研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


国際研修「紙の保存と修復」

開会式後の関係者集合写真
実習(裏打ちの準備)
実習(糊の準備)

 8月29日より9月16日まで、ICCROMおよび九州国立博物館との共催で国際研修を行いました。世界中から60名程の文化財関係者の応募があり、その中からインド、スイス、メキシコなどに所属機関がある10名が参加者として選抜されました。
 この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。同時に実習では、欠損部の補填から、裏打、軸付けなどを行って巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて和紙製造の現場および紙の集散地として発展した美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区を見学し、紙の製造から輸送、販売まで歴史上の和紙の流通について学習しました。さらに、伝統的な表装工房や道具・材料店を訪れ、日本における紙の保存修復のための環境についても学びました。
 この研修で伝えられた技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることを期待しています。

第4回大洋州世界遺産ワークショップへの出席

サモアの伝統的儀式の様子
会議場の様子

 9月5日から9日まで、サモアのアピアでUNESCOの第4回大洋州世界遺産ワークショップが開催されました。大洋州は全地表の3分の1の面積を占めているにもかかわらず、世界遺産の登録件数は多くありません。そのためUNESCOは、自国の文化や自然の世界遺産登録を目指す大洋州の島嶼国の代表者を集めて、そうした取り組みを支援するためのワークショップを開催しています。文化遺産国際協力コンソーシアムでは、今後増加すると思われる大洋州の国々からの文化遺産保護に関する支援要請に備えるため、今回のワークショップにオブザーバーとして参加しました。
 会議には13の島嶼国と2つの海外領のほかに、オーストラリアとニュージーランドがドナー国として、またICOMOSやIUCN等の諮問機関も参加しました。これまでの各国の取り組みと世界遺産登録に向けた準備の進捗状況が報告され、また大洋州が一丸となって取り組んでいくための核になる大洋州遺産ハブの形成などについて検討されました。
 大洋州はこれまで自然遺産の保護に積極的な地域でしたが、今後は文化遺産についても積極的に保護し、博物館などの整備に向けても取り組みを進めたい姿勢が感じられました。また、無形遺産にも関心が高く、今後は大洋州諸国から無形的側面を含めた文化遺産の保護に関する支援等が要請されるのではないかと予測されます。

モンゴル・アマルバヤスガラント寺院における研修およびワークショップ

保存管理計画ワークショップ
建造物保存修復調査風景1
建造物保存修復調査風景2

 文化庁委託・拠点交流事業の一環としてモンゴル教育文化科学省と共同で行っているモンゴル・アマルバヤスガラント寺院での活動も3年目となります。本年は6月下旬および8月下旬の2度にわたり、協力ミッションを派遣しました。
 昨年度のワークショップで検討した内容に従って本年4月、文化遺産法に基づく保護区を設定する決定がモンゴル政府によって行われました。この保護区は、寺院本体だけでなく、周囲の景観や、寺院建設に関連する考古学的遺跡、さらには聖地や伝承地も含む広大なもので、そこでの開発規制等、具体的コントロールの内容を検討することが今年度の大きなテーマとなっています。地元のセレンゲ県が担当する保存管理計画策定作業の推進に向け、省・県・郡・寺院・住民の代表が参加するワークショップを各回とも開催しました。県側の作業体制立ち上げや基本情報収集等に遅れが目立つなど課題も少なくありませんが、計画に盛り込むべき基本的方針を県への提言としてまとめました。
 これと並行して8月ミッションでは、日本の木造文化財建造物修理技術者を講師に、建造物保存修復調査に関する研修もモンゴル人若手技術者を対象として実施しました。この研修も一昨年、昨年に続くもので、実際に破損が進行している仏堂の一つを実測しながら、破損状況の定量的把握から、修理工事の積算に必要な数量調書の作成に至る作業の流れを実習しました。伽藍内の歴史的建造物は劣化・破損が進み、修理の緊急性がさらに高まってきています。修理の技術的水準を確保するには、依然モンゴル単独では対応が難しい状況は変わらず、日本を含む海外からの技術支援を求める声はますます大きくなりつつあります。これに今後どのように対処していくか、モンゴル政府側との意見交換を継続していく必要があります。

アジャンター遺跡の保存にむけた専門家会議2011開催

インド考古局 チャンドラパンディアン氏による講演

 東京文化財研究所では、昨年度まで文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の枠組みにおいて、インド考古局(ASI)と共同で、アジャンター遺跡第2窟および第9窟における壁画の保存修復のための調査研究を実施しました。
 そのフォローアップとして、文化遺産国際協力センターでは、2011年7月23日から28日までアジャンター遺跡を管理するインド考古局から、現地研究室の代表者チャンドラパンディアン氏を招へいし、27日に専門家会議を開催しました。
 本会議では、共同作業で行った第2窟壁画の状態や損傷要因についての調査結果、また、第2窟、第9窟における高精細デジタル撮影によるドキュメンテーションの成果を報告しました。さらに、ASI側からは、アジャンター遺跡以外の遺跡も含めたASIの活動内容をご報告いただきました。アジャンター壁画が抱える問題を専門家間で共有するとともに、今後どのように壁画の保存を目指していくかを検討する貴重な機会となりました。

アルメニア共和国文化省との文化遺産保護のための協力に関する合意書の締結

合意書・覚書締結後の記念写真の様子

 6月24日に、アルメニア共和国文化省、アルメニア共和国歴史博物館と東京文化財研究所の間で、それぞれ文化遺産保護のための協力に関する合意書と覚書が締結されました。
 合意書はアルメニア共和国において文化遺産保護活動を行うための包括的なものであり、共同作業や国内外ワークショップ等を通じて保存修復専門家の人材育成・技術移転を図ります。覚書についてはアルメニア共和国歴史博物館所蔵の金属考古資料の保存修復・調査研究とそれに関わる専門家の人材育成・技術移転のための協力に関するものです。
 文化遺産国際協力センターでは、これらの合意書及び覚書に基づいて、平成23年秋から具体的な活動を開始する予定です。

キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所との文化遺産保護のための協力に関する合意書の締結

合意書の締結

 6月27日に、キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所と東京文化財研究所の間で、キルギスの文化遺産保護のための協力に関する合意書と覚書が締結されました。
 今後、歴史文化遺産研究所と東京文化財研究所は、人材育成事業や文化遺産保護事業の共同実施、文化遺産に関する会議の共同開催を行います。
 今年度より、チュー川流域の都城址アク・ベシムを対象にドキュメンテーション、発掘、保存、史跡整備に関する人材育成事業を実施していく予定です。

大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト 労働安全衛生研修の実施とフェーズ2詳細計画策定調査への参加

労働安全衛生研修の様子
本格協力に対する合意書締結の様子

 文化遺産国際協力センターでは、国際協力機構(以下JICA)が行うエジプト国大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力を継続的に行っています。 2011年4月27日(木)~5月5日(木)までの実質5日間、「労働安全衛生研修」を保存修復センター内で開催しました。東京芸術大学の桐野文良教授と東文研文化遺産国際協力センターの藤澤明が、講師としてJICAから現地へ派遣されました。エジプトでは文化財保存修復分野の高等教育機関において労働安全衛生について学ぶ機会がなく、エジプト人専門家達は日々の作業における安全衛生について疑問を持つことが多々ありました。これまで実施した研修の中から彼らの必要とする知識や技術を判断し、今回の研修実施に至りました。研修は大変好評で、繰り返し指導してほしいとの声が多く聞かれました。今後も定期的な研修実施を通して、修復専門家だけでなく清掃員に至るまで保存修復センターで働く全ての人が安全衛生に対する共通認識を持つことが目標です。また、5月27日(金)~6月4日(土)の9日間、JICAが行うフェーズ2(本格協力)詳細計画策定調査に東文研から3名が参加しました。専門家の執筆協力を受けて東文研が取りまとめたフェーズ2人材育成計画をもとに、JICAがエジプト側と今後の協力可能性について協議を行いました。その結果、JICAは引き続き保存修復センターで働く専門家の人材育成と技術移転への協力をエジプト側と約束し、今年7月以降の早い段階で、本格協力を開始することになりました。それに伴い、東文研もJICAと共により一層効果的な協力を行っていく予定です。

アルメニア共和国における文化遺産保護への協力のための準備ミッション派遣

アルメニア歴史博物館内考古遺物収蔵庫での調査の様子

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託『文化遺産国際協力拠点交流事業』の一環として、「コーカサス諸国等における文化遺産保護のための協力」を開始します。今年度はアルメニア歴史博物館を拠点とし、金属や染織品の考古遺物の保存修復に関する人材育成・技術移転を行う予定です。
 アルメニア共和国には歴史上大変貴重とされる資料が数多く存在するにもかかわらず、資金・人材・教育機関・情報などの不足により、調査研究や保存修復が思うように進んでおらず、文化財保護分野の人材育成と技術移転において海外からの支援を強く望んでいます。
 2011年4月3日(日)~13日(水)、準備ミッションを派遣し、博物館を管轄する文化省関係者との協議、アルメニア歴史博物館の保存修復施設や収蔵庫の視察、そこで働く保存修復専門家達と具体的な研究協力内容について直接話し合いを行いました。
 その結果をもとに、現在、アルメニア側との合意書と覚書締結準備、およびアルメニア歴史博物館所蔵の金属・染織考古遺物の保存修復と自然科学的調査についてワークショップや共同作業を開始する準備を進めています。

アジア文化遺産国際会議「西アジアの文化遺産―その保護の現状と課題」

 3月3日から5日までの3日間の日程で、イラク、シリア、レバノン、ヨルダン、バハレーンのアラブ5カ国の専門家を東京文化財研究所へ招き、日本の専門家と共に各国の文化遺産、その保護の現状について情報を交換し、今後の日本を含む各国間の連携による国際協力による保護活動の可能性について討論する会議を開催しました。文化遺産国際協力センターは、アジアの各地域について、文化遺産保護のための地域内ネットワークの構築と、日本の貢献を促進することを目ざし、中央アジア(2007年度)、東南アジア(2008年度)、東アジア(2009年度)の各地域の国々による国際会議を開催してきました。今回の会議は、これまで主に考古学や歴史研究での交流が盛んだった西アジア地域について、今後文化遺産保護という視点から新たなネットワークを構築していくための貴重な一歩となりました。

文化遺産国際協力コンソーシアム平成22年度総会および講演会「欧州における遺産:非政府的視点から」の開催

講演会の模様

 2011年3月11日(金)に標記総会および講演会を開催しました。総会では、コンソーシアムの平成22年度事業報告と、次年度事業計画が報告されました。これに続いて開催した講演会では、欧州の文化遺産保護のために活動するNGOであるヨーロッパ・ノストラの副会長ジョン・セル氏にご講演いただきました。はじめに、多言語や複雑な政治体制などヨーロッパの多様な文化が育まれた背景と、今日の文化遺産保護に係る条約や政策についての説明がありました。続いて、震災を受けたイタリアのラクイラなどにおける危機遺産保全キャンペーンや、優れた保存活動等を顕彰するヨーロッパ・ノストラ・アワードなど、ヨーロッパ・ノストラの活動についてご紹介いただきました。長年に亘って、文化遺産保護に関する連携・協力を推進してきたヨーロッパ・ノストラの経験は、文化遺産国際協力コンソーシアムの今後の活動の在り方を考える上でも大いに参考となりました。

文化財保存修復国際研修に関する研究会の開催

討議の様子

 文化遺産国際協力センターでは2月2日・3日の2日間にわたり、「海外の文化財保存修復専門家養成を目的とする国際研修等の実施に関する研究会」を、東京文化財研究所会議室にて開催しました。本研究会は、当センターが行っている「諸外国の文化財保護に係る人材育成」事業の一環として、国際研修のより効果的かつ実践的な実施に向け、国内外の研修実施機関との情報共有および意見交換の場として企画したものです。途上国を中心とする外国からの研修生を対象とした保存修復技術や能力開発の研修に焦点をあて、プログラムの具体的内容や教授方法、さらには研修成果の評価法や問題点などについて、海外4機関および東文研を含む国内3機関の担当者から報告を受けたのち、これらを踏まえて参加者による意見交換を行いました。
 研修実施事例の分析を通じて、いくつかの共通課題が浮き彫りとなりました。主なものとしては、研修事業自体のマネージメント、研修の継続性とプログラム同士の相互連携、研修情報の共有などが挙げられます。このようなテーマでの研究会は従来あまり行われてきませんでしたが、今後も様々な機会を通じて、研修方法の改善や多国間での相互連携の可能性などにつなげていきたいと考えています。

ミクロネシア連邦における文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査 ~ナン・マドール遺跡~

王の墓といわれるナン・ダワス
ミクロネシア連邦政府側との打ち合わせ
干潮時遺跡調査

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは2月18日から25日まで、ミクロネシア連邦のナン・マドール遺跡を対象として協力相手国調査を実施しました。この遺跡は6世紀から16世紀の間につくられたと伝えられており、92もの人工島とその上に建つ建造物からなっています。現在でも遺跡の全容は解明されておらず、神秘の遺跡といわれています。今回の調査は、遺跡の現状を調べるとともに、遺跡保護のために何が必要か把握し、我が国の協力の可能性を検討することを目的として行いました。
 玄武岩の石柱を重ねてつくられた建造物には、崩壊した部分も多く見られました。その要因としては、自然風化やマングローブなど植物の繁殖が影響していると考えられます。さらには近年の温暖化にともなう水位上昇により、満潮時に水没する遺跡も見られました。このような点について今後詳細な調査を行い、管理計画を策定する必要があると考えられます。同時に、遺跡保護に関する現地の人々の理解を促進することも不可欠でしょう。いくつかの島や建造物は王の墓や祭儀場であったと伝えられています。遺跡そのものを守るとともに、このような伝承も含めた包括的な保護を図る必要性を強く感じました。

アルメニア共和国における文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査

写真1 アルメニア共和国文化省での関係者との面談
写真2 古文書研究所・博物館での聞き取り調査

 文化遺産国際協力コンソーシアムは、2011年2月7日から13日まで、アルメニア共和国において協力相手国調査を実施し、東文研からは専門家として2名が参加しました。この調査の目的は、日本による同国における文化遺産保護分野での将来的な協力可能性を探ることにありました。
 今回の調査では、文化遺産保護を管轄している文化省(写真1)をはじめ、歴史博物館、国立美術館、マテナダラン古文書研究所・博物館(写真2)、歴史・文化財科学研究センターといった保護や調査・研究に関わる諸機関を訪れ、担当者と面談を行うとともに、情報収集や意見交換を行いました。その結果、アルメニアがこの分野において今日抱える主要な問題として、ソ連邦からの独立後に生じた資金の不足やロシアを中心とした教育システムの終焉による人材育成面の困難などがあることが明らかとなりました。機器供与や博物館建設といったハード面の充実も必要ですが、同国にとっては文化遺産保護に関わる人材を育成することが急務であると感じられました。
 今後の日本からの協力のあり方としては、アルメニアの研究機関と連携しながら、アルメニア人専門家の人材育成を主眼とした共同研究や研修などを実施していくことが考えられます。

国際研究集会「「復興」と文化遺産」の開催

総合討議の様子

 第34回文化財の保存および修復に関する国際研究集会「「復興」と文化遺産」を東京国立博物館平成館において、1月19日から21日の3日間開催しました。自然災害、そして紛争からの復興過程、さらには社会変化の渦中における社会と文化遺産の関わりをめぐり、それぞれの状況に対応する3セッションを設けて、海外から10件、国内から4件の講演と、議長・講演者によるディスカッションが行われました。
文化遺産の意味や価値付けが社会状況によって変化する中で人々にとって復興されるべき文化遺産とは何かなど、多様な課題をめぐって活発な議論が交わされました。
 本研究集会の詳細な内容については、来年度、報告書を刊行する予定です。

カンボジア、タイでの共同研究

砂岩上に繁茂する地衣類に関する調査
(カンボジア タ・ネイ遺跡)

 11月下旬から12月初旬にかけて、カンボジアとタイでそれぞれ現地の文化財に関する調査研究を実施しました。カンボジアでは、アンコール遺跡群のタ・ネイ遺跡で、遺跡の石材の上に繁茂する様々な生物、特に地衣類やコケ類と環境との関連について、イタリアのローマ第3大学のジュリア・カネーヴァ教授にも参加していただき調査を行いました。タイでは、遺跡保存に対する覆屋の効果について、東部のプラチンブリにあるラテライトに彫られた仏足石やレリーフ、スコータイのスリチュム寺院大仏などで観察を行うとともに、アユタヤやバンコクで仏像などに用いられている漆に関する調査を行いました。さらに、共同研究の相手先である文化省芸術局で、局長を交えて今後の共同研究の進め方について協議を行いました。

キトラ古墳の壁面取り外し作業終了

すべての漆喰壁が取り外された石室内

 保存修復科学センターでは文化庁からの受託事業「特別史跡キトラ古墳保存対策等調査業務」の一環としてキトラ古墳壁画の取外しを行ってきました。昨年度より春と秋に集中的な取り外し作業を行っており、来年度の春期取り外しでの終了を目標にしてきましたが、予定より早く今期(2010年度秋)に石室内のすべての漆喰を取り外すことができました。東文研における機械・道具・材料の開発や改良と技術者の方達の作業への熟練により、迅速な作業を行うことができました。2004年の青龍の取り外しから始まった一連のキトラ古墳壁画保存事業は、これにて石室内の作業は終了し、以降、保存施設における壁画の修復処置に移行します。

アジャンター壁画の保存修復に関する調査研究事業~第5次ミッション報告

壁画の状態調査(アジャンター第2窟右祠堂)
黒色物質の試験的なクリーニング
(アジャンター第2窟右祠堂右壁)

 東京文化財研究所とインド考古局は、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」および運営費交付金「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」の枠組みのもと、アジャンター壁画の保存修復に関する共同研究を行い、これに必要な知識の共有と技術交流を目指しています。
 アジャンター壁画は、基岩の亀裂からの浸水や、生物被害、人為的損傷に加え、過去の修復に起因する色調変化や彩色層の劣化といった多くの問題を抱えています。なかでも顕著なものとして、コウモリの糞尿による黒色化・白色化、そして壁面に塗布されたニス(シェラック、PVAC)の黄色化・暗色化が挙げられますが、効果的な保存修復手法が確立されていないのが現状です。このような課題に対処するために、今回の第5次ミッション(平成22年11月14日~12月4日)では、第2窟壁画を対象とした試験的なクリーニングを実施しました。昨年度までの科学分析およびドキュメンテーションの蓄積をもとに、インド人保存修復専門家と共同で、適切な保存修復方法の検討作業を行いました。

タジキスタンにおける壁画断片の保存修復と人材育成(第9次ミッション) ワークショップ「中央アジア出土壁画の保存修復2010」の開催

ワークショップの様子
博物館に展示された壁画断片

 10月3日から11月2日まで、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復」の第9次ミッションを実施しました。前回までのミッションで、壁画断片を支持体に設置(マウント)する方法を検討し、基本方針を確定しました。今回のミッションでは、支持体のさらなる軽量化と作業時間の短縮をめざし、作業工程の一部を見直しました。
 また、10月21日から27日まで、同博物館において、ワークショップ「中央アジア出土壁画の保存修復2010」を開催しました。3回目となる今回のワークショップでは、壁画の保存修復作業における最終工程であるマウントをテーマに、中央アジアのカザフスタン、トルクメニスタンから各1名、ロシア国立エルミタージュ博物館壁画修復室から2名、中国敦煌研究院から1名の保存修復専門家が参加しました。また、タジキスタン国立古代博物館の研修生3名も参加しました。 今回のミッションで改良した最新のマウント方法を用い、参加者は、壁画断片を新しい支持体に設置する全工程を体験しました。
 第9次ミッション中に、カライ・カフカハI遺跡から出土した壁画断片のうち6点の保存修復処置を完了し、博物館に展示することができました。タジキスタン国立古代博物館の研修生3名は、今回のミッションで、壁画のマウント、壁画表面の欠損部の充填方法を習得し、保存修復処置の全工程を主体的に行うことができるようになりました。本事業の完了後も、研修生たちが保存修復を継続して実施し、タジキスタンの貴重な文化遺産の保存に貢献していくことを願っています。

被災文化遺産復旧に係る支援国調査

ワールド・モニュメント・ファンド(米国)でのインタビュー
オランダ文化庁でのインタビュー
ブルーシールドフランス国内委員会でのインタビュー

 近年、自然災害で被災した文化遺産に関する協力要請や緊急支援が増加しており、被災文化遺産復旧に向けた国際協力の効果的実施がますます重要になってきています。このため、文化遺産国際協力コンソーシアムでは目下、緊急対応のあり方や関係諸機関の連携体制などについて、支援国を対象とした調査を行っています。これまでに、米国(8月17日~26日)およびオランダ・フランス(9月26日~10月8日)において、文化遺産国際協力に携わる行政組織、民間団体、国際機関を中心に計27機関へのインタビューを行いました。
 米国では、ハイチ地震の際に、以前から国内で機能してきた被災文化遺産への人材派遣制度や情報連携ネットワークを活用して柔軟に対応したこと等が明らかになりました。また、オランダでは、各機関の役割分担が明確で、支援の内容は被災直後の小規模資金援助に特化していること等がわかりました。一方、フランスでは、外務省を中心とした従来の国際協力体制網をさらに強化するため、NGOの協力のもと、緊急支援専門家(urgentiste)の養成にも力を入れていること等が分かりました。
 次々に起こる災害に対する対応力の向上などはわが国にも共通する課題で、一連の調査を通じて、今後の日本の国際協力体制を考える上で有益な情報を得ることができました。

インドネシア・パダンの歴史的町並み復興への協力

歴史地区の登録建造物の現状。健全なもの、修理されているもの、放置されているもの、撤去されフェンスが設置されたもの(左から右へ)。
パダンの地方行政関係機関での協議の様子

 文化庁委託による「インドネシア西スマトラ州パダンにおける歴史的地区文化遺産復興支援(専門家交流)事業」では、2009年9月30日の地震で大被害を受けたパダンを対象に、文化遺産の保護と保存を都市の復興プロセスに組み入れるための支援を行います。2011年2月までの数次にわたって実施する調査・助言活動の第一弾として、10月16日から25日まで、文化遺産建造物を含む町並みの復興状況に関する現地調査を行いました。
 今回の調査では、震災直後の2009年11月に実施した被災状況調査結果をベースに、震災1年後の現況を記録しました。瓦礫の片付けが進み、街の活気は戻ってきていますが、歴史的町並みを構成する建物の復興程度はさまざまです。登録文化財建造物で修理が進んでいるものは依然少なく、未だに震災直後と変わらぬ状況のものや、既に更地と化してしまっているケースもありました。
 現況調査をふまえて行った、州知事をはじめとする現地関係機関との協議では、文化遺産の保護が都市の復興に寄与することや、専門家・行政・住民の連携の重要性について、認識が一致しました。今後も中央政府、州、市の各レベルと協調しながら、現地の専門家との協働を継続していきます。11月には現地で文字文化財保存ワークショップの開催が企画されており、12月および1月には歴史的建造物と町並みについても現地ワークショップを行う予定です。
 調査チームの帰国直後、西スマトラを再び地震と津波が襲いました。パダンでは大きな被害はなかったようですが、文化遺産の保護を通じて都市の復興と安全な住環境の整備に貢献したいという思いを一層強くしたところです。

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