研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ルクソール(エジプト)での壁画及び考古遺物保存に係る共同研究に向けた事前調査

岩窟墓壁画保存修復作業現場での調査
現地保存に係る保存修復事例の調査(ハトホル神殿)

 ルクソールは、古代エジプト史の時代区分における新王国時代に首都テーベがおかれていた場所であり、トトメス1世やツタンカーメンなど歴代の王が眠る王家の谷やカルナック神殿をはじめ数多くの葬祭殿が残されています。これらの遺跡群は、消滅した文明を今に伝える重要な痕跡であることなどが評価され、「古代都市テーベとその墓地遺跡」として1979年に世界遺産に登録されました。ナポレオンによる1798年のエジプト遠征に端を発して大きく飛躍することとなったエジプト文明に係る研究は、現在も国際的な規模で進められており、毎年興味深い発表や報告が続いています。ルクソールも例外ではなく、各所で盛んに発掘調査が進められ、新たな遺跡や遺物の発見があとを絶ちません。
 これに伴い問題となっているのが、考古学調査後の保存と活用についてです。近年では、発掘調査で発見された遺跡や遺物を地域の観光振興等に活用すべく、文化財として整備・処置することが義務付けられるようになりました。しかし、時間と予算の制約の中で応急的に行われた不適切な処置によって、却って対象物を傷めてしまう事例が少なくありません。
 こうした問題の改善に向けた支援の可能性を探るため、令和4(2022)年12月12日から24日にかけて、ルクソール博物館及びルクソール西岸岩窟墓群を対象にした実地調査を行いました。その結果、博物館に収蔵された考古遺物の保存管理に係る処置方法や、現地保存を前提とした岩窟墓壁画の保存修復方法の検討について、現地専門家より協力が求められました。今後、緊急性の高い研究テーマを絞り込むための調査を継続し、国際協働事業に繋げていくことを目指します。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」2022の開催

実習風景

 『国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」』は、平成24(2012)年度よりICCROM(文化財保存修復研究国際センター)とCNCPC-INAH(国立人類学歴史機構 国立文化遺産保存修復調整機関、メキシコシティ)との3者共催でCNCPCにて実施しています。令和4(2022)年度は11月9日から22日にかけて、アルゼンチン、ウルグアイ、コロンビア、スペイン、チリ、ブラジル、ペルー、メキシコの8カ国から計9名の文化財保存修復専門家を研修生として迎え、開催しました。
 東京文化財研究所が前半の5日間(9日から14日)を、後半の5日間(16日から22日)はCNCPCが担当しました。日本の紙保存技術の基礎をテーマとした前半では、技術の保護制度に関する解説から始まり、道具材料など材料学、国の選定保存技術「装潢修理技術」の基本的な情報までを講義形式でまず紹介しました。また、これに続く実習では、装潢修理技術のうち海外文化財にも適応性が高い技術や知識を、裏打ちなどの作業を通して伝えました。後半はラテンアメリカにおける和紙の応用をテーマとして、材料の選定方法から洋紙修復へのアプローチ手法までを、メキシコやスペインの専門家らが教授しました。
 新型コロナウイルス感染症の拡大以降初の対面開催でしたが、参加者の協力のもと基本的な感染対策を徹底し、無事に研修を終えることができました。本研修を通じて参加者が日本の伝統技術のエッセンスを掴み、自国の文化財保護へと役立てていくことを期待しています。

ブータンの伝統的石造民家の保存に向けた予備調査

コープ集落の全景(西より望む)
MOU署名式(左:友田東文研センター長、右:ナクツォ・ドルジDoC局長)

 東京文化財研究所(東文研)では、文化遺産としての保護対象を伝統的民家を含む歴史的建造物全般へと拡大することを目指すブータン内務文化省文化局(DoC)を支援し、遺産価値評価や保存活用の方法などについて調査研究の側面からの協力を行っています。新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延に伴う渡航制限により、令和2(2020)年1月以降はオンラインによる協力実施を余儀なくされてきましたが、本年7月に日本、9月にはブータンの渡航制限措置が大幅に緩和されたことを受けて、現地での共同調査を再開することで DoCと合意し、11月5日から15日にかけて東文研職員3名に奈良文化財研究所職員1名を加えた計4名の派遣を行いました。
 今回の現地派遣は、ブータンの東部地域にみられる石造民家建築を主な対象に、その適切な保存活用の基礎となる学術的な総合調査の前段階として、当該地域の集落や民家の基本的な特徴や有効な調査方法を把握・検証することを目的としました。首都ティンプーから比較的アクセスのよい東部中央寄りのトンサ県(Trongsa Dzongkhag)とブムタン県(Bumthang Dzongkhag)を中心に、これまでの政府の調査記録や各県からの情報提供等をもとにDoC遺産保存課(DCHS)があらかじめ選定した集落と民家について、実測や写真測量、住民への聞取り等の調査を行いました。集落形態にも地域ごとの特色があり、中でもトンサ地方南方の特に険しい山間地域にあるトゥロン(Trong)とコープ(Korphu)の両集落は尾根づたいに民家が建ち並び、農村でありながら都市的な集落形態をみせる点が独特です。また、トゥロンの民家はほぼすべてが石造なのに対し、コープでは石造民家と版築造民家が混在し、かつ版築造民家がより古い形式を留めていることが確認できました。他の民家でも、版築造を後に石造で増改築したものが散見されることから、少なくとも今回の調査地域では民家に用いられる構造が版築造から石造へと変遷した様子が窺えます。また石造民家には非常に複雑な増築を繰り返してきたとみられる事例があり、版築造に比べて石造では増築や改修の頻度が高い可能性が考えられます。調査方法に関しては、乱石積の複雑な目地を現し、形状の歪みも多い石造民家では、今回用いた写真測量による記録が効率よく、きわめて有用であることが確認できました。
 調査終了後、ティンプーのDoC庁舎においてブータンの建築遺産保護協力に関する覚書(MOU)の署名式を執り行うとともに、DCHSとの協議を行い、今回の調査結果や今後の協力事業の方向性などについて意見交換を行いました。来年度以降、DCHSとの協働のもと、ブータン東部地域で石造民家建築を対象とした調査研究活動を本格的に展開していく予定です。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵に使用された彩色材料の調査

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
剥離・剥落箇所

 新潟県長岡市にある機那サフラン酒本舗鏝絵蔵は、大正15(1926)年に創業者である吉澤仁太郎(よしざわ・にたろう)からの発注により、左官・河上伊吉(かわかみ・いきち)が仕上げを手掛けたものです。鏝絵は木骨土壁の軒まわりや戸を中心に配されており、漆喰を主材に盛り上げ技法を用いながら大黒天や動植物を立体的に表現しています。また、赤色や青色の彩色が施されており、色彩によるコントラストが立体的な視覚効果を生んでいます。
 これらの鏝絵は、雨風にさらされる過酷な環境下に置かれていますが、今日に至るまでに経過した約100年という時間を考えれば比較的良好な状態が保たれています。鏝絵を構成する主要な材料である漆喰が持つ特性や左官技術の高さに加え、この鏝絵を大切に守り伝えようと尽力されてきた方々がいたからこそと言えるでしょう。
しかし、それぞれの鏝絵を個別に観察してみると、局部的に漆喰や彩色の剥離・剥落といった傷みがみられます。そこで、所有者である長岡市の依頼のもと、令和4(2022)年11月11日に現地を訪問し、近い将来必要になると想定される保存修復に向けた事前調査の一環として、彩色や漆喰のサンプリング調査を行いました。サンプリング調査は「破壊調査」とも呼ばれるように対象物の一部を採取して行うものです。「破壊調査」と聞くと、「=よくないこと」というイメージを持たれる方も多いかもしれませんが、決してそうではありません。なぜなら、表層面からだけでは得ることのできない信頼性の高い情報を得ることが可能となり、それに伴い保存修復の安全性と確実性をより高めるからです。
 大切に守られてきた鏝絵蔵を次の100年に繋げていくことを念頭に、本調査の分析・解析結果を有効に活用しながら、具体的な保存修復の立案に役立てていきたいと思います。

文化庁主催「令和4年度文化的景観実務研修会」他への参加

葛飾柴又の文化的景観
旧「川甚」新館での全国文化的景観地区連絡協議会の様子

 文化遺産国際協力センターは、ユネスコ世界遺産をはじめとする文化遺産の保護についての国際的な動向や情報を日本国内で共有することを目的とした「世界遺産研究協議会」を平成29(2018)年から開催しています。令和4(2022)年度は、「文化財としての『景観』を問いなおす」と題し、近年わが国でも重要性が高まってきている面的な文化財の保護を取り上げます。このような背景から、国内における景観保護の潮流を理解するため、文化庁が10月27日~29日に開催した「文化的景観実務研修会」および「全国文化的景観地区連絡協議会」に参加しました。
 二つの会は、大都市に所在する文化的景観としては国内初の選定となった葛飾柴又で開催されました。研修会では、文化的景観の魅力発信や観光まちづくりに関する二つの事例発表の後、参加者がグループに分かれて実地を歩きながら、文化的景観の情報を内外の人が共有する(その魅力を知る)ための課題について調査し、その解決にむけての発表と討議を行いました。ついで協議会では、柴又の文化的景観の特質に関する基調講演、川魚の食文化の継承に関する三つの事例報告の後、本テーマに関する登壇者による討論が行われました。
 文化的景観の意義を次世代へ繋げるには、行政機関のみならず地域住民や関係者の主体的な参画が鍵となります。今回の研修会および協議会では、日々の生活に根ざした「生きた文化財」としての文化的景観を活用する手法に焦点が当てられました。言うまでもなく、こうした活用と車の両輪のような不可分的関係にあるのが保護であり、その制度や手段です。このことを念頭に今年度の世界遺産研究協議会では、文化的景観や歴史的街区など景観的な価値をもつ世界遺産が海外でどのような法的根拠の下に保護されているのかを明らかにし、わが国の「景観」保護の将来について展望したいと考えています。

令和4年度シンポジウム「気候変動と文化遺産―いま、何が起きているのか―」の開催

パネルディスカッションの様子

 文化遺産国際協力コンソーシアム(東京文化財研究所が文化庁より受託運営)は10月23日、東京大学農学部弥生講堂一条ホールにおいて令和4年度シンポジウム「気候変動と文化遺産―いま、何が起きているのか―」を開催しました(文化庁及び国立文化財機構文化財防災センターとの共催)。
 今回のシンポジウムでは、歴史上の気候変動と人間社会とのかかわりから気候変動を考え、気候変動下で有形、無形の文化遺産が直面している問題を共有、議論することで、文化遺産のより良い未来のための国際協力の可能性を探ることを目的としました。
 冒頭の青柳正規・文化遺産国際協力コンソーシアム会長のあいさつでは、気候変動を前提とした文化遺産保護における国際的な協調と連携の強化という来たるべき課題に対して、まずは多くの人々が気候変動と文化遺産の関係を正しく理解することがその第一歩となることが強調して述べられました。
 続いて、気候変動と文化遺産に関連した研究に関する講演として、中塚武・名古屋大学大学院環境学研究科教授から「古気候学から見た過去の気候適応の記憶としての文化遺産の可能性」、ウィリアム・メガリー・イコモス気候変動ワーキンググループ座長から「我々の過去を未来へ:文化遺産と気候変動の緊急事態」、石村智・東京文化財研究所無形文化遺産部音声映像記録研究室長から「気候変動と伝統的知識:オセアニアの事例から」と題して、それぞれに異なる視点から気候変動と文化遺産を捉えた発表が行われました。
 後半のパネルディスカッションでは、園田直子・国立民族学博物館教授をモデレーターに、上記の講演者に建石徹・文化財防災センター副センター長を加えた4人のパネリストによる討論が行われました。建石副センター長による東日本大震災を事例とした文化財防災の取り組みと課題の紹介の後、会場も交えて、気候変動が文化遺産保護の活動に与える影響や文化遺産をかたちづくる伝統的な知識が気候変動対策の鍵となる可能性など様々な意見が交わされました。そして、最後の高妻洋成・文化財防災センター長による閉会のあいさつでは、引き続き多くの人々の知恵を集めながら、この課題に取り組んでいくことの重要性が確認されました。
 本シンポジウムの詳細については、下記コンソーシアムのウェブページをご覧ください。
令和4年度シンポジウム「気候変動と文化遺産―いま、何が起きているのか―」を開催しました|JCIC-Heritage

国際シンポジウム「メソポタミアの水と人」の開催

写真:イラクと中継を結んでのディスカッション

 東京文化財研究所とNPO法人メソポタミア考古学教育研究所(JIAEM)は、令和4(2022)年10月22日(土)に「メソポタミアの水と人―文化遺産から暮らしを見直す―」と題した国際シンポジウムを共催致しました。本シンポジウムは、令和元(2019)年に続く2度目の共催事業であり、いまだ外国研究機関の活動が制限されているイラクをはじめとしたメソポタミア地域の考古学研究ならびに現代の暮らしに目を向け続け、理解を深めるとともに、将来的な考古学調査の再開や国際協力を見据える活動の一環であります。
 メソポタミア文明を育んだ大河・ティグリス川とユーフラテス川は現在、地球規模の気候変動の影響に加えて、上流に位置する隣国によるダム建設などのあおりを受け、水量が激減しているという問題に直面しています。本シンポジウムでは、駐日イラク共和国大使館 特命全権大使アブドゥル・カリーム・カアブ閣下をお招きし、メソポタミア文明期から脈々と続く人々の生活と両大河の関わりと、現在の大河流域のイラクの窮状について基調講演をいただきました。続いて、越境河川における水資源管理、古代メソポタミア地域の水利、伝統的な船造りの方法とその伝承、かつて豊富な湧水で栄えたバーレーンの歴史と現在、というテーマで多方面から「水」をキーワードに発表が行われました。シンポジウム後半には、イラク現地と中継を結び、イラク人専門家から、古代遺跡での水利に関する調査成果や、水とともに生きる南イラクの水牛の危機的状況を発表していただきました。最後に発表者全員で行われたディスカッションでは、かつてイラクの地でどのような水利事業が行われていたのか発掘成果を確認するとともに、様変わりする河川の状況に人々はどう対処していくことが出来るかが話し合われました。
 古代から現代にいたる幅広い問題を扱い、日・英・アラビア語の3か国語で行われた本シンポジウムは、「水」という我々の生活の核となるテーマを掲げたことで、学術的な内容に留まらず、現地の声に耳を傾け人々の暮らしを議論する貴重な機会となりました。このような会を積み重ねることで、新たな国際協力の課題が見出されていくことでしょう。

古墳の石室及び石槨内に残存する漆喰保存に向けた調査研究

石槨内に残存する漆喰

 令和4(2022)年10月20日に、広島県福山市にある尾市1号古墳を訪れ、福山市経済環境局文化振興課協力のもと、石槨内に残存する漆喰の保存状態について調査を行いました。古墳造営に係る建材のひとつである漆喰は、その製造から施工に至るまで特別な知識及び技術を要することから、当時における技術伝達の流れを示す貴重な考古資料といえます。こうした理由から、国外では彩色や装飾の有無に関わらず、漆喰の保存に向けた取り組みが行われることは珍しくありません。一方、国内でも、高松塚古墳やキトラ古墳だけではなく、漆喰の使用が確認されている古墳が40ヶ所以上にものぼることはあまり知られていません。その多くは文化財に指定されていますが、保存に向けた対策が講じられることは少なく、風化や剥落によって日々失われてゆく状況が続いています。
 尾市1号古墳の漆喰は国内でもトップクラスの残存率を誇り、未だ文化財指定を受けていないことが不思議なくらいです。さらに、単に漆喰が残っているというだけではなく、保存状態の良い箇所では、造営時に漆喰が塗布された際にできたと考えられる施工跡までもが確認でき、当時使われていた道具類を特定するうえでの貴重な手掛かりになるものと思われます。今回の調査では、保存状態や保存環境を確認したうえで、材料の適合性や美的外観といった文化財保存修復における倫理観と照らし合わせながら、持続可能な処置方法を検討しました。
 文化財の活用は以前にも増して強く求められるようになってきています。これに伴い、文化財の継承の在り方も今一度見直すべき時期に差し掛かっているといえるでしょう。古墳に残された漆喰もしかり、朽ち果て、失われてゆく現状を見直し、今後の活用にも繋がりうる適切な保存方法と維持管理の在り方について、国外の類似した先行事例も参照しつつ、検討を重ねていきたいと思います。

国際研修「紙の保存と修復」評価セミナー2022の開催

シンポジウムの様子

 東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)は、平成4(1992)年度より国際研修「紙の保存と修復」(JPC)を共催しています。各国の文化財保護への和紙のさらなる活用をめざし、海外より専門家を招いて、和紙の製造工程から修復技術までを体系的に学ぶ機会を提供してきました。
 本年度は、9月5、6、7、12日の全4日間にわたりオンラインで評価セミナーを開催しました。修了生から発表を募り、JPCで学んだ知識や技術の活用実態を把握しました。このような振り返りは、本事業としては2回目となります。
 発表では、裏打ち技術を使っての建築関係資料の修復や、和紙の手漉きから着想を得たイランやマレーシアでの紙漉きワークショップなど、JPCを端緒として各国の事情に合わせた研究や応用が進んでいることがうかがえました。また、講師の指導や日本の工房見学を通じて欧米とは異なる文化財修復へのアプローチに触れ、自身の修復作業に対する考え方や姿勢に影響があったとの報告もありました。研修内容のみならず、JPCのコンセプトや、実践に重きを置いた技術移転のカリキュラムや教授法なども高く評価されており、その後の学生指導や工房での後人育成に方法論の面でも貢献していることがわかりました。最終日のシンポジウムでは、発表内容を確認したほか、和紙や道具の流通をめぐる問題点を共有しました。
 修了生にとってJPCは文化財の保存修復に関わる者としての人生を変える経験だったと総括することができ、当研究所が今後も本研修を継続していくことの意義を再認識させられました。

第31回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「技術から見た国際協力のかたち」の開催

第31回研究会の様子
第31回研究会のロゴ

 文化遺産国際協力コンソーシアム(東京文化財研究所が文化庁より事務局運営を受託)は、令和4(2022)年8月28日に第31回研究会「技術から見た国際協力のかたち」をウェビナーにて開催しました。
 新たな技術の導入によって、文化遺産に関わる様々な作業が効率化・高精度化されるとともに、調査・研究手法や国際協力のあり方そのものにも変化がもたらされています。本研究会は、日本が関わる文化遺産国際協力の現場における具体的事例を紹介しつつ、多様な社会的・文化的背景のもとで行われる活動の中で私たちは次々と現れる新技術にいかに向き合うべきか、について議論することを目的としました。
 はじめに亀井修氏(国立科学博物館)による「社会における技術の変化:テクノロジーとどのように向き合うか」と題する報告で技術の特質について概観した後、下田一太氏(筑波大学)による「複数国の協力による技術導入:カンボジア・ライダーコンソーシアムの設立による遺産研究と保護」で複数国協力による大規模な技術導入の事例、野口淳氏(金沢大学)による「身近な最新技術で文化遺産保護を広める:誰もが取り組める計測記録を目指して」で汎用的技術の導入を通した人材育成の事例が、それぞれ報告されました。
 これらの講演を受けて、亀井氏と友田正彦事務局長(東京文化財研究所)のモデレートのもと、講演者を交えたパネルディスカッションが行われ、活発な意見が交わされました。本研究会の詳細については、下記コンソーシアムのウェブページをご覧ください。
https://www.jcic-heritage.jp/20220909seminarreport-j/

世界遺産条約50周年記念・世界遺産リーダーシップフォーラム2022への参加

世界遺産ベルゲン・ブリッゲン地区の町並み(裏側-左-の建物がフォーラム会場となったホテル)
フォーラム会場の様子(グループディスカッションのホワイトボード)

 2022年は、世界遺産条約が1972年の第17回UNESCO総会で採択されてからちょうど50年にあたる節目の年です。この半世紀の間に登録された世界遺産は167カ国・1154件(文化遺産897件、自然遺産218件、複合遺産39件)に上り、遺産保護に対する意識啓発と共通理解の醸成に大きな役割を果たしてきました。また、毎年開催される世界遺産委員会を中心にして、国境を越えた様々な議論が積み重ねられています。近年、気候変動の脅威に象徴されるこれまでにない難題が持ち上がる中、2016年、世界遺産委員会の諮問機関であるICCROMとIUCNは共同で「世界遺産リーダーシップ(WHL)」プログラムを立ち上げ、世界遺産条約が果たすべき役割の再構築に向けた活動と議論を進めています。
 令和4(2022)年9月21日から22日にかけて、WHLのこれまでの活動の成果を総括し、これからの活動の方向性を展望する「世界遺産リーダーシップフォーラム2022」が、ノルウェー王国の世界遺産都市・ベルゲンで開催されました。参加者は、世界遺産関係の国際機関や各国の世界遺産の管理運営に関係する機関、登録遺産の管理者・コミュニティの代表者など約60名。会議は、これまでの成果を振りかえる第1部、これからの優先課題と行動方針を話しあう第2部、世界遺産の管理運営能力の向上に向けた具体的な行動計画を考える第3部、の3部構成で行われました。筆者は、第2部で日本の状況についてのスピーチを行い、行政的には世界遺産に特化した保護の枠組みはないものの、2019年の文化財保護法改正で導入された「文化財保存活用地域計画」がWHLでの議論と問題意識を共有しており、WHLが目指す文化遺産・自然遺産、また遺産専門家・遺産管理者・コミュニティを包括した総合的な管理能力の向上に資する有効なツールにもなりうる、とする報告を行いました。また第2部では、(1)効果的な管理運営システムの実現に向けて、(2)災害危機管理と気候変動対応に必要なレジリエンス思考とは、(3)遺産影響評価がもたらす変化への備え、の3つのテーマに参加者を分けたグループディスカッションも行われ、参加者同士の活発な議論が交わされました。そして、第3部での議論を経て、WHLは今後、本会議で確認されたような参加者のネットワークを強化し、世界遺産委員会から遺産保護の現場までを継ぎ目なく繋ぐ管理運営能力の開発に焦点をあてることが確認されました。同時に、そのためには各国・各地域の文化・言語に根づいた遺産保護のローカルネットワークとの綿密な連携体制を構築していくことが重要とされています。
 日本は、ローカルネットワークの活動と世界遺産関係の動向との関連が特に弱い国の一つと思われますが、国内の遺産保護の現場を国際社会での活動や議論に直接つなぐことができるようにする努力と工夫が、文化遺産国際協力の新たなかたちとして求められるようになるかもしれません。

世界遺産リーダーシップフォーラムに関するICCROMウェブサイト https://www.iccrom.org/news/norway-renews-commitment-iccrom-iucn-world-heritage-leadership-programme

「タンロン-ハノイ皇城世界遺産研究・保存・活用の20年」国際シンポジウムへの参加

シンポジウムの様子

 ハノイはかつてタンロンと呼ばれ、11世紀冒頭に初のベトナム統一国家である李朝が樹立されて以来、大半の時代を通じ首都であり続けてきました。都心に立地するタンロン皇城遺跡は、皇帝の住まいであり政治支配拠点でもある宮殿群があった場所で、存在は知られていたものの、近代に軍施設となったことで往時の宮殿遺構は失われたと考えられていました。
 ところが、その一角を占める国会議事堂の建て替えに伴う2002年からの大規模な発掘調査で、李朝期を含む各時代の宮殿基壇等の遺構や関連遺物が大量に出土し、ベールに包まれていたタンロン皇宮の実像の一端が明らかになりました。保存が決まった遺跡は建都千年にあたる2010年に世界遺産に登録されました。ベトナム政府の求めに応じて日本は本遺跡の研究と保存に2006年から協力しており、筆者は2008年から13年まで建築学および保存管理分野の支援ならびに協力事業の全体運営を担当しました。
 調査開始から20年の節目にあたり、2022(令和4)年9月8~9日の両日、ハノイ市とユネスコハノイ事務所の共催による「タンロン-ハノイ皇城世界遺産研究・保存・活用の20年」国際シンポジウムが現地で開催されました。政府機関やユネスコ、ICOMOS、ICOMの代表や国内外専門家が多数参加し、各分野の研究成果を共有するとともに、今後の保存活用に向けた課題等をめぐって20本を超える報告と討議が行われました。筆者は「タンロン皇城遺跡保存に係る日越国際協力」の題にて発表し、討議のコメンテーターも務めました。
 本遺跡をめぐっては、現存する後黎朝期(16世紀以降)の基壇上に中心建物の敬天殿を復元したいという声が以前からありますが、今回もその根拠資料に関する報告が複数あり、研究の進展が強調されました。一方で、この基壇上と前方にはフランス植民地時代の軍司令部建物が建っているため、宮殿の復元にはその撤去または移設が必要となります。これら後世の建物も世界遺産登録の際に認められた「顕著な普遍的価値」(OUV)を構成する遺跡の重層性を示す証拠物にほかならないことから、OUVの変更なしに復元を実行するのは困難と思われます。シンポジウムの終盤ではこのことが議論の焦点となり、熟議の結果、復元構想を盛り込んだ整備マスタープランの提案は見送られ、さらに検討を継続するとの議事要旨が採択されました。
 日越協力事業は既に終了していますが、関係者の一員として、本遺跡の保存整備をめぐる動向を引き続き注視していきたいと思います。

文化財保存修復に係るトルコ共和国での事前調査

ケスリク修道院の壁画
エフェソス遺跡の壁画

 令和4(2022)年6月26日〜7月9日までの期間、トルコ共和国において文化財保存修復に係る共同研究事業確立に向けた事前調査を実施しました。この共同研究は、平成29(2017)年〜令和元(2019)年に東京文化財研究所が実施した「トルコ共和国における壁画の保存管理体制改善に向けた人材育成事業」を通じて課題に挙がった保存修復計画の運用方法や現行の保存修復技法について、持続可能な改善策を講じることを目的とします。文化財の保存において応急処置が最優先されてきた同国において、近年では各種素材に特化した保存修復専門家の育成に力が注がれはじめています。
 今回の調査では、トラブゾン、シャンルウルファ、カッパドキアの各地域やセルチュクなど、複数の都市を訪れ、各地に残された文化遺産の保存状態や保存修復方法について現地専門家と意見交換を行いました。カッパドキア地域の南部に位置するキリスト教のケスリク修道院では、内壁に描かれた壁画が1000年以上にわたる典礼奉仕による蝋燭の煤汚れのため黒い層で覆われており、保護と観光活用の双方の観点から原状の回復が望まれました。また、古代ローマ時代の遺跡であるエフェソスでは、長年この地で発掘調査を続けるオーストリア考古学研究所のメンバーと協議するなかで、統一性を欠いた保存修復方法の見直しや、基本方針の確立を目指した研究の必要性について説明を受けました。
 調査には、さきの人材育成事業でもご協力をいただいたアンカラ・ハジ・バイラム・ヴェリ大学の先生方にも同行いただきました。今後は、今回の調査結果を踏まえて、取り組むべき課題を明確にしながら、各協力機関と共に実施可能な共同研究の枠組みを作っていく予定です。現状のトルコ共和国における文化遺産保護や保存修復活動の更なる発展に繋がる研究となるよう、来年度からのスタートを目指します。

国際協力調査「海域交流ネットワークと文化遺産」報告書の刊行

国際協力調査ワーキンググループの様子
国際協力調査 オンライン聞き取り調査の様子

 古来より交流の舞台となったのは陸上だけではなく、海上もまたヒトとモノが行き来する舞台であり、「海の道」を通じて異なる文化や文明が出会ってきました。近年では、これまでの研究の中心であった陸から海へと視点を移して、海を切り口にグローバルヒストリーを捉え直そうとする潮流が生まれています。同時に、海を介した交流に関連する文化遺産の調査や研究、そして保護においても新たな視点が求められるようになってきています。
 文化遺産国際協力コンソーシアム(東京文化財研究所が文化庁より事務局運営を受託)では、海の道を通じた交流によって遠く離れた地域を結ぶ多数の線が網の目を形成し、さらにはその影響が港湾などを通じて内陸部にも広がっていくことを「海域交流ネットワーク」と捉え、世界各国や地域での海域交流ネットワークに関わる文化遺産保護の動向を把握することを試みました。
 2か年の調査の中で、27か国・29機関を対象にしたアンケート調査や、オンラインでの聞き取り調査、フォーラム・シンポジウムなど、様々な手法による調査や関連活動を実施した結果、海域を通じたヒト、モノ、文化の交流をめぐる多種多様な様相が浮かび上がりました。また、海域交流ネットワークに関連する様々な文化遺産の現状や、国際協力を通じた支援が期待される分野や活動に関する情報も寄せられました。詳細は国際協力調査「海域交流ネットワークと文化遺産」報告書をご覧ください。コンソーシアムでは、引き続き同分野における情報収集・発信に取り組んでいく予定です。(https://www.jcic-heritage.jp/publication/

バハレーンにおける文化遺産保護協力に向けた調査

アブ・アンブラ墓地に残る初期イスラム時代の墓碑

 令和4(2022)年7月22日から25日にかけて、中東のバハレーンを訪問し、新たな協力事業の立上げに向けてバハレーン国立博物館との協議を行うとともに、協力事業の対象とする遺跡等の現状等に関する現地確認を行いました。具体的には、モスクや聖者廟、墓地に残されている歴史的な価値のある初期イスラム時代の石造墓碑について、保護方法の確立に向けた技術面での協力をしてほしいとの要請が同館のサルマン・アル・マハリ館長からありました。バハレーン最古のモスクであるアル・ハミース・モスクやその近傍にあるアブ・アンブラ墓地に残る墓碑の保存環境を確認し、まずはフォトグラメトリとLiDARスキャナーによる墓碑の3次元計測から協力を開始することにしました。
 一方、バハレーン文化古物局と東京文化財研究所に金沢大学古代文明・文化資源学研究所を加えた三者は、バハレーンを含む湾岸諸国の考古学研究および文化遺産保護を促進するため、バハレーン国立博物館内に研究センターを新設し、ここを拠点に国際協力活動を展開することを目指しています。このセンターの設立方針に関してもサルマン館長と協議を行うとともに、駐バハレーン日本大使にも進捗状況を報告し、引き続き緊密に情報共有を図っていくことを確認しました。

文化遺産国際協力コンソーシアムパンフレットのリニューアル

リニューアルパンフレット表紙
パンフレットの一部

 文化遺産国際協力コンソーシアム(以下コンソーシアム)は、海外の文化遺産保護国際協力に携わる様々な分野の専門家や諸機関が参加する拠点組織で、文化遺産に関する多様な活動における連携を促進し、効果的な国際協力を支援することを目的に活動を行っています。故・平山郁夫画伯の構想の下、平成18(2006)年に文化庁と外務省の共管で設立され、東京文化財研究所が事務局を受託運営しています。
 コンソーシアムならびに日本の文化遺産国際協力の活動をより広く発信するため、パンフレットの大々的なリニューアルを行いました。これまでのパンフレットは、文字情報が多いコンパクトなものでしたが、今回は世界各地で行われる日本の文化遺産保護を通した国際協力のあり方や、それを支える平時の活動を具体的にイメージできるよう写真をふんだんに使用しています。人的破壊、気候変動、災害など、様々な要因によって被害を受ける文化遺産保護の難しさと、それに一丸となって取り組む専門家の姿が伝わる内容になったのではないかと思います。
 パンフレットはコンソーシアムウェブサイトからご覧いただける他、コンソーシアム事務局で配布・発送しておりますのでお気軽にお問合せください。(https://www.jcic-heritage.jp/publication/

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査Ⅺ‐東門周囲および中心伽藍の整備

東門再構築後の補修作業
東門周囲仮排水路敷設に伴う考古調査
中心伽藍東塔の危険箇所 応急補強置き替え

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業への協力を継続しています。令和4(2022)年6月12日から7月3日にかけて、修復中の東門の手直し工事の確認、東門周囲の排水路敷設に関する考古調査、および中心伽藍の危険箇所調査のため、職員2名、客員研究員1名の派遣を行いました。
 東門修復工事については、同年1月の派遣時に確認した要補修箇所について、5月からAPSARAが先行して手直し作業を開始していました。今回はその作業状況を確認すると同時に、石材の欠損箇所の補修や彫刻等の仕上げ精度についてAPSARAとさらなる協議を行いました。これによりいくつかの追加作業が生じたものの、6月末には、ほとんどの作業が完了しました。
 また、以前より、東門周囲地表の排水状況改善が課題となっていましたが、APSARAとの協議の結果、東門の西側から北濠へと達する仮設の排水路を設けることとなりました。このため間舎裕生客員研究員を派遣し、排水路敷設に伴う考古調査を行いました。東門やテラスが建設された当初の地盤面を傷めないよう確認しながら水路を掘り進め、延長約30mの仮設排水路が完成しました。10月までの雨季の間、現地スタッフと協力しながら、その効果を経過観察する予定です。
 中心伽藍においては、APSARAリスクマップチームとの協議で対策の優先度が最も高いとされた中央塔と東塔について、建物周囲に足場をかけ、詳細な危険箇所調査を実施しました。これらの危険箇所に既設の木製補強は虫害等による劣化が著しく、以前から耐久性のある材料での更新が求められていましたが、今回、APSARAの要望によって、応急的に足場用単管で木製補強を置き替えることとなりました。不均衡な荷重伝達による石材の欠損や亀裂の状況を確認しつつ、必要最小限の補強となるよう、現場でAPSARAスタッフと議論しながら、中央塔1カ所、東塔3カ所について補強の更新を実施しました。また、これらの危険箇所に見学者が立ち入らないよう、見学路に仮設柵を設けて安全対策を行いました。
 さらに、APSARA観光局がタネイ寺院遺跡を含む一帯をめぐる自転車ツアーを企画していたことから、同局ともワーキングセッションを行いました。見学施設の整備についてアイデアを交換し、遺跡の保護と見学者の安全確保、見学者への遺跡理解を促進する方法等を検討しました。今後、本遺跡にふさわしい保護と観光の両立のあり方について、整備の過程の中でさらに議論を深められればと思います。

文化遺産国際協力コンソーシアムによる第30回研究会「文化遺産×市民参画=マルチアクターによる国際協力の可能性」の開催

第30回研究会
ディスカッションの様子

 文化遺産国際協力コンソーシアム(東京文化財研究所が文化庁より事務局運営を受託)は、令和4(2022)年2月11日に第30回研究会「文化遺産×市民参画=マルチアクターによる国際協力の可能性」をウェビナー形式で開催しました。
 この研究会では、日本国内の市民参加型まちづくりや官民協働のノウハウが活用された事例および民間を主体とする国際交流の多面的な展開に関する事例をもとに、多様なアクターの参画によって期待される文化遺産国際協力の可能性について議論が行われました。
 講演では、村上佳代氏(文化庁地域文化創生本部文化財調査官)より、「国際協力によるエコミュージアム概念に基づく観光開発―ヨルダン国サルト市を事例として―」と題し、自身が青年海外協力隊・技術協力プロジェクト専門家として参加した活動が紹介されました。また、丘如華氏(台湾歴史資源経理学会事務局長)より、「歴史遺産保存における連携―学び合いの旅―」と題し、民間の立場からの数十年にわたる多彩な活動経験が紹介されました。
 後半のパネルディスカッションでは、上記2氏に加え、西村幸夫氏(國學院大學教授)と佐藤寛氏(アジア経済研究所上席主任調査研究員)に参加いただき、活発な議論が展開されました。人々の暮らしの場を文化遺産として扱う場合における、当事者間の利害関係に配慮した合意形成の重要性や多様なアクターが文化遺産の価値を共有していくための努力の必要性など、SDGsの実践にも繋がる多くの視点を得ることができました。
 当日は国内外から120名近くの方々にご参加いただきました。コンソーシアムでは引き続き、マルチアクターによる文化遺産国際協力可能性について検討を進めていく予定です。
 本研究会の詳細については、下記コンソーシアムのウェブページをご覧ください。
https://www.jcic-heritage.jp/20220221/

ブータン内務文化省文化局との合同調査会「ブータン中部及び東部地域の伝統的民家の成立背景と建築的特徴」の開催

座談会でのプブ・ツェリン氏による講話の様子

 東京文化財研究所ではブータン王国内務文化省文化局(DoC)が進める民家建築の保存活用に対する技術的な支援や人材育成の協力に取り組んでいます。令和元年度からは文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、DoC遺産保存課(DCHS)との共同調査、また修復や改修を担う現地の人々に対する実習を中心に計画してきましたが、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延によって現地への渡航が困難となり、令和2年度以降は行政用の参考書や学校用教材の作成など遠隔での実施が可能な内容に振り替えざるをえなくなりました。令和3年度は、新型コロナウイルス感染症の収束を期待して、共同調査を行う準備を整えていましたが、残念ながら実現には至らず、代替措置として令和4(2022)年3月7日、DoCとの合同調査会をオンラインで開催しました。
 会議には、当研究所の事業担当者と協力専門家、DoCの事業担当者ら総勢22名が出席し、ブータン側から共同調査実施の前段階に共有すべき情報として、DCHS主任エンジニアのペマ氏が居住形態に注目したブータン中部及び東部地域の文化的・地域的特性について、また、DCHSアーキテクトのペマ・ワンチュク氏が同地域での民家建築調査の実施に向けた準備状況について発表しました。日本側からはブータンの歴史的建造物の耐震対策について現地で実証的な研究を続けている名古屋市立大学の青木孝義教授が同地域に多い石積造建築物の構造特性とその保存方法と課題について発表し、各発表での出席者からの積極的な質疑もあって、共同調査チームとしての知識の共有を図ることができました。あわせて、ブータンでの調査研究活動を行っている当研究所の久保田裕道無形民俗文化財研究室長とその協力者であるブータン東部タシガン県メラ出身のプブ・ツェリン氏による現地の日常生活や民間伝承に関する座談会形式の講話を行い、同地域に対する風俗的な観点から日本側出席者の基礎的な理解を深めることができました。
 未だに新型コロナウイルス感染症の収束が見通せないなか、文化遺産国際協力拠点交流事業は図書類の制作をもって一つの区切りとしましたが、DCHSとの民家建築の共同調査は、ブータンとの往来の制限がなくなり次第、速やかに実施に移したいと考えています。

『伊藤延男資料目録』の刊行

『伊藤延男資料目録』書影

 東京文化財研究所では、令和3(2021)年9 月に元東京国立文化財研究所長・故伊藤延男氏が所蔵していた文化財保護行政実務等に関する資料一式の寄贈を受け、その整理を進めてきました(2021年9月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/919556.htmlを参照)。寄贈資料は大きく、1)国内の文化財保護関係の業務に関するもの、2)海外の文化財保護関係の業務に関するもの、3)建築史等の研究活動に関するもの、4)文化財保護等の民間活動に関するもの、5)執筆原稿、に分類でき、これに、6)図書、7)写真、を加えた7つの分類のもとに資料を編成し、この度『伊藤延男資料目録』として刊行しました。資料の総点数は2,185点で、現段階では詳細な情報が明らかでないものも含まれていますが、できるだけ早く資料そのものを必要とする研究者等の閲覧に供することが重要との観点から、大分類による整理ができた段階で公開することにしたものです。『伊藤延男資料目録』は当研究所の刊行物リポジトリ(https://tobunken.repo.nii.ac.jp/)でも公開する予定です。本資料が文化財保護に関する研究等に利用され、その発展に寄与していくことを願っています。

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