研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
| ■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
| ■文化財情報資料部 |
■文化遺産国際協力センター |
| ■無形文化遺産部 |
|
「百舌鳥・古市古墳群」に関する審議の様子
会場外観
令和元(2019)年6月30日~7月10日にかけて、アゼルバイジャンの首都バクーにおいて、第43回世界遺産委員会が開催されました。
今回の世界遺産委員会では、日本の「百舌鳥・古市古墳群」を含む、29件の資産が新たに世界遺産一覧表に記載されました。これは1回の世界遺産委員会で審議できる資産の数に上限が設けられて以来、最も多い件数になります。一見、望ましい状況のようにも思えますが、記載された資産のうち7件は、記載に至らないとする諮問機関の勧告を覆し、委員会の場で記載が決議されています。ここ数年、諮問機関の勧告から逸脱した決議が下されることにより、資産の価値や登録範囲が不明瞭なまま、世界遺産一覧表に記載されることが問題視されていますが、今年も状況が改善することはありませんでした。
こうした状況を憂慮し、昨年の委員会では、特別なワーキング・グループを設立し、推薦や評価のプロセスを見直すことが決議されました。今年の委員会では、その議論の内容が紹介され、推薦プロセスを二段階制にし、現在の推薦プロセスの前段階として「事前評価」のプロセスを導入する方向性が認められました。この事前評価により、早い段階で諮問機関と締約国との間の対話が促され、推薦書の質が向上することが期待されています。現在のところ、事前評価を全ての締約国に必須のプロセスと位置付けつつ、その評価の如何によらず締約国にその後の推薦プロセスを継続するか否かの決定権を付与することが検討されていますが、その開始時期を含め、議論は始まったばかりです。東京文化財研究所では、今後も広く世界遺産全般に関する議論を注視し、こうした世界遺産条約の履行に関する多様な情報を収集・発信していきたいと考えています。
東京文化財研究所における座学の様子
熊本市新町・古町地区復興状況の見学
中東のシリアでは平成23(2011)年3月に紛争が始まり、終結を見ぬまま既に8年の月日が経過しています。人的被害は言うまでもなく、紛争の被害は貴重な文化遺産にも及んでいます。
日本政府と国連開発計画(UNDP)は、平成29(2017)年から文化遺産分野におけるシリア支援を開始しました。平成30(2018)年2月からは、奈良県立橿原考古学研究所を中心に、筑波大学や帝京大学、早稲田大学、中部大学、古代オリエント博物館などの学術機関がシリア人専門家を受け入れて考古学や保存修復分野において様々な研修を行っており、東京文化財研究所もこの事業に参加しています。
昨年5月に「紙文化財の保存修復」研修を実施したのに続き、今年度はシリア人専門家2名を招聘して7月24日から8月6日まで約2週間にわたり、「歴史的都市および建造物の復興に向けた調査計画手法」をテーマとする研修を実施しました。
シリア紛争下では、古都アレッポなど多くの歴史的都市が戦場となり、数多くの歴史的建造物が被災しました。研修の前半では、歴史的建造物の破損状況調査や応急処置、構造安全性診断の方法、ドキュメンテーションやデータベースの作成方法、さらには復興計画の策定方法や復興・保存体制の構築方法に関して、各分野の専門家7名を講師とする座学を行いました。これに続く後半では実地研修として、熊本城や新町・古町地区、熊本大学や重文江藤家住宅など、平成28(2016)年の熊本地震で被災した歴史的建造物および町並みの復興状況を見学するとともに、現場担当者のお話を伺いました。さらに、京都や奈良の伝統的建造物群保存地区も訪れ、日本の歴史的建造物の修理・活用事例等についても学んでもらいました。
最後になりますが、今回研修にご協力いただいた専門家および関係機関・担当者各位に改めて御礼を申し上げます。
東京文化財研究所は、今後もシリア文化財支援活動を継続していく予定です。
研究会の様子
令和元(2019)年6月25日に、今年度3回目となる文化財情報資料部研究会が開催されました。今回は「Linked Dataを用いた地域文化遺産情報の集約」と題して三島大暉(文化財情報資料部)より発表を行い、コメンテーターに村田良二氏(東京国立博物館)をお迎えしました。
Linked Dataは、セマンティック・ウェブを実現する手段であり、構造化されたデータ間のリンクを辿ることで関連する情報を得られる可能性が高まります。そのため、公開するデータをLinked Dataとして外部の情報源とリンクさせることでそのデータの発見可能性や活用可能性の向上が期待されます。本発表では、近年文化財保護法の改正等により地域の文化遺産の活用が言及される中、地域の文化遺産“情報”の活用に焦点を当て、Linked Dataとして集約・公開する際のメタデータスキーマとその課題について述べました。
地域の文化遺産情報の例として、東京都内の地方公共団体が公開する指定文化財等の情報を対象に分析したところ、名称・文化財分類・所在地といった記述項目名および記述項目内で使用される語彙や記述形式の共通点と相違点が明らかになりました。その情報をLinked Dataとして集約するにあたり、語彙や記述形式を揃えた情報と元の情報が並存するメタデータスキーマを作成しました。課題として、「有形文化財」-「建造物」など文化財分類特有の語彙の関係をデータとして示すためにそのシソーラス形成の仕組みが必要であると指摘しました。
研究会では、参加者がこれまで文化財と関わった経験から、文化財情報がどのように作成・共有・公開されてきたかなど広く意見交換が行われました。
樹皮を剥がす(シナノキ)
樹皮の外皮と内皮を剥ぎ分ける(オヒョウ)
無形文化遺産部では樹木素材を用いた民俗技術の調査研究を進めています。その一環として、樹皮布を作るための樹皮採取の現地調査を令和元(2019)年6月に行いました。
ここでいう「樹皮布」とは、樹皮の内皮から繊維を取り出し、糸に加工して布に織りあげたもので、日本ではオヒョウ、シナノキ、フジ、コウゾ、クズなどがその原料として知られています。今回は6月15日に北海道道央地域でオヒョウの樹皮採取に、6月30日に山形県鶴岡市関川でシナノキの樹皮採取に同行し、その様子を調査記録しました。
オヒョウから作られるアイヌの伝統的織物「アットゥシ」と、シナノキから作られる「しな織」はいずれも国の伝統的工芸品に指定されており(「二風谷アットゥシ」「羽越しな布」)、オヒョウの樹皮採取は二風谷民芸組合が、シナノキの樹皮採取は関川しな織協同組合が中心となって行いました。
樹皮採取は、木が水を吸い上げる成長期にあたる6~7月初旬に行なわれ、この時期でなければうまく皮を剥がすことができません。オヒョウの場合は基本的には立木から、シナノキの場合は伐採した木から樹皮を剥ぎ取り、これを手や簡単な道具のみで外皮と内皮に剥ぎ分けます。剥がされた内皮は、これからさらに長い時間と手間をかけて加工され、水に強く、丈夫な糸に仕立てられていきます。
自然素材を効率的・持続的に利用するために、人は長い時間をかけて自然に対する理解を深め、経験値を増やし、自然利用の知恵や技術を培ってきました。自然素材を相手にする民俗技術からは、人々がどのように自然と向き合ってきたのか、その関係性の一端を読み取ることができると言えます。
換気量測定の準備の様子
陸前高田市博物館の被災資料保管環境の改善のための調査業務について、平成29(2017)年度から陸前高田市から業務委託を受けています。東京文化財研究所の調査のうち、文化財や人体に影響のある大気汚染ガス・室内汚染ガスに関する問題とその対策、生物生息状況から管理を向上する提案、被災資料の処置方法についての相談を受けています。令和元(2019)年度も6月27、28日に第1回目の現地調査を実施しました。陸前高田市博物館は小学校校舎を利用して必要な改修を施して被災資料の処置や保管を行っていますが、今年は教室を利用した収蔵室の換気に着目し、室内に室内汚染ガスの発生源がある場合の対策の立て方について検討しています。被災資料の修復協力をしている多数の団体とも協力しながら、この復興事業を少しでも支える力になれれば、と考えています。
協力専門家会議の様子
民家の保存活用事例の視察研修(福住)
東京文化財研究所では本年度、文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、ブータン王国の民家を含む歴史的建造物の文化遺産としての保存と持続可能な活用のための技術支援及び人材育成に取り組んでいます。令和元年(2019)6月23日から28日にかけて同国内務文化省文化局遺産保存課(DCHS)の職員2名を招へいし、協力専門家による第1回会議を開催するとともに、民家の保存活用事例に関する視察研修を実施しました。
会議では、DCHSのイシェ・サンドゥップ氏から文化遺産に関する法制度整備の進捗状況、ペマ・ワンチュク氏から民家及び集落の保護の展望について報告があり、出席者との質疑を通じて、同国が直面する課題と現状に関する情報の共有が図られました。また、8月に予定している現地調査についても議論され、実施内容や体制の方向性を固めることができました。
視察研修では、我が国における文化財としての民家の保護の基本的な取り組みについての見識を深めるため、解体修理中の尾崎家住宅(鳥取県湯梨浜町)と移築民家を公開している日本民家集落博物館(大阪府豊中市)を訪問しました。また、集落町並みの保護に取り組んでいる鳥取市鹿野(鳥取県)、養父市大屋町大杉、丹波篠山市篠山、同福住(以上、兵庫県)、南丹市美山町北(京都府)の各地区を訪問し、地域住民の活動や民家の宿泊施設等への活用についての知見を広めました。特にブータンが今後の課題としている文化遺産の民間活用に対する関心は高く、活発な質問や意見が交わされました。
今回の研修に御協力いただいた鳥取県、兵庫県、京都府の各府県及び湯梨浜町、養父市、丹波篠山市、南丹市の各市町、また(公財)文化財建造物保存技術協会ほか各機関、関係者の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
ICC専門委員による現地調査
小型クレーンによる散乱石材の移動
東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。これまでに策定した同遺跡の保存整備計画に基づく東門の修復工事の開始に向け、アンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)での同修復計画の審査と工事着手前に必要な調査の実施のため、令和元(2019)年5月19日から6月29日にかけて計5名の職員の派遣を行いました。
6月11~12日に開催されたICC技術会議では、解体修理を主体とした修復計画を提案し、3名の専門委員による現地調査を含む慎重審議の結果、ほぼ原案どおりでの承認を受けることができました。また、工事着手前の調査として、東門周囲の散乱石材の移動等に伴う石材調査と排水経路検討のための発掘調査を行いました。
石材調査では、散乱石材の記録と番付を行い、石材を修復工事の邪魔にならない外周部に移動、整理しました。石材の移動には、西トップ遺跡の修復工事を行っている奈良文化財研究所の小型クレーンを借用し、効率的に作業を進めることができました。
発掘調査では、東門周囲からの自然排水の経路を検討するため、東門西方に位置する十字テラス北東端部と東門周辺との間の旧地表面の高低差を明らかにすることを試みました。東門周辺は周囲に比べて標高が低くなっており、雨水が溜まってしまうことが懸念されることから、今後の整備にあたっては寺院北濠への排水路の設置を計画しています。なお、今回の発掘調査では、十字テラスと東門をつなぐ参道の一部の可能性があるラテライト敷き遺構を検出しました。さらなる調査の成果が期待されます。
研修参加者との集合写真
アラ教会での現場実地研修風景
文化遺産国際協力センターでは、令和元(2019)年6月11日〜15日にかけ、トルコ共和国国立保存修復センター所属の保存修復士を対象にした研修「壁画保存に向けた応急処置方法の検討と実施」を開催しました。
最終回(通算4回目)となる本研修では、前回の研修で実施した修復材料の実験講習結果の検証と、壁画を含め、岩窟教会を構成する様々な要素を複合文化財として捉えた場合の総合的な応急処置方法を考察するため、地質学や構造設計エンジニア、美術史など多岐に渡る専門分野から講師を招き講習会を開きました。また、本研修を通じて学んだことを確認するため、ウフララ渓谷沿いにあるアラ教会を対象に、壁画の応急処置を目的とした仮想事業案を組み立てる現場実地研修を行いました。そして、最終日には現場で収集した情報をもとにして、「保存環境」、「壁画の技法と材料」、「壁画の損傷と応急処置」という3つのテーマで発表してもらい、その内容について議論することで本研修の締めくくりとしました。研修を終えた参加者にアンケート調査を実施したところ、「日々携わる業務の中では気付くことのできない『維持管理』の大切さを再認識することができた」との感想が多くみられました。
3年間にわたりトルコ共和国における壁画の保存管理体制改善に向け取り組んできた本事業は、ひとつの区切りを迎えました。本事業を通じて築かれた日本とトルコ共和国とのネットワークを大切にしながら、今後も文化財保存をテーマにした取り組みを続けていきたいと思います。
平子鐸嶺ポートレート(明治41(1908)年撮影)
平子鐸嶺のノートより、昭和元(1926)年に焼失した高野山金剛峯寺、金剛王菩薩像のスケッチ。鐸嶺は仏像の耳のスケッチをよく行っています。
平子鐸嶺(1877~1911年)は明治30年代から40年代にかけて活動した、仏教美術の研究者です。明治36(1903)年より帝室博物館(現在の東京国立博物館)に勤務、法隆寺の再建論争に加わるなど、当時の研究の第一線で活躍しましたが、明治44(1911)年、数え年35歳の若さで亡くなりました。
当研究所では鐸嶺と親交のあった彫刻家、新海竹太郎(1868~1927年)の関連資料を平成26(2014)年に受贈しましたが、その中には鐸嶺自筆の調査ノートが含まれていました。令和元(2019)年5月31日に開催された文化財情報資料部研究会では、「資料紹介 東京文化財研究所架蔵 平子鐸嶺自筆ノート類について―」と題して、津田徹英氏(青山学院大学)が仏教美術史の見地から、この鐸嶺のノート類についての報告を行いました。
ノートには、鐸嶺が関西の寺院で写し取った、仏像や仏画のスケッチが多数残されています。なかには現在失われてしまった仏像のディテールを写したものもあり、今日の研究者の知り得ない貴重な情報を伝えてくれます。また「巧藝史叢」と題した和綴の帳面には、おそらく当時の解体修理に鐸嶺が立ち会って記録したと思われる仏像の銘文が認められ、こちらも再び修理を行わないかぎり実見することのできない銘文を伝える、稀有な資料といえるでしょう。
津田氏の発表後は、近代彫刻を専門とする田中修二氏(大分大学)より新海竹太郎と鐸嶺との関係について、近代の仏教美術研究史に詳しい大西純子氏(東京藝術大学)より当時の鐸嶺をめぐる研究者のネットワークについてご説明いただき、情報交換を行いました。また情報学が専門の丸川雄三氏(国立民族学博物館)も交え、本資料の公開・活用のあり方について意見を交わしました。
出演団体の皆さん(左から福田十二神楽保存会・鷲神熊野神社氏子総代会・竹浦獅子振り保存会・槻沢芸能保存会)
東京国立博物館本館前での上演の様子(槻沢梯子虎舞)
令和元(2019)年5月11日(土)12日(日)に東京国立博物館前庭にて「東京シシマイコレクション2020プレ」が開催されました。このイベントは日本博の参画プロジェクトとして無形文化遺産部で企画し、東京文化財研究所、東京国立博物館、日本芸術文化振興会の共同主催、経糸横糸合同会社、一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン、株式会社ドゥ・クリエーションの協力により開催したものです。「日本人と自然」という日本博のテーマを顕著に表した民俗芸能として全国各地の獅子舞を取り上げ、それを東京で演じていただくことで世界に発信していくというものです。
令和2(2020)年度のプレ企画として位置付けた今回は、特に東日本大震災の被災3県の獅子舞をお呼びし、演じていただきました。岩手県からは陸前高田市の「槻沢(つきざわ)虎舞」(槻沢芸能保存会)、宮城県からは女川町の「獅子振り」(竹浦獅子振り保存会・鷲神熊野神社氏子総代会)、福島県からは新地町の「福田十二神楽」(福田十二神楽保存会)です。2日間で3公演行い、東京国立博物館集計によれば計2215名の方に御覧いただきました。
今回は上演だけではなく、普段はなかなか間近で見ることのできない獅子頭や楽器を、実際に触れたり、説明を聞く体験時間も設け、多くの方々にご参加いただきました。外国語対応のパンフレットやスタッフも用意することで、様々な国の来館者にも楽しんでいただくことができました。
なお、今年度は9月に関連企画としてシシマイフォーラムを開催する予定です。また東京で開催するだけでなく、多くの人が現地へ足を運んでもらえるよう、各地で開催される祭礼やイベントのシシマイ情報についても発信を行っていきます。無形文化遺産の保存のためには、こうした情報発信や、ネットワークの形成が重要といえましょう。
研究集会の様子
令和元(2019)年5月9日に歴史的木造建造物の新たな殺虫処理である「湿度制御温風殺虫処理」に関する専門家研究集会を開催しました。
歴史的木造建造物の木材害虫による被害は、貴重なオリジナルの木材を損失させるリスクだけでなく、空洞化した木材は構造材としての強度を損なうというリスクもあります。日光輪王寺本堂は重度の虫害により解体修理を余儀なくされました。そして、解体部材の殺虫処理には文化財への影響がほとんど無いフッ化スルフリルガスで燻蒸が実施されましたが、大規模な燻蒸であったため安全上のリスクが極めて大きく、周辺施設の公開活用の妨げになるという問題がありました。
そこで新しい殺虫処理方法である湿度制御温風処理について研究が進められています。この方法は、高温(60℃程度)によって害虫を駆除する方法で、湿度を制御しながら加温することで、木材の物性にほとんど影響を与えずに内部まで温度を上げて殺虫する方法です。国内で実施した2件の処理では、漆で塗装された建造物の毀損は無く有意な殺虫効果が得られ、技術開発としては完成に近い段階に到達したことが報告されました。その一方で、本処理の担い手や処理費用など社会実装のために超えるべき数多くの課題が指摘されました。また、処理実績が無いため経年変化を評価することが出来ず、予測不能な影響が内在する可能性も指摘されました。
本法が歴史的木造建造物の殺虫処理法として選択可能な段階に至るためには、解決すべき課題が多くありますが、関係機関と協力しながら長期的な視点で取り組んでいきたいと考えています。
聖マリア・ブラケルナ教会の壁画
ベラト城内に建つ教会
文化遺産国際協力センターでは、令和元(2019)年5月19日~5月23日にかけて、海外における文化遺産の保存・修復に係る専門家ネットワーク構築および国際情報の収集を目的に、アルバニアのティラナ大学およびベラト歴史地区を訪問しました。
ティラナ大学では、エドリラ・チャウシ教授にアルバニアにおける文化財行政の現状や現在抱える問題点、また、文化財保存学の分野を目指す学生のための教育システムについてお話をうかがいました。また、ベラト歴史地区では、ベラト城内にある13世紀から16世紀に建てられた教会を訪れ、内壁に描かれた壁画の技法や保存状態について調査を行いました。なかでも1453年にコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)が陥落し、ビザンティン帝国が滅亡した後に発展したとされる様式(ポスト・ビザンツ)で描かれた壁画の完成度の高さには目を見張るものがありました。この地域の壁画は、過去に修復が行われた痕跡はあるものの、その後の維持管理が不十分であったことから再び大きな傷みが発生しています。エドリラ・チャウシ教授からも、文化財の維持管理に向けた取り組みの弱さが、現在のアルバニアが抱える大きな問題のひとつになっているというお話がありました。
現在、様々な地域において過去に修復を終えた文化財の維持管理手法が問題視されています。今後も情報収集を継続しながら諸外国の専門家と意見交換を重ね、この問題について日本が支援できる可能性について考えていきます。
東京美術倶楽部と「売立目録デジタル化事業」の公開・運用に関する覚書調印式の様子
売立目録デジタルアーカイブの専用端末
売立目録とは、個人や名家の所蔵品などを売立会で売却するため事前に作成される目録のことで、売却された作品の名称や写真が掲載された重要な資料です。東京文化財研究所は、2,565件の売立目録を所蔵しており、公的な機関としては最大のコレクションとなっています。当研究所では、従来、こうした売立目録の情報について、写真を貼り付けたカードによって資料閲覧室での利用に供してきましたが、売立目録の原本の保存状態が悪いため、平成27(2015)年から東京美術倶楽部と共同で、売立目録をデジタル化する事業を開始しました(平成27(2015)年4月の活動報告を参照)。東京美術倶楽部をはじめ、多くの方々にご協力いただき、約4年の歳月をかけて、その事業が終了し、このたびデジタルアーカイブとして公開する運びとなりました。
このデジタルアーカイブで採録対象とした売立目録は、第二次世界大戦以前に作成されたもので、当研究所が所蔵する2,328件と、東京美術倶楽部が所蔵する309件を合わせた2,637件です。一方、採録対象とした作品は、原則として売立目録に画像が掲載されているもので、現段階で約375,500件となっています。また、同デジタルアーカイブは、「書誌情報」と「作品情報」にわかれており、「書誌情報」では売立目録ごとの情報を、「作品情報」では個別の作品の情報を、画像とともに閲覧することが可能です。こうした売立目録デジタルアーカイブは、当研究所の資料閲覧室の専用端末において同閲覧室の開室時間内に公開しており、各種情報を閲覧できるほか、画像やリストを有償で印刷することもできます(白黒1枚10円、カラー1枚50円)。
研究会の様子
およそ美術の世界というものは、作家が生み出す作品が主役であるといってよいでしょう。ただ、その作品をめぐって、作家をはじめ評論家や研究者といった人々が言葉で語りあい、その価値づけを行なうことで美術界の全体が成り立っていることもたしかです。そうした人々が残した言葉の数々も、その時代その時代の美術をうかがう重要な手がかりとなっています。平成23(2011)年に55歳の若さで急逝した鷹見明彦(昭和30(1955)年生まれ)も、評論家として、美術をめぐる言葉を紡いだひとりです。平成31(2019)年4月23日に開催された文化財情報資料部研究会では、鷹見の旺盛な評論活動について、黒川公二氏(佐倉市立美術館)が発表を行ないました。
「美術評論家 鷹見明彦の活動とその資料について」と題した黒川氏の発表は、鷹見の原稿や作家と交わした手紙等、遺された資料群の丹念な調査に基づくものでした。手紙に関しては鷹見が送った内容の控えが残っており、『美術手帖』等で多くの評論を手がけるばかりでなく、企画者として自ら展覧会を立ち上げ、多くの若手作家の創作活動を援助した姿がうかがえました。研究会では鷹見明彦という美術評論家の軌跡をたどるとともに、遺された資料群を今後どのように活用していくのか、鷹見と親交のあった美術家の母袋俊也氏も交え、意見が交わされました。現在も活躍する作家や評論家に関わる資料が多数を占めていることもあり、その公開には慎重を要する場合があります。ディスカッションでは、母袋氏をはじめ、所内の参加者がさまざまな立場から意見を出しあい、鷹見明彦アーカイブのあり方について方向を探る機会となりました。
「吉祥天像」デジタルコンテンツ画面
文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび奈良・薬師寺所蔵の国宝「吉祥天像」のデジタルコンテンツの公開を開始致しました。吉祥天像は、薬師寺において吉祥悔過の本尊として制作されたと考えられる現存最古の画像で、奈良時代の稀少な着色画として知られています。このデジタルコンテンツは、奈良国立博物館と当研究所との共同研究として調査を実施し、平成20(2008)年に刊行した報告書に基づいて作成しました。専用端末で高精細カラー画像、蛍光画像、近赤外線画像、エックス線透過画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などがご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html
『青花紙製作技術に関する共同調査報告書―染織技術を支える草津のわざ―』表紙
青花紙とはアオバナの花の汁をしぼり和紙に染み込ませたもので、友禅染の下絵の材料(染料)として使われています。無形文化遺産部では平成28(2016)~29(2017)年度にかけて滋賀県草津市と共同で青花紙製作技術の共同調査を実施し、平成30(2018)年度には同事業の報告書である『青花紙製作技術に関する共同調査報告書―染織技術を支える草津のわざ―』(DVD付)を刊行しました。
本書は青花紙を製作している3軒の農家における青花紙製作技術の動態記録に加え、アオバナの栽培土壌や花の汁の保存性の調査、青花紙に用いる和紙の調査、青花紙に関する古文書の調査、青花紙の生産者や利用者等からの聞き取り調査、文化財という観点からの青花紙の位置付けについて草津市立草津宿街道交流館の館員と東京文化財研究所の研究員が執筆しました。これら共同事業の調査データは草津市と共同で保管しており、今後の研究資料として利用が可能になりました。
本年度より草津市では青花紙製作技術の保護施策に向けての活動が始まっています。無形文化財に利用される材料の製作技術は、文化財を守る技術(選定保存技術)として評価をされることがあります。一方、青花紙は草津という地域の民俗文化という面からも評価されるでしょう。今後、本書を通じて多くの方に青花紙製作技術について知ってもらい、保護に向けての議論がより活発になることを期待しています。
美術館・博物館の収蔵庫や展示ケース内のアンモニアや酢酸の濃度が下がらなくて困っている、というご相談が多く寄せられます。アンモニアは油絵に対して変色を進め、酢酸は金属製品、特に鉛を使った工芸品やコインで激しく腐食が起こり、濃度を下げることは文化財の保存のために必須な作業です。
本手引きは、保存と活用のための展示環境の研究の成果として保存環境研究室がまとめたもので、平成31年4月より東京文化財研究所ホームページ内、保存科学研究センタートップページのお知らせから読むことができます。空気清浄化の基本的な知識から汚染状況の監視方法、諸対策について、学芸員の方や空調制御受託の作業者、調査を行う方まで利用できる内容としました。巻末に「よくある質問」も掲載し、質問に対して解説した参照場所も分かりやすくしました。付録では、測定方法について具体的な作業を、豊富な写真資料で解説しています。より詳しく知りたい方向けに参考図書・文献も付けました。
美術館・博物館の環境改善のお役に立つことができますと幸いです。
講演者一同
平成31(2019)年4月13日(土)に、東京文化財研究所文化遺産国際協力センターは、特定非営利活動法人メソポタミア考古学教育研究所(JIAEM)とともに、国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」を開催しました。
これは、復興に向けて動き出したイラクにおいて、歴史教育や文化遺産保護の分野で、どのような支援が望まれているかを具体的に把握することを目的としたものです。
当日のプログラムは、まずJIAEM代表の小泉龍人先生が、平成29(2017)年春にイラクに渡航して実見したメソポタミア文明の遺跡の現状について報告を行いました。続いて、東京文化財研究所の安倍は同研究所が長年実施してきたイラク人専門家研修に関して、国士舘大学の小口裕通先生は同大学が昭和44(1969)年から行ってきたイラク考古学調査に関して発表しました。京都造形芸術大学の増渕麻里耶先生とJIAEMの榊原智之先生も、それぞれ文化遺産保護分野での人材育成の重要性と考古学教育支援の在り方に関して講演を行いました。
また、ゲストとして、メソポタミア文明発祥の地ナーシリーアにあるズィー・カール大学から教育学の専門家であるイマード・ダウード先生とナイーム・アルシュウェイリー先生をお迎えしました。イマード先生とナイーム先生からは、現地の学生や教員がメソポタミア文明の遺産をどのように認識し、どのような支援を日本に求めているか、に関して講演が行われました。
最後に、お二人を交えた総合討論では、イラクでの文化遺産の保護や歴史教育また人材育成に対し、どのように日本が関わるべきなのか、活発に議論が行われました。今回のシンポジウムが戦後イラクの復興に対する国際協力の第一歩になることを願っています。
「菜蟲譜」デジタルコンテンツ画面
カラー画像と近赤外線画像の比較閲覧画面
部分拡大図
文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび栃木県佐野市立吉澤記念美術館(https://www.city.sano.lg.jp/museum/)所蔵の伊藤若冲筆「菜蟲譜」(重要文化財)のデジタルコンテンツが完成しました。専用端末にて、高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などをご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。「菜蟲譜」は伊藤若冲による、現存唯一の絹本着色の画巻で、約100種の蔬菜・果実と50種余りの昆虫や両生類などが表され、繊細で情趣豊かな表現がよく知られています。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html
CiNii Booksに表示された当研究所蔵書の書誌・所蔵情報
東京文化財研究所ではこのたび、NACSIS-CAT(国立情報学研究所目録所在情報サービス)に加盟して、各研究部門(文化財情報資料部、無形文化遺産部、保存科学研究センター、文化遺産国際協力センター)の所蔵図書情報をCiNii Books(サイニイ・ブックス、https://ci.nii.ac.jp/books/)に搭載する体制を整備しました。
NACSIS-CAT加盟の目的は、(1)所蔵図書情報のより広範な可視化、(2)図書情報の整備(標準化)にあります。(1)については、これまで公式サイト内総合検索(http://www.tobunken.go.jp/archives/)で公開してきた所蔵図書情報を、さらに、より多く研究者・学生等が利用するCiNii Booksにも掲載することで、その活用を促進するものです。また(2)については、外部機関(ゲッティ研究所やOCLCなど)とのデータ連携において、当研究所が提供する図書情報を標準化できれば、より実効性の高いものとなるとの期待も寄せられており、これに対応するためのものです。NACSIS-CATは、国内外の各種図書目録データを参照・利用することができるため、当研究所が標準化作業に効率的に取り組むことに適した基盤システムといえます。
蔵書数30万件のCiNii Books搭載、また図書情報の標準化の作業は現在進行中で、完了までにはまだしばらく時間を要しますが、当研究所が永年にわたって収集・蓄積してきた蔵書やその情報を、より多くの研究活動に寄与できような体制を整備してまいります。