研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第33回世界遺産委員会

ル・コルビュジエの作品群登録可否に関する投票の開票作業
審議風景。スクリーン中央に議長、両側に英仏2カ国語で審議内容が映る

 第33回世界遺産委員会は、6月22日~30日にスペインのセビリアで開催されました。40℃を超える暑さの中、時折迷い込んだ野鳥が飛び回る展示場を会場に、連日23時まで議論が行われました。日本からは関係省庁や研究機関、地元の遺産の一覧表への登録を目指す地方自治体関係者などが参加し、当研究所からは筆者を含め2名が参加しました。
 世界遺産一覧表には13件の遺産(自然2件、文化11件)が登録、1件が抹消され890件となりました。登録の傾向として、奴隷貿易関連の遺産が諮問機関の勧告を覆し登録されるなど、人権に関する遺産への高評価が伺えます。今回は情報照会の決議でしたが、国立西洋美術館を含むル・コルビュジエの作品群のような、複数の国にまたがる複数の遺産を1件として推薦することも、国際協調の観点から推奨されているようです。
 また、ドレスデン・エルベ渓谷の一覧表からの抹消が決議されました。登録直後に渓谷を横断する橋の建設が計画され危機遺産とされましたが、建設は中止されず、ドイツ側から具体的な代替案も提案されなかったためです。一覧表からの抹消は2例目ですが、遺産を持つ国が削除を希望していないにもかかわらず抹消されたのは初めてです。
 今回、予定されたいくつかの審議が来年に延期されました。秘密投票を伴う審議が複数あったのも原因ですが、同趣旨の発言の繰り返しも目立ち、議論の進行にも問題があるように思われました。また、国境問題を抱える国同士の対立による審議内容変更など、世界遺産の外交上の重要性を改めて認識することとなりました。

大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト 初の在日研修

合成染料による染色実習

 文化遺産国際協力センターでは国際協力機構(JICA)の要請を受けて、エジプトのギザで建設が進んでいる「大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)」の付属機関である「保存修復センター」の設立に向けたプロジェクトにおいて、専門的な見地からの技術支援を行っています。
 2009年7月8日から9月1日までの約2ヶ月間、本プロジェクトにおける日本で初めての研修を、人材育成・技術移転を目的として実施しています。大エジプト博物館保存修復センターに所属するエジプト人保存修復家22名の中から選抜されたダリア・アリー・アブデルアアル・エルサイド氏 とベニス・イブラヒム・シャハタ・アティーア氏 の2名の研修生が、東文研の運営費交付金およびユネスコ文化遺産保存日本信託基金事業の一環として東文研へ招聘しているイラク人研修生と共に、「染織品の保存修復」に関する研修を受講し、その専門性を磨いています。この研修は、女子美術大学を中心とした専門家の協力のもと、講義と実習を組み合わせた実践的な内容で行われています。

拠点交流事業モンゴル:木造建造物の彩色塗装に関する技術交流ワークショップ

日本の彩色塗装修理の事例紹介
実習:図柄の輪郭を目視で把握する
実習:デジタル顕微鏡を使った顔料の調査

 モンゴルにおける拠点交流事業の一環として、7月20日から29日までの日程で、日本より5名の専門家がモンゴルを訪れ、モンゴル東部にあるヘンティ県のベレーヴェン寺院の復原現場において、木造建造物の彩色塗装に関する技術交流ワークショップを開催しました。これは、モンゴルの現状に即した木造建造物の保存修理の技術の向上を目的として、東京文化財研究所とモンゴル教育・文化・科学省(MECS)と共同で企画したものです。
 ワークショップ前半は、彩色塗装の修理復原計画と実施・伝統的な修理と復原の技法・科学的研究分析についての発表と意見交換をしました。後半は、寺院の古材を用いた分析実習と日本の伝統的な彩色技法についての実習を実施しました。モンゴル側は、国立文化遺産センター(CCH)と歴史的建造物の保存修理を請け負うスードゥール社から、それぞれ彩色塗装担当職員4名が参加しました。両国の現場を担う専門家同士が、活発な意見交換を行い、日本とモンゴルの伝統的な技法と材料に関して、基本原則は共通していることを確認するとともに、相違点も明らかとなり、今後の技術交流において有意義な情報の共有を諮ることができました。
 なお、ワークショップ終了後には、日本側の専門家だけでモンゴル北部セレンゲ県のアマルバヤスガラント寺院に立ち寄り、現存する彩色塗装について科学分析調査を行いました。この調査を通して、分析法や結果についてさらに情報共有を図ることの重要さをはじめ、今後も専門家間の交流を続けたいという認識を参加者が感じることができました。日本の経験と技術がモンゴルの文化遺産保護に貢献できる場がひとつ増えたのではないでしょうか。

シルクロード人材育成プログラム古建築保護修復研修コース終了

修了証書授与

 昨年秋の北京での3カ月間の研修に引き続き、中国青海省のチベット仏教寺院、塔爾(タール)寺で4月初旬から4カ月間の日程で実施してきたシルクロード人材育成プログラム古建築保護修復研修コースが無事に終了し、7月31日、中国国家文物局、中国文化遺産研究院、東京文化財研究所、青海省文物局、塔爾寺、そして本事業の資金提供者である中国サムスン社からそれぞれ代表が出席し、修了式を開催しました。新疆、甘粛、寧夏、青海、陝西、河南の各省・自治区から集まった計12名の研修生は、必ずしも全てが同じ建築保護の経験を持っているわけではなく、研修カリキュラムが求めている内容の理解や、成果の達成に苦労しました。しかし各自が持つ能力を活かし、互いに助け合いながら合計7カ月に及ぶ長期研修を乗り切ることができました。日本側講師、中国側講師も研修生が直面している様々な問題について一緒に考え、解決の道を探しました。文化遺産保護が、いかに多くの人々の智恵と技術を結集したものであるかを実感させる7カ月間であったと言えます。その結果、研修生たちは、昨年の北京・故宮紫禁城での調査報告書、今年の塔爾寺での調査報告書、そして個人テーマによる研究論文12本をまとめた実習報告書を完成しました。彼らはすでにそれぞれの所属機関に戻り、日常の作業に従事しています。今回の研修が、彼らがこれから歩む道の足下を照らす、心強い灯りとなってくれることを願っています。

イラク人専門家の人材育成事業

日本語の研修

 文化遺産国際協力センターでは運営費交付金「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」およびユネスコ日本文化遺産保存信託基金「バクダードにあるイラク国立博物館の保存修復室復興」を基に、イラク人保存修復家を日本へ招へいして、文化財の保存修復にかかる人材育成・技術移転のための研修を実施しています。本年度は、イラク国立博物館よりスィーナー・C・A・アルティミーミー氏、ファドゥヒル・A・A・アラウィ氏、モハンマド・K・M・J・アルミマール氏、バーン・A・M・A・アルジャミール氏の4名の保存修復専門家を招へいし、2009年6月19日から9月18日までの3ヶ月間にわたり、主に染織品の保存修復実習と文化財保存修復や材質分析に必要な機器に関する研修を開始しました。本研修では、女子美術大学、奈良文化財研究所、静岡県埋蔵文化財調査研究所など、国内の大学・保存修復専門機関の協力を得て行います。

タジキスタンにおける壁画片の保存修復と人材育成(第5次ミッション)

新しい支持体の作成の様子
壁画片の接合作業

 平成21年5月13日から6月12日まで、「タジキスタン国立古物博物館が所蔵する壁画片の保存修復」の第5次ミッションが派遣されました。昨年度のミッションに引き続き、タジキスタン北部のカライ・カフカハ(シャフリスタン)遺跡から出土した壁画片の修復作業を、タジク人研修生4名と共同で行いました。今回のミッションでは、壁画片の接合、貼付されたガーゼの取り外し作業を指導し、タジク人研修生に実践してもらいました。また、これまでにクリーニングと接合作業を完了した壁画片1点を新しい支持体に固定する作業(マウント)を行いました。接合部分を含め、全体を保持するための裏面からの補強には、炭素繊維で織られた三軸織物(サカセ・アドテック社製)を使用しました。従来、支持体には、石膏や木材などを用いていましたが、今回は、炭素繊維と合成樹脂を用いて、より軽量で取り扱いのしやすい支持体の作成方法を採用しました。これら一連の作業をタジク人研修生と一緒に行い、技術移転を図り、現地の人材育成にも貢献しています。

シルクロード人材育成プログラム・古建築コース実施

現場実習の様子

 中国文化遺産研究院と共同の「シルクロード沿線文化財保存修復人材育成プログラム」の一環として、古建築保護修復コース(後期)を4月初旬から青海省のチベット仏教僧院、塔爾(タール)寺で実施しています。修復理論や実測調査を学んだ昨年に続く今回は、保存管理計画策定から修理の基本設計、実施設計へと至る流れを実習する課程としました。同時に、調査・設計・監理を一貫して行う日本独自の修理システムを紹介することで、ともすればマニュアルに頼りがちな保存のあり方を考える契機になればとの意図も込めました。
 5名の講師を交替で派遣した日本側の講習は5月末で終了し、以後は中国側による講習が7月末まで続きます。12名の研修生は熱心に学んでいますが、課題点も浮き彫りになりました。まず、同じ木造と漢字の文化でありながら、日中の建築には意外に大きな相違があり、用語や修復観をめぐって意思疎通に手間取る場面にしばしば遭遇しました。また、境内各所では修復工事が進行中で、その一角を借りての現場実習でしたが、迅速な施工を求める寺側と調整がつかず、途中で実習対象建物の変更を余儀なくされることもありました。カリキュラムと実施行程のいずれにおいても、研修計画段階での綿密な検討の必要性を痛感させられました。

世界遺産の管理と保全ワークショップ2009

世界遺産の運営の課題についての視察(平和記念公園)
グループワーク、「世界遺産(模擬)申請書」準備の様子

 国際研修の運営実施についての研究の一環として、2009年4月19日-25日までUNITAR(国連訓練調査研究所)広島オフィス主催の国際研修ワークショップ「平和のための保全 世界遺産の管理と保全に関するシリーズ ―世界遺産インパクトアセスメント―」に参加しました。今年が第6回目の研修には、広島県が資金援助を行い、UNESCO世界遺産センター、ゲティ保存研究所、ICOMOS、IUCN(国際自然保護連合)などが講師を派遣しました。アジア太平洋地域の世界遺産(自然遺産、文化遺産)のマネージメント、行政、研究機関などの関係者を中心に23ケ国から42名が参加しました。
 研修は座学・現地視察・グループワークの3部から構成されています。まず世界遺産(自然遺産・文化遺産)の価値を重視したマネージメントとインパクトアセスメントについての講義を受けた後、広島県所在の世界遺産(原爆ドームと平和記念公園、厳島神社と宮島)の視察を通して、現場の課題を評価しアジア各国の事例に応用・比較する機会を得ました。5つのグループに別れて行ったグループワークは、遺産の価値に対するインパクトアセスメントを重視した世界遺産登録申請書の略式版の作成で、参加者が関係している世界遺産未登録の物件を対象としました。最終日の一般公開ラウンドテーブルでは、ディスカッションを通して参加者と市民が広島の世界遺産の課題について意見を交換しました。
 短い研修期間で最大限の効果をあげるための事前準備の方法、インターラクティヴな講義の進め方、”After Action Review(事後検討会)”という評価方法を盛り込むことの効果など、研修実施運営の方法をはじめ、アジアの世界遺産がもつ課題についても、具体的な情報を得ることができました。

モンゴルにおける拠点交流事業

モンゴル建築家協会会長との情報交換の様子
国立公文書館の科学技術図面資料センターで実測・復原図を閲覧している様子
国立公文書館の科学技術図面資料センターで実測・復原図を閲覧している様子

 モンゴルにおける拠点交流事業の一環として文化遺産国際協力センターより4名が3月9日から13日までウランバートル市を訪れ、石造遺跡の計測・記録作成および建造物修復の技術協力を行うための打ち合わせと情報収集を行いました。来年度の事業の展開については、国立文化遺産センター所長エンフバット氏とヘンティ県の遺跡保護の研修について、モンゴル教育・文化・科学省の博物館・歴史文化財担当主席専門官オユンビレグ氏とは建造物修復研修について、それぞれのカウンターパートとの準備を進めることができました。なかでも、建造物の研修に関連して今回面会したUMA(モンゴル建築家協会)会長とは、モンゴルの文化財建造物の修復における建築家の役割、修理設計方法の確立、修理事業の現状と人材育成の課題、現場の施工と管理、関係資料などについて情報交換を行いました。さらに、国立公文書館の科学技術図面資料センターを訪れたところ、1939年以降の修理関係資料も含めてモンゴルの建築関係資料全てが収められていることに感銘を受けました。また、閲覧できた1980年代作成の古寺院の実測図・復原図からは、日本で行われている調査方法との共通性を見出すことができました。今回、双方の交流を通じた、モンゴルに最適な文化遺産の保護と、この分野に携わる専門家と次世代との育成という、拠点交流事業の目的を達成する道筋が見えた訪問になりました。

大エジプト博物館保存修復センター設立への協力

エジプト博物館での状態調査実習
ドキュメンテーション実習

 文化遺産国際協力センターは、エジプトのギザで建設が進められている「大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)」の付属機関である「保存修復センター」の設立に向け、国際協力機構(JICA)の要請を受けて技術的な支援を行っています。
 昨年度から様々な保存修復ワークショップを開催し、同センターで活動する専門家の人材育成を継続的に行っています。今回は3月1日から5日までの5日間、エジプトでの発掘調査や修復プロジェクト経験が豊富な講師をギリシャから招聘し、カイロのエジプト博物館内会議室にて金属文化財保存修復ワークショップを開催しました。ワークショップ前半部分では金属の性質を説く理論講義を、後半部分では修復処置、保存、収蔵の実践練習を行いました。ドキュメンテーション実習ではエジプト博物館コレクションを活用でき、大変有意義なワークショップとなりました。エジプト側の要請に応え、今後とも人材育成と技術移転での支援を続けていく方針です。

文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「経済開発協力と文化遺産国際協力」開催

カリン・シビー氏の講演

 文化遺産国際協力コンソーシアム第4回研究会「経済開発協力と文化遺産国際協力」が平成21年3月26日に開催されました。今回は、ドイツ技術協力公社(GTZ)マイノルフ・シュピーケルマン氏、スウェーデン国立遺産庁文化遺産委員会(NHB)カリン・シビー氏、国際協力機構(JICA)森田隆博氏をお招きし、ドイツ、スウェーデン、日本各国による経済開発協力と文化遺産保存協力のあり方についてご講演いただきました。都市開発協力の枠組みで歴史都市保存を活用しながら保健衛生、交通管理等の支援パッケージを提供するGTZに対し、スウェーデンによるタンザニアへの協力では歴史建造物を修復することで住民の衛生状況を改善し貧困撲滅が目指されています。参加者は50名を越え、討議では支援実施のための諸機関連携体制状況や、自国の独自性をどのように協力相手国に適応させるか等について議論が交わされました。今後も、コンソーシアムでは研究会を通して最新情報と議論の場を提供していくつもりです。

アジャンター石窟壁画の保存修復に関する調査研究事業-第1次ミッション報告

携帯型蛍光X線分析計を用いた顔料の非破壊分析
彩色の試料採取

 東京文化財研究所は、文化遺産国際協力拠点交流事業「東京文化財研究所とインド考古局との壁画保存に関する拠点交流事業」における第1次ミッションを、平成21年2月12日から3月15日にかけて派遣しました。
 アジャンター石窟には、前期は紀元後1世紀まで、後期は5世紀後半から8世紀頃までに描かれた、貴重な仏教壁画が数多く残されています。しかし壁画を保存する上では、石窟が開鑿されている岩盤の強度の問題、雨水などの浸入、こうもりの糞や油煙に起因すると思われる黒色付着物など、バーミヤーン石窟壁画にも共通する様々な問題が残されています。これらの問題に対処するため、第1次ミッションでは、インド人保存修復家と共同で調査を行い、保存修復材料および技術に関する知識・経験を共有し、人材育成・技術移転を図ることを目指しました。
 具体的な調査内容としては、壁画の保存状態の記録作業(写真撮影、石窟の簡易測量、状態調査)、環境調査のための温湿度計(データロガー)の設置、壁画の編年および技法材料に関する調査(試料採取、赤外線・紫外線写真撮影、携帯型蛍光X線分析計を用いた非破壊分析)、そしてコウモリの糞尿害の調査を実施しました。

陝西省唐代陵墓石彫像保護修復事業終了

評価会議
記念品を贈呈される黒田哲也氏(中央)

 2004年に日中共同事業として開始した陝西省唐代陵墓石彫像保護修復事業が、このたび無事に終了し、3月16日から18日の日程で、西安市において最終の現場視察、専門委員・外部評価委員による事業の評価が行われました。この事業は、日本の篤志家黒田哲也氏が財団法人文化財保護・芸術研究助成財団に対して提供した総額1億円の資金を使い、唐時代の皇帝陵である乾陵と橋陵、それに則天武后の母親が葬られた順陵という三つの陵墓についてその東西南北の門に配置された石彫像の修復、周辺環境の整備を実施したものです。東京文化財研究所は西安文物保護修復センターとともに事業を担当し、各種調査、修復作業、研究会の実施、中国側メンバーの招へい研究などを実施してきました。今回の視察と会議には黒田哲也氏ご夫妻も参加され、最後に陝西省文物局から今回の支援に対する感謝の言葉と記念品が贈呈されました。

龍門石窟画像データベース作成

 文化遺産国際協力センターは、2001年以来、中国・河南省洛陽市所在の世界遺産・龍門石窟保護のため、様々な内容での支援活動と共同研究を展開してきました。2002年から2007年には、企画情報部写真室と共同で近年発達が著しいディジタルカメラを駆使し、龍門石窟皇甫公窟(6世紀前半)、蓮華洞(同)、敬善寺洞(7世紀後半)の3つの洞窟について、実験的な画像データの収集とその管理システム構築のための研究を進めました。その成果は2008年3月に作成した報告書『世界遺産龍門石窟 日中共同写真撮影プロジェクト報告書(画像目録)』に集大成されましたが、報告書の作成部数に限りがあって必ずしも多くの方にご覧いただくことができず、また印刷物ではディジタル画像の効果を十分に見ていただくことができません。調査研究によって収集した各種のデータについて、その公開性をどのように高めるかは、文化財保護活動の根本的な課題です。そのため、管理システムの構築というテーマを設けていたのですが、撮影と同時に進めた調査に関する情報を盛り込み、なおかつディジタル画像を活用する方法について、スタッフが試行錯誤を繰り返した結果、今回ようやく日本語版のデータベースが完成し、当研究所閲覧室において公開を開始しました。これを利用することによって上記3洞窟についての研究がさらに進むことが期待されます。また、ここで構築された方法は、他の文化財に関するデータベースにも応用ができるものとして、大いに期待されます。なお、共同研究のパートナーである龍門石窟研究院には、中国語版の完成品を提供する予定です。

「文化財建造物等の地震対策に関する日中専門家ワークショップ」開催

総合討議の様子
被災現場視察(二王廟)

 昨年5月の四川大地震では多くの文化財も被災し、中国全土から派遣された専門家や技術者がその復興に尽力しています。これを支援し、今後の防災政策立案にも寄与することを目的に、2月9日から12日まで同省の成都市でワークショップ(文化庁と中国国家文物局の共催)が開催され、文化遺産国際協力センターは、プログラム策定や講師の人選、テキスト作成等の実務を文化庁から受託しました。
 日本側はセンターの4名を含む16名を派遣し、中国側は70名以上が参加して、建造物分野を中心に博物館の地震対策等も加えた内容で講演と討議、現地視察を行いました。阪神大震災以来の日本の文化財地震対策や耐震技術を紹介しながら、今回地震での文化財被災状況とその後の対応に関する中国側報告や、都江堰市の文化財復旧現場視察も踏まえて、両国が抱える課題や今後の対策等につき意見を交換しました。3省4市と20の文化財修復機関に民間企業や博物館も加えた代表が各地から集まったこの会議は、日中専門家間はもとより、国内技術者間の交流促進にも大いに役立ったようです。
 目下、復旧の具体的設計や文化財耐震指針の検討等が進められていますが、構造技術者の不足など課題も多く、さらなる支援の必要性を改めて認識させられました。また、わが国における文化財保存の考え方を正しく理解してもらうための一層の努力も必要と感じました。

イエメン共和国における洪水の被災状況調査

シバーム全景
洪水被害の様子

 イエメン東部のハドラマウト州では、2008年の10月末におきた集中豪雨と洪水によって、多くの家屋が被害を受けました。洪水の被害は、砂漠の摩天楼と呼ばれる世界遺産シバームにも及びました。文化遺産国際協力センターが事務局を受託している文化遺産国際協力コンソーシアムでは、イエメン政府の要請を受け、洪水によって被災した世界遺産シバームとその周辺の被災状況調査を行うために、2月10日から2月21日にかけて専門家を派遣しました。
 ハドラマウト州にはシバームに比肩しうる泥レンガでつくられた高層建築があちこちに残っており、独特な文化的景観を形作っています。しかし、先の集中豪雨と洪水の被害によって、シバームだけでなくこうした周辺の文化遺産や歴史的建造物にも、亀裂の発生や建物の倒壊といった被害が随所でみられました。今後、関係諸機関と協議しながら、この地域においてどのような文化遺産復興の支援ができるのか、検討していく予定です。

ユネスコ/日本信託基金龍門石窟保護修復事業の終了

日本政府、中国政府、ユネスコ三者による会議
龍門石窟保護修復事業のメンバー記念撮影

 2001年11月、日本がシルクロード沿線の文化遺産保護のためにユネスコに提供した信託基金100万ドルによって中国・河南省洛陽市の龍門石窟の保護修復事業がスタートしました。東文研はユネスコの委託を受け、同事業のコンサルタントを務めるとともに、日本側専門家のまとめ役として、活動してきました。また、同資金では不足する経費を財団法人文化財保護・芸術研究助成財団(平山郁夫理事長)やJICAの支援を得るほか、自前の予算も捻出し、観測機材の購入・設置・メンテナンス、龍門石窟研究院保護修復センター研究員の長期短期の教育、さらに同研究院における画像データベース構築のための写真撮影など、多彩な内容で同事業をサポートしてきました。これら東文研がユネスコの資金とは別途に捻出した金額は合計で約6,000万円になります。その龍門石窟保護修復事業が2008年度で終了するにあたり、2月20日には北京の中国文化遺産研究院において最終の総括のための会議が開かれました。この会議は、同時に終了する新疆省のクムトラ千仏洞の保護修復事業と合同のもので、洛陽市文物管理局と新疆省文物局からそれぞれ事業の報告があり、専門家による討議を経て、中国政府、日本政府、ユネスコ北京事務所の代表が講評を行いました。会議の翌日には同研究院において両プロジェクトの終了を記念するシンポジウムが開催され、プロジェクトの成果についてそれぞれのメンバーによる発表が行われました。

アジア文化遺産国際会議の開催

参加者記念撮影

 2009年1月14~16日に、タイ王国において、アジア文化遺産国際会議「被災後の遺跡の修復と保存」を開催しました。これは、東京文化財研究所とタイ王国文化省芸術総局とが共催し、東南アジア文部大臣機構考古芸術事業(SPAFA)と在タイ日本国大使館とが後援したものです。前半の二日間は、バンコク市のサイアムシティホテルにおいて、円卓会議を行い、最終日はアユタヤで、実際に災害対策や災害後の修復が行われている遺跡を視察するエクスカーションが行われました。円卓会議では、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、ベトナムの東南アジア5カ国からそれぞれ一人ずつの代表者に、開催国のタイと主催者の日本を加えた各国からの発表が行われたほか、地元の大学関係者などのオブザーバーからも積極的に意見や質問が出され、活発な議論が行われました。また、エクスカーションでは、修復材料などに関して様々な情報が参加者の間で共有されました。

コンソーシアム諸国国際協力体制調査(オーストラリア)

オーストラリア連邦政府とのインタビュー
ニューサウスウェールズ州政府とのインタビュー

 文化遺産国際協力コンソーシアムの情報収集活動の一環として、今年度は先進国での国際協力体制調査を企画しており、その一つとして1月20日~30日にかけてオーストラリアでの調査を行いました。調査では、文化遺産国際協力に携わる行政組織から研究機関、民間コンサルタントまで、合計14の機関/個人に対してインタビューを行い、同国がどのような体制で文化遺産国際協力の案件生成や事業展開しているのかを調査しました。その結果、経済開発協力との連携や国内の若手育成など、日本と共通する課題をもつ一方で、関係者間の柔軟な情報連携ネットワークや明確な役割分担の存在など、日本との違いも明らかになりました。今後の日本の国際協力体制を考える上で大いに参考となる有益な情報を収集することができました。

国際シンポジウム『私の文化遺産再発見』の開催

ポスター展示の様子
パネリスト

 去る1月18日に、文化庁、朝日新聞社と文化遺産国際協力コンソーシアムの共催で、国際シンポジウム『私の文化遺産再発見』が開催されました。今回は、初の試みとして一般の方々を対象としたシンポジウムを企画し、文化遺産を身近に感じてもらうこと、そしてそのような身近な文化遺産を護るための国際協力活動の存在について知ってもらうことをねらいとしました。招待講演に作家の浅田次郎氏、新しいタイプの遺産の紹介としてドイツの産業遺産活用を手がけるIBA社プロジェクト代表のブリギッテ・ショルツ氏をお招きしたほか、日本が行っている様々な文化遺産国際協力の事例として、トヨタ財団の権修珍氏、東京文化財研究所文化遺産国際協力センター長清水真一より報告を行いました。また、日本の文化遺産国際協力活動を紹介するパネルの展示や、パンフレットの配布も行いました。当日は、400名近くの参加があり、多くの人々へメッセージを伝えることができました。

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