研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


シンポジウム「シリア復興と文化遺産」

発表を行うユーセフ・カンジョ博士

 「アラブの春」に端を発した中近東諸国における民主化運動はアラブ世界に大きな変化をもたらしました。シリアにおいても2011年4月に大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では事実上の内戦状態となっています。シリア国内の死者はすでに10万人を超え、多くの国民が難民となることを余儀なくされ、隣国に逃れる中、対立は激しさを増しており、いまだに出口が見えない状況です。
 内戦が繰り広げられる中で、文化遺産の破壊もまた世界的なニュースとして大きく取り上げられています。とくに、風光明媚な古都として知られているシリア第2の都市アレッポでは激しい戦闘が行われ、世界遺産に登録されている歴史的なスークが炎上し、アレッポ城が損壊を受けるなど、文化遺産が重大な危機に曝されています。これを受けて、ユネスコ世界遺産委員会は、2013年6月20日、内戦が続いているシリア国内にある6つの世界遺産のすべてを「危機遺産」に登録しました。
 このような状況を踏まえ、東京文化財研究所は、日本西アジア考古学会の後援を受け、さる10月31日にシンポジウム「シリア復興と文化遺産」を主催しました。
 シンポジウムでは、現アレッポ博物館館長であるユーセフ・カンジョ博士を含む9名の専門家が、「シリア内戦の現状と行方」、「シリアの歴史と文化遺産」、「シリア内戦による文化遺産の破壊状況」、「文化遺産の復興と国の復興」に関して発表を行い、その後、パネル・デスカッションにおいて、「現在そして今後、シリアの文化遺産復興に関して何をなすべきなのか」を活発に議論しました。

「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

GIS研修における基準点の確認
植民地期建築実測図の一例
成果報告シンポジウム

 ベトナム・ハノイの世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象に、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となって2010年度から実施してきた本事業も、本年末をもって終了となります。ここでは昨年度後半以降の現地での活動内容をまとめてご紹介します。
1)GISに関する研修ワークショップ(2012年12月27-28日、2013年5月15-18日、9月10日)
 タンロン遺産保存センターの担当スタッフを対象に、遺跡管理のためのGIS(地理情報システム)構築に向けた実習等を日越双方の講師により行いました。文化遺産管理へのGIS活用の基礎から、遺跡内の測量基準点を用いたベースマップの補正、データベースの作成法等を扱い、スタッフが自ら基本的作業をこなせる段階まで到達することができました。
2)考古遺物に関する第2回ワークショップの開催(2013年1月23-24日)
 タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに開催しました。今回は本遺跡から出土した屋根瓦と日本古代の出土瓦の比較による瓦葺技法の検討を中心に、寺院遺跡の発掘現場や陶磁器窯跡の合同見学等も行い、日越の専門家が知識と意見を交換しました。
3)社会学ワークショップの開催(2013年3月4日)
 タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学ベトナム学開発科学院と共催で、タンロン遺跡の社会経済的価値評価をテーマとしました。アンケート調査の結果や関係者への聞き取りに基づく日越専門家の発表および討議を行い、本遺跡の今後の活用のあり方について活発な議論が交わされました。
4)植民地期建造物群の実測調査(2013年5月20-24日)
 本遺跡内に残るフランス植民地期の軍事関係建物を越側と共同で実測調査しました。遺産管理の基礎資料として、文化財的価値を有するこれらの建物の正確な現状記録を作成することを目的に、新規と補測を合わせて7棟を調査しました。既調査分10棟を含む作成図面を実測図集として刊行するほか、データ一式を越側に提供する予定です。
5)遺構保存に関する調査(2013年8月8-9日)
 遺構が存在する土中の水分移動を計測するため発掘区内に設置してきたセンサーからデータを回収するとともに、保存処理した煉瓦の暴露試験体も結果分析のため回収しました。また、事業終了後も同様の計測ができるよう、機材の扱い方やデータ分析の方法等について越側へのレクチャーを行いました。
6)成果報告シンポジウムの開催(2013年9月11-12日)
 本事業の各分野を担当した専門家と関係者が一堂に会し、これまでの成果を総括するとともに、今後に向けた課題等について意見を交換する場として、シンポジウムを開催しました。2日間にわたって9本の発表があり、日越両国とユネスコ・ハノイ事務所から約60名が参加しました。日越友好年の本年、その記念事業の一つにも位置づけられたこのシンポを通じて、様々な側面から見た本遺跡の重要性を再確認するとともに、適切な保存措置に関する研究や、遺産管理のための計画づくり、保存管理体制の整備に向けた技術移転・人材育成など、多岐にわたる本事業の成果を改めて実感することができました。目下、年末の最終報告書刊行に向けて、日越双方で作業を進めているところです。

国際研修「紙の保存と修復」

裏打ちのデモンストレーション

 8月26日から9月13日まで、ICCROMとの共催で国際研修「紙の保存と修復」を行いました。今年は世界各国から文化財関係に従事する60名程の応募があり、その中から選抜されたアメリカ、アラブ首長国連邦、ドイツ、カナダ、オーストラリア、イギリス、マレーシア、スイス、ボリビア、グアテマラの所属機関から10名が参加しました。この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。実習では、欠損部の補修、裏打、軸付けなどを行って巻子を仕上げ、和綴じ冊子の作製も学びました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて和紙製造の現場および美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区を見学しました。また、日本における紙の保存修復のための環境について学ぶため伝統的な表装工房や道具・材料店も訪れました。この研修での技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることが期待されます。

大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力―染織品研修の実施―

染色実習の様子

 国際協力機構(JICA)が行う大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトへの協力の一環として、GEM-CCのエジプト人スタッフ8名を対象とした染織品研修を当研究所で実施しました。研修員は、染織品など有機遺物の保存修復士5名と収蔵庫管理者1名、および機器分析を担当する科学者2名で構成され、染織品保存修復士である石井美恵客員研究員を総括講師として9月2日〜13日までの2週間行われました。
 研修では、東京都立産業技術研究センターの朝倉守氏のご協力を得、合成染料の染色機構や光による退色、耐光堅牢度試験について講義していただきました。また、当研究所で保存科学を専門とする藤澤明アソシエイトフェローの指導により、材料試験法についても実習を交え学びました。加えて染色や展示品のマウント作製実習のほか、博物館収蔵庫や修復現場の視察なども実施しました。
 研修を通して、保存修復士や収蔵庫管理者、科学者といった異なる立場の者が互いに協力して作業にあたり、分析や評価、意見交換を行うことの重要性についても理解を促しました。研修員は短い期間の中で多くのことを吸収していました。
 本プロジェクトでは、研修内容をGEM-CC内により広く浸透させ、全体の底上げを図るためにも、研修員が学んだ知識や経験を自らが指導者となって同僚に教え伝えていくことで、スタッフ間の協力体制を構築、強化していくことを目指しています。

文化遺産国際協力コンソーシアム第13回研究会「文化遺産保護の新たな担い手―多様化するニーズへの挑戦」の開催

パネルディスカッション風景

 2013年9月5日(木)に、東京文化財研究所セミナー室にて標記研究会を開催しました。文化遺産保護の分野で民間団体の活動を目にすることは増えてはいるものの、その活動の理念や達成すべき目標について話を聞き議論する機会は多くありません。こうした状況を受け、文化遺産国際協力コンソーシアムにおいても、学術分野の活動の把握に留まらず、より多様な民間分野との連携を検討する場が不可欠だと考え、この度研究会を開催しました。
 まず、公益社団法人企業メセナ協議会事務局長の荻原康子氏より「企業による芸術文化支援、その多様な広がりと現状」として、法人メンバーを中心としたメセナ活動を振り返りつつ、現状を分析し、最近の変化と今後のメセナ活動の発展の可能性についてご発表いただきました。
 続いては、メリルリンチ日本証券株式会社CSR推進責任者の平尾佳淑氏より「バンクオブアメリカ・メリルリンチの文化財保護プロジェクト」として、具体例に東京国立博物館と協力して行っている文化財保護プロジェクトを挙げながら、企業の行うCSR(企業の社会的責任)活動の意義と目的、またそこで達成すべきパートナーシップの構築による事業の波及効果についてご報告いただきました。
 次の講演では、公益財団法人住友財団常務理事の蓑康久氏より「公益財団法人住友財団の文化財維持・修復事業助成について」として、財団の設立経緯背景とその特徴、及び過去20年に亘って文化遺産保護への助成をなさって行ってきたご経験についてお話しいただきました。
 パネルディスカッションでは、司会にジャーナリストの嶌信彦氏をお迎えし、すべての講演者に加えて、公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団専務理事の小宮浩氏にご登壇いただきました。事業の継続性の困難さと重要性、経済状況と支援の在り方、事業関係者同士のパートナーシップの構築、事業運営に必要なリーダーシップ等、多岐に亘る内容について議論いただき、今後の文化遺産保護の担い手を考える機会となりました。

カンボジア・タネイ遺跡での第3回建築測量研修

遺跡内地形測量の様子
等高線図と建築遺構実測図とを統合

 7月22日から8月2日までの2週間にわたり、カンボジア・アンコール遺跡群内のタネイ遺跡において第3回の建築測量研修を実施しました。本研修は、カンボジア国内で遺跡管理を担うアプサラ機構、プレア・ヴィヒア機構、及びJASA(日本国政府アンコール遺跡救済チームJSAとアプサラ機構との合同チーム)の建築・考古を専門とする若手スタッフを対象として、昨年度より全4回のコースで実施しているものであり、今回は新規1名を含む9名の研修生が参加しました。
 前回までの研修で第1及び第2周壁内の伽藍配置を計測し終えており、今回は第3周壁内の遺構及び地形を実測するためのトラバース測量から始めて、これらの基準点を用いて第3楼門及び周壁と第2周壁を囲む環濠を含む地形測量を行いました。研修生たちは2班に分かれて実測作業を行い、最終的に全員がこのデータを用いて第3周壁内の等高線図及び3次元モデル図を作成できるようになりました。第1回から参加している研修生たちは既に遺構実測と図化作業の基本的な手順をほぼ習得しており、分からないことがあっても研修生たちの間で互いに教え合い、学び合いながら、意欲的に取り組む姿が印象的でした。また最終日には、遺構測量と図面作成の技術をテーマに、全員が自らの遺跡保存業務と今後の展望等について発表し、意見交換を行いました。
 本研修を通して、遺跡測量に関する日本からカンボジアへの技術移転だけでなく、カンボジア人研修生同士の人的交流も着実に前進しているように思います。同国の遺跡の将来を担う若い人材がこのような活動によって育成されることを願い、さらに協力事業を続けていく所存です。

ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

版築試験体からのコア抜き作業
ユタ・ゴンパ寺院での職人への聞き取り調査

 文化庁の委託による本事業では、ブータンの伝統的建造物、なかでも版築造の民家及び寺院を対象に、伝統的な工法の理解と耐震性・安全性の評価、向上という課題について、同国の内務文化省文化局遺産保存課をカウンターパートとして昨年度より取り組んでいます。建築技術や構造、材料に関する調査、実験を現地側スタッフと共同で行うことにより、研究交流と人材育成に寄与しようとするものです。
 本年度第1回目の現地調査を6月21日から7月3日までの日程で実施し、合計9名の専門家を派遣しました。ティンプー、ウォンデュ・ポダン、パロの各県において、伝統的工法による版築試験体の作製とそれを用いた材料強度試験、寺院・民家及びその廃墟を対象とした実測調査や工法調査、常時微動計測等を行ったほか、一昨年の地震で被災した版築造寺院の修復現場や、版築造住宅の新築現場を訪れ、職人への聞き取りと併せて、文化財保存修復や建築技術の現状に関する情報を収集しました。
 近年、特に首都ティンプーでは、このような伝統的建造物が急速に失われつつありますが、その一方で、祖先から受け継いできた技術を何とか後世に残し伝えたいと願う人々の思いも、今回の調査を通して感じられました。それらを文化遺産として位置付け、適切に保存継承していくために、これからも技術的支援と人的交流を継続していきたいと思います。

ワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存修復」の開催

基礎編における書の実習
応用編における屏風作製

 本ワークショップは在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として毎年開催しています。本年度は7月3~5日の期間で基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」を、8~12日の期間で応用編「Restoration of Japanese Folding Screen」をベルリン博物館群アジア美術館で行いました。
 基礎編では、制作-表具-展示-鑑賞という、文化財が制作されてから私たちの目に触れるまでの過程に倣い、原材料としての紙・糊・膠・絵具、日本の書画の制作技法、表具文化、取扱いまでの講義、デモンストレーション、実習を行いました。
 応用編では装潢修理技術による屏風の修復に関して、実習を中心にワークショップを行いました。受講者は、何層もの紙から成る屏風の下地や和紙の蝶番を実際に作製し、それらの構造と役割を理解し、屏風修復に要する知識・技術の深さを体感しました。
 本ワークショップを通して、一人でも多くの海外の修復技術者に本場の材料と技術を理解する機会を提供することで、海外にある日本の有形文化財、絵画、書跡と和紙作りや装潢修理技術といった無形文化財の理解を広めていきたいと考えています。

アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

保存修復処置の様子
保存修復方針についての意見交換

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成25年6月11日から6月22日までの10日間、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復に関する人材育成ワークショップを開催しました。今事業は3年目に入り、国内ワークショップの開催は、4回目となります。
 今回は考古金属資料の保存修復上級者コースのため、これまで参加し続けたメンバーの中からアルメニア側が専門家を選抜し、アルメニア歴史博物館およびアルメニア国内の他機関から合計4名が参加しました。これまでの2年間で培ってきた知識と技術をもとに、アルメニア人専門家と日本人専門家が共同で保存修復作業を行いました。写真撮影、自然科学的調査を含む状態調査、展示・修復計画立案ののち、クリーニング等を行い、保存修復作業を完了しました。この作業を通し、アルメニア人専門家の知識と技術のさらなる向上に貢献しました。
 次回は、展示と保管のための予防保存をテーマとし、来年度のアルメニア歴史博物館内での展示に向けた準備を行う予定です。

文化遺産国際協力コンソーシアム平成24年度総会および第12回研究会「文化遺産保護の国際動向」の開催

基調講演発表風景

 2012年3月15日(金)に標記総会および研究会を開催しました。総会では、例年通り、コンソーシアムの平成24年度事業報告と次年度事業計画を事務局長より報告しました。続いて行った研究会では、シンガポール文化・社会・青年省記念物保護部長ジーン・ウィー氏による「ASEAN諸国の文化遺産保護のための国際協力」と題する基調講演ののち、文化遺産保護に関する最新の国際動向について、昨年の主だった国際会議を中心に、4名の方からご報告いただきました。
 企画情報部室長の二神葉子には、世界遺産条約に関して、登録をめぐる審議の傾向や、昨年話題となったパレスチナの世界遺産の登録を中心にお話しいただきました。続いて外務省特命全権大使(文化交流担当)西林万寿夫氏から、昨年京都で開催された世界遺産条約採択40周年最終会合報告とその成果である「京都ビジョン」についてご報告頂きました。また、文化庁文化財部記念物課世界文化遺産室文化財調査官の西和彦氏より、最終会合に関連して富山、姫路で開かれた会合の概略と提言についてご報告頂きました。最後に、無形文化遺産部長の宮田繁幸より、ユネスコ無形文化遺産保護条に関して、記載をめぐる審議の傾向と、問題視されていた記載の地域間格差に関する是正の方向、会議の運営に関するご発表がありました。
 文化遺産保護の国際動向は研究会で例年取り上げているテーマですが、毎回50名を越える参加者があり、最新動向に関する情報が強く求められていることを感じます。コンソーシアムでは今後も、研究会等を通じた情報共有に取り組んでいきたいと思います。

キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業

金属製品のクリーニングを行なう研修生

 文化遺産国際協力センターは、中央アジアの文化遺産保護を目的に、文化庁の受託を受け、2011年度より、中央アジア、キルギス共和国において「ドキュメンテーション」、「発掘」、「保存修復」、「史跡整備」をテーマに一連の人材育成ワークショップを実施しています。
 今回は、2月8日から14日にかけて、キルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所と共同で、第4回ワークショップ「考古遺物の保存修復処置と出土遺物のドキュメンテーションの人材育成ワークショップ」を実施しました。今回の研修には、キルギス共和国の若手専門家8名が参加しました。
 今回の研修では、夏の第3回ワークショップの際にアク・ベシム遺跡から出土した遺物を用い、研修生がそれぞれ「土器の復元」と「金属製品の保存修復処置」また「土器の実測」を行う実習形式で行いました。
 文化遺産国際協力センターは、今後もひき続き、中央アジアの文化遺産の保護を目的とした様々な人材育成ワークショップを実施していく予定です。

フィリピンにおける文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査

フィリピン国立文化芸術委員会とのインタビュー
世界文化遺産サン・オウガスチン教会内部
ルソン島北部カラオ洞穴

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは2月14日から25日まで、フィリピンを対象とする協力相手国調査を行いました。同国における文化遺産保護の現況と今後の国際協力の展開を探るため、現地を訪問し、フィリピン側の協力要望事項等を明らかにすることが調査の主な目的です。代表的文化遺産であるスペイン植民地期の教会や民家、先史時代の貝塚や岩絵などの遺跡、各地の博物館や図書館などを訪れ、担当者との面談も含めて、情報収集や意見交換を行いました。
 その結果、人々の認識の向上により、保護が進む歴史的建造物や考古遺跡が多いことがわかりました。一方で、 文化遺産保護に対する教育部門が立ち遅れており、人材育成が急務であることが明らかになりました。また、保護の枠組みとしては、地方行政との連携が文化遺産の保護の鍵となっており、執行は地方の政治状況に依存していることも明らかになりました。
 現地からは、文化遺産への認識の向上とアジア地域間の連携を視野にいれた、学術協力及び人材育成分野への貢献を期待する声が上がりました。日本がアジア諸国において蓄積してきた協力実績を活かし、他アジア諸国との連携を視野に入れつつ支援を行うことが、フィリピンの文化遺産保護を検討する上で不可欠と感じました。 
 2013年は日本・ASEAN交流40周年であり、日本がASEAN地域においてより一層の協力が求められることが予想されます。今後の日本からの文化遺産分野における協力の在り方を探るため、今後情報収集を続け、関係諸機関と協議しながら、どのような支援ができるのか検討していく予定です。

アメリカにおける動産文化財の保護についての調査

アメリカの文化財保護関係機関の資料
フリーア美術館

 文化遺産国際協力センターでは各国の文化財保護制度に関する調査・研究を行っています。現在、そのプロジェクトの一環として、アメリカにおける動産文化財の保護状況について調査しています。アメリカには多くの博物館・美術館があり、世界中の動産文化財が数多く所蔵されていますが、文化財の保護と管理を専門とする省庁は存在しません。動産文化財の管理は所有者に委ねられており、大規模な自然災害などの緊急時を除くと連邦レベルの管理・規制はあまり強くありません。アメリカでは動産文化財の管理・修復・展示に関しては、各博物館・美術館の運営方針や所有者の意向に沿って、個別に対応しているというのが実情です。
 日本とアメリカでは文化財の考え方も大きく異なりますが、一方で日本美術のコレクションを保有する美術館も数多く存在しています。また当研究所で平成3年から行っている在外日本古美術品保存修復協力事業では、全米で24館の美術館の250点を超える作品について修復を行っており、当研究所とアメリカの美術館とは浅からぬ関係があります。そこでアメリカの動産文化財の保護状況について体系的に把握するため、2013年1月26日~2月3日にかけて、江村知子と境野飛鳥の2名でワシントンD.C.にて調査を行いました。今回はアメリカ国土安全保障省の連邦緊急事態管理庁(FEMA)、内務省の国立公園局、アメリカ議会図書館、アメリカ文化財保存修復学会(AIC/FAIC)、アメリカ博物館協会(AAM)、NPO組織であるHeritage Preservation等、文化財保護のために包括的な活動を行っている主要な組織を中心に聞き取り調査を実施しました。また、博物館・美術館における所蔵品の管理状況についても調査しました。特に、1923年に開館したアメリカ最古の国立美術館で、日本をはじめ、東洋の美術品を多数所有するフリーア美術館では、同館の所蔵品管理規則や収蔵品の修復状況についてお話を伺いました。
 今回の調査を通じて、厳しい規制のない中でアメリカの動産文化財が適切に保護されている背景には、各組織や担当者の連携やボトムアップ式の意思決定が有効に機能していることが一因であることが窺えました。今後はアメリカの各地域で中核的な役割を果たしている博物館や、日本の美術品を所蔵する博物館を対象として、より実践的な調査研究を進めていく予定です。

文化庁「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」によるアルメニア文化省副大臣招へいと研究会の開催

研究会での講演(写真左が副大臣)

 東京文化財研究所は、文化庁「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」の枠組みにおいて、平成25年1月10日から1月18日までの10日間、アルメニア共和国よりアレヴ・サミュエルヤン文化省副大臣を日本に招へいしました。
 サミュエルヤン副大臣は滞在期間の前半に、東京国立博物館や国立西洋美術館のバックヤードや展示、ならびに清水寺に代表される京都や奈良の歴史的建造物の保存修復現場などを精力的に視察し、専門家らと意見交換を行いました。1月16日には東文研にて開催された「アルメニア共和国における文化遺産保護および日本の協力事業」に関する研究会で、「アルメニア共和国における文化財保護の現状」について講演を行ないました。日本側からは「アルメニア共和国相手国調査報告(文化遺産国際協力コンソーシアム)」、「文化庁拠点交流事業「考古金属資料に関する保存修復人材育成・技術移転(文化遺産国際協力センター)」、「アルメニア建築の周辺諸国への伝播」、「アルメニア歴史博物館における染織品保存修復ワークショップ(国際交流基金)」の発表を行い、アルメニア文化遺産保護と日本の協力について広く一般に知っていただくとともに、アルメニアに関係する機関や研究者とのネットワーク構築のよい機会となりました。また、1月17日には近藤誠一文化庁長官を表敬訪問し、文化遺産保存に対する日本の協力に謝意を述べるとともに、今後の継続的な支援を求めました。
 本招へいは、現在の協力関係をより一層緊密にし、さらに、文化遺産保護だけにとどまらず日本とアルメニア共和国との様々な分野における協力・交流事業の促進する機会となりました。

ミャンマーの文化遺産保護に関する技術的調査:現地調査ミッションの派遣

木造僧院での実測調査
破損が進んだ寺院建築の一例
職人工房(鋳造)の視察
ヤンゴン国立図書館での調査

 東京文化財研究所が文化庁から受託している「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、1月26日から2月3日にかけて、ミャンマー連邦共和国に専門家調査団を派遣しました。総勢17名からなる今回の調査団は建築・美術工芸・考古の各分野を調査対象とする3班で構成し、このうち建築と美術工芸を東京文化財研究所、考古を奈良文化財研究所がそれぞれ担当しました。この調査は、同国の文化遺産保護に関するわが国からの今後の協力の方向性を明確化することを目的として実施したもので、訪問先の各地ではミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局の担当職員の方々に同行・対応をいただきながら、円滑に調査を進めることが出来ました。
 建築班では、バガンの煉瓦造遺跡群とマンダレーなどの木造僧院建築群の双方を対象に、破損状況や保存に影響を及ぼしている要因を確認するとともに、今後の保存修復に向けた課題を特定するため、現地機関関係者や職人への聞き取り調査等も行いました。これにより、本格的な建造物修理事業は久しく実施されておらず、保存状態に関する基本的な記録作成等も十分に行われていないことなどが判明しました。
 美術工芸班では、ヤンゴン、バガン、マンダレーの国立博物館・図書館、寺院、学校、職人工房を訪問し、壁画、金属文化財、漆工芸品、書籍経典を対象に、その修復状況、保存展示環境、保存修復に関わる人材育成について調査・聞き取りを行いました。海外研修等で得た知識をミャンマー国内で還元している様子が伺えましたが、機材資材の不足、体制の不備のために十分な保存修復措置が行われていないことが分かりました。
 このほか、首都ネピドーにおける文化省との協議等を通じて、同国の文化遺産保護体制に関する基本的情報の収集も行いました。いずれの分野においても文化遺産の保存修復に必要な技術・人材等の不足は明らかですが、現地側の向上意欲は高く、共同研究や研修等の事業を通じて技術移転や人材育成を行えば、その支援効果は大きいものと期待されます。

カンボジアにおける石造建造物の生物劣化に関する研究会開催および遺跡測量研修

アンコールにおける石造遺跡の保存に関する研究会
タネイ遺跡における第2回測量研修

 東京文化財研究所は、2001年よりカンボジアのアンコール遺跡群・タネイ遺跡を主なフィールドとして、石造文化財の保存に関する調査研究をアンコール地域保存整備機構(APSARA機構)と共同で実施してきました。その成果を総括・共有するため、1月14日、APSARA機構本部において「アンコールにおける石造遺跡の保存に関する研究会」を開催しました。これまで調査に参加してきた日本・カンボジア・イタリア・韓国の専門家が参加した本研究会では、石材表面に繁茂する生物種の影響観察とその制御を目的としてこれまで継続してきた調査研究のまとめとして、地衣類の分類学的研究、石材の物性変化に関する定量的・定性的研究、環境と生物種との関連に関する研究等についての発表と、今後のより良い遺跡保存に向けた意見交換が行われました。
 一方、1月10日から18日までの間、第2回建築測量研修をタネイ遺跡にて行いました。APSARA機構からの新規参加者2名を含む計11名を研修生として、昨年7月の第1回研修で作成した図面のチェックとトータルステーションを用いた測量作業の続きを3班に分かれて行い、伽藍中核部の平面実測をほぼ終えたところです。
 今後は、これらの成果を遺跡保存にどのように活かしていくかをさらに検討しながら、研究協力と技術移転・人材育成を継続していく予定です。

「さまよえる文化遺産―文化財不法輸出入等禁止条約10年―」の開催

シンポジウム会場風景
パネルディスカッションの様子
イタリア カラビニエリ(国家治安警察隊)クアリアレッラ氏による講演

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは、毎年一般の方を対象にシンポジウムをおこなっています。今年度は12月1日(土)に、東京国立博物館平成館大講堂にて、「さまよえる文化遺産―文化財不法輸出入等禁止条約10年―」(主催:文化遺産国際協力コンソーシアム、文化庁)として開催しました。
 「文化財の不法な輸入・輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約」(「文化財不法輸出入等禁止条約」)を我が国が締結してから今年で10周年を迎えました。今回のシンポジウムでは、この条約のもとで我が国が進めている文化財を不法な輸出入から保護する取り組みや現状について紹介するとともに、海外での取り組みも紹介しました。
 まず、我が国の取り組みについて文化庁の塩川達大国際協力室長から、また地方自治体による取り組みとしては奈良県警察本部の文化財保安官である辻本忠正警視からそれぞれ報告していただきました。文化財流出の現状については美術商である欧亜美術店主の栗田功氏をお招きし、文化財が流出する国における流出文化財問題の根底にある部分をご紹介いただきました。また、外国の事例として、イタリアからお招きしたカラビニエリ(国家治安警察隊)のクアリアレッツラ文化材権利保護作戦班長から、カラビニエリによる文化遺産保護活動を、美術品変造や不法輸出摘発の実際の事例とともに報告いただきました。すべての報告後には、報告者に加えて財務省関税局監視課からも五十嵐一成課長補佐をパネリストに迎え、活発な議論が展開されました。
 日頃は話を聞く機会の少ない問題でありながら、実際には身近な問題を扱った今回のシンポジウムは、来場者である一般の方々からも高い評価を得ることができました。今後も文化遺産国際協力コンソーシアムでは、文化遺産に関わる問題を一般の方々にご理解いただける機会を設けることができればと考えています。

ミャンマー文化省関係者の招聘および研究会開催

東京文化財研究所での打合せ風景

 文化庁委託「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、ミャンマー連邦共和国文化省の関係者を12月10日から14日まで日本に招聘しました。今回の招聘では、同省考古・国立博物館・図書館局のテイン・ルウィン副局長をはじめ、考古学、保存修復、文化人類学、美術の各分野を専門とする同省職員5名が、東京と奈良に滞在し、東文研および奈文研での意見交換、博物館視察、考古発掘調査現場や文化財建造物修理工事現場の見学等を行いました。この間の11日には東文研セミナー室において、「ミャンマーにおける文化遺産保護の現状と課題」と題する研究会を開催し、来日した方々から考古調査や遺跡保存、博物館の歴史と現状等に関する発表をいただくとともに、会場との質疑も通じて情報共有を行いました。本招聘を通じて、同国の文化遺産保護に関する最新情報の収集を行うとともに、今後の協力に向けて相互理解の促進を図ることができました。本事業では今後、1月末から2月初旬にかけて、建築・美術工芸・考古学の3分野において、文化遺産保護に関するわが国からの協力の方向性を明確化するための現地調査を、奈文研の協力も得ながら実施することを予定しています。

シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:タジキスタン共和国における専門家育成のためのワークショップ

測量実習風景

 文化遺産国際協力センターは、2012年9月に実施したカザフスタン共和国とキルギス共和国での人材育成ワークショップ(ユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」、2012年9月活動報告を参照)に引き続き、タジキスタン共和国において考古遺跡測量に関するワークショップを11月2日から7日にかけて実施しました。世界遺産登録を目指す中世都城址フルブック遺跡(9~12世紀)を対象にタジキスタン文化省及びフルブック博物館と共同で実施した今回のワークショップには、タジキスタン側から若手専門家を中心に10名が研修生として参加しました。測量に関する基礎的な講義を実施した後、ユネスコからタジキスタン側に供与されたトータル・ステーションを用いて、発掘区設定や地形図の測量に関する実習を行いました。今回の短期間の研修では、参加した研修生が測量を完璧にマスターするまでには至っていません。しかし、自前の機材に習熟しようとする研修生の意欲には並々ならぬものがありました。現地若手専門家の測量技術向上のため、文化遺産国際協力センターは来年度もタジキスタンでの支援事業を継続する予定です。

タジキスタン南部出土初期イスラームの壁画の保存修復

フルブック遺跡出土断片(部分) 左:処置前 右:表面クリーニングと小断片の接合後
裏打ち作業の様子

 11月6日から12月5日まで、タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復作業を現地にて実施しました。修復の対象である壁画断片は、タジキスタン南部に位置する初期イスラーム時代の都城址フルブック遺跡から1984年に出土しました。長い間適切な処置がなされないまま古代博物館の収蔵庫に保管されていましたが、2010年度より本格的な保存修復処置が開始されています。
 壁画断片は著しく脆弱化しており、彩色層は顔料が載っているのみの状態であったり、下塗りの石膏層は細かく断片化したりしていました。昨年度の彩色表面の強化処置に引き続き、細かく割れた小断片の接合や、新しく裏打ちをするなど、グループ化された各断片を安定化させるための処置をおこないました。また、昨年度に安定化させた断片については、欠損部の充填など、展示を目指した今後の処置を試験的におこないました。壁画断片は、接合や充填による安定化に加え、図像も見やすくなってきています。今後は、将来的な展示方法の検討をしていく予定です。
 なお、本修復事業は、住友財団による海外の文化財維持・修復事業助成を受けて実施しています。

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