
Me-taw-ya寺院では、外壁目地材の補修と劣化した煉瓦の差し替え技術、および修復材料の調合方法について研修を行いました。また、雨水が溜まることにより既存の目地材が溶解し、寺院内部に雨漏りが発生する原因になることから、排水対策について検討しました。
一方、住友財団から助成を受け保存修復を進めているLoka-hteik-pan寺院では(事業名:バガン遺跡群(ミャンマー)寺院祠堂壁画の保存修復)、バガン遺跡群の寺院壁画に共通してみられる過去の修復処置がもたらす問題点について解説し、無機修復材料を用いた彩色層の補強方法と補彩技法について研修を行いました。
また、研修事業と並行し、今回から新たに壁画の図像に関する民俗学的調査を開始しました。壁画に表れる非仏教的要素やミャンマー的な特徴を明らかにするため、バガンを中心に詳細な作例収集に努めました。また、同国宗教文化省職員や各寺院の関係者から、各壁画に関する歴史的背景について聞き取りを行いました。今後、バガンから更に範囲を広げ、調査を継続していく予定です。
バガンは先に開かれたユネスコの第43回世界遺産委員会において、世界文化遺産への登録が決定しました。今後は観光客の増加が予想され、遺跡の維持管理にはより一層力を入れて取り組んで行かなければなりません。この事は、滞在期間中にバガン支局で開かれた専門家会議の場でも議題にあがり、当研究所が主催する研修事業への参加者の増員や遺跡内での技術指導を要望する声が聞かれました。今後も現地専門家と意見交換を重ねながら、技術支援および人材育成事業を継続していきます。
講演
紙漉き体験
令和元(2019)年7月29、30日にポーランド・クラクフ所在の日本美術技術博物館Mangghaにおいて、日本国文化庁および同館と共同で、ポーランド国立クラクフ博物館・一般社団法人国宝修理装潢師連盟・一般社団法人伝統技術伝承者協会の協力のもと、国際集会「日本絵画の修復」を開催しました。本集会は「日本ポーランド国交樹立100周年」記念事業の1つとして認定されました。
東京文化財研究所では、平成3(1991)年より「在外日本古美術品保存修復協力事業」として、海外で所蔵されている日本美術作品の保存修復を行っており、このたびポーランド国立クラクフ博物館所蔵の掛軸3幅を修復しました。本集会は、今回修復した掛軸およびその修復過程を展示するとともに、講演・実演・体験など様々な方法を通して日本絵画の修復に関する理解を促進することを目的に開催したものです。国の選定保存技術である「装潢修理技術」のほか、これを支える選定保存技術「装潢修理・材料用具製作」として、手漉き和紙(宇陀紙)製作、刷毛製作、金物製作などについても展示・解説しました。
修復技術者などを対象とした専門家会議として実施した1日目には、ポーランドを中心に欧米9か国より31名の修復技術者および学生が参加し、伝統技術を体験すると共に日本の技術者との意見交換も行われました。2日目は一般来場者への公開講座とし、展示解説や紙漉き体験に15か国219名もの人々が参加するなど高い関心を呼ぶことができました。諸外国の保存修復専門家との交流促進の場にとどまらず、伝統的な日本絵画の修復技術や材料について広く一般の理解を得る貴重な機会となりました。
「百舌鳥・古市古墳群」に関する審議の様子
会場外観
令和元(2019)年6月30日~7月10日にかけて、アゼルバイジャンの首都バクーにおいて、第43回世界遺産委員会が開催されました。
今回の世界遺産委員会では、日本の「百舌鳥・古市古墳群」を含む、29件の資産が新たに世界遺産一覧表に記載されました。これは1回の世界遺産委員会で審議できる資産の数に上限が設けられて以来、最も多い件数になります。一見、望ましい状況のようにも思えますが、記載された資産のうち7件は、記載に至らないとする諮問機関の勧告を覆し、委員会の場で記載が決議されています。ここ数年、諮問機関の勧告から逸脱した決議が下されることにより、資産の価値や登録範囲が不明瞭なまま、世界遺産一覧表に記載されることが問題視されていますが、今年も状況が改善することはありませんでした。
こうした状況を憂慮し、昨年の委員会では、特別なワーキング・グループを設立し、推薦や評価のプロセスを見直すことが決議されました。今年の委員会では、その議論の内容が紹介され、推薦プロセスを二段階制にし、現在の推薦プロセスの前段階として「事前評価」のプロセスを導入する方向性が認められました。この事前評価により、早い段階で諮問機関と締約国との間の対話が促され、推薦書の質が向上することが期待されています。現在のところ、事前評価を全ての締約国に必須のプロセスと位置付けつつ、その評価の如何によらず締約国にその後の推薦プロセスを継続するか否かの決定権を付与することが検討されていますが、その開始時期を含め、議論は始まったばかりです。東京文化財研究所では、今後も広く世界遺産全般に関する議論を注視し、こうした世界遺産条約の履行に関する多様な情報を収集・発信していきたいと考えています。
東京文化財研究所における座学の様子
熊本市新町・古町地区復興状況の見学
中東のシリアでは平成23(2011)年3月に紛争が始まり、終結を見ぬまま既に8年の月日が経過しています。人的被害は言うまでもなく、紛争の被害は貴重な文化遺産にも及んでいます。
日本政府と国連開発計画(UNDP)は、平成29(2017)年から文化遺産分野におけるシリア支援を開始しました。平成30(2018)年2月からは、奈良県立橿原考古学研究所を中心に、筑波大学や帝京大学、早稲田大学、中部大学、古代オリエント博物館などの学術機関がシリア人専門家を受け入れて考古学や保存修復分野において様々な研修を行っており、東京文化財研究所もこの事業に参加しています。
昨年5月に「紙文化財の保存修復」研修を実施したのに続き、今年度はシリア人専門家2名を招聘して7月24日から8月6日まで約2週間にわたり、「歴史的都市および建造物の復興に向けた調査計画手法」をテーマとする研修を実施しました。
シリア紛争下では、古都アレッポなど多くの歴史的都市が戦場となり、数多くの歴史的建造物が被災しました。研修の前半では、歴史的建造物の破損状況調査や応急処置、構造安全性診断の方法、ドキュメンテーションやデータベースの作成方法、さらには復興計画の策定方法や復興・保存体制の構築方法に関して、各分野の専門家7名を講師とする座学を行いました。これに続く後半では実地研修として、熊本城や新町・古町地区、熊本大学や重文江藤家住宅など、平成28(2016)年の熊本地震で被災した歴史的建造物および町並みの復興状況を見学するとともに、現場担当者のお話を伺いました。さらに、京都や奈良の伝統的建造物群保存地区も訪れ、日本の歴史的建造物の修理・活用事例等についても学んでもらいました。
最後になりますが、今回研修にご協力いただいた専門家および関係機関・担当者各位に改めて御礼を申し上げます。
東京文化財研究所は、今後もシリア文化財支援活動を継続していく予定です。
研究会の様子
令和元(2019)年6月25日に、今年度3回目となる文化財情報資料部研究会が開催されました。今回は「Linked Dataを用いた地域文化遺産情報の集約」と題して三島大暉(文化財情報資料部)より発表を行い、コメンテーターに村田良二氏(東京国立博物館)をお迎えしました。
Linked Dataは、セマンティック・ウェブを実現する手段であり、構造化されたデータ間のリンクを辿ることで関連する情報を得られる可能性が高まります。そのため、公開するデータをLinked Dataとして外部の情報源とリンクさせることでそのデータの発見可能性や活用可能性の向上が期待されます。本発表では、近年文化財保護法の改正等により地域の文化遺産の活用が言及される中、地域の文化遺産“情報”の活用に焦点を当て、Linked Dataとして集約・公開する際のメタデータスキーマとその課題について述べました。
地域の文化遺産情報の例として、東京都内の地方公共団体が公開する指定文化財等の情報を対象に分析したところ、名称・文化財分類・所在地といった記述項目名および記述項目内で使用される語彙や記述形式の共通点と相違点が明らかになりました。その情報をLinked Dataとして集約するにあたり、語彙や記述形式を揃えた情報と元の情報が並存するメタデータスキーマを作成しました。課題として、「有形文化財」-「建造物」など文化財分類特有の語彙の関係をデータとして示すためにそのシソーラス形成の仕組みが必要であると指摘しました。
研究会では、参加者がこれまで文化財と関わった経験から、文化財情報がどのように作成・共有・公開されてきたかなど広く意見交換が行われました。
樹皮を剥がす(シナノキ)
樹皮の外皮と内皮を剥ぎ分ける(オヒョウ)
無形文化遺産部では樹木素材を用いた民俗技術の調査研究を進めています。その一環として、樹皮布を作るための樹皮採取の現地調査を令和元(2019)年6月に行いました。
ここでいう「樹皮布」とは、樹皮の内皮から繊維を取り出し、糸に加工して布に織りあげたもので、日本ではオヒョウ、シナノキ、フジ、コウゾ、クズなどがその原料として知られています。今回は6月15日に北海道道央地域でオヒョウの樹皮採取に、6月30日に山形県鶴岡市関川でシナノキの樹皮採取に同行し、その様子を調査記録しました。
オヒョウから作られるアイヌの伝統的織物「アットゥシ」と、シナノキから作られる「しな織」はいずれも国の伝統的工芸品に指定されており(「二風谷アットゥシ」「羽越しな布」)、オヒョウの樹皮採取は二風谷民芸組合が、シナノキの樹皮採取は関川しな織協同組合が中心となって行いました。
樹皮採取は、木が水を吸い上げる成長期にあたる6~7月初旬に行なわれ、この時期でなければうまく皮を剥がすことができません。オヒョウの場合は基本的には立木から、シナノキの場合は伐採した木から樹皮を剥ぎ取り、これを手や簡単な道具のみで外皮と内皮に剥ぎ分けます。剥がされた内皮は、これからさらに長い時間と手間をかけて加工され、水に強く、丈夫な糸に仕立てられていきます。
自然素材を効率的・持続的に利用するために、人は長い時間をかけて自然に対する理解を深め、経験値を増やし、自然利用の知恵や技術を培ってきました。自然素材を相手にする民俗技術からは、人々がどのように自然と向き合ってきたのか、その関係性の一端を読み取ることができると言えます。
換気量測定の準備の様子
陸前高田市博物館の被災資料保管環境の改善のための調査業務について、平成29(2017)年度から陸前高田市から業務委託を受けています。東京文化財研究所の調査のうち、文化財や人体に影響のある大気汚染ガス・室内汚染ガスに関する問題とその対策、生物生息状況から管理を向上する提案、被災資料の処置方法についての相談を受けています。令和元(2019)年度も6月27、28日に第1回目の現地調査を実施しました。陸前高田市博物館は小学校校舎を利用して必要な改修を施して被災資料の処置や保管を行っていますが、今年は教室を利用した収蔵室の換気に着目し、室内に室内汚染ガスの発生源がある場合の対策の立て方について検討しています。被災資料の修復協力をしている多数の団体とも協力しながら、この復興事業を少しでも支える力になれれば、と考えています。
協力専門家会議の様子
民家の保存活用事例の視察研修(福住)
東京文化財研究所では本年度、文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、ブータン王国の民家を含む歴史的建造物の文化遺産としての保存と持続可能な活用のための技術支援及び人材育成に取り組んでいます。令和元年(2019)6月23日から28日にかけて同国内務文化省文化局遺産保存課(DCHS)の職員2名を招へいし、協力専門家による第1回会議を開催するとともに、民家の保存活用事例に関する視察研修を実施しました。
会議では、DCHSのイシェ・サンドゥップ氏から文化遺産に関する法制度整備の進捗状況、ペマ・ワンチュク氏から民家及び集落の保護の展望について報告があり、出席者との質疑を通じて、同国が直面する課題と現状に関する情報の共有が図られました。また、8月に予定している現地調査についても議論され、実施内容や体制の方向性を固めることができました。
視察研修では、我が国における文化財としての民家の保護の基本的な取り組みについての見識を深めるため、解体修理中の尾崎家住宅(鳥取県湯梨浜町)と移築民家を公開している日本民家集落博物館(大阪府豊中市)を訪問しました。また、集落町並みの保護に取り組んでいる鳥取市鹿野(鳥取県)、養父市大屋町大杉、丹波篠山市篠山、同福住(以上、兵庫県)、南丹市美山町北(京都府)の各地区を訪問し、地域住民の活動や民家の宿泊施設等への活用についての知見を広めました。特にブータンが今後の課題としている文化遺産の民間活用に対する関心は高く、活発な質問や意見が交わされました。
今回の研修に御協力いただいた鳥取県、兵庫県、京都府の各府県及び湯梨浜町、養父市、丹波篠山市、南丹市の各市町、また(公財)文化財建造物保存技術協会ほか各機関、関係者の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
ICC専門委員による現地調査
小型クレーンによる散乱石材の移動
東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。これまでに策定した同遺跡の保存整備計画に基づく東門の修復工事の開始に向け、アンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)での同修復計画の審査と工事着手前に必要な調査の実施のため、令和元(2019)年5月19日から6月29日にかけて計5名の職員の派遣を行いました。
6月11~12日に開催されたICC技術会議では、解体修理を主体とした修復計画を提案し、3名の専門委員による現地調査を含む慎重審議の結果、ほぼ原案どおりでの承認を受けることができました。また、工事着手前の調査として、東門周囲の散乱石材の移動等に伴う石材調査と排水経路検討のための発掘調査を行いました。
石材調査では、散乱石材の記録と番付を行い、石材を修復工事の邪魔にならない外周部に移動、整理しました。石材の移動には、西トップ遺跡の修復工事を行っている奈良文化財研究所の小型クレーンを借用し、効率的に作業を進めることができました。
発掘調査では、東門周囲からの自然排水の経路を検討するため、東門西方に位置する十字テラス北東端部と東門周辺との間の旧地表面の高低差を明らかにすることを試みました。東門周辺は周囲に比べて標高が低くなっており、雨水が溜まってしまうことが懸念されることから、今後の整備にあたっては寺院北濠への排水路の設置を計画しています。なお、今回の発掘調査では、十字テラスと東門をつなぐ参道の一部の可能性があるラテライト敷き遺構を検出しました。さらなる調査の成果が期待されます。
研修参加者との集合写真
アラ教会での現場実地研修風景
文化遺産国際協力センターでは、令和元(2019)年6月11日〜15日にかけ、トルコ共和国国立保存修復センター所属の保存修復士を対象にした研修「壁画保存に向けた応急処置方法の検討と実施」を開催しました。
最終回(通算4回目)となる本研修では、前回の研修で実施した修復材料の実験講習結果の検証と、壁画を含め、岩窟教会を構成する様々な要素を複合文化財として捉えた場合の総合的な応急処置方法を考察するため、地質学や構造設計エンジニア、美術史など多岐に渡る専門分野から講師を招き講習会を開きました。また、本研修を通じて学んだことを確認するため、ウフララ渓谷沿いにあるアラ教会を対象に、壁画の応急処置を目的とした仮想事業案を組み立てる現場実地研修を行いました。そして、最終日には現場で収集した情報をもとにして、「保存環境」、「壁画の技法と材料」、「壁画の損傷と応急処置」という3つのテーマで発表してもらい、その内容について議論することで本研修の締めくくりとしました。研修を終えた参加者にアンケート調査を実施したところ、「日々携わる業務の中では気付くことのできない『維持管理』の大切さを再認識することができた」との感想が多くみられました。
3年間にわたりトルコ共和国における壁画の保存管理体制改善に向け取り組んできた本事業は、ひとつの区切りを迎えました。本事業を通じて築かれた日本とトルコ共和国とのネットワークを大切にしながら、今後も文化財保存をテーマにした取り組みを続けていきたいと思います。
平子鐸嶺ポートレート(明治41(1908)年撮影)
平子鐸嶺のノートより、昭和元(1926)年に焼失した高野山金剛峯寺、金剛王菩薩像のスケッチ。鐸嶺は仏像の耳のスケッチをよく行っています。
平子鐸嶺(1877~1911年)は明治30年代から40年代にかけて活動した、仏教美術の研究者です。明治36(1903)年より帝室博物館(現在の東京国立博物館)に勤務、法隆寺の再建論争に加わるなど、当時の研究の第一線で活躍しましたが、明治44(1911)年、数え年35歳の若さで亡くなりました。
当研究所では鐸嶺と親交のあった彫刻家、新海竹太郎(1868~1927年)の関連資料を平成26(2014)年に受贈しましたが、その中には鐸嶺自筆の調査ノートが含まれていました。令和元(2019)年5月31日に開催された文化財情報資料部研究会では、「資料紹介 東京文化財研究所架蔵 平子鐸嶺自筆ノート類について―」と題して、津田徹英氏(青山学院大学)が仏教美術史の見地から、この鐸嶺のノート類についての報告を行いました。
ノートには、鐸嶺が関西の寺院で写し取った、仏像や仏画のスケッチが多数残されています。なかには現在失われてしまった仏像のディテールを写したものもあり、今日の研究者の知り得ない貴重な情報を伝えてくれます。また「巧藝史叢」と題した和綴の帳面には、おそらく当時の解体修理に鐸嶺が立ち会って記録したと思われる仏像の銘文が認められ、こちらも再び修理を行わないかぎり実見することのできない銘文を伝える、稀有な資料といえるでしょう。
津田氏の発表後は、近代彫刻を専門とする田中修二氏(大分大学)より新海竹太郎と鐸嶺との関係について、近代の仏教美術研究史に詳しい大西純子氏(東京藝術大学)より当時の鐸嶺をめぐる研究者のネットワークについてご説明いただき、情報交換を行いました。また情報学が専門の丸川雄三氏(国立民族学博物館)も交え、本資料の公開・活用のあり方について意見を交わしました。