研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第34回世界遺産委員会への参加

世界遺産委員国会議―議長席

 第34回世界遺産委員会が、本年で建都50周年となるブラジリアにおいて7月26日から8月3日まで開催されました。(現在、日本は委員国ではなくオブザーバー) 今回の委員会で顕著だったのは、諮問機関が「情報照会」や世界遺産一覧表への「記載延期」を勧告した物件の中から、これを覆して「記載」を決議されたケースが多くみられたことです。一部の委員国からは諮問機関の専門的意見を尊重し一覧表の信頼性を考慮すべきとの発言もありましたが、同機関の不透明性や近年の記載勧告率低下に対する各国の不満や反感は強いとの印象を受けました。一方、保存状況の報告では、既に世界遺産となっている遺跡を含む土地の領有権問題が複数、顕在化しました。
 既に記載されている遺産であれ、新規の記載であれ、世界遺産に関する制度は大きな転換点にさしかかっていると言えます。二年後の世界遺産条約40周年に向け、解決策の提言など日本がなすべきことは少なくないと考えます。

第6回文化遺産東アジアネットワーク会合

 文化庁の依頼により、インドネシアのソロで開催された第6回文化遺産東アジアネットワーク会合に参加しました。会合には、アセアン諸国と東アジア3カ国(日本・中国・韓国)の代表が参加し、アセアンが展開している各プロジェクト報告が行われました。センターからは、文化庁から受託している文化遺産国際協力コンソーシアム事業の枠組みで平成21年度に実施した「被災文化遺産復旧に係る調査」の報告を行いました。報告に対し参加国からは、今後も被災文化遺産に関する調査、ワークショップ、会議などを積極的に行ってほしいとの希望が示されました。
 韓国からは文化財研究所保存科学センター長が参加しており、第7回会合は韓国で開催される予定です。アセアン諸国と東アジア諸国の関係性を深めるうえでも、今後、本会合の重要性はより増していくと考えられます。

大エジプト博物館保存修復センター 人材育成研修の開催とセンター開所

IPM研修 実習の様子

 文化遺産国際協力センターでは、国際協力機構(JICA)が行う大エジプト博物館の付属機関である保存修復センターの設立と稼働に向けた技術支援プロジェクトへの協力を続けています。
 その一環として、5月14日から22日の日程で、日本人専門家3名を講師として現地へ派遣し、「IPM研修」を保存修復センター内で開催しました。IPMとはIntegrated Pest Managementの略で、ここでは文化財の有害生物被害の防除などを行う総合的管理をさします。研修前はIPMの考え方は保存修復センター職員には殆ど知られていませんでしたが、研修終了後、エジプト人が独自にモニタリングを行うなど継続的な管理活動に結びついています。
 6月14日には、スーザン・ムバラク現大統領夫人が出席して、保存修復センターの開所式が行われました。現在の職員数は、保存修復専門家と他職員あわせて120名を超え、今後も増員が考えられています。また既に、センター内に数千点の遺物が運び込まれ、保存修復作業が少しずつ始まっています。
 今後も、センターの本格的稼働に向けて、多様な専門家各個人のレベルにあわせた効果的な人材育成への協力を引き続き進めていきます。

トルコ・カッパドキア石窟教会壁画の保存修復に関する基礎調査

ギョレメ国立公園全景
修復されたエル・ナザール教会

 文化遺産国際協力センターでは、「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」の一環として、国際的な保存修復支援が予定されているトルコ・カッパドキアに点在する石窟教会壁画の基礎調査を6月19日~29日にかけて行いました。ギョレメ国立公園からチャヴシン、ゼルヴェの谷、オルタヒサル地域一帯を中心に、9世紀~13世紀頃の壁画が残る石窟教会等の遺構約20件を対象に保存状態を調査しました。現地専門家や、ユネスコが招聘した国際保存修復専門家とともに、壁画そのものに加えて、それが描かれた石窟自体の岩盤や地質の問題についても調査を行うと同時に、将来的なモニタリングの方法などについて議論し、今後の保存修復に向けた助言を行いました。

タジキスタンにおける壁画断片の保存修復と人材育成(第8次ミッション)

新しい支持体の成形
壁画を支持体に設置

 5月16日から6月22日まで、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復」の第8次ミッションを実施しました。
 壁画は本来、建物の壁面と一体となって安定しているものですが、これを博物館に展示するためには、壁面に代わる支持体が必要です。今次ミッションでは、支持体の軽量化とともに、その取り付けにあたって、できるだけ壁画に負担をかけないことを目指しました。タジク人研修生が主体となり、日本人専門家の指導のもと、カフィルカラ遺跡の仏教寺院址から出土した壁画2点を支持体に設置(マウント)し、博物館に展示しました。タジク人研修生は新しい支持体の成形、壁画の設置に積極的に取り組みました。
 第9次ミッションでは、カライ・カフカハI遺跡出土の壁画断片のマウントを行います。またこの期間中に併せて、壁画のマウントに関するワークショップを実施する予定です。

第19回アンコールの救済と発展に関する国際調整委員会技術委員会

 標記の会議(ICC)が、6月8日~9日にカンボジアのシエムリアップで開催され、アンコール遺跡やその周辺で活動するカンボジア内外の様々な分野の専門家が活動報告を行いました。当研究所は、植物の石材への影響に関するタ・ネイ遺跡での調査について報告しました。
 周辺環境や植物と石材の劣化との関連については、最近ICCでも関心を集めていますが、「遺跡の木を切ると石が劣化するので切ってはいけない」などと極端に単純化され理解されています。また、成果を急いで、自国だけでの実績に基づいた保存処理が行われることもあります。当研究所の発表は、このような環境との関連が強い問題に対しては、現地での長期的な調査が必要、と締め括りましたが、同様の調査を行う海外のチームから共感を得ることができました。

ベトナム・タンロン遺跡保存事業 保存科学専門家ミッション派遣

移設中の気象観測装置
土壌水分センサーの設置作業
研修ワークショップの模様

 ユネスコ日本信託基金によるタンロン遺跡保存事業は、東文研とユネスコ・ハノイ事務所のパートナーシップ協定が4月より発効し、3年度にわたる包括的支援活動がいよいよ始動しました。 5月17日から22日まで、その初ミッションとして、保存科学分野を中心に専門家7名をハノイに派遣しました。今回はまず、発掘された考古学的遺構の保存措置検討のための基礎データ収集を目的に、既設気象観測装置の移転・改良、土壌水分センサーの新設などを行いました。また、出土遺物関係では、本格的保存方法確立までの間、一時的に水浸けされている木材遺物の保管方法に関する検討や、日本とは異なるベトナムの木材種に関する共同研究に向けた現地機関との協議等を実施しました。現場での作業は日越双方が協働して行い、作業の意義を正確かつ詳細に理解してもらうため、若手スタッフ対象の研修ワークショップも開催しました。
 歴史研究や管理計画策定支援といった各分野の事業活動についても、今後順次、実施に移していくこととなります。

スリランカにおける文化遺産保護状況等に関する調査

修復中のアバヤギリ大塔(アヌラダプラ遺跡群)
修復再開直後のリティガラ僧院遺跡
都市開発にさらされているキャンディの町並み

 4月4日から13日まで、外務省派遣により、スリランカにおける考古遺跡等の文化遺産保護に関する取組状況についての現地調査を外部専門家とともに実施しました。同国では、四半世紀に及んだ内戦が昨年終結したばかりで、この間に資金難等の要因から停滞を余儀なくされてきた文化遺産保護の分野でも新たな進展が期待されているところです。わが国としても今後ユネスコ等を通じてどのような協力支援が可能か、検討するための基本的情報を収集することが今回の主な目的でした。
 本調査では、世界遺産既登録地における保存の現状や今後の整備方針等について実地視察および関係機関への聞き取りを行ったほか、将来的に登録の可能性がある複数の遺跡についても実地調査を行いました。その結果、様々な計画は存在するものの実現の見通しが立っていないものが多いことや、専門的人材の不足をはじめ、体制面においても深刻な課題が少なくない状況を認識させられました。 これよりのち、具体的な協力の方向性を検討する過程にも積極的に参画していきたいと考えています。

アジア文化遺産国際会議:東アジア地域の文化遺産―文化遺産保護国際協力活動を通じて我々は何を発見し共有しうるか―

討論の様子
参加者記念撮影

 「東アジア地域の文化遺産―文化遺産保護国際協力活動を通じて我々は何を発見し共有しうるか―」と題して、2010年3月4日-6日、東京文化財研究所を会場としてアジア文化遺産国際会議を開催しました。中国文化遺産研究院、韓国国立文化財研究所、中国敦煌研究院、ユネスコ北京オフィス、ユネスコ・アジア太平洋地区トレーニング研究センター、奈良文化財研究所、東京文化財研究から延べ63名の文化遺産保護の専門家が集まり、国際協力による文化遺産保護活動の現状と将来について話し合いました。研究機関はどのような国際協力を行っていくことができるのか。各研究所で実施されてきた共同研究と事業、相互の人材育成、文化遺産のドキュメンテーションの標準化など、多岐に渡る経験と情報を共有できました。このような場において20時間以上の密な意見交換がくりひろげられることは初めてで、各研究所間の関係を深めることができました。さらには、今後のプロジェクト立案と具体的な成果へつなげるスタートを切ったといえましょう。

タジキスタンにおける壁画断片の保存修復と人材育成(第7次ミッション)

処置前
研修生による処置後(クリーニング、充填)

 平成22年2月27日から3月10日まで、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復」の第7次ミッションを実施しました。本事業の目的は、タジキスタンにおいて壁画断片の保存修復作業を行う専門家を育成することにあります。
 第7次ミッションでは、壁画断片の欠損部分を充填材で埋める作業を日本人専門家の指導のもとで行いました。タジキスタン北部のカライ・カフカハI遺跡から出土した壁画断片は、火災による被害を受け、表面や下塗り層の色味が断片によって異なります。そのため、断片全体の色味を観察したうえで、充填材の色味を断片ごとに決定しなければなりません。研修生は、繰り返しサンプルを作成し、次第に適切な色味と堅さの充填材を作る感覚をつかんできたようです。
 来年度は、壁画断片を新しい支持体に設置する作業(マウント)について研修を行っていく予定です。

モンゴルでの拠点交流事業に関する協議・情報交換

モンゴル・ユネスコ国内委員会関係者および文化遺産センター長との情報交換

 東京文化財研究所は文化遺産国際協力拠点交流事業として、関係機関および専門家との連携、文化遺産国際協力コンソーシアムの協力により、モンゴルで木造建造物の修理、石碑・岩画の保存に関する研修を行っています。3月16日~18日、相手先であるウランバートルの教育・文化・科学省文化芸術局とモンゴル文化遺産センターで、昨夏に行った研修と関連調査の成果報告、次年度の活動方針について協議しました。成果に対するモンゴル側の満足は大きく、また今後の活動内容の具体的な提案から、期待の高さを実感しました。また、関連調査として、モンゴル・ユネスコ国内委員会委員長と面会、一覧表に登録済みの文化遺産の保護の方針や、今後登録を申請する文化遺産など、世界遺産に関する取り組みについて伺いました。木造建造物修理研修を行っているアマルバヤスガラント寺院は世界遺産暫定一覧表に登録されており、今後の展開が期待されます。

ユネスコ文化遺産保存日本信託基金による「中央アジア諸国の文化遺産のドキュメンテーション」プロジェクト~トルクメニスタン~

歴史研究所 遺物・アーカイブ保管室
アナウ遺跡、モスク跡(15世紀)
メルブ遺跡出土仏像(5世紀、国立博物館展示)

 文化遺産国際協力センターでは、ドキュメンテーション・プロジェクト(1月活動報告参照)の実施に先立って、1月の中央アジア諸国(カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン、タジキスタン)での関係者協議に続き、同じくユネスコの要請による準備ミッションを2 月14 日~18 日にかけてトルクメニスタンへ派遣しました。その主な目的は、本プロジェクトでの同国における活動内容の検討、トルクメニスタン側の研究体制やアーカイブ保管状況の確認などでした。
 同国側の関係者と今後の事業の方向性や具体的な実施内容について協議を行ったほか、「シルクロード」世界遺産登録の候補遺跡の1 つであるアナウや、古代トルクメニスタンの至宝を数多く所蔵する国立博物館なども訪問しました。トルクメニスタンにはゾロアスター教の遺跡や現在確認されている中では最も西方に位置する仏教遺跡などがあり、多種多様な文化の足跡を辿ることができます。この地は、まさにシルクロードを代表するような文化遺産の宝庫といえます。
 今後も、トルクメニスタンを含む中央アジアの文化遺産に関する研究や人材育成・技術移転などに積極的に取り組んでいく予定です。

文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査:ブータン

寺院風景
国立図書館における経典修復作業
ジグメ・ティンレイ首相表敬

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは、2月14日から23日までブータンでの協力相手国調査を実施しました。
 本調査では、同国に対する文化遺産保護分野での協力の可能性を探ることを目的に、ブータン人にとっての文化遺産の概念から、法制度や技術面における保護の現状、国際協力の状況、協力ニーズに至る多方面の情報収集および関係機関との意見交換等を行いました。
 敬虔な仏教国ブータンでは、文化遺産はまさに人々の日常生活とともに息づいています。伝統文化の継承発展を国是とし、国情にふさわしい文化遺産保護のあり方を模索している彼等の真摯な努力を目の当たりにするほどに、日本として今後どのような協力が望まれるか、慎重にそして着実に検討する必要性を強く感じています。

南スラウェシの洞窟壁画に関するインドネシアとの共同調査

アノアと手をモチーフとした壁画(スンパン・ビタ洞窟)

 遺跡モニタリングに関する共同研究の一環として、1月24日~30日にボロブドゥール遺跡研究所とともに、南スラウェシの洞窟壁画に関する現地調査を行いました。南スラウェシには100を超える数の鍾乳洞が存在し、そのいくつかには3000年~1000年前に描かれたといわれる壁画が存在します。壁画のモチーフは、人の手を壁につけた上から赤い色料を吹き付けたものが多いですが、バビルサ(イノシシの一種)やアノア(牛の一種)など地域固有の動物、魚や鳥、舟などもみられます。画面には、水の浸出による岩石成分の溶解および表面での再結晶、岩石表面の剥落といった現象がみられ、周辺樹木の伐採などによる環境変化がこのような壁画劣化の一因として考えられます。現地では8箇所の洞窟を視察し、その劣化原因と今後の保存対策についてインドネシア側専門家との議論を行いました。今後も、ボロブドゥール遺跡研究所や地元のマカッサル文化遺産保存センターと共同で、適切な保存計画の策定に向けたモニタリングの手法について検討していく予定です。

ユネスコ文化遺産保存日本信託基金による「中央アジア諸国の文化遺産のドキュメンテーション」プロジェクト

調査地候補のボロルダイ古墳(カザフスタン)にて打合せ
タジキスタン、文化省の一室に保管されている文化遺産のアーカイブ

 中国と中央アジア5カ国(カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギスタン、タジキスタン)は目下、シルクロード沿いの文化遺産群を「シルクロード」として世界遺産に一括登録(国境を越えたシリアル・ノミネーション)することを目指し、準備を進めています。本プロジェクトは、この登録に向けた申請を支援するもので、中央アジア5カ国において、人材育成、技術移転、アーカイブ資料管理のシステム化、体制作りへの協力等を通じて、各国が独自に文化遺産のドキュメンテーションを実施していくための基礎を築くことを目的としています。このプロジェクトの実施に先立ち、その方向性や具体的内容を決めるために、中央アジア5カ国の関係者を交えた協議が行われました。文化遺産国際協力センターは、ユネスコからの要請を受けて、1月8日から19日まで、これら中央アジア諸国(トルクメニスタンを除く)をまわる準備ミッションに参加しました。
 今回のミッションを通じて、同じ中央アジアといっても、資金・人材・技術面には国ごとに大きな違いがあり、今後プロジェクトを実施するにあたっては、各国の実情に合わせた支援・協力活動が必要となることを痛感させられました。また、ソビエト連邦時代に行われた文化遺産調査に関する写真、図面、報告書などが各国に数多く保管されていることが確認されました。こうした貴重な記録資料も、データベース化やデジタル化を通じて中央アジアの共有財産として活用されることが望まれます。
 今後、文化遺産国際協力センターは、最新機器を用いた遺跡の調査や記録資料のデータベース化、ワークショップ・シンポジウム開催等への支援・協力などの形で同プロジェクトに参加し、中央アジアの文化遺産に関わる人材育成や技術移転に取り組んでいく予定です。

講演会「イラクの文化財保護の現状」

講演を行うアミーラ・イダーン・アル=ダハブ女史

 12月2日、東京文化財研究所地下一階会議室において、イラク国立博物館事務局長アミーラ・イダーン・アル=ダハブ女史による講演会を開催しました。 2003年、イラク戦争終戦後の混乱のさなか、イラク国立博物館が略奪の対象となったというニュースは、世界に衝撃を与えました。その後、日本やイタリアをはじめとする国際社会の支援を受け、イラク国立博物館は2009年2月にようやく再開されました。
 今回、アミーラ女史は、外務省の「21世紀パートナーシップ促進招聘」事業により来日し、この機会を利用して講演会を開催することができました。アミーラ女史は、多くの写真を示しながら、博物館の略奪から再開にいたる長い道程とその苦労について報告しました。また、文化遺産国際協力センターがユネスコ文化遺産保存日本信託基金および運営費交付金で行っているイラク人の保存修復家の人材育成事業にも触れ、イラクの文化遺産の復興には、今後とも日本からの支援が必要不可欠であることを繰り返し訴えました。

アジャンター壁画の保存修復に関する調査研究事業~第3次ミッション報告

第2窟における三次元測量
コウモリの排せつ物を起因とする付着物の洗浄作業

 東京文化財研究所とインド考古局は、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」および運営費交付金「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」の枠組みにおいて、アジャンター壁画の保存にむけた共同研究を行っています。
 平成21年11月~12月に派遣された第3次ミッションでは、コウモリの排せつ物による害、過去に用いられたニスの黄化による色調変化や彩色層の亀裂、浮き上がりといった問題の解決に取り組み、インド考古局の専門家とともに壁画の試験的な洗浄を行いました。
 また、壁画の保存にむけたデジタルドキュメンテーションとして、同志社大学と共同研究契約を結び、第2窟、第9窟の現状図面作成を目的とした三次元測量を共同で行いました。
 このような保存修復・計測作業をインド人専門家と共同で行うことで、文化財保存に関する知識の共有、技術交換を行い、人材育成と技術移転を目指しています。

文化遺産国際協力コンソーシアム シンポジウム「観光は文化遺産を救えるか―国際協力の新たな展開」開催

会場
総合討議の様子

 文化庁委託事業文化遺産国際協力コンソーシアム事業の一環として、12月14日東京国立博物館平成館大講堂において、シンポジウム「観光は文化遺産を救えるか―国際協力の新たな展開」を開催いたしました。基調講演としてユネスコによる世界遺産保護と観光開発の両立への取り組みについての講演があり、また、2名の専門家から文化遺産と観光を捉えるうえでのリビングヘリテージという視点の重要性を指摘した報告(西山徳明氏)と、地域社会の力で文化遺産の保護と博物館建設が進められたペルーの事例について(関雄二氏)の報告が続きました。国際協力機構からは観光開発への取り組みをヨルダンでの事例を含めて報告があり、さらに、テレビ番組のレポーターとして世界各地を訪れる浜島直子さんからは、文化遺産を楽しむ観光の方法が提案されました。
 専門の方々以外にも多く出席いただき、会場からは質問も寄せられ、文化遺産保護と対立しない観光に注目が集まるなか、国際協力を通してどのように地域社会に貢献するのか、また、観光を活かした文化遺産保護の具体的方法と課題などが議論されました。

シルクロード人材育成プログラム博物館技術研修コース

紙製収納容器制作実習を終えて
(木部徹講師、島田要講師とともに)
展示照明についての授業(木下史青講師)

 平成18年度から5カ年の計画で進められているシルクロード人材育成プログラムは、第4年目となり、春から夏に実施した古建築保存修復研修コースに引き続き、今年度の二つめのプログラムとして、9月14日から12月11日までの3カ月間の日程で博物館技術研修コースを実施しました。中国のシルクロード沿線に位置する新疆、甘粛、寧夏、陝西、河南の各省・自治区から集まった計14名の研修生は、2カ月間北京での理論コースに参加した後、11月中旬から1カ月間、寧夏回族自治区銀川の寧夏博物館で、実践コースに参加しました。期間中、日本からは当研究所、東京、九州の両国立博物館、大学、さらには文化財保護材料制作の工房から合計15名の講師が参加し、中国側講師とともに授業を行いました。
 寧夏博物館での実習授業は、収蔵・展示環境の測定と分析、実際の博物館の収蔵品と展示室の情況をもとにしたテーマ展示設計案作成を行いました。研修生たちは、それまで日中双方の講師による長時間の授業を通して膨大な量の理念や技術論を学んできましたが、この実習を通してそれを確実な知識として身につけることができたはずです。今回のような体系的で理論と実践の両方を具えた博物館学研修コースは、中国において初めて実現したものです。また、2007年に完成し現在の中国において設備面では最先端の内容をもつ寧夏博物館ですが、実際の日常の作業をどのように行うかということが未だ十分な状態になっていないというのが課題であり、今回の研修コースを受け入れたことにより、館員にとっても強い刺激になったとして、感謝をしていただくことができました。12月11日の修了式は、館員の皆さんが50名以上も参加するという盛大なものとなりました。
 シルクロード人材育成プログラムは来年度に染織品と壁画の保護修復研修コースを実施して終了となります。

タジキスタンにおける壁画片の保存修復と人材育成(第6次ミッション)

壁画片の側面の処置
展示された壁画片

 平成21年10月4日から11月17日まで、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として「タジキスタン国立古物博物館が所蔵する壁画片の保存修復」の第6次ミッションを派遣しました。前回のミッションに引き続き、タジキスタン北部のカライ・カフカハ(シャフリスタン)遺跡から出土した壁画片の修復作業を、タジク人研修生4名と共同で行いました。前回までに、同遺跡から出土した植物文の壁画片の接合、クリーニングを終え、新しい支持体に固定する作業(マウント)を完了しました。今回は仕上げの作業として、表面の欠損部分と側面に充填材を塗布し、背面に金具をとりつけました。
 10月28日に、在タジキスタン日本大使館臨時代理大使、ワークショップ「中央アジア出土壁画の保存修復2009」の参加者が見守るなか、壁画を博物館の展示室に設置しました。タジク人研修生が自分たちの手で接合しクリーニングした壁画を初めて展示した喜びを、参加者全員で分かち合いました。今後も保存修復作業をとおして、タジキスタンにおける保存修復家の育成に協力していきます。

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