アルメニア国立美術館所蔵「名区小景」の調査

「名区小景」(アルメニア国立美術館)
『名区小景』部分(名古屋市博物館)

 東京文化財研究所では、海外に渡った日本美術作品の調査を継続的に行っていますが、黒海とカスピ海の間にひろがるコーカサス地方に日本美術作品が所蔵されていることは、最近までほとんど知られていませんでした。文化遺産国際協力センターでは2012年11月にアルメニアとグルジアにおいて調査を実施し、日本美術作品の所在を確認しました。さらに詳細な調査が必要であると判断されたため、文化財保護・芸術研究助成財団の助成を得て、2014年1月15日から3日間の日程で名古屋市博物館学芸員の津田卓子氏に浮世絵についての協力を仰ぎ、調査を行いました。アルメニア国立美術館の「名区小景」(以下アルメニア本)は、各縦8.1㎝、横11.8㎝の画面で、29枚が所蔵されています。津田卓子氏のご教示により、アルメニア本は弘化4年(1847)に刊行された版本『名区小景』初編の挿図が元になっていることが明らかになっています。『名区小景』は尾張藩士で絵をよくした小田切春江(おだぎりしゅんこう)によるもので、企画から作画、出版まで手がけたものです。内容は名古屋近郊の景勝地にまつわる漢詩・和歌・俳諧を各地から募って自らの絵とともに編集されたもので、巻末には掲載された歌の作者の人名録を載せています。名古屋市博物館所蔵の『名区小景』と比較すると、アルメニア本は画面の上部に各名所の解説を加えて版を改めた改刻版と考えられます。アルメニア本は、1937年に個人の所有者から国立美術館が購入したと伝えられていますが、その作品名・作者・年代など作品に関する情報がわからないままに所蔵されていました。どのような経緯でこうした名所絵版画がアルメニアの地に渡ったのか、日本美術作品の海外における受容という点でも興味深い問題と言えます。この調査の内容は報告書にまとめ、今後の研究の進展に寄与したいと思います。

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