研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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無形文化遺産保護条約第6回政府間委員会
無形文化遺産保護条約第6回政府間委員会は、去る11月22日から29日の1週間、インドネシアのバリ島ヌサドゥア地区のバリ国際会議センターにおいて開催され、東京文化財研究所からは、無形文化遺産部の宮田繁幸・今石みぎわ、企画情報部の二神葉子の3名が参加しました。今回の会合では、緊急保護一覧表に11件、代表的一覧表に19件の新たな無形文化遺産の記載が、また推奨保護計画として5件の登録が決定されました。日本からは、代表的一覧表への推薦済み案件のうち、6件が審査され、「壬生の花田植」、「佐陀神能」の2件が記載、「本美濃紙」、など4件は情報照会の決議がなされました。この情報照会という手続きは、今回の委員会から運用が始まったもので、補助機関が記載・不記載の勧告をするのに申請書の情報が不足である場合になされる勧告です。今回は初めてということもあり、この情報照会の是非を巡り、個別案件ごとにかなり議論が展開されました。また、1昨年度から問題とされている、申請書処理数の制限、各国申請件数のシーリング、専門家による諮問機関の導入の是非、等に関しては、昨年まで以上に委員国間の意見対立が大きく、いくつかの議題では今までにない多数決投票による決定にまで至りました。本格的な運用開始から3年あまりで、無形文化遺産保護条約は大きな転換点に来ている状況を如実に表したものといえるでしょう。日本国内でも関心が高い問題であり、また無形文化遺産分野での国際交流を進めていく上でも、今後ともこの動向を注視していくことが必要です。
研修の一場面
表題の研修会を11月16日、17日の2日間、熊本市現代美術館において開催し(主催:東京文化財研究所・財団法人熊本市美術文化振興財団、後援:熊本県博物館連絡協議会・熊本県市町村文化財担当者連絡協議会)、68名が参加しました。
本研修は、我々が地方に出向き、学芸員や文化財行政担当者を対象に資料保存に関する基礎知識を学んで頂くことを目的としており、総論、温湿度、照明、空気環境、および生物被害管理などに関する講義を行いました。当研究所では毎年夏、「保存担当学芸員研修」を2週間にわたって行っていますが、長期におよぶ参加が叶わない方にとって、この地域研修は保存を学ぶための貴重な場となっています。
また、今回ははじめて“現代美術館”における資料保存に関しての講義も行いました。現代美術館では、近代以前の作品を対象とした施設とは異なるコンセプトのもとで設計されていることが少なくなくありません。しかし一方、現代美術館でも国指定品を含む古典作品を扱う場合もあるため、その安全な保存と展示のためには、担当者が施設の特徴を認識したうえで、適切な対処と取扱いを行う必要があるためです。また、将来歴史的・美術的に価値付けられる可能性がある現代美術作品の保存についても、真剣に考えなくてはならない時期が来たとの認識がありました。現代美術については、我々も作品と施設の両方に対して、経験や研究の蓄積が十分とは言い難いことは否めません。だからこそ、現場で扱う方からのニーズを積極的に頂きたいとの思いもあり、これを取り上げるに至ったものです。
この研修は、各都道府県からの要望に応じて実施していますので、ご希望がありましたらご遠慮なくお知らせください。
虚空蔵菩薩像の高精細画像撮影の様子
企画情報部の研究プロジェクトのプロジェクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の一環として、10 月5日、東京国立博物館に所蔵される国宝・絹本着色虚空蔵菩薩像の高精細画像の撮影を行いました。東京国立博物館の理解・協力をいただいての当研究所との「共同調査」によるものです。今回の撮影は東京国立博物館の田沢裕賀氏のご助力をえて、当研究所画像情報室城野誠治が画像撮影を行い、小林達朗、江村知子が参加しました。虚空蔵菩薩像は平安仏画の代表的名品のひとつです。平安時代の仏画は日本絵画史の中でもきわだって微妙かつ細部にわたる繊細な美しさを実現しましたが、それゆえにその表現の細部の観察が重要になります。今回は本作品全体を現在の最高水準の高精細で28カットに分割して撮影し、またさらに微細な部分8カットのマクロ撮影を行いました。結果は肉眼による観察を超えるものがあります。得られた情報については今後東京国立博物館の専門研究員を交えて共同で検討してまいります。
大正10(1921)年、美術史研究のため中国へ渡った折の大村西崖
大村西崖(1868~1927年)は明治中期に美術批評家として活躍し、その後半生には東京美術学校教授として東洋美術史学の発展に大きく貢献した人物です。2008年に西崖のご遺族より東京芸術大学へ日記・書簡等の資料をご寄贈いただいたのを機に、翌2009年より科学研究費による「大村西崖の研究」を、塩谷純(東京文化財研究所)を研究代表者として進めています。10月18日には今年度の第7回企画情報部研究会として、その研究成果の発表を行いました。
塩谷は「大村西崖と朦朧体」と題して、西崖の美術批評と明治中期の日本画との関連を探りました。西崖は横山大観や菱田春草らの革新的な日本画を“朦朧体”として批判した人物として知られていますが、あらためてその批評を読むと、日本画の線や筆法への忌避感を露わにし、あたかも朦朧体に連なるかのような論調であることは注目されます。発表は、そうした西崖の批評の再検証を通して、“描く”絵画から“塗る”絵画へと変貌する近代日本画の流れを展望しようというものでした。
続いて大西純子氏(東京芸術大学)が「大村西崖撰『支那美術史雕塑篇』について(資料紹介)」と題して発表を行いました。大正4(1915)年に刊行された大村西崖撰『支那美術史雕塑篇』は、中国の彫塑全体を網羅した最初の資料集で、今日も多くの中国彫塑史研究者が便とし、研究書としての価値は失われていません。大西氏は、東京芸大に寄贈された資料の中から西崖自身による校訂本や手記等を紹介、西崖が行った調査や参考にした文献を明らかにしながら同書編纂の経過をたどりました。
発表後のディスカッションでは、西崖研究の第一人者である吉田千鶴子氏(東京芸術大学)をはじめ所内外の研究者が参加し、活発に意見を交わしました。とくに大西氏の発表からうかがえた西崖の実証的な姿勢に、同じ研究者として共感を寄せた方も少なからずいたようです。
公開学術講座プログラム
対談の様子
展示会場の様子
第6回無形文化遺産部公開学術講座が10月22日に東京国立博物館平成館大講堂で開催されました。
今回の講座では、無形文化遺産部が所蔵する無形文化財関連の資料の中から、東大寺修二会(お水取り)の録音記録を取り上げました。1967年から継続的に行われた調査の過程で蓄積されてきた東大寺修二会の現地録音は、10インチのオープンリールだけでも約400本にも上る膨大なものです。1960年代から90年代にかけて修二会に参籠されていた橋本聖圓師(東大寺長老)と、調査で中心的な役割を果たされた佐藤道子氏(東京文化財研究所名誉研究員)との対談の合間に、そうした録音記録の一部を紹介しました。また、平成館小講堂では東大寺修二会に関連する珍しい資料の展示を併催しました。
一般参加者は200人を超える盛況で、アンケートでは展示ともども大変な好評をいただきました。
橋本聖圓師と佐藤道子氏の対談では非常に興味深いお話をうかがうことができました。今年度の無形文化遺産部の報告書に、その内容を掲載する予定です。
作業用の木製足場の組立(A家)
差し茅を行う職人(B家)
10月中旬、秋田県仙北市で茅葺き技術の調査を行ないました。茅葺きはススキ、ヨシ、カリヤス等の植物材によって葺かれた屋根の総称で、民家や寺社建築の伝統的形態のひとつです。高度経済成長期以降、茅葺き屋根をめぐる技術・景観・文化は急速に失われており、高齢化にともなう職人の減少や茅材料の不足が衰退に拍車をかけています。
調査では茅葺き職人の後継者育成や技術の記録保存等の事業を行っている「秋田茅葺き文化継承委員会」の案内により、職人への聞き取りと技術の実地調査を行ないました。茅葺き屋根を維持する技術には、大きくわけて「葺き替え」(茅を全面的に葺き替える技法)と「差し茅(さしがや)」(痛んだ茅を差し替える技法)がありますが、秋田を含む東北日本海側の茅屋根はそのほとんどが「差し茅」によって維持されるという点で、全国的にみても特徴的です。
研究では差し茅技術の特徴を調査・記録していくと共に、これをひとつの民俗技術と捉え、その文化的意義を明らかにしていきたいと考えています。
サントリー美術館での蛍光エックス線分析による調査の様子
企画情報部と保存修復科学センターでは平成22-23年度にかけて、サントリー美術館所蔵の泰西王侯騎馬図屏風(重要文化財)の光学調査を実施しました。泰西王侯騎馬図屏風は桃山時代の初期洋風画の傑作として知られています。四人の王侯の騎馬姿が大きく描かれた四曲一双の屏風で、神戸市立博物館に所蔵されている泰西王侯騎馬図屏風(重要文化財、現在は四曲一隻)とともに、もとは会津藩若松城(鶴ヶ城)の障壁画であったと伝えられています。しかし、この屏風の制作経緯については不明な点も多く残されています。今回の光学調査では、高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光画像、エックス線画像の撮影を行い、描写や彩色に関する詳細な調査を実施するとともに、蛍光エックス線分析により彩色材料の特定を行いました。その結果、両作品に使われている絵具は日本画に用いられる顔料が中心であるが、背景の金箔材料が異なっていることなどが明らかになりました。調査結果の一部は、サントリー美術館で開催中(平成23年10月26日~12月4日)の特別展「南蛮美術の光と影、泰西王侯騎馬図屏風の謎」の展覧会場でパネル展示されています。
ボロルダイ古墳群におけるレーダー探査の研修
データ解析の講義
ケン・ブルン遺跡における測量研修
シルクロード関連遺跡の世界遺産一括登録を目指して、中央アジア5カ国に中国を加えた各国が国境の枠を超え、様々な活動を目下展開中です(活動報告2010年1月、2月、2011年5月参照)。この活動を支援するため、文化遺産国際協力センターも今年度より、ユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に参加し、中央アジア各国で各種の事業を開始しています。その一環として、カザフスタン共和国とキルギス共和国において、技術移転と人材育成を目的としたワークショップを開催しました。
カザフスタンでは、9月27日から10月19日まで、考古遺跡の地下探査に関するワークショップを、奈良文化財研究所およびカザフスタン考古学専門調査研究機関と共同で実施しました。ワークショップには、カザフスタン人専門家の他、他の中央アジア諸国からも考古学専門家が参加しました。実習では、アルマトイ近郊のボロルダイ古墳群(写真1)とトルケスタン北西部のサウラン都城址を調査対象に、レーダー探査(GPR)と電気探査を行いました。研修生達は非常に熱心で(写真2)、限られた時間の中でも多くのことを学ぶことができたと思います。
地下探査の成果という点でも、カザフスタンの考古遺跡での適用はほぼ初の試みでしたが、埋没している地下の構造物を捉えるのに十分な結果が得られました。今後は、各種の遺跡での試行や発掘調査による検証も行い、その有効性を検討していく必要がありますが、多くの遺跡を限られた人材で調査しなければならない中央アジアの実情から、地下探査への期待が極めて大きいことは間違いありません。
キルギスでは、10月18日から24日まで、遺跡の測量に関するワークショップを開催しました。文化遺産保護関連分野の人材育成を目的に、キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所および同志社大学と共同で実施したこのワークショップには、キルギスの若手研究者8名が参加しました。
測量の原理や方法論に関する座学の後、中世の都城址であるケン・ブルン遺跡を対象に測量実習を行いました(写真3)。一週間と短い研修でしたが、研修生は測量の原理をよく理解し、遺跡の測量技術を着実に身に付けていきました。
文化遺産国際協力センターでは、今後も、中央アジア諸国において文化遺産保護関連の技術移転や人材育成を目的としたワークショップを開催する予定です。
考古測量実習
文化遺産国際協力センターでは、キルギス共和国チュー河流域の都城址アク・ベシム遺跡を舞台に、ドキュメンテーション、発掘、保存修復、史跡整備に関する人材育成支援を2011年度からの4年間、文化庁委託事業として実施する予定です。中央アジア5カ国の若手専門家を育成し、将来的に中央アジア諸国の文化遺産保護に益することを目的としています。
今年度は10月6日から10月17日までの12日間、奈良文化財研究所およびキルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所と協力して、第1回ワークショップを実施しました。今回のテーマは、遺跡のドキュメンテーションに関するもので、具体的には、遺跡の測量に関する座学を歴史文化遺産研究所で行った後、アク・ベシム遺跡でトータルステーションを用いた遺跡測量を実習しました。ワークショップには、キルギス共和国の8名に加えて、他の中央アジア各国からも1名ずつ、計12名の若手専門家が参加しました。研修生はいずれも測量技術を身につけようと、熱心に研修を受講していました。また、この研修を通じて、中央アジア各国の若手専門家の間にネットワークが構築されたことも、重要な成果の1つだったといえます。
今後も引き続き、中央アジアの文化遺産保護を目的とした様々なワークショップを実施していく予定です。
処置前の断片
処置(クリーニング・小断片固定)後の断片
裏打ち作業
10月9日から11月8日まで、「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復」の第12次ミッションを実施しました。今回のミッションでは、タジキスタン南部のフルブック遺跡から出土した11~12世紀の壁画の保存修復を行いました。フルブック遺跡の壁画は、中央アジアにおける最初期のイスラム美術の遺物であり、類例の少ない貴重な資料です。本修復事業は住友財団の助成金を受けて実施されました。
フルブック遺跡から出土した壁画断片は、ほとんどが厚さ1cmにも満たない薄い状態であり、また全体に劣化が著しく取り扱いができないほど脆くなっています。本ミッションでは、2009年に実施した試験的な保存修復処置の結果をふまえて、3つの断片に対し、彩色層の強化、クリーニングと裏打ちを行いました。ふのり水溶液を壁画表面に数回噴霧し彩色層に一定の強度をもたせてからクリーニングを行いました。その後、割れてばらばらになった小断片を正しい位置に並べて固定しました。固定部分を保護し、断片全体をひとまとまりとして安定化させるため、断片の背面の凹凸に沿いやすい三軸織物を使用し裏打ちを行いました。
次回のミッションでは、他の断片のクリーニング、裏打ちを行うとともに、マウント方法の検討を行う予定です。
会場風景
パネルディスカッション風景
近藤長官講演
2011年10月16日に、一般の方々を対象に、自然災害により被害を受けた文化遺産の緊急保存に関するシンポジウム「文化遺産を危機から救え~緊急保存の現場から~」を東京国立博物館平成館大講堂にて開催しました。
基調講演には、近藤誠一文化庁長官をお招きし、東日本大震災による文化財の被害状況と文化財レスキュー事業を中心にお話しいただきました。続いて、大和智文化庁文化財鑑査官、日高真吾国立民族学博物館准教授、宮崎恒二東京外国語大学理事、フランスのNGO である「国境なき文化遺産」のアンリ・シモン代表より、それぞれご報告頂いた後、「文化遺産への緊急対応の課題」と題したパネルディスカッションを行いました。
講演内容は、阪神・淡路大地震および今年の東日本大震災によって被害を受けた建造物、民俗文化財、文字文化財等の復旧事業から、海外の文化遺産への支援まで多岐に及びました。緊急的な文化遺産復旧に関する議論を通じて、日本の被災文化財保護の経験を活かし、今後とも被災文化遺産保護のための国際的取り組みに協力していくべきであることが確認されました。
実演記録室での説明(9月16日)
台東区立御徒町台東中学校 計6名
9月16日、職場訪問学習の一環として来訪。無形文化遺産部実演記録室を見学し、担当者が説明及び質疑応答を行いました。
『みづゑ』第1号(明治38年7月刊)の表紙
企画情報部のプロジエクト「文化財の研究情報の公開・活用のための総合的研究」では、他機関との連携をはかりつつ、蓄積された文化財に関する研究情報を効果的に公開・活用することを目標に掲げています。その一環として、当研究所の所蔵する美術雑誌のうち、廃刊となり、著作権の切れてしまった明治期の美術雑誌のなかで、国内・外より閲覧要請が多い『みづゑ』のホームページ上での公開を、国立情報学研究所と研究連携をはかりながら進めています。9月13日には、そのための協議会を当研究所で開催し、公開方法として、その総目次とリンクさせながら記事検索により、本文がホームページ上で画像閲覧ができることを目指すとともに、そのための行程確認とホームページ上での公開のための効果的な手法について話し合い、年度内に1~10号までを公開し、以後、順次このプロジエクトの中で明治期に刊行分89号までの公開をすすめることを再確認しました。
陸前高田市立博物館からの被災作品の搬出
燻蒸後の被災作品のクリーニング作業
3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震により岩手県陸前高田市立博物館では、所蔵品すべてが津波によって水損する大きな被害を受けました。同館には総合博物館として人文系・自然史系の多岐にわたる資料が収蔵されていました。それに加えて市ゆかりの作家たちの作品を中心に油彩画、書、版画も保管されていました。被災後、それらの美術品は全国美術館会議の参加館から派遣された学芸員たちによって現地から盛岡市内の県管轄施設まで輸送され、応急処置を受けました。
周囲の建物がほとんど流出した中、一部破損した躯体のみが残った陸前高田市立博物館で7月12、13日、炎天のもと、所在作品の調査、梱包が行われ、14日に盛岡市内に輸送されて県所管施設に搬入されました。200号から400号におよぶ大型作品が多く、また海水に浸った後に気温が上昇する状況に置かれたことからカビの害が甚しかったため、応急処置作業の前に燻蒸によって殺虫殺菌を行うことが必須でした。8月9日から16日まで燻蒸を行い、8月21日から応急処置作業が始まりました。北海道から九州まで、全国美術館会議会員館の学芸員、保存担当者などのべ約700名が参加して、土・日曜日も休みなく、画面や額のクリーニング、防黴処置に当たり、作品が美術館等の収蔵庫での中期的保存に耐えられる状態にしました。全156件の作品は処置を終えて9月29日に岩手県立美術館収蔵庫に納められ、今後は陸前高田市から同館へ寄託される予定です。この作業には全国美術館会議、岩手県教育委員会、陸前高田市教育委員会、岩手県立美術館、国立美術館が当たり、被災文化財等救援委員会(事務局:東京文化財研究所)が支援、調整を行いました。
大災害を乗り越えた後、それらを守り伝えようとする多くの人々の手当てを受けた作品たちが、このまま収蔵庫で眠り続けることなく、活かされる機会が訪れることを祈念してやみません。
会場の様子
第35回文化財の保存および修復に関する国際研究集会「染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―」を東京国立博物館平成館において、9月3日から5日の3日間開催しました。このシンポジウムでは、国内外から染織品制作の技術者、染織品修復技術者、学芸員、研究者など様々な立場の各専門家を招き、有形である染織品を「つくる」「まもる」「つたえる」といった無形の側面よりアプローチすることで、今後の「染織技術」研究の道筋を示すことを目的としました。そして、主催者としては、今日における染織品の制作や修復の際に直面する原材料・道具の問題、技術を次世代へと伝えていくための後継者養成をめぐるシステム、多角的な染織技術研究のあり方などについて、この機会に情報の共有化を図り、議論を深めることも意図しました。
冒頭に行われた2本の基調講演では染織技術が時代により変化して然るべきものであることや、それぞれに時代により失われた技術が多くあるという染織技術に関する根本のテーマについて参加者との共有を図ることができました。これに続いて、「染織技術をまもる」「染織品保存修復の現状」「染織技術へのまなざし」「染織技術をつたえる」の計4セッションを設け、最後に総合討議が行われました。各セッションでは、技術者の立場からの染織技術継承に向けての提言や、修復技術に関する国外・国内の歴史や現状、染織技術研究に向けての国内外の染織品や関連資料の検討方法や、後継者育成についてなどいずれも興味深い報告が続きました。討議の中では、変化しながら受け継がれてきた染織技術を、現在どのように保護していくことができるかという問題や染織品修復技術の技術者側の抱える問題、そして、国内外の近代染織品収蔵の考え方の相違など、さらに議論が必要である項目が取り上げられました。このような多様な論点に対して具体的な解決策を議論する時間が不足したことなどの反省点もありますが、参加者からは、現在、染織技術保護が抱えている課題を共有する機会として、また、新たなネットワーク構築に向けて大いに有益であったとの好意的評価をいただくことができました。
本研究集会の詳細な記録は、来年度、報告書として刊行する予定です。
花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」背面
佐賀県立博物館に寄贈された花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」の調査を、武蔵野音楽大学の薦田治子教授と一緒に行いました。これは、明国出身の武冨家に伝来したもので、大財聖堂を築いた武富廉齋(1638~1718)の父が清国の商人から購入し、廉齋が後水尾天皇の求めで御前演奏を行って「孝鳥弦」の名を下賜された、という伝えのある琵琶です。裏面に螺鈿の細工があり、徳川美術館の小池富雄氏が明時代の技法、と判定されましたが、従来知られていた明時代の琵琶よりは胴がふっくらした形態で、中国南部の南琵の系統を引く楽器と考えられます。日本で弾奏するために、中国琵琶特有の柱(ブリッジ)を表板からはずした可能性も考えられるので、今後、中国との比較研究を行って、さらに詳しく調査を行いたいと思います。
塗装標本等資料見学の様子
保存修復科学センター伝統技術研究室では、9月29日(木)に当研究所地下セミナー室において「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」と題する研究会を開催しました。この研究会は、一昨年に開催した第3回研究会の「建築文化財における漆塗料の調査と修理」の続編ともいえる内容です。漆塗料は日本を代表する優れた伝統的な塗料であると同時に修復材料でもあります。修復の現場では建築文化財の塗料には漆塗料、あるいは顔料+膠材料の二つしかないかのようなイメージがありました。ところが、実際にはそれ以外の乾性油や松脂、柿渋など様々な材料を時と状況に応じて塗料として使用してきたことが明らかになってきました。今回の研究会では、このような漆塗料でもない膠材料でもない、いわば第三の塗料について取り上げました。研究会では、まず北野が問題提起を行い、建築装飾技術史研究所の窪寺茂先生から主に「チャン」と呼ばれる塗料とその塗装技法についてお話をいただきました。次に、日光社寺文化財保存会の佐藤則武先生から、日光社寺建造物の漆塗料以外の塗料の状況について技術者という立場から御講演いただきました。最後に明治大学の本多貴之先生から、乾性油を中心とした塗料の科学についての解説と、実際に日光社寺建造物の塗料の有機分析を行った結果の報告をいただきました。講師の方々のお話は、それぞれ専門の立場からの話題提供であっただけに説得力もあり、さらに会場では佐藤先生にお持ちいただいた日光社寺建造物の塗料資料や手板などを見学することもできました。
開会式後の関係者集合写真
実習(裏打ちの準備)
実習(糊の準備)
8月29日より9月16日まで、ICCROMおよび九州国立博物館との共催で国際研修を行いました。世界中から60名程の文化財関係者の応募があり、その中からインド、スイス、メキシコなどに所属機関がある10名が参加者として選抜されました。
この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。同時に実習では、欠損部の補填から、裏打、軸付けなどを行って巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて和紙製造の現場および紙の集散地として発展した美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区を見学し、紙の製造から輸送、販売まで歴史上の和紙の流通について学習しました。さらに、伝統的な表装工房や道具・材料店を訪れ、日本における紙の保存修復のための環境についても学びました。
この研修で伝えられた技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることを期待しています。
サモアの伝統的儀式の様子
会議場の様子
9月5日から9日まで、サモアのアピアでUNESCOの第4回大洋州世界遺産ワークショップが開催されました。大洋州は全地表の3分の1の面積を占めているにもかかわらず、世界遺産の登録件数は多くありません。そのためUNESCOは、自国の文化や自然の世界遺産登録を目指す大洋州の島嶼国の代表者を集めて、そうした取り組みを支援するためのワークショップを開催しています。文化遺産国際協力コンソーシアムでは、今後増加すると思われる大洋州の国々からの文化遺産保護に関する支援要請に備えるため、今回のワークショップにオブザーバーとして参加しました。
会議には13の島嶼国と2つの海外領のほかに、オーストラリアとニュージーランドがドナー国として、またICOMOSやIUCN等の諮問機関も参加しました。これまでの各国の取り組みと世界遺産登録に向けた準備の進捗状況が報告され、また大洋州が一丸となって取り組んでいくための核になる大洋州遺産ハブの形成などについて検討されました。
大洋州はこれまで自然遺産の保護に積極的な地域でしたが、今後は文化遺産についても積極的に保護し、博物館などの整備に向けても取り組みを進めたい姿勢が感じられました。また、無形遺産にも関心が高く、今後は大洋州諸国から無形的側面を含めた文化遺産の保護に関する支援等が要請されるのではないかと予測されます。
X線撮影室での説明(8月3日)
韓国国立慶州博物館 辛龍飛氏ほか 計2名
8月3日、文化財の保存修復作業等の見学のため来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター第一修復実験室及びX線撮影室、文化遺産国際協力センター修復アトリエにおいて、各担当者が業務内容について説明を行いました。