研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


カンボジア・タネイ遺跡における建築測量研修

トータルステーション操作方法の実習
遺構実測の様子

 カンボジア政府アンコール地域遺跡整備機構(アプサラ機構)との協力協定に基づく新規の人材育成プロジェクトとして、アンコール遺跡群内のタネイ遺跡における建築測量研修を開始しました。本研修は、GPSとトータルステーションを用いた遺構実測と、取得したデータをCADに移行して行う図化作業までの一連の基本的手順をカンボジア人スタッフに習得してもらうことを目的とするもので、現場および室内での実習と講義を組み合わせたトレーニングコースを準備しています。来年度にかけて全四回を実施予定の研修の初回となる今回は、7月30日から8月3日までの5日間にわたり行われ、アプサラ機構のほか、プレアヴィヒア機構、JASAチーム等から建築及び考古を専門とする若手・中堅スタッフが計12名参加しました。研修生たちは技術を習得しようと皆熱心に取り組んでおり、当面は遺跡全体の現状平面図を完成することを目標にしています。

タジキスタン国立古代博物館所蔵壁画断片の保存修復に関する研究会の開催

保存修復専門家による講演
処置方法に関する討議の様子

 東京文化財研究所では、タジキスタン共和国科学アカデミー歴史・考古・民族研究所と共同で、2008年度よりタジキスタン国立古代博物館に所蔵されている壁画の保存修復を実施しています。これまでに実施した保存修復について、2012年6月12日に、「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画の保存修復に関する研究会」を開催しました。
 主に保存修復の対象としている所蔵壁画は、シルクロードの商人として知られるソグド人の宮殿址から出土した壁画(7~8世紀頃)と初期イスラーム時代の宮殿址フルブック遺跡から出土した壁画(11~12世紀頃)です。ソグドの壁画は、火災により焼き締められ、また断片化しています。これらの断片をつなぎ合わせ、古代博物館に展示するまでの一連の保存修復処置について報告しました。また、フルブック遺跡出土の壁画は、非常に脆弱化しているため、その強化処置をおこないながら、将来的な展示を目指した保存修復処置の方法を検討している現状を報告しました。研究会では、今後の保存修復のための方法や使用材料について発表者と参加者による討議がおこなわれ、有意義な意見交換の場となりました。

ギメ東洋美術館での調査

ギメ東洋美術館での調査

 当研究所は2010年にフランスのギメ美術館と研究協力及び交流に関する覚書を交わし、講演会の開催や修復事業などの共同プロジェクトを実施しています。ギメ東洋美術館はリヨンの実業家エミール・ギメ(1836~1918)のコレクションをもとに開設されました。現在、約11000点の日本美術作品が所蔵され、世界有数の東洋美術館として知られています。同館の日本美術コレクションの形成は世界的に古く、美術史的に重要な作品が数多く含まれていますが、中には経年により修理の必要性の高い作品もあります。これまでにもギメ美術館とは、在外日本古美術品修復協力事業として、平成9年(1997)から平成17年(2005)にかけて仏画や絵巻物など5件の絵画と、1件の漆工品の修理を行ってきました。古美術作品が安定した良好な状態で保管・展示されることは、海外における日本の文化と歴史を紹介するためにたいへん重要です。2012年5月25日には、同館の日本美術担当学芸員のエレーヌ・バイユウ氏のご協力のもと、文化遺産国際協力センター長・川野邊渉、同主任研究員・加藤雅人、江村知子の3名で、修復と美術史の観点から10数点の絵画作品の調査を行いました。今後さらに具体的な修理のための調査と、協議を重ねながら、研究協力と交流を推進していきます。

ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

版築施工現場における職人への聞き取り調査
パガ・ラカンでの実験

 ブータン王国における文化庁委託・拠点交流事業の一環として、2012年5月27日~6月8日の日程で日本より7名の専門家を派遣しました。本事業はブータン王国における伝統的建造物に関し、その構造評価および耐震対策を含む保存修復技術についての技術移転・人材育成を行うものとして今年度から始まったものです。
 今回はまず、ブータン王国内務文化省文化局と東京文化財研究所の間で本事業を遂行するための覚書と実施要綱を締結しました。ブータン側と共同で行った具体的な作業としてはまず、保存すべき文化財的価値を特定するために、版築部と木部から構成されている寺院・民家・廃墟を対象に伝統的建築工法を解明するための実地調査を実施し、今後の建築学的調査を円滑に進めるための調査票を作成しました。さらに、伝統的建築物の構造性能を定量的に把握するために、火災に見舞われ撤去が予定されていたパガ・ラカン(寺院)での版築壁引き倒し実験、同ラカンの版築ブロックの材料試験、パンリ・ザンパ・ラカンでの常時微動測定等、構造学的調査を実施しました。
 今後も引き続き、建築学的調査と構造学的調査を両輪として、伝統的技術の延長上における耐震対策の可能性を検討していく予定です。

アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の第2回保存修復ワークショップ開催

「金属考古資料の表面クリーニング実習」

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年5月29日から6月8日までの9日間、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復に関する人材育成ワークショップを開催しました。今年(2012年)1月から2月にかけて行ったワークショップに続き、今回は第2回目の開催となります。アルメニア歴史博物館のほか、アルメニア国内の他機関所属の若手専門家合計10名が参加しました。
 考古金属資料の錆や付着物の除去といった表面クリーニングと脱塩をテーマとし、今回から本格的な保存修復処置を開始しました。日本での保存修復事例、保存修復処置一般、考古金属クリーニング、脱塩に関する講義のほか、写真撮影、状態調査、展示・修復計画、保存修復処置の実習を行い、アルメニア人専門家の知識と技術の向上に貢献しました。
 次回のワークショップでは、今回の錆除去などの表面クリーニングを引き続き行った後、来年以降の博物館での展示に備えた処置を行います。また、保存修復処置を終えた資料の元素分析を再度実施し、製作技術の研究をさらに深める予定です。

国際シンポジウム「江戸の絵師たち」での発表

ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)での発表

 2012年は日本より米国に桜が寄贈されてから100周年にあたります。これを記念して、毎年恒例の全米桜祭に合わせて、さまざまな日米交流事業が行われています。ワシントンD.C. のナショナル・ギャラリー、フリーア美術館およびサックラー美術館では、Colorful realm (伊藤若冲:釈迦三尊像・動植綵絵)、Hokusai: 36 views of Mt. Fuji (葛飾北斎:富嶽三十六景)、Masters of Mercy (狩野一信:増上寺蔵五百羅漢像)など大型の日本美術の展覧会が開催されています。これらの展覧会の関連企画として、国際シンポジウム「江戸の絵師たち」The Artist in Edo が4月13・14日にナショナル・ギャラリー視覚芸術高等研究所(CASVA-Center for Advanced Study in the Visual Arts)の主催で行われました。日本および欧米の日本美術史研究者13名による発表があり、江村知子は”Classicism, Subject Matter, and Artistic Status–In the Work of Ogata Kōrin”(「尾形光琳の古典主題について」)と題して発表を行いました。これまでの研究成果を国際的に発表するとともに、世界各国から参加していた研究者との交流を促進し、当所における調査研究活動への理解を深めることにつながりました。なお、本発表内容に基づく報告書は2013年度にCASVAより刊行される予定です。

文化遺産国際協力コンソーシアム平成23年度総会および第10回研究会「文化遺産保護の国際動向」の開催

 2011年3月16日(金)に標記総会および研究会を開催しました。総会では、例年通り、コンソーシアムの平成23年度事業報告と次年度事業計画を事務局長より報告しました。続いて行った研究会では、世界銀行のマーク・ウッドワード氏による「世界銀行の文化遺産へのアプローチ~保護から地域経済発展における遺産価値と歴史都市の包括へ~」と題する基調講演ののち、文化遺産保護に関する最新の国際動向について、昨年の主だった国際会議を中心に、3名の方からご報告いただきました。
 二神葉子東文研室長には、40周年を迎えた世界遺産条約に関して、登録をめぐる審議の傾向や、昨今の国境紛争問題を中心にお話しいただきました。続いて、南新平文化庁室長から、無形文化遺産の登録プロセスや基準とともに、昨年設立されたアジア太平洋無形文化遺産研究センターについてご報告いただきました。最後に、前田耕作東文研客員研究員より、東西大仏の爆破から10年を迎えたバーミヤーン遺跡の保存に関する専門家会議を例に、最近の平和構築と文化遺産保護活動に関するご発表がありました。
 文化遺産保護の国際動向は研究会で例年取り上げているテーマですが、毎回50名を越える参加者があり、最新動向に関する情報が強く求められていることを感じます。コンソーシアムでは今後も、研究会等を通じた情報共有に取り組んでいきたいと思います。

アルメニア人招聘に伴うアルメニア保存修復研究会の開催

研究会でのアルメニア人招聘者の発表の様子

 文化庁「アジアの博物館・美術館交流事業」において、平成24年2月26日から3月3日まで、アルメニア歴史博物館保存修復部長のイェレナ・アトヤンツ女史を日本に招聘しました。
 それに伴い、平成24年2月27日に東文研にて「アルメニア歴史博物館における文化財保存修復に関する交流事業」研究会を開催しました。本研究会では、アルメニア歴史博物館における東文研による事業説明、アルメニア歴史博物館の紹介、再び東文研から1月末から2月上旬に現地にて行った第1回考古金属資料保存修復ワークショップで得られた成果の報告、および、染織品保存修復専門家より国際交流基金事業による同アルメニア歴史博物館における染織品保存修復の交流に関する発表を行いました。
 アルメニア共和国にはまだ日本大使館が存在せず、このような協力・交流活動を広く世間に知っていただく機会が殆どありません。我々は、今事業を通じ、文化財保護だけにとどまらず、日本とアルメニア共和国との様々な分野における協力・交流事業の促進に寄与することを願っています。

研究会「キルギス共和国の文化遺産」の開催

講演中のテンティエヴァ女史

 文化遺産国際協力センターは、文化庁の委託を受け、「キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業」を2011年度より実施しています。この事業は、中央アジアの文化遺産保護を目的に、中央アジアの若手専門家育成を目指すものです。
 今回、この事業の一環として、キルギス共和国よりバキット・アマンバエヴァ女史、アイダイ・スレイマノヴァ女史、アイヌラ・テンティエヴァ女史の3名の専門家を日本に招聘し、「キルギス共和国の文化遺産」と題する研究会を3月15日に開催しました。アマンバエヴァ女史とスレイマノヴァ女史は、キルギス共和国における考古学新発見に関して発表を行ない、またテンティエヴァ女史はキルギス共和国の無形文化遺産に関する講演を行ないました。

アルメニア歴史博物館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

写真撮影実習の様子

 文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年1月下旬から2月上旬にかけて、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップを開催しました。1月24日~2月3日までの8日間は、アルメニア歴史博物館のほかアルメニア国内の他機関所属の若手専門家合計10名に対し、ドキュメンテーションをテーマとした国内向け人材育成ワークショップを開催しました。労働安全衛生、博物館と保存修復、金属科学、文化財科学と分析技術に関する講義のほか、写真撮影、状態調査、顕微鏡による光学調査と可搬型蛍光X線分析計(XRF)を用いた元素分析などの実習を実施しました。適切な保存修復処置方法の選択のほか、国内専門家のネットワーク構築、青銅器の製作技術の研究などを行いました。
 また、2月7日~11日の5日間、国内向けワークショップ参加者10名のほか、グルジア、イラン、ルーマニアの3カ国から金属保存修復専門家各1名ずつをアルメニアに招聘し、さらにまた、アルメニアの考古金属資料の調査研究を行っているアルメニア人考古学者、科学者なども招き、国際ワークショップを開催しました。アルメニアの金属文化財に関する研究や、自国の博物館や保存修復の状況を発表しあうことで、情報交換と広域ネットワーク構築に貢献しました。
 次回のミッションでは、錆除去等の保存修復処置作業を行います。また、修復後に再度元素分析を実施し、製作技術の研究を深めていく予定です。

キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業

土器を実測する実習生

 文化遺産国際協力センターは、中央アジアの文化遺産保護を目的とする標記事業を文化庁より受託し、2011年から2014年までの4年間の予定で、キルギス共和国チュー河流域の都城址アク・ベシム遺跡を対象とした、ドキュメンテーション、発掘、保存修復、史跡整備に関する一連の人材育成ワークショップを開催しています。
 事業の初年度にあたる今年度は、文化遺産のドキュメンテーションに関するワークショップを実施しています。10月に行った第1回目のワークショップでは、おもに遺跡の測量に関する研修を実施しました。
 今回、2月4日から10日にかけて、第2回目のワークショップをキルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所にて開催しました。今回のワークショップでは、キルギス人若手専門家8名を対象に、考古遺物の実測に関する研修を行ないました。土器や石器、土製品の実測のほか、拓本、遺物の写真撮影の実習、また伝統的な土器工房の見学なども行いました。
 研修生は意欲的に取り組んでおり、今回の研修を通じて得た技術を将来的に中央アジアの文化遺産保護に役立ててくれることが期待されます。

ミャンマーにおける文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査

ミャンマー文化省とのインタビュー
バガン遺跡

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは2月22日から28日まで、ミャンマーを対象とする協力相手国調査を行いました。同国における文化遺産保護の現況と今後の国際協力の展開を探るため、現地を訪問し、ミャンマー側の協力要望事項等を明らかにすることが調査の主な目的です。代表的文化遺産であるバガン遺跡群やマンダレーの木造建造物、各地の博物館や図書館などを訪れ、担当者との面談も含めて、情報収集や意見交換を行いました。
 その結果、ミャンマーの文化遺産は全般に劣化が進んでおり、保護の体制も不十分で、危機的な状況にあることがわかりました。また、バガンでは観光客が昨年来急激に増加しており、現状の観光インフラでは既に受け入れが限界に達しつつあることも明らかになりました。遺跡保存とともに、市街地環境や所得格差の問題なども視野に入れた持続的開発のあり方が課題となります。他方、博物館に関しても、保存施設や研究機能の不備が深刻なことがわかりました。
 昨今のミャンマーをめぐる情勢変化に伴い、文化遺産保護分野のみならず、あらゆる分野で日本及び海外諸国からの支援の増大が見込まれ、今後はこうした支援事業間の調整も必要になると考えられます。文化遺産分野における今後の日本からの協力のあり方について、広く関係諸機関と協議しながら、検討していく予定です。

インドネシア・パダン歴史地区文化遺産復興支援

被災したパダン旧市街の町並み
現地ワークショップ風景
宮城県気仙沼・被災地現場見学

 2009年9月に発生した西スマトラ沖地震により被災した西スマトラ州パダン市歴史地区における文化遺産復興に向け、東京文化財研究所は同年11月以来、支援活動を継続してきました。本年度は文化庁委託による緊急支援事業として、昨年3月11日の東日本大震災の経験も踏まえて、建造物耐震及び防災対策、危機管理に重点を置いた現地ワークショップ開催を含む調査を2012年1月4日から13日にかけて行い、またこれに引き続き、インドネシア人専門家招へいを1月19日から25日にかけて実施しました。
 ワークショップでは被災文化遺産復興に関する日本の取り組みを紹介するとともに、市内歴史地区の複数の現場において、耐震対策や町並み保存に向けた意見交換を行いました。また、現地調査では、歴史的町並み及び建造物の復興状況調査に加え、基礎的な構造調査による耐震補強の提案、町家の形式調査等を行いました。他方、日本への招へいにおいては、東北をはじめとした被災地域での復興過程と防災対策の実情について、現地で活動する方々から様々なお話を伺うことができました。こうした一連のプログラムを通じて、震災から2年が経過したパダンにおける文化遺産復興に向けた課題も、より明確になってきたところです。震災が引き金となって貴重な歴史的遺産が失われてしまうことのないよう、今後の具体的行動計画策定に向け、引き続き協力を続けていく必要があります。

拠点交流事業モンゴル:アマルバヤスガラント寺院の保存・管理のためのワークショップ

ワークショップ参加者
ウランバートル・政府宮殿

 モンゴルにおける文化庁委託・拠点交流事業の一環として、2012年1月21日~27日の日程で東京文化財研究所から4名の専門家を派遣しました。
 1月24日、25日には、東京文化財研究所、名古屋大学法政国際教育協力研究センター、モンゴル国の教育・文化・科学省の共催により、アマルバヤスガラント寺院の保存管理計画の策定に向けたワークショップを開催しました。ワークショップでは、文化遺産の保護のみならず、モンゴル国の土地法および行政裁判制度を考慮した議論を行い、これを踏まえてモンゴル教育・文化・科学省と寺院が所在するセレンゲ県庁に対する提言書をまとめました。提言書では、アマルバヤスガラント寺院の世界遺産登録と保存管理計画の策定のためのワーキング・グループを設立すること、現在の保護区域の規制に関する課題点を明確にすること、地域住民の理解を得るよう努めること等が明記されました。今後も関係各機関との連携を密にし、提言内容の実現に向けて、協力していくことが望まれます。
  また、1月26日には、東京文化財研究所、名古屋大学法政国際教育協力研究センター、モンゴル国警察庁の間で、文化財の不法な輸出入に関する意見交換を行いました。モンゴル国警察庁からは、この問題に関する国内の施策や体制、犯罪事例等が説明されました。東京文化財研究所からは、同国ヘンティ県所在のセルベン・ハールガ遺跡およびアラシャーン・ハダ遺跡における文化財の盗掘や落書きの事例について情報提供をしました。

タイ・アユタヤ遺跡群における洪水被害調査

なおも浸水箇所が残る寺院遺跡(壁に泥が付着した範囲が最大浸水位を示す)
完全に水没した発掘遺構展示
浸水によって下部が汚損した壁画の例

 平成23年11月28日~12月3日、および12月18日~23日の2次にわたり、文化庁委託事業によるアユタヤ遺跡群での洪水被害調査を実施しました。9月来の豪雨と長雨の影響によって、アユタヤやバンコクで大規模な洪水が発生したことは日本でも大きく報道されました。世界遺産リストに登録されているアユタヤ遺跡群も広範囲にわたって浸水し、その保存への影響を懸念したタイ政府の要請がユネスコバンコク事務所経由で伝えられたことから、緊急支援事業として専門家による実地調査が急遽決定されました。
 第1次調査では水害対策および文化財保存の2名、第2次調査では保存科学、壁画、建築、写真の各分野から6名の専門家を派遣し、タイ文化省芸術局および日本国文化庁の専門家たちとともに、主な遺跡の被害状況を実地において確認しました。
 その結果、浸水は相当な規模に及び、これによる一部壁画の汚損や局所的な塩類析出、煉瓦遺構への土の堆積や露出展示遺構の水没などが生じているものの、遺跡への直接的被害は限定的かつ比較的軽微なものが大半でした。しかし、煉瓦造の仏塔や祠堂などの経年による劣化や変形等は随所で認められ、中長期的な計画に基づく継続的なモニタリングや保存修復の実行が、被災状況の正確な記録作成とともに災害時の被害軽減にとっても重要であることが改めて認識されました。タイ当局によるこうした活動をいかに支援していくかが、今後の課題となります。

バハレーンにおける文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査

バハレーン文化省とのインタビュー
バハレーン砦と付属博物館
古墳群

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは12月16日から23日まで、バハレーンの文化遺産を対象として協力相手国調査を行いました。バハレーンに対する文化遺産国際協力の現況と今後の展開を探るため、現地を訪問し、バハレーン側が求める具体的協力要請項目について検討することが調査の主な目的です。現地では、紀元前2200年頃から作られた古墳群等を中心とする考古遺跡、世界遺産バハレーン砦、バハレーン国立博物館、ムラハク歴史保存地区を訪れ、担当者と面談を行うとともに、情報収集や意見交換を行いました。
 その結果、考古遺跡に関しては発掘後の整備や世界遺産登録後の保護管理のための共同研究、保存科学分野における長期的な技術協力、建造物の保護と修復のための人材育成等が必要であると感じました。今後の日本からの協力の在り方を探るため、関係諸機関と協議しながら、どのような支援ができるのか検討していく予定です。

シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:カザフスタンとキルギスにおける専門家育成のためのワークショップ

ボロルダイ古墳群におけるレーダー探査の研修
データ解析の講義
ケン・ブルン遺跡における測量研修

 シルクロード関連遺跡の世界遺産一括登録を目指して、中央アジア5カ国に中国を加えた各国が国境の枠を超え、様々な活動を目下展開中です(活動報告2010年1月、2月、2011年5月参照)。この活動を支援するため、文化遺産国際協力センターも今年度より、ユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に参加し、中央アジア各国で各種の事業を開始しています。その一環として、カザフスタン共和国とキルギス共和国において、技術移転と人材育成を目的としたワークショップを開催しました。
 カザフスタンでは、9月27日から10月19日まで、考古遺跡の地下探査に関するワークショップを、奈良文化財研究所およびカザフスタン考古学専門調査研究機関と共同で実施しました。ワークショップには、カザフスタン人専門家の他、他の中央アジア諸国からも考古学専門家が参加しました。実習では、アルマトイ近郊のボロルダイ古墳群(写真1)とトルケスタン北西部のサウラン都城址を調査対象に、レーダー探査(GPR)と電気探査を行いました。研修生達は非常に熱心で(写真2)、限られた時間の中でも多くのことを学ぶことができたと思います。
 地下探査の成果という点でも、カザフスタンの考古遺跡での適用はほぼ初の試みでしたが、埋没している地下の構造物を捉えるのに十分な結果が得られました。今後は、各種の遺跡での試行や発掘調査による検証も行い、その有効性を検討していく必要がありますが、多くの遺跡を限られた人材で調査しなければならない中央アジアの実情から、地下探査への期待が極めて大きいことは間違いありません。
 キルギスでは、10月18日から24日まで、遺跡の測量に関するワークショップを開催しました。文化遺産保護関連分野の人材育成を目的に、キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所および同志社大学と共同で実施したこのワークショップには、キルギスの若手研究者8名が参加しました。
 測量の原理や方法論に関する座学の後、中世の都城址であるケン・ブルン遺跡を対象に測量実習を行いました(写真3)。一週間と短い研修でしたが、研修生は測量の原理をよく理解し、遺跡の測量技術を着実に身に付けていきました。
 文化遺産国際協力センターでは、今後も、中央アジア諸国において文化遺産保護関連の技術移転や人材育成を目的としたワークショップを開催する予定です。

キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業

考古測量実習

 文化遺産国際協力センターでは、キルギス共和国チュー河流域の都城址アク・ベシム遺跡を舞台に、ドキュメンテーション、発掘、保存修復、史跡整備に関する人材育成支援を2011年度からの4年間、文化庁委託事業として実施する予定です。中央アジア5カ国の若手専門家を育成し、将来的に中央アジア諸国の文化遺産保護に益することを目的としています。
 今年度は10月6日から10月17日までの12日間、奈良文化財研究所およびキルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所と協力して、第1回ワークショップを実施しました。今回のテーマは、遺跡のドキュメンテーションに関するもので、具体的には、遺跡の測量に関する座学を歴史文化遺産研究所で行った後、アク・ベシム遺跡でトータルステーションを用いた遺跡測量を実習しました。ワークショップには、キルギス共和国の8名に加えて、他の中央アジア各国からも1名ずつ、計12名の若手専門家が参加しました。研修生はいずれも測量技術を身につけようと、熱心に研修を受講していました。また、この研修を通じて、中央アジア各国の若手専門家の間にネットワークが構築されたことも、重要な成果の1つだったといえます。
 今後も引き続き、中央アジアの文化遺産保護を目的とした様々なワークショップを実施していく予定です。

タジキスタンにおける壁画断片の保存修復(第12次ミッション)

処置前の断片
処置(クリーニング・小断片固定)後の断片
裏打ち作業

 10月9日から11月8日まで、「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復」の第12次ミッションを実施しました。今回のミッションでは、タジキスタン南部のフルブック遺跡から出土した11~12世紀の壁画の保存修復を行いました。フルブック遺跡の壁画は、中央アジアにおける最初期のイスラム美術の遺物であり、類例の少ない貴重な資料です。本修復事業は住友財団の助成金を受けて実施されました。
 フルブック遺跡から出土した壁画断片は、ほとんどが厚さ1cmにも満たない薄い状態であり、また全体に劣化が著しく取り扱いができないほど脆くなっています。本ミッションでは、2009年に実施した試験的な保存修復処置の結果をふまえて、3つの断片に対し、彩色層の強化、クリーニングと裏打ちを行いました。ふのり水溶液を壁画表面に数回噴霧し彩色層に一定の強度をもたせてからクリーニングを行いました。その後、割れてばらばらになった小断片を正しい位置に並べて固定しました。固定部分を保護し、断片全体をひとまとまりとして安定化させるため、断片の背面の凹凸に沿いやすい三軸織物を使用し裏打ちを行いました。
 次回のミッションでは、他の断片のクリーニング、裏打ちを行うとともに、マウント方法の検討を行う予定です。

文化遺産国際協力コンソーシアム シンポジウム「文化遺産を危機から救え~緊急保存の現場から~」

会場風景
パネルディスカッション風景
近藤長官講演

 2011年10月16日に、一般の方々を対象に、自然災害により被害を受けた文化遺産の緊急保存に関するシンポジウム「文化遺産を危機から救え~緊急保存の現場から~」を東京国立博物館平成館大講堂にて開催しました。
 基調講演には、近藤誠一文化庁長官をお招きし、東日本大震災による文化財の被害状況と文化財レスキュー事業を中心にお話しいただきました。続いて、大和智文化庁文化財鑑査官、日高真吾国立民族学博物館准教授、宮崎恒二東京外国語大学理事、フランスのNGO である「国境なき文化遺産」のアンリ・シモン代表より、それぞれご報告頂いた後、「文化遺産への緊急対応の課題」と題したパネルディスカッションを行いました。
 講演内容は、阪神・淡路大地震および今年の東日本大震災によって被害を受けた建造物、民俗文化財、文字文化財等の復旧事業から、海外の文化遺産への支援まで多岐に及びました。緊急的な文化遺産復旧に関する議論を通じて、日本の被災文化財保護の経験を活かし、今後とも被災文化遺産保護のための国際的取り組みに協力していくべきであることが確認されました。

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