研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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『みづゑ』第1号(明治38年7月刊)の表紙
企画情報部のプロジエクト「文化財の研究情報の公開・活用のための総合的研究」では、他機関との連携をはかりつつ、蓄積された文化財に関する研究情報を効果的に公開・活用することを目標に掲げています。その一環として、当研究所の所蔵する美術雑誌のうち、廃刊となり、著作権の切れてしまった明治期の美術雑誌のなかで、国内・外より閲覧要請が多い『みづゑ』のホームページ上での公開を、国立情報学研究所と研究連携をはかりながら進めています。9月13日には、そのための協議会を当研究所で開催し、公開方法として、その総目次とリンクさせながら記事検索により、本文がホームページ上で画像閲覧ができることを目指すとともに、そのための行程確認とホームページ上での公開のための効果的な手法について話し合い、年度内に1~10号までを公開し、以後、順次このプロジエクトの中で明治期に刊行分89号までの公開をすすめることを再確認しました。
陸前高田市立博物館からの被災作品の搬出
燻蒸後の被災作品のクリーニング作業
3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震により岩手県陸前高田市立博物館では、所蔵品すべてが津波によって水損する大きな被害を受けました。同館には総合博物館として人文系・自然史系の多岐にわたる資料が収蔵されていました。それに加えて市ゆかりの作家たちの作品を中心に油彩画、書、版画も保管されていました。被災後、それらの美術品は全国美術館会議の参加館から派遣された学芸員たちによって現地から盛岡市内の県管轄施設まで輸送され、応急処置を受けました。
周囲の建物がほとんど流出した中、一部破損した躯体のみが残った陸前高田市立博物館で7月12、13日、炎天のもと、所在作品の調査、梱包が行われ、14日に盛岡市内に輸送されて県所管施設に搬入されました。200号から400号におよぶ大型作品が多く、また海水に浸った後に気温が上昇する状況に置かれたことからカビの害が甚しかったため、応急処置作業の前に燻蒸によって殺虫殺菌を行うことが必須でした。8月9日から16日まで燻蒸を行い、8月21日から応急処置作業が始まりました。北海道から九州まで、全国美術館会議会員館の学芸員、保存担当者などのべ約700名が参加して、土・日曜日も休みなく、画面や額のクリーニング、防黴処置に当たり、作品が美術館等の収蔵庫での中期的保存に耐えられる状態にしました。全156件の作品は処置を終えて9月29日に岩手県立美術館収蔵庫に納められ、今後は陸前高田市から同館へ寄託される予定です。この作業には全国美術館会議、岩手県教育委員会、陸前高田市教育委員会、岩手県立美術館、国立美術館が当たり、被災文化財等救援委員会(事務局:東京文化財研究所)が支援、調整を行いました。
大災害を乗り越えた後、それらを守り伝えようとする多くの人々の手当てを受けた作品たちが、このまま収蔵庫で眠り続けることなく、活かされる機会が訪れることを祈念してやみません。
会場の様子
第35回文化財の保存および修復に関する国際研究集会「染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―」を東京国立博物館平成館において、9月3日から5日の3日間開催しました。このシンポジウムでは、国内外から染織品制作の技術者、染織品修復技術者、学芸員、研究者など様々な立場の各専門家を招き、有形である染織品を「つくる」「まもる」「つたえる」といった無形の側面よりアプローチすることで、今後の「染織技術」研究の道筋を示すことを目的としました。そして、主催者としては、今日における染織品の制作や修復の際に直面する原材料・道具の問題、技術を次世代へと伝えていくための後継者養成をめぐるシステム、多角的な染織技術研究のあり方などについて、この機会に情報の共有化を図り、議論を深めることも意図しました。
冒頭に行われた2本の基調講演では染織技術が時代により変化して然るべきものであることや、それぞれに時代により失われた技術が多くあるという染織技術に関する根本のテーマについて参加者との共有を図ることができました。これに続いて、「染織技術をまもる」「染織品保存修復の現状」「染織技術へのまなざし」「染織技術をつたえる」の計4セッションを設け、最後に総合討議が行われました。各セッションでは、技術者の立場からの染織技術継承に向けての提言や、修復技術に関する国外・国内の歴史や現状、染織技術研究に向けての国内外の染織品や関連資料の検討方法や、後継者育成についてなどいずれも興味深い報告が続きました。討議の中では、変化しながら受け継がれてきた染織技術を、現在どのように保護していくことができるかという問題や染織品修復技術の技術者側の抱える問題、そして、国内外の近代染織品収蔵の考え方の相違など、さらに議論が必要である項目が取り上げられました。このような多様な論点に対して具体的な解決策を議論する時間が不足したことなどの反省点もありますが、参加者からは、現在、染織技術保護が抱えている課題を共有する機会として、また、新たなネットワーク構築に向けて大いに有益であったとの好意的評価をいただくことができました。
本研究集会の詳細な記録は、来年度、報告書として刊行する予定です。
花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」背面
佐賀県立博物館に寄贈された花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」の調査を、武蔵野音楽大学の薦田治子教授と一緒に行いました。これは、明国出身の武冨家に伝来したもので、大財聖堂を築いた武富廉齋(1638~1718)の父が清国の商人から購入し、廉齋が後水尾天皇の求めで御前演奏を行って「孝鳥弦」の名を下賜された、という伝えのある琵琶です。裏面に螺鈿の細工があり、徳川美術館の小池富雄氏が明時代の技法、と判定されましたが、従来知られていた明時代の琵琶よりは胴がふっくらした形態で、中国南部の南琵の系統を引く楽器と考えられます。日本で弾奏するために、中国琵琶特有の柱(ブリッジ)を表板からはずした可能性も考えられるので、今後、中国との比較研究を行って、さらに詳しく調査を行いたいと思います。
塗装標本等資料見学の様子
保存修復科学センター伝統技術研究室では、9月29日(木)に当研究所地下セミナー室において「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」と題する研究会を開催しました。この研究会は、一昨年に開催した第3回研究会の「建築文化財における漆塗料の調査と修理」の続編ともいえる内容です。漆塗料は日本を代表する優れた伝統的な塗料であると同時に修復材料でもあります。修復の現場では建築文化財の塗料には漆塗料、あるいは顔料+膠材料の二つしかないかのようなイメージがありました。ところが、実際にはそれ以外の乾性油や松脂、柿渋など様々な材料を時と状況に応じて塗料として使用してきたことが明らかになってきました。今回の研究会では、このような漆塗料でもない膠材料でもない、いわば第三の塗料について取り上げました。研究会では、まず北野が問題提起を行い、建築装飾技術史研究所の窪寺茂先生から主に「チャン」と呼ばれる塗料とその塗装技法についてお話をいただきました。次に、日光社寺文化財保存会の佐藤則武先生から、日光社寺建造物の漆塗料以外の塗料の状況について技術者という立場から御講演いただきました。最後に明治大学の本多貴之先生から、乾性油を中心とした塗料の科学についての解説と、実際に日光社寺建造物の塗料の有機分析を行った結果の報告をいただきました。講師の方々のお話は、それぞれ専門の立場からの話題提供であっただけに説得力もあり、さらに会場では佐藤先生にお持ちいただいた日光社寺建造物の塗料資料や手板などを見学することもできました。
開会式後の関係者集合写真
実習(裏打ちの準備)
実習(糊の準備)
8月29日より9月16日まで、ICCROMおよび九州国立博物館との共催で国際研修を行いました。世界中から60名程の文化財関係者の応募があり、その中からインド、スイス、メキシコなどに所属機関がある10名が参加者として選抜されました。
この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。同時に実習では、欠損部の補填から、裏打、軸付けなどを行って巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて和紙製造の現場および紙の集散地として発展した美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区を見学し、紙の製造から輸送、販売まで歴史上の和紙の流通について学習しました。さらに、伝統的な表装工房や道具・材料店を訪れ、日本における紙の保存修復のための環境についても学びました。
この研修で伝えられた技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることを期待しています。
サモアの伝統的儀式の様子
会議場の様子
9月5日から9日まで、サモアのアピアでUNESCOの第4回大洋州世界遺産ワークショップが開催されました。大洋州は全地表の3分の1の面積を占めているにもかかわらず、世界遺産の登録件数は多くありません。そのためUNESCOは、自国の文化や自然の世界遺産登録を目指す大洋州の島嶼国の代表者を集めて、そうした取り組みを支援するためのワークショップを開催しています。文化遺産国際協力コンソーシアムでは、今後増加すると思われる大洋州の国々からの文化遺産保護に関する支援要請に備えるため、今回のワークショップにオブザーバーとして参加しました。
会議には13の島嶼国と2つの海外領のほかに、オーストラリアとニュージーランドがドナー国として、またICOMOSやIUCN等の諮問機関も参加しました。これまでの各国の取り組みと世界遺産登録に向けた準備の進捗状況が報告され、また大洋州が一丸となって取り組んでいくための核になる大洋州遺産ハブの形成などについて検討されました。
大洋州はこれまで自然遺産の保護に積極的な地域でしたが、今後は文化遺産についても積極的に保護し、博物館などの整備に向けても取り組みを進めたい姿勢が感じられました。また、無形遺産にも関心が高く、今後は大洋州諸国から無形的側面を含めた文化遺産の保護に関する支援等が要請されるのではないかと予測されます。
X線撮影室での説明(8月3日)
韓国国立慶州博物館 辛龍飛氏ほか 計2名
8月3日、文化財の保存修復作業等の見学のため来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター第一修復実験室及びX線撮影室、文化遺産国際協力センター修復アトリエにおいて、各担当者が業務内容について説明を行いました。
左からラーソン・ジュール・ニッポン株式会社松田様、石崎副所長、大河原代表取締役、木川生物化学研究室長、亀井所長、六川研究支援推進部長
ラーソン・ジュール・ニッポン株式会社から、東京文化財研究所における東日本大震災による被災文化財の救済の研究の支援を目的として、富士インパルス株式会社製の真空脱気シーラー「V-402」4台のご寄贈のお申し出がありました。
ご寄贈いただいた物品は、東北地方太平洋沖地震による津波の被害を受け、海水で濡れた書籍や文書を修復するためのもので、早速、東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)に活用させていただいております。また、8月3日、ラーソン・ジュール・ニッポン株式会社大河原泰介代表取締役に東京文化財研究所へご来所いただき、今回ご寄贈いただいたことに対して、亀井所長から感謝状を贈呈しました。
当研究所の事業にご理解を賜りご寄贈をいただいたことは、当研究所にとって大変有難いことであり、今後も研究所の事業に役立てたいと思っております。
フランク・フェルテンズ氏発表後のディスカッション
企画情報部ではほぼ毎月研究会を開催しています。8月30日に開催した2011年度第5回企画情報部研究会では、今年6月中旬から9月初めまでの約3ヶ月間、当部来訪研究員として来日していたコロンビア大学大学院博士課程のフランク・フェルテンズ氏に「琳派と能の関係についての再考」と題して調査研究の成果を発表していただきました。伝統的な絵画表現と装飾的な意匠性を融合させて独自の画風を確立させた尾形光琳(1658-1716)は、幼少より能楽を習い、生涯にわたって能謡を愛好したことで知られており、その芸術にも少なからず影響を及ぼした可能性が先行研究において指摘されてきました。フェルテンズ氏の今回の発表では、先行研究をふまえ、絵画作品ばかりでなく工芸・装束・謡本なども含めて、そのモティーフ選択や美意識に着目し、空間構図分析やパフォーマンス理論なども応用しながら琳派芸術の解釈を行いました。発表後のディスカッションでは、当所無形文化遺産部、無形文化財研究室長・高桑いづみ氏より、能楽研究の立場から芸能史と美術史における研究基盤と手法の違いについての指摘がありました。学際的な研究の問題点が浮き彫りになる一方、活発な討議を通じ、多様に展開する江戸時代の絵画および工芸史研究において、さらに具体的な検証作業が必要であることが認識され、充実した研究交流の機会となりました。
ロビー展示「無形文化遺産の記録」展示を前に議論する日韓の研究員
無形文化遺産部では、近年の世界的な無形文化遺産保護の気運の高まりに応じて、アジア地域を中心とした各国の関係機関との国際的な調査研究協力を積極的に進めています。その一環として、2008年には韓国国立文化財研究所無形文化財研究室との間に「無形文化遺産の保護に関する日韓研究交流」合意書を交わし、以後3年間にわたって国際研究交流を行なってきました。その研究交流の集大成として、8月9日、東京文化財研究所にて日韓無形文化遺産研究会が行なわれました。韓国から6名の研究者が来日して参加し、韓国側の発表者3名を含む6名が、無形文化遺産に関する研究発表を行ないました。また、研究会の後には今後の研究交流についての協議が行なわれ、2012年から五か年計画で、引き続き交流を行なうことが合意されました。
フィルモン音帯「トーキングブツク/ヘレンケラー」大阪芸術大学博物館所蔵
無形文化遺産部は、早稲田大学演劇博物館(演劇映像学連携研究拠点)と共同で、フィルモン音帯(日本で開発されたエンドレステープ式の長時間レコード)の調査研究を実施しています。
フィルモン音帯は、生産期間が1913年から1915年と短かったため、現存数は決して多くありません。1937年に初来日したヘレン・ケラーが録音を行っていたことは事実として知られていましたが、現物を確認できない音帯のひとつでした。調査の過程で、その音帯が大阪芸術大学博物館に現存することが明らかとなりました。この時の録音以外には、初来日当時の肉声は残されていないようです。歴史的にも貴重な資料であり、8月18日付『読売新聞』夕刊には紹介記事が掲載されました。
フィルモン音帯の概要は『無形文化遺産研究報告』第5号(2011年3月刊)に報告しています。収録内容を含め、その詳細は今年度の報告書にまとめる予定です。
保存管理計画ワークショップ
建造物保存修復調査風景1
建造物保存修復調査風景2
文化庁委託・拠点交流事業の一環としてモンゴル教育文化科学省と共同で行っているモンゴル・アマルバヤスガラント寺院での活動も3年目となります。本年は6月下旬および8月下旬の2度にわたり、協力ミッションを派遣しました。
昨年度のワークショップで検討した内容に従って本年4月、文化遺産法に基づく保護区を設定する決定がモンゴル政府によって行われました。この保護区は、寺院本体だけでなく、周囲の景観や、寺院建設に関連する考古学的遺跡、さらには聖地や伝承地も含む広大なもので、そこでの開発規制等、具体的コントロールの内容を検討することが今年度の大きなテーマとなっています。地元のセレンゲ県が担当する保存管理計画策定作業の推進に向け、省・県・郡・寺院・住民の代表が参加するワークショップを各回とも開催しました。県側の作業体制立ち上げや基本情報収集等に遅れが目立つなど課題も少なくありませんが、計画に盛り込むべき基本的方針を県への提言としてまとめました。
これと並行して8月ミッションでは、日本の木造文化財建造物修理技術者を講師に、建造物保存修復調査に関する研修もモンゴル人若手技術者を対象として実施しました。この研修も一昨年、昨年に続くもので、実際に破損が進行している仏堂の一つを実測しながら、破損状況の定量的把握から、修理工事の積算に必要な数量調書の作成に至る作業の流れを実習しました。伽藍内の歴史的建造物は劣化・破損が進み、修理の緊急性がさらに高まってきています。修理の技術的水準を確保するには、依然モンゴル単独では対応が難しい状況は変わらず、日本を含む海外からの技術支援を求める声はますます大きくなりつつあります。これに今後どのように対処していくか、モンゴル政府側との意見交換を継続していく必要があります。
修復実験室での説明(7月4日)
ソウル大学奎章閣韓国学研究院ほか4名
7月4日、文化財の保存修復作業等の見学のため来訪。企画情報部資料閲覧室,保存修復科学センター修復実習室及び文化遺産国際協力センター修復アトリエにおいて各担当者が業務内容について説明を行いました。
分析科学研究室での説明(7月7日)
台湾・国立中央図書館台湾分館職員ほか4名
7月7日、文化財の保存修復に関する調査研究の見学のため来訪。保存修復科学センター各研究室において担当者が業務内容について説明を行いました。
独立行政法人国立文化財機構新任職員31名
7月21日及び22日に、独立行政法人国立文化財機構新任職員研修会の一環で、各日18名及び13名が来訪。3階文化遺産国際協力センター修復アトリエ、2階企画情報部資料閲覧室、地階無形文化遺産部実演記録室を見学し、それぞれの担当者が説明及び質疑応答を行いました。
京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センターでは5月から「京観世の記録化」という研究会を始めました。2月に大学創立百三十周年記念の公開講座「京観世の伝統―記録と記憶から聞こえるもの―」をおこないましたが、そこで講演をおこなったつながりで、高桑無形文化財研究室長が、この研究会に参加しています。京観世は、大正時代半ば頃まで残っていた京都独特の謡の伝承です。現在では途絶えてしまいましたが、無形文化遺産部では50年前に録音をおこない、30年前にその録音を中心にしたレコードの作成にも関わっていました。そのときどきの資料を扱いながら、京観世の伝承を甦らすべく、共同研究をおこなっています。
座談会形式で村の方々に昭和20年代の暮らしについてお聞きしました
7月4日~5日の二日間、下松市米川地区(旧米川村)の西平谷にて莚(むしろ)織り技術の調査を行ないました。西平谷は西谷・平谷から成る谷筋の山間集落ですが、昭和30年以降、沿岸市街地への転出が一気に進み、現在では両村合わせて10戸に満たないほどに過疎化が進行しています。この地域で、地域おこしの一環として、地元有志を中心に莚織りの技術を復活させようとする活動が昨年度から行なわれてきました。莚は古くより日本の百姓の暮らしのなかでごく当たり前に見られた民具であり、その技術もすでに近世から日本列島でほぼ共通しています。しかし当たり前であるからこそ、その技術がきちんと記録されることはほとんどありませんでした。西平谷の莚は自家用に織り継がれてきたものであるために、最も単純な道具を用いた技術であり、莚織り技術のより古い形を保存していると考えられます。調査研究では地元有志をお手伝いする形で莚織り技術を復元し、記録・伝承するとともに、莚という民具の背景にある村の暮らしや環境を掘り起し、記録することを目指しています。
ケーススタディでの一場面
今回で28回目となる表題の研修を、7月11日から22日まで開催しました(参加者27名)。本研修は主に自然科学的視点から、保存環境や資料の劣化防止に関する基礎的な知識や技術を学んでいただくことを目的としており、研究所内外の専門家が講義や実習を担当しています。また、保存環境調査を実地で行う「ケーススタディ」を毎回行っており、今回は、八千代市立郷土博物館のご厚意により、会場としてお借りしました。参加者がグループ毎にテーマを設定したうえで環境調査を行い、その結果を発表し、質疑応答などを行いました。
また今回は、カリキュラムに激甚災害への備えに関する講義、また水損被害を受けた写真や紙資料の応急処置に関する実習や実演などを取り入れました。今回は残念ながら、先の東日本大震災で特に甚大な被害を受けた東北地方などからのご応募はありませんでしたが、参加された全国からの方々にとっても決して他人事ではなく、被災した地域を思いながら、また将来起こるかもしれない大災害に備えるためにも真剣に学んでおられました。
インド考古局 チャンドラパンディアン氏による講演
東京文化財研究所では、昨年度まで文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の枠組みにおいて、インド考古局(ASI)と共同で、アジャンター遺跡第2窟および第9窟における壁画の保存修復のための調査研究を実施しました。
そのフォローアップとして、文化遺産国際協力センターでは、2011年7月23日から28日までアジャンター遺跡を管理するインド考古局から、現地研究室の代表者チャンドラパンディアン氏を招へいし、27日に専門家会議を開催しました。
本会議では、共同作業で行った第2窟壁画の状態や損傷要因についての調査結果、また、第2窟、第9窟における高精細デジタル撮影によるドキュメンテーションの成果を報告しました。さらに、ASI側からは、アジャンター遺跡以外の遺跡も含めたASIの活動内容をご報告いただきました。アジャンター壁画が抱える問題を専門家間で共有するとともに、今後どのように壁画の保存を目指していくかを検討する貴重な機会となりました。